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第三章
ミカちゃん
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小学校最後の運動会と学芸会が終わって、二学期もあと少しとなりました。
ブンちゃん、リキヤ君、ミカちゃんたちの卒業まで、もう三か月ほどです。
12月最初の土曜日はさわやかに晴れて、暦の上では、もう冬が始まっているのに、少し陽射しの暖かい日になりました。
空は吸い込まれそうな濃い青で、所々、小さな雲が浮かんでいます。
町のイチョウの木は葉を黄色く染めていますが、ブランコ山の大イチョウは僅かに黄緑色の葉を残していました。
「キキキーー」
ブンちゃんが自転車に乗ってブランコ山にやって来ました。
公園では、小さな子たちが楽しいそうに遊んでいます。
自転車置場は子どもを乗せる椅子の付いた自転車でいっぱいです。
自転車を停めて公園に入ると、ブンちゃんは何かに気が付きました。
(あれ、リキヤ君?)
ベンチにはリキヤ君が座っていました。
ブンちゃんはゆっくりと近付き、ベンチの後ろから、リキヤ君の肩をポンと叩いて、声をかけました。
「よう!」
少し驚いた様子で振り向いたリキヤ君は、ブンちゃんの顔を見て「なーんだ」と言う表情で返しました。
「おう」
ブンちゃんはベンチに座ると、リキヤ君の顔を覗き込んで尋ねました。
「どうしたの?」
リキヤ君が一人でベンチに座っていることが、ブンちゃんには少し不思議な感じでした。
リキヤ君はブンちゃんと目を合わさずに学校の方を見ながら、少しごまかすように返しました。
「えっ、ああ、暇だから来てみた」
リキヤ君のごまかす様子で、リキヤ君がここにいる理由が何となく分かったブンちゃんは、ニヤッとしながらリキヤ君の顔を覗き込んで、少し意地悪な感じで、また尋ねました。
「いつもー?」
ブンちゃんの言い方で、言葉の意味に気付いたリキヤ君は、恥ずかしそうに俯くと、笑みを浮かべ、視線__しせん__#を学校の方に戻して言いました。
「たまにだよ、たまに。時間がある時だけ」
ブンちゃんは、とぼけたように、
「ふーーーん」
と、返事をして、空を見上げます。
今度はリキヤ君がブンちゃんに聞き返しました。
「お前こそ、どうしたんだよ」
ブンちゃんも学校の方に目を向けると、ニヤッとして、
「リキヤ君と同じ」
と、答えました。
二人はお互いの顔を向け合って
「ふーーーん」
と声を合わせると、少し間をおいて、
「ハハハハハー」
と笑い出しました。
学校の向こうに見える山並みは、少し傾きかけた太陽に照らされて、光が当たる所と、影になる所がはっきりと分かれています。
二人はぼんやりと遠くの空を眺めていました。
「ワッ!」
突然、後ろから大きな声がしました。
(なに?なに?)
ブンちゃんはビックリして振り向きます。
そこに立っていたのは、ニッコリと笑ったミカちゃんでした。
「何たそがれちゃってるのよ、男同士で」
ミカちゃんはベンチの背もたれに腕を載せると、ニヤニヤしながら目を左右にキョロキョロさせました。
少し怒ったようにリキヤ君が、
「何でもねーよ」
と、答えます。
リキヤ君はドキドキしています。
そして、ブンちゃんに「黙ってろよ」と合図するかのように、
「な!」
と言って、ブンちゃんの顔を覗き込みました。
ブンちゃんは慌てて答えます。
「あ、ああ、何でもない」
「リキヤ君は女の子を待っている」なんて言えません。
ブンちゃんは何事もないような顔をして、ミカちゃんから目を逸らしました。
ミカちゃんは眉間にしわを寄せ、目を細めて二人をジロジロ見ます。
「あやしーーーい」
リキヤ君とブンちゃんは目を合わせないように、ジッと前を見ています。
「ま、いいか」
ミカちゃんはそう言うと、無理やり二人の間に割り込んで、ベンチに座りました。
ミカちゃんは大胆です。
「何だよーーー」
ビックリしたリキヤ君が、照れたように声を上げました。
リキヤ君の顔が赤くなっています。
でも、リキヤ君の顔は、どことなく嬉しそうでした。
「ミカこそ、どうしたんだよ」
リキヤ君が反撃するようにミカちゃんに聞き返します。
少し間を開けて、今度はミカちゃんが空を見上げて答えました。
「べっつにーー」
ごまかすようにそう言うと、ミカちゃんは学校の方に目を向けました。
太陽が柔らかい光で三人の頬を照らします。
しばらくの沈黙の後、ミカちゃんが「プッ」と吹き出すと、三人は「ククククッ、アハハハハ」と笑い出しました。
小学校最後の年、三人はまた同じクラスになっていました。
ミカちゃんは相変わらずおしゃべりで、言葉使いは乱暴でしたが、しつこさはなく、サッパリとして、クラスをまとめる女親分ぶりはそのままでした。
でも、こうた君が亡くなってから、ミカちゃんの雰囲気が優しい感じになったと、ブンちゃんは密かに思っていました。
こうた君が亡くなったことと関係があるのだろうとは思っていましたが、誰かに理由を聞いたことはありませんし、とてもミカちゃん本人に聞くことはできませんでした。
(今日はなんだか聞けそう)
ブンちゃんは、なぜかそんな気がしました。
ブンちゃんは思い切って口を開きました。
「ミカちゃん、あのさ、聞いていい?」
ミカちゃんが笑顔のままブンちゃんを見詰めて返事をしました。
「なにっ?」
ミカちゃんの笑顔にドキッとして、ブンちゃんは言葉に詰まってしまいました。
なかなかり出さないブンちゃんに、ミカちゃんは急に怒った顔になると、
「何よ!」
と、ブンちゃんを睨みつけました。
いつものミカちゃんです。
一瞬たじろいだブンちゃんでしたが、遠慮するように切り出しました。
「あ、あのね、こうた君が亡くなった後、ミカちゃん学校休んでたよね」
(えっ?)
ミカちゃんは一瞬、驚いたような表情を浮かべました。
ミカちゃんの表情が徐々にこわばっていきます。
(あっ)
ミカちゃんの変化に気付いたブンちゃんは、
「あっ、ごめん。やっぱり聞いちゃいけなかったよね。いいのいいの、忘れて」
と、右手を左右に振りながら、慌てて言葉を取り消しました。
しばらく沈黙が続きました。
リキヤ君も「どうした?」と言う表情でミカちゃんを見ています。
しばらく俯いていたミカちゃんでしたが、顔を上げ、また学校の方に目を向けました。
「もういいの、大丈夫」
そう言うと、口を結んだまま、視線を落として、ミカちゃんはニッコリとした表情を浮かべました。
そして何かを思い出したように前を向くと
「でも、あんたのせいよ」
と言って、ギロっとブンちゃんを睨みました。
「えーー、俺のせい?」
意外な答えにブンちゃんがビックリすると、
「そう、あんたのせい!」
そう言って、ミカちゃんはブンちゃんのモモをパチンと叩き、ベンチから立ち上がりました。
「いてっ!」
情けない顔でブンちゃんは足を摩ります。
「痛いよー」
情けない表情のまま、ブンちゃんはミカちゃんを見上げます。
ミカちゃんはブンちゃんを見ていません。
ミカちゃんの横顔は悲しそうでした。
悲しそうな目でミカちゃんは遠くを見詰めていました。
わずかな沈黙の後、ミカちゃんが口を開きました。
「だって私、こうた君を責めたままだった。リキヤ君の恐竜の首を折ったことを責めたままだった。そのあと、こうた君、来なかったじゃない。私、ひどいこと言ったのに『ゴメンナサイ』って言えなかったじゃない。あれね、結構つらかった。ショックだった。しばらく立ち直れなかった。きっと、私がこうた君を責めたからだって、そう思ったの。だから学校に行けなくなった」
ミカちゃんの告白にブンちゃんは何も言えなくなってしまいました。
ミカちゃんの言う通り、原因はブンちゃんです。
ブンちゃんの嘘がなければ、ミカちゃんがそう思うことはなかったはずです。
ブンちゃんはあの時のことを思い出して俯いてしまいました。
「ひどかったよね。俺、ウソつきだったよね。ウソであんな大事になるなんて考えもしなかった。ウソで誰かが悲しむなんて考えたこともなかった。まさかミカちゃんまで悲しませていたなんて・・・。ホントひどいよね。ホントごめん、ホント」
うなだれるブンちゃんの肩をポンと叩いて、リキヤ君が思い出したようにミカちゃんに聞きました。
「三日ぐらい休んだっけ?」
ミカちゃんはまた遠くを見ると、
「ううん、二日、月曜日と火曜日」
と、静かに答えると、思い出すように話を続けました。
「あの後ね、不思議なことがあったの。今も忘れない。不思議な人たちに会ったの」
ミカちゃんの『不思議な人たち』と言う言葉にハッとしたブンちゃんは、顔を上げて、ミカちゃんを見詰めました。
風がミカちゃんの髪をフワッと優しく持ち上げます。
ミカちゃんは髪が伸びて、同じ六年生なのかと思うくらい、大人っぽくなっていました。
太陽の光がミカちゃんを照らしています。
潤んだ瞳がキラキラと光ります。
ミカちゃんはゆっくりとベンチに腰を下ろし、不思議な出来事のことを静かに話し始めました。
* * * * *
ミカちゃんがこうた君の悲しい知らせを知ったのは、こうた君が亡くなった翌日の日曜日でした。
金曜の夜から、ミカちゃんはお母さんと一緒に泊りがけで出かけていました。
そして日曜日、出かけ先から直接、おばあちゃんのお見舞いのために病院に来ていました。
日曜日の病院は、平日と違って静かでした。
天井の窓から降る柔らかな光が、広いホールを照らしています。
壁のステンドグラスが色鮮やかに輝いて、上の方だけ見ると、テレビで見た教会のようです。
ガラスに囲まれたイチョウの木をチラッと見て、ミカちゃんはおばあちゃんのいる病室に急ぎました。
「私、階段で行くね。エレベーターと競争ね!」
そう言うと、ミカちゃんは急ぎ足で歩き始めました。
階段はホールを抜けた所にあるエレベーターの隣でした。
ミカちゃんは階段の手前で立ち止まると、お母さんを見てニヤッと微笑みます。
そして階段の方に向き直ると、エレベーターの扉が閉まるのと同時に「パンッ」と手を叩いて、階段を駆け上りました。
おばあちゃんの病室は六階です。
一階、二階、三階までは順調でした。
でも四階くらいで、段々と息が切れ始めました。
病院に来ると、普段の倍くらいは空気を吸っているんじゃないかと、ミカちゃんはいつも思います。
でも嫌ではありません。
不思議と、この病院の匂いが好きなのです。
階段に表示された階数のプレートを確認しながら、ミカちゃんはおばあちゃんのいる階を目指します。
(ここで倒れても大丈夫。ここは病院だから)
訳の分からない励ましを自分にして、ミカちゃんは階段を上り切ると、「ハアハア」言いながら、
(いっちばーん!)
と心の中で叫びました。
病院だから大きな声は出せません。
(あれ?この上って階がなかったっけ・・・)
少し変な感じがしましたが、息が切れているのもあって、ミカちゃんは深く考えませんでした。
ホールには誰もいません。
タバコを吸うガラスの部屋にも誰もいません。
正面のカウンターの中には看護師さんが一人いるだけです。
六階は静かな階でした。
エレベーターの扉__とびら__#が開き、お母さんが出て来ました。
ミカちゃんはお母さんに向かってブイサインを出すと、「どうだ!」とばかりに、ニヤッと微笑みます。
お母さんは呆れた顔をすると、カウンターに向かい、看護師さんと話し始めました。
キュッキュッとスニーカーの音が響きます。
静かすぎて、廊下の突き当りで光る非常口の緑の明かりが、少し不気味に感じられます。
おばあちゃんの病室は、五つ並んだ病室の一番手前です。
ドアの前に立つと、ミカちゃんは「ハー」と息を整えました。
トントン
ノックの音も廊下に響きます。
「どうぞ」
予想通りの声が返ってきました。
(ふふふ)
ミカちゃんは扉の前で微笑みます。
ゆっくりと扉を滑らせて中に入ると、驚かせるように白いカーテンをバッとめくりました。
「ヤッホー、おばあちゃん元気だったー?」
ミカちゃんはおばあちゃんのそばに駆け寄ります。
おばあちゃんはミカちゃんの行動を予想していたかのように、驚くこともなく笑顔で迎えました。
「いらっしゃい。また階段で来たのかい?」
ベッドを起こして本を読んでいたおばあちゃんは、呆れたような目でミカちゃんを見ています。
「わかった? だってスーッとする匂いが好きなんだもん。階段で来るといっぱい吸えるような気がして」
おばあちゃんは、やっぱり呆れ顔です。
「変な子だねえ」
そう言うと、おばあちゃんは布団の上に置いてあった栞のようなものを挟んで、本を閉じました。
「おばあちゃんの孫だからね」
すかさずミカちゃんが返します。
「なんだとーーー」
そう言って、おばあちゃんは眉間にしわを寄せます。
そして、僅かな沈黙の後、
「アハハハハ」
と、二人は一緒に笑い出しました。
ミカちゃんは窓の外に目をやります。
ゆっくりと流れる雲が窓を横切ります。
窓に切り取られた空は、どことなく暗い青に見えます。
ブランコ山が見えました。
空の色もあってか、ブランコ山の大イチョウはどことなく寂しそうに見えました。
おばあちゃんが入院してから半年が経っていました。
おばあちゃんは頭に血がたまってしまう病気になって、足が動かなくなってしまったのです。
リハビリをしながら一人で立てるように頑張っています。
でも歳のせいもあって上手くいきません。
「もう無理かもねえ」
ミカちゃんは一度だけおばあちゃんが弱音を吐いているのを聞いたことがありました。
大好きな山登りもできなくなって、おばあちゃんは寂しそうです。
山登りが決まると、おばあちゃんはいつもミカちゃんを誘っていました。
「やだよー、疲れるよー」
でも、ミカちゃんはいつも行きたがりませんでした。
だから、おばあちゃんの寂しそうな顔を見て、ミカちゃんは後悔しています。
おばあちゃんの足が治ったら一緒に山登りに行きたい。
ミカちゃんにとって、これが今一番の願いです。
「相変わらす口が達者だね。学校は大丈夫なのかい?」
おばあちゃんは眼鏡を少し下げてミカちゃんを見詰めます。
ミカちゃんはとても気持ちの優しい子です。
そして真っ直ぐで正義感の強い女の子です。
だから嘘をつく子や意地悪な子が許せません。
でも、そんな子の前では少し言い過ぎてしまうところがあります。
今まで何人も泣かせてしまいました。
ひろみちゃんが約束を破った時も言い過ぎて泣かせてしまいました。
ケンタ君が友達に意地悪をした時も泣かせました。
二学期の初めにはブンちゃんも泣かされたことがあります。
でもミカちゃんの良いところは、言い過ぎた後にキチンと謝るところです。
「ゴメンネ、言い過ぎたよね」
だから、ミカちゃんはクラスのみんなから信頼されているのです。
女親分みたいな存在なのです。
でも、そんなミカちゃんにも一つ心残りがありました。
まだミカちゃんが謝っていない子がいるからです。
「大丈夫よ」
そう言うと、ミカちゃんはおばあちゃんのベッドにピョンと座りました。
「そう、それならいいけどね」
メガネのフレームを持って下にずらすと、おばあちゃんは疑うようにミカちゃんの顔を覗き込みました。
「あれ?」
ミカちゃんが何かに気が付きました。
それはおばあちゃんが本に挟んだ栞でした。
「それ、イチョウの葉じゃない?」
ミカちゃんがグッと体を近付けます。
本の端から僅かに黄色の葉が飛び出ていました。
本に挟まれたイチョウの葉をおばあちゃんが取り出します。
「ああ、これね・・・」
イチョウの葉を手に取ると、おばあちゃんの表情が曇りました。
「もらったんだよ。男の子にね」
おばあちゃんはジッとイチョウの葉を見詰めます。
おばあちゃんの寂しそうな表情に、心配そうにミカちゃんが尋ねました。
「何かあったの?」
おばあちゃんは窓の外に目を移し、話し始めました。
「ちょうどミカが夏休みに入った頃だったかねぇ。扉を開けっ放しにしていたらね、ここに風船が入って来たんだよ。銀色の風船だったね。そしたらね、その風船を追いかけて男の子が入って来たんだよ。『スミマセン』って言ってね」
ミカちゃんは入口に目をやりました。
おばあちゃんはイチョウの葉を見ながら、静かに話__はな__#しを続けました。
「色の白い、少し痩せた子でね、身体はミカより小さかったたねぇ。少し話を聞いたら、もう何度も入院したり退院したりしているって言ってねぇ。私が入院した時もいたらしいけど、足が動かなかっただろう。あんな子がいるなんて全然知らなかったんだよ。
気持ちの優しい子でね。本がたくさんあるのに気付いたんだね。そしたら『しおりにして』ってこのイチョウの葉をくれてねぇ」
おばあちゃんはまた寂しそうにイチョウの葉を見詰めました。
「ふーん、そうなんだぁ」
ミカちゃんはおばあちゃんの持つイチョウの葉を手に取りました。
(あっ)
ミカちゃんは驚いて顔を上げました。
(こうた君・・・)
一瞬、こうた君の顔が頭に浮かんだのです。
ミカちゃんの表情を見て、おばあちゃんが不思議そうに尋ねました。
「どうかしたかい?」
ミカちゃんは俯いて、首を横に振りました。
「ううん、なんでもない」
おばあちゃんはミカちゃんの肩を指先で突きます。
「ははー、何かあったんだね」
ミカちゃんはしばらく黙ったままでしたが、隠し事を打ち明けるように、おばあちゃんに話し始めました。
「あのね、さっきの話だけど、私ね、またやっちゃったの・・・。男の子にね、言い過ぎちゃって、それでね、まだその男の子に謝っていないの」
ミカちゃんは俯きながら、手に持ったイチョウの葉を見詰めています。
「その子、私が言い過ぎちゃった次の日から学校休んでいてね、それからまだ会えていないの。ウソついていたのは他の子だったのに、知らないで私、その子のことを責めちゃったの」
おばあちゃんは何も言わず、ミカちゃんを見詰めています。
ミカちゃんは俯いたまま、イチョウの葉をクルクルと指で回しながら話__はな__#しを続けました。
「いつ転校してきたかさえ知らなかったんだけど、その子も病気がちで、ほとんど学校には来ていない子なの。だから、あんまり会えないんだけど、会ってどうしても謝りたいの。『ごめんなさい』って謝らないといけないの。キチンと謝れば許してもらえると思うの。その時も『困ってる』ってウソをついた子を手伝っていたし、ウソをついていた子をかばって謝っていたくらいだから、きっとおばあちゃんにこのイチョウの葉をくれた子みたいに心の優しい子だと思うの。こうた君は」
ミカちゃんは顔を上げておばあちゃんを見ます。
おばあちゃんは驚いたような顔をしています。
(えっ、どうしたの・・・)
ミカちゃんは不思議そうにおばあちゃんを見詰めました。
おばあちゃんはミカちゃんを見詰め、確かめるように尋ねました。
「今、『こうた君』って言ったかい?」
ミカちゃんは驚いたように答えました。
「えっ? うん、そう、こうた君」
おばあちゃんは俯いて、悲しい表情を浮かべました。
「どうしたの?」
心配そうにミカちゃんが尋ねると、おばあちゃんはミカちゃんを見て静かに答えました。
「そのイチョウの葉をくれた子、昨日、亡くなったんだよ」
おばあちゃんの目が潤んでいます。
「その子、その子ね、こうた君って名前だった。『いとりこうた』って言っていたけど、まさか、だよね?」
おばあちゃんは不安そうに作り笑いを浮かべました。
(えっ)
ミカちゃんの胸がドキンと高鳴りました。
ミカちゃんは驚いた表情でおばあちゃんに聞き返します。
「ウソ・・・、だよね?」
おばあちゃんの悪い冗談だと思ってミカちゃんは笑おうとしますが、うまく笑顔を作ることができません。
「ウソよ、絶対ウソ!」
怒ったようにミカちゃんはおばあちゃんを見詰めます。
目に涙を溜めながら、おばあちゃんをジッと見詰めています。
ミカちゃんのお母さんが病室に入って来ました。
ミカちゃんは、おばあちゃんから目を逸らしません。
何も知らないお母さんは、ミカちゃんの後ろ姿をチラッと見ると、窓に手をかけ、少しだけ窓を開けました。
「ミカ、今ね、家に電話してお父さんと話したんだけど、こうた君ていう子、同じ学年にいた?」
お母さんは窓から外を見ながら静かに尋ねました。
お母さんの口からこうた君の名前が出た途端、ミカちゃんの目から大粒の涙が零れ落ちました。
ミカちゃんは両手で顔を覆ってベッドの上に泣き崩れます。
「ウソ、ウソよー、ううううう」
おばあちゃんの手がミカちゃんの頭を優しく撫でます。
驚いたお母さんは、振り返っておばあちゃんの顔を見ました。
おばあちゃんは黙って首を横に振ります。
「私、謝ってないのに、まだ、ちゃんと謝ってないのに、ううううう」
ミカちゃんの泣き声が廊下へと流れます。
窓からスーッと冷たい風が入ってきました。
涙を拭うように、風がミカちゃんの頬を優しく撫でます。
おばあちゃんもお母さんも何も言いません。
ただミカちゃんの泣き声だけが病室に響いていました。
病院からどうやって帰ったのか、ミカちゃんは覚えていません。
気が付くとミカちゃんは自分の部屋の布団に包まっていました。
(なんで、なんで死んじゃうの。私、酷いこと言ったままで、まだちゃんと謝ってないよ。なんでよ)
思い出すと涙が溢れてきます。
お母さんが晩ご飯の声をかけますが、ミカちゃんは食べる気になれません。
いつもはお母さんと一緒に入っているお風呂も、今日は一人で入りました。
ボーっとして、何をしたのか覚えていません。
お風呂から上がると、誰とも話さずにすぐ自分の部屋に入ってしまいました。
こうた君のことを思い出すと、また涙が出てきます。
自分がこうた君を責めている姿が浮かびます。
(私はひどい子だ)
ミカちゃんは自分を責めるばかりです。
(クラスのみんなは知っているの? 一緒にこうた君を責めていた人はどうしているの? リキヤ君はどう思っているの? ブンちゃんは・・・)
まだ髪の毛が乾かないまま、ミカちゃんは枕に顔をうずめました。
頭の中にはあの日の出来事が蘇ります。
ミカちゃんは疲れていました。
泣いて、泣いて、泣き疲れてしまったミカちゃんは、いつの間にかベッドの上で眠ってしまいました。
ミカちゃんは夢の中です。
リキヤ君に恐竜の首を渡して、こうた君が教室から出て行きます。
こうた君がミカちゃんの横を通り過ぎます。
「ごめんね、こうた君。こうた君は悪くないのに、私、言い過ぎたよね」
ミカちゃんはこうた君に謝りますが、こうた君はミカちゃんを見てくれません。
「待って、こうた君!」
ミカちゃんの声はこうた君に届いていません。
「待って、待ってよ!」
大きな声を出しているのに、こうた君はどんどん遠くに行ってしまいます。
「ごめんね、こうた君! ごめんね!」
こうた君に近付こうとしますが、足が動きません。
「こうた君、こうた君!」
ミカちゃんは必死に手を伸ばします。
「こうた君、待って、こうた君!」
こうた君の悲しそうな後ろ姿が、暗闇に消えてしまいました。
「ミカ! ミカ!」
お母さんの声が夢の中に入ってきました。
「ミカ、起きてる? 学校行ける?」
お母さんの声がミカちゃんを夢から覚ましました。
(夢?)
ミカちゃんは返事ができません。
心配したお母さんが部屋に入ってきます。
「ミカ、学校行ける?」
布団に包まって出てこないミカちゃんに、お母さんは声をかけました。
(もう朝なの?)
夢のせいで、ミカちゃんは眠れた感じがしていません。
フッと夢のことを思い出しました。
「行きたくない」
自分の声が布団の中に響きます。
(布団をはがされるかも・・・)
ミカちゃんはそう思いましたが、お母さんの反応はありません。
「わかった。先生には連絡しておくから」
予想とは違う言葉が布団の中に入ってきました。
(おばあちゃんから聞いたんだ・・・)
おばあちゃんとお母さんが話をしている姿が浮かびました。
いつもはガミガミ言っているけど、お母さんの優しさがミカちゃんに伝わってきます。
それでも学校に行く気にはなれません。
こうた君を思い出すたびに、ミカちゃんはまた悲しくなるだけでした。
布団の中で眠ったのか、眠っていなかったのか分かりません。
ボーっとしたまま時間だけが過ぎて行きました。
サーー、サーー
カーテンが揺れる音が聞こえました。
お母さんが窓を開けて行ったのだとミカちゃんには分かりました。
亀のようにヌーっと首を出して枕元の時計を見ると、時間はもう12時を過ぎていました。
「グーーー」
(ハァー、こんな時でもおなかは鳴るんだなぁ)
ミカちゃんは情けない顔をしています。
おなかは減っているのに食欲はありません。
布団をめくって起き上がると、ミカちゃんはベッドの上で膝を抱えてボーっとしています。
「ハーーー」
こうた君のことを思い出してため息が出ます。
(動かなくちゃ)
ミカちゃんはベッドから降りると、部屋を出て、階段__かいだん__#を下りました。
一階の居間は冷え切っていました。
お母さんは仕事に出てしまい、カーテンは閉まったままです。
でも、カーテンから透ける光が「外は晴れているよ」と教えてくれました。
エアコンのスイッチを入れると、ミカちゃんはソファーに座って両足を抱え込みます。
とりあえずテレビをつけました。
知らないドラマやニュースで面白くありません。
本棚から漫画を取り出し読んでみました。
漫画も面白くありません。
(あっ)
テーブルの上にお母さんが作ってくれたおにぎりがあるのに気が付きました。
でも、やっぱり食べる気にはなれません。
ミカちゃんはソファーに座ってボーっとするだけです。
「ハーーー」
こうた君のことを思い出して、またため息が出ます。
洗面所の鏡を見ると酷い顔です。
泣き通しだったので、目が腫れています。
でも顔を洗う気にもなりません。
ミカちゃんはまた自分の部屋に戻って、布団の中にもぐってしまいました。
「ハーーー」
こうた君のことを思い出して、またまた、ため息が出ます。
晩ご飯はお母さんがカレーを作ってくれました。
でもみんなと一緒に食事をする気にはなれません。
「お部屋で食べたい」
「ダメ」と言われるかもと思いましたが、お母さんは何も言わずに部屋にカレーを運んでくれました。
今日は大好きなキーマカレーです。
「はい、どうぞ」
お母さんは机の上にカレーとサラダとお茶とスプーンを並べてくれました。
ミカちゃんはお母さんの顔を見られません。
「ごめんね、お母さん」
部屋から出るお母さんの背中に向かって謝ります。
「いいのよ」
振り向いたお母さんの優しい笑顔に、ミカちゃんはホッとしました。
カレーは半分しか食べられませんでした。
いつもなら決まってお替りするのに、大好きなカレーが喉を通りません。
食べている間も、教室での出来事が頭に浮かんできます。
残したカレーをキッチンまで持って行くと、お母さんは「ハァー」とため息をつきながら「仕方ないわね」と言うような顔でミカちゃんを見ました。
お父さんは「元気を出しなさい」と言うように微笑んでいます。
ミカちゃんは笑顔を返したつもりでしたが、上手く笑えていないと自分でも分かりました。
洗面所に行くと鏡に映る顔は今朝よりマシになっていました。
お風呂から出て歯磨きをすると、ミカちゃんはすぐに部屋に戻って、布団の中に入ってしまいました。
(今日は体育だったな。またドッジボールやるって先生言ってたな)
天井を見詰めていると、学校での出来事が頭に浮かびます。
(あの時もドッジボールの後だった・・・)
またこうた君のことを思い出しました。
掛け布団をギュッと握り締め、ガバッと布団をかぶります。
涙が溢れ、布団を濡らします。
(ごめんなさい、ごめんなさい)
ミカちゃんは心の中で何度も呟きました。
日中たくさん寝過ぎたせいか、夜はなかなか眠れません。
時計は午前一時を回っています。
布団から出て、机の横の窓を開けると、頬を刺すような冷たい空気がスッと入ってきました。
「さむい・・・」
体をすぼめながらミカちゃんは空を見上げました。
(あっ)
胸に当てていた腕を解き、身を乗り出すように窓枠に手を掛けます。
そこには寒さを忘れるほど、きれいな星空が広がっていました。
(すごい・・・)
オリオン座のペテルギウスがキラキラと光っています。
冬の大三角もはっきりと分かります。
(知らなかった。こんなにきれいに見えるんだ)
あまりの美しさに、ミカちゃんは、しばらく時間を忘れてしまいました。
(死んじゃうと星になるのかな?)
こうた君の顔が星空に浮かびます。
鼻の奥がジーンとして、ミカちゃんの目から涙が零れ落ちます。
「ごめんね、こうた君」
星空に映るこうた君が、ニッコリと微笑んだようにミカちゃんには見えました。
涙を拭いて、窓を閉めようとした時、フッと何かの香りがしました。
(あれ、この香り・・・)
大きく吸い込もうと、ミカちゃんが目を閉じた時です。
「いいよ」
誰かの声が聞こえました。
ハッとしたミカちゃんは窓から体を乗り出して、キョロキョロと周りを見ました。
でも外には誰もいません。
(確かに聞こえた)
もう一度、窓の外を見ます。
やっぱり誰もいません。
外はシーンと静まり返っています。
(寝てばかりいたから、おかしくなっちゃったかな・・・)
ミカちゃんは寒さにブルっと体を震わせると、急いで窓を閉めました。
カーテンを閉めて振り返ると、ミカちゃんの目に何かが映りました。
「あっ」
イチョウの葉です。
ベッドと机の間にイチョウの葉が落ちています。
おばあちゃんがこうた君から貰って栞にしていたイチョウの葉です。
ミカちゃんは手に持ったまま気付かずに、イチョウの葉を持ってきてしまったのです。
イチョウの葉を拾い上げると、ミカちゃんは指でクルクルと回しました。
フッと、こうた君の姿が浮かびます。
また涙が溢れてきます。
ミカちゃんはパジャマの袖で涙を拭いました。
(きっと星になるんだ)
そう思いながら目を閉じると、ミカちゃんは星空で微笑むこうた君の姿を想像しました。
(ごめんね、こうた君)
こうた君は笑っています。
ミカちゃんはイチョウの葉を枕元の棚に置いて布団に入りました。
明かりを消すと、しばらく暗闇の世界がミカちゃんを包みます。
何も見えない世界です。
しかし暗闇は長くは続きません。
ぼんやりと微かな光が感じられます。
ミカちゃんは目を閉じました。
フッと良い香りがしました。
さっきの香りです。
(何だっけ? 知っているのになぜか思い出せない)
香りがミカちゃんを眠りに誘います。
こうた君がいます。
ミカちゃんを見ています。
笑顔で手を振ってくれています。
ミカちゃんの目から涙が流れ落ちます。
「ごめんね、こうた君」
そう呟きなが、ミカちゃんは静かに眠りについていきました。
ミカちゃんは夢の中です。
こうた君がミカちゃんの横を通り過ぎます。
こうた君の横には白いワンピースを着た小さな女の子が、こうた君と手を繋いで歩いています。
女の子の顔は見えません。
「ごめんね、こうた君。こうた君は悪くないのに、私、言い過ぎたよね」
こうた君はミカちゃんを見てくれません。
「待って、こうた君!」
ミカちゃんの声はこうた君に届きません。
「待って、待ってよ」
こうた君はどんどん遠くに行ってしまいます。
「ごめんね、こうた君! ごめんね!」
こうた君に近付こうとしますが、足が動きません。
足元を見ると、イチョウの葉の中に足が埋まっています。
「こうた君、こうた君」
ミカちゃんは足を抜こうとしますが、足が動きません。
こうた君の悲しそうな後ろ姿が、暗闇に消えて行きます。
「こうた君、待って、こうた君!」
ミカちゃんは必死に手を伸ばします。
こうた君が立ち止まって振り返えりました。
こうた君が微笑んでいます。
「こうた君!」
ミカちゃんは叫びます。
でも、こうた君はミカちゃんに微笑んだまま、暗闇の中に消えてしまいました。
「ミカ、起きてる?」
階段の下からお母さんの声が布団の中に流れ込んできます。
(夢?)
ミカちゃんはボーっとして、体を動かせません。
「ハーー、夢か・・・」
ミカちゃんは小さくため息をつきます。
(でも、こうた君、笑ってた・・・)
そう思うと、ミカちゃんは布団の中で笑みを浮かべました。
「ミカ、起きてるの?」
お母さんの声の後に、トントンと階段を上がってくる音が遅れてついてきます。
ガチャっと扉が開くのと同時に
「ミカ、今日はどう?」
声だけがお母さんより先に部屋の中に入って来ました。
ミカちゃんは布団から顔を出してお母さんを見詰めます。
「大丈夫、でも今日、もう一日だけ休んでもいい?」
ミカちゃんがそう言うと、お母さんは驚いたような顔をしました。
眉間にしわを寄せて、しばらく考え込んだお母さんは、ギュッと口を結んでミカちゃんを見詰めると、
「まあ、いいか」
と言って、ニッコリ微笑みました。
「先生には上手く言っておくね」
お母さんがウィンクをします。
「ありがとう、お母さん。ごめんね」
ミカちゃんは申し訳なさそう表情を浮かべます。
お母さんは少し心配そうな顔をして言いました。
「いいのよ、でも、何かするの?」
ミカちゃんは窓の外に目を向けて、
「うん、ちょっとね」
と、答えると、お母さんを見てニッコリと微笑みました。
お母さんは、また口を結んで小さく頷くと、それ以上は何も言いませんでした。
お母さんは仕事に出かけました。
ミカちゃんはまた一人です。
カーテン越しに優しい光が差し込んでいます。
カーテンを開けると、薄暗かった部屋がパッと明るくなりました。
窓を開けると、青い空が広がる良いお天気です。
空を見上げると、高い所にはウロコ雲が張り付いています。
でも低い所ではシュークリームのような形をした雲がゆっくり流れています。
庭では背の低いイチョウの木の葉が一枚だけ揺れています。
まるでミカちゃんに手を振るように揺れています。
スーッと冷たい風が吹き込みました。
優しい風がミカちゃんを包み込みます。
「うーーーん」
ミカちゃんは大きく背伸びをしました。
一階のキッチンに行くと、冷蔵庫から昨日のカレーの残りを出して、電子レンジで温めました。
牛乳をコンロで温めて、インスタントのコーンスープも作りました。
今朝は食欲があります。
「外に行こう」
窓の外を眺めながらミカちゃんは呟きました。
(学校を休すでいるのに外に出るなんていけないけど、一人でいると悲しくなるだけ)
それに、不思議と家にいてはいけないような、誰かに会わないといけないような、そんな気がしています。
スープの残りを口に流し込むと、ミカちゃんは急いで支度を始めました。
歯磨きをして顔を洗います。
目の腫れは消えています。
パジャマからシャツとジーンズに着替え、少し大きめのパーカーを羽織り、お母さんが買ってくれたキャップを深く被りました。
バレないように百円ショップで買った、度の入っていないメガネをかけ、マスクも着けました。
お母さんが作ってくれたおにぎりをラップで包み、肩掛けカバンに入れます。
準備はOKです。
人目につかないように、ミカちゃんは、そっと玄関を出ました。
冷たい風が首筋に絡みます。
門の前に立ってミカちゃんは辺りを見回しました。
学校のそばには行けません。
見つかったら叱られます。
商店街にも行けません。
誰かに見られたら、あとが大変です。
ミカちゃんは人の少ない土手の散歩コースを歩くことにしました。
土手の草は短く刈り込んであって、ところどころ地面が見えています。
河川敷には野球場とサッカー場が並んでいます。
ウォーキングをしているおばさんが、ミカちゃんをジロジロ見詰めます。
犬を散歩させているおじさんもミカちゃんを見詰めます。
ミカちゃんは少し怪しまれています。
ミカちゃんは目を合わさず、遠くを見るように歩きます。
川は太陽の光を反射してキラキラと輝いています。
空では雲がミカちゃんを追い抜くように流れて行きます。
少し歩き疲れたミカちゃんは、土手の斜面に座り込みました。
目の前の野球場では、小さい男の子とお母さんが野球をしています。
男の子の短いバットが何度も空を切り、そのたびに男の子が球を拾って、お母さんに投げ返しています。
(野球場って誰もいないと広いんだ)
リキヤ君が野球をやっていたのを思い出しました。
(こうた君、野球やったことあるのかな)
色白で腕の細いこうた君が野球やサッカーをやっている姿は想像できません。
(どんな本を読んでいたのかな)
あの日の教室での出来事が頭に浮かびます。
(なんで自分から悪者になったんだろう)
こうた君の後ろ姿が浮かびました。
(リキヤ君、なんで許したんだろう)
怒るとすぐに暴力を振るっていたリキヤ君が、こうた君を許したことに、みんなビックリしていたことも思い出しました。
(手は早いけど、リキヤ君ってホントは優しいんだよね)
校庭のイチョウの木を折って遊んでいた子たちをリキヤ君と一緒に注意したことを思い出しました。
「木がかわいそうだろ!」
あの時のリキヤ君の言葉はミカちゃんにも意外でした。
(確か、あの後、二人で折れた枝をテープで繋いで、それから水を掛けてあげたんだっけ・・・)
リキヤ君が水いっぱいのバケツを運ぶ姿が浮かびました。
(ウソばかりついてたブンちゃんは、なんでみんなに告白したんだろう)
泣きながらみんなに謝ったブンちゃんの姿を思い出しました。
(私、あの時、すごい顔してたんだろうな)
こうた君のせいにしたブンちゃんを睨み付けたことも思い出しました。
(でも、元はと言えば、あいつがいけないのよ)
ミカちゃんはそばにあった小石をポーンと投げます。
(でも、あんなに恥ずかしい思いをしてまでみんなに告白するなんて、なんかすごいなぁ。ボロボロ泣いて、自分から悪者になるって、きっと勇気がいるんだろうな)
ミカちゃんは遠くの空を見詰めます。
(私はどう? 変われる? 変わらなきゃいけない? どうな風に変わる・・・)
「パンッ!」
小さな男の子のバットにボールが当たった音が、ミカちゃんを現実の世界に戻しました。
お母さんが急いでボールを取りに走ります。
男の子はバットを持ちながら「キャッキャ」と走り回ります。
(なんか男の子って不思議・・・)
流れる雲を追いかけるように、川向うの煙突から短い煙が出ています。
何をする場所なのか、最近までミカちゃんは知りませんでした。
「滅多に行くところじゃないのよ」
お母さんが晩ご飯の準備をしながら、そう言っていたのを思い出しました。
本を読みながら聞いていたおばあちゃんがニヤッとして、
「もうすぐ行けるかもよ」
と言うと、お母さんがいきなり
「おばあちゃん!」
と、怒鳴ったことを思い出しました。
その時は、なんでお母さんが怒ったのか分かりませんでしたが、今は分かります。
「人は変わって行くんだよ」
おばあちゃんが本に目を戻し、寂しそうにボソッと呟いた記憶が、ミカちゃんの胸をギュッと締め付けました。
(そう、みんな変わっていくんだ。きっと訳があるんだ。こうた君にはこうた君の訳が。リキヤ君にはリキヤ君の訳が。ブンちゃんにはブンちゃんの訳が。でも私は変わっていない。私は何も考えずに言いたいことだけ言ってる。私だけが変わっていない)
スッと立ち上がると、ミカちゃんは遠くの空を眺めました。
(なんで? なんで?)
その言葉だけが頭の中をグルグルと巡ります。
ミカちゃんはまた散歩コースを歩き出しました。
山の上の白い風車がゆっくりと回っています。
「電気を作っているんです」と言っていた沙織先生の話を思い出しました。
小さな子が凧あげをしています。
前を見たり、後ろを見たりしながら、サッカー場を走り回っています。
すぐそばでは男の人も凧あげをしています。
右手から伸びる糸は空の途中で見えなくなっています。
小さくなって模様が見えない三角形の凧は、男の人が手を引くたびに微かに動いているように見えます。
ミカちゃんはしばらく凧を見ていました。
どのくらい見ていたかは覚えていません。
凧の向こう側にある濃く青い空は、見れば見るほど吸い込まれていくような気がします。
(空ってずっと青いのかな? 雲に覆われていても、変わらずに、向こう側も青いのかな?)
普段は考えもしなかったことが、頭に浮かんできます。
(変わらないからいいの? 変わるからいいの?)
「グーーー」
おなかが情けない音を立てました。
「私の気持ちとお腹の気持ちは別なのね」
そう言って、ミカちゃんはお腹をさすりました。
太陽は高い所にあります。
気が付くと、もう煙突が近くに見える橋のそばまで歩いていました。
ミカちゃんは辺りを見回して、座れる場所を探します。
橋のそばの斜面は、草ではなくコンクリートのブロックが敷いてありました。
(ちょうどいいかも!)
ミカちゃんは橋から少し離れたブロックの上に座りました。
カバンからおにぎりを出します。
お母さんはいつもより大き目のおにぎりを二つ握ってくれました。
(何のおにぎりだろう)
マスクを外してパクッと口に入れると、中からシャケが現れました。
ミカちゃんの大好物です。
ミカちゃんはパクっと頬張ります。
お腹が空いていたので、口いっぱいに頬張ります。
(おいしい!)
パクパク、モグモグ頬張ります。
そして最後の一口を入れようと思ったときでした。
橋の上を黒い車が通りました。
ミカちゃんはおにぎりを持ったまま、急いで親指を隠します。
霊柩車です。
キラキラ光る屋根が載った車を初めて見た時は、きれいだなと思いました。
でも亡くなった人が乗っていると知った時は、ショックだったのを覚えています。
親指を隠すのは、クラスの男の子に教えてもらいました。
「霊柩車を見た時に親指を隠さないと、お父さんに悪いことが起こるんだぞ」
隠し忘れた時には、急いで家に帰って、お父さんの帰りを待ちました。
眠たい目を擦って待ちましたが、それでも眠ってしまって、翌朝、お父さんの顔を見たときに、ボロボロと涙を流したことを思い出しました。
お母さんは「そんなの迷信よ」と言います。
ミカちゃんも分かっています。
それでもミカちゃんは、今でも親指を隠してしまいます。
霊柩車がミカちゃんのそばを通り過ぎようとした時です。
霊柩車に乗っている女の人とミカちゃんの目が合いました。
女の人はミカちゃんに微笑みます。
ドキッとしたミカちゃんは慌てて目を逸らしました。
(知ってる人?)
ミカちゃんはドキドキしています。
続いて小型のバスも通りました。
前の席には窓から少しだけ顔が見える女の子と大人の男の人が乗っています。
後ろの席には沙織先生に似た人がいて、その後ろの席には男の子が乗っていました。
(あれっ・・・)
男の子はブンちゃんに似ています。
小型のバスには四人の他に人影は見えません。
ハッとしたミカちゃんは慌ててバスに背を向けます。
そして残ったおにぎりを口に入れると、マスクを掛け、帽子の鍔で顔を隠しました。
(見られたかな・・・)
またドキドキしてきたミカちゃんは、スッと立ち上がって、その場から離れます。
町の方に向かって、急いで土手を駆け下りると、早足で歩き出しました。
どこに向かっているのかは、自分でも分かりません。
どんどん、どんどん歩くだけです。
通ってはいけないと思っていた商店街も抜けました。
何となく知っている人と目が合ったような気がしましたが、そんなことは気にしていられません。
病院のイチョウ並木も抜けました。
おばあちゃんに会いに行こうかと一瞬思いましたが、こんな時間に行ったら何を言われるか想像ができます。
病院を背にして、ミカちゃんはどんどん歩きます。
どこをどう歩いたのかは、よく覚えていません。
たくさん歩きました。
気が付くとブランコ山のそばまで来ていました。
(上まで行こう)
歩き疲れていたミカちゃんでしたが、ブランコ山の坂道をゆっくりと上って行きます。
木々の隙間から小学校の校舎が見えます。
何も変わりはありません。
(授業中のはず、沙織先生もブンちゃんもきっと見間違いだ)
ミカちゃんは心の中でそう呟きながら公園の中に入っていきました。
ブランコ山では小さな子が元気よく遊んでいます。
大イチョウの木が子供たちを静かに見守っています。
(あっ、沙織先生?)
沙織先生に似た人が、男の子と公園から出て行きます。
(なんか沙織先生に似てる人ばかり見かけるなぁ・・・。きっと、見つかったらいけないと思っているから、みんな沙織先生に見えちゃうんだな・・・)
「ハーーー」
小さくため息をつくと、ミカちゃんはベンチに座って学校を眺めました。
(みんなどうしているんだろう)
クラスの友達の顔が浮かんできます。
こうた君の顔も浮かびます。
(あ、忘れてる・・・)
あんなに落ち込んでいたのに、こうた君のことを忘れていたことに気が付きました。
ミカちゃんは俯いてしまいました。
(ひどいことしたのに、もう忘れてる。あんなに泣いたのに、あんなに辛かったのに・・・)
ミカちゃんの目が涙で潤みます。
(私ってひどい。おばあちゃんは人は変わるものだって言ってたけど、ひどいよ。こうた君に謝れなかったのに、もう謝れないのに、それさえ忘れちゃってる)
ミカちゃんの目からポロポロと涙が零れ落ちました。
(あっ)
フッと香りがしました。
昨日の夜と同じ、あの香りです。
ミカちゃんはハンカチで涙を拭うと、顔を上げて、スーッと大きく香りを吸い込みました。
目を閉じて、なんの香りなのか思い出そうとしますが、やっぱり思い出せません。
でも悲しい気持ちを癒してくれるような、優しい気持ちで心が満たされていくような、そんな感じがしました。
「座ってもいい?」
(えっ)
ミカちゃんが目を開くと、そこには女の人が立っていました。
(あれ?)
さっきまで元気に遊んでいた小さい子たちがいません。
「あ、すみません。どうぞ・・・」
ミカちゃんはハンカチをポンポンと目に当てると、ベンチの端に座り直しました。
女の人は薄い緑色のコートを着た優しそうな人でした。
(どこかで見たような・・・)
どこかで会ったことがあるような感じがしましたが、ミカちゃんは思い出せません。
女の人は学校の方を見ながら話し始めました。
「ブランコ山からの眺めっていいわよね。町が良く見えるし、学校で子供たちが元気に走り回っているのも見える」
女の人は昔から見慣れた風景との別れを惜しむように、どことなく寂しそうです。
ミカちゃんは不思議そうに女の人を見詰めます。
女の人のきれいな長い髪が風に揺れ、太陽の光を反射してキラキラと光っています。
「私、お別れしてきたの。だから少しだけ悲しいの。それに、たくさんの人ともお別れしなくてはいけないかもしれないの」
(え?お別れ?、少しだけ悲しい?)
驚いたミカちゃんは、女の人の顔を見詰めます。
女の人が少し微笑んだように見えました。
悲しいと言っているのに、そんなに悲しそうには見えません。
女の人の言葉が気になったミカちゃんは、女の人の顔を覗き込むように尋ねました。
「少しだけ、ですか?」
女の人はミカちゃんを見て、今度はしっかり微笑みながら言いました。
「ええ、少しね」
女の人はどこかスッキリしたような表情をしています。
「お別れと言ってもしばらくの間だけ。また会えるの。触れたりすることは出来なくなるけど、生まれたところに戻って見守ることはできるの」
女の人はそう続けました。
でも、ミカちゃんには女の人の言っている意味が分かりません。
(しばらくの間だけお別れ? 生まれたところに戻る?)
女の人がミカちゃんを見詰めて言いました。
「あなたも悲しいの?」
(えっ、何で・・・)
ミカちゃんはドキッとしました。
女の人の目は透き通るようにきれいで、ホッとするような優しさに満ちた目です。
ミカちゃんはなぜか鼻の奥がジンとして、目に涙が溜まっていくのが分かりました。
初めて話す人なのに、前から知っているような懐かしさと優しい笑顔が、今の辛い気持ちを和らげてくれるような気がしました。
(話を聞いてもらいたい・・・)
そう思ったミカちゃんは、俯くと、あの日の教室での出来事を静かに話し始めました。
「私・・・、私ひどいんです。友達をかばって悪者になった子を、犯人だと思って責めちゃったんです。『自分から悪者になったんだ。その子がそうなるように望んだんだ。だから仕方ないんだ』って、そう思ったけど、それだけじゃないんです。いつもそう。よく考えずに口に出しちゃう。よく考えずに怒っちゃう。いつもそうなんです。言った後に『言い過ぎちゃったな』って思って謝るんだけど、今度は謝れなかった。私が間違って責めたことを、キチンと謝る前に、その子がいなくなっちゃったんです」
ミカちゃんの目から涙が一筋零れ落ちます。
女の人は優しくミカちゃんを見詰めて言葉を返しました。
「そうね。謝れなかったのは残念ね。でも私はあなたのような子が好きよ。言いたいことがしっかりと言えて、それが間違いだと思ったらちゃんと謝ることができる。そう言う子を『素直な子』って言うのよ。あなたはとても素敵な女の子よ」
女の人の「素敵」という言葉にミカちゃんはハッとしました。
(私が素敵?)
少し驚いたミカちゃんの表情が、また曇りました。
「でも、もっとひどいのは、キチンと謝れなかったのに、悲しくてたくさん泣いたのに、それなのにもう忘れそうになってる。絶対忘れないと思うくらい泣いたのに、辛かったのに、その気持ちだってすぐに忘れそうになってる。これじゃきっと全部忘れちゃう。ひどいことしてもすぐに平気でいられる人になっちゃう」
ミカちゃんの目からまた涙が流れ落ちました。
女の人がミカちゃんの肩を抱き寄せます。
あの香りがします。
「ううう」
大粒の涙が、ミカちゃんの頬を伝います。
「大丈夫。心配することはないわ。人は忘れてしまう。それは仕方ないことよ。みんな変わって行くのだから。そうして大きくなっていくのだから」
ミカちゃんは俯きながら首を横に振ります。
「でも、でも・・・」
女の人は優しく語りかけます。
「いつも思うことはないの。たまに思い出せばいいの。そうすれば忘れたことにはならないわ。きっとその子もそう望んでいるわ」
女の人はミカちゃんの背中をポンポンと優しく叩きます。
「ううう、忘れない、絶対に忘れない」
俯いたミカちゃんの目からポタポタと涙が零れ落ちます。
「あなたはとても気持ちの優しい子。これからは相手を思いやって話せるわ。きっとその男の子も嬉しく思っているわ。あなたがこんなに優しい心を持った素敵な女の子になる役に立てたんだから、きっと喜んでいるわ。あなたの気持ちは、きっとその子に届いている。きっとよ」
女の人の言葉にミカちゃんは気持ちを抑えることができません。
「う、う、ううう」
ミカちゃんは両手で顔を覆います。
「私も、私も役に立てるかな。誰かの役に立てるかな」
ミカちゃんが声を絞り出します。
また、女の人の手がポンポンとミカちゃんの背中を優しく叩きます。
その時でした。
ベンチの後ろから誰かの声が聞こえました。
「もう役に立ってるわよ。お姉ちゃん」
(えっ)
ミカちゃんは顔を上げ、ゆっくりと振り返ります。
(誰?)
そこには女の子が立っていました。
黄緑色のポンチョコートと黄色のニット帽がとても可愛らしい、目がクリッとした小学校1年生くらいの女の子が、男の人と手を繋いで立っています。
(あれ? どこかで・・・)
そう思ったのですが、ミカちゃんは思い出せません。
「お姉ちゃん、私の大切な絵を届けてくれたのよ。お姉ちゃんが届けてくれて、お兄ちゃん、とーーっても喜んでいたわ。だからお兄ちゃんもお礼したいって言っていたの。だけど・・・、だけどね、お兄ちゃん・・・」
女の子の表情が曇ります。
「でもね、お父さんとお母さんがお兄ちゃんの代わりにお礼するって言ってくれたの。それでね、もうしておいたよ。ね、お父さん」
男の人はミカちゃんを見て優しく微笑んでいます。
「ありがとう、お姉ちゃん」
女の子はペコッとお辞儀をすると、ニッコリ微笑んで大イチョウの方に走って行きました。
ミカちゃんには何のことだか分かりません。
(私が何かした? 大切な絵って? お兄ちゃんて誰? お礼したってどういうこと?)
ミカちゃんは女の人の顔を不思議そうに見詰めます。
女の人は微笑んで、小さく頷きました。
女の人の表情は「大丈夫よ」と言っているようでした。
その笑顔を見ていると、ミカちゃんは曇った心が、スーッと晴れて行くような気がしました。
後悔していることが洗い流されていく、そんな感じがしていました。
優しい風がミカちゃんを包みます。
(あっ、香り・・・)
また微かにあの香りがします。
女の人に肩を抱かれた時にも感じた、いつも思い出せないあの香りです。
ミカちゃんはベンチから立ち上がると、目を閉じて、ゆっくりと大きく、香りを吸い込んで言いました。
「なんだか、お話したら、気持ちが楽になりました。私、忘れません。きっと変わって行くだろうけど忘れません」
ミカちゃんは一歩前に出て、学校を見詰めながら「うーーーん」と言って、大きく背伸びをしました。
「ミカ!」
突然、聞き覚えのある声が響きました。
ハッと声のした方を見ると、お母さんが坂の下から「ハアハア」言いながら、ミカちゃんに近寄ってきました。
「お母さん!」
ミカちゃんは慌ててお母さんに駆け寄ります。
驚いているような、怒っているような、どちらとも言えない口調で、お母さんがミカちゃんを問い質します。
「あんた何やってるの、こんなところで」
ミカちゃんは少し照れくさそうに言い訳をしました。
「ごめん。なんか家にいられなくなっちゃって。色々考えながら散歩してたらここに来ちゃったの」
今度は心配そうにお母さんが尋ねました。
「あんた何してたの一人で」
「はぁ?」と言う顔で、ミカちゃんが答えました。
「何って、お話していたの」
ミカちゃんの答えに、お母さんが眉間にしわを寄せます。
お母さんは疑うような目で、確かめるように言いました。
「独り言?」
ミカちゃんは少し呆れたように、
「何を言っているのよ。独り言じゃないよ」
そう言うと、ミカちゃんはベンチの方に振り返りました。
(えっ? えっ?)
ベンチには誰もいません。
「あれ?」
ミカちゃんは辺りをキョロキョロ見回します。
(え?え?)
ミカちゃんはお母さんに確かめるように言いました。
「だって、女の人いたでしょ? 男の人も・・・」
ミカちゃんはハッとして大イチョウの方を見ました。
女の子もいません。
(え?え?)
ミカちゃんはまたキョロキョロと辺りを見回します。
「あれー?」
ミカちゃんは驚いた表情でお母さんを見詰めます。
「何を言ってんだろうね、この子は。あんたを見つけたときから一人だったよ」
お母さんは呆れた表情でミカちゃんを見詰めました。
「えーーー」
(たった今、ここで話していたのに)
肩には、まだ女の人の手の感覚が残っています。
(あっ、いつの間に・・・)
また、小さい子たちが元気に遊んでいます。
(話している時はあんなに静かだったのに・・・)
小さい子たちのお母さんたちもいますが、その中に話をした女の人はいません。
女の人も、男の人も、女の子も公園からいなくなっていました。
何がなんだか分からなくなったミカちゃんは、両手で頬を押さえます。
「だって、だって」
ミカちゃんは「信じてよ」と言うように、お母さんの顔を見詰めます。
お母さんは俯いて「ハーーー」と長い溜息をつくと、何かを思い出したように、慌てて顔を上げて言いました。
「あっ、それより大変だよ。おばあちゃんが」
驚いたミカちゃんは、お母さんに詰め寄ります。
「え、おばあちゃんがどうかしたの?」
お母さんは興奮たように言いました。
「歩いたんだよ、おばあちゃんが。ベッドから立ち上がって、歩いたんだよ」
ミカちゃんは耳を疑いました。
「えーーーーー」
お医者さんからは「歩くのは難しいかも」と言われていました。
それに日曜日に行った時には、歩けそうな素振りは全く見せませんでした。
(うそ・・・)
ミカちゃんはビックリしてお母さんを見詰めます。
「ホント? ホントなの?」
お母さんの腕を掴んで、ミカちゃんはお母さんに顔を近付けました。
「いいから行くわよ。良かったわホント。お隣のおばあちゃんが商店街であんたを見かけててくれて。どこにいるのかさっぱり判らなかったから、どうしようかと思っていたのよ」
そう言うと、お母さんはミカちゃんの手をグイッと引っ張って歩き出しました。
お母さんがミカちゃんを見てニヤッと笑います。
ミカちゃんをからかうようにお母さんは言いました。
「ベンチで夢でも見てたんじゃないの?」
ミカちゃんはお母さんに手を引かれながら俯いて呟きました。
「絶対いた。絶対に話したもん」
ミカちゃんの顔が、少しむくれたようになっています。
でも、お母さんへの言い訳は、どうでも良くなってきました。
お母さんが何と言おうと、女の人の手の温もりは忘れません。
優しい香りも、優しい言葉も、そして何より「素敵」と言ってくれたことも。
ミカちゃんは晴れやかな気持ちになっていました。
(こうた君はそばにいる。私が悪い子になりそうになったら、きっとこうた君が来てくれる)
太陽は空と山の境まで落ちてきています。
西の空はきれいな夕焼け雲が広がっています。
(みんな変わるんだ。私も変わっていいんだ。変わっても思い出せばいいんだ。女の人が言っていたみたいに素敵になる。もっと、もっと素敵になる)
ミカちゃんは静かに呟きます。
「こうた君、ありがとう」
お母さんが振り返ります。
「何か言った?」
ミカちゃんは下を向くと「フフフ」と笑って言いました。
「ううん、何でもない」
(でも、あの子・・・)
急に女の子の言葉が気になりました。
(絵ってなんだろう。お兄ちゃんに届けたって、そんなことあったかな・・・。それにお礼って・・・)
ミカちゃんには全く見当が付きません。
お母さんはミカちゃんの手を放し、少し先を歩いて行きます。
(なんだか分からないけど、役に立てたのかな? だとしたらそれでいい。自分じゃ気付かなくても、私がしたことで誰かが喜んでくれたのならそれでいい)
ミカちゃんは真っ直ぐ前を見詰めました。
夕日がミカちゃんを照らします。
お母さんが立ち止まってミカちゃんを見ています。
「あんた、なんだか感じが変わったわね」
お母さんは驚いたような、嬉しいような顔をしています。
「そう? フフフ、まだまだよ」
そう言って、ミカちゃんはお母さんを見詰めました。
「おやおや」
そう言うと、お母さんは「ハハハ」と笑いました。
ミカちゃんは俯いて微笑むと、振り返って、ブランコ山を見上げました。
もうすぐ病院です。
病院のイチョウ並木は、夕日に照らされている雲と重なって、赤く色付いて見えます。
中庭に入るとミカちゃんは何かに気が付きました。
ミカちゃんは急に走り出します。
看護師さんと一緒に誰か立っています。
もう思い出の中でしか見られないと思っていた姿です。
「おばあちゃーん!」
ミカちゃんはおばあちゃんの胸に飛び込んで、嬉しそうに声を上げました。
「ホントだった。ホントにホントだった」
ミカちゃんは笑顔でおばあちゃんを見詰めます。
おばあちゃんも嬉しそうに答えました。
「うんうん、ホントだとも。ビックリしたろう。でも、あたしなんかもっとビックリしたよ」
おばあちゃんはミカちゃんの頬を両手で挟んでグニュグニュします。
「でも、おばあちゃん、急にどうして?」
ミカちゃんが不思議そうに尋ねました。
「あたしも訳が分かんないけど、これのお陰かもね・・・」
そう言うと、おばあちゃんはポケットから何かを取り出して、ミカちゃんに見せました。
おばあちゃんが持っていたのはイチョウの葉でした。
あの日、ミカちゃんが病室から持ってきた葉と同じようなイチョウの葉です。
「これって・・・」
こうた君の姿が浮かびます。
「そう、あの子からもらったイチョウの葉だよ。二枚くれたんだけど、引き出しに一枚しまったままになっていたんだよ」
おばあちゃんは手に持ったイチョウの葉をジッと見詰めて言いました。
「お昼時にウトウトしちゃってね。夢を見たんだ。大イチョウのある丘だった。そう、今はブランコ山って言うのかい、そこだったよ。車椅子に座って学校を眺めていたら可愛い女の子が来てね。
『お礼なの、引き出しのイチョウの葉を足に置いてみて』ってね。そう言ったんだよ」
(ブランコ山? 女の子? お礼? あっ!)
ミカちゃんはドキッとしました。
おばあちゃんは目を瞑って、見た夢を思い出しながら話を続けました。
「一年生くらいだったかね。目のクリッとした可愛い子だったよ。男の人と女の人もいたねぇ。三人でニッコリ笑ってたねぇ」
そう言うと、おばあちゃんは目を開けて、また手に持ったイチョウの葉を見詰めました。
「目が覚めると何か不思議な感じでね。夢だとは思ったけど、この歳になると夢も信じたくなってね。女の子が言った通り、イチョウの葉を取り出してね、足の上に置いたんだよ」
静かに話していたおばあちゃんでしたが、突然、目を見開いてミカちゃんを見詰めて言いました。
「そしたらどうだい、急に体が軽くなってね、足に力を入れたら動いたんだよ。あたしゃもうビックリしちゃってね」
おばあちゃんは興奮気味に、ポンと足を叩きました。
隣の看護師さんもビックリしています。
「どうだい」と嬉しそうな顔をして、おばあちゃんはまたミカちゃんの顔をまたグニュグニュしました。
「良かった、おばあちゃん、ホント良かったね」
ミカちゃんはおばあちゃんに抱きつきます。
「ありがとうね」
そう言うと、おばあちゃんはミカちゃんの背中をポンポンと優しく叩きました。
おばあちゃんは看護師さんに支えられて、お母さんの方に歩いて行きます。
今度はお母さんに話をし始めました。
ミカちゃんは、おばあちゃんの話を思い出しました。
(一年生くらいの目のクリッとした女の子って、まさか・・・)
ミカちゃんはブルブルと首を横に振って、「ありえない」といった表情です。
でも、心の片隅では「もしかしたら」と言う気持ちもありました。
(もし、これがお礼だとしたら、こんなに凄いお礼なんて信じられない)
そう思った瞬間、ミカちゃんの目から一筋の涙が零れ落ちました。
ミカちゃんは手で涙を拭います。
(そうだとすると絵って何? 届けたって何を?)
考えても思いつきません。
絵を男の子に届けた記憶などないのです。
(そうだとすると、お兄ちゃんて、こうた君?)
フッとこうた君の顔が浮かびます。
(ありえない・・・だってこうた君に絵なんか届けてないもん・・・)
考えても考えても、ミカちゃんは混乱するばかりでした。
興奮したおばあちゃんはお世話になったお医者さんにも同じことを言っています。
横では看護師さんが黙っておばあちゃんの話を聞いています。
(ああ!考えるのはちょっとお休み。嬉しい、ホント嬉しい。もしかしたらおばあちゃんと山に行けるかも知れない)
ミカちゃんの顔には笑顔が戻っていました。
西の空の太陽は落ちて、辺りは薄暗くなり始めました。
ブランコ山を見ると、大イチョウの木のそばに黄色く光る星が出ています。
星の横に女の人と男の人、そして女の子の顔が浮かびます。
「ありがとう」
ミカちゃんは小さな声でお礼を言うと、三人の姿はゆっくりと消えて行きました。
優しい風がミカちゃんを包みます。
フッとあの香りがしました。
(あっ、また・・・)
香りを確かめるようにミカちゃんが目を閉じると、
「届いているよ」
と、誰かの声がしました。
(えっ?)
男の子の声です。
聞き慣れない声でしたが、ミカちゃんにはすぐに分かりました。
ミカちゃんは目を開けて、星を見上げると、星に向かって尋ねました。
「やっぱり星になったの?」
こうた君の姿が星と並んで浮かびました。
こうた君がニッコリと微笑んで答えました。
「ううん、戻っただけ、生まれる前に戻っただけ」
ミカちゃんは少しも驚きません。
今日は不思議なことばかり起きたからです。
「良かった。星じゃ昼間は見えないし、遠すぎて会いにも行けないものね」
ミカちゃんもこうた君に微笑み返します。
「こうた君、ありがとう。私のこと見ていてね」
ミカちゃんはこうた君を見詰めます。
こうた君が、またニッコリと微笑んで答えました。
「うん、いいよ」
ブンちゃん、リキヤ君、ミカちゃんたちの卒業まで、もう三か月ほどです。
12月最初の土曜日はさわやかに晴れて、暦の上では、もう冬が始まっているのに、少し陽射しの暖かい日になりました。
空は吸い込まれそうな濃い青で、所々、小さな雲が浮かんでいます。
町のイチョウの木は葉を黄色く染めていますが、ブランコ山の大イチョウは僅かに黄緑色の葉を残していました。
「キキキーー」
ブンちゃんが自転車に乗ってブランコ山にやって来ました。
公園では、小さな子たちが楽しいそうに遊んでいます。
自転車置場は子どもを乗せる椅子の付いた自転車でいっぱいです。
自転車を停めて公園に入ると、ブンちゃんは何かに気が付きました。
(あれ、リキヤ君?)
ベンチにはリキヤ君が座っていました。
ブンちゃんはゆっくりと近付き、ベンチの後ろから、リキヤ君の肩をポンと叩いて、声をかけました。
「よう!」
少し驚いた様子で振り向いたリキヤ君は、ブンちゃんの顔を見て「なーんだ」と言う表情で返しました。
「おう」
ブンちゃんはベンチに座ると、リキヤ君の顔を覗き込んで尋ねました。
「どうしたの?」
リキヤ君が一人でベンチに座っていることが、ブンちゃんには少し不思議な感じでした。
リキヤ君はブンちゃんと目を合わさずに学校の方を見ながら、少しごまかすように返しました。
「えっ、ああ、暇だから来てみた」
リキヤ君のごまかす様子で、リキヤ君がここにいる理由が何となく分かったブンちゃんは、ニヤッとしながらリキヤ君の顔を覗き込んで、少し意地悪な感じで、また尋ねました。
「いつもー?」
ブンちゃんの言い方で、言葉の意味に気付いたリキヤ君は、恥ずかしそうに俯くと、笑みを浮かべ、視線__しせん__#を学校の方に戻して言いました。
「たまにだよ、たまに。時間がある時だけ」
ブンちゃんは、とぼけたように、
「ふーーーん」
と、返事をして、空を見上げます。
今度はリキヤ君がブンちゃんに聞き返しました。
「お前こそ、どうしたんだよ」
ブンちゃんも学校の方に目を向けると、ニヤッとして、
「リキヤ君と同じ」
と、答えました。
二人はお互いの顔を向け合って
「ふーーーん」
と声を合わせると、少し間をおいて、
「ハハハハハー」
と笑い出しました。
学校の向こうに見える山並みは、少し傾きかけた太陽に照らされて、光が当たる所と、影になる所がはっきりと分かれています。
二人はぼんやりと遠くの空を眺めていました。
「ワッ!」
突然、後ろから大きな声がしました。
(なに?なに?)
ブンちゃんはビックリして振り向きます。
そこに立っていたのは、ニッコリと笑ったミカちゃんでした。
「何たそがれちゃってるのよ、男同士で」
ミカちゃんはベンチの背もたれに腕を載せると、ニヤニヤしながら目を左右にキョロキョロさせました。
少し怒ったようにリキヤ君が、
「何でもねーよ」
と、答えます。
リキヤ君はドキドキしています。
そして、ブンちゃんに「黙ってろよ」と合図するかのように、
「な!」
と言って、ブンちゃんの顔を覗き込みました。
ブンちゃんは慌てて答えます。
「あ、ああ、何でもない」
「リキヤ君は女の子を待っている」なんて言えません。
ブンちゃんは何事もないような顔をして、ミカちゃんから目を逸らしました。
ミカちゃんは眉間にしわを寄せ、目を細めて二人をジロジロ見ます。
「あやしーーーい」
リキヤ君とブンちゃんは目を合わせないように、ジッと前を見ています。
「ま、いいか」
ミカちゃんはそう言うと、無理やり二人の間に割り込んで、ベンチに座りました。
ミカちゃんは大胆です。
「何だよーーー」
ビックリしたリキヤ君が、照れたように声を上げました。
リキヤ君の顔が赤くなっています。
でも、リキヤ君の顔は、どことなく嬉しそうでした。
「ミカこそ、どうしたんだよ」
リキヤ君が反撃するようにミカちゃんに聞き返します。
少し間を開けて、今度はミカちゃんが空を見上げて答えました。
「べっつにーー」
ごまかすようにそう言うと、ミカちゃんは学校の方に目を向けました。
太陽が柔らかい光で三人の頬を照らします。
しばらくの沈黙の後、ミカちゃんが「プッ」と吹き出すと、三人は「ククククッ、アハハハハ」と笑い出しました。
小学校最後の年、三人はまた同じクラスになっていました。
ミカちゃんは相変わらずおしゃべりで、言葉使いは乱暴でしたが、しつこさはなく、サッパリとして、クラスをまとめる女親分ぶりはそのままでした。
でも、こうた君が亡くなってから、ミカちゃんの雰囲気が優しい感じになったと、ブンちゃんは密かに思っていました。
こうた君が亡くなったことと関係があるのだろうとは思っていましたが、誰かに理由を聞いたことはありませんし、とてもミカちゃん本人に聞くことはできませんでした。
(今日はなんだか聞けそう)
ブンちゃんは、なぜかそんな気がしました。
ブンちゃんは思い切って口を開きました。
「ミカちゃん、あのさ、聞いていい?」
ミカちゃんが笑顔のままブンちゃんを見詰めて返事をしました。
「なにっ?」
ミカちゃんの笑顔にドキッとして、ブンちゃんは言葉に詰まってしまいました。
なかなかり出さないブンちゃんに、ミカちゃんは急に怒った顔になると、
「何よ!」
と、ブンちゃんを睨みつけました。
いつものミカちゃんです。
一瞬たじろいだブンちゃんでしたが、遠慮するように切り出しました。
「あ、あのね、こうた君が亡くなった後、ミカちゃん学校休んでたよね」
(えっ?)
ミカちゃんは一瞬、驚いたような表情を浮かべました。
ミカちゃんの表情が徐々にこわばっていきます。
(あっ)
ミカちゃんの変化に気付いたブンちゃんは、
「あっ、ごめん。やっぱり聞いちゃいけなかったよね。いいのいいの、忘れて」
と、右手を左右に振りながら、慌てて言葉を取り消しました。
しばらく沈黙が続きました。
リキヤ君も「どうした?」と言う表情でミカちゃんを見ています。
しばらく俯いていたミカちゃんでしたが、顔を上げ、また学校の方に目を向けました。
「もういいの、大丈夫」
そう言うと、口を結んだまま、視線を落として、ミカちゃんはニッコリとした表情を浮かべました。
そして何かを思い出したように前を向くと
「でも、あんたのせいよ」
と言って、ギロっとブンちゃんを睨みました。
「えーー、俺のせい?」
意外な答えにブンちゃんがビックリすると、
「そう、あんたのせい!」
そう言って、ミカちゃんはブンちゃんのモモをパチンと叩き、ベンチから立ち上がりました。
「いてっ!」
情けない顔でブンちゃんは足を摩ります。
「痛いよー」
情けない表情のまま、ブンちゃんはミカちゃんを見上げます。
ミカちゃんはブンちゃんを見ていません。
ミカちゃんの横顔は悲しそうでした。
悲しそうな目でミカちゃんは遠くを見詰めていました。
わずかな沈黙の後、ミカちゃんが口を開きました。
「だって私、こうた君を責めたままだった。リキヤ君の恐竜の首を折ったことを責めたままだった。そのあと、こうた君、来なかったじゃない。私、ひどいこと言ったのに『ゴメンナサイ』って言えなかったじゃない。あれね、結構つらかった。ショックだった。しばらく立ち直れなかった。きっと、私がこうた君を責めたからだって、そう思ったの。だから学校に行けなくなった」
ミカちゃんの告白にブンちゃんは何も言えなくなってしまいました。
ミカちゃんの言う通り、原因はブンちゃんです。
ブンちゃんの嘘がなければ、ミカちゃんがそう思うことはなかったはずです。
ブンちゃんはあの時のことを思い出して俯いてしまいました。
「ひどかったよね。俺、ウソつきだったよね。ウソであんな大事になるなんて考えもしなかった。ウソで誰かが悲しむなんて考えたこともなかった。まさかミカちゃんまで悲しませていたなんて・・・。ホントひどいよね。ホントごめん、ホント」
うなだれるブンちゃんの肩をポンと叩いて、リキヤ君が思い出したようにミカちゃんに聞きました。
「三日ぐらい休んだっけ?」
ミカちゃんはまた遠くを見ると、
「ううん、二日、月曜日と火曜日」
と、静かに答えると、思い出すように話を続けました。
「あの後ね、不思議なことがあったの。今も忘れない。不思議な人たちに会ったの」
ミカちゃんの『不思議な人たち』と言う言葉にハッとしたブンちゃんは、顔を上げて、ミカちゃんを見詰めました。
風がミカちゃんの髪をフワッと優しく持ち上げます。
ミカちゃんは髪が伸びて、同じ六年生なのかと思うくらい、大人っぽくなっていました。
太陽の光がミカちゃんを照らしています。
潤んだ瞳がキラキラと光ります。
ミカちゃんはゆっくりとベンチに腰を下ろし、不思議な出来事のことを静かに話し始めました。
* * * * *
ミカちゃんがこうた君の悲しい知らせを知ったのは、こうた君が亡くなった翌日の日曜日でした。
金曜の夜から、ミカちゃんはお母さんと一緒に泊りがけで出かけていました。
そして日曜日、出かけ先から直接、おばあちゃんのお見舞いのために病院に来ていました。
日曜日の病院は、平日と違って静かでした。
天井の窓から降る柔らかな光が、広いホールを照らしています。
壁のステンドグラスが色鮮やかに輝いて、上の方だけ見ると、テレビで見た教会のようです。
ガラスに囲まれたイチョウの木をチラッと見て、ミカちゃんはおばあちゃんのいる病室に急ぎました。
「私、階段で行くね。エレベーターと競争ね!」
そう言うと、ミカちゃんは急ぎ足で歩き始めました。
階段はホールを抜けた所にあるエレベーターの隣でした。
ミカちゃんは階段の手前で立ち止まると、お母さんを見てニヤッと微笑みます。
そして階段の方に向き直ると、エレベーターの扉が閉まるのと同時に「パンッ」と手を叩いて、階段を駆け上りました。
おばあちゃんの病室は六階です。
一階、二階、三階までは順調でした。
でも四階くらいで、段々と息が切れ始めました。
病院に来ると、普段の倍くらいは空気を吸っているんじゃないかと、ミカちゃんはいつも思います。
でも嫌ではありません。
不思議と、この病院の匂いが好きなのです。
階段に表示された階数のプレートを確認しながら、ミカちゃんはおばあちゃんのいる階を目指します。
(ここで倒れても大丈夫。ここは病院だから)
訳の分からない励ましを自分にして、ミカちゃんは階段を上り切ると、「ハアハア」言いながら、
(いっちばーん!)
と心の中で叫びました。
病院だから大きな声は出せません。
(あれ?この上って階がなかったっけ・・・)
少し変な感じがしましたが、息が切れているのもあって、ミカちゃんは深く考えませんでした。
ホールには誰もいません。
タバコを吸うガラスの部屋にも誰もいません。
正面のカウンターの中には看護師さんが一人いるだけです。
六階は静かな階でした。
エレベーターの扉__とびら__#が開き、お母さんが出て来ました。
ミカちゃんはお母さんに向かってブイサインを出すと、「どうだ!」とばかりに、ニヤッと微笑みます。
お母さんは呆れた顔をすると、カウンターに向かい、看護師さんと話し始めました。
キュッキュッとスニーカーの音が響きます。
静かすぎて、廊下の突き当りで光る非常口の緑の明かりが、少し不気味に感じられます。
おばあちゃんの病室は、五つ並んだ病室の一番手前です。
ドアの前に立つと、ミカちゃんは「ハー」と息を整えました。
トントン
ノックの音も廊下に響きます。
「どうぞ」
予想通りの声が返ってきました。
(ふふふ)
ミカちゃんは扉の前で微笑みます。
ゆっくりと扉を滑らせて中に入ると、驚かせるように白いカーテンをバッとめくりました。
「ヤッホー、おばあちゃん元気だったー?」
ミカちゃんはおばあちゃんのそばに駆け寄ります。
おばあちゃんはミカちゃんの行動を予想していたかのように、驚くこともなく笑顔で迎えました。
「いらっしゃい。また階段で来たのかい?」
ベッドを起こして本を読んでいたおばあちゃんは、呆れたような目でミカちゃんを見ています。
「わかった? だってスーッとする匂いが好きなんだもん。階段で来るといっぱい吸えるような気がして」
おばあちゃんは、やっぱり呆れ顔です。
「変な子だねえ」
そう言うと、おばあちゃんは布団の上に置いてあった栞のようなものを挟んで、本を閉じました。
「おばあちゃんの孫だからね」
すかさずミカちゃんが返します。
「なんだとーーー」
そう言って、おばあちゃんは眉間にしわを寄せます。
そして、僅かな沈黙の後、
「アハハハハ」
と、二人は一緒に笑い出しました。
ミカちゃんは窓の外に目をやります。
ゆっくりと流れる雲が窓を横切ります。
窓に切り取られた空は、どことなく暗い青に見えます。
ブランコ山が見えました。
空の色もあってか、ブランコ山の大イチョウはどことなく寂しそうに見えました。
おばあちゃんが入院してから半年が経っていました。
おばあちゃんは頭に血がたまってしまう病気になって、足が動かなくなってしまったのです。
リハビリをしながら一人で立てるように頑張っています。
でも歳のせいもあって上手くいきません。
「もう無理かもねえ」
ミカちゃんは一度だけおばあちゃんが弱音を吐いているのを聞いたことがありました。
大好きな山登りもできなくなって、おばあちゃんは寂しそうです。
山登りが決まると、おばあちゃんはいつもミカちゃんを誘っていました。
「やだよー、疲れるよー」
でも、ミカちゃんはいつも行きたがりませんでした。
だから、おばあちゃんの寂しそうな顔を見て、ミカちゃんは後悔しています。
おばあちゃんの足が治ったら一緒に山登りに行きたい。
ミカちゃんにとって、これが今一番の願いです。
「相変わらす口が達者だね。学校は大丈夫なのかい?」
おばあちゃんは眼鏡を少し下げてミカちゃんを見詰めます。
ミカちゃんはとても気持ちの優しい子です。
そして真っ直ぐで正義感の強い女の子です。
だから嘘をつく子や意地悪な子が許せません。
でも、そんな子の前では少し言い過ぎてしまうところがあります。
今まで何人も泣かせてしまいました。
ひろみちゃんが約束を破った時も言い過ぎて泣かせてしまいました。
ケンタ君が友達に意地悪をした時も泣かせました。
二学期の初めにはブンちゃんも泣かされたことがあります。
でもミカちゃんの良いところは、言い過ぎた後にキチンと謝るところです。
「ゴメンネ、言い過ぎたよね」
だから、ミカちゃんはクラスのみんなから信頼されているのです。
女親分みたいな存在なのです。
でも、そんなミカちゃんにも一つ心残りがありました。
まだミカちゃんが謝っていない子がいるからです。
「大丈夫よ」
そう言うと、ミカちゃんはおばあちゃんのベッドにピョンと座りました。
「そう、それならいいけどね」
メガネのフレームを持って下にずらすと、おばあちゃんは疑うようにミカちゃんの顔を覗き込みました。
「あれ?」
ミカちゃんが何かに気が付きました。
それはおばあちゃんが本に挟んだ栞でした。
「それ、イチョウの葉じゃない?」
ミカちゃんがグッと体を近付けます。
本の端から僅かに黄色の葉が飛び出ていました。
本に挟まれたイチョウの葉をおばあちゃんが取り出します。
「ああ、これね・・・」
イチョウの葉を手に取ると、おばあちゃんの表情が曇りました。
「もらったんだよ。男の子にね」
おばあちゃんはジッとイチョウの葉を見詰めます。
おばあちゃんの寂しそうな表情に、心配そうにミカちゃんが尋ねました。
「何かあったの?」
おばあちゃんは窓の外に目を移し、話し始めました。
「ちょうどミカが夏休みに入った頃だったかねぇ。扉を開けっ放しにしていたらね、ここに風船が入って来たんだよ。銀色の風船だったね。そしたらね、その風船を追いかけて男の子が入って来たんだよ。『スミマセン』って言ってね」
ミカちゃんは入口に目をやりました。
おばあちゃんはイチョウの葉を見ながら、静かに話__はな__#しを続けました。
「色の白い、少し痩せた子でね、身体はミカより小さかったたねぇ。少し話を聞いたら、もう何度も入院したり退院したりしているって言ってねぇ。私が入院した時もいたらしいけど、足が動かなかっただろう。あんな子がいるなんて全然知らなかったんだよ。
気持ちの優しい子でね。本がたくさんあるのに気付いたんだね。そしたら『しおりにして』ってこのイチョウの葉をくれてねぇ」
おばあちゃんはまた寂しそうにイチョウの葉を見詰めました。
「ふーん、そうなんだぁ」
ミカちゃんはおばあちゃんの持つイチョウの葉を手に取りました。
(あっ)
ミカちゃんは驚いて顔を上げました。
(こうた君・・・)
一瞬、こうた君の顔が頭に浮かんだのです。
ミカちゃんの表情を見て、おばあちゃんが不思議そうに尋ねました。
「どうかしたかい?」
ミカちゃんは俯いて、首を横に振りました。
「ううん、なんでもない」
おばあちゃんはミカちゃんの肩を指先で突きます。
「ははー、何かあったんだね」
ミカちゃんはしばらく黙ったままでしたが、隠し事を打ち明けるように、おばあちゃんに話し始めました。
「あのね、さっきの話だけど、私ね、またやっちゃったの・・・。男の子にね、言い過ぎちゃって、それでね、まだその男の子に謝っていないの」
ミカちゃんは俯きながら、手に持ったイチョウの葉を見詰めています。
「その子、私が言い過ぎちゃった次の日から学校休んでいてね、それからまだ会えていないの。ウソついていたのは他の子だったのに、知らないで私、その子のことを責めちゃったの」
おばあちゃんは何も言わず、ミカちゃんを見詰めています。
ミカちゃんは俯いたまま、イチョウの葉をクルクルと指で回しながら話__はな__#しを続けました。
「いつ転校してきたかさえ知らなかったんだけど、その子も病気がちで、ほとんど学校には来ていない子なの。だから、あんまり会えないんだけど、会ってどうしても謝りたいの。『ごめんなさい』って謝らないといけないの。キチンと謝れば許してもらえると思うの。その時も『困ってる』ってウソをついた子を手伝っていたし、ウソをついていた子をかばって謝っていたくらいだから、きっとおばあちゃんにこのイチョウの葉をくれた子みたいに心の優しい子だと思うの。こうた君は」
ミカちゃんは顔を上げておばあちゃんを見ます。
おばあちゃんは驚いたような顔をしています。
(えっ、どうしたの・・・)
ミカちゃんは不思議そうにおばあちゃんを見詰めました。
おばあちゃんはミカちゃんを見詰め、確かめるように尋ねました。
「今、『こうた君』って言ったかい?」
ミカちゃんは驚いたように答えました。
「えっ? うん、そう、こうた君」
おばあちゃんは俯いて、悲しい表情を浮かべました。
「どうしたの?」
心配そうにミカちゃんが尋ねると、おばあちゃんはミカちゃんを見て静かに答えました。
「そのイチョウの葉をくれた子、昨日、亡くなったんだよ」
おばあちゃんの目が潤んでいます。
「その子、その子ね、こうた君って名前だった。『いとりこうた』って言っていたけど、まさか、だよね?」
おばあちゃんは不安そうに作り笑いを浮かべました。
(えっ)
ミカちゃんの胸がドキンと高鳴りました。
ミカちゃんは驚いた表情でおばあちゃんに聞き返します。
「ウソ・・・、だよね?」
おばあちゃんの悪い冗談だと思ってミカちゃんは笑おうとしますが、うまく笑顔を作ることができません。
「ウソよ、絶対ウソ!」
怒ったようにミカちゃんはおばあちゃんを見詰めます。
目に涙を溜めながら、おばあちゃんをジッと見詰めています。
ミカちゃんのお母さんが病室に入って来ました。
ミカちゃんは、おばあちゃんから目を逸らしません。
何も知らないお母さんは、ミカちゃんの後ろ姿をチラッと見ると、窓に手をかけ、少しだけ窓を開けました。
「ミカ、今ね、家に電話してお父さんと話したんだけど、こうた君ていう子、同じ学年にいた?」
お母さんは窓から外を見ながら静かに尋ねました。
お母さんの口からこうた君の名前が出た途端、ミカちゃんの目から大粒の涙が零れ落ちました。
ミカちゃんは両手で顔を覆ってベッドの上に泣き崩れます。
「ウソ、ウソよー、ううううう」
おばあちゃんの手がミカちゃんの頭を優しく撫でます。
驚いたお母さんは、振り返っておばあちゃんの顔を見ました。
おばあちゃんは黙って首を横に振ります。
「私、謝ってないのに、まだ、ちゃんと謝ってないのに、ううううう」
ミカちゃんの泣き声が廊下へと流れます。
窓からスーッと冷たい風が入ってきました。
涙を拭うように、風がミカちゃんの頬を優しく撫でます。
おばあちゃんもお母さんも何も言いません。
ただミカちゃんの泣き声だけが病室に響いていました。
病院からどうやって帰ったのか、ミカちゃんは覚えていません。
気が付くとミカちゃんは自分の部屋の布団に包まっていました。
(なんで、なんで死んじゃうの。私、酷いこと言ったままで、まだちゃんと謝ってないよ。なんでよ)
思い出すと涙が溢れてきます。
お母さんが晩ご飯の声をかけますが、ミカちゃんは食べる気になれません。
いつもはお母さんと一緒に入っているお風呂も、今日は一人で入りました。
ボーっとして、何をしたのか覚えていません。
お風呂から上がると、誰とも話さずにすぐ自分の部屋に入ってしまいました。
こうた君のことを思い出すと、また涙が出てきます。
自分がこうた君を責めている姿が浮かびます。
(私はひどい子だ)
ミカちゃんは自分を責めるばかりです。
(クラスのみんなは知っているの? 一緒にこうた君を責めていた人はどうしているの? リキヤ君はどう思っているの? ブンちゃんは・・・)
まだ髪の毛が乾かないまま、ミカちゃんは枕に顔をうずめました。
頭の中にはあの日の出来事が蘇ります。
ミカちゃんは疲れていました。
泣いて、泣いて、泣き疲れてしまったミカちゃんは、いつの間にかベッドの上で眠ってしまいました。
ミカちゃんは夢の中です。
リキヤ君に恐竜の首を渡して、こうた君が教室から出て行きます。
こうた君がミカちゃんの横を通り過ぎます。
「ごめんね、こうた君。こうた君は悪くないのに、私、言い過ぎたよね」
ミカちゃんはこうた君に謝りますが、こうた君はミカちゃんを見てくれません。
「待って、こうた君!」
ミカちゃんの声はこうた君に届いていません。
「待って、待ってよ!」
大きな声を出しているのに、こうた君はどんどん遠くに行ってしまいます。
「ごめんね、こうた君! ごめんね!」
こうた君に近付こうとしますが、足が動きません。
「こうた君、こうた君!」
ミカちゃんは必死に手を伸ばします。
「こうた君、待って、こうた君!」
こうた君の悲しそうな後ろ姿が、暗闇に消えてしまいました。
「ミカ! ミカ!」
お母さんの声が夢の中に入ってきました。
「ミカ、起きてる? 学校行ける?」
お母さんの声がミカちゃんを夢から覚ましました。
(夢?)
ミカちゃんは返事ができません。
心配したお母さんが部屋に入ってきます。
「ミカ、学校行ける?」
布団に包まって出てこないミカちゃんに、お母さんは声をかけました。
(もう朝なの?)
夢のせいで、ミカちゃんは眠れた感じがしていません。
フッと夢のことを思い出しました。
「行きたくない」
自分の声が布団の中に響きます。
(布団をはがされるかも・・・)
ミカちゃんはそう思いましたが、お母さんの反応はありません。
「わかった。先生には連絡しておくから」
予想とは違う言葉が布団の中に入ってきました。
(おばあちゃんから聞いたんだ・・・)
おばあちゃんとお母さんが話をしている姿が浮かびました。
いつもはガミガミ言っているけど、お母さんの優しさがミカちゃんに伝わってきます。
それでも学校に行く気にはなれません。
こうた君を思い出すたびに、ミカちゃんはまた悲しくなるだけでした。
布団の中で眠ったのか、眠っていなかったのか分かりません。
ボーっとしたまま時間だけが過ぎて行きました。
サーー、サーー
カーテンが揺れる音が聞こえました。
お母さんが窓を開けて行ったのだとミカちゃんには分かりました。
亀のようにヌーっと首を出して枕元の時計を見ると、時間はもう12時を過ぎていました。
「グーーー」
(ハァー、こんな時でもおなかは鳴るんだなぁ)
ミカちゃんは情けない顔をしています。
おなかは減っているのに食欲はありません。
布団をめくって起き上がると、ミカちゃんはベッドの上で膝を抱えてボーっとしています。
「ハーーー」
こうた君のことを思い出してため息が出ます。
(動かなくちゃ)
ミカちゃんはベッドから降りると、部屋を出て、階段__かいだん__#を下りました。
一階の居間は冷え切っていました。
お母さんは仕事に出てしまい、カーテンは閉まったままです。
でも、カーテンから透ける光が「外は晴れているよ」と教えてくれました。
エアコンのスイッチを入れると、ミカちゃんはソファーに座って両足を抱え込みます。
とりあえずテレビをつけました。
知らないドラマやニュースで面白くありません。
本棚から漫画を取り出し読んでみました。
漫画も面白くありません。
(あっ)
テーブルの上にお母さんが作ってくれたおにぎりがあるのに気が付きました。
でも、やっぱり食べる気にはなれません。
ミカちゃんはソファーに座ってボーっとするだけです。
「ハーーー」
こうた君のことを思い出して、またため息が出ます。
洗面所の鏡を見ると酷い顔です。
泣き通しだったので、目が腫れています。
でも顔を洗う気にもなりません。
ミカちゃんはまた自分の部屋に戻って、布団の中にもぐってしまいました。
「ハーーー」
こうた君のことを思い出して、またまた、ため息が出ます。
晩ご飯はお母さんがカレーを作ってくれました。
でもみんなと一緒に食事をする気にはなれません。
「お部屋で食べたい」
「ダメ」と言われるかもと思いましたが、お母さんは何も言わずに部屋にカレーを運んでくれました。
今日は大好きなキーマカレーです。
「はい、どうぞ」
お母さんは机の上にカレーとサラダとお茶とスプーンを並べてくれました。
ミカちゃんはお母さんの顔を見られません。
「ごめんね、お母さん」
部屋から出るお母さんの背中に向かって謝ります。
「いいのよ」
振り向いたお母さんの優しい笑顔に、ミカちゃんはホッとしました。
カレーは半分しか食べられませんでした。
いつもなら決まってお替りするのに、大好きなカレーが喉を通りません。
食べている間も、教室での出来事が頭に浮かんできます。
残したカレーをキッチンまで持って行くと、お母さんは「ハァー」とため息をつきながら「仕方ないわね」と言うような顔でミカちゃんを見ました。
お父さんは「元気を出しなさい」と言うように微笑んでいます。
ミカちゃんは笑顔を返したつもりでしたが、上手く笑えていないと自分でも分かりました。
洗面所に行くと鏡に映る顔は今朝よりマシになっていました。
お風呂から出て歯磨きをすると、ミカちゃんはすぐに部屋に戻って、布団の中に入ってしまいました。
(今日は体育だったな。またドッジボールやるって先生言ってたな)
天井を見詰めていると、学校での出来事が頭に浮かびます。
(あの時もドッジボールの後だった・・・)
またこうた君のことを思い出しました。
掛け布団をギュッと握り締め、ガバッと布団をかぶります。
涙が溢れ、布団を濡らします。
(ごめんなさい、ごめんなさい)
ミカちゃんは心の中で何度も呟きました。
日中たくさん寝過ぎたせいか、夜はなかなか眠れません。
時計は午前一時を回っています。
布団から出て、机の横の窓を開けると、頬を刺すような冷たい空気がスッと入ってきました。
「さむい・・・」
体をすぼめながらミカちゃんは空を見上げました。
(あっ)
胸に当てていた腕を解き、身を乗り出すように窓枠に手を掛けます。
そこには寒さを忘れるほど、きれいな星空が広がっていました。
(すごい・・・)
オリオン座のペテルギウスがキラキラと光っています。
冬の大三角もはっきりと分かります。
(知らなかった。こんなにきれいに見えるんだ)
あまりの美しさに、ミカちゃんは、しばらく時間を忘れてしまいました。
(死んじゃうと星になるのかな?)
こうた君の顔が星空に浮かびます。
鼻の奥がジーンとして、ミカちゃんの目から涙が零れ落ちます。
「ごめんね、こうた君」
星空に映るこうた君が、ニッコリと微笑んだようにミカちゃんには見えました。
涙を拭いて、窓を閉めようとした時、フッと何かの香りがしました。
(あれ、この香り・・・)
大きく吸い込もうと、ミカちゃんが目を閉じた時です。
「いいよ」
誰かの声が聞こえました。
ハッとしたミカちゃんは窓から体を乗り出して、キョロキョロと周りを見ました。
でも外には誰もいません。
(確かに聞こえた)
もう一度、窓の外を見ます。
やっぱり誰もいません。
外はシーンと静まり返っています。
(寝てばかりいたから、おかしくなっちゃったかな・・・)
ミカちゃんは寒さにブルっと体を震わせると、急いで窓を閉めました。
カーテンを閉めて振り返ると、ミカちゃんの目に何かが映りました。
「あっ」
イチョウの葉です。
ベッドと机の間にイチョウの葉が落ちています。
おばあちゃんがこうた君から貰って栞にしていたイチョウの葉です。
ミカちゃんは手に持ったまま気付かずに、イチョウの葉を持ってきてしまったのです。
イチョウの葉を拾い上げると、ミカちゃんは指でクルクルと回しました。
フッと、こうた君の姿が浮かびます。
また涙が溢れてきます。
ミカちゃんはパジャマの袖で涙を拭いました。
(きっと星になるんだ)
そう思いながら目を閉じると、ミカちゃんは星空で微笑むこうた君の姿を想像しました。
(ごめんね、こうた君)
こうた君は笑っています。
ミカちゃんはイチョウの葉を枕元の棚に置いて布団に入りました。
明かりを消すと、しばらく暗闇の世界がミカちゃんを包みます。
何も見えない世界です。
しかし暗闇は長くは続きません。
ぼんやりと微かな光が感じられます。
ミカちゃんは目を閉じました。
フッと良い香りがしました。
さっきの香りです。
(何だっけ? 知っているのになぜか思い出せない)
香りがミカちゃんを眠りに誘います。
こうた君がいます。
ミカちゃんを見ています。
笑顔で手を振ってくれています。
ミカちゃんの目から涙が流れ落ちます。
「ごめんね、こうた君」
そう呟きなが、ミカちゃんは静かに眠りについていきました。
ミカちゃんは夢の中です。
こうた君がミカちゃんの横を通り過ぎます。
こうた君の横には白いワンピースを着た小さな女の子が、こうた君と手を繋いで歩いています。
女の子の顔は見えません。
「ごめんね、こうた君。こうた君は悪くないのに、私、言い過ぎたよね」
こうた君はミカちゃんを見てくれません。
「待って、こうた君!」
ミカちゃんの声はこうた君に届きません。
「待って、待ってよ」
こうた君はどんどん遠くに行ってしまいます。
「ごめんね、こうた君! ごめんね!」
こうた君に近付こうとしますが、足が動きません。
足元を見ると、イチョウの葉の中に足が埋まっています。
「こうた君、こうた君」
ミカちゃんは足を抜こうとしますが、足が動きません。
こうた君の悲しそうな後ろ姿が、暗闇に消えて行きます。
「こうた君、待って、こうた君!」
ミカちゃんは必死に手を伸ばします。
こうた君が立ち止まって振り返えりました。
こうた君が微笑んでいます。
「こうた君!」
ミカちゃんは叫びます。
でも、こうた君はミカちゃんに微笑んだまま、暗闇の中に消えてしまいました。
「ミカ、起きてる?」
階段の下からお母さんの声が布団の中に流れ込んできます。
(夢?)
ミカちゃんはボーっとして、体を動かせません。
「ハーー、夢か・・・」
ミカちゃんは小さくため息をつきます。
(でも、こうた君、笑ってた・・・)
そう思うと、ミカちゃんは布団の中で笑みを浮かべました。
「ミカ、起きてるの?」
お母さんの声の後に、トントンと階段を上がってくる音が遅れてついてきます。
ガチャっと扉が開くのと同時に
「ミカ、今日はどう?」
声だけがお母さんより先に部屋の中に入って来ました。
ミカちゃんは布団から顔を出してお母さんを見詰めます。
「大丈夫、でも今日、もう一日だけ休んでもいい?」
ミカちゃんがそう言うと、お母さんは驚いたような顔をしました。
眉間にしわを寄せて、しばらく考え込んだお母さんは、ギュッと口を結んでミカちゃんを見詰めると、
「まあ、いいか」
と言って、ニッコリ微笑みました。
「先生には上手く言っておくね」
お母さんがウィンクをします。
「ありがとう、お母さん。ごめんね」
ミカちゃんは申し訳なさそう表情を浮かべます。
お母さんは少し心配そうな顔をして言いました。
「いいのよ、でも、何かするの?」
ミカちゃんは窓の外に目を向けて、
「うん、ちょっとね」
と、答えると、お母さんを見てニッコリと微笑みました。
お母さんは、また口を結んで小さく頷くと、それ以上は何も言いませんでした。
お母さんは仕事に出かけました。
ミカちゃんはまた一人です。
カーテン越しに優しい光が差し込んでいます。
カーテンを開けると、薄暗かった部屋がパッと明るくなりました。
窓を開けると、青い空が広がる良いお天気です。
空を見上げると、高い所にはウロコ雲が張り付いています。
でも低い所ではシュークリームのような形をした雲がゆっくり流れています。
庭では背の低いイチョウの木の葉が一枚だけ揺れています。
まるでミカちゃんに手を振るように揺れています。
スーッと冷たい風が吹き込みました。
優しい風がミカちゃんを包み込みます。
「うーーーん」
ミカちゃんは大きく背伸びをしました。
一階のキッチンに行くと、冷蔵庫から昨日のカレーの残りを出して、電子レンジで温めました。
牛乳をコンロで温めて、インスタントのコーンスープも作りました。
今朝は食欲があります。
「外に行こう」
窓の外を眺めながらミカちゃんは呟きました。
(学校を休すでいるのに外に出るなんていけないけど、一人でいると悲しくなるだけ)
それに、不思議と家にいてはいけないような、誰かに会わないといけないような、そんな気がしています。
スープの残りを口に流し込むと、ミカちゃんは急いで支度を始めました。
歯磨きをして顔を洗います。
目の腫れは消えています。
パジャマからシャツとジーンズに着替え、少し大きめのパーカーを羽織り、お母さんが買ってくれたキャップを深く被りました。
バレないように百円ショップで買った、度の入っていないメガネをかけ、マスクも着けました。
お母さんが作ってくれたおにぎりをラップで包み、肩掛けカバンに入れます。
準備はOKです。
人目につかないように、ミカちゃんは、そっと玄関を出ました。
冷たい風が首筋に絡みます。
門の前に立ってミカちゃんは辺りを見回しました。
学校のそばには行けません。
見つかったら叱られます。
商店街にも行けません。
誰かに見られたら、あとが大変です。
ミカちゃんは人の少ない土手の散歩コースを歩くことにしました。
土手の草は短く刈り込んであって、ところどころ地面が見えています。
河川敷には野球場とサッカー場が並んでいます。
ウォーキングをしているおばさんが、ミカちゃんをジロジロ見詰めます。
犬を散歩させているおじさんもミカちゃんを見詰めます。
ミカちゃんは少し怪しまれています。
ミカちゃんは目を合わさず、遠くを見るように歩きます。
川は太陽の光を反射してキラキラと輝いています。
空では雲がミカちゃんを追い抜くように流れて行きます。
少し歩き疲れたミカちゃんは、土手の斜面に座り込みました。
目の前の野球場では、小さい男の子とお母さんが野球をしています。
男の子の短いバットが何度も空を切り、そのたびに男の子が球を拾って、お母さんに投げ返しています。
(野球場って誰もいないと広いんだ)
リキヤ君が野球をやっていたのを思い出しました。
(こうた君、野球やったことあるのかな)
色白で腕の細いこうた君が野球やサッカーをやっている姿は想像できません。
(どんな本を読んでいたのかな)
あの日の教室での出来事が頭に浮かびます。
(なんで自分から悪者になったんだろう)
こうた君の後ろ姿が浮かびました。
(リキヤ君、なんで許したんだろう)
怒るとすぐに暴力を振るっていたリキヤ君が、こうた君を許したことに、みんなビックリしていたことも思い出しました。
(手は早いけど、リキヤ君ってホントは優しいんだよね)
校庭のイチョウの木を折って遊んでいた子たちをリキヤ君と一緒に注意したことを思い出しました。
「木がかわいそうだろ!」
あの時のリキヤ君の言葉はミカちゃんにも意外でした。
(確か、あの後、二人で折れた枝をテープで繋いで、それから水を掛けてあげたんだっけ・・・)
リキヤ君が水いっぱいのバケツを運ぶ姿が浮かびました。
(ウソばかりついてたブンちゃんは、なんでみんなに告白したんだろう)
泣きながらみんなに謝ったブンちゃんの姿を思い出しました。
(私、あの時、すごい顔してたんだろうな)
こうた君のせいにしたブンちゃんを睨み付けたことも思い出しました。
(でも、元はと言えば、あいつがいけないのよ)
ミカちゃんはそばにあった小石をポーンと投げます。
(でも、あんなに恥ずかしい思いをしてまでみんなに告白するなんて、なんかすごいなぁ。ボロボロ泣いて、自分から悪者になるって、きっと勇気がいるんだろうな)
ミカちゃんは遠くの空を見詰めます。
(私はどう? 変われる? 変わらなきゃいけない? どうな風に変わる・・・)
「パンッ!」
小さな男の子のバットにボールが当たった音が、ミカちゃんを現実の世界に戻しました。
お母さんが急いでボールを取りに走ります。
男の子はバットを持ちながら「キャッキャ」と走り回ります。
(なんか男の子って不思議・・・)
流れる雲を追いかけるように、川向うの煙突から短い煙が出ています。
何をする場所なのか、最近までミカちゃんは知りませんでした。
「滅多に行くところじゃないのよ」
お母さんが晩ご飯の準備をしながら、そう言っていたのを思い出しました。
本を読みながら聞いていたおばあちゃんがニヤッとして、
「もうすぐ行けるかもよ」
と言うと、お母さんがいきなり
「おばあちゃん!」
と、怒鳴ったことを思い出しました。
その時は、なんでお母さんが怒ったのか分かりませんでしたが、今は分かります。
「人は変わって行くんだよ」
おばあちゃんが本に目を戻し、寂しそうにボソッと呟いた記憶が、ミカちゃんの胸をギュッと締め付けました。
(そう、みんな変わっていくんだ。きっと訳があるんだ。こうた君にはこうた君の訳が。リキヤ君にはリキヤ君の訳が。ブンちゃんにはブンちゃんの訳が。でも私は変わっていない。私は何も考えずに言いたいことだけ言ってる。私だけが変わっていない)
スッと立ち上がると、ミカちゃんは遠くの空を眺めました。
(なんで? なんで?)
その言葉だけが頭の中をグルグルと巡ります。
ミカちゃんはまた散歩コースを歩き出しました。
山の上の白い風車がゆっくりと回っています。
「電気を作っているんです」と言っていた沙織先生の話を思い出しました。
小さな子が凧あげをしています。
前を見たり、後ろを見たりしながら、サッカー場を走り回っています。
すぐそばでは男の人も凧あげをしています。
右手から伸びる糸は空の途中で見えなくなっています。
小さくなって模様が見えない三角形の凧は、男の人が手を引くたびに微かに動いているように見えます。
ミカちゃんはしばらく凧を見ていました。
どのくらい見ていたかは覚えていません。
凧の向こう側にある濃く青い空は、見れば見るほど吸い込まれていくような気がします。
(空ってずっと青いのかな? 雲に覆われていても、変わらずに、向こう側も青いのかな?)
普段は考えもしなかったことが、頭に浮かんできます。
(変わらないからいいの? 変わるからいいの?)
「グーーー」
おなかが情けない音を立てました。
「私の気持ちとお腹の気持ちは別なのね」
そう言って、ミカちゃんはお腹をさすりました。
太陽は高い所にあります。
気が付くと、もう煙突が近くに見える橋のそばまで歩いていました。
ミカちゃんは辺りを見回して、座れる場所を探します。
橋のそばの斜面は、草ではなくコンクリートのブロックが敷いてありました。
(ちょうどいいかも!)
ミカちゃんは橋から少し離れたブロックの上に座りました。
カバンからおにぎりを出します。
お母さんはいつもより大き目のおにぎりを二つ握ってくれました。
(何のおにぎりだろう)
マスクを外してパクッと口に入れると、中からシャケが現れました。
ミカちゃんの大好物です。
ミカちゃんはパクっと頬張ります。
お腹が空いていたので、口いっぱいに頬張ります。
(おいしい!)
パクパク、モグモグ頬張ります。
そして最後の一口を入れようと思ったときでした。
橋の上を黒い車が通りました。
ミカちゃんはおにぎりを持ったまま、急いで親指を隠します。
霊柩車です。
キラキラ光る屋根が載った車を初めて見た時は、きれいだなと思いました。
でも亡くなった人が乗っていると知った時は、ショックだったのを覚えています。
親指を隠すのは、クラスの男の子に教えてもらいました。
「霊柩車を見た時に親指を隠さないと、お父さんに悪いことが起こるんだぞ」
隠し忘れた時には、急いで家に帰って、お父さんの帰りを待ちました。
眠たい目を擦って待ちましたが、それでも眠ってしまって、翌朝、お父さんの顔を見たときに、ボロボロと涙を流したことを思い出しました。
お母さんは「そんなの迷信よ」と言います。
ミカちゃんも分かっています。
それでもミカちゃんは、今でも親指を隠してしまいます。
霊柩車がミカちゃんのそばを通り過ぎようとした時です。
霊柩車に乗っている女の人とミカちゃんの目が合いました。
女の人はミカちゃんに微笑みます。
ドキッとしたミカちゃんは慌てて目を逸らしました。
(知ってる人?)
ミカちゃんはドキドキしています。
続いて小型のバスも通りました。
前の席には窓から少しだけ顔が見える女の子と大人の男の人が乗っています。
後ろの席には沙織先生に似た人がいて、その後ろの席には男の子が乗っていました。
(あれっ・・・)
男の子はブンちゃんに似ています。
小型のバスには四人の他に人影は見えません。
ハッとしたミカちゃんは慌ててバスに背を向けます。
そして残ったおにぎりを口に入れると、マスクを掛け、帽子の鍔で顔を隠しました。
(見られたかな・・・)
またドキドキしてきたミカちゃんは、スッと立ち上がって、その場から離れます。
町の方に向かって、急いで土手を駆け下りると、早足で歩き出しました。
どこに向かっているのかは、自分でも分かりません。
どんどん、どんどん歩くだけです。
通ってはいけないと思っていた商店街も抜けました。
何となく知っている人と目が合ったような気がしましたが、そんなことは気にしていられません。
病院のイチョウ並木も抜けました。
おばあちゃんに会いに行こうかと一瞬思いましたが、こんな時間に行ったら何を言われるか想像ができます。
病院を背にして、ミカちゃんはどんどん歩きます。
どこをどう歩いたのかは、よく覚えていません。
たくさん歩きました。
気が付くとブランコ山のそばまで来ていました。
(上まで行こう)
歩き疲れていたミカちゃんでしたが、ブランコ山の坂道をゆっくりと上って行きます。
木々の隙間から小学校の校舎が見えます。
何も変わりはありません。
(授業中のはず、沙織先生もブンちゃんもきっと見間違いだ)
ミカちゃんは心の中でそう呟きながら公園の中に入っていきました。
ブランコ山では小さな子が元気よく遊んでいます。
大イチョウの木が子供たちを静かに見守っています。
(あっ、沙織先生?)
沙織先生に似た人が、男の子と公園から出て行きます。
(なんか沙織先生に似てる人ばかり見かけるなぁ・・・。きっと、見つかったらいけないと思っているから、みんな沙織先生に見えちゃうんだな・・・)
「ハーーー」
小さくため息をつくと、ミカちゃんはベンチに座って学校を眺めました。
(みんなどうしているんだろう)
クラスの友達の顔が浮かんできます。
こうた君の顔も浮かびます。
(あ、忘れてる・・・)
あんなに落ち込んでいたのに、こうた君のことを忘れていたことに気が付きました。
ミカちゃんは俯いてしまいました。
(ひどいことしたのに、もう忘れてる。あんなに泣いたのに、あんなに辛かったのに・・・)
ミカちゃんの目が涙で潤みます。
(私ってひどい。おばあちゃんは人は変わるものだって言ってたけど、ひどいよ。こうた君に謝れなかったのに、もう謝れないのに、それさえ忘れちゃってる)
ミカちゃんの目からポロポロと涙が零れ落ちました。
(あっ)
フッと香りがしました。
昨日の夜と同じ、あの香りです。
ミカちゃんはハンカチで涙を拭うと、顔を上げて、スーッと大きく香りを吸い込みました。
目を閉じて、なんの香りなのか思い出そうとしますが、やっぱり思い出せません。
でも悲しい気持ちを癒してくれるような、優しい気持ちで心が満たされていくような、そんな感じがしました。
「座ってもいい?」
(えっ)
ミカちゃんが目を開くと、そこには女の人が立っていました。
(あれ?)
さっきまで元気に遊んでいた小さい子たちがいません。
「あ、すみません。どうぞ・・・」
ミカちゃんはハンカチをポンポンと目に当てると、ベンチの端に座り直しました。
女の人は薄い緑色のコートを着た優しそうな人でした。
(どこかで見たような・・・)
どこかで会ったことがあるような感じがしましたが、ミカちゃんは思い出せません。
女の人は学校の方を見ながら話し始めました。
「ブランコ山からの眺めっていいわよね。町が良く見えるし、学校で子供たちが元気に走り回っているのも見える」
女の人は昔から見慣れた風景との別れを惜しむように、どことなく寂しそうです。
ミカちゃんは不思議そうに女の人を見詰めます。
女の人のきれいな長い髪が風に揺れ、太陽の光を反射してキラキラと光っています。
「私、お別れしてきたの。だから少しだけ悲しいの。それに、たくさんの人ともお別れしなくてはいけないかもしれないの」
(え?お別れ?、少しだけ悲しい?)
驚いたミカちゃんは、女の人の顔を見詰めます。
女の人が少し微笑んだように見えました。
悲しいと言っているのに、そんなに悲しそうには見えません。
女の人の言葉が気になったミカちゃんは、女の人の顔を覗き込むように尋ねました。
「少しだけ、ですか?」
女の人はミカちゃんを見て、今度はしっかり微笑みながら言いました。
「ええ、少しね」
女の人はどこかスッキリしたような表情をしています。
「お別れと言ってもしばらくの間だけ。また会えるの。触れたりすることは出来なくなるけど、生まれたところに戻って見守ることはできるの」
女の人はそう続けました。
でも、ミカちゃんには女の人の言っている意味が分かりません。
(しばらくの間だけお別れ? 生まれたところに戻る?)
女の人がミカちゃんを見詰めて言いました。
「あなたも悲しいの?」
(えっ、何で・・・)
ミカちゃんはドキッとしました。
女の人の目は透き通るようにきれいで、ホッとするような優しさに満ちた目です。
ミカちゃんはなぜか鼻の奥がジンとして、目に涙が溜まっていくのが分かりました。
初めて話す人なのに、前から知っているような懐かしさと優しい笑顔が、今の辛い気持ちを和らげてくれるような気がしました。
(話を聞いてもらいたい・・・)
そう思ったミカちゃんは、俯くと、あの日の教室での出来事を静かに話し始めました。
「私・・・、私ひどいんです。友達をかばって悪者になった子を、犯人だと思って責めちゃったんです。『自分から悪者になったんだ。その子がそうなるように望んだんだ。だから仕方ないんだ』って、そう思ったけど、それだけじゃないんです。いつもそう。よく考えずに口に出しちゃう。よく考えずに怒っちゃう。いつもそうなんです。言った後に『言い過ぎちゃったな』って思って謝るんだけど、今度は謝れなかった。私が間違って責めたことを、キチンと謝る前に、その子がいなくなっちゃったんです」
ミカちゃんの目から涙が一筋零れ落ちます。
女の人は優しくミカちゃんを見詰めて言葉を返しました。
「そうね。謝れなかったのは残念ね。でも私はあなたのような子が好きよ。言いたいことがしっかりと言えて、それが間違いだと思ったらちゃんと謝ることができる。そう言う子を『素直な子』って言うのよ。あなたはとても素敵な女の子よ」
女の人の「素敵」という言葉にミカちゃんはハッとしました。
(私が素敵?)
少し驚いたミカちゃんの表情が、また曇りました。
「でも、もっとひどいのは、キチンと謝れなかったのに、悲しくてたくさん泣いたのに、それなのにもう忘れそうになってる。絶対忘れないと思うくらい泣いたのに、辛かったのに、その気持ちだってすぐに忘れそうになってる。これじゃきっと全部忘れちゃう。ひどいことしてもすぐに平気でいられる人になっちゃう」
ミカちゃんの目からまた涙が流れ落ちました。
女の人がミカちゃんの肩を抱き寄せます。
あの香りがします。
「ううう」
大粒の涙が、ミカちゃんの頬を伝います。
「大丈夫。心配することはないわ。人は忘れてしまう。それは仕方ないことよ。みんな変わって行くのだから。そうして大きくなっていくのだから」
ミカちゃんは俯きながら首を横に振ります。
「でも、でも・・・」
女の人は優しく語りかけます。
「いつも思うことはないの。たまに思い出せばいいの。そうすれば忘れたことにはならないわ。きっとその子もそう望んでいるわ」
女の人はミカちゃんの背中をポンポンと優しく叩きます。
「ううう、忘れない、絶対に忘れない」
俯いたミカちゃんの目からポタポタと涙が零れ落ちます。
「あなたはとても気持ちの優しい子。これからは相手を思いやって話せるわ。きっとその男の子も嬉しく思っているわ。あなたがこんなに優しい心を持った素敵な女の子になる役に立てたんだから、きっと喜んでいるわ。あなたの気持ちは、きっとその子に届いている。きっとよ」
女の人の言葉にミカちゃんは気持ちを抑えることができません。
「う、う、ううう」
ミカちゃんは両手で顔を覆います。
「私も、私も役に立てるかな。誰かの役に立てるかな」
ミカちゃんが声を絞り出します。
また、女の人の手がポンポンとミカちゃんの背中を優しく叩きます。
その時でした。
ベンチの後ろから誰かの声が聞こえました。
「もう役に立ってるわよ。お姉ちゃん」
(えっ)
ミカちゃんは顔を上げ、ゆっくりと振り返ります。
(誰?)
そこには女の子が立っていました。
黄緑色のポンチョコートと黄色のニット帽がとても可愛らしい、目がクリッとした小学校1年生くらいの女の子が、男の人と手を繋いで立っています。
(あれ? どこかで・・・)
そう思ったのですが、ミカちゃんは思い出せません。
「お姉ちゃん、私の大切な絵を届けてくれたのよ。お姉ちゃんが届けてくれて、お兄ちゃん、とーーっても喜んでいたわ。だからお兄ちゃんもお礼したいって言っていたの。だけど・・・、だけどね、お兄ちゃん・・・」
女の子の表情が曇ります。
「でもね、お父さんとお母さんがお兄ちゃんの代わりにお礼するって言ってくれたの。それでね、もうしておいたよ。ね、お父さん」
男の人はミカちゃんを見て優しく微笑んでいます。
「ありがとう、お姉ちゃん」
女の子はペコッとお辞儀をすると、ニッコリ微笑んで大イチョウの方に走って行きました。
ミカちゃんには何のことだか分かりません。
(私が何かした? 大切な絵って? お兄ちゃんて誰? お礼したってどういうこと?)
ミカちゃんは女の人の顔を不思議そうに見詰めます。
女の人は微笑んで、小さく頷きました。
女の人の表情は「大丈夫よ」と言っているようでした。
その笑顔を見ていると、ミカちゃんは曇った心が、スーッと晴れて行くような気がしました。
後悔していることが洗い流されていく、そんな感じがしていました。
優しい風がミカちゃんを包みます。
(あっ、香り・・・)
また微かにあの香りがします。
女の人に肩を抱かれた時にも感じた、いつも思い出せないあの香りです。
ミカちゃんはベンチから立ち上がると、目を閉じて、ゆっくりと大きく、香りを吸い込んで言いました。
「なんだか、お話したら、気持ちが楽になりました。私、忘れません。きっと変わって行くだろうけど忘れません」
ミカちゃんは一歩前に出て、学校を見詰めながら「うーーーん」と言って、大きく背伸びをしました。
「ミカ!」
突然、聞き覚えのある声が響きました。
ハッと声のした方を見ると、お母さんが坂の下から「ハアハア」言いながら、ミカちゃんに近寄ってきました。
「お母さん!」
ミカちゃんは慌ててお母さんに駆け寄ります。
驚いているような、怒っているような、どちらとも言えない口調で、お母さんがミカちゃんを問い質します。
「あんた何やってるの、こんなところで」
ミカちゃんは少し照れくさそうに言い訳をしました。
「ごめん。なんか家にいられなくなっちゃって。色々考えながら散歩してたらここに来ちゃったの」
今度は心配そうにお母さんが尋ねました。
「あんた何してたの一人で」
「はぁ?」と言う顔で、ミカちゃんが答えました。
「何って、お話していたの」
ミカちゃんの答えに、お母さんが眉間にしわを寄せます。
お母さんは疑うような目で、確かめるように言いました。
「独り言?」
ミカちゃんは少し呆れたように、
「何を言っているのよ。独り言じゃないよ」
そう言うと、ミカちゃんはベンチの方に振り返りました。
(えっ? えっ?)
ベンチには誰もいません。
「あれ?」
ミカちゃんは辺りをキョロキョロ見回します。
(え?え?)
ミカちゃんはお母さんに確かめるように言いました。
「だって、女の人いたでしょ? 男の人も・・・」
ミカちゃんはハッとして大イチョウの方を見ました。
女の子もいません。
(え?え?)
ミカちゃんはまたキョロキョロと辺りを見回します。
「あれー?」
ミカちゃんは驚いた表情でお母さんを見詰めます。
「何を言ってんだろうね、この子は。あんたを見つけたときから一人だったよ」
お母さんは呆れた表情でミカちゃんを見詰めました。
「えーーー」
(たった今、ここで話していたのに)
肩には、まだ女の人の手の感覚が残っています。
(あっ、いつの間に・・・)
また、小さい子たちが元気に遊んでいます。
(話している時はあんなに静かだったのに・・・)
小さい子たちのお母さんたちもいますが、その中に話をした女の人はいません。
女の人も、男の人も、女の子も公園からいなくなっていました。
何がなんだか分からなくなったミカちゃんは、両手で頬を押さえます。
「だって、だって」
ミカちゃんは「信じてよ」と言うように、お母さんの顔を見詰めます。
お母さんは俯いて「ハーーー」と長い溜息をつくと、何かを思い出したように、慌てて顔を上げて言いました。
「あっ、それより大変だよ。おばあちゃんが」
驚いたミカちゃんは、お母さんに詰め寄ります。
「え、おばあちゃんがどうかしたの?」
お母さんは興奮たように言いました。
「歩いたんだよ、おばあちゃんが。ベッドから立ち上がって、歩いたんだよ」
ミカちゃんは耳を疑いました。
「えーーーーー」
お医者さんからは「歩くのは難しいかも」と言われていました。
それに日曜日に行った時には、歩けそうな素振りは全く見せませんでした。
(うそ・・・)
ミカちゃんはビックリしてお母さんを見詰めます。
「ホント? ホントなの?」
お母さんの腕を掴んで、ミカちゃんはお母さんに顔を近付けました。
「いいから行くわよ。良かったわホント。お隣のおばあちゃんが商店街であんたを見かけててくれて。どこにいるのかさっぱり判らなかったから、どうしようかと思っていたのよ」
そう言うと、お母さんはミカちゃんの手をグイッと引っ張って歩き出しました。
お母さんがミカちゃんを見てニヤッと笑います。
ミカちゃんをからかうようにお母さんは言いました。
「ベンチで夢でも見てたんじゃないの?」
ミカちゃんはお母さんに手を引かれながら俯いて呟きました。
「絶対いた。絶対に話したもん」
ミカちゃんの顔が、少しむくれたようになっています。
でも、お母さんへの言い訳は、どうでも良くなってきました。
お母さんが何と言おうと、女の人の手の温もりは忘れません。
優しい香りも、優しい言葉も、そして何より「素敵」と言ってくれたことも。
ミカちゃんは晴れやかな気持ちになっていました。
(こうた君はそばにいる。私が悪い子になりそうになったら、きっとこうた君が来てくれる)
太陽は空と山の境まで落ちてきています。
西の空はきれいな夕焼け雲が広がっています。
(みんな変わるんだ。私も変わっていいんだ。変わっても思い出せばいいんだ。女の人が言っていたみたいに素敵になる。もっと、もっと素敵になる)
ミカちゃんは静かに呟きます。
「こうた君、ありがとう」
お母さんが振り返ります。
「何か言った?」
ミカちゃんは下を向くと「フフフ」と笑って言いました。
「ううん、何でもない」
(でも、あの子・・・)
急に女の子の言葉が気になりました。
(絵ってなんだろう。お兄ちゃんに届けたって、そんなことあったかな・・・。それにお礼って・・・)
ミカちゃんには全く見当が付きません。
お母さんはミカちゃんの手を放し、少し先を歩いて行きます。
(なんだか分からないけど、役に立てたのかな? だとしたらそれでいい。自分じゃ気付かなくても、私がしたことで誰かが喜んでくれたのならそれでいい)
ミカちゃんは真っ直ぐ前を見詰めました。
夕日がミカちゃんを照らします。
お母さんが立ち止まってミカちゃんを見ています。
「あんた、なんだか感じが変わったわね」
お母さんは驚いたような、嬉しいような顔をしています。
「そう? フフフ、まだまだよ」
そう言って、ミカちゃんはお母さんを見詰めました。
「おやおや」
そう言うと、お母さんは「ハハハ」と笑いました。
ミカちゃんは俯いて微笑むと、振り返って、ブランコ山を見上げました。
もうすぐ病院です。
病院のイチョウ並木は、夕日に照らされている雲と重なって、赤く色付いて見えます。
中庭に入るとミカちゃんは何かに気が付きました。
ミカちゃんは急に走り出します。
看護師さんと一緒に誰か立っています。
もう思い出の中でしか見られないと思っていた姿です。
「おばあちゃーん!」
ミカちゃんはおばあちゃんの胸に飛び込んで、嬉しそうに声を上げました。
「ホントだった。ホントにホントだった」
ミカちゃんは笑顔でおばあちゃんを見詰めます。
おばあちゃんも嬉しそうに答えました。
「うんうん、ホントだとも。ビックリしたろう。でも、あたしなんかもっとビックリしたよ」
おばあちゃんはミカちゃんの頬を両手で挟んでグニュグニュします。
「でも、おばあちゃん、急にどうして?」
ミカちゃんが不思議そうに尋ねました。
「あたしも訳が分かんないけど、これのお陰かもね・・・」
そう言うと、おばあちゃんはポケットから何かを取り出して、ミカちゃんに見せました。
おばあちゃんが持っていたのはイチョウの葉でした。
あの日、ミカちゃんが病室から持ってきた葉と同じようなイチョウの葉です。
「これって・・・」
こうた君の姿が浮かびます。
「そう、あの子からもらったイチョウの葉だよ。二枚くれたんだけど、引き出しに一枚しまったままになっていたんだよ」
おばあちゃんは手に持ったイチョウの葉をジッと見詰めて言いました。
「お昼時にウトウトしちゃってね。夢を見たんだ。大イチョウのある丘だった。そう、今はブランコ山って言うのかい、そこだったよ。車椅子に座って学校を眺めていたら可愛い女の子が来てね。
『お礼なの、引き出しのイチョウの葉を足に置いてみて』ってね。そう言ったんだよ」
(ブランコ山? 女の子? お礼? あっ!)
ミカちゃんはドキッとしました。
おばあちゃんは目を瞑って、見た夢を思い出しながら話を続けました。
「一年生くらいだったかね。目のクリッとした可愛い子だったよ。男の人と女の人もいたねぇ。三人でニッコリ笑ってたねぇ」
そう言うと、おばあちゃんは目を開けて、また手に持ったイチョウの葉を見詰めました。
「目が覚めると何か不思議な感じでね。夢だとは思ったけど、この歳になると夢も信じたくなってね。女の子が言った通り、イチョウの葉を取り出してね、足の上に置いたんだよ」
静かに話していたおばあちゃんでしたが、突然、目を見開いてミカちゃんを見詰めて言いました。
「そしたらどうだい、急に体が軽くなってね、足に力を入れたら動いたんだよ。あたしゃもうビックリしちゃってね」
おばあちゃんは興奮気味に、ポンと足を叩きました。
隣の看護師さんもビックリしています。
「どうだい」と嬉しそうな顔をして、おばあちゃんはまたミカちゃんの顔をまたグニュグニュしました。
「良かった、おばあちゃん、ホント良かったね」
ミカちゃんはおばあちゃんに抱きつきます。
「ありがとうね」
そう言うと、おばあちゃんはミカちゃんの背中をポンポンと優しく叩きました。
おばあちゃんは看護師さんに支えられて、お母さんの方に歩いて行きます。
今度はお母さんに話をし始めました。
ミカちゃんは、おばあちゃんの話を思い出しました。
(一年生くらいの目のクリッとした女の子って、まさか・・・)
ミカちゃんはブルブルと首を横に振って、「ありえない」といった表情です。
でも、心の片隅では「もしかしたら」と言う気持ちもありました。
(もし、これがお礼だとしたら、こんなに凄いお礼なんて信じられない)
そう思った瞬間、ミカちゃんの目から一筋の涙が零れ落ちました。
ミカちゃんは手で涙を拭います。
(そうだとすると絵って何? 届けたって何を?)
考えても思いつきません。
絵を男の子に届けた記憶などないのです。
(そうだとすると、お兄ちゃんて、こうた君?)
フッとこうた君の顔が浮かびます。
(ありえない・・・だってこうた君に絵なんか届けてないもん・・・)
考えても考えても、ミカちゃんは混乱するばかりでした。
興奮したおばあちゃんはお世話になったお医者さんにも同じことを言っています。
横では看護師さんが黙っておばあちゃんの話を聞いています。
(ああ!考えるのはちょっとお休み。嬉しい、ホント嬉しい。もしかしたらおばあちゃんと山に行けるかも知れない)
ミカちゃんの顔には笑顔が戻っていました。
西の空の太陽は落ちて、辺りは薄暗くなり始めました。
ブランコ山を見ると、大イチョウの木のそばに黄色く光る星が出ています。
星の横に女の人と男の人、そして女の子の顔が浮かびます。
「ありがとう」
ミカちゃんは小さな声でお礼を言うと、三人の姿はゆっくりと消えて行きました。
優しい風がミカちゃんを包みます。
フッとあの香りがしました。
(あっ、また・・・)
香りを確かめるようにミカちゃんが目を閉じると、
「届いているよ」
と、誰かの声がしました。
(えっ?)
男の子の声です。
聞き慣れない声でしたが、ミカちゃんにはすぐに分かりました。
ミカちゃんは目を開けて、星を見上げると、星に向かって尋ねました。
「やっぱり星になったの?」
こうた君の姿が星と並んで浮かびました。
こうた君がニッコリと微笑んで答えました。
「ううん、戻っただけ、生まれる前に戻っただけ」
ミカちゃんは少しも驚きません。
今日は不思議なことばかり起きたからです。
「良かった。星じゃ昼間は見えないし、遠すぎて会いにも行けないものね」
ミカちゃんもこうた君に微笑み返します。
「こうた君、ありがとう。私のこと見ていてね」
ミカちゃんはこうた君を見詰めます。
こうた君が、またニッコリと微笑んで答えました。
「うん、いいよ」
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仕事があるって言うのに、妖精のエルメラによって精霊たちが暴れる異世界に召喚されてしまった。しかも十二歳の姿に若返っている。
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ユメノは元の世界に帰るため、精霊の四人の王ウンディーネ、シルフ、サラマンダー、ノームに会いに妖精エルメラと旅に出る。
マダム・シレーヌの文房具
猫宮乾
児童書・童話
マダム・シレーヌの文房具という巨大な文房具を使って、突如現実から招かれるマホロバの街で戦っているぼくたち。痛みはないけど、意識を失うか、最後の一人になるまで勝つかしないと、現実には戻れない。ぼくの武器は最弱とからかわれる定規だ。いつも強いコンパスなどに殺されている。ある日、現実世界に戻ってから、「大丈夫か?」と男の子に声をかけられた。※不定期更新です。
わたしたちの恋、NGですっ! ~魔力ゼロの魔法少女~
立花鏡河
児童書・童話
【第1回きずな児童書大賞】奨励賞を受賞しました!
応援して下さった方々に、心より感謝申し上げます!
「ひさしぶりだね、魔法少女アイカ」
再会は突然だった。
わたし、愛葉一千花は、何の取り柄もない、フツーの中学二年生。
なじめないバスケ部をやめようかと悩みながら、掛けもちで園芸部の活動もしている。
そんなわたしには、とある秘密があって……。
新入生のイケメン、乙黒咲也くん。
わたし、この子を知ってる。
ていうか、因縁の相手なんですけどっ!?
★*゚*☆*゚*★*゚*☆*゚*★
わたしはかつて、魔法少女だったんだ。
町をねらう魔物と戦う日々――。
魔物のリーダーで、宿敵だった男の子が、今やイケメンに成長していて……。
「意外とドジですね、愛葉センパイは」
「愛葉センパイは、おれの大切な人だ」
「生まれ変わったおれを見てほしい」
★*゚*☆*゚*★*゚*☆*゚*★
改心した彼が、わたしを溺愛して、心をまどわせてくる!
光と闇がまじりあうのはキケンです!
わたしたちの恋愛、NGだよね!?
◆◆◆第1回きずな児童書大賞エントリー作品です◆◆◆
表紙絵は「イラストAC」様からお借りしました。
大人で子供な師匠のことを、つい甘やかす僕がいる。
takemot
児童書・童話
薬草を採りに入った森で、魔獣に襲われた僕。そんな僕を助けてくれたのは、一人の女性。胸のあたりまである長い白銀色の髪。ルビーのように綺麗な赤い瞳。身にまとうのは、真っ黒なローブ。彼女は、僕にいきなりこう尋ねました。
「シチュー作れる?」
…………へ?
彼女の正体は、『森の魔女』。
誰もが崇拝したくなるような魔女。とんでもない力を持っている魔女。魔獣がわんさか生息する森を牛耳っている魔女。
そんな噂を聞いて、目を輝かせていた時代が僕にもありました。
どういうわけか、僕は彼女の弟子になったのですが……。
「うう。早くして。お腹がすいて死にそうなんだよ」
「あ、さっきよりミルク多めで!」
「今日はダラダラするって決めてたから!」
はあ……。師匠、もっとしっかりしてくださいよ。
子供っぽい師匠。そんな師匠に、今日も僕は振り回されっぱなし。
でも時折、大人っぽい師匠がそこにいて……。
師匠と弟子がおりなす不思議な物語。師匠が子供っぽい理由とは。そして、大人っぽい師匠の壮絶な過去とは。
表紙のイラストは大崎あむさん(https://twitter.com/oosakiamu)からいただきました。
こちら御神楽学園心霊部!
緒方あきら
児童書・童話
取りつかれ体質の主人公、月城灯里が霊に憑かれた事を切っ掛けに心霊部に入部する。そこに数々の心霊体験が舞い込んでくる。事件を解決するごとに部員との絆は深まっていく。けれど、彼らにやってくる心霊事件は身の毛がよだつ恐ろしいものばかりで――。
灯里は取りつかれ体質で、事あるごとに幽霊に取りつかれる。
それがきっかけで学校の心霊部に入部する事になったが、いくつもの事件がやってきて――。
。
部屋に異音がなり、主人公を怯えさせる【トッテさん】。
前世から続く呪いにより死に導かれる生徒を救うが、彼にあげたお札は一週間でボロボロになってしまう【前世の名前】。
通ってはいけない道を通り、自分の影を失い、荒れた祠を修復し祈りを捧げて解決を試みる【竹林の道】。
どこまでもついて来る影が、家まで辿り着いたと安心した主人公の耳元に突然囁きかけてさっていく【楽しかった?】。
封印されていたものを解き放つと、それは江戸時代に封じられた幽霊。彼は門吉と名乗り主人公たちは土地神にするべく扱う【首無し地蔵】。
決して話してはいけない怪談を話してしまい、クラスメイトの背中に危険な影が現れ、咄嗟にこの話は嘘だったと弁明し霊を払う【嘘つき先生】。
事故死してさ迷う亡霊と出くわしてしまう。気付かぬふりをしてやり過ごすがすれ違い様に「見えてるくせに」と囁かれ襲われる【交差点】。
ひたすら振返らせようとする霊、駅まで着いたがトンネルを走る窓が鏡のようになり憑りついた霊の禍々しい姿を見る事になる【うしろ】。
都市伝説の噂を元に、エレベーターで消えてしまった生徒。記憶からさえもその存在を消す神隠し。心霊部は総出で生徒の救出を行った【異世界エレベーター】。
延々と名前を問う不気味な声【名前】。
10の怪異譚からなる心霊ホラー。心霊部の活躍は続いていく。
見習い錬金術士ミミリの冒険の記録〜討伐も採集もお任せください!ご依頼達成の報酬は、情報でお願いできますか?〜
うさみち
児童書・童話
【見習い錬金術士とうさぎのぬいぐるみたちが描く、スパイス混じりのゆるふわ冒険!情報収集のために、お仕事のご依頼も承ります!】
「……襲われてる! 助けなきゃ!」
錬成アイテムの採集作業中に訪れた、モンスターに襲われている少年との突然の出会い。
人里離れた山陵の中で、慎ましやかに暮らしていた見習い錬金術士ミミリと彼女の家族、機械人形(オートマタ)とうさぎのぬいぐるみ。彼女たちの運命は、少年との出会いで大きく動き出す。
「俺は、ある人たちから頼まれて預かり物を渡すためにここに来たんだ」
少年から渡された物は、いくつかの錬成アイテムと一枚の手紙。
「……この手紙、私宛てなの?」
少年との出会いをキッカケに、ミミリはある人、あるアイテムを探すために冒険を始めることに。
――冒険の舞台は、まだ見ぬ世界へ。
新たな地で、右も左もわからないミミリたちの人探し。その方法は……。
「討伐、採集何でもします!ご依頼達成の報酬は、情報でお願いできますか?」
見習い錬金術士ミミリの冒険の記録は、今、ここから綴られ始める。
《この小説の見どころ》
①可愛いらしい登場人物
見習い錬金術士のゆるふわ少女×しっかり者だけど寂しがり屋の凄腕美少女剣士の機械人形(オートマタ)×ツンデレ魔法使いのうさぎのぬいぐるみ×コシヌカシの少年⁉︎
②ほのぼのほんわか世界観
可愛いらしいに囲まれ、ゆったり流れる物語。読了後、「ほわっとした気持ち」になってもらいたいをコンセプトに。
③時々スパイスきいてます!
ゆるふわの中に時折現れるスパイシーな展開。そして時々ミステリー。
④魅力ある錬成アイテム
錬金術士の醍醐味!それは錬成アイテムにあり。魅力あるアイテムを活用して冒険していきます。
◾️第3章完結!現在第4章執筆中です。
◾️この小説は小説家になろう、カクヨムでも連載しています。
◾️作者以外による小説の無断転載を禁止しています。
◾️挿絵はなんでも書いちゃうヨギリ酔客様からご寄贈いただいたものです。
鎌倉西小学校ミステリー倶楽部
澤田慎梧
児童書・童話
【「鎌倉猫ヶ丘小ミステリー倶楽部」に改題して、アルファポリスきずな文庫より好評発売中!】
https://kizuna.alphapolis.co.jp/book/11230
【「第1回きずな児童書大賞」にて、「謎解きユニーク探偵賞」を受賞】
市立「鎌倉西小学校」には不思議な部活がある。その名も「ミステリー倶楽部」。なんでも、「学校の怪談」の正体を、鮮やかに解明してくれるのだとか……。
学校の中で怪奇現象を目撃したら、ぜひとも「ミステリー倶楽部」に相談することをオススメする。
案外、つまらない勘違いが原因かもしれないから。
……本物の「お化け」や「妖怪」が出てくる前に、相談しに行こう。
※本作品は小学校高学年以上を想定しています。作中の漢字には、ふりがなが多く振ってあります。
※本作品はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。
※本作品は、三人の主人公を描いた連作短編です。誰を主軸にするかで、ジャンルが少し変化します。
※カクヨムさんにも投稿しています(初出:2020年8月1日)
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