デブ士官、少女兵を率いる

桜好き

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改稿 昇進

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私が生まれた頃は、まだ世界は人相手に戦争をし、人相手に交易をし、人相手に協力していた。何百年と続く戦争で、既に経済は戦争ありきとなっていたが、それでも世界は回っていた。

だが、それはどこかの馬鹿野郎が禁術を用いた事で、俺が生まれて十年経った世界は一変してしまった。

空に魔法陣が浮かび、死者が蘇ったのだ。我らが祖、イグニス・フォン・ローネタリア初代皇帝を始め、多くの偉人達、王族達、武人達、賢者達、そして無数の名も無き人々が蘇った。しかし、彼らには知性も、そして理性も存在しなかった。あるのはただ一つ、禁忌に等しい人肉嗜好である。彼らは瞬く間に人間を捕食し、時には同胞へと作り替えた。だが多くの国家はこれを信じなかった。また、人々も信じなかった。人が死から蘇るのは、最後の審判の日であると聖書で決められていたからだ。そして、墓がある場所が辺境である事や死から蘇ったとしても少数だけで、その場で滅する事が出来ていたから。故に初動が大いに遅れた。

そうして数ヶ月の時が流れ、小国が三つばかり消え去った頃、そこで人々はようやくいまが最後の審判の時であると理解した。

人々は口々に言う。神は、最後の試練を我々に与えたもうたと。

地獄の釜が、すぐそこまで人類を飲み込もうとしているのだと。

ーーー

大陸暦1785年。春の時半ば。

私は今、ローネタリア王国首都・ローネタリアにいた。そして、その場所にある参謀本部にて辞令を受けている。だがもう私は30半ば。昇進の可能性は限りなく低く、なんなら訓練教官に飛ばされる事を覚悟していた。しかし、どうやらそれは違った様だ。何故なら上司が手にしている紙がそれを強く物語っていたからだ。

「ワイヤット上級軍曹。今日限りを持って、貴様を少尉に昇進させる。これが辞令書だ。地図もあるから後で向かえ」

「???…ははっ!」

昇進辞令書を手に取り、上司が声高らかに宣言する。しかしそんな唐突な昇進に、私は返事が遅れてしまった。しかも下士官から士官に、である。これは異例だ。いや、前例がないと言って良い。それ程下士官から士官になるのは難しいのだ。だがそれは目の前にいる上級大佐も分かっておいでであった。

「随分不思議そうな顔をしているな、ワイヤット少尉」

「はっ!僭越ながら申し上げますと、自分は士官学校に通っておらず、更には昇進試験も受けた覚えがございません!そして尚且つ自分は戦績がよくありません!」

「だが貴様は昇進した。喜べ、下士官の中で初の士官だ」

素直には喜べない。現在の我が国家は押されに押されまくっている弱小国家だ。先日参加した作戦でも、なんとか勝利をしたが半数以上が犠牲になった。多くの戦友を失った辛い作戦だった。

「意見具申します」

「許可しよう」

「自分が士官になった理由をお聞かせ頂けますでしょうか?」

「簡単な理由だ。貴様には新しい部隊を率いて貰う」

それはつまり、士官が足らないという事だろうか?どうも話がきな臭い。何をやらされるのだろうか?せめて普通の部隊を任せてほしい。実験部隊だけは嫌だ。

「はっ!それはどの様な部隊でしょうか!」

「ふむ、ありていに言えば、独立歩兵中隊だ。ゆくゆくは師団規模にする予定だそうだ。貴様はその根幹を築け。成果によって昇進させると上は言っている」

「成る程…了解であります!」

「うむ。大変な事だろうが、頑張ってくれ。貴様の部隊運用次第で戦況が変わるだろうからな」

「ありがとうございます!」

お世辞に元気に敬礼し、部屋を出た。頭の中は、これからどうしようかになっていた。

ーーー

参謀本部がある建物を出ると直ぐに私は自室がある隊舎に戻り、少ない荷物をまとめていた。すると、背後から扉の開く音がした。振り返って見ると、そこには今日まで同室だった戦友、マルク・スミス上級軍曹が部屋に入る所だった。

「お、ワイヤット~!お前昇進したんだって?」

「あぁ、さっき辞令を受けたよ」

「おぉー!凄えじゃん!!曹長に昇進したのか?」

「いや、少尉だ」

そう言った瞬間、空気が固まった。ニコニコした顔のまま固まったマルクが、頬をひくつかせた。

「えっと…よく聞こえなかったからもう一回聞いても良いか?」

「少尉に昇進したんだ、マルク」

「うっそだろお前!?四階級特進じゃねぇか!!!」

「おうおうおう」

顔を豹変させたマルクにガックンガックン肩を揺らされた。動揺してるのか、そのまま暫く肩を揺らされて頭を振らされた。少し気持ち悪くなった。

「おぇ…揺らし過ぎだぞマルク…おふ…」

「す、すまん。気が動転した。いやでもよ!少尉に昇進なんて嘘だろう!?せめて准尉までだろ!!」

「そんなの私に聞かれてもなぁ…上の人に言ってくれ」

「くっそぉ、昇進するんだろうなとは思ってたがまさか尉官になるなんて思いもしてなかったぞ。ただそうなら早速祝杯だな!隊の皆全員で祝うぞ!」

「あぁ…すまん、マルク」

段々一人で盛り上がり始めるマルクを制し、私は新しい隊を率いて師団を作るためにこの隊を離れる旨を話した。マルクは、愕然とした表情で私を見ていた。

「嘘だろ…?隊を抜けるのか?」

「あぁ、そうなんだマルク。もうその新しい隊の駐屯地もあるらしい」

「なんてこった…よぉし!!!なら祝杯兼新たな門出祝いをしよう!!流石に今日中には無理だから明日だがな!ワイヤット、明日は楽しみにしておけ!!」

「…あぁ、楽しみにしているよ」

「よーしなら先ずは隊の皆に知らせないとな!!下士官初の士官昇進ってな!!」

そう言ってマルクは嵐の様に部屋から出ていった。今頃会う奴全員に私の昇進話をしているんだろう。良い戦友を持った、そう思う。

ーーー

さて。

それはそれとして、荷物を取り敢えずその中隊がある駐屯地へと持って行かなきゃならない。今日付けで任地先が変わった訳だからな。一日でもズレるとまぁまぁ五月蝿いのだし、私は荷物を持って隊舎を出た。会う人皆に肩を叩かれ別れを告げられ、明日は目一杯どんちゃん騒ぎしようなんて言われながら、私は十年世話になった隊舎を後にした。

そして、私の新たな赴任先である中隊の駐屯地に着いた。待っていたのは、着慣れていない軍服を着た歩哨の少女2人と遠くの方で可愛らしい声をあげて藁人形に銃剣を突き立てる少女達の姿だった。

「「イヤァァァァ!!!!!」」

「………はっ?」

一瞬、頭が真っ白になった。着慣れない軍服を着て、持ち慣れていない小銃を持ち、へっぴり腰で銃剣を突き立てている少女達。ハッキリ言って、戦場に立たせたらダメな部類だ。

(王国は…少女達すらも戦場に出さなければ行けないほどに、厳しい情勢だったか?)

そこまで考えて、私は空を見上げた。空は何処までも青かった。

…確かに先日の作戦で半分強の人員が殲滅された。何万人もいた兵士達がたったの数万人になるまで減った恐ろしい戦場だった。だがもしかすると、その所為でこんな幼気な少女達までも戦場に立たせる事になってしまったのだろうか?

もしそうだとするならば、私は一体どうすれば良いのか。

そんな悩み事をしていたら、歩哨に立っていた少女達が心配そうな顔で近寄ってきた。善良な少女達なんだろう。軍隊に染まっていない、その辺にいる子供と同じ様にしか見えなかった。

「だ、大丈夫ですか?」

「どうしましたか?具合が悪いのですか?」

「…あぁ、いや。何でもないんだ」

困惑とした顔を浮かべる少女達に何でもない事を伝え、私は鞄から一枚の辞令書を見せながら自己紹介をした。

「私は、ワイヤット・スレイ少尉だ。ここに配属になったのだが、そちらに届いているか?」

「あっ…これは失礼致しましたワイヤット少尉殿!!」

「御荷物をお持ち致します少尉殿!」

「あ…あぁ、頼むよ」

可愛らしい声で敬礼する金髪と銀髪の2人。どうやらちゃんと通達は来ているらしい。出来れば来て欲しくなかったが。

歩哨の少女達に案内されて、私は隊舎に向かった。

駐屯地はいかにもつい最近復帰しましたと言うべきボロさだった。私がついさっきまで寝泊まりをしていたあの隊舎よりもかなりのボロさ加減であった。そして、今少女達が身に付けている装備も服以外は中古品なのだろう。所々に傷があったり凹んでいたりしていた。ヘルメットなんて明らかに古いやつだった。

武器に関してはもう目も当てられない。一体何処から掘り起こしたのかと問い詰めたくなる程錆だらけでガタついてるのが見える。こんなものを使わせる程国は疲弊しているのかと思ってしまった。

「あれ?マリー達、なんか男の人と一緒に歩いてるね?」

「ほんとだぁ、恋人かな?」

「いやいや、軍服着てるんだから少なくとも兵士でしょ」

「なんか…優しそうな顔してるね」

「だねー」

案内される途中、遠くから少女達の姦しい声が聞こえてきた。が、あまりよく聞こえなかった。ただまぁ遠目からこちらを見る彼女達の表情を見る限り、私についての話題の様だった。

「辞めさせますか?」

「いや、少女なんて姦しい位が丁度良い。気にしないでいいぞ」

「分かりました」

そんなこんなで、私は隊舎奥にある隊長室…いや、これはもう最早一軒家と言うべきだろう。家へと辿り着いた。

「…そうか、中隊長になるから部屋じゃなくて家が与えられるんだったな…」

「?どうしましたか?」

「いや、なんでもないよ。取り敢えず中を案内してくれ」

「はい!分かりました!」

こうして私はは三十過ぎになって国から家を与えられたのだった。
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