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8.ヒロインだったはずのエリス②
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「あなた、転生者でしょ?」
フローラはそれを疑ってもいない様子で単刀直入に訊いてきた。
こんな地下牢までやって来ても、嫌悪に顔を歪ませるでも優越感を感じているようでもない。
年下なはずなのに、妙に落ち着いた凪いだ瞳はどこか大人の女性を思わせる。
そうか…そうだったんだ。
転生者はイザベルじゃない。
妹のフローラがそうだったんだ。
急にストンと納得がいった。
「そっか。イザベルの妹、あなただったの。転生者は」
イザベルが転生者だと信じて疑っていなかったから、イザベルにちゃんと悪役令嬢をやらせないとってあんなにイライラしていたのに、全く見当違いだったなんて!
妹が転生者ということは、あのイザベルの性質が元々のものということだろう。
ありのままのイザベルがマリオンから溺愛されてる事実に力なく笑う。
表情の変わらない人形のようなイザベル。
実際に会ったイザベルも確かに表情があまり変わらないけど、「悪役令嬢」という言葉にピクリと反応していた。
エリスが引っ張って行こうとしたら、焦ったような顔もしていた。
全く感情が表れない訳じゃない。
「あなたはここがゲームの世界だと思ってたんでしょ?何かおかしいと思わなかった?」
「思ったわよ!悪役令嬢のはずのイザベルが悪役してなくて、ヒーローから溺愛されてるなんて!」
エリスはどうにもならないことにやけくそ気味に叫んだ。
「イザベルお姉様は全く悪くないもの。悪役だなんていうのやめなさいよ」
フローラが不快そうに顔を顰める。
その後ろではマリオンの眉間に皺が寄って目が鋭くなったのが見えて、ブルっと体が震えた。
まずい。まずい。殺気を感じる。
マリオン王子の反感をこれ以上買ったら、すぐにでも抹殺されそうだ。
「イザベルお姉様は婚約が決まってから遊ぶ時間もほとんどなく、ずっと王太子妃教育を受けてたのよ。努力してるの。あなたみたいに薬を使ってまで男に媚びを売ることしか考えてないお花畑にお姉様がそんな風に言われるなんて許せないのよね」
「でも、ゲームではわたしがみんなから愛されるヒロインだったはずで…え?薬?」
マリオンの極寒の視線に耐えながら何とか反論しようとして、ふと、引っ掛かりを覚える。
そう言えば、取調官がしきりと差し入れのお菓子に何を入れたのか訊いてきてたような気が…
「薬って何?」
「ああ、やっぱり。あなた、何にも知らなかったのね」
きょとんとしたエリスを見て、フローラはちょっと呆れたような、困ったような顔になった。
「彼女、本当に知らなかったみたいよ」
フローラがマリオンを振り返った。
「知らなかったからといって許されるものではないがな」
フローラの一歩後ろに控えていたマリオンが前に出てきて檻の前に立った。
「お前の母親は隣国の間諜だ。我が国を内側から壊す為に禁止されている薬を次世代を担う子息たちに食べさせていた。魅了成分を含んだその薬は摂取し続けると意志が奪われて、やがて廃人となるものだ」
マリオンが視線を動かしたのにつられてエリスも動かない父親を見た。
まさか!
「母がそんなことする訳…」
言いかけて言葉に詰まる。
わたしはいつから父親と会ってなかった?
仕事だからと言って家にいても執務室からほとんど出ることのなかった父親。
まともに会話したのはいつのことだったか…
「結婚する前から薬を盛られていたのかは分からないが、かなり長い期間摂取させられてたはずだ。少なくともここ数年は体調がすぐれないと邸に篭っていて誰も彼に会った者はいなかった。仕事は全てお前の母親と執事がやっていたから、表向きは何とかなってたがな」
「なんで…だって…そんな話知らない…」
ゲームにはそんな話出てこなかった。
母親が間諜で、父親が薬を飲まされてて廃人だなんて…
「現実を見てないから気づかなかったのよ。ここはゲームと似てるけど、別物なのよ。きっと。わたしもしばらくはゲームの世界だと思ってたから気持ちは分かるけど、ヒロインが転生者なんて設定なかったでしょう。わたしやあなたがこの世界に存在する以上、結局ゲームに似た世界でしかないのよ」
「ゲームに似た世界…」
フローラに今まで信じてきたものを根底から崩されて、ガックリと膝をついた。
「大体、男爵令嬢のあなたが王太子の妃になれる訳ないでしょ。王妃は伯爵家以上の家格がこの国の決まりよ。男爵令嬢じゃ妾がいいとこで、子どもは王位継承権が与えられないの。この国の貴族ならみんな知ってる常識なんだから、あなたも知ってるはずよ」
「それは、高位貴族の養子になって…」
「そんな訳ないでしょ。そんなことするくらいなら、男爵家ごとあなたを消して自分の親族の娘を押し込む方がよっぽどいいもの」
フローラはエリスの弱々しい反論をバッサリと切り捨てた。
冷静に普通に考えれば分かること。
現に男爵家は徹底的に調べられて、邪魔なわたしは排除されたんだ。
ゲームでは悪役令嬢が婚約破棄されて、ヒロインは攻略対象者と幸せになるであろうスチルで終わっていた。
ハッピーエンドだと疑ってもいなかった。
その後が語られていたら、ハッピーエンドのその先は政略結婚を壊す邪魔者として、闇に葬られていたのかもしれない。
ゲームなんて、所詮は都合よく作られた物語。
現実は非常に厳しい。
ガックリと項垂れるエリスを残して、そっとフローラたちは地下牢を後にした。
父親は禁止薬物の過剰摂取であのまま亡くなった。
母親の行方は知らないけれど、恐らく拷問の末に殺されたのだろう。
バルドル男爵家はもちろん潰されて、今はない。
エリスは最果ての修道院に送られていた。
多くの男子生徒に薬入りの菓子を食べさせたとして処刑されてもおかしくはなかったのだが、エリス自身は薬のことに全く関知していなかった上に未成年であることで、それを免れた。
もう前世の知識に振り回されるのは懲り懲りだ。
薄暗い曇天を見上げて寒さに悴む手を擦り合わせると、再び箒を握って修道院の玄関前を掃き始めた。
フローラはそれを疑ってもいない様子で単刀直入に訊いてきた。
こんな地下牢までやって来ても、嫌悪に顔を歪ませるでも優越感を感じているようでもない。
年下なはずなのに、妙に落ち着いた凪いだ瞳はどこか大人の女性を思わせる。
そうか…そうだったんだ。
転生者はイザベルじゃない。
妹のフローラがそうだったんだ。
急にストンと納得がいった。
「そっか。イザベルの妹、あなただったの。転生者は」
イザベルが転生者だと信じて疑っていなかったから、イザベルにちゃんと悪役令嬢をやらせないとってあんなにイライラしていたのに、全く見当違いだったなんて!
妹が転生者ということは、あのイザベルの性質が元々のものということだろう。
ありのままのイザベルがマリオンから溺愛されてる事実に力なく笑う。
表情の変わらない人形のようなイザベル。
実際に会ったイザベルも確かに表情があまり変わらないけど、「悪役令嬢」という言葉にピクリと反応していた。
エリスが引っ張って行こうとしたら、焦ったような顔もしていた。
全く感情が表れない訳じゃない。
「あなたはここがゲームの世界だと思ってたんでしょ?何かおかしいと思わなかった?」
「思ったわよ!悪役令嬢のはずのイザベルが悪役してなくて、ヒーローから溺愛されてるなんて!」
エリスはどうにもならないことにやけくそ気味に叫んだ。
「イザベルお姉様は全く悪くないもの。悪役だなんていうのやめなさいよ」
フローラが不快そうに顔を顰める。
その後ろではマリオンの眉間に皺が寄って目が鋭くなったのが見えて、ブルっと体が震えた。
まずい。まずい。殺気を感じる。
マリオン王子の反感をこれ以上買ったら、すぐにでも抹殺されそうだ。
「イザベルお姉様は婚約が決まってから遊ぶ時間もほとんどなく、ずっと王太子妃教育を受けてたのよ。努力してるの。あなたみたいに薬を使ってまで男に媚びを売ることしか考えてないお花畑にお姉様がそんな風に言われるなんて許せないのよね」
「でも、ゲームではわたしがみんなから愛されるヒロインだったはずで…え?薬?」
マリオンの極寒の視線に耐えながら何とか反論しようとして、ふと、引っ掛かりを覚える。
そう言えば、取調官がしきりと差し入れのお菓子に何を入れたのか訊いてきてたような気が…
「薬って何?」
「ああ、やっぱり。あなた、何にも知らなかったのね」
きょとんとしたエリスを見て、フローラはちょっと呆れたような、困ったような顔になった。
「彼女、本当に知らなかったみたいよ」
フローラがマリオンを振り返った。
「知らなかったからといって許されるものではないがな」
フローラの一歩後ろに控えていたマリオンが前に出てきて檻の前に立った。
「お前の母親は隣国の間諜だ。我が国を内側から壊す為に禁止されている薬を次世代を担う子息たちに食べさせていた。魅了成分を含んだその薬は摂取し続けると意志が奪われて、やがて廃人となるものだ」
マリオンが視線を動かしたのにつられてエリスも動かない父親を見た。
まさか!
「母がそんなことする訳…」
言いかけて言葉に詰まる。
わたしはいつから父親と会ってなかった?
仕事だからと言って家にいても執務室からほとんど出ることのなかった父親。
まともに会話したのはいつのことだったか…
「結婚する前から薬を盛られていたのかは分からないが、かなり長い期間摂取させられてたはずだ。少なくともここ数年は体調がすぐれないと邸に篭っていて誰も彼に会った者はいなかった。仕事は全てお前の母親と執事がやっていたから、表向きは何とかなってたがな」
「なんで…だって…そんな話知らない…」
ゲームにはそんな話出てこなかった。
母親が間諜で、父親が薬を飲まされてて廃人だなんて…
「現実を見てないから気づかなかったのよ。ここはゲームと似てるけど、別物なのよ。きっと。わたしもしばらくはゲームの世界だと思ってたから気持ちは分かるけど、ヒロインが転生者なんて設定なかったでしょう。わたしやあなたがこの世界に存在する以上、結局ゲームに似た世界でしかないのよ」
「ゲームに似た世界…」
フローラに今まで信じてきたものを根底から崩されて、ガックリと膝をついた。
「大体、男爵令嬢のあなたが王太子の妃になれる訳ないでしょ。王妃は伯爵家以上の家格がこの国の決まりよ。男爵令嬢じゃ妾がいいとこで、子どもは王位継承権が与えられないの。この国の貴族ならみんな知ってる常識なんだから、あなたも知ってるはずよ」
「それは、高位貴族の養子になって…」
「そんな訳ないでしょ。そんなことするくらいなら、男爵家ごとあなたを消して自分の親族の娘を押し込む方がよっぽどいいもの」
フローラはエリスの弱々しい反論をバッサリと切り捨てた。
冷静に普通に考えれば分かること。
現に男爵家は徹底的に調べられて、邪魔なわたしは排除されたんだ。
ゲームでは悪役令嬢が婚約破棄されて、ヒロインは攻略対象者と幸せになるであろうスチルで終わっていた。
ハッピーエンドだと疑ってもいなかった。
その後が語られていたら、ハッピーエンドのその先は政略結婚を壊す邪魔者として、闇に葬られていたのかもしれない。
ゲームなんて、所詮は都合よく作られた物語。
現実は非常に厳しい。
ガックリと項垂れるエリスを残して、そっとフローラたちは地下牢を後にした。
父親は禁止薬物の過剰摂取であのまま亡くなった。
母親の行方は知らないけれど、恐らく拷問の末に殺されたのだろう。
バルドル男爵家はもちろん潰されて、今はない。
エリスは最果ての修道院に送られていた。
多くの男子生徒に薬入りの菓子を食べさせたとして処刑されてもおかしくはなかったのだが、エリス自身は薬のことに全く関知していなかった上に未成年であることで、それを免れた。
もう前世の知識に振り回されるのは懲り懲りだ。
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