上 下
7 / 9

7.ヒロインだったはずのエリス①

しおりを挟む
 なんで、なんで上手くいかないの?

 エリスはイライラと爪を噛んだ。

 少し離れたところにいるイザベルにどうしても近づくことができない。

 近づこうとすると、絶対に誰かに邪魔をされる。
 それは特定の誰かではなく、様々な人に邪魔される。


 気がつけば、エリスの側には誰もいなくなった。
 何人もの男子生徒に囲まれていたはずなのに、今は誰もいない。
 エリスに強請られて、色んなプレゼントをしてくれていた男子生徒たちはなぜか学園に来なくなった。

 元々、女子生徒には遠巻きにされてたから、本当にひとりぼっちだ。

 



 学園入学直前に前世を思い出して、自分が乙女ゲームのヒロインだと気づいた時はニヤニヤが止まらなかった。

 ありきたりなシンデレラストーリーだったけど、攻略対象たちのビジュアルが絶品で、彼らの甘い口説き文句が大好きだった。

 一番のお気に入りはやっぱり王道の王子様。
 宰相候補のインテリ腹黒のカリードが自分にだけデレるのもいいし、いずれは騎士団長になる実直な騎士に守られるのも捨てがたい。
 その他にも攻略対象はいるけど、メインはこの三人で、地位もお金もある。

 誰を攻略しようかウキウキしていたというのに。


 入学式の日の転んだところをマリオンに助け起こしてもらうイベントが起きなかった。
 それどころか、政略で結ばれたはずの婚約者の悪役令嬢イザベルと手を繋いで、頬を染める彼女を愛しそうに見つめていた。

 カリードのイベントもライオネルのイベントも起きない。

 徹底的に避けられてる。

 エリスはヒロインなだけにすごくかわいい。
 この華奢で可憐な容姿は庇護欲をくすぐるはずなのに、メインの三人は揃って塩対応なのだ。

 それ以外の攻略対象者やモブの下位貴族の子息はチヤホヤしてくれるのに!

 悪役令嬢が転生者で、断罪回避のためにあれこれ手を回すのもよくある話。

 イザベルは転生者に違いない。

 マリオンたちがイザベルをがっちりガードしていて、機会がない中、漸く話せた時に更に確信した。

 悪役令嬢の言葉に反応したからね!

 ただの当て馬のくせにヒロインに取って代わろうなんて、許せない。


 そう思っていたのに、イザベルに全く近付くことができなくて文句を言うこともできない。

 大体イザベルの妹だというフローラって何?
 庇護欲を擽る可憐な容姿はキャラ被りじゃない!
 下手したらヒロインの私より可愛いなんてあり得ない!

 その上、ピアノが上手くて私から最優秀賞を掠め取っていった。

 地団駄を踏んだが、どうにもならない。
 フローラの可憐な容姿と柔らかな言葉遣い、上品な所作で完全に皆を虜にしてしまった。

 マリオンたちに避けられていて、元々攻略できそうにもなかった上に、最優秀賞が獲れなかった時点で、王子や上位貴族であるメインどころの三人と結ばれるのは難しくなった。

 ならば次点の攻略対象のジェイドをと思ってもナルトリア公爵令嬢に対する不敬な態度が目に余ると拒否されてしまった。
 
 元々、モブの男子生徒とは違ってジェイドの心を完全には掴みきれていなかった。

 好感度アップに欠かせない手作りのお菓子は甘いものが苦手だというジェイドに食べてもらえなかったのだ。

 それならそのまた次点のと思っても、今や側には一人もいない。



 かっこいい男の子に囲まれて、きゃっきゃっうふふしてるはずだった学園は、今や大層居心地が悪い場所に変わってしまった。


「エリス!あんたしくじったのね!」
 面白くない学園を休んで、自宅のベッドでゴロゴロしていると母親のカトリーヌが憤怒の表情で部屋に乗り込んできた。

「顔だけは私に似てるから、イケるかもと思った私がバカだったわ。男を誑かすことすらできないのね」
 そこにはお菓子を一緒に作ってくれる優しかった母の面影はどこにもない。

 自分とそっくりだと言われる母のその様子を呆然と見つめることしかできない。



「エリスはかわいいから、きっとモテるわ。高位貴族、いえ、王子様にだって見初められるかも」
「王子様のお心を掴めるといいわね」
「王族に嫁ぐのなら、側近の方たちにも好かれないと大変よ」
「支えてもらわないといけないんだから、臣下も大切にしないとね」

 そう言って、エリスが男子生徒から好かれるように色々アドバイスをしてくれた。

 その甲斐なく誰とも上手くいっていないのは確かだけど、何をそんなに怒っているのかさっぱり分からない。


 ベッドから起き上がって、唖然としているとあちこちから怒声と荒々しい足音があちらこちらから聞こえてきた。



 それから、母親と共にあっという間に捕らえられて、牢に入れられた。
 いつの間にか父親も隣の牢に入れられている。

 罪を犯した貴族が入れられる貴族牢ではなく、ジメジメした地下牢だ。


「何これ。何これ。何これー!?ここはヒロインを虐めた罪でイザベルが入れられるとこじゃない!」

 突然のバッドエンドに全く納得いかなくてガタガタと鉄格子を揺らした。

 どれだけ叫んでも誰も助けてくれない。
 それどころか、母親にも牢番にも「うるさい」と怒鳴られた。

 しばらく会っていなかった父親は痩せこけていて、俯いて一人でぶつぶつと何かを呟いている。

 気持ち悪い。
 
 極力父の方を見ないようにして考える。


 こうなったのはきっとイザベルのせいに違いない。

 イライラと爪を噛むものの、状況は悪化する一方だった。

 牢から連れ出された母はそれっきり戻ってくることはなかったし、父は仰向けに寝転がり、空を見つめたまま動くことがなくなった。
 生きているかどうかもよく分からない。


 心のどこかで私はヒロインなんだからきっと大丈夫だと思っていたが、いよいよ自分がどうなるのか不安になってきた頃、悪役令嬢イザベルの妹のフローラがマリオンとライオネルを連れてやって来た。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転生悪役令嬢は冒険者になればいいと気が付いた

よーこ
恋愛
物心ついた頃から前世の記憶持ちの悪役令嬢ベルティーア。 国の第一王子との婚約式の時、ここが乙女ゲームの世界だと気が付いた。 自分はメイン攻略対象にくっつく悪役令嬢キャラだった。 はい、詰んだ。 将来は貴族籍を剥奪されて国外追放決定です。 よし、だったら魔法があるこのファンタジーな世界を満喫しよう。 国外に追放されたら冒険者になって生きるぞヒャッホー!

婚約破棄ですか。ゲームみたいに上手くはいきませんよ?

ゆるり
恋愛
公爵令嬢スカーレットは婚約者を紹介された時に前世を思い出した。そして、この世界が前世での乙女ゲームの世界に似ていることに気付く。シナリオなんて気にせず生きていくことを決めたが、学園にヒロイン気取りの少女が入学してきたことで、スカーレットの運命が変わっていく。全6話予定

悪役令嬢は天然

西楓
恋愛
死んだと思ったら乙女ゲームの悪役令嬢に転生⁉︎転生したがゲームの存在を知らず天然に振る舞う悪役令嬢に対し、ゲームだと知っているヒロインは…

気配消し令嬢の失敗

かな
恋愛
ユリアは公爵家の次女として生まれ、獣人国に攫われた長女エーリアの代わりに第1王子の婚約者候補の筆頭にされてしまう。王妃なんて面倒臭いと思ったユリアは、自分自身に認識阻害と気配消しの魔法を掛け、居るかいないかわからないと言われるほどの地味な令嬢を装った。 15才になり学園に入学すると、編入してきた男爵令嬢が第1王子と有力貴族令息を複数侍らかせることとなり、ユリア以外の婚約者候補と男爵令嬢の揉める事が日常茶飯事に。ユリアは遠くからボーッとそれを眺めながら〘 いつになったら婚約者候補から外してくれるのかな? 〙と思っていた。そんなユリアが失敗する話。 ※王子は曾祖母コンです。 ※ユリアは悪役令嬢ではありません。 ※タグを少し修正しました。 初めての投稿なのでゆる〜く読んでください。ご都合主義はご愛嬌ということで見逃してください( *・ω・)*_ _))ペコリン

【完結】お金持ちになりましたがあなたに援助なんてしませんから! ~婚約パーティー中の失敗で婚約破棄された私は商人として大成功する~

新川ねこ
恋愛
ざまぁありの令嬢もの短編をまとめた短編集です。 投稿した短編を短編集としてまとめた物なので既にお読みいただいている物もあるかもしれません。

ざまぁされるのが確実なヒロインに転生したので、地味に目立たず過ごそうと思います

真理亜
恋愛
私、リリアナが転生した世界は、悪役令嬢に甘くヒロインに厳しい世界だ。その世界にヒロインとして転生したからには、全てのプラグをへし折り、地味に目立たず過ごして、ざまぁを回避する。それしかない。生き延びるために! それなのに...なぜか悪役令嬢にも攻略対象にも絡まれて...

【完結】ご安心を、問題ありません。

るるらら
恋愛
婚約破棄されてしまった。 はい、何も問題ありません。 ------------ 公爵家の娘さんと王子様の話。 オマケ以降は旦那さんとの話。

悪役令嬢に転生して主人公のメイン攻略キャラである王太子殿下に婚約破棄されましたので、張り切って推しキャラ攻略いたしますわ

奏音 美都
恋愛
私、アンソワーヌは婚約者であったドリュー子爵の爵士であるフィオナンテ様がソフィア嬢に心奪われて婚約破棄され、傷心…… いいえ、これでようやく推しキャラのアルモンド様を攻略することができますわ!

処理中です...