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1.一人旅
しおりを挟む「今日も美味かったよ、ごちそうさん」
「おっちゃん、またきてなー!」
俺はおっちゃんが席を立った後、食器の片付けをする。
「レイちゃん、こっちの注文いいかー?」
「はいよ!」
今日のランチも大繁盛しているここは、俺の恩人であるイラレスさんが経営している食事処兼宿屋。
俺は3か月前、野垂れ死にしそうになっていたところをイラレスさんに助けられた。
記憶を無くし、無一文で頼るところもないと知ると、ここで働くかわりに泊まる部屋を貸してくれた。
と、いうことになっている。
お金がないのと、頼るところがないのは本当。
でも、記憶はある。
ただ、この世界のものではない記憶だが。
俺は、元々日本という国の大学生だった。
学校へ行って家へ帰るを繰り返す普通の学生。
少し違うとすれば、美術大学へ通い日々課題に追われていることだろうか。
ここへ来る羽目になったきっかけであろう、あの日も課題に追われ帰路につく頃には日が暮れていた。
駅のホームで電車を待っていたとき不意に背中に物が当たった。
何か物がぶつかったのか、はたまた誰かが意図して押したのか今となっては分からない。
俺はバランスを崩し、そしてそのまま下へ落ちたのだ。寝不足でバランスを立て直そうにも力が入らず、勢いそのまま。
不運にも快速電車がホームに入ってきたのと同時に落ち、逃げるまもなく空中で明るい光に包まれながら衝撃をくらった。
その後の記憶はなく気がつくと、俺は森の中にいた。見渡す限りの、木、木、木、木、木。
今までコンクリートに囲まれ生きてきた俺にとっては、開放感があり空気の美味しいここはとても居心地が良かった。
しかし、問題が1つ。
ここはどこなのか。
ここに来る前の記憶は、ホームから落ちて電車とぶつかったのが最後。俺はあのとき死を悟った。だが、俺は生きている。
そして、こんな森に来た覚えはない。
持っていた鞄やスマホも手元にはない。
これは…。
あれか?漫画とかでよくあるあれなのか?
死んだと思ったら転生してました的なやつなのか?
でも、たしかにあのとき俺は電車に轢かれた。
それは紛れもない事実。だが、俺の身体は痛みがあるどころか、普段より身体が軽いし寝不足も解消されている。
………。
俺は考えるをやめた。
分からない物を考えたところで解決しないからな。
とりあえず、このまま森の中にいるのは危険だ。
夜になったら獣が動き出すかもしれない。
明るいうちに森を抜けたい。
俺は歩いて歩いて歩き続けた。
遭難時は、動かず体力を温存しながら救助を待つのがいいというのは聞いたことがある。
だが、歩くのをやめることはできなかった。
日は傾き、辺りには闇と静けさが現れ始め、俺に恐怖を植え付ける。
人里まで後どのくらいなのだろうか。
切実にグーグルマップがほしい。
ゴールの見えないマラソンをしている気分になり焦燥感に駆られる。
「のど、かわいたな……。」
無意識に口から漏れた言葉で俺は喉が渇いていたことに気付いた。
そういえば、あれから何も口にしていない。
思い出したかのように、空腹感と口渇が襲う。
本当にこの先に人里があるのだろうか。
ここにはもう俺以外の人間はいないのではないだろうか。
空腹感と口渇が焦りを助長させ、暗闇が俺の不安を膨らます。
俺は、不安を掻き消すように歩き続けた。
ふと、前に小さな小屋が見えた。
俺は足早に小屋へ向かった。
大自然の中にぽつんと人工物があるだけで、こんなにも安堵するものなのか。
俺は、それほどまでに余裕がなかったのかもしれない。
恐る恐る小屋に近づいた。
小屋は木製で鍵はかかっていなかった。
中に人の気配はない。扉をゆっくりと開け中を覗く。
中に人はおらず、小さなテーブルとイス、農作業で使うような道具が立てかけられているだけだった。
どうやら物置小屋のようだ。
俺はひとまず中に入り、腰を下ろした。
今日はここで一晩過ごそう。
もし雨が降っても屋根があれば凌げるし、獣も中までは入ってこないだろう。
疲労によるものなのか、それともつかの間の安心からなのか、睡魔に襲われ俺は意識を手放した。
「おい!俺の飯はまだか!」
「少しくらい待てねぇのか、おめぇは!」
「こっちの注文も頼む!」
なんだか、遠くが騒がしい。
目を開けると、辺りは明るく朝を迎えていた。
昨日の夜は小屋の床で寝た気がするのだが、俺は今ふかふかのベッドの中だった。
えっ?
なに、どういうこと?
俺は小屋ではなく、普通の部屋にいた。
ベッド、机、イス、クローゼットが1つずつある寮みたいな。
どこだここ。
何故俺は毎回気が付いたら知らない場所にいるんだ!
机に目を向けると水の入ったコップが置いてあった。俺は喉が渇いていたことを思い出す。
コップを掴み中身を観察する。
これ、飲める水だよな…。
匂いはない。少し舐めてみる。うん、水だ。
俺は、コップの水を一気に飲み干した。
1日中歩き続け渇いた身体を潤していく。
生き返る…。
水が体に行き渡るのを感じていた、そのとき。
コンコンコン。
ガチャ。
扉が開いた。
「おや、目が覚めたのかい、気分はどうだ?」
そう言いながら部屋に入って来たのは、中年くらいの女性だ。
「あー…。だいぶ楽になった、」
「そうかい、お前さん昨日のことは覚えてるかい?」
「道に迷って偶然見つけた小屋で少し休憩していたところまでは覚えてる。」
「朝私が物置小屋に道具を取りに行ったらお前さんが倒れていたのさ。そのまま放置するわけにもいかなかったもんでね、ここに連れてきたんだよ。」
「あ、ありがとう。助かった。」
「ここは、私の店だ。1階では食事を提供して2階は宿屋をしている。この部屋は2階の客室の1つだ。
ところで、お前さんメシは食えるか?」
グゥ~ギュルギュル。
俺が返事をする前に、俺の腹が先に返事をしていた。
恥ずかしいいいい。これじゃ、ただの食いしん坊じゃないか。
「フッ、その様子じゃ食えそうだね。他に聞きたい事はあるが、その腹の虫をどうにかしてからにするとしよう。」
女性は、部屋を出ていった。
暫くして帰ってきた女性の手には、まだ湯気が立つリゾット、一口サイズに切られたフルーツがお盆に乗せられていた。
女性は俺の前に食事を置き、食べなさいと合図をした。
「ありがとう、頂きます。」
俺は小さくお辞儀をして、スプーンを口へと動かした。
「さて、何があったか話せるかい。」
俺が食べ終わってひと息ついたところで、女性が口を開く。
俺は静かに頷き、話し始めた。
「俺の名前はレイ…枢木玲。」
気づいたら森にいたこと。
ここまでどうやってきたか、ここがどこだかわからないこと。
頼れる人もお金もないこと。
自身のことについてわかるのは名前と年齢くらいだと。
今までのことを嘘なく話した。
ただ、電車に轢かれたという話は混乱を招く可能性があるため、森に来る前のことは覚えていないことにした。
女性は、俺の話を真剣に聞いてくれた。
そして、女性自身について、ここの場所についてを分かるようにゆっくり話してくれた。
女性はイラレスという名前で、夫に去年先立たれ今は一人で店を切り盛りしているらしい。
最近は、治安が悪くなってきていて一人で経営するのは大変なんだとか。
そして、話の中で最も気になる事項が。
ルベルタス王国……。
聞いたことがある気がするが、地球にはそんな国はなかった。いや、小さな国まで全部覚えているかと聞かれたら不安だが、聞くところによると、ルベルタス王国は大陸1位2位を争う大国らしい。
そんな大国であれば覚えている。
つまり、地球ではないどこかの世界線の国に来てしまったということだ。それに、妙に懐かしく思うこの気持ちは何なのだろうか。ルベルタス王国なんて国知らないのに。
そして、ここはグラティア村という村らしい。
ルベルタス王国のやや北に位置する小さな村で森に近いせいか時々魔物が出没するのだそう。
え、魔物!?動物じゃなくて!?魔物!?
これで昨日の夜想像していたものが現実であるということになった。
俺は地球とは違う世界に転生してしまったのだと。
それからイラレスさんと話し合い、暫くの間働き手としてこの店に置いてくれることになった。
しかも、住み込み3食食事付き。
なんてホワイトなんだ。
応援ありがとうございます!
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