随筆

六日町 やよい

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春田と付き合ってから、過去を思い出したのは久しぶりだった。

「いってくるね」
「黒木さん、お弁当忘れてる」
「ああ、もう」

玄関から引き返して、散らかった部屋に罪悪感を覚える。
私より時間に余裕があるとはいえ、春田だってこの後仕事に向かうのに。

私は何をしている?
何ができている?
私は---

「いってきます」
「気をつけてね」


何がそんなにつらいのかって、なんてことないことがなんでこんなにうまくいかないんだっていう、不甲斐なさ。
日々取り憑かれたような重さに身体を引きずり、果てのない流れの中州で、ただ黙々と業務をこなす。

「おはようございます」
「お疲れ様でした」
仕事の話、雑談、笑い声の渦の中、ただこれしか話さない日もあるのに、私は音楽を聴くことすら許されない。

---まあ、店のBGMじゃあるまいし、当たり前だけどね。そんなヤツいねーもん。

とは言え、そういう仲間がいないから私一人でやるのは心細いっていう訳じゃなくて、そういうことは仕事中にしちゃダメだよねという空気があるから、結果的に誰もやらない。確かにそれはそうなんだ。必要がないから。
だけどぶっちゃけ、個人的にダメとは思わない。仕事の手を止めて絵を描くわけでもなく、小さい音なら電話に支障もない。
でも、当たり前だから。
そう、当たり前だから---


駅のホームで、電車がなだれ込む音にハッとする。
行かなきゃ……とりあえず今は仕事に行かないと。
仕事は嫌だけど、死ぬわけじゃない。私は、今ある舞台でやるしかないのだ。



夢?今は……忘れよう。
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