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【愛人と奴隷と心理士と諜報員?】その13
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プレゼン能力は慣れである。
人の視線に刺されながら、自分の声だけが響く状況はとても緊張するのだ。
けれど、注目される視線を快感と感じる人間も少なくはない。
では・・・例外をひとつだけ出そう。
自分の通常モードの人格を無視し、脳のリミッターを外すのである。
成功する為に不慣れな事をする場合は、その場限りの“仮面”をかぶる。
あくまで私個人の考えだが、うつ病になってしまった人間は、これを意志的に何度も行ったが為に脳疲労が半端ないのではないのだろうか。
周囲の期待に答えねばならないと言う状況に晒され、能力以上の仕事をこなそうとする真面目な性格が災いし、自分を追い詰めてしまう。
けれど・・・あたしゃ、やる時はやるよ!
「うぬ・・・して、罰とは?」
すっと左手を上げ、マテオはクレーに紅茶のお替りを要求した。
「・・・アーチュウ先生、看護塔は年中人手不足ですよね?」
「は~い、体力・精神力ともに必要ですし、それなりの知識も要ります。その上、人の死に目に会うのが日常茶飯事ですからね。希望する人間はなかなかいません」
そうなのだ、だからこそ・・・失敗したり、上司に嫌われたりした侍従などの墓場・・・反省させる苦行のような部署と化しているようだった。
とゆーワケで、それを逆手に取らせてもらう。
「では、罰としてヴィヨレを三食昼寝付きで雇って頂けませんか?」
「は~い! 喜んで! ちなみに・・・・・・・」
その代わり・・・と言わんばかりにアーチュウの目の奥が光る。
「本人が嫌がる人体実験は却下です。もちろん人権侵害になるような行為も止めて下さい。必ず7時間以上の睡眠と、労働時間が8時間を超えない範囲で、三時間ごとの三十分以上の休憩、労働契約書を作成願います。彼の体組織を採取する場合は、私とマテオ様とイスマエルに必ず許可を取って下さい・・・ただし」
「ただし?」
応答の度に、世話係三人とヴィヨレ達の眼と頭がピンポン玉を追うように、私とアーチュウを行ったり来たりする。
「看護棟内での人の死に際に、望む幻影を見せる役目を・・・ヴィヨレに任命します」
私の声が広いテーブルの上を、冷たい風のようになぞった。
「・・・・・・なんだよ、それ・・・」
ヴィヨレは心から湧いた疑問に表情を失っていた。
「その場合は食事中でも、休憩中でも、眠っていても叩き起こして結構です」
「棺桶に入れるのも仕事なのか?」
「違います。あなたは死に際の人間の望む幻影を見せる事が仕事になります。それに、罪人に棺桶は準備されないのでしょう? あくまで、看護塔内での救命・看護・死亡時の立ち合いを私は望みます」
「罪人だと? ヒロコ・・・罪人にまで望む幻影を見せるのか?」
私を見つめるイスマエルの瞳が揺れている。
理由は分かっている。
彼の常識(正しさ)と、私の常識(正しさ)は違うのだから。
「イスマエル、私達にとっての“罪人”だとしても、真実は分からないでしょう?」
熱い紅茶に薔薇ジャムをひと匙いれたティーカップをマテオは一気に空にし、ひとつ息を吐いた。
「アーチュウ・・・この後、この青年を軽く尋問するが、すぐにそなたの助手として正式に雇えるかの?」
ちょうど診療記録の整理をする人間を必要としていたアーチュウには、人間の観察能力に優れたヴィヨレの存在は渡りに船だった。
「ええ、大丈夫ですよ。空いている仮眠室を彼専用に整えましょう。それに・・・彼は既に聖女様から離れる事はできませんからね。逃げる事も不可能でしょう」
どうやら、聖女の奴隷は一定距離以上離れることができないらしい。
遠方の出張は頼めないのか・・・残念・・・。
「ふ~む・・・・・・看護塔の仕事は、きつい・汚い・危険を伴う。しかも死に際の人間を始終見送り続け・・・自分の意志で逃げる事もかなわんのか・・・大層な“罰”じゃ・・・誰も文句は言うまいて」
人の視線に刺されながら、自分の声だけが響く状況はとても緊張するのだ。
けれど、注目される視線を快感と感じる人間も少なくはない。
では・・・例外をひとつだけ出そう。
自分の通常モードの人格を無視し、脳のリミッターを外すのである。
成功する為に不慣れな事をする場合は、その場限りの“仮面”をかぶる。
あくまで私個人の考えだが、うつ病になってしまった人間は、これを意志的に何度も行ったが為に脳疲労が半端ないのではないのだろうか。
周囲の期待に答えねばならないと言う状況に晒され、能力以上の仕事をこなそうとする真面目な性格が災いし、自分を追い詰めてしまう。
けれど・・・あたしゃ、やる時はやるよ!
「うぬ・・・して、罰とは?」
すっと左手を上げ、マテオはクレーに紅茶のお替りを要求した。
「・・・アーチュウ先生、看護塔は年中人手不足ですよね?」
「は~い、体力・精神力ともに必要ですし、それなりの知識も要ります。その上、人の死に目に会うのが日常茶飯事ですからね。希望する人間はなかなかいません」
そうなのだ、だからこそ・・・失敗したり、上司に嫌われたりした侍従などの墓場・・・反省させる苦行のような部署と化しているようだった。
とゆーワケで、それを逆手に取らせてもらう。
「では、罰としてヴィヨレを三食昼寝付きで雇って頂けませんか?」
「は~い! 喜んで! ちなみに・・・・・・・」
その代わり・・・と言わんばかりにアーチュウの目の奥が光る。
「本人が嫌がる人体実験は却下です。もちろん人権侵害になるような行為も止めて下さい。必ず7時間以上の睡眠と、労働時間が8時間を超えない範囲で、三時間ごとの三十分以上の休憩、労働契約書を作成願います。彼の体組織を採取する場合は、私とマテオ様とイスマエルに必ず許可を取って下さい・・・ただし」
「ただし?」
応答の度に、世話係三人とヴィヨレ達の眼と頭がピンポン玉を追うように、私とアーチュウを行ったり来たりする。
「看護棟内での人の死に際に、望む幻影を見せる役目を・・・ヴィヨレに任命します」
私の声が広いテーブルの上を、冷たい風のようになぞった。
「・・・・・・なんだよ、それ・・・」
ヴィヨレは心から湧いた疑問に表情を失っていた。
「その場合は食事中でも、休憩中でも、眠っていても叩き起こして結構です」
「棺桶に入れるのも仕事なのか?」
「違います。あなたは死に際の人間の望む幻影を見せる事が仕事になります。それに、罪人に棺桶は準備されないのでしょう? あくまで、看護塔内での救命・看護・死亡時の立ち合いを私は望みます」
「罪人だと? ヒロコ・・・罪人にまで望む幻影を見せるのか?」
私を見つめるイスマエルの瞳が揺れている。
理由は分かっている。
彼の常識(正しさ)と、私の常識(正しさ)は違うのだから。
「イスマエル、私達にとっての“罪人”だとしても、真実は分からないでしょう?」
熱い紅茶に薔薇ジャムをひと匙いれたティーカップをマテオは一気に空にし、ひとつ息を吐いた。
「アーチュウ・・・この後、この青年を軽く尋問するが、すぐにそなたの助手として正式に雇えるかの?」
ちょうど診療記録の整理をする人間を必要としていたアーチュウには、人間の観察能力に優れたヴィヨレの存在は渡りに船だった。
「ええ、大丈夫ですよ。空いている仮眠室を彼専用に整えましょう。それに・・・彼は既に聖女様から離れる事はできませんからね。逃げる事も不可能でしょう」
どうやら、聖女の奴隷は一定距離以上離れることができないらしい。
遠方の出張は頼めないのか・・・残念・・・。
「ふ~む・・・・・・看護塔の仕事は、きつい・汚い・危険を伴う。しかも死に際の人間を始終見送り続け・・・自分の意志で逃げる事もかなわんのか・・・大層な“罰”じゃ・・・誰も文句は言うまいて」
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