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【それは偽りではなく、ノリです。】その3
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「カーテン開けますよ~」
「うん、大丈夫、どうぞ・・・」
ノアさんも向かい側のベッドの方が終わったようだ。
介護関係も就職の選択肢に入れていたが・・・ハローワークの人に、PCスキルとリテールマーケティングと簿記とカラーコーディネーターのスキルがあるので「もったいない」と言われていた。
PCスキルもマーケティングの才能も介護関係には必要だと思うんだよなあ・・・。
あ、でもそれ、私だとマーケティングの方の仕事に偏っちゃうか?
ただ、誰かを「元気にしたい」って気持ちだけでは、どうにもならないんだよね。
「おおっ~、一室のシーツ交換まですごい速さで終わった! ミリアンこーゆーの慣れてるの?」
「そうでもないです・・・私、体力ないんで」
「ありゃあ・・・じゃあ、この仕事はキツイかあ」
「思ったんですけど・・・ここの方は軽傷が多いですね?」
「そりゃここは、一時的なところだもの、専門の治療が必要な人はすぐに転院よ・・・もしくは・・・」
カーン!
と、鐘がひとつ鳴った。
「来た! 直ぐにこの桶、片付けて!」
「あ、はい! さっきの元のところでよろしいですか?」
「ええ、お願いね! 今のは急患の知らせよ!」
「急患?」
「まあ、私達はベッドの準備とかだけど、まずは先生が走るわ・・・」
「えっと、とりあえず桶とシーツを片付けますね」
急いでリネン室前のカゴに洗濯依頼のシーツを突っ込み、桶を洗浄室の受付に渡した。
「はっ! 私・・・こんな事してる場合じゃなかった!!」
つい、労働の喜びを噛み締めてしまった社畜体質に気が付き、ノアさんに誤解を解きに駆け出そうとした時・・・目の前を医者らしき人物が駆け足で横切っていた。
「おっふぅ・・・マジで先生が走ってる?」
医者が駆け寄った先に、人が群がっている。
私は遠目からその異様な状況を呆然と眺めていた、看護塔の入り口辺りでは「待て、これ以上、人は入るな!」と、見張りの兵士が人の流れを止めようと叫んでいた。
人だかりで良く見えない・・・誰かが大けがをして運ばれて来たらしい。
「そこの人! ちょっとコレ見張っててくれ!」
いきなり私の目の前に放り投げられるように、兵士が担架を置き去りにして行った。
「え? みる? 何を!?」
廊下の向こうでは誰かの救命活動が行われ、私の目の前には・・・放置された担架・・・。
覆いかぶされたその布をはいだ。
細い身体から滲みだしていた血の量に、全身の肌が粟立った。
けれど私の身体は勝手に動いていた。
彼を覆っていた衣服を剥ぎ、殺傷箇所を確認し、呼吸が楽になるように横向きに寝かせた。
「せめて、痛み止めは・・・ないだろうな・・・」
弱い呼吸、身体には深い刺し傷が三か所、全て貫かれている。
十歳ぐらいと思われる子供が、身体を刃物で貫かれている。
「なんで、こんな子供が・・・」
喉をヒューヒューと空気だけが通っていた、周りはみるみるうちに血で染まって行く。
小さく震える身体、咳き込む度にどんどんと血液は傷口から流れ出ていた。
「おか・・・さ・・・いたい・・・」
(これを・・・見張っていろと・・・・・・・)
私は、その男の子の手を握っていた。
「痛いの?」
男の子は小さく頷く。
触れた男の子の指先が冷たい。
私はその子の頭を恐る恐る、そっとなでた。
「痛いの痛いの、飛んでけ・・・痛いの、痛いの、飛んでけ!」
向こうで懸命に救助されているのは、きっと責任ある高い地位の人間なのだろう。
目の前に居るのは・・・見捨てられた子供・・・。
ああせめて、この血で濡れた身体をきれいにしてあげたい・・・。
この傷も・・・汚れてしまった顔も・・・小さな手も・・・。
ぜんぶ、ぜんぶ、きれいに、したい。
ぽたりぽたりと落ちた私の涙は、金色の光を帯びていた。
まるで水面に落ちる波紋の様に、男の子の身体を伝い、床を伝い・・・壁が揺れた。
周囲で聞こえるざわめきが、一瞬だけ途切れた。
「ミ・・・ミリアン! 無事か!!」
(イスマエル・・・?)
力強く駆け寄ってくる足音、私の体は白い大きなタオルで包まれた。
「むぐ・・・クレー・・・この子にもタオルかけて?」
クレーが目の前の男の子に視線を落とす。
「あの・・・ヒロコ様・・・この子はもう・・・」
「かけてあげて? この子のお母さんが近くに居ないの」
ああ・・・よかった。
血でひどく汚れてしまっていた身体が、きれいになってる。
彼女は静かに頷いて、大きなバスタオルを彼の亡骸の上に掛けた。
「ミリアン・・・何を願った?」
イスマエルが静かに言った。
「‟痛くないように”って、‟この子がきれいになりますように”って・・・願ったよ?」
「それで・・・“金の波紋”が・・・」
「きんのはもん?」
「多分、これは城全体に響きましたね」
二人の会話が、私には理解できなかった。
「なんて事だ・・・・・・クレー、看護塔の抜け道はこの先にあったか?」
「直ぐにご案内します! ちなみに女性に囲まれて、身動きのできなくなったマクシム様の回収は・・・」
「放っておけ!」
「うん、大丈夫、どうぞ・・・」
ノアさんも向かい側のベッドの方が終わったようだ。
介護関係も就職の選択肢に入れていたが・・・ハローワークの人に、PCスキルとリテールマーケティングと簿記とカラーコーディネーターのスキルがあるので「もったいない」と言われていた。
PCスキルもマーケティングの才能も介護関係には必要だと思うんだよなあ・・・。
あ、でもそれ、私だとマーケティングの方の仕事に偏っちゃうか?
ただ、誰かを「元気にしたい」って気持ちだけでは、どうにもならないんだよね。
「おおっ~、一室のシーツ交換まですごい速さで終わった! ミリアンこーゆーの慣れてるの?」
「そうでもないです・・・私、体力ないんで」
「ありゃあ・・・じゃあ、この仕事はキツイかあ」
「思ったんですけど・・・ここの方は軽傷が多いですね?」
「そりゃここは、一時的なところだもの、専門の治療が必要な人はすぐに転院よ・・・もしくは・・・」
カーン!
と、鐘がひとつ鳴った。
「来た! 直ぐにこの桶、片付けて!」
「あ、はい! さっきの元のところでよろしいですか?」
「ええ、お願いね! 今のは急患の知らせよ!」
「急患?」
「まあ、私達はベッドの準備とかだけど、まずは先生が走るわ・・・」
「えっと、とりあえず桶とシーツを片付けますね」
急いでリネン室前のカゴに洗濯依頼のシーツを突っ込み、桶を洗浄室の受付に渡した。
「はっ! 私・・・こんな事してる場合じゃなかった!!」
つい、労働の喜びを噛み締めてしまった社畜体質に気が付き、ノアさんに誤解を解きに駆け出そうとした時・・・目の前を医者らしき人物が駆け足で横切っていた。
「おっふぅ・・・マジで先生が走ってる?」
医者が駆け寄った先に、人が群がっている。
私は遠目からその異様な状況を呆然と眺めていた、看護塔の入り口辺りでは「待て、これ以上、人は入るな!」と、見張りの兵士が人の流れを止めようと叫んでいた。
人だかりで良く見えない・・・誰かが大けがをして運ばれて来たらしい。
「そこの人! ちょっとコレ見張っててくれ!」
いきなり私の目の前に放り投げられるように、兵士が担架を置き去りにして行った。
「え? みる? 何を!?」
廊下の向こうでは誰かの救命活動が行われ、私の目の前には・・・放置された担架・・・。
覆いかぶされたその布をはいだ。
細い身体から滲みだしていた血の量に、全身の肌が粟立った。
けれど私の身体は勝手に動いていた。
彼を覆っていた衣服を剥ぎ、殺傷箇所を確認し、呼吸が楽になるように横向きに寝かせた。
「せめて、痛み止めは・・・ないだろうな・・・」
弱い呼吸、身体には深い刺し傷が三か所、全て貫かれている。
十歳ぐらいと思われる子供が、身体を刃物で貫かれている。
「なんで、こんな子供が・・・」
喉をヒューヒューと空気だけが通っていた、周りはみるみるうちに血で染まって行く。
小さく震える身体、咳き込む度にどんどんと血液は傷口から流れ出ていた。
「おか・・・さ・・・いたい・・・」
(これを・・・見張っていろと・・・・・・・)
私は、その男の子の手を握っていた。
「痛いの?」
男の子は小さく頷く。
触れた男の子の指先が冷たい。
私はその子の頭を恐る恐る、そっとなでた。
「痛いの痛いの、飛んでけ・・・痛いの、痛いの、飛んでけ!」
向こうで懸命に救助されているのは、きっと責任ある高い地位の人間なのだろう。
目の前に居るのは・・・見捨てられた子供・・・。
ああせめて、この血で濡れた身体をきれいにしてあげたい・・・。
この傷も・・・汚れてしまった顔も・・・小さな手も・・・。
ぜんぶ、ぜんぶ、きれいに、したい。
ぽたりぽたりと落ちた私の涙は、金色の光を帯びていた。
まるで水面に落ちる波紋の様に、男の子の身体を伝い、床を伝い・・・壁が揺れた。
周囲で聞こえるざわめきが、一瞬だけ途切れた。
「ミ・・・ミリアン! 無事か!!」
(イスマエル・・・?)
力強く駆け寄ってくる足音、私の体は白い大きなタオルで包まれた。
「むぐ・・・クレー・・・この子にもタオルかけて?」
クレーが目の前の男の子に視線を落とす。
「あの・・・ヒロコ様・・・この子はもう・・・」
「かけてあげて? この子のお母さんが近くに居ないの」
ああ・・・よかった。
血でひどく汚れてしまっていた身体が、きれいになってる。
彼女は静かに頷いて、大きなバスタオルを彼の亡骸の上に掛けた。
「ミリアン・・・何を願った?」
イスマエルが静かに言った。
「‟痛くないように”って、‟この子がきれいになりますように”って・・・願ったよ?」
「それで・・・“金の波紋”が・・・」
「きんのはもん?」
「多分、これは城全体に響きましたね」
二人の会話が、私には理解できなかった。
「なんて事だ・・・・・・クレー、看護塔の抜け道はこの先にあったか?」
「直ぐにご案内します! ちなみに女性に囲まれて、身動きのできなくなったマクシム様の回収は・・・」
「放っておけ!」
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