病んで死んじゃおうかと思ってたら、事故ってしまい。異世界転移したので、イケおじ騎士団長さまの追っかけを生き甲斐とします!

もりした透湖

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【本物って誰のこと?】その3

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 夜が更け、ラベンダー色の満月が明るすぎて、私は少し目が冴えてしまった。
「きれい・・・」
 広いベランダに備え付けてある木製のベンチに座り、しばらく自然のプラレタリウムに浸っていた。
「夜風は、病み上がりにはよくないぞ」
 はっとして、暗闇の中で目を凝らしていると、少年の様にベランダの手すりに腰かけているソラルさまがいた。
 (今日はソラルさまサービスデーかしら?)
 不思議な色の月明かりに照らされて、ソラルさまの煤けた金髪が、何故か薄紫に輝いていた。
「病み上がりも何も・・・常に病んでいますから、問題ないです」
 予想外の私の切り返しに、ソラルさまはポカンとした後に、ウケたらしく笑っていた。
「ヤバっ・・・ブフッ! ツボった!」
 いつもの余裕の、渋い落ち着きも良いが、少年のような顔をするソラルさまも良い目の保養だ。
「ソラルさま、笑いすぎです」
「はははっ・・・はぁ・・・、済まない。キミは本当に面白い人物だ」
 なんだかいつもより若々しく見えるソラルさまに、私は照れてしまう。
「こんな夜更けに忍び込むと、奥様に叱られてしまいますよ?」
 私がそう注意を促すと、彼は寂しげな表情をし、私を真っ直ぐ見詰めた。
「そうだと良いのだけれど・・・」
 ベランダのベンチに座っていた私の方に向かって、猫のように静かな足音で近づいて来た。
「私は・・・彼女にとって代用品に過ぎない・・・」
「だい・・・ようひん?」
 私とソラル様の距離は、長いベンチの端と端になった。
 お互いに眼を合わさず、ただ、ラベンダー色の満月を見上げた。
「きっと彼女には、心から愛する男がいるのだろう・・・」
「奥様の事ですか?」
 ベンチに座りながら、長い脚を組む美中年は絵になるなあ・・・。
「奥様・・・ねえ?」
「ごめんなさい・・・私も、知らない間にソラルさまを代用品にしていたのですね」
「ん? 誰の代わりになっているのかな?」
「初恋の人です」
 またもや、ソラルさまは噴き出した。
 (そんな面白いか?)
「そりゃ・・・光栄だねえ・・・どんな男だい?」
 私は、胸の奥にしまっていた思い出を蘇らせた。
「ソラルさまとは、姿は似ていても、中身は正反対な人でしたよ」
「正反対?」
「ええ、彼は教師をしながら・・・本業は画家でした」
「素敵だね」
「・・・私の憧れ、そして目標でした」
「おや、絵をたしなむのかい?」
「その人の影響で・・・まあ、絵の才能がなかったので早々と諦めて、経済学の方に進んだのですけど」
 月を眺めていたソラルさまの視線が、私に興味あり気に刺さった。
「経済学?」
「お、そこ喰いつきますか?」
「いや、意外だと思って・・・で、初恋の終わりを聞いても?」
「・・・・・・彼と音信不通になって試合終了です」
「音信不通ねえ・・・」
「ええ、その後は噂でお見合い結婚したとか聞いたぐらいで」
「彼とはどんな関係だったんだ?」
「教師と生徒」
「王道だね」
「小学校を・・・12歳で彼が教師をしている学校を卒業した後も、個展とか追っかけてたんですけど」
 (そう、あの頃は・・・銀座や上野に行ったりして先生の姿を追っかけていたな)
「おやまあ・・・熱烈なファン心理かな?」
「私は幼過ぎて、その頃は自分の立場が良くわかっていませんでした」
「立場・・・ねえ・・・、なんか進展でもあったのかい?」
「ある日、先生のアトリエに行ったときに、絵を頂く約束をしました」
「そりゃ・・・実ったって言うのでは?」
「いえ、私は幼過ぎて理解できなかったんで、そんな立派な物は頂けないとお断りをしました」
「も・・・もったいない!」
「そうですね」
「キミは、告白をしてきた彼を振った事になるんだぞ?」
「大人の恋は・・・難し過ぎます。14歳の小娘に、画家が自分の描いた絵をプレゼントする意味なんて理解できません」
「うわっ・・・相手が気の毒に思えてきたよ!」
「20歳も年上の男性の考える事なんてわかりませんでしたよ」
「それは・・・まるで、詩の世界のようで、うん・・・理解できなくても仕方がないか」
「あ、今、“ロリコン”とか思いました?」
「うん」
 私は自嘲気味にため息をつく。
「ありがとうございます」
「何故だい?」
「例えあなたが、彼に似た、彼の身代わり役だとしても・・・今の私の心は少しだけ救われました」 
「“救われた”?」
「ええ・・・だって、私はあちらの世界の死に際で・・・」
 私はじっと彼を見詰めた。
 じわりと視界が涙で歪んだ・・・。
「あなたに会いたいと願ってしまった」
「ヒロコ・・・」
「私の罪を、懺悔します・・・先生・・・」
 長いベンチの両端にいた私達の体は、いつの間にか触れそうで触れない距離まで近づいていた。
か・・・切ないな・・・」
 その大きな白い手は、私の頬をなぞった。
 私が双眸に溜めた零れそうな涙を、彼はその唇に含んだ――――。

「ヒロコ様ぁ!!」
 突然のクレーの声に、私は正気を取り戻してベンチから立ち上がった。
「クレー? どうしたの?」
 ホウキを抱えたクレーが勢いよく私の居るベランダに飛び出してきた。
「ご無事ですか、ヒロコ様!」
 オリーブ色の髪を振り乱し、息を切らしたクレーが、必死の形相で私の前に姿を現した。
「え! えっと・・・これはその・・・」
 慌てて言い訳しようとベンチに振り返ったが、彼の姿は既になかった。
 (・・・あれ? 相変わらず初動動作が超人的だな!)
「危険ですから、早くお部屋の中に!」
「危険?」
「護りの魔法結界が効かない賊が忍び込んだようです!」
「結界? 賊?」
「・・・もしや、お忘れでは?」
「なんだっけ?」
「ああん! もうっ! ヒロコ様は“最高級の生贄”として各国に狙われている御身なのですよ!」
(いっけねぇ! すっかり忘れてたワ・・・)
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