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本編

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ヒューガさんの作戦を聞きながら鍛錬場に向かった。

向かう途中には、何人か負傷した団員や見習い騎士達が治療を受けている。

鍛錬場に近い建物からは、幾つか火の気が上がっていた。

所々にあの怨念が放ったと思われる異形の化け物の死骸があった。

朝、出てきた時とは変わり果てた様子の騎士団に、恐怖と不安が増していく。

コルムくんや、カベロくんは平気だろうか?

同僚の顔が頭によぎった。

「トオル!聞いているのか!
今は、目の前のやるべき事に集中しろ!」
ヒューガさんの喝を受けて現実に引き戻された。

「ごめんなさい…。」

「トオル、顔見知りが心配なのはわかる。
だが、お前は成すべき事だけを考えろ。
そうでないと、被害が増えるだけだ。」

成すべき事を……。

ヒューガさんの言葉を受け止め気合いを入れ直す。

鍛錬場まであと少しというくらいだろうか?
また、雷が落ちる音がした。
そしてそのすぐ後に、ラインハルトの怒鳴り声が響く。

「おい、ライリー!
アイリーンが怪我したらどうするんだ!」

声を荒らげる事があまり無いラインハルトの怒鳴り声に少しビクついてしまう。

目を凝らしながら、そちらを見ると俺と同じ様にビクビクしているライリーくんが居た。

そのさらに向こうに黒い靄を纏った黄緑色の髪をした少女が見える。

あれが、アイリーンちゃん?

「ラインハルト…わかっている…。
わかっているが……。」

「あ゛!?さっきからわかっているとか言いながら雷をアイリーンに向かって放ちまくってるじゃねぇかよ!」

さらにラインハルトの怒号が響く。
そして、そのままライリーくんに蹴りを入れていた。

ラインハルト?
いや、ラインハルトさん?
ちょっと、普段と性格違いすぎません?

「おい、ラインハルト、落ち着け!」

見るに見兼ねたヴェインさんがラインハルトを宥める。

しかし、ヴェインさんの言葉にも聞く耳を持っていなかった。

「ライリーくん、攻撃が来ます!
構えて!」
カイルくんがライリーくんを庇うように前に立ち、氷の魔法で壁を作り出した。

「お前ら、何やってるんだ!
アイリーンを抑えるの手伝え!」

アイリーンちゃんのさらに後方からアレンが怒った様に叫んだ。


……うわ…なんというか、めちゃくちゃだ…。

ヒューガさんも目の前の状況を見て、大きいため息をつく。

「あいつら連携最悪だな…。」
そんなことを口走りながら、俺に同意を求めてきた。

いや、確かにそうだけど、同意を求められても……。


「く…くははははっ!
この時代の騎士は、こんなものか!?
無駄な抵抗を辞めてその小僧の命を差し出せ!」

アイリーンちゃんに取り付いた怨念が声高らかに笑いながら叫ぶ。

「うるせぇ!俺の大事な妹の口で、声で喋んじゃねぇ!」

ラインハルトは、怒鳴り返しながら彼女に向かって拘束の魔法を放つ。

「ふふっ、何度やっても同じことだ!」

彼女は、黒い靄を操り、ラインハルトの魔法をかき消した。

「トオル、しばらく1人にする。
危なくなったらこの札を投げろ。」

ヒューガさんは、俺に御札を3枚渡してライリーくん達の方へ走って行った。


「おい、お前ら何をやってる!」

後ろから近づいたヒューガさんは、いがみ合っているラインハルトとライリーくんの頭を思いっきり殴った。

「痛っ!?ヒューガ、何しやがる!」

「ぐっ……何故、私まで……。」

突然後ろから殴られた2人は、それぞれ違った反応をした。

ラインハルトは、ヒューガさんに掴みかかろうとするし、ライリーくんは目に涙を溜めている。


「お前ら、邪魔だ。
ラインハルト、お前は、ここになんの為にいる?
妹を見殺しにする為にここに居るのか?」

ラインハルトにそう言うとヒューガさんは、反応を無視してアイリーンちゃんの方へ走り出す。

ラインハルトは、ヒューガさんの言葉を固まった。


ヒューガさんは、懐から数枚の御札を取り出して彼女に放つ。

「捕縛せよ!」

彼の掛け声と共に放たれた御札は、光る鎖となって彼女に迫った。


「新手か?何度やっても同じことだ!」

彼女は、手を鎖に向けると黒い靄を操って鎖を呑み込んでしまう。

「それはどうだろうな?」
ヒューガさんは、彼女の言葉に口元を緩めながら返した。

「あぁ、その通りだ!」

彼女のすぐ後ろからアレンの声がした。

ヒューガさんの魔法に気を取られた彼女は、アレンからの追撃に反応し切れなかった。

アレンは、彼女の無防備な背中に、いつの間にか持っていたヒューガさんの御札を貼り付ける。

「ぐっ!?おのれ……!」

彼女に貼り付いた御札は、光を放ちながら縄へと変わり彼女の身体を幾重にも縛り上げた。

「くっ!こんなもの!」
彼女の身体から黒い靄が溢れ出し縄を呑み込もうとする。

「させん!〖縛〗
追加だ!〖不動金縛〗」
ヒューガさんは、手で印を結びながら呪文を叫ぶ。


彼女は、急に声も出せないように固まり、溢れ出した靄も霧散していく。
さらに、身体を縛りつけていた縄が更に光りそのまま地面に縫い止めた。


「トオル!今だ!指輪を外せ!」

彼はこちらを見ずに俺に向かって叫んだ。

彼女に向かって必死に走る。
しかし、距離がそれなりにあるせいで時間がかかってしまう。

その間にヒューガさんの魔法の1部が破られ、彼女の声が響いた。

「させるかぁ!!」

指輪を外させてなるものかと、彼女は身を捩りながら大量の黒い靄を放つ。

そして、その靄は、何体もの化け物を生んだ。

「呪詛の使い魔よ!そいつを殺せ!」

彼女は、俺を睨みながら化け物達に指示を出す。


「させません!ライリーくんは下がって!
ラインハルト様、トオルさんを守ってください!
ヴェイン様は、一緒に迎撃を!」

カイルくんが1番に襲いかかる化け物達に反応して1体を切り伏せた。

「トオル…すまない……。俺…。」
不意に、前からラインハルトの声が響いた。

目の前に突然、現れた彼は真っ赤に目を腫らし、涙を流しながら謝ってくる。

最愛の妹が呪いに取り憑かれて、あんな姿になって居るんだ。
正気で居られるはずもない……。

「大丈夫だよ。
まだ、間に合う。
ラインハルト、力を貸して?
一緒にアイリーンちゃんを助けよう?」

俺の言葉にラインハルトは、身体を震わし、さらに涙を流した。


「……あぁ、ありがとう。
頼む、力貸してくれ。
俺の…俺の大事な妹を助けてくれ…。」


彼は、そういいながら手を差し出してきた。

その手をとると、ラインハルトが涙を拭いながら言う。

「トオル、息を止めてろ。
絶対にいい魔法を解くまで息をするなよ?」

俺の頷きに、彼はさらに握る手の力を強めると、呟く様に詠唱を始めた。

「永遠に流れる時よ。
絶え間なく刻む時計の針よ。
今、一時の休息を。〖時間停止〗」

詠唱が終わると、俺とラインハルトのいる場所に魔法陣が浮かび上がり、鍛錬場を包み込む程の広さに広がって行く。

それは、時計の文字盤の様に見えた。
周りの文字は見たことない文字ばかりだ。
長針と短針があり長針が動いている。
それが不意に止まった。

その瞬間、周りで聞こえていた音の全てが消える。

「これは……。」

「くっ……周りの時間…を…止めた…。
アイリーン…のとこに…行くぞ…。」

彼は辛そうに言葉を切りながら言う。
顔色がどんどん悪くなっていく。


「ラインハルト?顔色が…。」
彼は俺の言葉を無視して俺の手を引き歩いた。


「魔力の…消費が激しい…んだ……。
足らない…魔力を…魂の時間で…補ってる……。」


魂の時間?
寿命と言う言葉が頭によぎる。

「手を…離すなよ…。
離したら…お前の時間…も止まる……。」

彼の忠告に繋ぐ手にいれている力を強める。

少しでも早く魔法を解かせないと…。

彼の手を引いてアイリーンちゃんの元へと走る。

俺とラインハルト以外は、石像の様に固まっていて不思議な空間だった。


彼女の元にたどり着くとラインハルトが話し始める。

「時間を…止めている間は……物を動かせない。
指輪を握れ……魔法が解けたら…直ぐに……グハッ……。」

話の途中で、ラインハルトが血を吐いた。

「ラインハルト!?」

「…へ…いきだ…。
魔法…を…解くぞ?」

肩を上下に揺らしながらラインハルトが言う。

そして、指を鳴らした。

その瞬間、止まっていた時間が動き出す。
ラインハルトは、そのままその場に崩れ落ちた。

「トオル…ゆ…びわ…を……。」

突然、目の前に現れた俺達に驚いているアイリーンちゃんに取り憑いた呪いは、反応出来なかった。

俺はラインハルトの言葉通り指輪を彼女の指から引き抜く。


「ぐっ!何故、いったいどこから!
辞めろぉ!」

彼女の抵抗も虚しく、するりと指輪が外れた。


その瞬間、指輪から呪いの声が響いた。

「よくも!また、白魔法の使い手が邪魔するのか!
お前も、呪い殺してやる!」

そして、指輪から黒い靄が溢れてきた。

「トオル、浄化の魔法を指輪に放て!」
後ろからヒューガさんの声が響く。


俺は、無我夢中で魔力を練り上げ、浄化の魔法を指輪に注ぎ込んだ。

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