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本編
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しおりを挟む唇に暖かい感触があった。
そして唇を割って何かが中に入ってくる。
「ん……。」
身体の中に暖かいものが流れ込んできた。
陽だまりのように暖かい感覚にとても安心した。
しかし、その感覚は直ぐに離れてしまう。
「トオル?大丈夫か?」
耳に俺を呼ぶ声が響く。
目を開けると、目の前にアレンがいた。
「え?アレン……?
……俺、死んだのかな?」
アレンは、今、遥か遠い国に居るはずだ。
目の前にいる訳がない……。
「死なれたら困る…。」
アレンは、不安そうに俺を強く抱きしめた。
「痛いよ……。あれ?じゃあ夢じゃない?」
彼は俺の言葉には応えず、俺を抱き抱えたまま、大きく後ろに飛び退いた。
「うわぁ……。」
突然の浮遊感に声が漏れる。
しかし、俺達がいた場所に黒い靄がぶつかったことを横目で見て今の状況を思い出した。
「トオル、口を閉じろ、舌を噛むぞ!」
アレンは、真剣な顔で靄が放たれた先を見ながら、俺に注意する。
「ちっ…ちょこまかと…。」
あの女の身体を乗っ取った何かは、イライラしたように漏らした。
「お前は、なんだ?」
アレンが冷たい声で奴に問いかける。
「おい、おい、仮にも自分を好いてる奴にそんな殺気を向けるなよ?」
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「え?アレン、あの女に言い寄られてたんじゃないの?」
彼の言葉を黙って聞いていた俺もついつい聞いてしまう。
え?どういうこと?
「いや、全く記憶にないな……。」
「確か、マーサ様がスペンサー公爵家の令嬢って言ってたよ?
あ、そう言えば名前までは聞いてないけど…。」
俺の言葉にアレンがさらに困惑する。
「スペンサー家?あぁ、なんか、お見合いの話が何年か前に上がってたな…。
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アレン……。
お見合いの申し込みの手紙すら開いてなかったのか……。
もしかして、スペンサー家の令嬢すら認識してない……?
「で、でも、あの女を見たことくらいあるんじゃ……?」
俺の言葉にアレンは、自分の記憶を探るように考えを巡らす。
「全く覚えてない……。」
突然、あの女が吹き出す。
「くっくっ……。
こいつは傑作だ。
この女、お前のことを手に入れる為に邪魔な奴を消したいって俺の封印を解いたのに……。
その相手からは認識すらされてないなんて……。」
女に取り付いたそれは、楽しそうに笑う。
いや、俺達から見たら当の本人が笑っているように見えるから複雑な気持ちなんだけど……。
「ほう?つまり、お前はその封印されていた奴ってことか?」
「あぁ、久しぶりに自由に馴れたし、とりあえずお前らを殺してからこの国への恨みを晴らすとするか。」
奴は、そう言いながらまた俺達に黒い靄を放つ。
アレンは、俺を下ろして背に庇うように立つと剣で靄を切った。
え?あれって切れるもんなの!?
「手応えがないな。
なんだこれ……。」
彼は切って散らした靄を一瞥しながら構え直す。
「穢れをただの剣で切っただと?」
アレンの行動に女が驚いた顔をする。
「御託はいい、トオルを早く抱きしめたいんだ。
やる気ならさっさとこい。
あ、そうだ。
ソランジール家を襲ったのはお前か?」
ふと思い出したように奴に聞く。
「あぁ、あの小娘のことか?
なら、この女がやってたな?」
「そうか…。
お前がアイリーンを…。
トオルに手を出しただけじゃなく、リオルとカイルや、孤児院をめちゃくちゃにしたのもお前か……。」
呟くようにアレンは、口にする。
「だとしたら?」
奴が楽しそうにアレンに聞く。
「ここで葬る。」
アレンは短く答える。
身体がぶれたかと思う程の速さで動き出すと、次の瞬間には女に切りかかっていた。
「おっと……。
一応、この女はまだ生きてるぜ?
良いのか?」
アレンの剣を避けながら奴が言う。
「興味無いな。」
吐き捨てるように奴に答えると、アレンは、また奴を切る。
そんなことを言われても、奴は余裕そうに笑っていた。
奴は、距離を取りアレンに向かって再び靄を放つ。
剣でまた靄を切り散らすが、さっきとは違い今度は靄が剣にまとわりついた。
「ちっ…。」
アレンは、舌打ちをしながら剣を離す。
しかし、少し離すのが遅かったのか、彼の手は黒く変色していた。
「お前は、強い。
魔力の量も膨大だ。
だが、人の身である以上は俺には勝てない。」
女が楽しそうに笑う。
アレンは、即座に自分の右手に炎を付けた。
黒ずんでいた部分は、炎で焼かれ侵食がとどまるが右手に酷い火傷を負っている。
「アレン!」
彼の手を癒そうと近づこうとするが、彼が「来るな!」と叫んできた。
「でも……。」
見るからに酷い火傷で剣を持てそうにもない。
「大丈夫だ。」
アレンは、俺を安心させるように笑うと、女に向かって左手を向ける。
「消えろ!」
アレンは、女に一言そう告げると彼女に向かって炎を放った。
彼が放った緋色の炎は、距離が離れているにも関わらず焼かれそうな程の熱を感じた。
「ほう?上位属性か?」
女はその炎を前にしても焦らずに黒い靄を放つ。
放たれた靄は、炎とぶつかり拮抗した。
少しづつ、緋色の炎が黒く侵食されていく。
「魔法すらも侵食するのか!」
魔法が侵食されている事に少し驚いた様だったが、アレンは次の瞬間には既に動き出していた。
「剣よ!」
アレンが女との間を詰めながら短く叫ぶ。
彼の周りにいくつもの緋色の炎が現れ、何本もの剣の形になっていく。
アレンが左手で掴み、女を袈裟斬りにする。
しかし、またしても女はひらりと剣を交わした。
「馬鹿の一つ覚えみたいに!」
「それはどうだろうな?」
アレンは、彼女が避けるのは想定していたように持っていた炎の剣を投げつける。
「くっ!?」
アレンの行動に虚をつかれた女は、初めて苦悶の色を浮かべた。
しかし、それもほんの一瞬の事で、迫り来る炎の剣を靄で作り出した壁で阻む。
「ほら、まだあるぞ?」
アレンは、ほくそ笑みながら自分の周りに浮かんでいる炎の剣をさらに女に向かって投げた。
「ちっ、面倒な!」
女は、指輪を掲げながらさらに靄作り出す。
その黒い靄は、彼女の右手に集まると漆黒の剣を作り出した。
まるでこの世の負を全て詰め込んだかのような禍々しい剣だった。
それを次々と迫り来る炎の剣に振り下ろし弾いていく。
「ほら、身体ががら空きだぞ!」
アレンは、その隙を見逃さず右手で彼女の身体を殴りつけた。
炎の剣を捌く事に必死だった彼女は、アレンから繰り出された拳に反応出来ず、そのまま壁に激突する。
「……ちっ。その手動かせないんじゃなかったのかよ。」
所々で右手を庇うようなそぶりを見せていたアレンに、嫌味のように呟く。
「生憎、火傷には慣れてるんだ。
剣握れなくても殴るくらい出来る。」
「ちっ……。だが、留めを刺さなかったのはミスだったな?」
彼女は、嘲笑うかのように言った。
「いや、これで終わりだ。」
アレンが彼女に答える。
その瞬間、辺りに魔法陣が現れ、そこから飛び出した炎の鎖が彼女を拘束していく。
「な!?いつの間にこんな数の魔法を……?」
「何言ってるんだ?
お前が丁寧に全部弾いてくれたんじゃないか?」
アレンが笑いながら言う。
「そうか、あの炎の剣は最初から…。」
女は悔しそうに呟く。
「あの剣でお前を倒せればそれでもよかった。
だが、ダメだったときの事も考えて置かないとな?」
アレンは、そう言いながら鎖の1つに触れる。
「燃えろ!」
彼が呟くと鎖が更に燃え上がり彼女を包み込んだ。
「ぎゃああああ!」
炎に包み込まれながらも彼女は最後の抵抗とばかりに黒い靄を作り出す。
しかし、叫び声が聞こえなくなる頃には靄も何処かに消え、彼女の身体すらも何も残っていなかった…。
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