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本編

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「トオル、お前は、何でも真正面から真っ直ぐに受け止めすぎだ!
もっと、肩の力を抜いて、受け流すことも覚えろ!」

衝撃に耐えながら時間が過ぎるのを待っていたとき不意に頭の中で師匠の言葉が響いた。

仕事を始めてしばらくしてから、良く師匠にそう言って怒られた。

先輩からの言葉、師匠からの言葉。
沢山の暴言や説教を受けて凹んでいた。

俺って才能ないな…って悩んでいた時。

「俺は、お前の上司だぞ?
そりゃ、理不尽に怒られることだってあるだろ?
毎回毎回、正面から受け止めてたら身が持たないだろ!
だから、たまには受け流していいんだ。
元気になったら、なんで怒られたのかまた考えればいい!」


そうか…。
耐えなくてもいいんだ。
今は受け流すことを考えよう。

俺は弱い。
弱いなら弱いなりに皆を護ればいい。

皆地下に避難してる。
だったら、上なら……。

盾を前に押すんじゃなくて斜め上に軌道をずらすんだ。


ずらした途端、身体への負荷が一気に無くなった。

見えない何かは、ずらされた盾に沿って右上に通り過ぎていく。

そして、右上の天井を突き破りながらそのまま空に上がって行った。

「はぁ…はぁ…死ぬかと思った……。」

衝撃から解放されてその場に尻もちを着いた。

見えない何かが来た方を見ると、扉は壊れ風穴が空いていた。

「トオルさん!」

「トオルお兄ちゃん!」

肩で息をしながら動けないでいる俺の元に、ラーニャさんとアンリちゃんが心配そうに駆け寄ってきた。

「…はぁ…はぁ…2人とも…無事?」

「はい!トオルさんのおかげです。」

「トオルお兄ちゃんかっこよかった!」


2人とも少し興奮気味に無事だと伝えてくれる。

「よかった……。ごめん、ちょっと、気が抜けて動けないや……。」

「これはトオルさんの魔法?ですか?」
俺の前にある大きな盾を興味深そうに見ながらラーニャさんが聞いてくる。


「えっと、わかんないです。
なんか、いきなり出てきました……。」

俺の言葉にラーニャさんもアンリちゃんも不思議そうな顔をする。


改めて俺は盾を見た。
形は、魚屋さんで見た物そっくりだった。
だが、大きさが魚屋で見たものの数倍はある。

でも、確かに盾は俺から魔力をゴリゴリ吸っている。

「こんな魔法見たことも聞いたこともないです……。」

ラーニャさんは、苦笑いしながらそんなことを言った。

「ラーニャさん、あのこれってどうやって消すんでしょう……。」

流石にこれ以上魔力を吸われたらやばい。
もう半分を切っている気がする。

「え?消せないんですか?」

「はい…。」

唖然としたようにラーニャさんが聞き返してきた。

消し方が分からない……。

「わたし、知ってるよ!
あのね、確か、魔力を送るのをやめるイメージをすればいいんだよ!」

無邪気にアンリちゃんが教えてくれた。

10歳くらいの子に教えて貰ってる俺って…。

魔力じゃない何かまで凄い勢いで減ってる気がした…。

とりあえず、アンリちゃんが言う通りに目を閉じてイメージする。

「あ、トオルさん消えましたよ!」

「本当だー!きえたきえたー!
トオルお兄ちゃん、上手ー!上手ー!」

無事に盾を消せたらしく、アンリちゃんが「よく出来ました!」と頭を撫でてくれた…。

やばい、魔力じゃない何かが尽きかけてる。
目から汗が出てるや……。


「とりあえず、地下へ向かいましょう…。」

気を取り直して2人に声をかけた。

風穴を見て、あの先に行けばカイルくんとリオルくんがいるはずだとも思った。

でも、2人を放置して確認に行くわけにもいかない。

でも、やっぱり、カイルくんとリオルくんのことも気がかりで風穴を凝視した。

何か黒くて大きな物と、髪の長い誰かが物凄い速さで動いている気がした。

「カイルくん?」
髪の色は確かにカイルくんだった。
でも、カイルくんはあんなに髪が長くない。
それに頭に何か付いてる気がした。

「耳?」

そんな訳ないか……。

その時、失敗したと思った。
俺がカイルくんの名前を呟いたせいでアンリちゃんが反応したのだ。

「カイルお兄ちゃんが居るの!?」

彼女は、風穴に向かって来た道を引き返そとする。

急いでラーニャさんが引き止めに行く。
必死に引っ張りながら連れ戻すがだいぶ時間のロスになってしまう。

「バリバリッ!」

突然、目が眩むほどの光と共に雷の音がした。

連れ戻されるのを嫌がって騒いでいたアンリちゃんが静かになる。

唖然としていたラーニャさんに急いで声をかけた。

「ラーニャさん、今のうちに!」

俺もいつまでもここに座ってる訳にも行かない。

重い身体に鞭を打って先に進んだ。

雷は、1回落ちただけだったようでその後は静かだった。

やっと、地下への階段にたどり着く。

先に2人が降りて、俺も続こうとした時、背筋に何とも言い表せないおぞましい物が走る。

「やっと、見つけた……。」

背後からあの女の声がした。

不味い……。
「ラーニャさん、アンリちゃんを早く!」

彼女らを庇うように後ろに向き直る。

「ふふっ、ふふふっ!」

そこには、あの女が全身に黒い靄を纏いながら立っていた。


「トオルさん!」
後ろでラーニャさんが引き返して来ようと階段を登る音がした。

「来ちゃダメだ!
早く階段の奥へ!」


この女がここに居るということは、カイルくんとリオルくんが突破されたのか?

つまり第2結界が壊れたということだ。

もしかしたら、最終結界の部屋にはもう入れないのかもしれない。

なら、少しでも2人を遠くへ…。

あいつの狙いは俺だ。
なら……。


ラインハルトに教えてもらった光の魔法を唱える。


生活魔法らしく、本当に灯りをつけるだけの魔法だった。
適正が無くても誰にでも使える。

その魔法を思いっきり彼女の前で発動する。

「ギャー!」

突然のまぶしい光に彼女は一瞬驚き怯む。

その隙に俺は、彼女の隣をすり抜け走った。


「小賢しい!
まぁ、いいわ。
足掻いて見せなさいな。
お前は、苦しめてから殺すって決めてたもの……。」


彼女は、少し怒りながら俺を追いかけてきた。

よし、狙い通り!

このまま外へ…。

「行かせないわ!」

風穴に向かって走ろうとしたのに、女が放った黒い靄が行く手を阻む。

仕方なく、違う道を曲がった。
地の利がないのは向こうも同じはず.…。

こうして、命をかけた本気の鬼ごっこが始まった。


必死に女から逃げる為に孤児院を走り回る。

「ふふふっ!ほら、もっと早く走らないと死んじゃうわよ?」

女は、楽しそうに、後ろから追いかけながら黒い靄を放ってくる。

右左と避けながらひたすら走った。

くそっ…この孤児院広すぎるよ……。

前にアレンから聞いた話だと、有事の際に時間を稼ぐために中はかなり入り組んだ作りになってるらしい。

まさに、今、それが役に立ってるってことか?


それにしても、あの女、全力で追ってきてないにも関わらず距離をひらくことが出来ない。

完全に遊ばれてる……。

「くそっ…はぁ…はぁ…性格悪すぎだろ!」


こっちは、息を切らしながら走ってるっていうのに……。

余計なことを考えたせいか、目の前にあった段差に気付かずに足をとられて転んでしまった。

「くっ……いっ……たい……。」

膝から血が出ていた。


「あら?もうおしまいかしら?」


背後から女の声がする。

「くそっ!」

「はぁ…もう、飽きたわ。
そろそろ、貴方の悲鳴が聞きたいわ?」


彼女は、俺に向けて手を向け火の魔法を放った。


やばい、終わった……。

襲い来るであろう熱に覚悟して歯を食いしばった…。


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