料理人は騎士団長に食べさせたい

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本編

閑話6 とある天使の話

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幼い記憶の中で1番最初に覚えている光景は、人里離れた山で父さん、母さんと3人仲良く暮らしている記憶だった。

周りに人っ子ひとり居ない深い山の中だった。

父さんに1度だけ聞いたことがある。

「どうしてここには僕達しか居ないの?」

「ん?カイルは、山での暮らしが嫌か?」

父さんは、困ったように僕に笑いかけてくる。

「ううん。父さんと母さんと仲良く過ごせるだけで幸せだよ?
でも、毎日父さんや母さんもご飯を探しに行ったり、薪をとりに行ったり…。
どうして僕達は、街?ってところで暮らさないのかな?って」

本棚にあった絵本には、街と言うたくさん人が住んでいて食べ物が売っている所の話があった。

そんなところがあるならそっちのほうが父さんも母さんも苦労しなくて済むし、もっとずっと遊んで貰えるのに…。


「街?カイル、街なんてどこで知ったんだ?」
父さんは不思議そうに首を傾げた。

「絵本で読んだんだよ?」って言うと父さんは慌てて母さんの名前を呼ぶ。

「ウル!大変だ!?ちょっと来てくれ!」

「カイン?どうしたのそんなに騒いで?」
ご飯の準備をしていた母さんが顔をだす。


「ウル、大変なんだ!
うちの子は天才かもしれない!」

父さんの様子に母さんは「また始まった…」と苦笑いをする。

「えぇ、そうね。私とカインの愛しい愛しいカイルは可愛さの天才よね?
で、今度はどうしたの?」
呆れたように父さんに聞いた。

「カイルが文字を読んだんだ!」

返ってきた言葉は、母さんの想像を超えたらしく、口を開きながら唖然としていた。

「カイルが文字を?あなた教えたの?」

「え?ウルが教えたんじゃないのか?」

2人揃ってお互いが教えたと思ったらしく、更に驚いた様子だった。


「カイル、どうやって文字を覚えたの?」
母さんが僕を抱き上げながら聞いてくる。


「えーとね、   が教えてくれたの!」


僕の言葉に父さんと母さんが固まる。

「   が教えてくれたのか?」
父さんはみるみると目に涙を溜めながら聞く。

「うん!ね!   !」
隣に寝ていた   を呼ぶ。


「今、ここに   がいるの?」
母さんも涙を溜めながら聞いてきた。

「うん?ここにいるよ?」
隣でくつろいでいる   を指差し、必死に伝える。


「カイル……。   はもう俺達には見えないんだ……。
多分もう、カイル以外には見えない。」
父さんが寂しそうに呟く。


「でも、いつかカイルにとって大切な人が出来たらその人にも見えるようになるわよ。
私もカインのおかげで   に会えたんだから。
   が近くに居てくれるならカイルは安全に暮らせるわね……。」

そう呟くように言う母さんは、涙を流しながら優しく微笑んでくれた。


----------


何故か僕は、父さんに抱えられて山の中を走っていた。
母さんもその後を追ってくる。

2人とも身体のあちこちに怪我をしていた。

後ろからは獣のうめき声が聞こえて、どんどん近づいてくる。

開けた場所に出た時には、すぐ後ろを走っていた母さんに獣の牙が迫っていた。


「ウル!」

父さんが放った光の魔法が間一髪で魔物を仕留める。

「カインありがとう……。
ごめんなさい…私にはもう戦う力が無くて……。」

「気にするな!君のこともカイルのことも絶対に俺が護る。
一緒に国を出た時に誓ったじゃないか!
それに、カイルには   だってついてる。」

「でも、数が多すぎるわ…。
あなただってもう魔力が尽きかけてる。
それに   の力だってまだカイルには荷が重すぎるわ……。
このままじゃ……。」

母さんが涙を溜めながら言う。

父さんが魔法で作り出していた光がふいに消えた。

夜の暗闇の中を光るたくさんの目が浮かぶ。

「くそっ、魔力が…!?囲まれた…。
こんなところで…やっと手に入れた幸せだったのに…。」

その先は蹂躙だった。
為す術ない僕達には何も出来なかった。

父さんと母さんの身体に、獣達は無情にも牙や爪を突き立てる。

「ぐっ……カイル、お前だけは絶対に生きてくれ…。」

「カイル、お願い。あなたは幸せになって……。」

父さんと母さんが僕に覆いかぶさり護ってくれた。
僕は、ただ怖くて泣く事しか出来なかった。

父さんと母さんが最後の魔力を振り絞って僕に魔法を掛けた。

あの時は分からなかったが、今ならわかる。
あれは、2人の残りの命を代償として使った結界魔法だった。

魔法が完成して、2人が息を引き取る寸前に呟くように言う。
「「カイル、愛してる。生きて……。」」


「やだよ!父さん、母さん…!
お願い   父さんと母さんを助けて!」

   はただ首を振って「すまない」と悔しそうに呟くだけだった。


目の前で血を流し動かない両親の身体を獣が貪ろうとする。

その光景を見た瞬間、僕の中で何かが弾けた。

「やめろ!カイル!」
   が僕の名を呼ぶ。

でも、止まれなかった。
視界が真っ白に染まる。

数秒後、僕の周りには何も無かった。
両親の亡骸も、周りを囲んでいた獣は愚か、辺り一面の草木すらも無かった。

あるのはただ、静寂だけだった。

僕の記憶はそこで途切れた。


-----------

「おい!カイル大丈夫か?」
僕を呼ぶ声に急速に意識が覚醒する。

「………。」

「おい!カイル!すまない、少し熱くなりすぎた。」

ジークムント様の声で目を覚ました。

そうだ!僕、今、騎士の昇進試験中だった!

ジークムント様の剣戟をいなし切れずに吹っ飛ばされたのだ。

起き上がり、倒れる僕を心配そうに覗き混んでいたジークムント様から即座に距離をとる。

「ぐっ……。」
肋の辺りに鈍い痛みを感じた。
2~3本骨が折れたかもしれない。

でも、大丈夫。
まだ、戦える。

脳裏に、トオルさんや、アレン様、ラインハルト様、ヴェイン様、騎士見習いの皆の顔が浮かんだ。

皆が待ってくれている。

更にさっき記憶で見た両親を思い出す。
僕が弱かったから何も出来なかった。

僕は、絶対に騎士なるんだ!
今度こそ僕は僕の大切な人を護るんだ!

突然、動き出した僕に驚いているジークムント様に奇襲をかける。

光の魔法を使い、実際の距離よりも近い虚像を見せた。

虚を付かれたジークムント様はそのまま遅れてきた僕の一閃を避けられず横腹に木剣を受けた。


「ぐっ……ハッハッハ!
カイル、お前、本当にあのカイルか?
面白い!次はこっちから…ブッフォ………。」

僕の木剣を受けてもビクともせず、木剣を構え直したジークムント様が突然、壁まで吹き飛んだ。

「やめ!と言ってるだろぉが!!!」

審判をしていた副官のアシェル様が怒鳴りながら近づいてくる。

どうやら彼が放った魔法がジークムント様に直撃したらしい。

「いってぇな、アシェル!
今いいところなんだから邪魔すんな!」

ものすごい勢いで壁に吹き飛んで壁を破壊して止まったジークムント様がケロリとした顔で起き上がり叫んでいる。

「やめって言ったのに止まらないお前が悪いんだろ?
それにお前、試験だって忘れてんだろ!
カイル・ブラン、大丈夫か?」

叫んで言い返しているジークムント様を無視してアシェル様が聞いてくる。

「はい。問題ありません!」

そう答えるが突然アシェル様が僕の肋を指で押す。

軽く触れるくらいの力だったのに肋に鈍い痛みが走り呻いてしまう。


「無理するな。多分折れてるだろ?
試験は、終了だ。」

無情にも告げられる試験終了に目の前が暗くなった。

「まだ、出来ます。
お願いします、続けさせてください。」

騎士にならないといけないんだ……。

視界が歪んでいく。

「カイル・ブラン、落ち着けって。
大丈夫だ。結果は合格だよ。
その年でジークムントの剣戟をあれだけ捌ければ十分だ。
それに復帰後の行動は見事としか言い様がない。
最後の一撃、魔法を使っただろ?
構築してから行使するまでに一切の無駄が無かった。
それにあの状況で、ジークムントの1番魔力による強化が弱いところを狙ったんだろ?
多分、あいつも骨折れてるぞ?」


突然始まった結果発表と講評に戸惑いながらも、合格の言葉に身体の力が一気に抜けそうになる。

「合格……?僕…騎士になれたんですか?」

涙を堪えながらアシェル様に聞いた。

「あぁ、文句の付けようがないくらいの合格だよ。
おめでとう、カイル・ブラン。
全く、アレンとヴェインも随分と凄い人材を隠してたものだ。
なぁ、カイル・ブラン、このまま近衛に入らないか?」

「おぉ!アシェル!それはいい考えだな!
俺も、もっとカイルと戦いあそびたいぞ!」


いつの間にか近くに戻って来ていたジークムント様が怖いことを言ってきた。

「お前は、黙ってろ!
カイル・ブランをお前らみたいな戦闘狂と一緒にするな!」


「えっと……アシェル様……申し訳ありません。
僕は、王国騎士団で大切な人を護りたいんです…。」

頭に黒髪の優しい笑顔が浮かぶ。

アレン様やヴェイン様のような憧れとも、リオル兄さんや、ラインハルト様みたいな兄のような存在とも、また違う感情。

もちろん、この気持ちは彼にも他の人にも悟られてはいけない。

だって、僕は、アレン様とトオルさんが笑ってられる場所を護りたいから……。

「はぁ……。お前も王国騎士団を選ぶよなぁ……。
まぁ、お前を引き抜いたらが黙ってないだろうから素直に諦めるか……。」

アシェル様は苦笑いしながらそんなことを言った。

「あいつってどなたですか?」

アレン様?ヴェイン様?
そういえば、アシェル様ってラインハルト様と同い年だったような…?

でも、ラインハルト様からアシェル様の話は聞いたことがないから違うのかな……。

「あ、すまん、今の話は忘れてくれ。
とりあえず、今は先に治療を受けろ。」

僕の質問にアシェル様が焦ったように話を逸らす。

気が抜けたせいで肋が一気に痛み出していた。

チラとジークムント様をみる。

アシェル様の話だと、ジークムント様も怪我をしているはずだ。

身分がジークムント様よりも低い僕が彼よりも先に治療を受けるのは、はばかれた。

僕の視線に気付いたアシェル様が

「あぁ、あいつのことは気にしなくていい。
どうせ、30分くらいしたら治るから。」


え?ジークムント様、骨が折れて30分で治るんですか?
同じ人間として構造が違う気がして驚いてしまう。

僕の反応にアシェル様が大声で笑いながら、僕を医務室に促す。

アシェル様について医務室に向かった。


そういえば、さっき見た昔の記憶。
   って名前だけが思い出せなかった。
とても懐かしい気がするその名前。

ふと視界の端で銀色の毛が揺れた気がした。

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