料理人は騎士団長に食べさせたい

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本編

閑話3 副団長の追憶

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トオルの部屋を出てから、彼に言われたことを考えながらゆっくり執務室に向かって歩いていた。

「ヴェインさんも幸せになっていいんだよ。」
彼は真っ直ぐ俺を見つめてそう言った。

彼は弟に似ている。
もちろん外見の話ではなく内面の話だ。
真っ直ぐで、頭が回り、人に気を使わせないように必死な癖に自分のことはいつもおざなりにしてしまう辺りがそっくりだ。

俺には2つ下の弟が居た。名をウィリンと言う。
俺にベッタリでいつも一緒にいた。


20年前のあの日全てが変わってしまった。

母は弟が生まれてすぐに流行病はやりやまいで亡くなった。

いつもは父が他の村まで野菜を届けに行くのだが、あの日は、父が熱を出し俺が変わった。
弟も来たがったが父の看病は誰がするんだって俺が言ったせいで村に残った。


野菜を届け終え戻ると、村のあちこちから火の手が上がっていて建物が壊れていた。
弟は?父は?
急いで家に向かう。
そこには家は無く、扉だった所には父と思われる黒く焦げた遺体があるだけだった。

目の前の現実を受け入れられなかった。
しばらく呆然としたあと、弟の遺体が無いことに気づいた。

何処だ?
ウィリン?
何処にいる?

俺は焼け野原になった村を探して歩いた。
程なくして王都から騎士団が到着して捜索に加わってくれたが見つからなかった。

俺はずっと探し続けた。

そして、俺は遂に倒れた。

次に起きた時には王都にいた。

3日間、目を覚まさなかったらしい。
さらに数日後、騎士からウィリンの遺体が見つかったと知らせを聞いた。

そこからは何も覚えて居ない。 

しばらくして、ウィリンはアレンと一緒に建物の下敷きになっており、助け出された時にはアレンのみ息があったことを聞いた。

アレンとは、会えば話すくらいの仲でしかなかった。

何故、お前が助かってウィリンが死なねばならなかったのかとお門違いにもアレンを恨んだ。

同じ孤児院に入り彼を実際に見るまでは…。

野菜を見るだけで取り乱し、吐く。
いつもその度にアレンは言うのだ。
「俺を殺してくれ、もう、あんな思いは嫌だ、早く死んで楽になりたい」と。

その時にあるシスターから聞いた。
アレンは、小さな子供を助けるように瓦礫に埋もれていたと。
さらに、彼の近くにはいくつかの食べかけの腐った野菜が落ちていてそれを食べながら助け出されるまでの時間を過ごしたのだと。

その時に思った。
アレンではなく、俺がそこに居るべきだったと。
何故アレンがそんな目にあわなければいけなかったのかと。


あの日、俺が弟に村に残るように言わなければアレンがそんな目に会うことも無かった。

もしくは俺があの日野菜の荷降ろしを断って村に残っていれば?

そんなことばかりがいつも頭によぎる。

しかしある日を境に突然彼が取り乱すことがなくなった。

記憶が一部だけ抜け落ちて居たのだ。

一度は彼がやっと辛い記憶から解放されたのだと思った。
しかし、身体は覚えているようで野菜を見るだけで震えたり、拒絶したりするのは変わらなかった。

一度、何も知らないシスターが無理矢理、彼に野菜を食べさせようとした事があった。

彼は、暴れ回り、失神した。

彼はあの呪縛からずっと抜け出せないんだと悟った。

そして、俺はずっと彼に贖罪をし続けなければならないと誓った。

大人になってからはだいぶマシになった。
言えば嫌々でも食べれるようになった。

だが、嫌悪感があるうちはまだ本当の意味であの記憶から解放されていないのだ。

騎士になり、ドラゴンを討伐した時にまた彼は昏睡状態になった。
20年前に昏睡状態になった時と重なった。

俺が近くに居るから彼は呪縛から解放されないのではないだろうか?
あのことを知って居るのはもう俺しかいない。ならば俺がいなければ記憶を取り戻すことは無いのではないか?

彼が騎士団長に任命された時、俺は二度と彼の前に姿を表さないようにと冒険者になろうと決意した。

まぁ、結局、無理だった訳だが……。

そのアレンが連れ帰った少年……いや、青年か。

青年は、アレンがあれだけ嫌がっていた野菜を自ら食べさせたのだ。

確かに、アレンに「愛する人が作った料理なら食べれないわけないよな?」と言った。
もちろん、本当に無理なら止めるつもりだったのだが…。

その青年、トオルが言った言葉。
アレンだけではなく俺も幸せになっていいんだと。

幸せ…。
幸せとはなんだっただろうか。
脳裏に緑色の髪の幼なじみの顔が浮かぶ。

彼にも酷いことをしている自覚はある……。

ゆっくり歩いてきたのにも関わらず執務室に着いてしまう。


ノックをしてから部屋に入る。

「わりぃ、遅くなって……?どういう状況だ?」

部屋に入ると幼なじみ2人の姿があった。

「いや、それよりもお前がどうしたんだよ?トオルとなんかあったのか?」

アレンにきかれる。
あ、目の周りが赤いのか…。
久しぶりにあんなに泣いてしまった。

「いや、何でもないんだ。
なんだ?ラインハルト寝ちゃったのか?」

アレンの問いを無視して続ける。

「ラインハルトは任せる。
俺はトオルと話してくる。」

彼は気にしたようだったが俺が話さないのがわかるとそう言った。

「あ、あぁ、わかった。…なぁ、アレン。」

部屋から出ようとしたアレンに聞いてみる。

「ん?なんだ?」

「トオルの料理は美味かったか?」

「あぁ、当たり前だろ。」

そうか。よかった。
俺はこいつが幸せになることを願っていた。
こいつの幸せってなんなんだろ?

「なぁ、お前の幸せってなんだ?」

咄嗟に口から出ていた。

アレンは、一瞬、怪訝な顔したが、すぐに真剣な顔で言う。

「トオルに出逢えたことだよ。
そして、俺がこれからトオルを幸せにしてやるんだ。それが俺の幸せだ。」

そうか。
それが今のアレンの幸せか。
アレンは、本当に変わった。
その理由は、トオルを愛してるから。
幸せそうな彼の顔についつい笑みがこぼれてしまう。

「なんだよ、せっかく真面目に答えてやったのに……。
俺の幸せなんて気にしてねぇでさっさとそこのやつを幸せにしてやれよ。じゃあな。」

ラインハルトのこと、やっぱり気づいてたか…。

「おい、アレン。」

「んだよ。」

「トオルの部屋行くんだろ?お前の部屋の真下だ。」

どうせ知らないであろう彼の最愛の人が居る場所を教えてやる。

「悪い。ありがとな。」

アレン。その言葉は俺が言いたいんだ。
「俺こそ(弟を救おうとしてくれて)ありがとう。」

彼はこちらを見ずに部屋から出ていった。
記憶が戻ったらもう一度改めて言うよ。


そして、寝ているもう1人の幼なじみを見やる。
彼の頭を撫でながら……。

「長い間待たせてごめんな?
これからはちゃんとお前に向き合うから。
ずっと待って居てくれてありがとう。」
そう呟くのだった。



♦♦♦♦♦♦

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