41 / 41
終章――かくして学園の王座は空位となり
第40話 嵐と共に去りぬ
しおりを挟む
色めきだつ病室から抜けだし、セシュナはもう一度廊下へと戻った。
どこからか届く消毒液の香りが、鼻先を掠める。
そして、密かに混じるくどいほどの香水。
セシュナは廊下の向こう、この部屋にやってくるための唯一の階段に眼を注いだ。
それは勘や予感ではなく、確信に基づく待ち伏せと言ってよかった。
人精霊と化して、肉体の変化を感じることは無数にある。中でも大きな変化は、感覚の鋭敏さである。ただ目が良くなった、耳が良くなったという類のものではない。
そうと意識すれば、夜闇だろうが石壁だろうが――あるいは時間の壁さえ乗り越えて、先にある対象を認識できる。第六感めいた超感覚。
それが、セシュナにはっきりと告げていた。
彼の到来を。
「――おっ、“騒嵐運手”サンじゃん! チーッス」
長い金髪をなびかせながら、ジャンは如何にも気安く、手にした花束を振ってみせた。
「やっぱイザベラ入院してんのココかー。違ったらどうしようかと思ってたんよね」
階段を登り切ってから病室まで距離があるというのに、彼は大声を上げて憚らない。片手をポケットに入れたまま、悠々と歩いてくる。
セシュナは彼を真正面に捉えて、
「……止まれ」
低い声で告げた。
「ハァ? ナニナニ、なんだよオイ。何様だよ、この新風紀委員長サマに向かってよぉ」
「黙れ。それ以上、白々しい口を利くな」
言いながら、左手首に付けた銀の転送器に右手を宛がう。
「……どこまで知ってた?」
「なんだよなんだよ、何キレてんの? つか、何が言いてぇの? ん?」
軽薄な言葉は、全て無視する。
「イザベラさんの秘密。彼女がしたこと。いなくなった学生達のこと」
手に力が籠もるのを、セシュナは押さえられなかった。
「さぁて、何の話やら? サッパリだね」
いつも通り長い髪を弄びながら、ジャンが言って捨てる。
安い挑発だと分かってはいたが。
「――――」
腕輪から伸びてくる剣の柄を、セシュナは握り締めた。
「オイオイオイ、マジ? マジでそんなん出しちゃう? オレ様に向かって? それちょっとオーボーじゃね? 風紀委員長怒っちゃうよ?」
銀の刃を、その切っ先を――ジャンの胸元に差し向けて。
「あの夜、僕らを襲ったのはイザベラさんの差し金だった。お前はそれが切っ掛けで、僕が彼女を探っていることに気付いた。だから僕に手を貸した。彼女の“力”の前に自分を晒すこと無く、彼女を追い落とす為に」
窓を透かした日差しを受けて、長剣が光を湛える。
その向こう側でジャンは大きな溜め息を吐いた。
「――オマエはさぁ、道端で金を拾って喜んでる男に、泥棒だっつってケチつけるわけ?」
そして、冷たい――薄ら寒くなるような笑みを浮かべて。
「そもそもアイツの秘密を探ってたのはオマエだろ? 自分が知りてェから、オレを利用したんだろうが。オレが悪いっつーんなら、オマエだって共犯じゃねーの?」
あくまで飄々と、彼は続ける。
「つうかよ、むしろオレはオマエに感謝してんだぜ? オレがこうやってエラくなれたのも、全部オマエのおかげなんだからさ。マジありがとな!」
――セシュナはこんな時、自分の瞳の色を意識する。
血のような、炎のような紅。どちらも大差はない。
血なら煮え滾っているだろうし、炎なら猛っているに違いないのだから。
繰り出した一閃は、真っ赤な花束を水平に両断した。
「テメ――」
ジャンが口を開くよりも早く、剣を翻す。今度はなびく金髪がごっそりと削げた。
横薙ぎの斬撃を潜り抜けたジャンは、壁を這うようにしてこちらの背後を取ろうとする。
「オイッ、マジかよふざけんな――真剣じゃねーか! オマエ、殺す気か!?」
喚きながら構えたその手には、収束する霊素の気配。
追ってセシュナは体を入れ替えるが。
ジャンが魔法を放つのは、それよりも速い。
「クソッタレめ、衝撃波っ!」
瞬間。その掌が歪む。正しくは、その前にある空気が歪んだのだ――爆発的な波は一瞬にして大気を伝い、床と言わず壁と言わず激しく反響し、セシュナに向かって押し寄せる。
だが、今のセシュナにとって、そんな魔法は何の意味もない。
空間を遮る必要すらない。ただ衝撃の収束点から身をかわすだけでいい。
セシュナにはその流れが――魔法化した霊素の挙動がはっきりと見えたし、見えてからでも十分に回避できた。
「んな、馬鹿な――バケモンか、オマエッ」
渾身の踏み込み。そして、全力の一振り。
剣閃は違うこと無く、ジャンの首を両断する――
「おやめになって。セシュナさん」
――刃の先端が、首筋の薄皮を削った。
「……決闘ならば相応しい場所で。ここは病院ですわよ、お馬鹿さん」
セシュナは無言のまま、薄氷色の瞳を見返した。
アレクサンドラは小さく頭を振って。
「それから、新風紀委員長殿。病人への見舞いに、赤い薔薇は如何なものかしら」
「えっ……お、おう」
「学園で最も清く正しい生徒の一人として、もっと自覚を持っていただかないと。機を改めて、新しいお花を用意した方が良いのではなくて?」
ジャンは眼を何度か瞬かせた。喉元に引っ掛けられた長剣と、いつの間にか背後に立っていたアレクサンドラの顔を恐る恐る見比べる。
「お、おお、おう。そ、そう、そうさせてもらうわ」
血の気の引いた顔で強がりを口にすると、ジャンは驚く程の速さで身を翻した。
無残にも薔薇が広がった廊下を駆けていく後ろ姿を、肩越しに見送る。
「……まったく、本当にトラブルがお好きですのね。愛しい弟」
言いながら、アレクサンドラが剣先に触れる。白く美しい指先に、ぷくりと血の玉が膨らんだ。
「こんなものまで持ち出して。わたくし、とても悲しいですわ」
「……僕を処分したければ、お好きにどうぞ」
捨て鉢に、セシュナは呟く。
本音のつもりだった。
学園生活に未練はあるが――ここに居れば、セシュナはきっと学園に災いをもたらすことになるだろう。
身に宿してしまった大きな力と、新風紀委員長の存在がある限り。
(僕は、名実ともに“騒嵐運手”、って訳だ)
アレクサンドラは無言のまま、指先の血を見つめていた。
やがて小さな桃色の舌で舐めとると。
「イザベラの記憶喪失。それに、ヒルデの記憶も。あれは、あなたがしたことですのね?」
セシュナはしばらく迷い、それからおずおずと頷いた。
「……はっきりそうだと、確信している訳じゃないんです。でも、あの時の僕には、それが出来た。そして、それを望んでた」
イザベラの心を闇に沈ませない為に。ヒルデの手を血で染めない為に。
二人から記憶を奪い去り、全ての惨劇と憎しみを無かったことにした。
「僕は目を背けたんです。彼女達がしてきたことから」
セシュナはそれ以上言葉を紡げなかった。
何を言っても言い訳にしかならない気がして。
アレクサンドラはしばらくの間、じっとこちらの顔を見据えると。
突然。
「な――え、アレクサンドラさん!?」
セシュナを抱き寄せた。
ふくよかな胸に受け止められて、一瞬息が出来なくなる。
「……言わせていただくなら。勘違いなさっていることが、三つあると思いますわ」
耳朶に響く、アレクサンドラの囁き。
「一つ。あなたがしたことは過ちではないということ。二人の心と命はもちろん、学園や市民、いえ、もしかしたら地上の全てを救ったかもしれない。あなたは紛れもなく英雄です。いくら感謝してもし足りないほどに、ね」
セシュナは咄嗟に何かを反論しようとする。だが、彼女が続ける方が速かった。
「二つ。イザベラとヒルデは、あなたが考えているより遥かに強く賢いということ」
「……それは――でも」
アレクサンドラの手が、優しくセシュナの頭を撫でた。
「もしこの先、二人が記憶を取り戻したとして。今度はきっと受け止められるはずですわ。あなたの優しさが理解できないほど、愚かでも弱くもないのですから」
セシュナは言葉もなく、お姉様の言葉を受け止める。
「そして三つ――復讐というのは、もっと完璧に、完全に、完膚無きまでに完遂するものだということ」
セシュナを抱きしめる細腕に、力が籠もった。
「やるのなら一撃ですわ。一滴の返り血も浴びずに。誰にも知られず、悟られず、自らは何一つ失うこと無く、ジャンという男の全てを奪い去る。それが本物の復讐ですわ」
今までにない強さで――アレクサンドラは断言した。
そしてぼそりと、付け加えるように。
「……学園を去るなんて悲しいことを言わないでくださいね、セシュナさん。あなたはもう、わたくし達の大切な兄弟なのですから」
セシュナは深く、息を吐く。
胸に凝っていた何かが、すっと消えていったような気がする。
「……すみません、その。ありがとうございます……姉さん」
「あら。わたくしのハグ、お気に召しまして? 我ながらボリュームならミロウさんに劣らないと思っていたのですけれど」
いたずらっぽく笑うアレクサンドラ。
セシュナは慌てて彼女の腕をほどく。
「違っ――何言ってるんですか、もう!」
「ふふ。ミロウさんとの間に割り入るつもりはありませんよ。あの方はセシュナさんの”命の恩人”ですものね」
「それは……あの、からかわないでください、ホントに!」
セシュナは提げたままだったワールウィンドを転送器に収めながら、アレクサンドラの髪を――不可思議な形に編まれた長い髪を示した。
「それで……その、そろそろ髪の結び合いは終わりました?」
アレクサンドラが息を漏らす。またしても、いたずらな笑み。
「ええ。後はセシュナさんだけですわ」
「……え? ぼ、僕も、ですか?」
「二人とも待っていますよ。結びがいのある綺麗な黒髪ですもの」
思わず、セシュナは後ろに退く――
「うわっ」
「おっと、失礼」
背中をふにゅっとしたものに受け止められて、ぎょっとする。
「すまない。悪いが、君。イザベラ・デステ嬢の病室は、ここで良かっただろうか?」
「へ――あ、ああ、は、はい」
あたふたと振り返って、セシュナは我ながら間抜けな頷き方をしたものだと思った。
「あ、ヒ、ヒルデさん! も、もう出歩いていいんですか?」
鮮やかなオレンジのガーベラを数輪携えたヒルデは、柔らかく笑って、
「ご心配ありがとう。君は――私のことを知っているようだ。良かったら、後で話を聞かせてくれないか」
「そう――ですね。あの、僕で良ければ、喜んで」
アレクサンドラは笑みを深めながら、
「あら。もう一人、新しい生贄がやって参りましたわね」
「……生贄? 私のことか?」
「ええ。原住民の恐るべき降霊儀式の生贄、ですわ」
訝しむヒルデに、セシュナは何か言葉をかけようとしたが。
アレクサンドラが開いたドアから、目を輝かせたミロウと興奮気味のイザベラが顔を出した瞬間。
何かを悟って――今はただ、笑うしかないことに気付いた。
どこからか届く消毒液の香りが、鼻先を掠める。
そして、密かに混じるくどいほどの香水。
セシュナは廊下の向こう、この部屋にやってくるための唯一の階段に眼を注いだ。
それは勘や予感ではなく、確信に基づく待ち伏せと言ってよかった。
人精霊と化して、肉体の変化を感じることは無数にある。中でも大きな変化は、感覚の鋭敏さである。ただ目が良くなった、耳が良くなったという類のものではない。
そうと意識すれば、夜闇だろうが石壁だろうが――あるいは時間の壁さえ乗り越えて、先にある対象を認識できる。第六感めいた超感覚。
それが、セシュナにはっきりと告げていた。
彼の到来を。
「――おっ、“騒嵐運手”サンじゃん! チーッス」
長い金髪をなびかせながら、ジャンは如何にも気安く、手にした花束を振ってみせた。
「やっぱイザベラ入院してんのココかー。違ったらどうしようかと思ってたんよね」
階段を登り切ってから病室まで距離があるというのに、彼は大声を上げて憚らない。片手をポケットに入れたまま、悠々と歩いてくる。
セシュナは彼を真正面に捉えて、
「……止まれ」
低い声で告げた。
「ハァ? ナニナニ、なんだよオイ。何様だよ、この新風紀委員長サマに向かってよぉ」
「黙れ。それ以上、白々しい口を利くな」
言いながら、左手首に付けた銀の転送器に右手を宛がう。
「……どこまで知ってた?」
「なんだよなんだよ、何キレてんの? つか、何が言いてぇの? ん?」
軽薄な言葉は、全て無視する。
「イザベラさんの秘密。彼女がしたこと。いなくなった学生達のこと」
手に力が籠もるのを、セシュナは押さえられなかった。
「さぁて、何の話やら? サッパリだね」
いつも通り長い髪を弄びながら、ジャンが言って捨てる。
安い挑発だと分かってはいたが。
「――――」
腕輪から伸びてくる剣の柄を、セシュナは握り締めた。
「オイオイオイ、マジ? マジでそんなん出しちゃう? オレ様に向かって? それちょっとオーボーじゃね? 風紀委員長怒っちゃうよ?」
銀の刃を、その切っ先を――ジャンの胸元に差し向けて。
「あの夜、僕らを襲ったのはイザベラさんの差し金だった。お前はそれが切っ掛けで、僕が彼女を探っていることに気付いた。だから僕に手を貸した。彼女の“力”の前に自分を晒すこと無く、彼女を追い落とす為に」
窓を透かした日差しを受けて、長剣が光を湛える。
その向こう側でジャンは大きな溜め息を吐いた。
「――オマエはさぁ、道端で金を拾って喜んでる男に、泥棒だっつってケチつけるわけ?」
そして、冷たい――薄ら寒くなるような笑みを浮かべて。
「そもそもアイツの秘密を探ってたのはオマエだろ? 自分が知りてェから、オレを利用したんだろうが。オレが悪いっつーんなら、オマエだって共犯じゃねーの?」
あくまで飄々と、彼は続ける。
「つうかよ、むしろオレはオマエに感謝してんだぜ? オレがこうやってエラくなれたのも、全部オマエのおかげなんだからさ。マジありがとな!」
――セシュナはこんな時、自分の瞳の色を意識する。
血のような、炎のような紅。どちらも大差はない。
血なら煮え滾っているだろうし、炎なら猛っているに違いないのだから。
繰り出した一閃は、真っ赤な花束を水平に両断した。
「テメ――」
ジャンが口を開くよりも早く、剣を翻す。今度はなびく金髪がごっそりと削げた。
横薙ぎの斬撃を潜り抜けたジャンは、壁を這うようにしてこちらの背後を取ろうとする。
「オイッ、マジかよふざけんな――真剣じゃねーか! オマエ、殺す気か!?」
喚きながら構えたその手には、収束する霊素の気配。
追ってセシュナは体を入れ替えるが。
ジャンが魔法を放つのは、それよりも速い。
「クソッタレめ、衝撃波っ!」
瞬間。その掌が歪む。正しくは、その前にある空気が歪んだのだ――爆発的な波は一瞬にして大気を伝い、床と言わず壁と言わず激しく反響し、セシュナに向かって押し寄せる。
だが、今のセシュナにとって、そんな魔法は何の意味もない。
空間を遮る必要すらない。ただ衝撃の収束点から身をかわすだけでいい。
セシュナにはその流れが――魔法化した霊素の挙動がはっきりと見えたし、見えてからでも十分に回避できた。
「んな、馬鹿な――バケモンか、オマエッ」
渾身の踏み込み。そして、全力の一振り。
剣閃は違うこと無く、ジャンの首を両断する――
「おやめになって。セシュナさん」
――刃の先端が、首筋の薄皮を削った。
「……決闘ならば相応しい場所で。ここは病院ですわよ、お馬鹿さん」
セシュナは無言のまま、薄氷色の瞳を見返した。
アレクサンドラは小さく頭を振って。
「それから、新風紀委員長殿。病人への見舞いに、赤い薔薇は如何なものかしら」
「えっ……お、おう」
「学園で最も清く正しい生徒の一人として、もっと自覚を持っていただかないと。機を改めて、新しいお花を用意した方が良いのではなくて?」
ジャンは眼を何度か瞬かせた。喉元に引っ掛けられた長剣と、いつの間にか背後に立っていたアレクサンドラの顔を恐る恐る見比べる。
「お、おお、おう。そ、そう、そうさせてもらうわ」
血の気の引いた顔で強がりを口にすると、ジャンは驚く程の速さで身を翻した。
無残にも薔薇が広がった廊下を駆けていく後ろ姿を、肩越しに見送る。
「……まったく、本当にトラブルがお好きですのね。愛しい弟」
言いながら、アレクサンドラが剣先に触れる。白く美しい指先に、ぷくりと血の玉が膨らんだ。
「こんなものまで持ち出して。わたくし、とても悲しいですわ」
「……僕を処分したければ、お好きにどうぞ」
捨て鉢に、セシュナは呟く。
本音のつもりだった。
学園生活に未練はあるが――ここに居れば、セシュナはきっと学園に災いをもたらすことになるだろう。
身に宿してしまった大きな力と、新風紀委員長の存在がある限り。
(僕は、名実ともに“騒嵐運手”、って訳だ)
アレクサンドラは無言のまま、指先の血を見つめていた。
やがて小さな桃色の舌で舐めとると。
「イザベラの記憶喪失。それに、ヒルデの記憶も。あれは、あなたがしたことですのね?」
セシュナはしばらく迷い、それからおずおずと頷いた。
「……はっきりそうだと、確信している訳じゃないんです。でも、あの時の僕には、それが出来た。そして、それを望んでた」
イザベラの心を闇に沈ませない為に。ヒルデの手を血で染めない為に。
二人から記憶を奪い去り、全ての惨劇と憎しみを無かったことにした。
「僕は目を背けたんです。彼女達がしてきたことから」
セシュナはそれ以上言葉を紡げなかった。
何を言っても言い訳にしかならない気がして。
アレクサンドラはしばらくの間、じっとこちらの顔を見据えると。
突然。
「な――え、アレクサンドラさん!?」
セシュナを抱き寄せた。
ふくよかな胸に受け止められて、一瞬息が出来なくなる。
「……言わせていただくなら。勘違いなさっていることが、三つあると思いますわ」
耳朶に響く、アレクサンドラの囁き。
「一つ。あなたがしたことは過ちではないということ。二人の心と命はもちろん、学園や市民、いえ、もしかしたら地上の全てを救ったかもしれない。あなたは紛れもなく英雄です。いくら感謝してもし足りないほどに、ね」
セシュナは咄嗟に何かを反論しようとする。だが、彼女が続ける方が速かった。
「二つ。イザベラとヒルデは、あなたが考えているより遥かに強く賢いということ」
「……それは――でも」
アレクサンドラの手が、優しくセシュナの頭を撫でた。
「もしこの先、二人が記憶を取り戻したとして。今度はきっと受け止められるはずですわ。あなたの優しさが理解できないほど、愚かでも弱くもないのですから」
セシュナは言葉もなく、お姉様の言葉を受け止める。
「そして三つ――復讐というのは、もっと完璧に、完全に、完膚無きまでに完遂するものだということ」
セシュナを抱きしめる細腕に、力が籠もった。
「やるのなら一撃ですわ。一滴の返り血も浴びずに。誰にも知られず、悟られず、自らは何一つ失うこと無く、ジャンという男の全てを奪い去る。それが本物の復讐ですわ」
今までにない強さで――アレクサンドラは断言した。
そしてぼそりと、付け加えるように。
「……学園を去るなんて悲しいことを言わないでくださいね、セシュナさん。あなたはもう、わたくし達の大切な兄弟なのですから」
セシュナは深く、息を吐く。
胸に凝っていた何かが、すっと消えていったような気がする。
「……すみません、その。ありがとうございます……姉さん」
「あら。わたくしのハグ、お気に召しまして? 我ながらボリュームならミロウさんに劣らないと思っていたのですけれど」
いたずらっぽく笑うアレクサンドラ。
セシュナは慌てて彼女の腕をほどく。
「違っ――何言ってるんですか、もう!」
「ふふ。ミロウさんとの間に割り入るつもりはありませんよ。あの方はセシュナさんの”命の恩人”ですものね」
「それは……あの、からかわないでください、ホントに!」
セシュナは提げたままだったワールウィンドを転送器に収めながら、アレクサンドラの髪を――不可思議な形に編まれた長い髪を示した。
「それで……その、そろそろ髪の結び合いは終わりました?」
アレクサンドラが息を漏らす。またしても、いたずらな笑み。
「ええ。後はセシュナさんだけですわ」
「……え? ぼ、僕も、ですか?」
「二人とも待っていますよ。結びがいのある綺麗な黒髪ですもの」
思わず、セシュナは後ろに退く――
「うわっ」
「おっと、失礼」
背中をふにゅっとしたものに受け止められて、ぎょっとする。
「すまない。悪いが、君。イザベラ・デステ嬢の病室は、ここで良かっただろうか?」
「へ――あ、ああ、は、はい」
あたふたと振り返って、セシュナは我ながら間抜けな頷き方をしたものだと思った。
「あ、ヒ、ヒルデさん! も、もう出歩いていいんですか?」
鮮やかなオレンジのガーベラを数輪携えたヒルデは、柔らかく笑って、
「ご心配ありがとう。君は――私のことを知っているようだ。良かったら、後で話を聞かせてくれないか」
「そう――ですね。あの、僕で良ければ、喜んで」
アレクサンドラは笑みを深めながら、
「あら。もう一人、新しい生贄がやって参りましたわね」
「……生贄? 私のことか?」
「ええ。原住民の恐るべき降霊儀式の生贄、ですわ」
訝しむヒルデに、セシュナは何か言葉をかけようとしたが。
アレクサンドラが開いたドアから、目を輝かせたミロウと興奮気味のイザベラが顔を出した瞬間。
何かを悟って――今はただ、笑うしかないことに気付いた。
0
お気に入りに追加
34
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(1件)
あなたにおすすめの小説
元オタク腐女子は異世界で愛される
夜凪さよ
恋愛
ティアラール・エトランジェ。BLゲームの悪役令嬢でなおかつ主人公の恋敵。そんな悪役令嬢に転生したのは…。
なんと、オタク腐女子だった!
転生先が好きなゲームの世界だと気付いた彼女。ゲーム内のティアラールと違って、決して邪魔をせず、あくまで恋を応援することに決め、早速舞台であるソレーユ学園にて奔走する。
「絶対にBLを眺めるモブ令嬢になるんだから…!」
第一の敵レオナルート王子や主人公の恋人候補によってくる令嬢。同性の結婚は認めない法律に攻略結婚の壁。いろんな壁を超えつつ、ティアラールの野望は叶うことができるのだろうか――――
※表紙絵は星宝転生ジュエルセイバー様からお借りしています。サイト→https://jewel-s.jp/
精霊のお仕事
ぼん@ぼおやっじ
ファンタジー
【完結】
オレは前世の記憶を思い出した。
あの世で、ダメじゃん。
でもそこにいたのは地球で慣れ親しんだ神様。神様のおかげで復活がなったが…今世の記憶が飛んでいた。
まあ、オレを拾ってくれたのはいい人達だしオレは彼等と家族になって新しい人生を生きる。
ときどき神様の依頼があったり。
わけのわからん敵が出てきたりする。
たまには人間を蹂躙したりもする。?
まあいいか。
逆襲のグレイス〜意地悪な公爵令息と結婚なんて絶対にお断りなので、やり返して婚約破棄を目指します〜
シアノ
恋愛
伯爵令嬢のグレイスに婚約が決まった。しかしその相手は幼い頃にグレイスに意地悪をしたいじめっ子、公爵令息のレオンだったのだ。レオンと結婚したら一生いじめられると誤解したグレイスは、レオンに直談判して「今までの分をやり返して、俺がグレイスを嫌いになったら婚約破棄をする」という約束を取り付ける。やり返すことにしたグレイスだが、レオンは妙に優しくて……なんだか溺愛されているような……?
嫌われるためにレオンとデートをしたり、初恋の人に再会してしまったり、さらには事件が没発して──
さてさてグレイスの婚約は果たしてどうなるか。
勘違いと鈍感が重なったすれ違い溺愛ラブ。
グリムの精霊魔巧師
幾威空
ファンタジー
古の技法たる魔法が失われた異世界「ステイルフィア」。
多くの研究者たちが魔法の復活を目指しては挫折する中、神秘の力を宿す「精霊石」や「精霊結晶」を用いた「精霊導具」と呼ばれる機械が広く流布するに至る。
人々はその革新的な技術によりもたらされた繁栄を『精霊革命』と呼んでその恩恵を享受し、精霊導具を作り出す技術者を「機巧師」と呼んだ。
そして時巡り、「精霊導具」が出現し、広く普及してから早十五年が経過した。
そんな異世界に、地球でプログラマーとして働いていた本宮数馬(もとみやかずま)は転生を果たした。事故に巻き込まれ、死亡したはずの数馬は自らの名を「セロ」と改め、第二の人生を歩み始める。
偶然にも転生を果たした彼は、その前世の知識から「魔法」と「精霊導具」に多くの共通点を見出す。そして研鑽を続けた結果ーー古の技法とされる魔法が彼の手により復活を遂げる。
これにより、セロは「魔法」を使える「機巧師」という、唯一無二の存在となる。
しかしながら、彼の目の前には転生した当初から厳しい困難が次々と立ちはだかるのだった。
これは、転生を果たし、魔法の力を手に入れた少年の物語。
※週一ペースで更新予定です。
※誤字・脱字など、指摘がありましたら、感想欄等に書き込んでいただけると幸いです。
※2019.05.12 ツギクルのサイトにも登録しました。
うっかり女神さまからもらった『レベル9999』は使い切れないので、『譲渡』スキルで仲間を強化して最強パーティーを作ることにしました
akairo
ファンタジー
「ごめんなさい!貴方が死んだのは私のクシャミのせいなんです!」
帰宅途中に工事現場の足台が直撃して死んだ、早良 悠月(さわら ゆずき)が目覚めた目の前には女神さまが土下座待機をして待っていた。
謝る女神さまの手によって『ユズキ』として転生することになったが、その直後またもや女神さまの手違いによって、『レベル9999』と職業『譲渡士』という謎の職業を付与されてしまう。
しかし、女神さまの世界の最大レベルは99。
勇者や魔王よりも強いレベルのまま転生することになったユズキの、使い切ることもできないレベルの使い道は仲間に譲渡することだった──!?
転生先で出会ったエルフと魔族の少女。スローライフを掲げるユズキだったが、二人と共に世界を回ることで国を巻き込む争いへと巻き込まれていく。
※9月16日
タイトル変更致しました。
前タイトルは『レベル9999は転生した世界で使い切れないので、仲間にあげることにしました』になります。
仲間を強くして無双していく話です。
『小説家になろう』様でも公開しています。
ストーリー・フェイト──最強の《SS》冒険者(ランカー)な僕の先輩がクソ雑魚美少女になった話──
白糖黒鍵
ファンタジー
「「お前が泣くまで──いや泣いても殴んの止めねえからなああああああッッッッ!!!!」
先輩は最強だった。それはもう理不尽な程に。どうしようもない程に、最強だった。
指先を弾くだけで岩壁を砕き。拳を振るえば、山一つが消し飛ぶ。地面を蹴りつければ、その周囲一帯の地形が変わる。
そのあまりにも人外、否それ以上の。桁違いの埒外で、出鱈目極まりないその強さで。
国を屠る巨人も、国を喰らう魔獣も。古に封じられし禁断の悪魔だろうが、伝説に語られる滅亡の邪竜だろうが。
果てには、予言に記されし厄災の神すらも。その身一つ、拳一つで。先輩は悉く討ってしまった────それ程までに、先輩は最強だった。
……そんな、僕の先輩は。ある日突然────
「俺、なんか女になっちまった」
────スライムにも大敗を喫する、か弱い女の子になってしまった。
此処はオヴィーリスと呼ばれる世界。創造主神(オリジン)によって創み出された、剣と魔法の世界。
オヴィーリスには冒険者(ランカー)と呼ばれる者たちがいて。その中でも、世界最強と謳われる三人の《SS》冒険者がいる。
『極剣聖』、サクラ=アザミヤ。
『天魔王』、フィーリア=レリウ=クロミア。
『炎鬼神』、ラグナ=アルティ=ブレイズ。
三人全員が後世に永劫語れられ、そして伝説となり、やがては神話へと昇華されるだろう数々の逸話の持ち主であり。
そしてラグナ=アルティ=ブレイズは僕、クラハ=ウインドアの先輩。
これは女の子になったラグナ先輩と、僕の物語。このどうしようもない程に救えない、神すらも度し難い世界を舞台にした物語。
報われないその結末を最期に約束された、運命の物語(ストーリー・フェイト)。
なろう版↓
https://ncode.syosetu.com/n0057hf/
ハーメルン版↓
https://syosetu.org/?mode=ss_detail&nid=230941
カクヨム版↓
https://kakuyomu.jp/works/1177354054889714213
ロシュフォール物語
正輝 知
ファンタジー
かつて、中央大陸をその強大な力で支配し、2000年以上の栄華を誇ったロシュフォール帝国があった。
その帝国は、長命族が主となり、多くの短命族を奴隷として使役していた。
帝国は、古の部族ベルテオーム族の魔法技術を用い、数々の魔道具を造り出し、さらなる力を求めて、禁断の魔法実験を繰り返した。
だが、神をも凌ぐ力は、魔法制御が効かず、力の暴走を招き、力の根源である龍脈核を破壊してしまう。
その代償はあまりに大きく、力を失った皇族や地方貴族は、隷属させていた短命族の反抗を許しまう。
短命族の積年の怨みは凄まじく、大陸各地で謀反の火の手が立ち昇り、帝国に連なる者は、ことごとく殺され、支配からの解放の名のもとに、帝国は破壊しつくされた。
帝国は滅亡し、一部の力あるものだけが命からがら生き残り、辺境の地や新大陸へ逃れ、かつてのベルテオーム族と同じ末路を辿った。
こうして、長命族は、歴史の表舞台から姿を消し、短命族の時代が訪れる。
だが、自由を勝ち取った短命族は、お互いに協調し合うことなく、それぞれが部族ごとに国を造り、争いをやめる気配をみせない。
数十年後、はるか南方大陸から、砂漠の部族キルビナの大侵攻が開始される。
帝国のごとき強大な軍事力を持たない国々は、未知なる敵に各個撃破され、大陸南部を占領されてしまう。
事態を憂慮した短命族は、力あるロシュフォール帝国の生き残りを探し出し、大陸の北と東でそれぞれ蜂起する。
そして、北軍と東軍は、周辺国の部族をまとめ上げ、異民族を排撃するべく、進軍を開始する。
同時に、帝国の国教として威勢を誇っていたロシュフォール教会は、各地に散ったかつての騎士団員に指示を出し、北と東の軍を連携させて、戦況を好転させる。
短命族の多くは、ロシュフォール帝国の復活を望まぬものの、強大な軍事力を歓迎し、一時的な協力体制を築きあげる。
連合軍は、数年に渡る戦いのあと、侵略勢力を大陸から駆逐する寸前にまで追い込むことに成功する。
しかし、キルビナ族は、起死回生を図り、連合軍を離反させる疑心暗鬼の種を撒く。
その策略は見事に的中し、連合軍は離反しあい、瓦解してしまう。
以後、戦況は膠着し、連合軍はキルビナ族と睨み合うものの、決定打を与えることができず、キルビナ族に大陸南部の支配域の確立を許し、キルビナ帝国を建国させてしまう。
それを見た連合軍は、それぞれが国元へ引き返し、各地の支配権を磐石にして力を蓄えることに専念する。
こうして、群雄割拠の時代が幕を開け、剣と魔法に彩られるさまざまな物語が紡がれることとなる。
凍雪国編は、数百年の歳月が流れたあと、大陸北西部に位置する極寒の地で、長命族の子孫フレイがフェンリルの末裔ボーと小さな冒険に出掛けるところから始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
28/36 第5章27話
コピペが暴走したかのように同じ文面が繰り返しています。
気づかれましたら修正して頂きたく思い、報告させていただきました。
2019/08/07
ご指摘ありがとうございます! 修正しました!
8万字も入っていて、むしろどうやって投稿したのか、という感じでした……