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しおりを挟む「ふう~、あれから一週間か……」
俺は庭で犬と遊ぶマールを眺めながら、隣に座るリリーサに話しかけた。
話しかけたといっても、それはほとんど独り言のようなものだった。
だがリリーサは構わず、俺に返事をくれた。
「そうねえ、結局黒幕の正体は掴めずじまいだったわねえ……」
「ああ。メイデン王子もメラルダ夫人も、自分たちが黒幕にいいように操られていたことなど、微塵にも思っていなかったらしいからねえ」
「間抜けね。ざまあないわ」
「まあそう言うなよ。黒幕が上手くやったってことさ」
「あら、貴方。敵を褒めるの?」
俺は思わず肩をすぼめた。
今回の件は、俺自身色々と下手を打ったところがある。
でも、それを差し引いても黒幕は見事だったと思う。
俺はその旨をリリーサに率直に告げた。
するとリリーサも、それ以上俺を責め立てるようなことはしてこなかった。
「ネルヴァたちはいつ頃復帰予定なのかしら?」
「当分無理らしい。数ヶ月はかかるんじゃないかな」
「ひどい奴らね。あんなに痛めつけるなんて」
「そうだな。でもあの生き残った悪魔……何て言ったっけ?」
「ジャイロかしら?」
「そうそう、そのジャイロが言うには、トリストは二人を悪魔に引き入れようとしていたらしい。そのためには徹底的に痛めつけて弱らせる必要があったんだそうだ」
「悪魔に引き入れるなんて可能なの?」
「ジャイロの話が本当なら、可能なんだろうね……」
俺はそこで、ふと悪魔とは何なのか考えてみた。
正直今まで、悪魔のことなんて考えたことも無かったけど、実際に彼らは存在した。
いたとしても、せいぜい魔物に毛が生えた程度だろうくらいに思っていたけど、そんなんじゃなかった。
普通に知能があって、会話が成立していた。
そしてジャイロが言うには、ネルヴァたちを悪魔にしようと企んでいたらしい。
だとすると……。
もしかして悪魔って、そもそもは人間だったってことはないか?
だからネルヴァたちを悪魔にしようとしていたんじゃないのか?
俺はそこで薄ら寒いものを感じ、身体がぶるっと震えた。
そこへ後ろから声がかかった。
「やあ、姉様。それにアリオン。ああ、マールはお庭だね」
ファルカンであった。
ファルカンは相も変わらぬ美貌で笑みを浮かべて立っていた。
「あら、ファルカン。遊びに来たの?」
「ええ、姉様」
するとマールがファルカンの来訪に気づき、早速声を掛けてきた。
「ファルカン!いらっしゃい。こっちで遊びましょ」
「そうだね。じゃあ」
ファルカンは笑みを残して庭に出て行った。
俺はその背を見つめながら、先程感じた寒気の正体について考えた。
今の寒気は一体何だ?
俺は悪魔に対してぶるったのか?
それとも……。
いやいやいや、そんな馬鹿な。
相手は子どもだ。
何で俺がファルカンを怖がる必要が……。
え?
子ども?
ちょっと待て。
いや、いくらなんでもそれは……。
ないな。
ないない。
ふう、俺は一体何を考えているんだ。
まったく、疲れているんだな。
俺は顔を上げて暖かな陽光を全身に浴びながら、一つ大きなため息を吐いた。
するとそのため息を聞きつけたリリーサが、眉をしかめた。
「何よ。ため息なんて吐いちゃって」
「ああ、別に大した意味はないよ。ただちょっと疲れているみたいでさ」
「ふうん。まあいいけど。ところで貴方、これからどうする?」
「そうだなあ。とりあえずは冒険者として、ランクを上げていこうかなって思っているんだけど」
するとリリーサが自らの顔の前で両掌をパンと勢いよく合わせた。
「いいわね!それ!」
俺は一瞬で全てを悟り、頭を掻いた。
「いやいや、リリーサは仕事があるでしょ」
「だからそんなの他の者たちに任せておけば大丈夫なのよ。そういうわけだから、わたしも行くわよ」
「いやいやいや、ダメに決まっているでしょ」
「何でよ。わたしだってパーティーの一員よ。参加しないわけにはいかないわ」
「いや、ダメだって」
「うるさいわね。行くって言ったら行くのよ!いいわね。これは決定事項よ!」
俺は疲れもあるのか、ここでついに諦めた。
「わかったよ。だけど、また危ない目に会うかもしれないから、そう言うときはちゃんと言うこと聞いてくれよ?」
「いいわ。一応貴方がパーティーのリーダーだし。でも理不尽な要求だったら聞かないわよ」
「そんな要求したこともない」
「だったらいいじゃない。で、どうする?早速行く?ギルドって何処で受けてもいいんでしょ?だったらこの近くにもあるんじゃないの?」
「まあ確かにあるけど……」
「決まりね。マール!ファルカン!わたしたちちょっと出かけてくるわね!」
リリーサは早速マールたちに大声で告げた。
マールたちは顔を見合わせて、不思議そうな顔をしている。
「おい、ちょっと!」
「何よ。善は急げよ。さあ、さっさと行くわよ。腕が鳴るわ~」
はあ~。
でもまあ仕方がない。
俺もこの一週間、のんびりし過ぎたし。
よし、こうなったら行くか。
俺は仕方なしに立ち上がった。
リリーサはすでに鼻息荒く立っている。
「準備はいい?だったら行くわよ!」
「ああ、行こう。せっかくだったら目標はSランクだ」
「良いわね!それ!よーし、じゃあ出発よ!」
リリーサは颯爽と力強く歩き出した。
俺もすかさずその背を追う。
そんな俺の背中を誰かが冷たい視線で見つめているような気がしたものの、気にしはしない。
どうせ気のせいだ。
それよりもまたワクワクするような冒険が始まるかもしれない。
俺の心はそちらの方に向いていた。
さあ、行こう。
父さんの背中を追って。
俺はきっと、いつか父さんのような立派な冒険者になるんだ。
そうして俺は、再び冒険者になるという夢の一歩を踏み出したのであった。
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