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89 トリスト

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「あの時の小僧か!そんなところで何をしておる!」


 メラルダ夫人の怒号が響く。


 それと同時に隊列を組む男たちが一斉に俺の方を向く。


 だが俺のことを子どもと見くびっているのか、構えたりはしない。


 俺は余裕の顔で、メラルダ夫人に言い放った。


「警備が手薄だったんでね、侵入させてもらったよ」


「なんですって!?」


 メラルダはギロリと従者を睨みつけた。


 従者は恐れおののいた。


 だがそこで、隊列を組む護衛部隊の先頭に立つトリストが、今にも怒鳴り上げそうなメラルダ夫人を右手を挙げて制した。


「お待ちを。わたくしが相手を致しますので」


 トリストはそう言うと隊列を組む部下たちの間を割り、ゆっくりとした足取りで俺の方に歩き出した。


 そして隊列の最後尾、俺ともっとも近いところに来るや、言ったのだった。


「君は何者かね?見たところ子どものようだが?」


 トリストは俺を侮ってはいないが、特に警戒するでもなく言った。


 俺は肩をすぼめつつ、笑みを浮かべて言ったのだった。


「だから言ったろ?アリオン=レイスさ。自己紹介は二度目だよ?」


「そうだな。名前は確かに聞いた。だがわたしが聞いているのは、そういうことではない。わかるだろう?」


 トリストは自らの腰のベルトに両手を掛け、首を軽く横に倒して俺を値踏みするように見ながら言った。


「まあね。わからなくはないよ。でも俺がそれに答える義務はあるのかな?」


 するとトリストが、フッと笑みを漏らした。


「義務か。そうだな、あるだろう。何故なら君は今、キーファー侯爵邸に不法侵入しているわけだからね」


「なるほどね。そういえばそうだったね。じゃあ答えるよ。俺は、大魔導師だ」


 するとトリストの部下たちが一斉に笑い声を上げた。


 だが先頭のトリストだけは、笑みを湛えながらも笑いはしなかった。


「そうか、大魔導師ときたか。だが、あながち間違ってはいないのかもしれないな」


 俺はニヤリと笑い、トリストに問い掛けた。


「どうしてそう思う?」


 するとトリストが間髪を入れずに答えた。


「ここにいるからさ。君は先程警備が手薄だったと言ったが、わたしが見た限りでは警備に問題はなかった。にもかかわらず君は今わたしの目の前にいる。それは何故か?」


 トリストはそこまで言うと、間を置いた。


 そして俺の顔を舐めるように見ると、言ったのだった。


「君は見た目通りの者ではない。違うかね?」


 ニヤリと笑うトリストに、俺も不敵に笑い返す。


「違わない。あんたの推理は合っていると思うよ」


「そうか。では心して掛からねばならないな」


 ここで俺は、このトリストという男を値踏みした。


 かなりの長身、体格は中々に立派だ。


 だが筋骨隆々って感じじゃない。


 良い感じで筋肉が付いているってところだな。


 こういうしなやかな筋肉を持った奴っていうのは、かなり俊敏に動く。


 厄介そうだ。


 それに頭の方もよさそうだな。


 冷静沈着だし、もしかすると魔法も使うかも。


 だが基本は剣士だな。


 それは後ろの連中も同じようだ。


 剣に覚えがありそうな奴ばかりだ。


 俺はわずかな時間に頭をフル回転させて敵を分析するや、ニンマリと笑った。


「どうする?やるかい?」


「当然だな。わたしとしては不法侵入者を野放しには出来ないからね」


「そう。じゃあやろうよ」


 俺は余裕綽々で言った。


 すると、トリストの目がスーッと細くなった。


 俺の余裕の表情が、トリストの警戒心を呼び覚ましたようだ。


「ずいぶんと自身があるようだな?」


「ああ、あるよ。でなきゃここへは出て来ないよ」


「そうか。では一応聞いておこう。ここへ来た目的はなにかね?」


 俺はすかさず答えた。


「メラルダ夫人に聞きたいことがあってね」


「ほう、どんなことが聞きたいのだ?」


「それはあんたたちを倒した後に、直接聞くよ」


 すると男たちが微かにざわめいた。


 そして、皆一斉に腰をかがめて臨戦態勢となった。


 中には既に剣に手を掛けている者もいる。


 ていうか、ほとんどが手を掛けていた。


 やっぱり、こいつらは剣士だ。


 俺はそう判断すると、ニヤリと笑った。


 敵の数はトリストを含め、十一人。


 メラルダ夫人はそんな彼らの後ろに控えている。


 彼女には傷を追わせることなく、護衛部隊だけを倒すには、どういう方法が最も適しているか?


 決まっている。


 俺は方針を定めるや、トリストに言った。


「俺も一応聞いておくけど、降伏する気はないよね?」


 すると護衛部隊の面々がいきり立った。


 だが先頭のトリストが右手を挙げてそれを制した。


 そして俺を睨みつけて言ったのだった。


「無論ない。そしてそれは、君も同じと思っていいのかな?」


 俺は大きくうなずき、言ったのだった。


「ああ。同じくだ。だからさっさと始めよう。先手は君たちからでいいからさ」
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