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「どう思った?」
 
 ジトー侯爵はゼルバ侯爵邸を出るなり、俺に問い掛けてきた。

 俺はゼルバ侯爵の様子を思い起こし、少し考えた後、答えた。

「黒幕とは思えないかな」

 するとジトー侯爵も同感らしく、大きくうなずいた。

「うむ。やはり覇気が感じられない。無論芝居をしている可能性はあるが」

「芝居が出来るタイプにも見えなかったけど?」

 俺の評価に、ジトー侯爵も同意した。

「そうだな。昔からそういうタイプではないし、最近急に変わったとも思えん」

「となると……」

 俺の言葉をジトー侯爵が引き取って言った。

「次はキーファーだな」

 俺はうなずき、ダメ元で言ってみた。

「今日、これからキーファー候のところへ行けるかな?」

 するとジトー侯爵が、あっさりと了承した。

「いいだろう。行って確かめてみることとしよう」

「うん。キーファー候の屋敷はどっちかな?」

 するとジトー侯爵がすぐに手で指し示してくれた。

「こちらだ」

 そうして俺はジトー侯爵と連れ立ち、キーファー候の屋敷へと向かうのであった。



「ところで、キーファー候とは仲は良いの?」

 キーファー侯爵邸へと向かう道中、俺はジトー侯爵に尋ねてみた。

 するとジトー侯爵が、少し複雑な表情を浮かべながら答えた。

「悪くはない。だが、特に良くもないな」

「そうなんだ。ゼルバ侯爵と同じ感じ?」

 するとジトー侯爵が即座に否定した。

「いや、ゼルバとはあまり馬が合うという感じではなかった。だから仲良くはなかったのだが、かといって特に喧嘩をしたというわけでもなかったから、それなりの関係だった。それに対してキーファーは、とにかく病弱でね。ほとんど接触することがなかった」

「それって、もしかして隔離されていたとか?」

「いや、隔離というほど大袈裟ではないが、彼は子どもの頃のほとんどを、空気の良い田舎の療養所で過ごしたんだ。そこはアクアマリンからずいぶんと遠くてね。出来ればたくさん見舞いに行ってやりたかったんだが、中々行けなくてね。寂しい思いをさせたと思う。そういうわけだから、仲良くも悪くもないってわけだ」

「仲良くなるにも、悪くなるにも、同じ時間を過ごさないとなれないもんね」

「そういうことだ」

 ジトー侯爵はそう言うと、少し悲しそうな表情を浮かべた。

 実際にはそうでなかったかも知れないが、少なくとも俺にはそう見えた。

 もっとたくさん見舞いに行ってやりたかったというのは本当だと思う。

 いくら兄弟とはいえ、遠く離れた場所ではしょっちゅう見舞いに行くなんて無理だ。

 まして当時は先王の時代だろうから、王子だったわけで。

 そう簡単にアクアマリンからは出られなかったと思う。

 俺がつらつらとそんなことを思っていると、ジトー侯爵が言った。

「着いたぞ。あれがキーファーの屋敷だ」

 見ると、王弟の屋敷にふさわしい偉容の建物が目の前に建っていた。

 俺は最後の容疑者に会うべく、気を引き締めて歩を進めるのであった。



「ずいぶんと豪勢だね」

 俺は、通された応接間の調度品を眺めながら感想を言った。

 するとジトー侯爵があまり興味なさそうに答えた。

「そうかね」

「どれも凄い豪華だよ。でも何だろう?」

 俺はそこで首を傾げた。

 何か違和感がある。

 ゼルバ侯爵邸でも思ったけど、それとはまた別の違和感。

 俺はそれが何なのか考えるため、改めて応接間を見回した。

 そこで俺は答えを見出した。

 だが大声で言うには憚られる内容だったため、ジトー侯爵に近づき、耳打ちをした。

「何ていうか、ちょっと下品な感じがするのかも」

 するとジトー侯爵がニヤリと笑いながらうなずいた。

「わたしもそう思う」

「やっぱり?でも何でなんだろう。どの調度品も凄い豪華だし、一つ一つは下品な感じはしないんだけど」

 するとジトー侯爵が、俺を手招きした。

 俺はさっと顔を近づけ、ジトー侯爵に耳を傾けた。

「物が多すぎるのさ。所狭しと物を置くというのは、これ見よがしに自慢したい気持ちの表れだからな」

 俺は納得の顔となった。

「そうか。自慢げに並べ過ぎちゃってるのか」

「余白は余裕さ。それがないんだ。つまり心の卑しさが物を過剰に置かせ、ごちゃごちゃとしてしまって、下品に見えるってわけさ」

「弟にずいぶんと手厳しいね」

 するとジトー侯爵が即座に俺の言い分を否定した。

「弟に、ではないよ。弟夫人にさ」

「なるほど。これは夫人の趣味だったんだ」

「そうだ。弟はこういうことに興味を示さないからな」

「キーファー侯爵は何に興味がある人なの?」

 するとジトー侯爵がまたも悲しげな表情となって首を横に振った。

「キーファーは何にも興味を示さない。物にも、人にも……な」
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