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64 ゼルバ侯爵

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「……よく来たな。ジトーよ」

 俺とジトー侯爵が豪華ながらもありきたりな応接間で退屈をかこっていると、車椅子のゼルバ侯爵が姿を現わした。

「やあゼルバ。意外と元気そうだね?」

 ジトー侯爵はゼルバ侯爵の顔色を見て、そう声を掛けた。

 だがゼルバ候は至極つまらなそうに返答した。

「そうでもない。確かに身体の具合は悪くはない。だが自らの足で歩くこともままならん。つまらぬことこの上なしだ」

「それは仕方がないさ。当分はね」

 するとゼルバ候がフンと鼻を鳴らした。

「当分だと?どれだけかかるかわからぬのにか?」

「絶対に治らないと医者に判を押されたわけでもあるまい?なら、いつの日かまた自分の足で立てる日が来るかも知れない」

 ジトー侯爵の言葉に、ゼルバ候がまたも鼻を鳴らした。

「気休めにもならん。ところでその小僧は何だ?」

 ゼルバ候が俺の方を睨み付け、言った。

 俺は突然のご指名に戸惑った。
 
 するとジトー侯爵がそれを察して、紹介してくれた。

「アリオン=レイスだ。実に利発な少年でね。今わたしの手元に置いて育てている」

 初耳なんですけど。

 利発と褒められるのは嬉しいが、手元に置かれたこともなければ育てられた覚えもありません。

 だがまあここは話を合わせておくのがいいだろう。

「お初にお目にかかります。アリオン=レイスと申します。以後よろしくお見知り置きください」

 どうだ。立派な挨拶だろう。俺だってこれくらいやれば出来るんだ。

 この手のタイプにタメ口は厳禁だ。これくらいかしこまった挨拶をするのがいいはずだ。

 するとゼルバ候が満足そうにうなずいた。

「ジトーのところにいるとは思えないくらいしっかりしているな。わたしがゼルバ=メリッサ侯爵だ」

 俺は胸に手を当て、腰をかがめて最上級の挨拶をした。

 ジトー侯爵が俺の姿を見て笑っているような気がするが、ここで気にするのはやめよう。

「うむ。苦しゅうない。面を上げい」

 ゼルバ候がこれまた満足そうに言った。

 俺はゆっくりと身体を戻した。

 なるほど。

 凡庸だな。

 到底リリーサ暗殺未遂事件の黒幕とは思えない。

 俺がそんなことを考えていると、ジトー侯爵が口を開いた。

「最近変わったことはないかい?」

 ゼルバ候は即座に答えた。

「ない。この身体には、そうそう変わったことなど起こりはしないからな」

「今何かやっていないのかい?趣味とか」

 ジトー侯爵が何気に尋ねた。

 ゼルバ候は特に何とも思わず答えた。

「わたしの趣味が鷹狩りだというくらい、お前だって知っているはずだ。だがこの身体になってしまった以上、それも出来ん」

「それは知っている。だが鷹狩りが出来なくなってからだいぶ経つ。まだ他に趣味を見つけていないのか?」

「ふん。どれもつまらぬ。くだらぬ。面白くない」

「そんなことを言っていたら、やることがないだろう」

「仕方があるまい。面白いと思えないのだからな」

「じゃあ普段ヒマしているのか?」

 ジトー侯爵が探りを入れた。

 だがゼルバ候はやはり何も警戒していないように答えた。

「ああ、ヒマだな。ちょっとした読書と、庭の剪定。それに、たまにだがカードをやるくらいだ。仕事もあるわけではなし、ヒマだらけだな」

 するとジトー侯爵がうんうんとうなずいた。

「そうか。それは退屈だな。何か他に趣味が見つかるといいのだが」

「あらかた試した。試してダメだったのだ。もうわたしは諦めたぞ」

 するとジトー侯爵が肩をすぼめた。

「そう言うな。それでは向こうずーっと退屈をかこつことになるぞ?無理してでももう一度趣味を探すことだ」

 するとさすがのゼルバ候がうなずいた。

「わかった。確かにこの先もずっと退屈だと思うと、気が滅入るどころの騒ぎではない。しゃくに障るが、お前の言うとおりもう一度趣味をおさらいしてみるとしよう」

「わたしに言われたからってしゃくに障るなよ。だがまあいいさ」

「それで、お前の用件は何だ?」

 ジトー侯爵がまたも肩をすぼめた。

「特にないが?」

「わたしの様子を見に来ただけだと?」

「ああ、そうさ。兄弟だしね。いいだろう?」

「まあ別に悪くはないが……」

 ゼルバ候は何やら居心地悪そうにした。

 するとそれを機に、ジトー侯爵が辞去を切り出した。

「ではそろそろおいとますることにしよう。身体に障ってはよくないからね。アリオン」

 ジトー侯爵の合図に、俺は口を開いた。

「長居をいたしまして申し訳ありません。それでは失礼させていただきます」

 俺が最後まで丁寧に挨拶をすると、ゼルバ候が大いにうなずいた。

「うむ。気をつけて帰るがいい」

 俺たちはゼルバ候に軽く会釈をすると、侯爵邸を辞去するのであった。
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