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63 ゼルバ侯爵邸

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「やあ、来たな」

 ジトー侯爵は明るい声で俺を出迎えてくれた。

 そのため俺も、努めて明るく振る舞った。

「約束通りね。すぐに出られるのかな?」

「わたしは構わないが、お茶などいらんかね?」

「大丈夫。ありがとう」

「そうか。では早速向かうとしよう」

 ジトー侯爵はそう言うと、颯爽と歩き出した。

 俺はジトー侯爵の後を付いて、付いたばかりの屋敷を後にするのだった。



「ジトー侯爵は、ゼルバ侯爵と仲良いの?」

 歩きがてら、俺はジトー侯爵に何気に尋ねてみた。

 すると、ジトー侯爵が軽く肩をすぼめた。

「仲か。そうだな、特に良くもないが、悪くもないといったところかな」

「それなのに見舞いに行ったの?」

 俺の問いに、ジトー侯爵がニヤリと笑いながら言った。

「だからそれ以来行っていないのさ」

 なるほどね。

 兄弟なら、仲が悪くとも一度くらいは見舞いに行かないとまずいってことか。

 俺は少しだけ笑った。

「でも、それだったら今日行ったら不審がるんじゃ」

 ジトー侯爵があまり仲良くないと思っているのだったら、相手のゼルバ侯爵も同様だろう。

 大抵の場合、そういう思いは通じるものだからだ。

 ならばゼルバ侯爵は、ジトー侯爵の訪問をそもそも快く思っていないだろうし、怪しむのではないか。

 そう思った俺に対し、ジトー侯爵はまたもニヤリと笑って言ったのだった。

「大丈夫だ。そのために手土産を用意しておいた」

 手土産?どう見ても手ぶらだけど?

「手土産って、どんなものを?」

 だがこの俺の問いに対して、ジトー侯爵は答えなかった。

 ただニヤリと笑い、スタスタと歩くのみなのであった。

 大人がこうなると、どうあっても答えてくれない。

 俺は仕方なく無言で後をついて行くのであった。



「ご苦労」

 ジトー侯爵はゼルバ侯爵邸にたどり着くと、門衛に対してただそれだけ言った。

 だがさすがは王弟。

 それだけで門衛たちはサッと敬礼し、素早く門を開けた。

 ジトー侯爵は余裕綽々といった顔で門をくぐっていく。

 俺は慌ててその後を追うのであった。

「どうだ?簡単だろう?」

「そりゃあ、ジトー侯爵にとってゼルバ侯爵はお兄さんでしょ?当然門衛の人たちは通すでしょ」

「まあな」

 ジトー侯爵はそれだけ言って愉快そうに笑った。

 俺は庭の様子を見ながら、遠くに見えるゼルバ侯爵邸を眺めた。

 なんだろう?

 特にどこがというわけではないが、何か違和感のようなものを感じる。

 庭の様子も、屋敷も至極普通なのに。

 何故こんな違和感を感じるのだろうか?

 俺は首を軽く傾げながら歩いた。

 それをジトー侯爵が気づき、声を掛けてきた。

「どうかしたか?」

「いや、なんというか違和感を感じて」

「違和感?何処にだ?」

 俺は困った。

 それがわからないんだよなあ。

 どこがってわけじゃないんだ。ただ何となく。

 だがそこで、俺ははたと気付いた。

「わかった!」

「ほう、違和感の正体がわかったか?」

「そう。そうだよ。普通過ぎるんだ。それが違和感の原因だ」

「普通すぎるとは?」

「この屋敷さ。庭も建物も何もかも、普通過ぎるんだ」

 だがジトー侯爵は納得がいっていないようで、首を傾げた。

「普通か?それなりに豪華な造りだと思うが?」

「そう。それなりなんだよ。王弟なのにさ。ジトー侯爵の屋敷と比べたら、だいぶ地味でしょ?マールの屋敷と比べてもそうだよ。マールの屋敷はもっと、なんていうか特徴がある。だけどこの屋敷は特徴がまるでないんだ。普通過ぎるんだよ」

「ふむ、まあ確かに言われてみれば、何の変哲もない豪邸といったところか」

「それ!それだよ。豪邸には違いないけど、それだけなんだ。もしかしてゼルバ侯爵って、本人自体も特徴ないんじゃない?」

 するとジトー侯爵が苦笑いを浮かべた。

「確かにな。だがそれはあまり人前で言うなよ?仮にもゼルバは王弟だぞ?」

「もちろん。ジトー侯爵だから言っているだけだよ。で、どうなの?ゼルバ侯爵の人となりは」

 するとジトー侯爵が目を瞑り、少しだけ考えてから言ったのだった。

「そうだな。確かに特徴的なところはない。はっきりいえば、凡庸な男だ」

 俺は少し笑ってしまった。

「それこそ、人前じゃ言えない台詞だね。いくら弟とはいえ、それは言いすぎなんじゃない?」

 するとジトー侯爵は、俺にウインクをして言ったのだった。

「なあに、お前だから言っているのさ。ゼルバには言うなよ?」

 俺は肩をすぼめた。

「どうしようかなあ?それ、言ってみたら面白いことになるかも」

 俺がそう言うと、ジトー侯爵は天を見上げて高笑いするのであった。
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