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58 考察

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「ところでリリーサはどうしている?」

 ジトー侯爵がふと思い立ったという様子で、俺に尋ねた。

 俺は考えた。

 さて、どうするか。

 ここアクアマリンに来ていることは、まだ言わない方がいいよな。

「どうって、元気にしているよ」

「ふむ、それはそうだろうな。あの子がしょげている姿はわたしには想像出来ないしな」

「確かに。いつも元気が有り余って困っているくらいだし」

「そうだろう。暗殺未遂事件があったとしても、あの子のことだ。ただでは起きまい。自分で犯人を捕まえてやるとか息巻いてそうだがな」

 よくわかっていらっしゃる。

 その通りの大正解。

「大当たり。さすが、よくリリーサのことがわかってるね」

「やはりか。だとすると……」

 ジトー侯爵の目が突然鋭くなった。

 俺は少しだけドキッとした。

 すると、ジトー侯爵がその慧眼を発揮したのだった。

「おそらくあの子は、君と一緒にこのアクアマリンに来ているな?」

 俺は思わずギョッとしてしまった。

 そしてそれを見逃すジトー侯爵ではなかった。

「図星だったようだな。リリーサが、ここアクアマリンで身を寄せるとすれば……」

 ジトー侯爵は再び目を細めて、考察しはじめた。

 俺は何も出来ず、固唾を呑んでその作業を見守るだけであった。

 するとジトー侯爵の目がキラリと輝き、その口の端がニヤリと上がった。

「そうだな。おそらくはマールのところだろうな」

 俺は当てられることを予想していたため、ここではギョッとすることはなかった。
 
 だがすでに俺の顔色からジトー侯爵は全てを察しており、今更顔を作ったところで意味はなかった。

「顔が強ばっているぞ?それでは雄弁に語っているのと同じだ。君は優秀な魔導師かもしれんが、まだまだ色々と経験不足のようだな?」

 俺は無言で頬を引き攣らせせることしか出来なかった。

 するとジトー侯爵が笑みを浮かべながら、優しげに言った。

「だがそれは、同時にこの先の可能性が大きいことを意味している。君の将来が楽しみでならない」

 俺は褒められているのかどうなのか、判断が付かず、微妙な顔をしていたに違いない。

 するとジトー侯爵がさらに笑みを深くしたのだった。

「その若さでそれほどの神力を纏っているのだ。この先剣技を鍛え、さらに人間的にも成長すれば、途轍もない人物となろう」

 そこまで言われ、さすがに俺は照れた。

「いや、それほどでもないけど」

 するとジトー侯爵が呵々と大笑した。

「謙遜することはない。君はこのわたしが引き入れたいと思ったほどだからな。先程、今まで最終護衛者の中に子どもは居ないといったが、それはその任を子どもに果たせるわけがないと思っていたからだ。だが君なら」

 そこでジトー侯爵は言葉を句切ると、さらに口角を上げて言ったのだった。

「もっとも、手練手管はまだまだだがな」

 最後に落とされ、俺は肩をすぼめた。

「わかったよ。どうやら俺は貴方の手のひらの上で転がされているらしい」

「そうでもない。君の話で、ある程度類推は出来た。だがまだ君は色々と隠していることがありそうだ」

 俺は何度目かの肩をすぼめるポーズをした。

「そうかな?隠している事なんてあったかな?」

 俺はもはやジトー侯爵を敵だとは思っていない。

 それどころか好漢だと思っている。

 だが、まだ完全に嫌疑が晴れたわけじゃない。

 まだ財務状況を調べていないからだ。

 それが済めば無罪放免ってところだけれど、まだダメだ。

 だからネルヴァたちのことは隠す。

 俺はそう思って、しらを切った。

「ふむ、隠しているのは間違いない。だが何を隠しているのか」

 ジトー侯爵は俺の顔をのぞき込みながら、自らのあごをさすった。

 そうして何往復もあごをさするも、答えは出なかったようだ。

「さすがにこれはわからないな。話の中にヒントがあるかと思ったが、どう思い返しても見当たらない」

「なら、隠し事なんて無いんじゃないかな?」

 すると意外にもジトー侯爵が認めた。

「そうだな。その可能性もあるな。だが現段階では判断はつかん。故にこの件は、棚上げだな」

「棚上げ?」

「そうだ。覚えておくといい。わからないことがあった時は、一旦棚上げにすることだ。忘れろと言っているわけではないぞ。一度棚上げにしておくのだ。そうすることで、その件に拘泥しなくなる」

 俺は大きくうなずいた。

「なるほど。そのことに拘っていると、他のことが見えなくなっちゃうからだ」

 するとジトー侯爵も大きくうなずいた。

「その通りだ。よくわかったな」

 俺は褒められ、またも照れた。

 だがそこで、突然ジトー侯爵が立ち上がった。

 それはゆったりとした動作であったが、唐突でもあった。

 俺は驚き、ジトー侯爵を見上げながら尋ねた。

「え?何?どうしたの?」

 するとジトー侯爵が俺を見下ろしながら、ニヤリと笑ったのだった。

「決まっているだろう。リリーサに会いに行こうと思ってね」
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