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53 対峙、再び

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「ジトー侯爵の方が一枚上手だったな」

 俺はジトー侯爵とのやり取りの失敗を素直に認めながら、王宮に向かって歩いていた。

 だがそこでふと立ち止まり、あのままジトー侯爵とやり合っていたらどうなっていたかを考えた。

 勝てたか?

 かなり厳しいだろう。

 理由は完全に間合いを詰められていたことにある。

 あれは魔法放出の間合いじゃない。

 おそらくは剣豪クラス以上の実力を持つジトー侯爵の間合いだった。

 それを防ぐならば魔法放出ではなく、同じく剣でなければならない。

 だが今の俺は、ジトー侯爵とつばぜり合いが出来るほどの剣術の腕前は持ち合わせていない。

 つまり……。

「間合いに入られたら負ける。それが判っただけ、収穫だと思おう」

 俺はそう自分に言い聞かせるように言うと、再び歩き出した。

 それにしてもジトー侯爵が、あれほどまでの実力の持ち主だとは思っていなかった。

 ネルヴァの話にも、街の人々からの話にもそんなことは一切出ていなかった。

 誰からも遊び人の放蕩者だと思われているはずだ。

 だが実際は……。

 油断していたのは認める。

 だが何故ジトー侯爵は、自身の実力を偽っているんだ?

 偽ったその先に何がある?

 そしてリリーサ暗殺未遂事件の黒幕は、果たしてジトー侯爵なのだろうか?


 いや。それはないと思う。

 ジトー侯爵は俺のような子どもは殺せないと言った。

 そう言って、実際彼は俺の前から立ち去った。

 殺せたのにも関わらずだ。

 俺とリリーサは一つ違いに過ぎない。

 俺を子どもだから殺せないと言うならば、リリーサだって同じはずだ。

 ならばジトー侯爵は、黒幕ではない?

 俺はジトー侯爵とのやり取りを反芻した。

 ジトー侯爵の行動、そして言動を一つ一つ思い起こした。

 そして、ある確信を得た。

「よし。こうなったらお望み通りにしてやろうじゃないか」

 俺はそう言うと、力強く城門に向かって歩き出すのであった。




「アリオンが来たと言えばわかるはずだ」

 俺は門衛にそう告げた。

 すると門衛はゆっくりとうなずき、俺を招き入れた。

 俺が門衛にうなずき返すと、別の門衛によって巨大な門は開かれた。

 俺は力強い足取りでもって、その門をくぐった。

 中に入ると、広大な庭が目の前に広がっていた。

 美しく剪定された草花が、俺を歓迎してくれているかのようだ。

 俺は庭の造形を楽しみながら、玄関へと向かっていった。

 
 俺が玄関にたどり着くと、執事が出迎えた。

「アリオン様でございますね。どうぞお入りください」

 執事はそう言って俺を迎え入れた。

 俺は無言で会釈をすると、執事の後に従って建物の中に入っていったのだった。


「どうぞこちらでお待ちください」

 俺が通された応接間は、目もくらまんばかりの豪華さだった。

 リリーサの王宮やマールの居館を遙かに凌ぐほどのものだった。

 俺がしばらく飾られた絵画などを堪能していると、この館の主人が姿を現した。

「早速訪ねてきてくれるとは思わなかった。だが歓迎するよ」

 ジトー侯爵である。

 ジトー侯爵は緩やかなガウンを羽織り、くつろいだ様子でソファーに腰掛けた。

 そして俺に対して、対面するソファーを指し示した。

 俺は指示通りにソファーに座り、ジトー侯爵と対峙した。

「来るのが早すぎたかな?」

 俺は少しぶっきらぼうに言った。

 だがジトー侯爵は大人の余裕で、特に気にする素振りも見せなかった。

「いや、構わんよ。ただ少し驚いた。何故こんなにすぐに現れたのかと思ってね」

「少し聞きたいことが出来たんだ。だから迷惑かなと思ったけど、来てみたんだ」

 するとジトー侯爵が笑みを浮かべた。

「いや、迷惑ではない。君との会話は楽しいのでね。それにわたしも聞きたいことはあった」

「そう。それなら互いに好都合だ。俺からでいいかな?」

 ジトー侯爵は鷹揚にうなずいた。

「ああ。構わんよ」

 俺はジトー侯爵にうなずき返し、質問を開始した。

「俺の神力が見えるって事は、貴方も神力を纏っているってことだよね?」

「そうだな。君ほどではないが、わたしも纏っている。君には見えないのか?」

 ジトー侯爵がいぶかしげに俺に尋ねた。

 俺は少し肩をすぼめた。

「どうも修行が足りていないみたいで、他人の神力は全然見えないんだ」

 するとジトー侯爵が、ふむふむと何やらうなずいた。

「そうか。それにも関わらず神力を纏っているということは、まさか生まれつきか?」

 この問いに、俺は答えようかどうしようか迷った。

 だがこれくらいは問題ないだろうし、ジトー侯爵に俺の質問を答えてもらうためには、ある程度こちらも情報を開示する必要があると思った。

「どうやらそうみたいでね」

 俺の解答に、ジトー侯爵が目を見開いて驚いた。

 そしてジトー侯爵はそれまでの笑みを収め、真剣な表情となって俺の顔をのぞき込むのであった。
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