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25 修行開始

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「どうぞこちらへ」

 俺が王女の部屋にたどり着くと、可愛らしいフリルの付いたカチューシャを頭に飾った、フリフリのメイドさんが案内してくれた。

 宮殿はいくつもの建物で構成されている。エントランスホールや謁見の間、執務室などがある最も大きな建物である本殿。

 俺と母さん、それにネルヴァたちが使う、いくつもの離れ。

 そして王女が住まう居館であった。

 居館と本殿は渡り廊下で繋がっており、その警備は厳重であった。

 俺はその幾重にも連なる警備を通り抜け、居館へとたどり着いていたのだった。

 そしてひときわ豪華な意匠の大きな扉の前で立ち止まると、コンコンとノックをした。

「王女様、アリオン様がお見えです」

 するとすかさず中から王女の声が聞こえてきた。

「入れ」

 俺はメイドさんに促されながら室内へと足を踏み入れた。

 すると早速リリーサが、満面の笑みで俺に語りかけてきた。

「どう?長旅で疲れている?」

「いえ、長旅ってほどでもないので、特に疲れてはいませんが」

 するとリリーサが、にんまりとサディスティックに口角を上げた。

「そう!じゃあ早速修行と行きましょう!」

「え!?」

「聞こえなかった?修行をすると言ったのよ」

 俺は焦った。

「い、いや、ちょっと疲れているかも」

「嘘ね。疲れていないと言ったばかりじゃない」

 俺は必死で抗弁をした。

 だがリリーサ王女は取り付く島がなかった。

 結局俺は押し切られ、トレーニング場へと行く羽目となった。

 はあ~。まったく予想もしていなかった。全然心の準備が出来ていないよ~。

 俺が心の中でぼやいていると、早々とトレーニング場へと着いてしまった。

 広い。滅茶苦茶広い。それに一杯器具が置いてある。嫌な予感しかしない。

「よし!まず貴方は筋力を付けるところから始めないとね!」

 リリーサがトレーニング場内を歩きながら器具を物色している。

 どれだ?出来るだけ楽そうなのにしてよ。最初なんだからさ。

 するとリリーサが大きな器具の前で立ち止まった。

「よし!これにしましょう!」

 するとその器具を管理しているであろうトレーナーのような男が、素早く駆け寄ってきてセッティングを始めた。

 トレーニング器具には詳しくないのでよくわからないが、もの凄く大変そうに見える。

 なので俺はそのトレーナーに聞いてみた。

「ねえ、これってキツい奴?」

 すると男はセッティングしながら無言でうなずいたのだった。

 げ。

 俺は思わず言葉を失った。

 だがリリーサはやる気だ。やる気満々だ。ダメだ。逃げられない。

 俺はなんとか心の準備を整えようと、目を瞑って気持を落ち着かせようと試みるのであった。




「……もう無理……勘弁……」

 俺は床の上で大の字になり、荒い呼吸でなんとか言った。

 すると俺の頭の上で仁王立ちしているリリーサが、仕方ないといった表情を浮かべて言った。

「来たばかりだしね。今日はこの辺にしておいてあげるわ」

 助かったあ~。

「ではまた明日ね。朝早くにちゃんと起きるのよ」

 リリーサはそう言い残して、満足そうにトレーニング場を後にした。

 俺は大の字になったまま呟いた。

「明日もか~。それも朝からかよ~」

 するとメイドさんが俺を上からのぞき込んできた。

 見ると手にタオルを持っている。

「どうぞ。これで汗をお拭きください」

 俺は有り難くタオルを受け取り、顔の汗を拭った。

 そして大の字のまま天井を見上げると、メイドさんの姿はすでになく、代わりにネルヴァとレイナの二人が俺の顔をのぞき込んでいた。

「見てたの?」

 ネルヴァが答える。

「ええ。途中からですがね」

「見世物じゃないってのに」

「そうですか?大変興味深い催しでしたが」

「催しでもないよ。まったく……」

 俺は痛いのを我慢して、上半身を起こした。

 そして二人に向かって愚痴を吐いた。

「どこが俺に気があるんだよ。メッチャクチャ厳しかったぞ?」

 するとネルヴァがまたもにやにや笑いながら言った。

「好きな男の子をいじめたくなるタイプなんでしょう」

 するとレイナが続いた。

「うむ。王女様も可愛らしいところがあるな」

「どこが可愛らしいんだよ」

 俺はぼやいた。

 だが二人は楽しそうに笑うのみであった。

「ちぇっ、もういいよ」

 俺は二人に対して吐き捨てるように言うと、先程のメイドさんを探した。

 メイドさんは俺からちょっと離れたところに待機してくれていた。

 俺は手を上げてメイドさんを呼んだ。

「お風呂に入りたいんだけど」

「はい。アリオン様のお部屋にお風呂のご用意がしてございます」

「あ、いや、あてがわれた自室は離れだから、ここから遠いんだよね。身体も痛いし、この近くにはないのかな?」

「この隣に併設されてございます。ただ、共用の風呂場となってしまいますがよろしいでしょうか?」

「全然それでいいよ。そこに案内してもらえるかな?」

「かしこまりました」

 俺はネルヴァたちに一瞥を食らわせると、メイドさんの後に続いてトレーニング場を後にしたのだった。



「ふう……いい気持だ。気持ちよすぎて寝てしまいそうなくらいだ」

 俺が大浴場のこれまた巨大な浴槽に気持ちよく浸かっていると、先程のトレーナーが話しかけてきた。

「浴槽で寝てしまっては大変です。塩風呂にでも入られたらどうですか?」

「塩風呂?」

 俺は興味をそそられ、トレーナー役の男に誘われるがまま湯船から出た。


「こちらですよ」

 そこには大浴場の一角に仕切りでもって区切られた空間があった。

 俺が中をのぞき込むと、たっぷりの塩が床一面に敷き詰められていた。

「お、入るかい」

 中には、どうやらこの塩風呂の係らしい男がいて、俺に声を掛けてきた。

「ああ。頼むよ」

 俺が中に入ると男が指示した。

「ここにうつぶせで寝て」

 俺が言うとおりにすると、男が周りの塩をかき集めて俺の身体の上に大量にかぶせてきた。

「お、どうするの?」

「この塩は水を掛けると固まる性質があってね。それと同時に熱気を閉じ込めるもんだから、蒸し風呂になるってわけさ」

「なるほどね」

 俺は納得して目を瞑った。

 男がどんどん俺の身体に塩を乗せる。

 だいぶ重さを感じた頃、男が水をまきはじめた。

 段々と塩が固まっていくのが判る。

 俺は疲れているためか次第に眠気が襲ってきた。

 ああ、気持がいい。このまま少し寝よう。

 もう朦朧としてきた。

 うつらうつらと船を漕ぐ。意識が段々と遠のいていく。

 その時、ぼんやりと仕切りの向こうから声が聞こえてきたのだった。

「……いつ暗殺を決行するのだ?……」
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