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19 決着

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 無様に地面に尻餅をついた格好のゲイスだったが、なんとかすぐに立ち上がった。

 だがその顔は、狐につままれたように驚いている。

 そこで俺は確信する。

 やっぱり問題ない。ゲイス程度が相手なら、動きを最小限にしてかわす事が出来る。

 それならば筋肉が切れることもないようだ。

 俺はニヤリと笑った。

 それを侮蔑と受け取ったのだろう、ゲイスの顔が憤怒でみるみるうちに赤く染まった。

 ゲイスの殺気が一段階上がったのが判る。

 来る。

 刹那、ゲイスがまたも一直線に飛び込んできた。

 馬鹿の一つ覚えだが、怒りに震えている時というものは、得てしてこういうものだろう。

 俺はまたも難なく最小限の動きでかわすことに成功した。

 だが今度はゲイスも転ばなかった。

 さすがに空振ることも想定には入っていたと見える。

 返す刀で襲ってきた。

 だがこれもかわす。次も、その次も。

 何度でもかわす。

 するとついにゲイスの足下が覚束なくなってきた。

 呼吸も大幅に乱れている。

 だがそれでも怒りにまかせて突撃をかけてきた。

 俺は冷静そのもので、ゲイスの一挙一動を見逃さず、決して油断することなくかわした。

 するとついにゲイスの足がもつれた。

 足を絡ませ、受け身を取れずに顔から地面に落ちた。

 ギャラリーから歓声が上がる。

 次いでゲイスに対して罵声が飛び交う。

「どうしたどうした?足下がふらついてるぞ」「ふらつくどころか、こけてるぜ!」

「おい見ろよ!鼻血を出してやがるぜ」「情けねえ奴だ。おい、謝って許しを請うたらどうだ?」

 みんな日頃からゲイス一味のことを快く思っていなかったのが、よくわかる。

 誰もがゲイスに対して侮蔑の言葉を贈り、嘲りの一瞥をくれていた。

 するとゲイスが四つん這いの姿勢から上半身を起こし、怒鳴り声を上げた。

「うるっせえーーーーーー!」

 だがそれでギャラリーが黙りこくることはなかった。

「何がうるせいだ!うるせいのはてめえだろ!」「そうだそうだ。言葉じゃなくて戦えってんだ」

「おいおい、無茶を言うなよ。このていたらくだぜ?もはや逆転の目はねえよ!」

 ギャラリーたちの容赦のない罵声に、ゲイスが鬼の形相で叫び散らかした。

「黙れ黙れ黙れーーーー!!!俺の相手はてめえらじゃねえ!関係ねえ奴は黙ってろ!」

 ゲイスは荒い呼吸でそう言うと、憎しみ純度100%の眼差しでもって俺を睨みつけた。

「このクソ生意気な小僧が!逃げるだけ逃げ回りやがって!お前も男なら攻撃してこいってんだ!!」

 ゲイスが熱くなればなるほど、俺の心は冷静を保っていた。

「わかった。そうして欲しいって言うのなら、してやるよ」

「生意気言うんじゃねえーー!!」

 ゲイスは立ち上がりざまに最後の力を振り絞るか如くに、俺に向かって突進を仕掛けてきた。

 だが俺も今度はかわさない。

 これで最後だ。

 俺は静かに左掌を開いて前に出し、ゲイスに対して半身の体勢となった。

 そして落ち着き払った声音でもって言ったのだった。

「バーフレイム」

 瞬間、俺の左掌から紅蓮の炎が吹き出した。

 燃えさかる焔は唸りを上げて突き進み、一直線にこちらに向かってくるゲイスを直撃した。

 ゲイスは一瞬で燃え上がり、凄まじい炎が渦を巻きながら黒煙と共に天へと昇っていく。

「ぐおおおぉぉぉぉーーーーー…………」

 ゲイスが恐ろしげな叫び声を上げる。

 ここでようやく一味の者たちがゲイスに歩み寄った。

 そしてなんとか消火をしようと試みた。

 特に副将格で白魔導師のギョージャと、黒魔法使いではあるものの、多少は補助魔法の心得のあるレットーレが消火を担当した。

 だが炎の勢いは凄まじく、どんなに彼らが一生懸命魔法をかけても火の勢いは衰えるところを知らなかった。

 それもそのはず、俺が繰り出したバーフレイムは高位魔法であり、いくら白魔導師とはいえギョージャレベルでは、ましてや黒魔法使いのレットーレには如何ともしがたいはずであった。

 一味の他の者たちは水を求めて右往左往している。

 だが目に入るところに、そんなに都合良く水桶などはない。

 俺は、彼らの無様な様子を見て哀れに思った。

 だから一つため息を吐き、再び左掌を上げ、ゲイスに向けようとした。

 だがその腕を止める者がいた。

 レイナ=ベルンであった。

 レイナは無言で首を横に振った。

 するとネルヴァが反対側から俺に声を掛けてきた。

「貴方を殺そうとした男です。助ける必要などありません」

 俺は迷った。

 今もゲイスの命が燃え尽きる直前の凄まじい叫びが、聞こえてきている。

「しかし……」

 俺はそう言うのが精一杯だった。

「とどめを刺すのならば構いません。ですが貴方にその気はないようです。ならば放っておきなさい」

 ギィャァァァァァーーーー…………。

 ゲイスの叫びが、俺の胸に突き刺さる。

 ネルヴァの言うとおりにとどめを刺すべきか、それとも助けるべきか。

 俺が大いに悩んでいると、何やら大勢の駆け寄ってくる足音が聞こえてきた。

「何をしているっ!!」

 やってきたのは町の治安部隊だった。

 この騒ぎを聞きつけ、駆けつけたのだ。

 治安部隊はすぐさま燃え上がっているゲイスに駆け寄った。

 すると治安部隊にはギョージャよりも高位の白魔導師がいたらしく、ゲイスを包む紅蓮の炎はようやく鎮火した。

 俺はその様子を、ゴクリと生唾を飲み込みながら見守っていた。

 すると治安部隊員たちの隙間から、黒焦げとなったゲイスの顔が見えた。

 その瞬間、ゲイスが目をカッと見開き、俺の視線と交差した。

 ゲイスは炎によって口元すら動かすことも出来なくなっていたが、その目は俺に対する殺意で充ち満ちていた。

 治安部隊によって運ばれていくゲイスを、俺は何とも言えない気持ちでもって見送った。

 そこにネルヴァが声を掛けてきた。

「どうやら死ぬまでには至らなかったようですね」

 俺は小さな声で呟くように言った。

「ああ」

「見ましたか?あの目。貴方に対する恨みで満ち溢れていましたよ。後で面倒なことにならなければよいのですが」

「……そうだね」

 すると重苦しい空気を打破しようとしたのか、レイナが明るい声で言った。

「だが多少は気持がスーッとしたな!死ななかったとはいえ、相当に痛い目を見せられたからな!」

 ネルヴァが苦笑を浮かべながら応じた。

「ええ。まあ多少ですが、気が晴れましたかね」

 二人が俺を気遣ってくれているのが判る。

 だが俺の気持はどうにも晴れなかった。

 何とも言えない気持を抱え、俺はその場に立ちすくむのであった。
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