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第三十三話 酒場にて

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「ちっ!あのドケチ野郎、出し渋りやがって!」

 酒場に野太い声がこだまする。

 五人の男女が酒場の隅のテーブルを占拠し、浮かない顔で飲んでいた。

「ガーズの言う通りね。やってられないわ」

 妖艶な妙齢の女が、相づちを打った。

「そうだろう、メリーザ。俺は腹が立って腹が立って仕方がないぜ」

 ガーズは吐き捨てるように言うと、手に持っていたジョッキをテーブルに叩きつけた。

 するとそれまで大人しく飲んでいたひょろ長い男が、冷静そのものといった様子でつぶやくように言った。

「仕方がないだろう。我らはあやつの死体を持ち帰ることが出来なかったわけだしな」

「何言ってんだラーグル。あれは不可抗力だぜ。まさかあいつが急に走り出すなんて誰も思わないぜ」

 すると、同じように静かに飲んでいた幼そうな外見の女がラーグルに同意して言った。

「逃がしたのが失敗」

「いや、ラロン。だからよ、あいつが急に走り出したのが悪いんだよ。しかもなんかとんでもなく深い穴に落ちちまうし。とてもじゃねえが、死体を回収なんて出来なかったぜ。そうだろダスティ、パーティーリーダーなんだから、何とか言ってくれよ」

 すると不愉快そうにダスティが答えた。

「そうだな。まさか穴に落ちるとは思わなかった。しかし……」

 パーティーリーダーのダスティはそう言うと、しばし考え込んだ。

「うん?どうした?」

 ガーズがいぶかしげに問い掛ける。

 すると一見爽やかそうなダスティが、凶悪な面相となって言ったのだった。

「落ちたというより、自ら飛び込んだように見えたが……」

 ガーズがつまらないとばかりに吐き捨てるように言った。

「ふん、どうせ自殺だろ。切羽詰まって混乱した挙げ句に飛び込んだ。弱虫にはよくあることだ」

 だがダスティは腑に落ちていないようだった。

「果たしてそうかな?俺には、何かに導かれるようにして穴に飛び込んでいったように見えたぞ」

「導かれる?何にだよ」

 ガーズがやはりつまらなそうに問い掛けた。

 ダスティは凶悪な面相のまま首を振った。

「さあな。それがわかれば苦労はしないさ」
 
 ダスティはそう言うと、グラスに酒を満たして一気に飲み干した。

 ガーズも同様に、大きめのグラスに酒をなみなみ注ぎ、これまた一気に飲み干した。

「そんなことより、ベノンの野郎だ!あんの野郎、どうあっても約束の金を半分しかよこさねえつもりだぜ!」

 するとラーグルが小馬鹿にするように鼻でせせら笑った。

「ふん、だからダスティが何度も再交渉をしているだろう。もう少し大人しく待ったらどうだ。それはともかくお前の怒鳴り声はうるさい。酒がまずくなるから黙れよ」

「なんだと!?お前、表に出るか?」

「ほお、この俺とやり合うつもりか?俺はお前のような馬鹿力はないが、お前より遙かに俊敏だぜ」

「はん!小賢しいネズミがっ!表に出ろ!」

 ガーズがそう言って勢いよく立ち上がろうとしたのを、隣に座っていたダスティがその肩をぐいっと押さえつけた。

「やめとけ。仲間割れしてもしょうがないだろう」

 ダスティは低くドスのきいた声でガーズを止めた。

 ガーズは大きい図体でありながらも、ダスティの手に抑えられて身動きが取れなかった。

 そのため仕方なく立ち上がるのを諦めて座り直したのだった。

 ダスティはその様子を片目でチラと見てから、真正面を向き直り、不愉快そうに言ったのだった。

「もう一度ベノンとは話し合うつもりだ。満額要求はおそらく無理だが、少しくらいは引き出してみせるさ」

 ダスティはそう言うと、スッと立ち上がった。

 そしてゆったりとした足取りでカウンター席へと向かって行った。

 ラーグルも、ガーズとはこれ以上同じ席で酒を飲むつもりはないとばかりにダスティの後を追った。

 残された三人は無言となって、ただ盃を空けるのであった。
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