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1巻
1-1
しおりを挟む第一章 異世界?
ふと目覚めると、鬱蒼とした森の中にいた。
「……え? ここは森? 僕はなんでこんなところに」
僕は地面に寝ていた身体を起こし、軽く頭を振った。
すると、少しずつ記憶が蘇ってきた。
突然間近に迫る車のヘッドランプ。
けたたましく響く甲高いブレーキ音。
そして、ガードレールを紙のように切り裂く金属の衝突音。
「……そうだ。僕は死んだんだ。トラックに轢かれて……たぶん即死だったはずだ」
僕――ナカミチカズマは、十五歳の誕生日に、運悪く歩道に突っ込んできたトラックに轢かれて命を落とした。
じゃあ、ここは?
「もしかして天国? それにしては、普通の森にしか見えないんだけど」
身体に痛みを感じないことから、ここは現世ではないだろうと思いつつ、ひとまず立ち上がってあたりを見回した。
「う~ん、どう見てもただの森だ。天国って感じじゃないけど、地獄ってわけでもなさそうだ」
とりあえず、最悪の地獄行きコースは免れたらしい。
ほっと胸を撫で下ろした僕は、周囲を探ろうと歩き出した。
すると、遠くの方からかすかに水が流れる音が聞こえてきた。
僕は思い出したように喉の渇きを覚え、音のする方向に向かっていく。
生い茂る雑草をかき分けていくと、谷間に小川があった。水がさらさらとさわやかな音を奏でて流れている。
僕は木々を伝って斜面を下りていき、小川にたどり着くなり、水をすくって飲んだ。
「美味い! 喉が渇いていたからなおさらだ」
僕は何度か水をすくって喉の渇きを癒してから、あたりを見回す。
すると、すぐ近くに簡素な小屋がポツンと建っていた。
誰かいるかもしれないと思い、その小屋に行ってみることにする。
だが、小屋からは物音一つしなかった。
「誰もいないのかな。とりあえず中に入ってみるか」
僕はゆっくり小屋の扉を開ける。
やはり、中には誰もいなかった。
室内には、ベッドに机に椅子が一脚。ものはあまりなく、誰かが今ここで生活しているようには見えない。
キッチンがあったので、そちらも見てみる。
包丁やまな板などの調理器具があった。竈や、塩や胡椒といったちょっとした調味料もあるにはある。しかし、どれも埃をかぶっていた。
「冷蔵庫がないな。というか、電化製品は一切見当たらない」
そのとき、タイミングよく僕のお腹がぐーと鳴った。
「何か食べるものはないのかな」
僕はキッチンの引き出しを全部開けて中を確かめた。
だが、食材と言えるものは何一つない。これだけ生活感がないのだから当然な気はするけど……
それでも僕は、どこか期待していたため、がっくりと肩を落とした。
ただ、代わりにあるものを見つけた。
「釣り竿か」
釣り道具一式が壁に立てかけられていたのだ。
「よし、やったことはないけど、魚を釣ってみるか」
僕は釣り道具を持って、先ほどの小川に向かった。
そして、うろ覚えのやり方で準備をした。
「そうだ、餌は?」
僕は何かのマンガに書いてあった方法を思い出し、落ちている石の裏を覗いてみた。そこには、うにょうにょと動く細長い虫がいた。
気持ち悪い動きをするその虫を、僕は顔をしかめつつ捕まえ、なんとか釣り針につけた。
続いて、釣り竿を振って、小川に投げ込む。
「よし、なんとかできたぞ」
僕は自分の出来に満足したのだが、そこから五分経っても十分経っても、竿先が揺れることはなかった。
やっぱり素人じゃ無理か。
そう思った途端、急に糸がピーンと張り、竿先がカーブを描いてしなった。
「来た!」
僕は勢いよく竿を立てる。
すると小川から、一匹の魚が飛沫を上げて飛び出した。
「やったー!」
僕が歓喜の声を上げるのと、ピロリロリン♪ という軽やかな音が聞こえたのは、ほぼ同時であった。
「へ? 今の音は?」
僕が呆然としていると、突然目の前に半透明なガラス板のようなものが現れた。
驚きが倍加したままガラス板を見つめていたら、今度は突然『レベルアップしました』という声が頭の中から聞こえてきた。
「な、なんだこれ?」
目の前に浮かぶガラス板には、何かが書かれている。日本語ではないのに、なぜか僕でもわかる。そこも気になるが、まずは文字を読んだ。
「えーっと『魚釣りスキルがレベル1からレベル2に上がりました』だって?」
今魚を釣り上げたから、レベルが上がったってことか?
ていうか、このガラス板はなんだ? 宙に浮いているぞ。
困惑しているうちに、突然フッと消えてなくなった。
僕はしばし口をあんぐり開けて、呆けてしまった。
「ゲームの世界に迷い込んでしまったとか? それとも……」
僕は驚きを抑え、試しにもう一度釣りをしてみた。
今度はすぐに魚が釣れた。
ピロリロリン♪
鳴った。またあの音だ。
すると、またも目の前にガラス板が出てきた。
そこには、『魚釣りスキルがレベル2からレベル3に上がりました』と書かれている。
僕はごくりと生唾を呑み込む。
そして、今考えられる答えを出す。
「ここは、ゲームの世界か、もしくは異世界に違いない」
僕は、川辺の砂利の上で、釣った魚がぴちぴちと跳ねる音を聞きながら、自らが置かれた境遇を思い、嘆息した。
「……でも、色々と考えてみたって仕方がない。とりあえずは腹を満たそう」
先ほどからぐうぐう鳴るお腹を落ち着かせるため、僕は食事を取ろうと小屋に戻った。
キッチンの竈の横には薪と木屑が置かれており、そのそばにはキャンプで使うような火打ち石もあった。
ただ、僕はこれまで料理なんてものは、一度もしたことがない。
カップラーメンにお湯を入れることだって未経験だ。
僕は本やテレビで見た曖昧な記憶をもとに、木屑の上で火打ち石を叩いてみた。
「これでいいのかな?」
カチッカチッという音がキッチンに響く。するとどうだろう、驚くくらいに大きな火花が散った。
火花は見事に木屑に着火したようで、小さいながらも火が起こった。
僕は喜ぶ間もなく、せっかくついた火を消さないように酸素を送り込むため、急いで息を吹きかけ火を大きくする。そして、その火を薪に移して竃にくべていく。
「びっくりした……こんなに簡単に火ってつくものなのか? それとも、この木屑や薪が異様に火がつきやすいのか?」
僕は疑問を抱きつつも、キッチンにあった金属製の串に釣った魚を刺して火の上にかけた。
徐々にこんがりと魚が焼けていく。
よく見ると、今まで見たことのない種類の魚だ。
なんというか、深海魚っぽいグロテスクな感じがする。
そんなところからも、ここが元いた世界ではないことを改めて確信した。
そうこうするうちに、どうやら魚が焼けたようだ。
美味しそうなにおいがする。
僕がその香ばしいにおいを嗅いだところで、またもピロリロリン♪ と音が鳴り、ガラス板が遠慮会釈もなく出てくる。
そこには、料理スキルが1から2に上がったことが記されていた。
「今度は料理スキルか。何をやってもレベルアップするんだな」
僕は呆れ気味にそうつぶやいた。そして、これ以上放っておくとせっかくの美味そうな魚が焦げてしまいそうだったので、急いで食すこととした。
やけどしないように手近にあった布を使って金属製の串を掴み、息をふーふーと吹きかけながら、見たことのない魚をかじってみた。
「美味い! 抜群に美味いぞ!」
僕は焼き魚に舌鼓を打ちつつ、もう一匹の魚も焼くべく、串に刺して火にかけた。
一匹目の魚を綺麗に食べきってから、すぐさまちょうどよく焼けた二匹目に取りかかる。
「うん。美味い。さっきと若干種類が違うみたいだけど、こいつも美味い」
食べきったものの、魚は二匹ともかなり小ぶりだったため、味はよかったがお腹は満たされていなかった。
「もっと大きな魚はいないのかな」
僕は再び竿を担ぎ、小川へと向かう。
そして餌を探して針につけ、さあ投げ込もうかと竿を振り上げたとき、視線の先に可愛らしい動物の姿を捉えた。
「あ、イノシシ……ていうか、その子供のうり坊みたいだ」
イノシシの子供はうり坊と言うらしい。以前テレビで見た。
イノシシは子供の頃にだけ背中に縞模様があり、その姿が縞瓜という瓜に似ているところから、うり坊と呼ばれるのだとか。
「でも、縞模様は特にないな……それに、小さいけど牙が生えている」
うり坊みたいなやつは、僕を認識したのか、ゆっくりとこちらに近づいてくる。
「人懐っこそうだ。う~ん、可愛らしい。動きもひょこひょこしてて可愛いな」
僕は竿を置き、うり坊もどきが近づいてくるのを、両手を広げて待ち構えた。
「おいで。魚を取ったら少し分けてあげるよ」
うり坊もどきは短い脚をそそくさと動かし、どんどん近づいてくる。
そして、一メートルほどの距離になったとき、うり坊もどきの目がギラリと光り、速度を急激に上げた。これは突進だ!
僕は咄嗟に身体をよじった。
すると、僕のそばを、一陣の風のようにうり坊もどきが駆け抜けた。
だが、まだ終わらない。うり坊もどきは静かに立ち止まると、僕に向かってゆっくりと首をめぐらした。
キラーン☆
その目には、あからさまな殺気が込められていた。
「やば……危うくやられるところだった……」
こいつは敵だ。僕を餌だと思っている。
こうなったら戦うしかない。
だが今手元にあるのは、細い釣り竿だけだ。
こんなもの、武器になんてなりはしない。
僕は瞬時に頭を働かせた。
石を投げるか? ここには小石がいっぱい落ちている。
いや、ダメだ。確実ではない。外したら突っ込まれる。
じゃあ、どうする?
そうだ! 小屋の中に薪割り用の斧があった。
僕は方針を決めると、小屋に向けてダッシュした。
幸い、うり坊もどきは僕の行動に戸惑っているのか、動けないでいる。
この隙に!
僕は小屋の中に飛び込むと、扉のすぐそばに立てかけてあった斧を力強く握りしめる。
そして急いで踵を返し、再び孤高の戦場へと帰還した。
「これなら勝てる! かかってこい!」
僕の頭の中では、うり坊もどきはすでに愛玩動物候補から、美味そうな獲物に変わっている。
種類は多少違うけど、きっと肉はイノシシ並みに美味しいだろう。
お腹を満たすため、君を倒させてもらう。
僕はじりじりとすり足でうり坊もどきとの間合いを縮めていった。
うり坊もどきも警戒しているのか、先ほどとは違い、ゆっくりと距離を詰めてくる。
お互いの視線がぶつかり、激しい火花が散る。
今だ!
僕は駆け出した。
うり坊もどきも同じく駆けてくる。
互いの距離が一瞬で縮まる。
刹那!
陽光を反射して斧が煌いた。
次の瞬間、ドサッという鈍い音が静かな川辺に響く。
勝った!
僕が大きく息を吐き、勝利の余韻に浸ろうとしたとき、またも無粋な音が頭に鳴り響く。
ピロリロリン♪ レベルアップしました。
ガラス板が目の前に現れる。
そこには、やれ戦闘スキルがアップしただの、力がアップしただの、HPがアップしただの、箇条書きでいくつもの情報が書かれていた。どうやらこのガラス板は、僕のステータスを表示しているようだ。
めんどうだが一応きちんと読んでおこうかと思ったら、半透明なガラス板の向こうに、もう一頭のうり坊もどきの姿が映っていた。
先ほどのやつよりも一回り大きい。もしかして、こいつの親か?
いや、親というほど大きくはない。兄弟か何かか?
その目は殺気に満ちている。
ピロリロリン♪
開かれたステータス画面を見ると、どうやら魔物認識能力が上がったらしい。
いいだろう。
僕はレベルアップしている。ちゃんとステータス画面を読めてはいないけど、きっと戦闘能力も上がっているはず。
僕は右手に持った斧を力強く握りしめ、二頭目のうり坊もどきに近づいていく。
うり坊もどきも僕に狙いを定めながら、静かに近づいてきた。
僕らは徐々に歩く速度を速めていき、互いの間合いはどんどんと詰まっていく。
そして、ついに僕は駆け出した。
うり坊もどきもすでに駆け足となっている。
互いの間合いに入った。
うり坊もどきが僕に飛びかかる。
僕はその頭めがけて、頭上高く振り上げた斧を一気に振り下ろした。
ドズッ!
殺った!
頭蓋を叩き割られたうり坊もどきの身体は、地面にどさりと落ちた。
ふう~。
僕は立て続けの戦いに勝利し、安堵の吐息を漏らした。
だが、すぐにあの音が頭の中に響いてくる。
ピロリロリン♪ レベルアップしました。
うるさい。画面もうざい。
またなんか色々とレベルアップしているようだ。
でも、そんな数値を見たところで実感はない。
だから、あんまり興味を持てなかった。
そこへ、遠くの草むらがガサガサと鳴った。
また?
僕はうんざりしながらも、音のした方向を見た。
まただった。
しかし、今度のはさっきまでのうり坊もどきとは違っていた。
もっと大きなイノシシもどきだった。
ピロリロリン♪
はいはい。魔物認識能力が上がったのね。
僕はステータス画面を無視して、モンスターを凝視する。
親だな。完全にうり坊もどきたちの親だ。
デカい。殺れるか? レベルアップはしているようだけど、こいつに勝てるのか?
僕は自分自身に問いかけた。
どうもよくわからないが、なぜか自信が漲っている。
なんか行けそうな気がする。
よし、行ってみよう。
僕は再び斧を力強く握りしめ、姿を現した大きなイノシシもどきに向かって歩き出した。
数分後――
僕は大きなイノシシもどきを倒すことに成功した。
そして――
ピロリロリン♪ レベルアップしました。
はいはい。レベルアップね。
と、ここでまたも草むらから何かが現れた。
デ、デカい。さっきのイノシシもどきよりも一回り……いや、二回りデカいぞ。
さっきのは母親イノシシで、こっちが父親イノシシか。
ピロリロリン♪ ……もういいや。
すうー。
僕は肺いっぱいに空気を吸い込み、息を止めて全身に力を込めた。
いける!
きっと倒せるはずだ。
なんの根拠もない自信を胸に、僕は決心した。
ぶふうー!
僕は溜め込んだ空気を一気に吐き出すと、斧を強く握りしめて四たび戦いに足を向けた。
数十分後――
勝った……
かなり苦戦したが、なんとか勝った。
親子四頭で仲良く成仏してほしい。
僕は心の中で彼らに手を合わせると、小うるさいレベルアップ音と目の前に開いたガラス板を無視して、まずは一頭目の一番小さなうり坊もどきの解体に着手した。
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