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第1話 不合格な少女
雫の憂鬱
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私、宮橋 雫は目の前が真っ暗となり、時間の概念から淘汰された世界に身を転じている。
A4用紙を持つ手は、無意識にガクブルと震える━━。
「お、終わった……」
中学三年にして私が夢見た高校生活は、紙切れ一枚で閉ざされた。
無理して受験した最難関の公立高校。––––そう、私は受験に失敗してしまったのだ。
配達員から受け取った受験結果通知には合格の文字は無い。記載されているのは、小賢しい文面でわたしの入学を拒否る文書のみだ。
何時もは賑やかしいリビングで、一人厳しい現実に打ちひしがれている。
「夢かな? 夢だよね」
そう言い聞かせて自身の右腕をギュッとつねってみた。あんまり痛くないや。やっぱり夢?
……嫌々、現実逃避している場合じゃない。これは夢ではない。紛れもなく現実なのだ。
深呼吸をして静かに結果を受け入れた。
壁掛け時計の針音がやけに耳を触る。ふと目をやると時間は十五時。不合格通知を受け取ってから二時間が経過していた。それは私が結果を受け入れるのに所要した時間だ。
乱れた髪を後ろに一つ結び、ふらふらとした足つきで家を出た。
ゾンビ映画の廃墟を漂うゾンビにでもなった心持ちだ。
小さな歩幅で向かうのは、皆んなが集まるライブハウスだ。ライブハウスと言っても父が趣味程度に所有している粗末な建物である。
「なあ、あのお姉ちゃん見てみなよ。顔面蒼白だぜ。彼氏にでも振られたんじゃね?」
前から歩いてきた小学生が、にやけた顔で私の憔悴しきった感情を煽ってきた。
手負いの中学生の恐ろしさを教えてやるか?
いや、小学生とはいえ相手は男。小柄な私ではやられてしまう可能性がある。ここは歳上として大らかな気持ちで許してやろう。
わたしは脳内で行われたシミュレーションの結果、ゾンビのままで通り過ぎる事にしたのだ。
「ダメだよ、そんな事大きな声で言ったら。わたし謝ってくるね」
小生意気な少年と一緒にいた女の子がそう口にして、後ろから駆け寄ってきた。……面倒だ。
仕方なく振り向くと、女の子の目はキラキラとしていて眩しい。夢や希望に溢れた輝きを放っている。今や闇落ちしたわたしには、その輝きが眩し過ぎて目を逸らしたのだ。
「あのー、ごめんなさい」
「い、いや別に気にしなくても良いよ」
女の子はペコリと謝ったまま、視線を外さない。
「何? わたしの顔に何か付いてる?」
「何があったか知りませんけど、頑張ってくださいね!」
少女は爽やかな笑顔でそう言って立ち去っていった。
……小学生に同情されてしまったようだ。
「ふふっ、フフフ」
わたしは目にジワリと湧いてくる塩気に満ちた水滴を拭いながら、重い足取りで目的地まで向かった。
自宅からライブハウスまでは徒歩二十分程の道のりだが、今日はやけに近く感じる。
そうこうして裏口からバークヤードに入ると、既に6人全員が集まっていた。
六帖程の狭いバックヤードには、楽器や小物が粗雑に置かれている。
入るや否や皆が此方へと視線を向け、わたしの言葉を待っている。一呼吸して口を開いた。
「ごめん。私みんなと同じ高校に行けなくなっちゃった」
意を決し、出来る限りの明るい表情を作り重々しい言葉を吐き出した。
私を含めここに居る七人で同じ高校を受験したのだが、落ちたのは確実に私だけだろう。
ベース担当の千夏とキーボードのさやかは、何も言わずに私を優しく抱きしめてくれた。
長テーブルに座ったままの男子三人は黙ったままだ。
「まあ、残念だけど結果を招いたのは雫自身だもんね。でも、滑り止めの私立は受かってるんだし、そこで頑張りな」
そう刺々しく口にしたのは、幼馴染の小春だ。
彼女は家が隣通しであり、物心ついた頃からの付き合いだ。
まつ毛が立つぱっちりとした目を持つ、黒髪ロングの美少女で、中学校ではファンクラブが作られたほどの人気者である。
幼馴染とは言え、私との格差は千光年かけ離れている。
小学生までは姉妹の様に仲が良かったが、中学生になってからは少しづつ関係性が甲乙に変わってきた。
彼女も自分の才能と凡人である私の違いに気付いたのだろう。
……才能の違い。これは小春に限ったことでは無い。
ここに居るわたし以外の六人は各々が才能の塊であり、同世代でも突出した存在だ。
特にボーカルの蓮は唯一無二の存在だ。
彼は中学一年の時に、一からバンドを創り、他のメンバーに楽器を教えた麒麟児だ。
彼の歌声は神からの過剰なギフトを賜っていると思えるほど人々を魅了する。加えて挑戦的なロックに綴るメッセージ性の高い歌詞は男女問わず感情を引き出させるものなのだ。
彼らは動画配信を利用して、高校入学前にして世界的注目を浴びている。
それに引き換え、私と蓮の関係性は小春と同じ幼馴染。これだけだ。
学力、運動神経、ルックス、人望、全てを兼ね備えた彼は当然に人気者だ。だが、私が彼に好意を寄せるのはそんなものでは無い。彼の一番の魅力は優しさなのだ。
小学校高学年の頃には薄々気づき出した。高校入学前の現在に至っては確信している。自分と彼が不釣合いであるという事を。
長テーブルの一番奥に座る蓮へと恐る恐る視線を向けた。怖い。蜘蛛の糸ほどの細い糸で辛うじて繋がっていた関係性。それがなくなる事が怖いのだ。
彼は私の視線に気付いた。表情からは何も読み取れない。それほど彼はいつも通りに落ち着いているのだ。
蓮はおもむろに席を立ち、飄々と皆を驚かせる言葉を口にする。
「オレも雫と同じ滑り止めで受けた北高に進学するけど、お前らはどうする? 強制はしない」
前振りなく駆り出された蓮の言葉に、わたしは文字通り心身ともに固まった。
そしてテーブルに座るギターのヒロトとドラムの雄大が、真っ先に手を挙げ、蓮へと賛同したのを視界の片隅に捉えたのだ。
A4用紙を持つ手は、無意識にガクブルと震える━━。
「お、終わった……」
中学三年にして私が夢見た高校生活は、紙切れ一枚で閉ざされた。
無理して受験した最難関の公立高校。––––そう、私は受験に失敗してしまったのだ。
配達員から受け取った受験結果通知には合格の文字は無い。記載されているのは、小賢しい文面でわたしの入学を拒否る文書のみだ。
何時もは賑やかしいリビングで、一人厳しい現実に打ちひしがれている。
「夢かな? 夢だよね」
そう言い聞かせて自身の右腕をギュッとつねってみた。あんまり痛くないや。やっぱり夢?
……嫌々、現実逃避している場合じゃない。これは夢ではない。紛れもなく現実なのだ。
深呼吸をして静かに結果を受け入れた。
壁掛け時計の針音がやけに耳を触る。ふと目をやると時間は十五時。不合格通知を受け取ってから二時間が経過していた。それは私が結果を受け入れるのに所要した時間だ。
乱れた髪を後ろに一つ結び、ふらふらとした足つきで家を出た。
ゾンビ映画の廃墟を漂うゾンビにでもなった心持ちだ。
小さな歩幅で向かうのは、皆んなが集まるライブハウスだ。ライブハウスと言っても父が趣味程度に所有している粗末な建物である。
「なあ、あのお姉ちゃん見てみなよ。顔面蒼白だぜ。彼氏にでも振られたんじゃね?」
前から歩いてきた小学生が、にやけた顔で私の憔悴しきった感情を煽ってきた。
手負いの中学生の恐ろしさを教えてやるか?
いや、小学生とはいえ相手は男。小柄な私ではやられてしまう可能性がある。ここは歳上として大らかな気持ちで許してやろう。
わたしは脳内で行われたシミュレーションの結果、ゾンビのままで通り過ぎる事にしたのだ。
「ダメだよ、そんな事大きな声で言ったら。わたし謝ってくるね」
小生意気な少年と一緒にいた女の子がそう口にして、後ろから駆け寄ってきた。……面倒だ。
仕方なく振り向くと、女の子の目はキラキラとしていて眩しい。夢や希望に溢れた輝きを放っている。今や闇落ちしたわたしには、その輝きが眩し過ぎて目を逸らしたのだ。
「あのー、ごめんなさい」
「い、いや別に気にしなくても良いよ」
女の子はペコリと謝ったまま、視線を外さない。
「何? わたしの顔に何か付いてる?」
「何があったか知りませんけど、頑張ってくださいね!」
少女は爽やかな笑顔でそう言って立ち去っていった。
……小学生に同情されてしまったようだ。
「ふふっ、フフフ」
わたしは目にジワリと湧いてくる塩気に満ちた水滴を拭いながら、重い足取りで目的地まで向かった。
自宅からライブハウスまでは徒歩二十分程の道のりだが、今日はやけに近く感じる。
そうこうして裏口からバークヤードに入ると、既に6人全員が集まっていた。
六帖程の狭いバックヤードには、楽器や小物が粗雑に置かれている。
入るや否や皆が此方へと視線を向け、わたしの言葉を待っている。一呼吸して口を開いた。
「ごめん。私みんなと同じ高校に行けなくなっちゃった」
意を決し、出来る限りの明るい表情を作り重々しい言葉を吐き出した。
私を含めここに居る七人で同じ高校を受験したのだが、落ちたのは確実に私だけだろう。
ベース担当の千夏とキーボードのさやかは、何も言わずに私を優しく抱きしめてくれた。
長テーブルに座ったままの男子三人は黙ったままだ。
「まあ、残念だけど結果を招いたのは雫自身だもんね。でも、滑り止めの私立は受かってるんだし、そこで頑張りな」
そう刺々しく口にしたのは、幼馴染の小春だ。
彼女は家が隣通しであり、物心ついた頃からの付き合いだ。
まつ毛が立つぱっちりとした目を持つ、黒髪ロングの美少女で、中学校ではファンクラブが作られたほどの人気者である。
幼馴染とは言え、私との格差は千光年かけ離れている。
小学生までは姉妹の様に仲が良かったが、中学生になってからは少しづつ関係性が甲乙に変わってきた。
彼女も自分の才能と凡人である私の違いに気付いたのだろう。
……才能の違い。これは小春に限ったことでは無い。
ここに居るわたし以外の六人は各々が才能の塊であり、同世代でも突出した存在だ。
特にボーカルの蓮は唯一無二の存在だ。
彼は中学一年の時に、一からバンドを創り、他のメンバーに楽器を教えた麒麟児だ。
彼の歌声は神からの過剰なギフトを賜っていると思えるほど人々を魅了する。加えて挑戦的なロックに綴るメッセージ性の高い歌詞は男女問わず感情を引き出させるものなのだ。
彼らは動画配信を利用して、高校入学前にして世界的注目を浴びている。
それに引き換え、私と蓮の関係性は小春と同じ幼馴染。これだけだ。
学力、運動神経、ルックス、人望、全てを兼ね備えた彼は当然に人気者だ。だが、私が彼に好意を寄せるのはそんなものでは無い。彼の一番の魅力は優しさなのだ。
小学校高学年の頃には薄々気づき出した。高校入学前の現在に至っては確信している。自分と彼が不釣合いであるという事を。
長テーブルの一番奥に座る蓮へと恐る恐る視線を向けた。怖い。蜘蛛の糸ほどの細い糸で辛うじて繋がっていた関係性。それがなくなる事が怖いのだ。
彼は私の視線に気付いた。表情からは何も読み取れない。それほど彼はいつも通りに落ち着いているのだ。
蓮はおもむろに席を立ち、飄々と皆を驚かせる言葉を口にする。
「オレも雫と同じ滑り止めで受けた北高に進学するけど、お前らはどうする? 強制はしない」
前振りなく駆り出された蓮の言葉に、わたしは文字通り心身ともに固まった。
そしてテーブルに座るギターのヒロトとドラムの雄大が、真っ先に手を挙げ、蓮へと賛同したのを視界の片隅に捉えたのだ。
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