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【6話】消える灯火
しおりを挟む肌に穴があくかと思えるほどの豪雨。立っていられないほどの強風だった。
ものの数秒で全身がびしょ濡れになった。
海面には細かな波紋がきざまれ、徐々に潮が高くなっていく。
「ここは危険だ」
俺たちは島の中央部、森の方へと避難することにした。
木々に囲まれれば、少しはましになるかと思った。
だが、それは外部者のあまい推測だった。
密集する木々の一本一本が根元から折れそうなほどしなっている。雨風をしのぐどころの話ではない。
「ひゃあっ!」
雷鳴まで轟きはじめた。ぴしゃりと空気がはり裂けたような音が立て続けに鳴り響く。
ミャンは両手で耳を押さえ、うずくまって震えている。
「しのげる場所を探すぞ。行けるか?」
「は、はい……」
強引にミャンの手を取り駆け出す。
だがもっと早く気づくべきだったのだ。ミャンの様子がおかしいことに。
半刻ほど走り続けていただろうか。
森の中を闇雲に突き進んでいる途中、握り返される力がふっと消えていく感じがした。
どさっ、ばしゃっ。ミャンが地面に倒れた。
「なにやってんだ!」
草木のクッションとぬかるんだ足場で体への衝撃はさほどではない様子だったが、仰向けにして気づく。ミャンの体が小刻みに震えていた。
「大丈夫か⁉︎ どうしたんだ?」
「う……うぅ……」
「寒気か? あつっ」
ひたいに手をあてた瞬間にわかった。
しかし、それよりもミャンは胸をおさえて顔を苦痛にゆがめている。
「しっかりしろ、ミャン!」
「アル様、ごめんなさい。もう少し頑張ろうと思ったんですが……」
「無理をしてたのか」
うかつだった。すぐに心当たりにぶつかる。
慣れない生食のせいだ。水質にも原因があったのかもしれない。体の拒否反応、腸内での菌の増殖。理由はいくつか考えられる。
だが、最も責めるべきは俺が無理やり食わせたせいだ。食えるうちに食っとけなんて強要したから。
「ごめん。ミャン、ごめんな」
俺はなんて愚かなんだ。自分は強靭な胃袋を持っているばかりに、ミャンにもさほど問題はないと見誤ってしまった。考えてみれば、ミャンはまだ子ども。身体も頑丈な方ではない。そもそも彼女は半日近く海をさまよってたんだぞ。
きっと無理をしてたんだ。
「ミャン……」
なさけなく謝ってる場合じゃない。
ミャンを担ぎ上げる。雨風をしのげる場所を探すしかない。
「待ってろよ。すぐになんとかしてやるから」
肺が潰れるほど、俺は走り続けた。
しかし、どれだけ走っても身を隠すに都合いい場所は見つけらない。
これならはじめから動かない方がよかったのかもしれない。そんな後悔が脳裏をよぎった直後、激しい濁音が聞こえてきた。正確には、風雨の中に紛れるその音を、ふいに立ち止まった拍子に意識したのだ。
かなり近い。音に向かって進むと、増水した川に出くわした。
山頂から海へと流れ込む川であることはすぐにわかる。
川幅は広くないものの、勢いが尋常ではない。実質行き止まりだ。
焦りがつのる。事態が好転する契機にはまったくならなった。
俺たちは追い詰められたのだ。
ここはどこだ。と言っても、この島自体が未知の場所だ。知っている場所などそもそもない。完全に手詰まりだった。
「ミャン、大丈夫か?」
返事がない。背筋を氷をなぞられたような薄ら寒さを感じた。
「……ミャン! ミャン?」
ミャンは顔面を蒼白にして、ぐったりとしていた。体を揺すると、頭が力なくぶらぶら揺れた。生気のようなものをまるで感じなかった。
いつからこうなっていたのか。
「ミャン……? 嘘だろ……? おい、なにか返事してくれよ。なぁ、なぁ!」
顔に耳を近づける。息をしていない。
視界が真っ暗になった。
自分の鼓動の音が聞こえる。肋骨を砕いて飛び出そうなほど心臓がばくばくしている。
信じられない。あまりにもあっけなさすぎる。
息をしたくても息ができない。俺は声をしぼり出した。
「嘘だよな? なぁ、なんで好きとか言ったんだよ。言ってから死ぬとか卑怯だぞ! 頼むから生き返ってくれよ!」
海辺で、不意に彼女が口にした愛の告白。それが突如意味のあるものに思えてきた。
ミャンを地面に寝かせ、首筋に指をあてる。
やはり脈がない。
俺は意味がないことを知りながら、胸の中心に手を押し当てる。回復魔法を唱えつつ、心臓マッサージを繰り返す。
それも無駄だった。
俺は木々の隙間からのぞく黒い空を睨み上げた。じっと息をとめて。
天を恨むつもりはない。すべて俺のせいだ。なにが死亡率の低いパーティだ。この世で一番大切な仲間を俺の不注意で亡くしてしまうなんて。
「俺がもっとお前のことを見ていれば……」
再びミャンを担ぎ上げ、とぼとぼと歩き出す。川沿いに沿って山の方へ進むことにした。
何も考えられなくなっていたが、そこでようやく、
「あった……」
今さら遅いというのに。洞窟が黒い口を開けていた。
探すのをやめた時、探し物は見つかる。昔の人はよく言ったものだ。
そして失ってようやく気づくのだ。自分の本当の気持ちや失ったものがどれだけ大事なものだったのかを。
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