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彼の永い悪夢
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人生なんて言葉を知る前からすべて味気無かった。
四六時中部屋中に並べられたパソコン画面を睨み操作する。俺の操作一つで小金を掴んで喜ぶ人間も路頭に迷う人間もいたが、俺にとってそれはパソコン画面の向こうの存在で、なにも感じなかった。むしろ周りの人間が喜びに湧く度に、自分が人間じゃない無機物になっていく気がした。
俺にも認識できる人間が一人いて、そいつはたぶん本気で俺の心配をして心から尽くしてくれたと、今では思う。そいつの肩書きは知らないが、ただの秘書や世話付きに留まらない、現実の家族以上に家族だと、今では解る。
そいつは常々言っていた。
パソコンや株やプログラミングから離れて、他のモノやヒトに触れなさい、と。
昔の俺は無視していたが。
俺が巻き込まれた事故の原因は、業突張りな親戚だった。
俺の仕事で年々あぶく銭を喰らっていたのに人件費をわざわざケチるとは。
ヤツらは見舞いの品も持たずに俺の病室の周りをうろつき、俺が数秒、数分意識を戻せば金蔓が生き延びたと喜んだらしい。
もちろんなにか持ってきたところで速効処分したが。
俺の世界は変わらなかった。数字記号に囲まれるか暗闇に残されるか、ただそれだけの違いだった。
俺はただそこに在った。
音もない。匂いもない。感触もない。
自分が立っているのか座っているのか寝ているのか。
上も下も、時間も解らないそこに、ただ在るだけだった。
最初の変化は、一瞬の感触だった。
風と呼べないほどの、空気の動き。
それも一瞬のことで、俺が気付くかどうか、驚く間もなく辺りはまた無になる。
どれくらいの間隔で来るのか解らないソレに始めは戸惑うだけだった俺は、いつしかソレを待つようになった。
暗闇もそのうち動くようになった。
暗闇は、俺が待つソレよりも明確に動き、俺を呑み込もう、押し潰そう、押し上げようとした。
ひどく不愉快だったが、耐えるしかなかった。
ある時暗闇は今までの比でない動きを見せた。
このまま押し潰されるのか―――――
そう思った時、俺の背中に微かに風が触れた。
―――――行かないで!―――――
初めて聞いたその声に安心して、導かれるまま俺は歩いた。
俺が目覚めた時、最初に見たのが目を真っ赤にした男で、ひどく安心した。
「パソコンは使うが、自分のために使う」
ひどく驚かれたが、文句を言うことなく俺の世話をして協力もしてくれた。
周りの人間から俺を遠ざけてくれたこともありがたかった。
なんせ声しか手がかりがないんだからな。
あの下らない人間どもを相手にする時間なんてない。
どうしても探し出すつもりだった。
あの声の持ち主がいなければ、俺は本当に無になってしまう。
もう―――もう、あそこには戻りたくないから。
迎えに行くよ―――必ず。
四六時中部屋中に並べられたパソコン画面を睨み操作する。俺の操作一つで小金を掴んで喜ぶ人間も路頭に迷う人間もいたが、俺にとってそれはパソコン画面の向こうの存在で、なにも感じなかった。むしろ周りの人間が喜びに湧く度に、自分が人間じゃない無機物になっていく気がした。
俺にも認識できる人間が一人いて、そいつはたぶん本気で俺の心配をして心から尽くしてくれたと、今では思う。そいつの肩書きは知らないが、ただの秘書や世話付きに留まらない、現実の家族以上に家族だと、今では解る。
そいつは常々言っていた。
パソコンや株やプログラミングから離れて、他のモノやヒトに触れなさい、と。
昔の俺は無視していたが。
俺が巻き込まれた事故の原因は、業突張りな親戚だった。
俺の仕事で年々あぶく銭を喰らっていたのに人件費をわざわざケチるとは。
ヤツらは見舞いの品も持たずに俺の病室の周りをうろつき、俺が数秒、数分意識を戻せば金蔓が生き延びたと喜んだらしい。
もちろんなにか持ってきたところで速効処分したが。
俺の世界は変わらなかった。数字記号に囲まれるか暗闇に残されるか、ただそれだけの違いだった。
俺はただそこに在った。
音もない。匂いもない。感触もない。
自分が立っているのか座っているのか寝ているのか。
上も下も、時間も解らないそこに、ただ在るだけだった。
最初の変化は、一瞬の感触だった。
風と呼べないほどの、空気の動き。
それも一瞬のことで、俺が気付くかどうか、驚く間もなく辺りはまた無になる。
どれくらいの間隔で来るのか解らないソレに始めは戸惑うだけだった俺は、いつしかソレを待つようになった。
暗闇もそのうち動くようになった。
暗闇は、俺が待つソレよりも明確に動き、俺を呑み込もう、押し潰そう、押し上げようとした。
ひどく不愉快だったが、耐えるしかなかった。
ある時暗闇は今までの比でない動きを見せた。
このまま押し潰されるのか―――――
そう思った時、俺の背中に微かに風が触れた。
―――――行かないで!―――――
初めて聞いたその声に安心して、導かれるまま俺は歩いた。
俺が目覚めた時、最初に見たのが目を真っ赤にした男で、ひどく安心した。
「パソコンは使うが、自分のために使う」
ひどく驚かれたが、文句を言うことなく俺の世話をして協力もしてくれた。
周りの人間から俺を遠ざけてくれたこともありがたかった。
なんせ声しか手がかりがないんだからな。
あの下らない人間どもを相手にする時間なんてない。
どうしても探し出すつもりだった。
あの声の持ち主がいなければ、俺は本当に無になってしまう。
もう―――もう、あそこには戻りたくないから。
迎えに行くよ―――必ず。
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