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番外編

おこた談義

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  冬です。
  美紅ちゃんは陽くんに連れられて公園へ走って行ったけど、私は極力動きたくない派です。
  元が出不精だから仕方ないけど、こういうときは美紅ちゃんの外遊びに付き合ってくれる陽くんに本当感謝しないといけません。

「そんならあたしは夕弦くんに感謝しないといけないわけね」
  お姉ちゃんがそう言いながらみかんを剥くと、茜ったら、とお母さんが苦笑した。
「すっかり結香の母親ポジションは茜のものなんだから」
「そうだけど。悪い?」
  ありませーんと呑気な返事をするとお母さんはお姉ちゃんにみかんをねだった。
「自分で剥けばいーでしょ」
「だって上手く剥けないんだもん」
  恥ずかしげもなくちょうだいと出される両手の上に皮を剥いたみかんを置くと、もーとむくれながらもお姉ちゃんはみかんを剥き直した。

  そんな二人を見てクスクスクスと笑うのは、美紅ちゃんのお母さんで私たちの従姉妹の美姫ちゃんだ。
「茜って、そんなに結香の面倒みてたの?」
  前から聞こうと思ってたんだけど、という美姫ちゃんのお父さん、私たちにとっては叔父さんは私やお母さんにはちょっと当たりがキツい人だった。
  そんな人の子どもだから、従姉妹だけど実はこうしてお喋りするようになったのはかなり最近になってから。
  子どもの頃は叔父さんが怖くて顔を合わせても話しかけるなんてできなかったし。私がある程度成長する頃には美姫ちゃんはお嫁入りしていて、会う機会もなかったから。
  美姫ちゃんがお嫁入りした直後の集まりでは、叔父さんが意気揚々と、美姫ちゃんはお金持ちのなかまいりをしたのだからすり寄ろうなどと思わないでくれ、なんて言われたっけ。

「あー、そういえばそんなこともあったわねー」
  口の中に放りながら次のみかんを剥いているお姉ちゃんとは対称的に、美姫ちゃんは申し訳ないと恐縮した。
「ずっと謝らなきゃと思ってたんだけど、ごめんね。ウチのお父さんが、酷いことばかり言って」
「別に美姫が謝ることじゃないでしょ」
  お姉ちゃんに次いで、そうそう、とお母さんも頷いた。
「私、ずっと思ってたんだけど。あの人、茜のお母さんに横恋慕してたんじゃないかと思うのよねっ」
  お父さんには聞かせられないけどねっ、とお母さんはナイショ話のように片手で口を覆っているけど、興奮してるから声が思いきり大きくなってる。
  思い当たる伏があるのか、美紅ちゃんが頷く隣で「たぶんね」とお姉ちゃんが不愉快そうに眉を寄せた。
  やっぱりと満足しながらもほんの子どもだったお姉ちゃんがなぜそれを知ってるの?と言い出したお母さん本人が目を丸くする。
  そんなもん解るわよ、とお姉ちゃんはつまらなそうにため息をついた。
「子持ちだと解ってても色目使ってくるそこらの男と同じ目をしてるんだもの。茜ちゃんとか猫なで声で呼んでくるし、気持ち悪いったら」
  そのときのことを思い出したのか、みかんを放り出して両手で身体を擦るお姉ちゃんに、そうだっけ?と美姫ちゃんは首を傾げた。
「お父さんって、家の中では横柄な人だと思うけど。茜にも私に対するのと同じ態度だったと思うんだけどな」
  そりゃ、そうでしょ。とお姉ちゃんは擦るのを止めてちょっと半眼になった。
「気持ち悪いって正直に言ったらそれが気に入らなかったみたいで、それ以降話しかけられなくなったもの」
「あの人相手にそんなこと、よく言えたわねぇ………」
  自分のお父さんのことなのに、美姫ちゃんはちょっと他人事のように言っている。
  取り引きのようにされた結婚と離婚をきっかけに、美姫ちゃん自身も叔父さんから距離を置こうとしているらしい。
  にしてもありえないわーとお母さんはおせんべいを齧った。
「自分は金持ちの家の娘を嫁にしておいて弟の嫁に横恋慕とか、どんだけよ?」
  お母さんはドラマが大好きでよく見てるけど、こういうところは意外に冷静みたい。
「私もあの人の考えはよく解らないですけど」
  湯飲みを持ち上げてふぅふぅと息を吹きかけた美姫ちゃんだけど、もうもうと立ち上る湯気を見て、結局こたつに戻した。
「でも茜のお母さん見てると、納得できちゃうんですよね。とんでもない美女で、しかも、お父さんがどんな話を持ちかけても論破しちゃうんだから」
  お姉ちゃんも綺麗だしすごく頭が良いけど、お姉ちゃんのお母さんにはそもそも太刀打ちできない雰囲気みたいなものがあったらしい。
  そもそも無理なんだけど、そんなすごい人なら会ってみたかったような、目の前にいたら恐縮してしまうから会えなくて良かったのかな、とつい思い描いた。

「遺影ですら美女だもんねぇ」
  はぁーと感嘆のため息をつきながらお母さんは仏間の方を眺めた。でもすぐにお母さんは、それにしても、と頬杖をついた。
「つくづく不思議なんだけど、あーんな美女がどうしてウチのお父さんと結婚したのかしらねぇ」
  お父さんが仕事でいないのを良いことに好き勝手なことを言ってるけど、それは実は私もちょっと気になってた。お父さん本人には絶対聞けないけど。
  うーん、と思い出すようにお姉ちゃんが宙を眺めた。
「あたしも本人に聞いてみたけど」
「聞いたの………」
  呆れたような顔になる美姫ちゃんとは別に、お母さんはそらでそれで?と身体を乗り出した。
「そういう流れだから仕方ないって」
「なんだそりゃ」
  聞いておいてひどいけど、拍子抜けしたみたいにお母さんは身体を引いた。
  知らないわよ、とお姉ちゃんはちょっと頬を膨らませた。
「何回聞いてもそれしか答えてくれなかったんだもの。本当………なんでお父さんと結婚したんだろ?」
  本当に疑問に思ってるみたいで、お姉ちゃんも頬杖をついて呟いた。
「子どもの目から見た感想だけど、お母さん、お父さんに惚れてるって印象はなかったのよね。どんな男の人に言い寄られても『だから、何?』って袖にするのが当たり前の人だったから」
「その血は立派に貴女に受け継がれてるのねー。いい加減高原さんのこと許してあげたら?」
  お母さんが話題をお姉ちゃんのことに移すと、お姉ちゃん本人は聞こえない振りでお茶を飲んだ。

「高原さんって?」
  美姫ちゃんが首を傾げた。
  なんとお姉ちゃんが結婚していたことを知らなかったようで、お母さんの説明を聞いて、えぇぇっとのけ反った。
「だって茜、当たり前のようにここで暮らしてるでしょう?あ、旦那さんもここに住んでるの?」
  三人で首を横に振って高原さんの住所をお姉ちゃんが言うと、美姫ちゃんが複雑そうな表情を浮かべた。
「それ………結婚してるって言えるの………?離婚した私が言えた義理じゃないけど」
  仕事の都合とかで別々に暮らす夫婦はたくさんいるけど、やっぱりお姉ちゃんたちは夫婦として変わってるらしい。
「ほら、茜。美姫ちゃんだってこんな反応じゃない。高原さんのこと」
「許す許さないの話じゃないの」
  お母さんの言葉を遮って、お姉ちゃんが軽く舌打ちをした。
「だから事実婚しようって言ったのに。みんなの言う通りに籍入れてもやいやい煩く言われるならあたしも離婚しようかしら」
「それはちょっと待って、茜っ」
  離婚は思いとどまってと袖にすがりつくお母さんに、お姉ちゃんはにーっこりと微笑みかけた。

「じゃあ、あたしたち夫婦の生活スタイルにケチつけるの止めてね?一応生活費入れてるんだし、あたしがここに住むのに文句はないでしょう?」
「そりゃないけど、でもね」
  口出ししないと約束したお母さんだけどどうしても言いたいのか、ちょんちょんと指先同士を合わせてお姉ちゃんを上目遣いで見た。
「結婚した今でもこの家には立ち寄るなとか、クリスマスなのにデートすっぽかすとか、さすがにあんまりだとお母さん思うの」
  何言ってるの、というような呆れた目でお姉ちゃんはお母さんを見返した。
「クリスマスデートが流れたのは、お母さんが夕弦くんに色目使ったからでしょ」
  「は!!?」と美姫ちゃんが驚く声と、「はひぃっ!!?」とお母さんが驚く声が重なった。
「ユヅルくんって、結香の彼氏の夕弦くんよね?」
  こそっと聞いてくる美姫ちゃんに頷くと、うーん、と美姫ちゃんは考えこみながらお母さんを眺めた。
「ウチのお父さんは茜のお母さんに言い寄って、結香のお母さんは夕弦くん………結香、なんかムシャクシャしたときは憂さ晴らしに付き合うわよ」
「違う違う違う違う違うっ」
  ありがと、と応える私の声をかき消す声量でお母さんが否定する。
  何が違うの、と三人からジト目を向けられたお母さんは、う、ととたんに小さくなった。
「夕弦くんはそのうち娘婿になるんだし、あの日はお泊まりだと解ってたから挨拶してただけで」
「単なる挨拶だったらベタベタ身体に触る必要はないわよねぇ?」
  それは私が嫌だったことの一つだからうんうんと頷くと、うぅ、とお母さんは唸った。
「だから、それは悪いと思ってるわよぅ」
「それに」
  泣き声をあげたお母さんを制するように人足し指を立てたお姉ちゃんは、続けて中指も立てた。
「結香が作ってたマフラー、明らかに夕弦くんへのプレゼントでしょ。横から手を出すなと何回言ったかしら」
  昼間に編んでいると話しかけられて、編みかけのを取りあげられそうになった。だから夜部屋で編もうとして、風邪をひいて先輩に看病されたんだっけ。
  邪魔されたのも風邪をひいたのも大変だったのに、お母さんは「だってぇ」と頬を膨らませた。
「プレゼントなら少しでも良いものにした方が良いでしょ?見てあげようとしただけじゃない………………ぁ?」
  言い訳するお母さんだけど、半眼をさらに細めたお姉ちゃんにずずいと迫られて固まった。
「………………お母さん、編み物なんてしないでしょ」
「…………………………はい」
  やっと認めたお母さんはお姉ちゃんに向かってごめんなさいと頭を下げた。
  謝る相手が違うでしょ、と冷たく言われたお母さんは、やっとだけど「ごめんね、結香」と言ってくれた。

  お母さんのイケメン好きを知ってるお姉ちゃんは、仕方ないなぁというようにため息をついた。
「まったく………夕弦くんが少々顔が整ってるからってはしゃがないでよ。端から見てると、不愉快よ」
「解ってるけどぉ………」
  ぶすぅとお母さんが頬を膨らませている。
「小顔であんな整ってて、アクションまでできる子が身近にいたら嬉しくなっちゃうもんでしょー?ドラマのアクションが見たいって言ったら、実際にやって見せてくれる素直な良い子なのに」
  お姉ちゃんが怖くてハッキリとは言わなかったけど、確かに「もったいない……」と呟いていた。
  この調子だと、そのうちドラマの殺陣やアクションを先輩にやらせてきゃあきゃあ言ってそう。
  はぁ、と私がため息をつくのと同時に、「仕方ないわねぇ」とお姉ちゃんもため息をついた。
「その様子だと、当分美紅ちゃんに無視されるわね」
「え!なんか最近一緒にお風呂もお布団も断られてるけど、怒られてるってこと!?」
  そうよとお姉ちゃんが頷くと、そんなぁ、とお母さんがこたつの上に突っ伏した。
「あー………なら、それでかなぁ………?」
  お母さんが倒さないように湯飲みやらみかんのかごやらを遠ざけながら、何かを思いついたように美姫ちゃんが宙を眺めた。
  同じようにお菓子のかごを遠ざけていたお姉ちゃんが「それでって何?」と促す。
「美紅がねぇ、最近、陽くんに触っちゃダメとか、この絵は美紅が描くから横から描いちゃダメとか言ってくることがあったのよね」
  お絵描きは一緒にやることもあったから、寂しいけど成長の一環なのかなと思っていたらしい。でも、美姫ちゃんが陽くんに触ることなんて基本ないから、なぜ美紅ちゃんが触るなと何度も言ってくるのか不思議だったそうだ。
  ダウンするお母さんの隣で、納得できたと美姫ちゃんはにこやかに笑った。
「美紅もなんだかんだいってもう恋する女の子なのねぇ」
「そういう貴女はどうなの」
  クスクスと笑う美姫ちゃんに、お姉ちゃんが静かに聞いた。
  どうかなーと美姫ちゃんは苦笑した。
「毎日バイトと勉強で忙しいのに、恋愛なんてできないよー。恋愛の仕方なんて解らないもん」
  政略結婚だったから、と呟いた声はちょっと寂しそうだったけど、すぐに笑顔に戻った。
「そんな政略なんていえるほどウチは裕福でもないけどさ。なんていうの………取り引き結婚かなぁ?」
「今からでも恋愛すりゃいいでしょ。もう離婚して何ヵ月も過ぎてるんだから」
  みかんを剥くお姉ちゃんを、美姫ちゃんはまじまじと見つめた。
「茜が恋愛を勧めてくるなんてねぇ………人妻の余裕?」
「茶化さないの」
  ムスッとするお姉ちゃんを、まぁまぁといなしながら「それねぇ」と美姫ちゃんはちょっと遠い目をした。

「手紙でも、言われたよ。あの人に」
  あの人って?と誰かが聞く前に「元旦那なんだけどねっ」と美姫ちゃんはケロリと言った。
「手紙?いつ来たの。どこに届いたのっ」
  お姉ちゃんが急に真面目な表情になって美姫ちゃんに詰め寄った。お母さんも身体を起こして心配性そうな表情で見守っている。
  きちんとした裁判で美紅ちゃんは母親の美姫ちゃんと暮らすことになったけど、相手はお金持ちだもの。この間見かけた美紅ちゃんのお父さんとお祖母さんの顔を頭の中に思い出して、胸がひどくドキドキしてしまった。
  だーいじょうぶ、と当の美姫ちゃんが私たちを宥めるように言った。
「先月長野に届いたのを、この間になってこっちに送ってもらったのよ。今の住所がバレてはいないから大丈夫でしょ?」
「それでもね」
  言い募るお姉ちゃんを手で制して「それにね」と美姫ちゃんは静かに言った。
「あの人、悪かったって書いてきたの。結婚する前もしてるときも、自分では何を考えてるのかぜんぜん話さなかったのに。それが謝ってきて、今度は幸せになれって言ってきたんだもの」
「それを、信じられるの?」
  お姉ちゃんに聞かれて、美姫ちゃんは穏やかに微笑んで頷いた。
「署名入りの手紙だもの。まるっきりの嘘書けないでしょ?」
  お姉ちゃんはこたつの一点をじ、と見つめながら一言「そうかもね」と呟いた。
「じゃあ、じゃあ、美姫ちゃんも恋愛解禁ね!ねぇねぇ、良い人いないの?」
  お姉ちゃんの反応を見て心配はなさそうと判断したお母さんが、はしゃいだ声を出した。
「だからそんな暇ないってー」
  苦笑する美姫ちゃんに、「ナニ言ってんの!」とお母さんはこたつをバン!と叩いた。
「恋はねっ。するもんじゃないのっ。落ちるものなのっ」
  確かにその言葉は正しいと思うけど、ウチのお母さんはどうしてこう、こういうところだけ妙に力を入れるんだろう……?
「…………………お母さん?」
  話題が話題だけに返事と表情に困る私と美姫ちゃんに代わって、お姉ちゃんが静かにお母さんに呼びかけた。
  目を爛々と輝かせて「なにっ?」と振り返るお母さんに、お姉ちゃんは無言でこたつを指差した。
「お茶、溢れたんだけど」
「…………………………ごめんなさい」
  さっきまでの勢いから一転、しずしずと布巾を使うお母さんを手伝って、ため息をつきながらお姉ちゃんがお茶を淹れ直す。
  美姫ちゃんがそれを見て、またクスクスと笑った。


「今日は、ありがとね。結香」
  買い物もあるから、バス停まで美姫ちゃんを送ることになった。
  並んで歩いてたらいきなり言われるので、いえいえと首を振る。
「こっちこそ。えぇと、あまりお構いもしまいませんで……?」
  ウチではあまりお客様をもてなしたことがないからこういうときにピシッと挨拶できない。
  子どもじゃないのに挨拶一つできないのって、もどかしい。
「えと、わざわざ来てもらったのにウチのお喋りに付き合ってもらっちゃって、ごめんね?」
  美姫ちゃんはお母さんとお姉ちゃんのやり取りにずっと笑顔でいてくれたけど、あまり話せていなかったと思う。
  従姉妹とはいえお客様なのに放って私たちの話ばかりしていたと謝ると、んーん、と美姫ちゃんは首を横に振った。
「美紅が元気になった理由が解った気がする」
  そう?と聞くと、うん、と頷かれる。
  一対一で話したことなんて本当にないから、また沈黙になってしまった。こういうときの沈黙って、ちょっと困る。
  とぼとぼと歩いていると、「結香?」と呼ばれた。
  驚いたものだからちょっとだけ躓いた。
「大丈夫?」
「だ、いじょぶだよっ?転んでないもんっ」
  そう?と苦笑した美姫ちゃんは、あのね、ごめんね。と静かな声で切り出した。
「小さい頃から、ウチのお父さん、結香と叔母さんに酷い態度だったでしょ?」
  ずっと謝りたかったの、と美姫ちゃんは辛そうな表情で言った。
「子どもの頃は遊ぶこともできなかったよね。お父さんが怖くて。茜とは話くらいはできたけど、結香とはそれもできなくて」
 ごめんね。と繰り返されて慌てて首を横に振る。
  小さな頃は、どうして無視されるのか解らなくて寂しくて心細かったりしたけど、それも小さな頃の話。今はあのときどういう状況だったのか、なんとなく解るから。
「だ、大丈夫。気にしてない」
  ありがと、と微笑んだ美姫ちゃんは「しつこいかもしれないけど」と続けた。
「美紅のこと、長いこと預かってくれてありがとう。あんなに、元気にしてくれてありがとう」
「わ、私は」
  ほとんど何もしてないからお礼なんて、と断る前に「ホントはね」と先に言われてしまった。
「散々無視してきた従姉妹の子どもの世話なんて嫌がるかなぁって、ちょっと心配だったんだよね」
「…………………………そんなこと」
  ない、ともちょっと言いきれなかった。
  小さな子のお世話なんて急に任されても戸惑うし、苦手な叔父さんに命令されて嫌だなと最初は思ったから。
  でも、美紅ちゃんはすごく良い子だった。それに、お世話しないといけない子どもというよりは小さな大人で、もう少し子どもっぽくすればいいのに、なんて思うようになった。
  解ってる、と美姫ちゃんは微笑んで私の腕を軽く叩いた。
「茜にも怒られたわ。『あたしの妹を見損なうな』ってーーーまぁ、言いたいのはね」
  んん、と咳払いをすると、美姫ちゃんはじ、と私の顔を覗きこんだ。
「お父さんに好き勝手なこと言わせたままにしておいてナンだけど、美紅を預かってくれてありがとうということ。虫が良いかもしれないけど、これを機に私とも仲良くしてほしいってこと、かな」
「う、うん。ぜひ」
  昔から見知ってる親戚同士なのに、変な感じだ。
  無性に顔が熱くなってぶんぶん首を縦に振る。
  ありがと。これからもよろしくね?と微笑んだ美姫ちゃんの顔もほんのり紅かった。

  バス停が見えてくると、見送りはここまでで良いよと美姫ちゃんが言った。
「度々美紅を預かってもらってごめん、て叔母さんと茜にも伝えておいて。美紅のこと、よろしくお願いします」
  頭を下げる美姫ちゃんに、任せてと胸を叩いた。
「美姫ちゃんも、勉強頑張って……でも、無理しない程度にね?また、ウチに遊びに来てね」
  ありがと、と美姫ちゃんは微笑んだ。
「実家とはまだ連絡取りづらいから、つい頼ってしまうかも」
  苦笑する美紅ちゃんにそうして、と促した。
「お母さんはともかく、お姉ちゃんならきっと頼りになるから」
「あら。叔母さんだって頼もしいんじゃない?」
  美姫ちゃんが言いきるけど、トラブルのときになんとかしてくれるのはたいていお姉ちゃんなんだけどな。
  でも、「結香のお母さんは頼りになるわよ」と美姫ちゃんは確信してるみたいだった。
「私、好きな人ができたら叔母さんに相談しようかな」
「………止めた方がいいよ。たぶん、冷やかされるだけだと思うよ」
  数年前のことを思い出して忠告すると、美姫ちゃんは身体を捩って笑った。


  別れたばかりの美姫ちゃんのことを考えていたら、無性に胸がドキドキして、足が縺れそうになった。
「結香?」
  聞き慣れた呼びかけに瞬きをすると、意外そうな表情の先輩がこちらに駆け寄ってきていた。
「珍しい場所で会ったな。買い物か?」
  私が握りしめてるエコバッグを見て断じた先輩は、ふと身体を屈めて私の顔を覗きこんだ。
「熱でもあるのか。顔が紅い」
「ち!違いますよ、これはですねっ」
  誤解は解きたいけど美姫ちゃんの秘密を勝手に話すわけにはいかない。
  あのですね、と何度か繰り返していると、「まぁ、いいか」と先輩がエコバッグを取り上げた。
「買い物に行くんだろう?一緒に行く」
  そう言うと私の隣に立って手を握りこむ。
  温められた右手に、また心が熱くなる。
  お母さんはちょっとおせっかいだと思うけど、やっぱり美姫ちゃんにも恋が訪れると良いな、なんて思うと無性に恥ずかしくなってきた。
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