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番外編

食欲の秋、ダイエットの秋

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  秋です。ご飯の美味しい季節になりました。
  まぜご飯と豚汁の組み合わせって本当に美味しくて、お夕飯に出されるとついおかわりをしてしまう。
  でも食べすぎたら脂肪になるのは当たり前。
  私も年頃の女の子として体型に敏感になるのは当たり前だと思うんですが。


「結香」
「…………………………はい」
  ひざ小僧を見つめたまま返事をすると、先輩は小さくため息をついた。
  本当に小さなため息だけど、先輩をがっかりさせたことが申し訳なくて、首をうんとすくめた。
  縮こまる私に先輩は小さく息をつくと目元を少し弛めて頭を撫でてくれる。
「ダイエットはしないと約束しただろう」
  優しく諭すような声に涙腺が弛みそうになる。
「ごめん、なさい」
「うん」
  頭を撫でてくれる手と降ってくる声が優しくて熱くなってくる目を意識しないように「でも」と声を出す。先輩も、うん、と応えてくれる。
「最近、おかずとかお菓子とかをいっぱい貰って………その、食べすぎちゃって」
  うん、と頷いた先輩は「この時期は仕方無いよな」と察したような声を出した。

  先輩のお母さんを育てたおじいさんは、いくつか山や畑を持っていたらしい。おじいさんが亡くなったときに、その山や畑はおじいさんの知り合いに譲ったそうだ。
  その人たちはおじいさんにすごく恩義を感じているそうで、おじいさんの死から軽く二十年以上経った今でも採れたイモや果物なんかを毎年届けてくれる。
  この間のサツマイモや先輩たちが香りに辟易したジャムになった夏みかんも、そうして貰ったものらしい。
  たくさん食べる先輩がうんざりするくらいの料理を作るために、食費にどれくらい使ってるんだろうと前から気になっていた。でも、野菜のほとんどは陽くんが作ってくれるし、あれだけ大量に貰い物をしていたら買い物に行く必要なんて基本ないよね。
「流石に肉類は家でも買うぞ」
  食料の買い出しの必要がないなんて羨ましいと言うと、先輩は苦笑して言った。
「以前は鹿や猪なんて貰うこともあったが、最近はジビエ料理がやたら人気になったそうでな。貰うことも無くなった」
「し、鹿?猪まで?」
  ジビエ料理なんて専門店でそれなりに高い金額を出さないと安心して食べられないと思っていたんだけど、それを家で食べていたなんてやっぱり先輩はセレブの人だった!
「食べたのは小学生くらいの時だが、あまり旨いと思わなかったぞ」
  そのときの味覚を思い出したのか少し顔をしかめた先輩につい笑ってしまったけど、梨や栗、山菜なんかは今でも山のように貰うことに変わりはないわけで。
  そのおこぼれに与っている私は、ちょっと、ほんのちょっとだけど、太ってしまったのです。

  私がダイエットすることを嫌がる先輩だけど、自分の家の貰い物が原因の一つと知って困ったように首を掻いた。
「気持ちは解るが………元が軽いんだから、これ以上細くなってもなぁ………」
  先輩は私のことをつねづね軽すぎて細すぎると思っているらしい。
  そりゃ、たびたび先輩に持ち上げられてるけど、それは先輩が力持ちだからであって、私は普通に重さはあるし、細すぎるわけがない。お腹とか腕とか、つまめばいつだってむちっと肉をつまめるわけだし。胸張って言えることじゃないけど。
  なのに。先輩ったら、私のことを風が吹いたら飛ばされる棒っ切れみたいに見えるみたい。恥ずかしいと訴えているのに、たびたび人前でもあーんはするし、ご飯の量を減らすと不機嫌になってお仕置きする。
  ダイエットだって、先輩の隣に立つのに少しでもみっともなくならないようにという私なりの配慮なのに。
  ダイエットを計画するたびにお仕置きされた記憶でつい恨みがましい目で見上げてしまう。
  先輩はもう一度ため息をつくと、「解った」と言った。
「それなら、俺が結香を痩せさせる」
「ふぇ?」
  首を傾げて先輩を見上げる。
  先輩は何か心に決めたみたいで、真っ直ぐな目で私を見返した。
「えと。ダイエットに付き合ってくれるってことですか?」
  確認するように聞くと、そうだと先輩が頷く。
「健康的に無理無く痩せられるように俺が調整する」
  はぁ、と呆けた声を出してから、あの、と口を開く。
「先輩?今までダイエットなんてしたことあるんですか?」
「無い」
「ですよね」
  見事なまでにきっぱり否定する先輩に、ついがっくりと肩を落とす。
  先輩って、たぶん今までダイエットの必要を感じたことすらないんじゃないかな?
  でも先輩は自信に満ち溢れた表情で「任せろ」と言った。
  先輩はマニュアル本を見ながら指導することに慣れてるみたいだし、先輩にお任せした方が良いかもしれない。
  一人でやってても途中で諦めちゃうかもしれないし、具合を悪くしたら絶対先輩にお仕置きされる。
  ダイエットで先輩に頼るなんてちょっと恥ずかしいけど、反対されるよりかはずっと良いはず。
「じゃ、じゃあ………お願いします」
  おずおずとお願いすると、任せろと心強く頷いた。


「……………それで、ダイエットの指導をしてもらうことになったわけ?」
「うん………そう、なるのかな」
  あいまいに頷くと知佳ちゃんは大きなため息をついて、何か呟いた。
「え?猫がどうしたの?」
「なんでもないわ」
  猫好きだから、通学途中で可愛い猫見かけたって話でも嬉しいのに、知佳ちゃんはため息をつくばかりで話してくれないみたい。残念。
  知佳ちゃんは軽く首を振ると、でも、と私を見つめた。
「進藤先輩じゃないけど、結香は気にしすぎだと思うわよ。太ってはいないじゃない」
  呆れたような目でそう言う知佳ちゃんは、いつ見ても腕も足も細い。陸上を辞めて太ったと言ってるけど、私からしたら絶対痩せてる範疇のはず。
「……………なに?そんな目で見て」
  知らないうちに恨みがましい目つきになってしまったみたい。知佳ちゃんが訝しげに首を傾げた。
「そう言う知佳ちゃんのが痩せてるじゃない。なんか、ズルい」
「ズルいって」
  妬みを言っても仕方ないのに。
  実際言われた知佳ちゃんも困ったように八の字に眉を下げた。
「……………ごめん」
「別にいいけどね」
  ふ、と息をつくと知佳ちゃんは焼き鮭をつついた。顔を上げて私と目が合うと、ちょっとムッとして「あんたも早く食べなさいよ」と叱るように言う。
  相変わらず知佳ちゃんは照れ屋さんで可愛い。
  バレるとまた怒られるからそっと笑って肉じゃがを取ると、「でも本当に」と話しかけられた。
「無理するのだけは止めてよ。それで体調崩したら、私たち受検組みもヒヤヒヤするんだから」
  確かに自分の勝手で風邪でも引いてうつしてしまったら、ごめんじゃ済まない。
  解ったと頷いても知佳ちゃんは眉をひそめたまま、ずいと身を乗り出した。
「手洗いうがいはしっかりするのよ。外から帰ったときにはもちろんだけど、何か食べる前は絶対。おやつの前でもよ」
「解ってる」
「夜はさっさと寝なきゃダメよ。本なんか読んで夜更かししちゃダメ」
「解ってるってば」
  子どもじゃないし、毎年言われてるからもう覚えてるのに!
  ぶすっと頬を膨らませると「それくらいにしてやれよ、知佳」と宮本くんが知佳ちゃんの頭をポンと叩いた。
「そこら辺は進藤先輩がちゃんと見てるだろ」
「そりゃ、そうかもしれないけど」
  少し渋る様子をみせる知佳ちゃんの頭をくりくり撫でながら「悪いな、牧野」と宮本くんは私に向かって苦笑した。
「勉強ばっかしてるとさ、気分が腐るんだよ。牧野の世話焼くことが知佳のルーティンなとこがあるからさ」
  コクコク頷くと、ニッと笑った宮本くんは「で、何の話?」と知佳ちゃんを覗きこんだ。
「何でもないわ。女の子同士の話に入ってこないで」
「ツレないこと言うなよ。知佳がダイエットの話なんて、珍しいよな」
  「聞こえてるんじゃないのっ」 と小さく叫んで知佳が宮本くんを睨みつけた。それでもニコニコしたまま頭を撫でている宮本くんに、諦めたようなため息をつく。
「私じゃないわよ。結香よ」
  知佳ちゃんが訂正すると「ふぅん?」と宮本くんが私を眺めるから、恥ずかしくなってちょっと身をすくめる。
「ホント、女の子はダイエット大好きだよなぁ。必要無くね?」
「なくないもん」
  ぶすっと言い返すと、宮本くんはうーんと困ったような表情を浮かべた。
「勿体無いと思うんだけどなぁ。ダイエットなんかしたら、触り心地悪くなるだけじゃん」
「触り心地?」
  どういうことかを聞く前に、知佳ちゃんが宮本くんのわき腹をむにっとつまんだ。
  「痛ってぇ!」と悲鳴をあげる宮本くんに知佳ちゃんは一言、「卑猥」と不機嫌な表情で言った。
  「そんなこと言ったって」と宮本くんは涙目で訴える。
「男にとっちゃ大問題なんだぞ」
「知らないわよ、そんなの」
  ぶすりと言い返した知佳ちゃんを、ニヤリと笑った表情で宮本くんが覗きこんだ。
「妬きもちか、知佳、ぁだっ?」
  宮本くんのおでこに凸ピンを放った指をそのままにしたまま、知佳ちゃんはふんっと荒く息をついた。
「あんまりからかうと痛い目みるわよ」
「もうみたっての」
  しかめ面でおでこを擦りながら、「でもよ、牧野」と私を振り返った。
「ダイエットしたくなる衝動も解らなくは無いけどさ、ほどほどにしてくれよ?お前が風邪なんかひいた日にゃ、知佳が慌てふためいてどうしようもないからな、いでで」
  再びわき腹をつねられた宮本くんが悲鳴をあげるけど、さっきと違ってちょっと演技がかった声だった。目も笑ってる。
「よけいなこと言わないの。ダイエットの面倒は進藤先輩がみるから心配いらないの」
「は?」
  知佳ちゃんの説明に、宮本くんが本当に困惑したように瞬きした。
「ダイエットの面倒を、進藤先輩がみるのか?」
「そう言ったじゃないの」
  知佳ちゃんが呆れたように頷く。
  さっき知佳ちゃんにしたのと同じ説明を繰り返すと、納得したように頷きながら「でもなぁ、牧野よ」と宮本くんは口を開いた。
「それ、進藤先輩にはただひらすらオイシイ流れになるんだけど、それ解ってるよな?」
「え、何が?」
  先輩にとって美味しい流れってなに?
  首を傾げると、宮本くんは呆れた目を瞬いてニヤリとからかうような笑みを浮かべた。
「いや、だからさぁーーーぁだだだだっ!?」
  同じ行動でも今度は本当に力を入れたみたいで、宮本くんは「ギブ!ギブ!」と繰り返しながら身体を捻る。
  知佳ちゃんが手を離すと「痛ぇよ、知佳」と宮本くんが恨みがましく言ったけど、知佳ちゃんはふんとそっぽを向いた。
「下世話なこと言ってないで、さっさとお昼食べなさいよ」
「ほいほい」
  ちょっとむくれながら背を向けた宮本くんを、「ちょっと」と知佳ちゃんが呼び止めた。
  振り返った宮本くんはちょっと嬉しそうな表情。
「ご飯食べる前に、ちゃんと手を洗いなさいよ?」
「は?手?」
  嬉しそうな表情から困ったような笑顔に変わった宮本くんに、知佳ちゃんは至って真面目に頷いた。
「さっきヒトの頭を思いきり触ったでしょ。食べる前にしっかり洗いなさいよ?」
「いや、それお前の頭だろ。正論だけど、お前、自分の頭を汚いものと言うか?女の子だろうが」
  困惑する宮本くんに知佳ちゃんは一度首を傾げてから、口を開いた。
「ちゃんと石鹸使って洗わないと、意味ないからね?」
「…………………………うん。解った」
  心持ち肩を落として教室から出ていく宮本くんの背中を見送って、良し、とばかりに知佳ちゃんは箸を持ち直したのでした。


  上ずった声で返事すると、夏希さんはラケットを差し出したまま「大丈夫?」と首を傾げた。
「これ、しばらく使ってないけど手入れはしてるし、重さも丁度良いと思うんだけど。お古、嫌?」
  とんでもないと首をぶんぶん振ると、赤いラケットを手渡された。
  すごく綺麗でどこも傷ついてないし、テニスに詳しくない私には中古か新品かの区別もつかない気がする。
「どう?使えそう?」
  小首を傾げた夏希さんに今度は縦に首をカクカクと振る。
「あ、ありがとうございます。ぶつけないように、気をつけます」
「それは気にしなくて大丈夫。もうあまり使ってないラケットだから」
  ビシッとテニスウェアを着こんだ夏希さんはラケットの目を少し確認すると、私を見て「そろそろ行こっか?」と微笑んだ。
  以前、夏希さんはお金持ちのお嬢さんだと聞いてはいた。
  でも、前に招待してもらったのとは別の県に別荘があって、しかもテニスコート付き。そこで至って自然体でラケットを振るう。
「お。お金持ちの日常ってすごい………」
  呆然と呟いた私の頭にぽふと手を乗せた先輩は、自分たちも始めようと私を促した。

  ダイエットにあたり、食事制限というものは出なかった。これは食べちゃいけないとか、おかわりは駄目とかも言われない。ただ、いつもより十回多く噛んでから飲み込むようにと言われただけだった。
  そうして迎えた連休。
  泊まりで出かけると言われた私は合宿ですかと聞いた。
  たまにテレビで見る過酷なダイエット合宿を思い描く私に苦笑した先輩は、違うと笑って否定して、夏希さんの別荘に行くのだと教えてくれた。
  『テニスコートがあるそうだ。テニスは、結香も経験してるだろう?』
  確かに一年のうち一回は体育の授業でテニスをやるし、去年の球技大会はテニスをやったから経験があるかないかで言ったら、ある、だけど。
「………サーブ打てるか自信が」
  ブランクなんて格好つけて言えるほどでもないけど、一生懸命サーブを練習したのは去年の話。あのときはなんとか当たるようになったサーブを今でも打てるかと聞かれたら。
  情けなくも正直に項垂れた私に、先輩はふ、と微笑んだような息をついた。
  『遊びなんだから気にするな』
  電話越しの吐息は、面と向かって微笑まれるのとはまた違う色気があってドキドキする。
  は、い。と掠れた声で返事をすると、先輩は待ち合わせや持ち物、着替えなんかの確認をして電話を切った。
  頭の中を先輩の声が舞っている、そんな浮かれた状態でなんとか支度をして、今日という日を迎えたのです。

「自信無いと言っていたわりには、きちんと返してくるな」
  コートの端と端にいるのに、先輩の誉め言葉はクリアに聞こえる。
  息切れもしてない先輩と違って、ボールを返すことにいっぱいいっぱいの私は、はひっと悲鳴に近い返事を返すので精一杯。
「は、ひはとー、ござっ」
  走ってボールを追いかけて。追いついて先輩の陣地に入るように打って。誉められたんだからお礼を言って。
  あっぷあっぷの私とは対称的に、先輩は動いても二歩くらいですんなりボールに追いつき、スパンっとそれはもうスマートに打ち返す。
  隣のコートでは夏希さんと杉さんが一対一で試合している。
  女性ということで夏希さんは少しだけハンデを貰っているらしいけど、打ち合いの間にお喋りも挟んで楽しそう。
  つまり、この辺り一帯で汗だくのボロボロなのは私一人。
  情けなさにため息をついた途端、私の横をボールがスパンと音をたてて抜けていった。
「あぁぁ………」
  しまったと叫ぶ気力も体力も尽きて脱力する私に、先輩は苦笑してコートのこちら側にやって来た。
「そろそろ一休みするか」
「ふぁっ、だ。ぇぃっ、あ」
  まだ、できます。
  その一言すらまともな日本語で発音できない私の頭を、先輩はポンと撫でた。
「向こうも丁度終わる頃合いだ」
  のろのろと顔を上げると、ネット越しに握手を交わした二人がラケットを弄びながら楽しそうに日除けの下に行くところがうっすら見える。
  な、俺たちも休憩にしよう。と誘う言葉に、はひ、と頷いた。
  腰を抱いて歩こうとした先輩は、私のボロボロ具合に眉をひそめた。
「そんなに疲れたか。抱えていこうか」
  はひはひ息をしながら、それでも首を横に振った。
  人前でも、そもそも人前じゃなくても恥ずかしいけど、知り合いの夏希さんと杉さんの前で抱っこされるのは絶対避けたい。
「ひぶ、ぁりゅ、ぇ、まふ」
  そうか、と頷いた先輩は、私が歩けるように腰を片手で抱き上げて手伝ってくれた。


  私はぜんぜん見る余裕がなかったけど、僅差で杉さんが勝ったらしい。
  ズタボロの私を見てあれこれ世話をやいてくれたり先輩を軽く叱りつけたりして一段落すると、二人の試合に話題が戻った。
  ここが夏希さんの別荘の一部ということもあるけど、私たち以外に人は見当たらないし近くを行き来する音も聞こえない。三人の話し声がなければ、風の音や虫の声が聞こえるだけ。
  ドリンクを飲みながらほげぇっと呆けていると「大丈夫?」と聞かれた。
「あ、大丈夫です。心配かけちゃってすみません」
  慌てて首を振って、言い訳のように口を開いた。
「私たち以外、人がいないなと思って」
「あー………そうなんじゃないかな」
  確かに、と頷きながら夏希さんがドリンクを飲んだ。
「少し前まではここら辺って避暑地としてすごく人気だったらしいけど、最近は急にブームが終わったみたい。この辺りに別荘持ってた人も売りに出したと聞くし、特にそんなに暑くなくなった今の時期は皆来ないんじゃない?」
  別荘と縁のない私は、ふぅんと頷くしかない。
  夏希さんもここには久しぶりに来たそうだ。
「人気がなくて落ち着いた所でゆっくりしたいときなんかは逆にここが便利ね。結香ちゃんも進藤と喧嘩したらここに家出してくると良いわよ」
「余計なことを言うな」
  先輩が夏希さんを睨むと夏希さんと杉さんが笑い声をあげる。
  二人が笑ってるのを見て先輩も仕方ないというように目を柔らかくする。私もつられて笑う。
  音をたてて入り口が開くと、知らない男の人たちがぞろぞろと入ってきた。
  全員柄は違うけど、ハデなシャツをボタンを絞めないで着ている。ファッションなのかもしれないけど、雰囲気が怖い。ドリンクを握る手にムダに力が入る。
  先輩が二人から離れて私を隠すように立った。男の人はたぶんどんどん近づいてきてるみたいだけど、頼もしく射した影にホッと息をつく。
「これはこれは夏希お嬢様。お久しぶりですねぇ」
「わざわざ何か用」
  演技がかった挨拶への夏希さんの返事がすごく冷たい。
  夏希さんの知ってる人みたいだけど、絶対仲良くはないみたい。
「相変わらず夏希お嬢様はツレないですねぇ」
  夏希さんがすっごく冷たい声を出しているのに、男の人はぜんぜん平気そう。お嬢様と呼ぶ声もバカにしているように聞こえて、自分のことじゃないけどムッと苛つきがこみ上げた。
「夏希お嬢様におかれましては、いつもご活躍とのことで素晴らしいですな。本日はこんな所でオトモダチとお遊びですか。やはりお嬢様はこういうオトモダチと遊ぶのがお好きなようで」
  明らかな嫌味にムカーっと頭に血が上る。
  怖くて言い返せないかもしれないけどせめて一目睨んでやろうと首を伸ばしかけると、先輩の身体がゆっくり動いて少し開けた視界の端を再び塞がれた。
「そこで大人しくしてろ」
  振り返られることもなく、小さな声だけでその場に縫い止められる。
  背中を向けていたのに、私が動こうとしたの、どうして解ったんだろ?
「貴方には関係ないでしょ。さっさと出ていってくれる」
  私が首を傾げてる間に、夏希さんが冷たいけど落ち着いた声で帰るように促した。
「出ていってくれる、だってよ」
  下品な笑い声が響く。帰るどころか居座るつもりなのかもしれない。
  お高くとまりやがって、と怒ったような声で叫んだ。
「養子の分際で、生意気なんだよ。エラソーにでしゃばりやがって。どこの馬の骨か解らねぇ分際のクセに、親父の仕事に口出ししてんじゃねぇよっ」
「おい、それは」
「口に出すなって」
  一緒に入ってきた人たちが慌てて男の人を抑えている。
  夏希さんが養子だということは、よく解らないけど、知ってる人はそれなりにいて、それでもそのことはあまり話題にしちゃいけないみたい。
  先輩の影から夏希さんの後ろ姿を窺う。
  斜めに見える夏希さんの顔は、男の人たちが入ってきたときと大して変わってないようだった。でも、軽く組んでる腕の指先が対の腕に食い込んで、先が少し白くなっていた。
  夏希さんを見つめていると、結香、と静かに呼ばれた。
「大丈夫だから、心配するな」
  先輩が言うように、夏希さんは動じていないようにふぅっと息をついた。
「それを言うためにわざわざ高速使ってここまで来たの?そんな下らない頭の息子に金と車をやるんだから、やっぱり能無しなのね。貴方のお父様は」
  父親を無能と言われた男の人が何か叫ぶ前に「まぁ?」とどこか楽しそうに夏希さんは腰に手を当てて片足に重心を乗せた。
  演技がかってるけど、男の人のと違って格好良い。
「どこの馬の骨か解らない小娘ごときにテコ入れされてるんだから、無能なのは当たり前か」
  また男の人が叫ぼうとする前に、「それで?」と夏希さんは楽しそうに先んじた。
「アタシが養子だってことは言いふらさないというのが、そちらの転職の条件に入ってたと思うんだけど。わざわざ押し掛けてきて言い触らすってことは、我が社での雇用を取り消しても良いのよね?」
「はぁっ!?何を言ってっ」
  騒ぐ男の人に構わずに、夏希さんはスマホを取り出すと手早く操作した。すぐに着信音が鳴って、そのままスマホを耳に当てる。
「夏希ですーーーえぇ、今、目の前にいますね。鬱陶しいことに。以前、婚約破棄のときに、おじさまの転職を受け入れる代わりにアタシのことについては口外しないと約定を結んだと記憶していますが、どうでしょうか?ーーーあぁ、やっぱりそうですか。おじさまの方は知りませんが、息子の方はとっくに喋っているようですね。御友人のお二人もご存知のようですから」
  男の人に対する声とも、私たちに対するそれともまったく違うおしとやかな口調で少し話を続けると「お手数をおかけします。よろしくお願い致します」と言って夏希さんは通話を切った。
「今の、親父さんか?」
「そう。やっぱり約定はちゃんと結んでたって」
  ふぅんと興味なさそうに呟いた杉さんは頭の後ろ手に腕を組んで、呆れたような視線を夏希さんに向けた。
「それはいいんだけどよ。何だよ、その話し方。親に対する話し方か?気持ち悪ぃ」
  ひどい言い様だけど、夏希さんはクスリと笑って「仕方ないでしょ」と杉さんのわき腹を軽く殴るフリをした。
「アタシらしくはないけど、社長令嬢としてはあんな話し方のがふさわしいでしょ」
  杉さんは返事をしなかった。
  ふ、と息をつくと「もういいでしょ」と夏希さんが男の人を振り返った。
「これ以上居座るなら、不法侵入者として通報するわ」
「このっ………!」
  夏希さんの警告に、男の人が悔しそうに叫んだ。
「この………!ニセモノのクセに!」
  辺りがしんと静まり返る。
  すごく意地の悪い山びこが「ぃ、ぃ、ぃ」と響いた。
「あぁ?」
  山びこさえも静まるころ、低く呼びかける声が空気を振るわせた。
  先輩かと思ったけど、先輩の背中はただ静かに佇んでいるだけ。
  ということは。と見つめた先で杉さんは姿勢こそそのままに、さっきとはぜんぜん違う表情を浮かべていた。
「今、何て言った?」
  男の人たちが「いや」とか「だから」とかどもるのを、杉さんは「ぁあ?」の一唸りで黙らせた。
「ニセモノってか。こいつがかよ?」
  怒る杉さんに男の人たちは「あ」とか「その」を繰り返してる。一人が「だって」と言いかけるけど「何だ」と杉さんが一言聞いただけでまた黙りかけたけど、「何だよ」と逆ギレしだした。
「凄めばいいってか。俺たちに手を出せばどうなるか解ってんだろうな」
「はぁー?」
  負け惜しみのように言い出した男の人に呆れつつも驚いたみたいで、杉さんが頭の後ろの腕をほどいて首を傾げた。
「手なんか出すか、面倒くさいーーー何で拳で解決すると決めてかかるんだろうな?こういう御坊っちゃまって」
  本当に面倒くさそうに男の人に言い捨てると、杉さんは先輩を振り返ってぼそっと聞いた。
  「知るか」とそっけなく返した先輩だけど、小さくため息をついて口を開いた。
「単調な思考の持ち主だから金持ちの息子しかこなせないのかもしれん」
「てめぇ一人では何者にもなれないってか?そりゃ悲劇だ」
  悲劇だと言いながらも杉さんがケタケタ笑うと男の人たちが口々に不満そうに騒ぎ出した。
「あぁ?もう、解った解った」
  杉さんが宥めるように手を振ると、バッグから出した予備のラケットをポイと男の人に向かって放った。
  杉さんと先輩の言い様に文句を言いたいのにラケットが飛んできたものだから、キャッチはしたものの男の人は戸惑ったように杉さんを見上げた。
「遠路はるばるケチつけに来たんだ。帰れと言われたところで素直に帰れねぇんだろ?一勝負といこうや。ぼろ負けでもすりゃ帰るきっかけになるだろう?」
「「「はぁぁっ?」」」
  言い聞かせるように提案した杉さんだけど、勝敗を譲らない発言に男の人たちがますます興奮した。
「ふざけるなっ。誰がぼろ負けなんか」
「じゃあ、良いじゃねぇか?なんなら、手っ取り早くダブルスにしようや。な?」
  な?と先輩を振り返るので、先輩とタッグを組むつもりらしい。
  先輩が軽く頷くと、杉さんは男の人たちに初めて笑いかけた。
「まさか、借り物のラケットだから負けましたなんて言い訳、御坊っちゃまはしないよなぁ?」
「言うわけ無いだろっ」
  渋っていた男の人たちがやる気になったようで、さっそく二手に分かれてコートに入った。


  日除けの下で右に左にスパンスパンと飛ぶボールの影を目で追う。
  ダブルスのはずだったけど、見た感じで言うとニ対一の試合だった。
  相手がどこに打っても前衛の先輩が返してしまうから。
  相手の人もイラッとしたみたいでかなり高いボールを上げたけど、先輩は軽く身体を振って飛び上がると難なく相手のコートギリギリに打ち緒とした。
  四人の邪魔にならないように声は抑えてるけど、先輩が決める度に小さく拍手する。
「くぉらっ、進藤っ」
  杉さんが後ろから先輩に呼びかけた。
「お前、ちっとはこっちにボール寄越せよ!立ってるだけだと暑いだろうがっ」
  ラケットを突きつけて叫ぶ杉さんに先輩が何と答えたのかは聞こえなかったけど、試合が再開すると高く打ち上がったときやコートの端に打たれたときは杉さんがボールを取りに走った。
「お前ー、今度はパシリかよー?」
  詰るようなことを言いながらも、杉さんはコートの端から端まで一気に駆け抜け涼しい顔でボールを打ち返す。
  先輩も杉さんもただテニスを楽しんでいるように見える。相手の二人はここからでも苦しそうにしているのが見える。
  勝負は最後まで解らないなんて言うけど、これは絶対に先輩たちが勝つ。
  心配していたわけじゃないけど、つい「良かった」と呟いた。
「良かった、って何が?」
  いつの間にかメールを打ち終えていたらしい夏希さんが、私の方を向いていた。ドリンク飲む?と差し出されたペットボトルをありがたく受け取って、先輩たちが勝ちそうで安心したと言うと、あぁ、と納得したように自分でもゴクゴク飲んだ。
「まぁ、負けはしないでしょ。杉さん、高二までインターハイの常連だったし」
「へ!!?」
  何てことないような口振りだけど、インターハイって確かものすごい規模の大会なのでは?
  すごく気になるけど夏希さんはそのことについてあまり教えてくれる気配がなくて、「それより」と話題を変えられてしまった。
「ごめんね。ビックリしたでしょーーー養子とかいきなり聞かされて」
  確かに驚きはしたけど、言いふらされて一番嫌な思いをしたのは夏希さん。
  頬を両手で抱えてうんと咳払いすると、「私の子どもの頃の話なんですけど」と切り出した。
「私にはお姉ちゃんがいるんですけど、母親が違うんです。お姉ちゃんはすっごく美人で頭がよくて、何でも上手にできちゃう人で」
  夏希さんが気に病んでるときに私の話なんて聞いてる心境じゃないかもしれない。
  少し目を上げると夏希さんは静かに私を見ていて、それで?と問うように首を傾げた。
「お姉ちゃんがそういうすごい人だから、小さい頃から言われちゃうんですよ。お前はきっと貰われっ子だって。橋の下に捨てられていたのを貰われてきたんだって」
  目を閉じてそのときのことを少し思い返す。
  おじさんに、こんな不出来な娘をわざわざ作らなくても良かったじゃないか、なんて言われたときも辛かったけど、いじめっ子の男の子に笑われるのも、近所のおばさんが立ち話でそんなことを言っているのを聞くのも堪えた。
  お姉ちゃんにもお母さんにも注意されてたから挨拶はするようにしていたけど、心の中では私のことを笑ってるのかもしれないと思うと顔が上手く動かなかった。
  目を開けると、夏希さんが心配そうに私を覗きこんでいる。言葉を探して口をパクパクさせているから、今は大丈夫と伝わるようにしっかり笑顔を浮かべた。
「泣きそうになる度にお姉ちゃんが抱きしめてくれて。大丈夫だから笑顔で挨拶し続けなさいと言ったんです」

  時間はかかるかもしれないけど、続けていればきっと結香がものすごく良い子だってことが伝わるよ。

  家の隅に隠れて泣こうとすると、いつの間にかお姉ちゃんに見つかってそう言って何度も背中を擦ってもらった。
  お姉ちゃんが美人なことを恨まないで済んだのは、容姿で悩む度にお姉ちゃんが心から「結香は本当に可愛い」と言い切ってくれたからだと思う。
  夏希さんはじっと私を見つめて続きを待ってる。
  慌てて、えぇと、と口を開いた。
「それで、お姉ちゃんがこうも言ったんです。『例えばあたしか結香のどっちかが貰われっ子だとして。それがあの人たちに何か迷惑になるの?』って。考えてみたら、近所の人はたぶん私が貰われっ子でもぜんぜん困らないかなって思ったんです」
  あのとき、丁度家庭内のトラブルをテーマにしたドラマが何本かやっていた。
  お姉ちゃんはそれを録画して、登場人物の関係やどういう場面かを説明しながら、噂話で喜んでる人はただ楽しんでいるだけで主人公たちには何の役にも立ってないし逆に迷惑を被っていないことを力説した。
  あのときのお姉ちゃんの必死な表情を思い出して、お姉ちゃんには申し訳ないけどちょっと笑ってしまった。
「だから、夏希さんが貰われっ子でもそうでなくても、いいんです。だってその、友だち、なのは変わらないでしょう?」
  夏希さんから友だちと言って貰えるのは嬉しいけど、自分から宣言するのはすごく恥ずかしい。
  スマートに言えなかったけど、夏希さんはゆっくり破顔して本当に小さな声でありがとうと囁いた。
「俺たちが闘ってるって時に、ナニ女同士でじゃれてんだよ」
  不満げな声がかなり近くで聞こえたかと思うと、夏希さんの隣にドカッと大きなモノが落ちた。
  お疲れ、と夏希さんが新しいドリンクを差し出すと手で顔を扇いでいた杉さんは、おぉ、と受け取ってごっ、ごっ、と飲んだ。
  振り返ると先輩は自分でクーラーボックスからドリンクを取ろうとしている。
  慌ててタオルを差し出すと、柔らかく微笑んで受け取ってくれた。
「お疲れ様です、先輩。あの………試合は」
  ざっと汗を拭った先輩はドリンクに口をつけたまま遠くを顎で指差した。
  その先を目で追うと、対戦相手だった二人がコートにだらりと座り込んでいる。審判をしていた残りの一人が必死に介抱しているようだった。
「あの男は何も持っていないようだ。二人に対して何も出来ない以上、彼処に転がすのは危ないんじゃないか?」
「あ、それは大丈夫」
  心配する先輩に夏希さんはスマホを振った。
「もう、迎えを呼んであるから」
  スマホをずっと弄っていたのは、男の人たちを連れ出してくれる人を呼んでいたらしい。
「お前、その為に応援もしなかったのか」
  杉さんが呆れると夏希さんは不思議そうに首を傾げた。
「え、そのための時間を稼いでくれてたんじゃないの?」
  けろりと聞いた夏希さんに、杉さんは大きなため息をついたのでした。


  夏希さんたちと別れて道の駅で休憩を挟みながら歩き回る。
  帰る時間を考えたらだいぶゆっくりしていると思ったら、車は小さなログハウスの前で停まった。
  前にもこんな流れがあったような。
「先輩?あの?」
  可愛らしいログハウスを指差して尋ねると、あっさり頷いた先輩は大きな鍵を取り出してドアを開け、中へ入るように促す。
  テニスで汗をかくからだと思っていた着替えの多さに納得して、そしてこれから起こることに心臓を高鳴らせながら室内に入った。





  ◆ 甘い運動 ◆

  確かに暑さが引くと食べる量も増えやすくなる。
  しかし、結香は単に体型が変わったことを体重が増えたと勘違いしているようだ。
  身体の線は依然として細いことを教えるように背後から腰をなぞると、声にならない嬌声を上げて上体が跳ねた。
  喉を枯らせたままでは風邪を引く。
  ミネラルウォーターを含んだ口で口付けると、結香の潤んだ目が少し弛み、その口から吐息が洩れた。
  口移しの水など温くて旨いものでは無い筈なのに、結香は虚ろな目をなんとか開き必死に水を飲む。
  喉が潤いを得ると共に羞恥も戻ったようで、頬の紅が増し顔が泣くかのように歪んだ。
「………もぉ………やぁっ………」
  息が荒い。
  一口では足りないかとペットボトルを見せて飲むかと聞くと、更に表情を歪めて首を横に振る。
「もぉっ………もぉっ、………いぢゎ、やぁ………」
「意地悪じゃない。運動するって言っただろう?」
  ベッドに連れ込んだ名目を囁くと結香の顔が更に歪む。
  元は白い肌を桃色に染めてよがる結香は美しいが、本格的に泣かせたいわけでは無い。
  避妊具を被せた自身を入り口に当て欲しいかと聞く。
  真っ紅に染まった顔が悔しそうに歪んだが、大して間を置くこともなくコクコクと上下する。
  声は聞けなかったものの応えに満足し、ゆっくり自身を中へ押し込む。
  あまりしない体位に、戸惑いの混じった嬌声を上げた。
「こっ………この、まま………?」
  うんと応えながら腰を進める。
  慣れない角度に結香が艶っぽく呻いた。
  意図しての呻きでは無いと解っていても煽られる。
  結局結香には無理を強いる夜になってしまった。


  家に帰ると、他家とも思えぬ気楽さで秋刀魚をつつく光司に「おかえり」と出迎えられた。
  久しぶりの光景に舌打ちすると、帰って早々仏頂面をするなと言われた。
「何故お前は此処で飯を食っている」
「挨拶だなぁ。俺はキノコを届けに来てやったんだぞ」
  バイトで疲れた身でわざわざ、という大袈裟な一言を聞き流しながら見渡す。確かに台所の手前に使い古された段ボールが置いてあった。
「おかえりなさい、夕弦。結香ちゃんは一緒じゃないの?」
  台所から顔を覗かせた母さんが残念そうに小首を傾げた。
「直接家に送った。疲れてるだろうから」
「疲れさせた本人がそれ言いますかね」
  からかうように言った光司を一睨みし、牧野家に少々持っていっても良いかと尋ねる。
「結香は茸が好きなんだ」
「そうなの。じゃあたくさん持っていってあげなさい」
  適当なビニール袋を広げて段ボールから移し替える。
  椎茸もシメジも食べ応えのありそうな大きさだ。
「今年はやけに多く貰ったんだな」
「俺が真面目に働いたお蔭だぞ」
  感想を呟くと、何故か背後で光司が胸を反らした。
  今から届ければ夕飯に間に合うかもしれない。
  行ってくると母さんに告げ、相も変わらず図々しくおかわりを要求する光司を見下ろした。
「一応聞くが、お前、此処にいることを田部井さんに連絡したのか」
「連絡?なんで?」
  結香から聞く話から推測するだけだが、田部井さんはおそらく慣れない手でも食事を作って光司を待っているだろう。
  前にも怒られたのに変わらず自由に寄り道をする光司に嘆息する。
  おそらく今日も田部井さんは怒り心頭で此処へ乗り込んでくるだろう。
「誘われたら、向こうで夕飯を食べてくるかもしれない」
  暗に牧野家で長居すると告げると、あらと小首を傾げた母さんはこれも持っていきなさいと魚料理のタッパーを冷蔵庫から取り出してくれた。
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