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番外編
初嵐いやおどろくは
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自分で言うのもなんだけど、最近けっこう調子が良い気がしていた。
新学期早々の実力テストも実は手応えがあったし、授業を聞いていても前より理解できている気がする。脳ミソがスポンジになったみたい。
だからこっちも上手くいくかな、と呑気に構えていたのが間違いだったのです。
放り投げたボールは、振った右腕には掠りもしないでばむっとバウンドした。
お世辞にも惜しいと言えない光景に、チームメイトの面々はてんてんと弾んでどこかへ転んでいくボールを呆然と眺めている。
「ご、ごめん………」
熱い頬で謝ると口々に大丈夫と慰めたり励ましたりしてくれる。
「練習時間まだあるけど………ちょっと休む?」
コーチ役に来てくれたバレー部の女の子が、気遣うように小首を傾げる。
「だっ、大丈夫!まだできるっ」
わざわざバレーチームの練習に付き合ってくれてるんだから、私が先に根をあげちゃいけない。
首を振るけど、少し休んでてと言われてしまった。
「私がここでボールを上げるから、そこからサーブのやり方見てて。で、そっちにボール上げるから、全員一回はレシーブしてこっちにボール返して」
私にはサーブを見るように、知佳ちゃんたちには飛んできたボールを回すように指示するコーチ。
知佳ちゃんたちが口々に解ったと返す中、息が上がっていた私は伝わるように何度も首を縦に振った。
行くよーとかけ声をあげてボールが飛んでいく。
同じように動いてるはずなんだけど、コーチのボールはちゃんと知佳ちゃんたちの方へ飛んでいった。
「なんでボール見てないのにちゃんと手にボール当たるんだろ………」
「慣れじゃない?」
何度もやれば当たるよ、と言われるけどぜんぜん当たる自信がない。
先行きが不安過ぎてため息をつくと、「大会までまだまだあるんだから、気長に頑張ろう?」と励まされてしまった。
「もう、球技大会の季節なのか」
玄関で一目私を見るなり先輩は見破った。
エスパーですかと驚く私に、先輩は何の競技に出るのかと聞いてきた。
「……………ば、バレー、です………」
ふむ、と頷いた先輩は私をじっと見つめた。
「じゃあ、またサーブの猛特訓か」
「な!なんで解るんですかっ?」
確かにサーブに失敗してばかりだから、当面の私の課題はサーブを成功させることなんだけど。
……………なんで解ったんだろう……………?
今度こそ目を見開いた私に、なぜか大きくため息をついた先輩は「練習は程々にしろよ」と言って髪を撫でた。
立ち上がると近くでお弁当を食べていたチームメイトが「今日も練習?」と聞いてきた。
「今日は休んだら?」
「そんなに必死に練習しなくても大丈夫だよ」
気を遣って言ってくれるけど、練習を休むわけにはいかない。だって。
「練習場所の申請通ってるから使わないと勿体ないし………サーブ失敗したら、そもそも試合にならないでしょ?」
「まぁ………それはそうだけど」
私のサーブで毎回相手チームにサーブ権をあげるわけにはいかない。毎回申請手続きをしてくれる知佳ちゃんの為にも、私がへなちょこでも文句を言わないで練習に付き合ってくれるコーチの為にも、ボールが手に当たるようにしなければ!
気合いを込めて手を握りしめていると、気をつけて行ってきなとため息混じりに言われた。
「私たちも後から行くよ。コーチみたいに上手いアドバイスできないかもしれないけど、フォーム見る人間いた方がいいでしょ?」
みんなも練習に付き合ってくれるらしい。
ありがたくてちょっと胸が詰まった。
「あ、ありがとう。でも、良いの?お昼休みなのに」
「それは結香も一緒でしょ」
感情をもて余してつい意味無く両手をぶらぶら振りながら言うと、呆れたように返された。
「ここ適当に片付けたら行くから。ちゃんと準備運動しなさいよ」
忠告に頷いて、またねと手を振って教室を出た。
一人で何度かサーブに空振りを続けて、本当に来てくれたみんなが「じゃ、見てるからやって見せて」と座ったところでキンコンカンコンと鳴った。
ここは部室棟のスピーカーからも離れてる。
みんなで、お互いにしーっと口に人差し指を当てながら耳をそばだてる。二回目の放送で、やっぱり?と戸惑ったような視線が私に集中した。
「………呼ばれてるの、結香だよね?」
たぶんと頷いていると抱えていたボールが無くなった。
「とりあえず、行ってきなよ。間に合わないようなら、ここ片付けておくから」
「ありがとう。ごめんね、せっかく来てもらったのに」
いいよと笑ってくれるみんなに手を振って、今度は職員室に早足で歩いた。
え、と問い返す声が自分でも情けないくらい掠れた。
「だからね。親御さんと話をして、今からでも大学受験に切り換えたらどうかしら?」
体操服のまま職員室に来た私に一瞬首を傾げた学年主任の先生は、なぜかいきなり大学受験を勧めてきた。
「両親は専門学校に進むことに頷いてくれてますし、私も大学に行くつもりはありません」
はっきり言ったつもりだけど、先生はまぁ聞きなさいと口を開いた。
「牧野さん、三年になってから成績が上がってるでしょう。それを専門学校に行くなんて勿体ないわよ。今の成績を維持できれば、この辺りの大学を狙えるんじゃないかしら」
そう言って偏差値表の一部を指差して見るように促すけど、私がむすっとしたまま先生の顔を見ているので先生は少し気を悪くしたように目を細めた。
「成績とか偏差値なんて、親御さんには解りにくい話なんじゃないかしら。あなたが今全国でどのレベルかを知れば、考えも変わるわよ」
「そんなことありません」
確かに大学に行くなら文学科かな、とぼんやり考えたことはあったけど、今は専門学校に行きたいとちゃんとお母さんにもお父さんにも話してある。
二年間絵の勉強をしても、仕事になるかどうかは解らないんだけど、と謝ったけどお母さんは「いいんじゃない?」とあっさり頷いてくれた。
「私みたいになんとなくで大学選んで通うより、やりたいと思って通うんなら良いじゃない。そもそも、絵で食っていける人なんて一握りだって、お母さんでも聞いたことある話だし」
賛成してくれるのは嬉しいけど、どこか残念なことをさらりと言ったお母さんは、それに、とにんまり笑った。
「仕事にならなくても良いじゃない。結香は夕弦くんのとこに永久就職するんだから」
学年主任の先生には言ってないけど、高校を卒業したら私は先輩とけ、け、結婚することになっている。
だからというわけでもないんだけど、私の進路についてあまりどうこうは言われないはず。
大学を受験するつもりはありませんと繰り返すと、先生は残念そうにため息をついた。
「いずれにしても、一度親御さんと相談してくれないかしら。このままでは推薦状なんて書けないわ」
「え?だって推薦状は」
「大学に進む力がある生徒に専門学校の推薦状を書くなんて、高校としてできるわけがないわ。推薦状を書いてほしかったら、大学受験を考えなさい」
三者面談のときに、行きたい学校が見つかったら教えるんだぞ、と微笑んでくれた槇原先生の顔を思い出す。
三者面談なのに話すことがなくなったね、とお姉ちゃんと笑ってたのに、推薦状書いてもらえないのかな。
「あら。もうこんな時間ね」
いきなり暗くなった視界にどうしようもなく立ち尽くしていると、そんな声がどこか遠くから聞こえた。
「牧野さん。とにかく親御さんと話をしなさい。もう時間だから、授業に遅れないように」
早く行きなさいと職員室から出された私は、壁伝いにのろのろ歩いた。
腕が温かく包まれて、「牧野さん」と優しく呼びかける声が聞こえた。
「ふぇ」
目を瞬くと知ってるけどずいぶん久しぶりに見る顔が近くにあって、驚いて妙に息をのんでむせた。
「あらやだ。大丈夫?」
大変なんて言いながら目の覚めるような綺麗な顔のその人は、私が落ち着くまで背中を擦ってくれた。
「い、ちのせ、せんせ」
私の辿々しい呼びかけに「はい」と綺麗に微笑んでからくすりと笑った。
「学校では旧姓鵺野だけど。まぁ、そもそも『保険医の先生』で通っちゃうから鵺野先生なんて呼ばれたことないんだけどね」
あははと笑いながら優しく背中を擦ってくれる先生の笑顔にホッとする。
「ありがとうございます。もう、大丈夫です」
とりあえず咳が止まったからお礼を言うと、そう?と小首を傾げた鵺野先生はやんわりと私を診察用の丸椅子に座らせた。
「あの、ここ、保健室ですか?なんで私、保健室に?」
確か授業を受けに戻りなさいと言われたはず。
自分がなぜ保健室に座ってるのか解らないと言うと、鵺野先生はなぜか痛そうな目をして私を見つめた。
「元気じゃなかったからね。教室からここまで水瀬さんに付き添われて来たんだけど、覚えてない?」
知佳ちゃん?とついいつもの呼び方で首を傾げるけど、鵺野先生はそうと頷いて覚えてない?と繰り返した。
「え………と。お昼食べて、サーブの練習しないといけないから着替えて中庭に行って………みんなに注意されてたから準備運動して。練習してたらみんなが来て。それ………で………」
職員室に呼び出されたあとのことを思い出して急に胸が重たくなった。
「牧野さん?」
鵺野先生の呼びかけに慌てて首を横に振った。
「な、なんでもないです。私、教室戻ります。授業に出ないと」
「まぁ、そう焦らないで」
立ち上がろうとするのを止められた。
無理に押さえつけられてるわけでもないけど、結局椅子に座り直しちゃってるのはなんかダラけてるみたいで気が引ける。
体操服からしっかり出ている足をやたら触っていると、「もうちょっと待っててね」と何かのファイルを取り出しながら鵺野先生は笑いかけた。
「そろそろ牧野さんの制服を―――はい、どうぞ?」
言葉の途中で聞こえたノックの音に入室を促す。
失礼します、と入ってきたのは知佳ちゃんだった。
「知佳ちゃん?どうしたの?」
元気そうに見えるけど具合が悪いのかな、と見つめていると知佳ちゃんは一瞬呆れたような目をしてからふ、と息をついて薄く微笑んだ。
「少しは、起きた?」
「え、なに?」
寝たつもりないんだけど、と言っても、それはもういいわ、と呆れたように言って知佳ちゃんは私の膝に畳まれた布を置いた。
「ほら。制服持ってきたから。で、こっちは鞄。机の中の物、全部入れたからエコバッグまで使っちゃったけど、ごめんね」
「う、うん?」
辞書とか資料集とか、家で使わないときは机の中に入れたままにしてある物も入れてきてくれたらしい。週中の荷物にしてはちょっと多い。長期休みの前みたい。
なんで全部?と聞く前に知佳ちゃんは続きの説明を始めてしまった。
「結香も途中まではメモしてるとは思うけど、一応今日出た宿題はあとでまとめてメールするからね。五限六限のノートは明日でも明後日でもコピー渡すから。解った?」
「う、うん?たぶん?」
かくかく首を縦に振る私を食い入るように見ていた知佳ちゃんは、はぁぁとため息をついた。
「ダメだわ。まぁ、起きて動いてるだけマシなんだろうけど」
なんだか私にものすごくガッカリしているみたいだけど、知佳ちゃんは何か文句を言うわけでもなく私から奥で何かの書類を書いている鵺野先生に視線を移した。
「迎えが来るまでここで待たせてもらっても良いですか?」
「槇原先生がそう言えって言ってきたんでしょ?良いわよ。迎えの連絡は済んでるの?」
「槇原先生が」と知佳ちゃんが頷くと、鵺野先生もそうと頷き返す。
私に関することだと解ってるけど、私には何のことなのかぜんぜん解らないまま話が済んだようで、私の目を見つめた知佳ちゃんは「じゃあね」と言った。
「明日休むんなら、メールちょうだい」
まっすぐに見る目付きの強さに戦いて頷きそうになるけど、耐えて首を横に振った。
「や!休まないよ!身体、どこも悪くないもん!」
「身体は、ね」
小さくため息をつくと知佳ちゃんはじゃあねと小さく手を振って、鵺野先生に頭を下げると、失礼しましたと丁寧に礼をして保健室から出て行った。
時計を見ると五限の中頃。
私のためにここまで二往復もさせてしまって、申し訳ない。
「元気なのに授業受けるの邪魔しちゃうなんて、悪いことしちゃった」
呟くと申し訳ない気持ちがどんどん心の中に広がっていくのをすごくリアルに感じる。
「そこでクヨクヨしてたら、余計に怒らせるんじゃないかしらね」
書き仕事をしながら鵺野先生が前髪をかき上げた。
もともと美人の先生が伏し目がちにしながらたまに髪をかき上げる仕草は同性から見ても艶っぽくて、そうでしょうかと言う声がちょっと弱々しくなってしまった。
艶っぽい空気を纏ったまま、そうよ、と吐息で返した先生は、立ち尽くした私を見上げて妖艶に微笑んだ。
「私の知り合いにもあんな風に面倒見の良い女がいるんだけどね。その人ならそんな風に面倒をかけたことで申し訳ないなんて言われたら、絶対こう言うわよ―――『そんな下らないことで悩む力があるんなら、シャンと立ちなさいよ!なっさけない!』ってね」
その人のマネかもしれない。
ちょっとぶっきらぼうに言ってから、鵺野先生はおかしそうに笑った。
「やたら面倒見が良いクセに、実際に感謝されると対応に困るのよね。たぶん、水瀬さんも同じよ」
ふふふ、と微笑んでからとりあえず着替えちゃいなさいな、とパーテーションの向こうを指差した。
制服に着替えるともっと落ち着いたような気分になってきた。
今からでも授業に戻れると思うんだけど、鵺野先生は座りなさいと元の丸椅子を指差した。
「そのうち迎えが来るから、お茶でも飲みましょ」
そういえば知佳ちゃんが迎えがどうとか言っていた。私のことだったんだ。
「でも具合悪くないのに」
「身体はね」
電気ケトルに水を淹れながら先生は私をチラリと見た。
その目になぜか一瞬ドキッとして言葉を失う。
お茶の支度を淡々と進めながら、でもね、と先生は静かに話し始めた。
「牧野さんの状態は、今は身体の方はまだ大丈夫ってだけで、そのままにしておいたらすぐに身体に影響が出るわ」
声は静かだけど脅かされてるような気がして胸がざわざわしてきた。
「だから、今はちょっとお喋りしてのんびりする時間なの。ストレスを舐めちゃダメよ?」
「ストレス、ですか?」
そうよ、と先生は顔を上げてにっこり微笑んだ。でも、すぐに真面目な目になる。
「ここに来たとき、牧野さんの顔、青とか白とか通り越して土気色してたわよ。余程のことがあったんでしょう。それを話してほしいのよ」
自分ではいつもの自分だと思っていたけど、みんながぎょっとするような顔だったらしい。そんな顔で歩き回っていたのかと思うと、すごく恥ずかしい。
「でも、ケガとか病気とか関係ないことを先生に話すのは、その、仕事の邪魔になるんじゃ」
申し訳ないと言うと平気平気というようにひらひらと手を振られる。
「さっきストレスって言ったでしょ。そのまま放っておいて、あとから身体に障る方が余程困るのよ。それに、こうして話を聞くのも私の仕事なの」
「仕事なんですか?」
そう、と先生が頷いて「だから」と続けかけたところで窓がほとほとと音を立てた。
風にしては妙な音だなと思ったら、窓を開けた先生が「あら、お疲れ様です」と少し驚いた声を出した。
窓の外に誰かいるらしい。
その人と先生はお喋りを始めた。二人の声が小さいから、入り口に近いところにいる私にはよく聞こえない。
あまり聞いてはいけない話なのかもしれない。
壁の掲示や棚をぼんやり眺めていると「牧野さん」と先生の声に突然呼ばれて、ぴよっと肩が跳ねた。
「ひょぉっ?………はいっ?」
驚いた拍子に返事が間抜けになったけど、先生はそれを笑わずに窓際から振り返った。
「お茶に交ぜてほしいって人がいるんだけど、構わない?」
「は、はいっ。それは、もちろん」
誰なのかは私のいるところからは見えないけど、反対する理由なんてない。
こくこく頷くと先生はにっこり微笑んでから窓の外を振り返った。
「じゃあ、しっかり手を洗ってから来てくださいね」
窓から身を乗り出して、たぶん背中に向かって「石鹸使ってくださいねー」と念を押す先生。
今からここに来る人はそんなに手が汚れてるのかな?
首を傾げる私に構わずに、先生はお茶の準備に戻った。
鵺野先生にどうぞと言われて入ってきた人は私もよく知ってる人だけど、校内にいるのを見るのが初めてだったから、つい「あれ」と声に出して驚いてしまった。
そんな失礼な態度にも構わず、その人は「久しぶりだの」と笑った。
「お、お久しぶりです」
うんと頷いたおじいさんは、急遽部屋の真ん中に引っ張り出した机の上をさっと見てにこりと笑った。
「邪魔にならんようで、良かったの」
助かりましたよ、と鵺野先生が答えた。
「お茶にするといってもお菓子のあてがなくてちょっと困ってたので」
「あるのは酒のあてばかり、かの?」
からかうように言ったおじいさんに、鵺野先生は苦笑した。
「否定はしませんけど。もちろんお酒は置いてませんよ」
そりゃ残念、とおじいさんが笑う。
「なら今度は一升瓶でも持ってこようかの」
ダメですよ、とやんわりとだけど叱るように鵺野先生は顔をしかめてみせた。
「職場なんですから。このお茶も仕事の一貫なんですからね」
お茶が仕事なの、と首を傾げる私を振り向いて、鵺野先生はニーッコリと微笑んだ。
「打ち明け話をするなら、ガールズトークが一番でしょう?」
さっき私が言わなかったことを、まだ聞くつもりらしい。
不安だから話したい気持ちもあるけど、どう説明するか困るなとぼんやりしていると、「なるほどのう」とおじいさんが楽しそうに頷いた。
「なら、早く始めようじゃないか。がぁるずとぉく」
「ガールズ、って、一応女の子のことなんですけどね」
苦笑する鵺野先生に、何を言うか、とおじいさんは目を剥いた。
「この年になれば、男と女の差なんて有って無いようなもんだぞ。それにほら、菓子だって持ってきたのに」
「はいはい、一緒にお茶しましょう」
躍起になって持ってきたお菓子を見せてアピールするおじいさんを、はいはいと鵺野先生は宥めた。
「お菓子を頂く代わりに、今回はお菓子を買溜めしてたことを娘さんには内緒にしてあげますからね」
うんうんと嬉しそうに頷いたおじいさんはいそいそと椅子に座って、私にも早く座るように促した。
二人は知り合いだったのと聞く鵺野先生に、私たちは揃って頷いた。
「私、去年緑化委員だったんです」
「牧野さんは頑張り屋さんでな。他の人の分まで引き受けて一生懸命やってくれたよ」
口を添えるようにさらりと褒められるので慌てて首を横に振る。
「いえ………おじいさんが毎回親切に教えてくれたから、一年頑張れました。あの、最後の係のときにお礼を言おうと思っていたんですけどタイミングなくて。一年間お世話になりました」
ありがとうございましたと頭を下げると、気にしなさんなとおじいさんはにこにこと笑う。
「夏休みの係もきちんと来てくれたしな。男手まで連れてきてくれて、助かったよ」
「驚いたでしょうね、進藤くん………」
私が連れていった男手が先輩のことだと察した鵺野先生が遠い目をした。
おじいさんはほっほっほと楽しそうに笑ってる。
そういえば去年の夏。手伝い自体にはぜんぜん躊躇しなかった先輩が、「でぇとの邪魔したかの。すまんの」と声をかけてきたおじいさんを見て目を丸くしていたような気がする。
ものすごく今さらだけど、なんでだろう………?
鵺野先生と楽しそうにお喋りしているおじいさんを眺めていると、その小さな目がくりりっとこっちを向いたので思わずカップを持ったままちょっと飛び上がった。
「こうして牧野さんと喋るのは久しぶりだの。元気だったかの?」
はいと頷いておじいさんも元気でしたかと返す前に、休まない鵺野先生がふーっとため息をついた。
「今朝までは元気だったと思いますけどね。今は元気じゃありませんよ。だからここにいるんじゃないですか」
「ほ。そうだったの」
忘れたんですかと少し詰るように言われたおじいさんは納得したように頷いて、改めて私の顔をじっと見た。
「それで、何があったかの」
お茶のお喋りの流れで聞かれてしまったけど、おじいさんも鵺野先生も嫌な笑みは浮かべていない。
なんとなくじゃなくて本当に心配してくれてるんだと思うと、さっきとは違う感情で胸が詰まる気がした。
指導だと言われれば仕方ないけど納得できない私としては、どうしても学年主任の意見を押しつけられた気持ちになってしまう。
気をつけてはいたけど、やっぱり言葉の端々には不満が滲み出てしまう。
ぽつぽつと話し終わると、そっと顔を上げて二人を見た。
二人とも難しそうな表情を浮かべて口を引き結んでいる。
せっかく美味しいお菓子とお茶を楽しんでたのに、こんなグチみたいな話を聞かされたら迷惑だよね。
「すみません、こんな」
謝りかけた私の言葉を、「ふーっ」と一気に吐き出された息が遮った。
ビクリと身体を揺らすと、「あぁ、ごめんね」と鵺野先生がため息で応えた。
「毎年のことだからいい加減苛立たないようにしようと思ってるんだけど、どうしても気分悪くてね」
すみませんと謝ると、いーのというように手を振られる。
「牧野さんが謝ることじゃないでしょ」
そう言ってはくれたけど鵺野先生の気は晴れないようで「まったく」とため息を重ねた。
「職員室で他の先生もいる所でそんな真似するなんて―――ナニ考えてんのかしら」
不愉快そうに呟く鵺野先生に「さぁの」とやっぱりまだ苦虫を噛み潰したような顔のままのおじいさんが応じた。
「何かしら考えたことはあるんだろうが………或いは妄想に酔って己が何をやらかしているのかを認識していないのかもしれんな」
やれやれというようにおじいさんは首を振った。
「押し付けがましい年寄りは疎まれるだけだといい加減学べば良いのになぁ」
やるせなさそうに言いながら、おじいさんは次々にチョコレートを摘まむ。
「なんとかなりませんか」と言いながら鵺野先生がおじいさんからチョコの箱を、すすすと引き離した。
「生徒の未来を考えての言動だ、進路指導に保険医が口を出すなと言われてしまえば私としてもどうしようもないんですけど、毎年このペースで要相談の生徒が増えている状態自体が問題だと思うんですけど」
そうだのう、とチョコの箱を見つめながらおじいさんが唸る。少し考えてから「仕方無いのぅ」とため息をついて鵺野先生を見上げた。
「やれやれ。わざわざ爺を動かそうだなんて、ひどいのう」
詰るような言葉に、鵺野先生はニーッコリと微笑んだ。
「芽吹く前の種を潰す人を野放しにして良いんですか?」
それを言われるとなぁと言いながらおじいさんが手を伸ばすけど、鵺野先生はすすすとさらに箱を遠ざけた。
「年寄りを苛めんでくれ」
心外だというように先生は目を丸くした。
「あら。じゃあ、魔王の降臨を待ちますか」
「それも嫌だなぁ」
仕方無いというようなため息をついたおじいさんが「解ったよ」と息をついた。
「老骨に鞭を打つとしよう」
だから、とおじいさんは満足そうに微笑む鵺野先生にすがるような視線を向けた。
「それを返してくれぃ」
小さくため息をつくと鵺野先生は少しだけ箱をおじいさんの方に押し出す。
嬉しそうに目を輝かせたおじいさんが手を伸ばすと、箱の上に手で蓋をした先生がにっこり笑った。
「あと一つだけですよ。食べ過ぎると本当に障りますからね」
うぅーっ、とおじいさんが唸っているとドアがコンコンと音を立てた。
教室に入ってきた私を見て、知佳ちゃんはギョッと目を見開いた。
「本当に来たの」
もう教室に来ていたクラスメイトのみんなも同じ意見だったようで、あっという間に取り囲まれてしまった。
ちょっと驚いたけど、大丈夫なのと心配してくれるみんなににっこり笑うことができた。
「昨日はごめんね。途中で帰っちゃって。あと、心配かけちゃって」
本当だよ、とみんなが口々に言う。私が本当に元気か確かめるように肩や腕を擦ったり頭を撫でたりしてきた。
いつもは子ども扱いされてるみたいでちょっと悔しい触れ方も、今日はなんだかくすぐったい。
「とりあえず、無理はしてなさそうね」
しばらく触ってみて、少し信じてくれたみたい。
本当に元気だよ、ともう一度頷いてみせた。
「心配かけてごめんね。でも、本当に大丈夫。昨日は早退しちゃったけど、しっかり休んだし、サーブの練習も家でやってきたから!」
「早退したんなら、サーブ練習なんてしなくて良いのに」
苦笑しながらも、じゃあ今日の練習で見せてね、と期待される。
自由練習の時間を確認して、心の中で気合いを入れた。
体育の時間。見慣れない先生が待っていたのでみんなで首を傾げる。
体育の先生は今日はお休みなので、代理に二年の体育の先生が来てくれたらしい。
昨日はすごく元気だったから不思議にも思ったけど、昨日の今日で顔を合わせづらかったから、正直ありがたいと思ってしまった。
今日の体育の時間は、球技大会に向けて各々練習しなさいと言われる。
「結香、練習の成果、見さてもらうわよ?」
からかうように声をかけてきたチームメイトに、任せて!とVサインを出してストレッチをした。
ぼぐっと音を立ててボールが手のひらに当たった。
当たった!と心の中で叫ぶのと同時に、見ていたみんなも声に出して喜んだ。
「すごい、結香!ヒット率上がったじゃない!」
「着地点の調整とかはもう少し練習しないとだけど、ぜんぜん上手くなったよ!」
「昨日、一体何したの?」
他の競技の練習をしていた人まで驚いている。
私のサーブのへっぽこさがチーム外にまで伝わっていたらしいことにちょっとへこむ。
でも、こんなに誉められるとやっぱり気分は悪くなくて、ふふふっと笑いがこみ上げてしまった。
実はね、と白状する声がどうしてもワクワクした声になってしまう。
「昨日、先輩が練習に付き合ってくれて。体勢とか身体の動かし方とか細かく見てくれたんだ」
昨日保健室まで迎えに来てくれた先輩は、私を抱きしめたまま、学校で何があったのか聞いてくれた。
この話は二度目なのに話しているうちに動揺してしまって辿々しくなってしまう話を最後まで聞いてくれた先輩は、災難だったなと頭を撫で髪にキスしてくれた。
もし、推薦状が貰えなくて専門学校に行けなかったら。
どこかの大学を受けることになって、せっかく決めた新居に住めなくなったら。
先輩に話してるうちに急に頭の中に浮かび上がった不安に震える私を、先輩はしっかりと抱きしめる。
大丈夫だから心配するなと言い聞かせた先輩は、私を庭に連れ出した。
持たされたバレーボールを見て呆ける私に、サーブを見てやる、と先輩は言った。
推薦状のことが気になって仕方ないし、へなちょこサーブ(当たってないからサーブにもなってない)を先輩に見られるのは恥ずかしくて嫌だと言うと、先輩はとことん不思議そうに首を傾げた。
「成功するように、練習するんだろう?」
あげく、一人で猛特訓してボロボロになられるよりはマシだと言われてしまえば、私が辞退できるはずもなく。
フォームの一つ一つを直に触って直され続けて、とりあえずボールが手のひらに当たるようになったのです。
私の涙ぐましい数時間の特訓について聞き終わった女の子たちは、一様に呆れた目をして「「「なぁぁぁんだ」」」と声をハモらせた。
「ノロケじゃん」
ノロケじゃない!という私の主張は呆気なく無視されて、みんな自分の練習にぞろぞろと戻っていく。
「ゾンビみたいな顔してたから心配してたのに」
「そりゃ元気にもなるよ」
「くぅぅ~っ、リア充羨ましか~っ」
心配してくれてたことには感謝してるけど、そんなに呆れなくても良いと思う!
悔しくて、うぅぅ~っ、と唸った。
「今は特訓中だけど!初心者だから成功しやすい必殺技だって猛特訓中なんだからっ」
「それをわざわざ叫んで知らせたら意味ないと思うわ」
地団駄を踏む私の肩を、ため息をついた知佳ちゃんがポンと叩いた。
教室に戻る途中で、「おぅ、牧野」と声をかけられた。
「ま、きはら、先生」
おぅ、と応える担任の先生はいつもと変わりない様子で、余計に心臓がドキドキと煩く鳴る。
先輩との特訓をからかわれたショックで忘れていたけど、推薦状について槙原先生に確認しなくちゃいけないんだった。
「あ、あの」
「そうだ、牧野」
私の決意を遮った槙原先生はニッと笑った。
「行きたい学校決めたんだって?決めたならさっさと言えと、面談で言っただろうが」
「へ」
戸惑う私のおでこをニーッと笑みを浮かべた先生が指で突っつく。
「推薦状を書くのも一仕事なんだからな。お前一人の分をここ数日で終わらせられるだけでもだいぶ違うんだ。帰りのホームルームにでも、紙に書いて知らせてくれ。いいな?」
こくこくと頷くと、先生は知佳ちゃんを振り返って少し声をひそめた。
「水瀬。お前の成績なら推薦いけるかもしれないが、どうする?」
知佳ちゃんは小首を傾げて、ちょっと考えてみます、と言った。
返事は早くな、と頷いた槙原先生は手を振って行ってしまう。
その背中を見ながら「とりあえず」と知佳ちゃんが口を開いた。
「推薦状、普通に書いてもらえるみたいで良かったじゃない」
うん、と頷く。
急がないと次の授業に遅刻する、と二人で教室に急いだ。
◆ 卒業生のあるあると夏茜 ◆
メールの文面に、つい声に出していたようだ。
「彼女ちゃん、勝ったって?」
「三回戦に進むようだ」
「ほー。そりゃ良かった」
言いながら参考書を捲る仕草は無関心のようにも見えたが、疲れたと言いながら閉じる。どうやら単に勉強に飽きたらしい。
まだ三十分もやってないと指摘すると、細かいことを言うなと睨まれる。
こんなやり取りを受験前にもやっていたから懐かしい。
光司はそんなことを思い出しもしないのか、メニューを開いている。
「三回戦進出祝いに何か食おう。お前の奢りで」
勝手に休憩のネタにされていることを結香に申し訳無くも思ったが、俺もメニューを開いた。
夏の涼しげな絵面も良かったが、秋は様々な果物が取り扱われていて良い。
「パフェとアップルパイ、モンブランにする」
「相変わらずだな、お前は」
ため息をついた光司が呼び出しボタンを押す。
注文を聞いた店員が一瞬呆けたが、「宜しくねー」と光司が愛想笑いを浮かべると頭を下げて戻っていく。
「でも、素直に休憩させてくれるとは………お前、何か企んでるのか」
訝しげな目で俺を睨む光司に首を横に振る。
「お前には今回世話になったからな。礼になるならここの支払いくらい何でもない」
世話ぁ?と光司が惚ける。
「世話って何だよ。お袋呼んだことか?彼女ちゃんの特訓に付き合ったことか?特訓といっても俺はただ遊んでたようなもんだし、お袋ならお前相手なら喜んで飛んで来るぞ。全く、息子の友だち相手に色めき立つなんて恥ずかしい」
おばさんに聞かれれば確実に拳を貰うようなことを嘆いて嘆息する光司に、それもだが、と口を開く。
「証言を取ってくれただろう」
弁護士を頼んだところで、推薦状を一枚書かない程度の問題を取り扱わないことは解っていた。それでも例の学年主任に高圧的な態度を取られた卒業生の証言を光司が集めてくれたから、おばさんも高校まで出向いてくれた。
あぁ、と光司は届いた皿を俺に自分にと振り分けながら曖昧に頷いた。
「前から酷い噂だったからな。問い合わせる相手の心当たりは困らなかったし、そんな手間でもない。女子が日記とかブログとか書いててくれて助かったよな。お袋一人が問い合わせたところで高校も取り合わない可能性もあったけど、物証があったんじゃ無視できないし。ババァも反省するんじゃねぇか。どうしようもない年齢差に嫉妬して八つ当たりすると、後から仕返しされるってな」
でも惜しかったよな、と俺のモンブランを一口掠め取った光司は悔しそうに咀嚼する。
「男子生徒の方が証言だけでさ。あいつらもブログとかやっててくれたら、セクハラ教師として社会的に叩けたのに」
光司の不完全燃焼故の不満も解るが、以前水瀬が懸念していたことも解らないではない。
受験に苦労した光司もそれは解るらしく、仕方ねぇなとハニートーストにナイフを突き入れた。
「まぁ、お袋が本格的に動く前になんか勝手にあのババァ、ダメージ受けてたみたいだし、彼女ちゃんの推薦状はちゃんと書いてもらえるみたいだし………お前、ナニをしたんだよ」
「俺がやったわけじゃない」
俺は嘆息して、去年結香は緑化委員だったことを話した。
「緑化委員?それが一体………あ、そうか」
訝しげな様子で首を傾げていた光司が、納得したものの再び大きく嘆息した。
「あの爺さん、まだ校庭でウロチョロしてんのか」
「この間は保健室で結香と三人で茶を飲んでいたぞ」
そら羨ましい、と唸った光司は、大きく嘆息した。
「彼女ちゃんたちも、卒業式で驚くだろうな。毎日校庭で掃除だの庭仕事だのしていた爺さんが先代校長だったとか知ったら」
だろうな、と頷く。
能力故に校長になったが、校内に居る時間が少なくなるのを嫌がって早々に校長職を辞し、なのに用務員として動いているあの老人は、うちの高校の七不思議の一つになっているらしい。
非常事態に心が騒いでいる状態で、そんな老人と普通に茶を飲んでいた結香はある意味凄い。
「そういえば、結香はよく解らんうちに大物と親しくなるんだった」
なんだそりゃ、と光司が目を剥いた。
「彼女ちゃんこそ、七不思議になるんじゃねぇの?」
「まぁ?それってどういう意味かしら?」
いつの間にか俺たちの傍に佇んでいた人を驚愕して見上げる。
「茜さん、どうして此処に」
「通りがかったら外から見えたのよ」
あっさり言うと、茜さんは無言で冷や汗を流す光司の隣に滑るように座った。
「結香、怪我なんてしてないかしら」
憂い顔の茜さんに、先程届いたメールでは元気そうだったと伝えると安堵したように破顔する。
「それで、あたしの可愛い妹が学校の七不思議って、どういう意味かしら?」
「ぶ。それは………七不思議級に可愛いってことですヨ」
ジト汗を流しながらそう言い逃れる光司を「ふぅぅぅぅん?」と茜さんがなぶるように見詰める。
子どもの時の夏休みだったと思う。何かの帰りに、獲物の蟷螂をいたぶって遊ぶ猫を見掛けたことがある。
あの時の猫はこんな目をしていた、と茜さんを眺める。
多少苦しい表現ながらも結香を可愛いと評したことで、少し茜さんの眉尻が下がる。
「言っとくけど………ウチの可愛い過ぎる妹は、貴方にはあげないわよ?」
「勿論ですヨ」
それなら良いわ、とやっと茜さんの視線が反れると、光司ははーっと大きく嘆息した。
それで、と茜さんに話しかける。
「本当は、何の用ですか?」
身振りに応じてメニューを渡すと、広げながら茜さんは「それはね」と言った。
「今回結香を影ながら助けてくれた夏目光司くんに、姉としてお礼をしようと思って」
「ぅげ」
しっかり拒絶の悲鳴を上げてから「いや、いいですよ」と遠慮する光司に、茜さんは満面の笑みを浮かべた。
「安心して?ちゃんと裏のある話だから」
「やっぱり裏あるんですか。やっぱりと解っていても安心なんか出来ませんけどね?」
目で助けろと暗に訴えられている気配は感じたが、俺は小さく嘆息した。
「礼と言ってるんだから、悪い話ではない筈だ」
諦めて受け入れろと目で諭すが、光司はいつも通り諦めが悪く、必死に抵抗する。
そして茜さんは嬉々と光司を懐柔しにかかる。
この様子では、光司が勉強に戻ることは無さそうだ。
嘆息すると、俺は二人のやり取りを聞きながらテーブルの上を適当に片付けて、呼び出しボタンを押した。
新学期早々の実力テストも実は手応えがあったし、授業を聞いていても前より理解できている気がする。脳ミソがスポンジになったみたい。
だからこっちも上手くいくかな、と呑気に構えていたのが間違いだったのです。
放り投げたボールは、振った右腕には掠りもしないでばむっとバウンドした。
お世辞にも惜しいと言えない光景に、チームメイトの面々はてんてんと弾んでどこかへ転んでいくボールを呆然と眺めている。
「ご、ごめん………」
熱い頬で謝ると口々に大丈夫と慰めたり励ましたりしてくれる。
「練習時間まだあるけど………ちょっと休む?」
コーチ役に来てくれたバレー部の女の子が、気遣うように小首を傾げる。
「だっ、大丈夫!まだできるっ」
わざわざバレーチームの練習に付き合ってくれてるんだから、私が先に根をあげちゃいけない。
首を振るけど、少し休んでてと言われてしまった。
「私がここでボールを上げるから、そこからサーブのやり方見てて。で、そっちにボール上げるから、全員一回はレシーブしてこっちにボール返して」
私にはサーブを見るように、知佳ちゃんたちには飛んできたボールを回すように指示するコーチ。
知佳ちゃんたちが口々に解ったと返す中、息が上がっていた私は伝わるように何度も首を縦に振った。
行くよーとかけ声をあげてボールが飛んでいく。
同じように動いてるはずなんだけど、コーチのボールはちゃんと知佳ちゃんたちの方へ飛んでいった。
「なんでボール見てないのにちゃんと手にボール当たるんだろ………」
「慣れじゃない?」
何度もやれば当たるよ、と言われるけどぜんぜん当たる自信がない。
先行きが不安過ぎてため息をつくと、「大会までまだまだあるんだから、気長に頑張ろう?」と励まされてしまった。
「もう、球技大会の季節なのか」
玄関で一目私を見るなり先輩は見破った。
エスパーですかと驚く私に、先輩は何の競技に出るのかと聞いてきた。
「……………ば、バレー、です………」
ふむ、と頷いた先輩は私をじっと見つめた。
「じゃあ、またサーブの猛特訓か」
「な!なんで解るんですかっ?」
確かにサーブに失敗してばかりだから、当面の私の課題はサーブを成功させることなんだけど。
……………なんで解ったんだろう……………?
今度こそ目を見開いた私に、なぜか大きくため息をついた先輩は「練習は程々にしろよ」と言って髪を撫でた。
立ち上がると近くでお弁当を食べていたチームメイトが「今日も練習?」と聞いてきた。
「今日は休んだら?」
「そんなに必死に練習しなくても大丈夫だよ」
気を遣って言ってくれるけど、練習を休むわけにはいかない。だって。
「練習場所の申請通ってるから使わないと勿体ないし………サーブ失敗したら、そもそも試合にならないでしょ?」
「まぁ………それはそうだけど」
私のサーブで毎回相手チームにサーブ権をあげるわけにはいかない。毎回申請手続きをしてくれる知佳ちゃんの為にも、私がへなちょこでも文句を言わないで練習に付き合ってくれるコーチの為にも、ボールが手に当たるようにしなければ!
気合いを込めて手を握りしめていると、気をつけて行ってきなとため息混じりに言われた。
「私たちも後から行くよ。コーチみたいに上手いアドバイスできないかもしれないけど、フォーム見る人間いた方がいいでしょ?」
みんなも練習に付き合ってくれるらしい。
ありがたくてちょっと胸が詰まった。
「あ、ありがとう。でも、良いの?お昼休みなのに」
「それは結香も一緒でしょ」
感情をもて余してつい意味無く両手をぶらぶら振りながら言うと、呆れたように返された。
「ここ適当に片付けたら行くから。ちゃんと準備運動しなさいよ」
忠告に頷いて、またねと手を振って教室を出た。
一人で何度かサーブに空振りを続けて、本当に来てくれたみんなが「じゃ、見てるからやって見せて」と座ったところでキンコンカンコンと鳴った。
ここは部室棟のスピーカーからも離れてる。
みんなで、お互いにしーっと口に人差し指を当てながら耳をそばだてる。二回目の放送で、やっぱり?と戸惑ったような視線が私に集中した。
「………呼ばれてるの、結香だよね?」
たぶんと頷いていると抱えていたボールが無くなった。
「とりあえず、行ってきなよ。間に合わないようなら、ここ片付けておくから」
「ありがとう。ごめんね、せっかく来てもらったのに」
いいよと笑ってくれるみんなに手を振って、今度は職員室に早足で歩いた。
え、と問い返す声が自分でも情けないくらい掠れた。
「だからね。親御さんと話をして、今からでも大学受験に切り換えたらどうかしら?」
体操服のまま職員室に来た私に一瞬首を傾げた学年主任の先生は、なぜかいきなり大学受験を勧めてきた。
「両親は専門学校に進むことに頷いてくれてますし、私も大学に行くつもりはありません」
はっきり言ったつもりだけど、先生はまぁ聞きなさいと口を開いた。
「牧野さん、三年になってから成績が上がってるでしょう。それを専門学校に行くなんて勿体ないわよ。今の成績を維持できれば、この辺りの大学を狙えるんじゃないかしら」
そう言って偏差値表の一部を指差して見るように促すけど、私がむすっとしたまま先生の顔を見ているので先生は少し気を悪くしたように目を細めた。
「成績とか偏差値なんて、親御さんには解りにくい話なんじゃないかしら。あなたが今全国でどのレベルかを知れば、考えも変わるわよ」
「そんなことありません」
確かに大学に行くなら文学科かな、とぼんやり考えたことはあったけど、今は専門学校に行きたいとちゃんとお母さんにもお父さんにも話してある。
二年間絵の勉強をしても、仕事になるかどうかは解らないんだけど、と謝ったけどお母さんは「いいんじゃない?」とあっさり頷いてくれた。
「私みたいになんとなくで大学選んで通うより、やりたいと思って通うんなら良いじゃない。そもそも、絵で食っていける人なんて一握りだって、お母さんでも聞いたことある話だし」
賛成してくれるのは嬉しいけど、どこか残念なことをさらりと言ったお母さんは、それに、とにんまり笑った。
「仕事にならなくても良いじゃない。結香は夕弦くんのとこに永久就職するんだから」
学年主任の先生には言ってないけど、高校を卒業したら私は先輩とけ、け、結婚することになっている。
だからというわけでもないんだけど、私の進路についてあまりどうこうは言われないはず。
大学を受験するつもりはありませんと繰り返すと、先生は残念そうにため息をついた。
「いずれにしても、一度親御さんと相談してくれないかしら。このままでは推薦状なんて書けないわ」
「え?だって推薦状は」
「大学に進む力がある生徒に専門学校の推薦状を書くなんて、高校としてできるわけがないわ。推薦状を書いてほしかったら、大学受験を考えなさい」
三者面談のときに、行きたい学校が見つかったら教えるんだぞ、と微笑んでくれた槇原先生の顔を思い出す。
三者面談なのに話すことがなくなったね、とお姉ちゃんと笑ってたのに、推薦状書いてもらえないのかな。
「あら。もうこんな時間ね」
いきなり暗くなった視界にどうしようもなく立ち尽くしていると、そんな声がどこか遠くから聞こえた。
「牧野さん。とにかく親御さんと話をしなさい。もう時間だから、授業に遅れないように」
早く行きなさいと職員室から出された私は、壁伝いにのろのろ歩いた。
腕が温かく包まれて、「牧野さん」と優しく呼びかける声が聞こえた。
「ふぇ」
目を瞬くと知ってるけどずいぶん久しぶりに見る顔が近くにあって、驚いて妙に息をのんでむせた。
「あらやだ。大丈夫?」
大変なんて言いながら目の覚めるような綺麗な顔のその人は、私が落ち着くまで背中を擦ってくれた。
「い、ちのせ、せんせ」
私の辿々しい呼びかけに「はい」と綺麗に微笑んでからくすりと笑った。
「学校では旧姓鵺野だけど。まぁ、そもそも『保険医の先生』で通っちゃうから鵺野先生なんて呼ばれたことないんだけどね」
あははと笑いながら優しく背中を擦ってくれる先生の笑顔にホッとする。
「ありがとうございます。もう、大丈夫です」
とりあえず咳が止まったからお礼を言うと、そう?と小首を傾げた鵺野先生はやんわりと私を診察用の丸椅子に座らせた。
「あの、ここ、保健室ですか?なんで私、保健室に?」
確か授業を受けに戻りなさいと言われたはず。
自分がなぜ保健室に座ってるのか解らないと言うと、鵺野先生はなぜか痛そうな目をして私を見つめた。
「元気じゃなかったからね。教室からここまで水瀬さんに付き添われて来たんだけど、覚えてない?」
知佳ちゃん?とついいつもの呼び方で首を傾げるけど、鵺野先生はそうと頷いて覚えてない?と繰り返した。
「え………と。お昼食べて、サーブの練習しないといけないから着替えて中庭に行って………みんなに注意されてたから準備運動して。練習してたらみんなが来て。それ………で………」
職員室に呼び出されたあとのことを思い出して急に胸が重たくなった。
「牧野さん?」
鵺野先生の呼びかけに慌てて首を横に振った。
「な、なんでもないです。私、教室戻ります。授業に出ないと」
「まぁ、そう焦らないで」
立ち上がろうとするのを止められた。
無理に押さえつけられてるわけでもないけど、結局椅子に座り直しちゃってるのはなんかダラけてるみたいで気が引ける。
体操服からしっかり出ている足をやたら触っていると、「もうちょっと待っててね」と何かのファイルを取り出しながら鵺野先生は笑いかけた。
「そろそろ牧野さんの制服を―――はい、どうぞ?」
言葉の途中で聞こえたノックの音に入室を促す。
失礼します、と入ってきたのは知佳ちゃんだった。
「知佳ちゃん?どうしたの?」
元気そうに見えるけど具合が悪いのかな、と見つめていると知佳ちゃんは一瞬呆れたような目をしてからふ、と息をついて薄く微笑んだ。
「少しは、起きた?」
「え、なに?」
寝たつもりないんだけど、と言っても、それはもういいわ、と呆れたように言って知佳ちゃんは私の膝に畳まれた布を置いた。
「ほら。制服持ってきたから。で、こっちは鞄。机の中の物、全部入れたからエコバッグまで使っちゃったけど、ごめんね」
「う、うん?」
辞書とか資料集とか、家で使わないときは机の中に入れたままにしてある物も入れてきてくれたらしい。週中の荷物にしてはちょっと多い。長期休みの前みたい。
なんで全部?と聞く前に知佳ちゃんは続きの説明を始めてしまった。
「結香も途中まではメモしてるとは思うけど、一応今日出た宿題はあとでまとめてメールするからね。五限六限のノートは明日でも明後日でもコピー渡すから。解った?」
「う、うん?たぶん?」
かくかく首を縦に振る私を食い入るように見ていた知佳ちゃんは、はぁぁとため息をついた。
「ダメだわ。まぁ、起きて動いてるだけマシなんだろうけど」
なんだか私にものすごくガッカリしているみたいだけど、知佳ちゃんは何か文句を言うわけでもなく私から奥で何かの書類を書いている鵺野先生に視線を移した。
「迎えが来るまでここで待たせてもらっても良いですか?」
「槇原先生がそう言えって言ってきたんでしょ?良いわよ。迎えの連絡は済んでるの?」
「槇原先生が」と知佳ちゃんが頷くと、鵺野先生もそうと頷き返す。
私に関することだと解ってるけど、私には何のことなのかぜんぜん解らないまま話が済んだようで、私の目を見つめた知佳ちゃんは「じゃあね」と言った。
「明日休むんなら、メールちょうだい」
まっすぐに見る目付きの強さに戦いて頷きそうになるけど、耐えて首を横に振った。
「や!休まないよ!身体、どこも悪くないもん!」
「身体は、ね」
小さくため息をつくと知佳ちゃんはじゃあねと小さく手を振って、鵺野先生に頭を下げると、失礼しましたと丁寧に礼をして保健室から出て行った。
時計を見ると五限の中頃。
私のためにここまで二往復もさせてしまって、申し訳ない。
「元気なのに授業受けるの邪魔しちゃうなんて、悪いことしちゃった」
呟くと申し訳ない気持ちがどんどん心の中に広がっていくのをすごくリアルに感じる。
「そこでクヨクヨしてたら、余計に怒らせるんじゃないかしらね」
書き仕事をしながら鵺野先生が前髪をかき上げた。
もともと美人の先生が伏し目がちにしながらたまに髪をかき上げる仕草は同性から見ても艶っぽくて、そうでしょうかと言う声がちょっと弱々しくなってしまった。
艶っぽい空気を纏ったまま、そうよ、と吐息で返した先生は、立ち尽くした私を見上げて妖艶に微笑んだ。
「私の知り合いにもあんな風に面倒見の良い女がいるんだけどね。その人ならそんな風に面倒をかけたことで申し訳ないなんて言われたら、絶対こう言うわよ―――『そんな下らないことで悩む力があるんなら、シャンと立ちなさいよ!なっさけない!』ってね」
その人のマネかもしれない。
ちょっとぶっきらぼうに言ってから、鵺野先生はおかしそうに笑った。
「やたら面倒見が良いクセに、実際に感謝されると対応に困るのよね。たぶん、水瀬さんも同じよ」
ふふふ、と微笑んでからとりあえず着替えちゃいなさいな、とパーテーションの向こうを指差した。
制服に着替えるともっと落ち着いたような気分になってきた。
今からでも授業に戻れると思うんだけど、鵺野先生は座りなさいと元の丸椅子を指差した。
「そのうち迎えが来るから、お茶でも飲みましょ」
そういえば知佳ちゃんが迎えがどうとか言っていた。私のことだったんだ。
「でも具合悪くないのに」
「身体はね」
電気ケトルに水を淹れながら先生は私をチラリと見た。
その目になぜか一瞬ドキッとして言葉を失う。
お茶の支度を淡々と進めながら、でもね、と先生は静かに話し始めた。
「牧野さんの状態は、今は身体の方はまだ大丈夫ってだけで、そのままにしておいたらすぐに身体に影響が出るわ」
声は静かだけど脅かされてるような気がして胸がざわざわしてきた。
「だから、今はちょっとお喋りしてのんびりする時間なの。ストレスを舐めちゃダメよ?」
「ストレス、ですか?」
そうよ、と先生は顔を上げてにっこり微笑んだ。でも、すぐに真面目な目になる。
「ここに来たとき、牧野さんの顔、青とか白とか通り越して土気色してたわよ。余程のことがあったんでしょう。それを話してほしいのよ」
自分ではいつもの自分だと思っていたけど、みんながぎょっとするような顔だったらしい。そんな顔で歩き回っていたのかと思うと、すごく恥ずかしい。
「でも、ケガとか病気とか関係ないことを先生に話すのは、その、仕事の邪魔になるんじゃ」
申し訳ないと言うと平気平気というようにひらひらと手を振られる。
「さっきストレスって言ったでしょ。そのまま放っておいて、あとから身体に障る方が余程困るのよ。それに、こうして話を聞くのも私の仕事なの」
「仕事なんですか?」
そう、と先生が頷いて「だから」と続けかけたところで窓がほとほとと音を立てた。
風にしては妙な音だなと思ったら、窓を開けた先生が「あら、お疲れ様です」と少し驚いた声を出した。
窓の外に誰かいるらしい。
その人と先生はお喋りを始めた。二人の声が小さいから、入り口に近いところにいる私にはよく聞こえない。
あまり聞いてはいけない話なのかもしれない。
壁の掲示や棚をぼんやり眺めていると「牧野さん」と先生の声に突然呼ばれて、ぴよっと肩が跳ねた。
「ひょぉっ?………はいっ?」
驚いた拍子に返事が間抜けになったけど、先生はそれを笑わずに窓際から振り返った。
「お茶に交ぜてほしいって人がいるんだけど、構わない?」
「は、はいっ。それは、もちろん」
誰なのかは私のいるところからは見えないけど、反対する理由なんてない。
こくこく頷くと先生はにっこり微笑んでから窓の外を振り返った。
「じゃあ、しっかり手を洗ってから来てくださいね」
窓から身を乗り出して、たぶん背中に向かって「石鹸使ってくださいねー」と念を押す先生。
今からここに来る人はそんなに手が汚れてるのかな?
首を傾げる私に構わずに、先生はお茶の準備に戻った。
鵺野先生にどうぞと言われて入ってきた人は私もよく知ってる人だけど、校内にいるのを見るのが初めてだったから、つい「あれ」と声に出して驚いてしまった。
そんな失礼な態度にも構わず、その人は「久しぶりだの」と笑った。
「お、お久しぶりです」
うんと頷いたおじいさんは、急遽部屋の真ん中に引っ張り出した机の上をさっと見てにこりと笑った。
「邪魔にならんようで、良かったの」
助かりましたよ、と鵺野先生が答えた。
「お茶にするといってもお菓子のあてがなくてちょっと困ってたので」
「あるのは酒のあてばかり、かの?」
からかうように言ったおじいさんに、鵺野先生は苦笑した。
「否定はしませんけど。もちろんお酒は置いてませんよ」
そりゃ残念、とおじいさんが笑う。
「なら今度は一升瓶でも持ってこようかの」
ダメですよ、とやんわりとだけど叱るように鵺野先生は顔をしかめてみせた。
「職場なんですから。このお茶も仕事の一貫なんですからね」
お茶が仕事なの、と首を傾げる私を振り向いて、鵺野先生はニーッコリと微笑んだ。
「打ち明け話をするなら、ガールズトークが一番でしょう?」
さっき私が言わなかったことを、まだ聞くつもりらしい。
不安だから話したい気持ちもあるけど、どう説明するか困るなとぼんやりしていると、「なるほどのう」とおじいさんが楽しそうに頷いた。
「なら、早く始めようじゃないか。がぁるずとぉく」
「ガールズ、って、一応女の子のことなんですけどね」
苦笑する鵺野先生に、何を言うか、とおじいさんは目を剥いた。
「この年になれば、男と女の差なんて有って無いようなもんだぞ。それにほら、菓子だって持ってきたのに」
「はいはい、一緒にお茶しましょう」
躍起になって持ってきたお菓子を見せてアピールするおじいさんを、はいはいと鵺野先生は宥めた。
「お菓子を頂く代わりに、今回はお菓子を買溜めしてたことを娘さんには内緒にしてあげますからね」
うんうんと嬉しそうに頷いたおじいさんはいそいそと椅子に座って、私にも早く座るように促した。
二人は知り合いだったのと聞く鵺野先生に、私たちは揃って頷いた。
「私、去年緑化委員だったんです」
「牧野さんは頑張り屋さんでな。他の人の分まで引き受けて一生懸命やってくれたよ」
口を添えるようにさらりと褒められるので慌てて首を横に振る。
「いえ………おじいさんが毎回親切に教えてくれたから、一年頑張れました。あの、最後の係のときにお礼を言おうと思っていたんですけどタイミングなくて。一年間お世話になりました」
ありがとうございましたと頭を下げると、気にしなさんなとおじいさんはにこにこと笑う。
「夏休みの係もきちんと来てくれたしな。男手まで連れてきてくれて、助かったよ」
「驚いたでしょうね、進藤くん………」
私が連れていった男手が先輩のことだと察した鵺野先生が遠い目をした。
おじいさんはほっほっほと楽しそうに笑ってる。
そういえば去年の夏。手伝い自体にはぜんぜん躊躇しなかった先輩が、「でぇとの邪魔したかの。すまんの」と声をかけてきたおじいさんを見て目を丸くしていたような気がする。
ものすごく今さらだけど、なんでだろう………?
鵺野先生と楽しそうにお喋りしているおじいさんを眺めていると、その小さな目がくりりっとこっちを向いたので思わずカップを持ったままちょっと飛び上がった。
「こうして牧野さんと喋るのは久しぶりだの。元気だったかの?」
はいと頷いておじいさんも元気でしたかと返す前に、休まない鵺野先生がふーっとため息をついた。
「今朝までは元気だったと思いますけどね。今は元気じゃありませんよ。だからここにいるんじゃないですか」
「ほ。そうだったの」
忘れたんですかと少し詰るように言われたおじいさんは納得したように頷いて、改めて私の顔をじっと見た。
「それで、何があったかの」
お茶のお喋りの流れで聞かれてしまったけど、おじいさんも鵺野先生も嫌な笑みは浮かべていない。
なんとなくじゃなくて本当に心配してくれてるんだと思うと、さっきとは違う感情で胸が詰まる気がした。
指導だと言われれば仕方ないけど納得できない私としては、どうしても学年主任の意見を押しつけられた気持ちになってしまう。
気をつけてはいたけど、やっぱり言葉の端々には不満が滲み出てしまう。
ぽつぽつと話し終わると、そっと顔を上げて二人を見た。
二人とも難しそうな表情を浮かべて口を引き結んでいる。
せっかく美味しいお菓子とお茶を楽しんでたのに、こんなグチみたいな話を聞かされたら迷惑だよね。
「すみません、こんな」
謝りかけた私の言葉を、「ふーっ」と一気に吐き出された息が遮った。
ビクリと身体を揺らすと、「あぁ、ごめんね」と鵺野先生がため息で応えた。
「毎年のことだからいい加減苛立たないようにしようと思ってるんだけど、どうしても気分悪くてね」
すみませんと謝ると、いーのというように手を振られる。
「牧野さんが謝ることじゃないでしょ」
そう言ってはくれたけど鵺野先生の気は晴れないようで「まったく」とため息を重ねた。
「職員室で他の先生もいる所でそんな真似するなんて―――ナニ考えてんのかしら」
不愉快そうに呟く鵺野先生に「さぁの」とやっぱりまだ苦虫を噛み潰したような顔のままのおじいさんが応じた。
「何かしら考えたことはあるんだろうが………或いは妄想に酔って己が何をやらかしているのかを認識していないのかもしれんな」
やれやれというようにおじいさんは首を振った。
「押し付けがましい年寄りは疎まれるだけだといい加減学べば良いのになぁ」
やるせなさそうに言いながら、おじいさんは次々にチョコレートを摘まむ。
「なんとかなりませんか」と言いながら鵺野先生がおじいさんからチョコの箱を、すすすと引き離した。
「生徒の未来を考えての言動だ、進路指導に保険医が口を出すなと言われてしまえば私としてもどうしようもないんですけど、毎年このペースで要相談の生徒が増えている状態自体が問題だと思うんですけど」
そうだのう、とチョコの箱を見つめながらおじいさんが唸る。少し考えてから「仕方無いのぅ」とため息をついて鵺野先生を見上げた。
「やれやれ。わざわざ爺を動かそうだなんて、ひどいのう」
詰るような言葉に、鵺野先生はニーッコリと微笑んだ。
「芽吹く前の種を潰す人を野放しにして良いんですか?」
それを言われるとなぁと言いながらおじいさんが手を伸ばすけど、鵺野先生はすすすとさらに箱を遠ざけた。
「年寄りを苛めんでくれ」
心外だというように先生は目を丸くした。
「あら。じゃあ、魔王の降臨を待ちますか」
「それも嫌だなぁ」
仕方無いというようなため息をついたおじいさんが「解ったよ」と息をついた。
「老骨に鞭を打つとしよう」
だから、とおじいさんは満足そうに微笑む鵺野先生にすがるような視線を向けた。
「それを返してくれぃ」
小さくため息をつくと鵺野先生は少しだけ箱をおじいさんの方に押し出す。
嬉しそうに目を輝かせたおじいさんが手を伸ばすと、箱の上に手で蓋をした先生がにっこり笑った。
「あと一つだけですよ。食べ過ぎると本当に障りますからね」
うぅーっ、とおじいさんが唸っているとドアがコンコンと音を立てた。
教室に入ってきた私を見て、知佳ちゃんはギョッと目を見開いた。
「本当に来たの」
もう教室に来ていたクラスメイトのみんなも同じ意見だったようで、あっという間に取り囲まれてしまった。
ちょっと驚いたけど、大丈夫なのと心配してくれるみんなににっこり笑うことができた。
「昨日はごめんね。途中で帰っちゃって。あと、心配かけちゃって」
本当だよ、とみんなが口々に言う。私が本当に元気か確かめるように肩や腕を擦ったり頭を撫でたりしてきた。
いつもは子ども扱いされてるみたいでちょっと悔しい触れ方も、今日はなんだかくすぐったい。
「とりあえず、無理はしてなさそうね」
しばらく触ってみて、少し信じてくれたみたい。
本当に元気だよ、ともう一度頷いてみせた。
「心配かけてごめんね。でも、本当に大丈夫。昨日は早退しちゃったけど、しっかり休んだし、サーブの練習も家でやってきたから!」
「早退したんなら、サーブ練習なんてしなくて良いのに」
苦笑しながらも、じゃあ今日の練習で見せてね、と期待される。
自由練習の時間を確認して、心の中で気合いを入れた。
体育の時間。見慣れない先生が待っていたのでみんなで首を傾げる。
体育の先生は今日はお休みなので、代理に二年の体育の先生が来てくれたらしい。
昨日はすごく元気だったから不思議にも思ったけど、昨日の今日で顔を合わせづらかったから、正直ありがたいと思ってしまった。
今日の体育の時間は、球技大会に向けて各々練習しなさいと言われる。
「結香、練習の成果、見さてもらうわよ?」
からかうように声をかけてきたチームメイトに、任せて!とVサインを出してストレッチをした。
ぼぐっと音を立ててボールが手のひらに当たった。
当たった!と心の中で叫ぶのと同時に、見ていたみんなも声に出して喜んだ。
「すごい、結香!ヒット率上がったじゃない!」
「着地点の調整とかはもう少し練習しないとだけど、ぜんぜん上手くなったよ!」
「昨日、一体何したの?」
他の競技の練習をしていた人まで驚いている。
私のサーブのへっぽこさがチーム外にまで伝わっていたらしいことにちょっとへこむ。
でも、こんなに誉められるとやっぱり気分は悪くなくて、ふふふっと笑いがこみ上げてしまった。
実はね、と白状する声がどうしてもワクワクした声になってしまう。
「昨日、先輩が練習に付き合ってくれて。体勢とか身体の動かし方とか細かく見てくれたんだ」
昨日保健室まで迎えに来てくれた先輩は、私を抱きしめたまま、学校で何があったのか聞いてくれた。
この話は二度目なのに話しているうちに動揺してしまって辿々しくなってしまう話を最後まで聞いてくれた先輩は、災難だったなと頭を撫で髪にキスしてくれた。
もし、推薦状が貰えなくて専門学校に行けなかったら。
どこかの大学を受けることになって、せっかく決めた新居に住めなくなったら。
先輩に話してるうちに急に頭の中に浮かび上がった不安に震える私を、先輩はしっかりと抱きしめる。
大丈夫だから心配するなと言い聞かせた先輩は、私を庭に連れ出した。
持たされたバレーボールを見て呆ける私に、サーブを見てやる、と先輩は言った。
推薦状のことが気になって仕方ないし、へなちょこサーブ(当たってないからサーブにもなってない)を先輩に見られるのは恥ずかしくて嫌だと言うと、先輩はとことん不思議そうに首を傾げた。
「成功するように、練習するんだろう?」
あげく、一人で猛特訓してボロボロになられるよりはマシだと言われてしまえば、私が辞退できるはずもなく。
フォームの一つ一つを直に触って直され続けて、とりあえずボールが手のひらに当たるようになったのです。
私の涙ぐましい数時間の特訓について聞き終わった女の子たちは、一様に呆れた目をして「「「なぁぁぁんだ」」」と声をハモらせた。
「ノロケじゃん」
ノロケじゃない!という私の主張は呆気なく無視されて、みんな自分の練習にぞろぞろと戻っていく。
「ゾンビみたいな顔してたから心配してたのに」
「そりゃ元気にもなるよ」
「くぅぅ~っ、リア充羨ましか~っ」
心配してくれてたことには感謝してるけど、そんなに呆れなくても良いと思う!
悔しくて、うぅぅ~っ、と唸った。
「今は特訓中だけど!初心者だから成功しやすい必殺技だって猛特訓中なんだからっ」
「それをわざわざ叫んで知らせたら意味ないと思うわ」
地団駄を踏む私の肩を、ため息をついた知佳ちゃんがポンと叩いた。
教室に戻る途中で、「おぅ、牧野」と声をかけられた。
「ま、きはら、先生」
おぅ、と応える担任の先生はいつもと変わりない様子で、余計に心臓がドキドキと煩く鳴る。
先輩との特訓をからかわれたショックで忘れていたけど、推薦状について槙原先生に確認しなくちゃいけないんだった。
「あ、あの」
「そうだ、牧野」
私の決意を遮った槙原先生はニッと笑った。
「行きたい学校決めたんだって?決めたならさっさと言えと、面談で言っただろうが」
「へ」
戸惑う私のおでこをニーッと笑みを浮かべた先生が指で突っつく。
「推薦状を書くのも一仕事なんだからな。お前一人の分をここ数日で終わらせられるだけでもだいぶ違うんだ。帰りのホームルームにでも、紙に書いて知らせてくれ。いいな?」
こくこくと頷くと、先生は知佳ちゃんを振り返って少し声をひそめた。
「水瀬。お前の成績なら推薦いけるかもしれないが、どうする?」
知佳ちゃんは小首を傾げて、ちょっと考えてみます、と言った。
返事は早くな、と頷いた槙原先生は手を振って行ってしまう。
その背中を見ながら「とりあえず」と知佳ちゃんが口を開いた。
「推薦状、普通に書いてもらえるみたいで良かったじゃない」
うん、と頷く。
急がないと次の授業に遅刻する、と二人で教室に急いだ。
◆ 卒業生のあるあると夏茜 ◆
メールの文面に、つい声に出していたようだ。
「彼女ちゃん、勝ったって?」
「三回戦に進むようだ」
「ほー。そりゃ良かった」
言いながら参考書を捲る仕草は無関心のようにも見えたが、疲れたと言いながら閉じる。どうやら単に勉強に飽きたらしい。
まだ三十分もやってないと指摘すると、細かいことを言うなと睨まれる。
こんなやり取りを受験前にもやっていたから懐かしい。
光司はそんなことを思い出しもしないのか、メニューを開いている。
「三回戦進出祝いに何か食おう。お前の奢りで」
勝手に休憩のネタにされていることを結香に申し訳無くも思ったが、俺もメニューを開いた。
夏の涼しげな絵面も良かったが、秋は様々な果物が取り扱われていて良い。
「パフェとアップルパイ、モンブランにする」
「相変わらずだな、お前は」
ため息をついた光司が呼び出しボタンを押す。
注文を聞いた店員が一瞬呆けたが、「宜しくねー」と光司が愛想笑いを浮かべると頭を下げて戻っていく。
「でも、素直に休憩させてくれるとは………お前、何か企んでるのか」
訝しげな目で俺を睨む光司に首を横に振る。
「お前には今回世話になったからな。礼になるならここの支払いくらい何でもない」
世話ぁ?と光司が惚ける。
「世話って何だよ。お袋呼んだことか?彼女ちゃんの特訓に付き合ったことか?特訓といっても俺はただ遊んでたようなもんだし、お袋ならお前相手なら喜んで飛んで来るぞ。全く、息子の友だち相手に色めき立つなんて恥ずかしい」
おばさんに聞かれれば確実に拳を貰うようなことを嘆いて嘆息する光司に、それもだが、と口を開く。
「証言を取ってくれただろう」
弁護士を頼んだところで、推薦状を一枚書かない程度の問題を取り扱わないことは解っていた。それでも例の学年主任に高圧的な態度を取られた卒業生の証言を光司が集めてくれたから、おばさんも高校まで出向いてくれた。
あぁ、と光司は届いた皿を俺に自分にと振り分けながら曖昧に頷いた。
「前から酷い噂だったからな。問い合わせる相手の心当たりは困らなかったし、そんな手間でもない。女子が日記とかブログとか書いててくれて助かったよな。お袋一人が問い合わせたところで高校も取り合わない可能性もあったけど、物証があったんじゃ無視できないし。ババァも反省するんじゃねぇか。どうしようもない年齢差に嫉妬して八つ当たりすると、後から仕返しされるってな」
でも惜しかったよな、と俺のモンブランを一口掠め取った光司は悔しそうに咀嚼する。
「男子生徒の方が証言だけでさ。あいつらもブログとかやっててくれたら、セクハラ教師として社会的に叩けたのに」
光司の不完全燃焼故の不満も解るが、以前水瀬が懸念していたことも解らないではない。
受験に苦労した光司もそれは解るらしく、仕方ねぇなとハニートーストにナイフを突き入れた。
「まぁ、お袋が本格的に動く前になんか勝手にあのババァ、ダメージ受けてたみたいだし、彼女ちゃんの推薦状はちゃんと書いてもらえるみたいだし………お前、ナニをしたんだよ」
「俺がやったわけじゃない」
俺は嘆息して、去年結香は緑化委員だったことを話した。
「緑化委員?それが一体………あ、そうか」
訝しげな様子で首を傾げていた光司が、納得したものの再び大きく嘆息した。
「あの爺さん、まだ校庭でウロチョロしてんのか」
「この間は保健室で結香と三人で茶を飲んでいたぞ」
そら羨ましい、と唸った光司は、大きく嘆息した。
「彼女ちゃんたちも、卒業式で驚くだろうな。毎日校庭で掃除だの庭仕事だのしていた爺さんが先代校長だったとか知ったら」
だろうな、と頷く。
能力故に校長になったが、校内に居る時間が少なくなるのを嫌がって早々に校長職を辞し、なのに用務員として動いているあの老人は、うちの高校の七不思議の一つになっているらしい。
非常事態に心が騒いでいる状態で、そんな老人と普通に茶を飲んでいた結香はある意味凄い。
「そういえば、結香はよく解らんうちに大物と親しくなるんだった」
なんだそりゃ、と光司が目を剥いた。
「彼女ちゃんこそ、七不思議になるんじゃねぇの?」
「まぁ?それってどういう意味かしら?」
いつの間にか俺たちの傍に佇んでいた人を驚愕して見上げる。
「茜さん、どうして此処に」
「通りがかったら外から見えたのよ」
あっさり言うと、茜さんは無言で冷や汗を流す光司の隣に滑るように座った。
「結香、怪我なんてしてないかしら」
憂い顔の茜さんに、先程届いたメールでは元気そうだったと伝えると安堵したように破顔する。
「それで、あたしの可愛い妹が学校の七不思議って、どういう意味かしら?」
「ぶ。それは………七不思議級に可愛いってことですヨ」
ジト汗を流しながらそう言い逃れる光司を「ふぅぅぅぅん?」と茜さんがなぶるように見詰める。
子どもの時の夏休みだったと思う。何かの帰りに、獲物の蟷螂をいたぶって遊ぶ猫を見掛けたことがある。
あの時の猫はこんな目をしていた、と茜さんを眺める。
多少苦しい表現ながらも結香を可愛いと評したことで、少し茜さんの眉尻が下がる。
「言っとくけど………ウチの可愛い過ぎる妹は、貴方にはあげないわよ?」
「勿論ですヨ」
それなら良いわ、とやっと茜さんの視線が反れると、光司ははーっと大きく嘆息した。
それで、と茜さんに話しかける。
「本当は、何の用ですか?」
身振りに応じてメニューを渡すと、広げながら茜さんは「それはね」と言った。
「今回結香を影ながら助けてくれた夏目光司くんに、姉としてお礼をしようと思って」
「ぅげ」
しっかり拒絶の悲鳴を上げてから「いや、いいですよ」と遠慮する光司に、茜さんは満面の笑みを浮かべた。
「安心して?ちゃんと裏のある話だから」
「やっぱり裏あるんですか。やっぱりと解っていても安心なんか出来ませんけどね?」
目で助けろと暗に訴えられている気配は感じたが、俺は小さく嘆息した。
「礼と言ってるんだから、悪い話ではない筈だ」
諦めて受け入れろと目で諭すが、光司はいつも通り諦めが悪く、必死に抵抗する。
そして茜さんは嬉々と光司を懐柔しにかかる。
この様子では、光司が勉強に戻ることは無さそうだ。
嘆息すると、俺は二人のやり取りを聞きながらテーブルの上を適当に片付けて、呼び出しボタンを押した。
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