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番外編
結局ショッピングになった一日
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あまりに静かなので、つい後ろを振り返って確認していると先輩が小さく苦笑した。
「やはり、気になるか?」
すみませんと謝ると「こちらこそ悪いな」となぜか謝られた。
「親父の仕事に付き合わせる形になってしまった」
「だ、大丈夫ですよっ」
憂うつそうな声に慌てて首を振る。
お父さんは仕事の関係で、私たちが海に行く度に寄る食堂に行きたいらしい。
私たちも近くのショッピングモールに行くから途中まで一緒に行こうということになったのだけど、お父さんの仕事に私を付き合わせることを先輩はずっと謝っている。
なので私は大丈夫ですよと首を振る。
「付き合うといっても具体的な内容が解らないから私が役に立つかは解らないですし。それよりお仕事の邪魔になってしまうかもしれないでしょう?」
警察の仕事を邪魔するなんて想像するだけでも身の毛がよだつ事態だけど、そう思っているからこそ逆にやらかしそう。
お父さんの目的を詳しく聞くなんてできないのは解ってるけど、それで結果的に邪魔してたらと思うと自分の鼓動が異常に早く聞こえる。
私の心のうちを察したのか「気にするな」と先輩は労るような声を出した。
「民間人の動き一つで妨げられるような仕事なら、その程度だ。頼まれたのは食堂までの同行だからそれだけをすれば良い。積極的に協力的にしても良いことは無いぞ。警察だから正しいというわけでも無いのだから」
「でも、お父さんですよ?」
控え目に言ってみるけど先輩はまだ不機嫌そうだった。
「そもそもヒトのデートを仕事に利用しようとする発想が気に食わん」
「それはまぁそうだろうな」
突然後ろから聞こえてきた声があまりにもいつも通りの声で、驚きすぎて一瞬身体が固まる。
振り返るとお父さんはそれまで眠っていた様子をぜんぜん感じさせない様子で、悠々と座っていた。
先輩が自分の仕事に否定的なのにものすごく平然としている。
「お、おはようございます。すみません、起こしてしまいましたか?」
煩かったかもと謝る。おはようと返ってきた声が穏やかなので心の中でちょっと安心した。
「話し声で起きた訳では無いから、安心しなさい」
はい、と頷くけど、すぐに首を傾げる。それなら何で起きたんだろう?
私の疑問を他所にお父さんは先輩に呼びかけた。
「お前。明後日辺りの夜、出てこれるか?」
先輩は小首を傾げて少し考えてから「行くのは構わないが、相手は誰だ」と低めの声で聞いた。
お父さんが親指で自分を指し示す。「ほぅ?」と呟いた先輩の横顔はいつもとはぜんぜん雰囲気が違って少し怖い気もしたけど、鋭く光る目と口角がクッと上がった口につい見惚れてしまった。
「その方がお前も気兼ね無くやれるだろう?」
どこか楽しそうに言ったお父さんと少しの間、明後日の夜とかについて短くやり取りしている先輩に見入っていた私は、結局明後日の夜に何があるのかを聞くのをすっかり忘れていたのでした。
いらっしゃいと振り返るなり、おやと女将さんは笑顔で小首を傾げた。
「久しぶりだね。今日はまたエラいハンサムさんをお連れでないかい?」
先輩のお父さんなんですと言うと、へぇぇと女将さんは片方の頬に手を添えて繁々と父子を見比べた。
「へぇ。ハンサムの親はやっぱりハンサムなんだね。ちょっとタイプは違うけど」
感心したように言って「あぁ、でも」と楽しそうに小首を傾げた。
「お兄さんもお父さんくらいの年になったらこういうワイルドなハンサムさんに変わるのかしら。それとも今の面影のままかしら。どっちにしろ、楽しみねぇ?」
「そ、うですね」
同意を求められるように微笑みかけられてへらりと笑い返していると、女将さんのはるか後ろ、厨房の入り口からお爺さんがしかめ面を覗かせた。
「いつまでもくっちゃべってないで案内せんかっ」
怒鳴るなり奥へ引っ込んでしまったお爺さんに向かって「ハイハイ」と女将さんはため息混じりに声をあげてから、「イヤだね、もう」と小さくボヤいた。
「交じれないからって僻んじゃってさ」
困った人だと大きくため息をついてみせてから、奥の四人掛けのテーブルにどうぞと案内する。
先輩に背中を擦られた私は慌てて足を動かした。
先輩もお父さんもたくさん食べる人なので、テーブルの上は料理で埋め尽くされた。わりと大きめのテーブルだから余計に壮観っ、と呆ける間にも追加の料理が来てしまうので、先にお腹いっぱいになってしまった私はせっせと空いた皿と交換することにした。
常連のおじさんたちはいつもお勧めのおかずを先輩に食べさせて楽しんでいるけど、今日はお父さんもいるものだから、なんというか白熱している。
どっちがより多く食べるか掛けようなんて言う人もいたけど、「バカお言いでないよ!」と女将さんが一喝してくれたから助かった。知らないこととはいえ、警察官のお父さんの前で賭けごとってよろしくないよね、たぶん。
お皿の交換をしながら、女将さんはお父さんがここ数日この近所のホテルに滞在することや私たちがこれから近くにできたショッピングモールに行くことを聞き出した。
「あぁ、それなら」と女将さんは一度奥へ引っ込んで、これこれっと一枚の紙を掲げながら戻ってきた。
「これ、持っていかないかい?新聞のチラシに入ってたんだけどね」
そう言って差し出されたのは、いろんなお店のクーポンが載った広告だった。近所の人に宣伝するために入っていたものらしい。
貰っちゃっていいんですかと聞くと、「いーのいーの」と手を振られた。
「紙のクーポンはありがたいんだけど、行く暇なんてないし、そもそもあんな広くてキラキラしたとこ、おばあちゃんが歩けないでしょ」
使う当てがないのだから貰ってほしいと言われるので、お礼を言ってバッグに仕舞う。
おぉぉっと聞こえた歓声に振り向くと、先輩とお父さんが揃ってごちそうさまと手を合わせていた。テーブルいっぱいに並べられていた食器は見事に空になっている。
これは見事、と女将さんは目を丸くした。
「こりゃすごい。ウチは量が多いとこがウリだったんだけど、こうもあっさり完食されるなんて」
一度内容を見直した方がいいかしらんと首を捻る女将さんに、お父さんがお会計を頼んだ。
「結香、待たせて悪かった」
謝る先輩に、女将さんやおじさんたちとお喋りしていたし、女将さんにはクーポンまで貰ってしまったからと話すと頷いた先輩が女将さんにありがとうございますと頭を下げた。
「はいはい、気をつけて楽しんでらっしゃいよぅ」
レジ作業を手際よくしながら女将さんが笑う手前で、お父さんが振り返った。
「じゃ、明後日な」
お父さんには頷いただけで、ごちそうさまでしたと一声かけると先輩は身を翻して出ていってしまう。
「お父さん、ごちそうさまです」
置いていかれないように慌ててお金を払ってくれるお父さんに頭を下げると、穏やかな笑顔でうんと頷いてくれた。
「こちらこそ邪魔して申し訳ない。夕弦が暫く荒れるだろうが、勘弁してやってくれ」
荒れるって何だろうと思ったけど詳しく聞く暇もない。もう一度頭を下げて、女将さんとお爺さんにごちそうさまでしたと挨拶をして小走りで店の外に出た。
「結香、そんなに慌ててどうした」
「はぃっ?」
扉を閉めて、先輩の姿を探してキョロキョロしていると後ろから声がかけられる。
扉のすぐ横の壁に寄りかかっていた先輩が、不思議そうな瞳で私を見ていた。
「先輩。そこにいたんですね。先に行かれたので慌てました」
取り乱した姿をバッチリ見られていた恥ずかしさで苦笑していると、先輩が小首を傾げながら私の頭を優しく撫でた。
「デートなのに結香を置いて行く訳が無いだろう」
「そ、うですよね」
そっと先輩を窺う。いつも通りに見えるんだけど、お父さんだから解るようなレベルのしこりみたいなものが先輩の中にあるのかなぁ?
「結香、どうかしたか」
また首を傾げた先輩に、いえいえっと首を横に振る。
「いえっ。先輩は、その……元気、ですよね?」
うん?と逆サイドに首を傾けた先輩は勿論だと頷いた。
「朝飯を食べたばかりだからな。元気だ」
それがどうかしたか?と聞かれて思いきり首を横に振る。
「よ、良かったですっ。じゃ、行きましょう?」
腕を引くと、不思議そうに首を傾げていた先輩だけど、そうするかと壁から離れてくれた。
新しくできたばかりとあって、朝早い時間帯なのにもう駐車場には車がたくさん停められていた。広い通路にも行き交う人でいっぱいで、のんびり歩くわけにはいかなそうだと小さくため息をついた。
大丈夫かと心配そうに顔を覗きこむ先輩にもちろん大丈夫ですと意気込んでみせると、いつものようにしっかり手を握って人の波にぶつからないように歩き始めた。
インテリアの店は洋服店よりもお客さんは少ないけど、通路が少し狭いからやっぱり少し混んでいるように見える。
それでも通路を歩いているときよりは周りの人が少なくなって、安心してつい息をついた。
今日は自分の好きな家具を探すのが目的。日頃はあまり入らないタイプのお店だから、気を抜くとつい関係ないものまで手に取りそうになる。
「先輩は、何か良いもの見つけましたか?」
可愛いカップを触ってみたい衝動を抑えて聞くと、今のところはと首を横に振られた。色合いや形が可愛いブランドだから、男の人の趣味ではないかもしれない。
俺のことは気にするなと先輩はあっさり言った。
「俺は今使ってる物に近いものを揃えるなり、婆さんが保管している家具から選ぶなり、どうとでもなる」
家の収納次第ではタンスも買わなくて済むから、先輩の部屋用に買うものは本当に少ないらしい。
今日主に選ぶのは、と先輩はあるものに目を止めた。
「ベッドくらいだが。結香が気に入った物は今のところ無さそうだな」
「へ?」
先輩のベッドを私の好みで選ぶの?と首を傾げると、先輩は当然だろうと息をついて頭をポンと撫でた。
「二人で使う物なのだから、結香の好みに合わせるのは当然だろう。俺は二人で眠れればそれでいい」
「いぃぃっ!??」
いきなりの発言に先輩の口を押さえて周りを見渡す。
ベッドは一緒に使うことになっていたことにも驚いたけど、それをこんな公共の場で宣言しなくても良いと思う!
BGMとざわめきのお蔭で先輩の言葉は周りの人に聞こえてなかったみたい。
はーっと安心のため息をついた。
ふっ、二人で眠るとか!なんでそういうセリフをさらっと言っちゃえるのですか、先輩!
「突然どうした」
咎めるような口振りだけど、先輩は口を塞いでる私の手を取るといたずらっ子のように目を細めて指の一本一本に軽く唇を押し当てた。
「~~~~~っっっ!ぉ、みせ、の中、ですからっ。ヒトに聞かれたらどうするんですかっ」
周りの迷惑にならないように声の大きさに気をつけながら抗議するけど、先輩はものすごく動じていなかった。
「ベッドを買おうとする人間が寝ることを考慮するのは当然のことだと思うが」
「~~~~~っっっ!」
言ってることはもっともだと思うんだけど、なんかものすごくやりこめられた気がする。
よく解らない敗北感に心の中で悔しがる私をよそに「次の店を見に行くか」と先輩は淡々と手を引いて歩き出した。
後ろでこっそりむくれていたのがバレていたようで、前を歩く先輩は小さく苦笑して振り返った。
「次の店は、結香の気に入る物があると良いな」
さっきはかなり恥ずかしかったけど、結局先輩は私のことを第一に考えてここまで連れてきてくれた。それに、先輩と一緒に寝るのはまだ恥ずかしいけど嫌なわけではないし。
子どもっぽくむくれるのはいい加減止めよう。
何度か深呼吸して、先輩を見上げる。
私の表情を窺う先輩の目に少し申し訳ないような気持ちと共に、ちょっと可愛いと思ってしまった自分につい苦笑しながら、はいと頷いた。
入り口近くに置いて、じゃなくてぶら下がっていたそれを見つけて、つい「おぉっ?」と女の子らしくない歓声をあげてしまった。
「椅子か。こういう物は初めて見るな」
先輩はそんな私を笑うでもなく、マジマジとその椅子を色んな角度から観察した。
籐でできた大きな卵型の椅子が支柱からぶら下がっている。椅子、というよりドーム型のブランコなのかもしれないけど、やっぱり卵というイメージ。
「外側は思った通り硬いけど、中はどうなんだろ」
「結香、寝てみろ」
座り心地を想像しながら中を覗いていると、試してみるように言われた。
かなり座ってみたくて仕方なかったので、周りに人がいないことをサッと確認して先輩にバッグを預かってもらう。
おずおずとお尻を落としたつもりだけど、椅子は宙ぶらりん状態だからちょっと足がすべって後ろ向きに倒れこんだ。
「ぅひゃぁっ………ふぉぉぉぉぉっ」
どうだ、と聞く先輩に「すごいですよっ」と答える自分の声がものすごくハシャいでいるのがちょっと恥ずかしい。
仰向けのまま深呼吸してから「あのですね」と改めて声を出した。
「クッションがフカフカで寝心地は良いですよ。籐の編み目から光が差して、プラネタリウムみたいなカンジで楽しいです。あ、でも卵型だから包まれてるカンジですごくリラックスできちゃってますよ」
空調も調度良いから目を紡錘ったら眠ってしまいそうな危機感すら感じる。
目を閉じてふにゃぁと寝かけては、いけないいけないと頬を軽く叩く私を見て「なるほど」と先輩は頷いた。
「これは、どうだ?」
そう言って外から椅子を揺らす。
軽くだから中で寝ててもぜんぜん怖くない。というより、よけい眠くなって、すごく気持ち良いんだけど今寝入るわけにはいかない。
「うぅ~~、寝ちゃいそうです。ダメです。マズいです」
起きます、と宣言すると先輩はすぐに揺れを止めてくれた。
揺れないように押さえてくれてるのはありがたかったけど、そもそも起き上がることができなくて、寝転んだまま私は情けない声をあげた。
「先輩、ごめんなさい。助けてください………」
両腕を宙に伸ばした情けない体勢で察してくれたのか、先輩は手を掴むとかけ声もかけずに私を椅子から引っ張り出してくれた。
無事に脱出できて良かった―――あ、自分で中に入ったんだっけ。でもまぁ、外に出れて良かったー。なんて思いながらついつい腰を軽く叩いていると、先輩が大丈夫かと気にかけてくれた。
「大丈夫です。出れないと思ってちょっと焦っちゃったけど……でもすっごく気持ち良かったなぁ……あ、先輩もどうですか?」
寝心地を思い出してうっとりしてから勧めてみると、ふむと頷いた先輩は滑らかな動きで椅子に座る。「なるほど」と座り心地を確認してから、さっきの私と同じように仰向けに寝転んだ。
「なるほど。これは確かに安らぐ」
こんなときも先輩の言葉づかいはきっちりしている。でも、目を閉じている様子はすごくリラックスしているようで、共感してもらえたと嬉しくなった。
「でしょう?揺らしますか?」
頼む、という応えを受けて「いきますよー」と声をかけながら外から椅子を押す。周りの迷惑にならないように、そして中の先輩が不快に思わないくらいソフトに、と心がけて手加減するとぜんぜん揺れなくて、力加減に苦労した。
「ど、どうで、しょぉっ」
一生懸命椅子を揺らしながら具合を窺うと「うん、良いな」と中からリラックスした声が聞こえた。
「これは確かに眠くなる。そろそろ降りるか」
今度は椅子に抱きついて揺れを止める。次第にだけど揺れが無事に止まってホッと息をついた。
そうだ。今度は私が先輩を椅子から出さないと。
慌てて椅子の正面に移動する前に、長い足が伸びて床を確かめる。
「ふっ」とあまり力の込もっていなそうな一息で先輩は自力で椅子から飛び降りた。
「へ」
戸惑いで動けず声も出ない私をよそに、先輩は軽く身体を動かしてストレッチしている。
「うん。こんな椅子には初めて座った。椅子に座るだけなのに、なかなか楽しかったな」
共感してもらえて嬉しいんだけど、どこか納得いかないのは何なんだろう……?
「思ったよりは安いな。買うか?」
「はゎ!??」
値段を見て真剣に考慮している先輩に、急いで待ったをかけた。
「ちょ、待ってくださいっ。先にもっと必要なもの買わないとっ」
先に夢中になった私が言っても説得力はないけど、きっとこの椅子は生活するのに必須なアイテムではないと思う。
それもそうか、と先輩が頷くのを見て、心の中で大きく安堵のため息をついた。
先輩はその場でスマホを少し弄ると、「行くか」と私の手を取った。
自分のせいなんだけど、なんだかものすごく疲れた気がする。
そろそろ休憩するかという先輩の言葉はありがたかったけど、時間はちょうどお昼時。よく行くフードコートには座席待ちの人が何人もいるし、飲食店のフロアも人でひしめき合っている。
「これはかなり待ちそうですねぇ……」
そうだなと頷いた先輩は少しの間小首を傾げてから、どうすると私を見た。
「ここで時間を潰しながら客が捌けるのを待つか、外で店を探すか」
一本ずつ指を立てて案を出した先輩は、どっちにすると私の目の前でVサインを軽く振ってみせた。
「そうですねぇ………ぁ」
どちらにしようかなと考えながらなんとなく周りを見渡し、ある店を見つける。
どうしたと小首を傾げる先輩に「あのお店なんですけど」と遠くに見える店を指差してバッグを漁る。
「女将さんから貰ったクーポンに載ってたんです。ほら、これ!」
ほぅ、と唸りながら差し出された手にクーポンを乗せる。
丹念にクーポンを調べていた先輩は一点を見て「おっ」と目を丸くした。
「俺がよく使う店のクーポンもあるな」
「本当ですか?」
どれ、と覗きこむとこれだと指差して教えてくれる。聞き慣れないブランドだと首を捻っていると、男性ものを主に扱っているブランドだと教えてくれた。
「ここのシャツが着やすいんだ。だが値段が高い」
「じゃあ、行ってみますか?」
頷いて先輩は私の手を握り直した。
「まずは、結香が見つけた化粧品店に行こう」
ご飯を求める人の流れに逆らって歩く。
本来の目的から離れてしまったけど、思い切りショッピングを楽しんだ。
座席待ちの人も少なくなったし、フードコートでも良いかなと思ったけどカフェに入ることになった。ここでもクーポンが使えるという理由もあったけど、先輩には一度カフェや喫茶店といった所で思い切りご飯を食べたいという夢があったらしい。
小さいときからそうしてみたいと思っていたけど、実現しないまま今に至ってしまったと真剣にメニューを見詰めながら先輩は力説した。
「基本的に喫茶店で満足出来るだけ食べようとしたらかなりの金額になるからな。一人でそんな贅沢する気になれん」
私たちが今座っているこのカフェはコスパが良いとテレビでよく特集されるから、先輩も前々から行ってみたいと思っていたそうだけど、生活圏に店舗がなかったので今まで機会がなかったらしい。
目でメニューを追いながら頼む品を選ぶ先輩は本当に楽しそう。
メニュー越しにこっそり笑っていると、つと顔を上げた先輩と目が合った。
「結香、どうした?やはり、オムライス専門店の方が良かったか?」
違いますよ、と首を横に振って店員さんを呼んだ。
念願のカフェご飯とあって、先輩はいつもより楽しそうに味わって食べていた。
はしゃぐとかオーバーなリアクション取るとかはしないけど、モグモグしながら満足そうに目を細める。
年上の男の人に対する感想じゃないと頭では解ってるけど、可愛いなぁとニマニマしながらサンドイッチを食べていると、「それ、旨いか」と小首を傾げられた。
目がどことなくワクワクしているように見える。
「美味しいですよ。どうぞ」
いつもは私が食べる分が少なくなると気にするけど、今日はすぐに手が伸びてきた。
かなり気に入ったみたい。
「新居の近くにも、このカフェあると良いですね」
毎日は無理かもしれないけど、たまに行けるくらいの距離にあると良いな。
私の思いを察したのか、先輩は穏やかな笑顔で微笑んだ。
「うん。こういう所で待ち合わせしてデートに行くのも良いな」
頬が少し熱くなったけど、先輩が心から思ってることが目を見れば伝わってきて、その気持ちが本当に嬉しかったので、小さな声になってしまったけど「ですね」と答えた。
追加で頼んだみそカツサンドがもう少しでなくなる頃「さて」と先輩が口を開いた。
「この後どうする?」
そうですねぇと首を捻る。
インテリアのお店はかなり見たけど、自分がその家具を使うイメージはまったく浮かばなかった。私も今使ってるベッドとかタンスに近いものの方が良いのかな。
そうだ。ベッドといえば。
「先輩。あの………ベッドなんですけど」
「あぁ。そうだったな」
頷いた先輩がスマホを出した。
手早く操作して「これはどうだ」と画面を見せてくれる。
幼いカンジじゃないけどフレームが可愛いベッドだった。写真のベッドカバーが豪華だからバランスが取れているのかも。
「うゎ。可愛い………」
思わず溢れた感想に微笑んだ先輩は一度スマホを下げると「あとはこっちはどうだ」とまた画面を私に向ける。
カントリー調のベッドだった。こちらはさっきのより全体的に甘い。
「これ、大きなサイズあるんですか?」
おそらく大丈夫だろう、と先輩は画面を確認しながら言った。
「この輸入家具はここには店舗が入ってないから移動しないと実物は見られないが、サイズの問題は無い」
それなら、と画面を指差した。
「ベッドは最初の店のが良いと思います」
そうか?と先輩は小首を傾げた。
「結香の好みではこっちだと思うんだが」
確かにカントリー調のベッドに憧れた頃もあったけど、それはシングルサイズだから可愛いのであって、二人用の大きさにしたら違和感が出るような気がする。
そう説明すると、先輩は今度は輸入家具の店に行こうと納得してくれた。
「でも、今日はここの一階を見ても良いですか?食器も見たいし、女将さんに何かお土産買いたいです。いつもサービスしてもらってるし、今日はクーポンまでもらっちゃったし」
勿論だと頷いた先輩は、そろそろ行くかと立ち上がった。
買ったばかりのお土産をじっと見てると、手を引いてくれてる先輩が「どうした」と聞いてきた。
「すごく美味しそうだしなんか高級そうな雰囲気につられて買ってしまったけど、これで良かったんですかね。飲食店の人に食べ物をあげるって、失礼になったりしませんかね?」
本職の人に喧嘩を売るようなマネをしてやしないか不安になってしまう。
大丈夫だろう、と先輩はあっさり言った。
「それを渡して、今日楽しんだことを話せば十分満足してくれる」
だから気に病むなと言われるのに頷いて上げた目線の先に、あるものを見つけて「あ」と声を出してしまった。
何だと聞く前に私の視線を追った先輩は、「あれか」とそれに向かって歩いていく。
「結香。そんなにソファーが好きなのか?」
さっきも椅子に夢中になってたから先輩がこう聞いてくるのも無理ないけど、自分ではそんな自覚ないから、どうでしょう、と苦笑した。
でもこのキューブ型のクッション、お店で見かけるようになってだいぶ経つけど、やっぱり気になるんだよね。
「気になるなら座ってみたらどうだ?」
あっさり言う先輩に「とんでもない!」と思い切り首を横に振った。
「このソファーはマズいんですよ?座ったが最後、一人じゃ絶対に起きれないんですから!」
そうなのか?と首を傾げる先輩は、それでも動く気配がない。
「今なら俺が居るから、座っても大丈夫だろう?」
「い、嫌ですよぅ」
助けてもらえるかもしれないけど、その前に「沈む、埋まる、助けて」とジタバタする姿を見られたくないので必死に辞退する。
私の必死な拒否に何かを察したのか、先輩はいたずらっ子のように笑って「一回座ってみろ」なんて言う。
「いーやーでーすっ。ほらっ。お土産渡しに帰りますよっ」
両手で先輩の腕を引っ張ると、クスクス笑いながらやっと先輩は歩いてくれた。
◆ あくまで親子喧嘩 ◆
来たか、と出迎えた親父はもう身体が温まっているようだ。
親父は俺を見て口角が上がるかどうか程度の笑みを見せた。
「準備は出来ているようだな」
準備運動代わりにここまで走ってきたことに気付いているようだ。
口元の笑みが広がったのが珍しかったのか、ここまで俺を案内してくれた制服の警官が顔をひきつらせて「でわっ」と上擦った声を出した。
「ここ、ここでっ、自分は失礼致しますっ」
俺と親父が各々どうもと頭を下げたり「おぅ」と頷いたりするのをロクに確認しないまま、警官は去ってしまった。案内している時はそれほど急かされた記憶は無いが、夜分とはいえやはり仕事で忙しいのだろう。
親父の案内に従って、とりあえず着替えに行くことにした。
出てきた俺を親父が呼ぶ。
向かい合って話していた年輩の男性に向かって俺を「件の長男です」と紹介した後、俺に向かって口を開いた。
「役職等は省くが、とりあえずこの人が今日この道場の責任者だ。事情を話したら、ここで話し合うことを許してくれた、大変に心の広い方だ」
お世話になりますと頭を下げると、思いの外快活に笑った。
「なに、どっかの頑固者が試験を受けないから俺に御鉢が廻ってきただけの管理職だよ。今夜は面白いものを見せてくれると聞いたから、楽しみにしているよ」
そして殆ど壁際まで下がって休憩していた者たちに向かって、これから俺たちが試合をすると知らせた。尚、これは純粋な親子喧嘩なので手出し無用とも知らせたので、のんびり休憩していたうちの何人かはニヤニヤと笑いながら小声で何かを囁き合っていた。
主に親父の方を見ているので、日頃の親父に対して何か思うところでもあるのだろうが、あぁいうのは好きじゃないと内心で舌打ちしていると「やるか」とのんびり声がかかった。
ルールは、と聞くと「まずは剣道だな」と即答された。
「お互い木刀を持っているのだから、使わねば勿体無いだろう。その後は」
言葉を切ると、親父はニヤリと笑ってみせた。
「種目に関わらない実戦といこう」
解ったと答えて木刀を構える。親父は無造作に木刀を俺に向けて構えた。
流石に解ったのだろう。俺たちの構えを見ただけで、辺りからざわめきが消えた。
どうする、とどこか楽しそうな声で親父が聞いてきた。
「誰かに合図でも頼むか?」
それまでふざけた様子で笑っていた者たちが気不味そうに尻だけで後退る。警察官を名乗ってる人間が、授業中の指名を嫌がる学生と同じ目をするなと毒づきたい気持ちを抑えて、いらないだろう、と答えた。
「これは、親父喧嘩なんだろう?合図で喧嘩を始めるなんて、聞いたことが無い」
ニッと笑った親父が静かに腰を落とした。
「それもそうだ―――なっ」
そのまま一足で俺に向かって翔んできた。
振り下ろされた一撃を受けて、俺の木刀が鈍い衝撃音を放つ。
手への痺れが無いのでそのまま親父の刄を流し反撃を撃つ。
そのまま暫く互いに互いの刄を交わし相手を撃つ音が響き渡った。
日頃から手入れをしている木刀だが激しい撃ち合いを続けていれば、やがて破損する。
打ち合わせをしていた訳では無いが、互いに大きく撃ち合ったその足で俺も親父も距離を取る。
互いに息を整える音の合間に、大きく息継ぎをする音が周囲からも聞こえる。
親父は二本の木刀をチラリと見ると、口角を上げて苦笑した。
「これはもう、使えんな」
お前もだろうと聞かれるのに頷いて、木刀を放る。
親父もあっさり手放すと「さて」と小首を傾げてみせた。
「まだ機嫌は治らんか」
「治る訳が無い。俺たちのデートを親父の仕事に利用されて、この程度で済むと思えるのか?」
周囲で息を飲む音が幾つか聞こえたが、親父はそれに構わず大袈裟に嘆息した。
「デートくらい何だ。俺たちは命懸けの仕事をしている。お前はその給料で育ち生きてきたのだろう?デート一回潰された程度で一々怒るな」
先程挨拶した男性の近くに座っていた中年の男が数人、親父の言葉に比例してニヤリと嗤うのが視界の隅に映った。今の言葉通りの考えの持ち主なのだろう。
いや、階級に託つけて親父に今回のことを打診した本人かもしれない。
「ふざけるな」
視界の端に男たちの笑みを入れていたので、かなり低い声が出た。
親父の宥めるような口調とその内容に「若い者がデート一つくらいでごちゃごちゃと」とでも騒いでいたのが、再び静まり返る。
「子どもの付き合いを堂々と利用しておきながら、それを命懸けの仕事だと?ふざけるな。そんな甘えを平気な面で通せる性根が不祥事を起こすんだ」
不祥事の一言に周囲が殺気立つ。
俺はただ親父の目を見ていた。
ふ、と親父が口の端で笑う。
「とんだこじつけだな。不祥事を起こすのは一部のうつけだ。警察全部を一緒にするな」
へぇ、とわざとらしく唸ってみせた。
「それなら、刑事の息子ならその個人的な付き合いも警察の仕事に役立たせろなんて阿呆な真似をするのも、一部のうつけのみ、と理解しても良いのか。子どもなら親の役に立つべき等という時代錯誤な考え方が警察の基本方針だというなら、日本で暮らすメリットは無い。結香を連れて海外にでも行くさ」
「なっ!」と親父があからさまに動揺してみせる。
「夕弦っ、ちょっと待て―――」
知るか、と言い捨て様に今度は俺が地を蹴る。
飛び込み様に放った拳を親父が受け流し、暫く激しい組み手が続いた。
俺の蹴りを避けた親父が大きく後ろに退いた。
「永住権を取って国外に出れば、流石に日本警察の職務に左右されずに済むだろう。その前に一発殴らせてくれ。それで今回のことは流す」
いや待て、と止める親父の声はかなり逼迫している。親父が役者だということを今更知った。
「結香さんを国外に連れていくというのか?それは困る。進藤夫人―――進藤千鶴子を怒らせる気か?」
親父がわざわざ言い換えたことで、中年の男たちが明らかに動揺した。
安心しろ、と自分でも意外な程自然に笑みが浮かんだ。
「きちんと説明していくさ。日本に居たのではいつ結香が警察に利用されるか解らず安心出来ないから海外で暮らしたい、と。生活出来る当てがまったく無い訳でも無いし、妹の一大事とあっては結香のお姉さんも協力してくれるだろう」
なにっと白々しい筈の応えに妙にリアリティーを感じる。
「結香さんのお姉さん―――あの牧野茜かっ」
周囲が一斉にどよめく。全員が茜さんや婆さんを知ってる訳でも無いのだろう。
ざわめきの中に二人について説明する文言が聞こえてくる。たまに女性を評するにはあまり、いやかなり相応しくない言葉が含まれていたが、目的の為に口元を引き締めた。
「あぁ、そうだ。牧野茜さんだ」
親父に比べたら俺の声はわざとらしく響くのではないかと恐れたが、辺りは変わらず静まり返っていた。
内心安堵しながら「でも」と、さも今思い付いたかのような声を上げた。
「茜さんは妹を可愛がり慈しんでいるからな。今回のことを聞いたら―――暴れるかもしれないな」
「「「「「ヒィィィィィィッッッ!!!」」」」」
先日のパーティーに現れた瞬間の姿を思い出し、あながち嘘でもないだろうと内心思いながら言うと、大多数が悲鳴を上げた。
いい大人が情けない、とは言えない。
茜さん本人を見てもいない内から怯えるにしては多少オーバーにも思えるが、警察に今も伝わっているという茜さんの噂がそうさせると言われれば納得も出来る。
一体高校時代に何をやったのか、一度聞いてみたい気もするが。
等といった諸々の雑念を払って目の前の相手に意識を戻す。とりあえず、と言う声がぞんざいにならなかったことに内心安堵した。
「茜さんへの報告はまた考えることにして、今は俺の憂さ晴らしに付き合ってもらう」
ほぉぅ、と応える親父もどこか楽しそうだ。
「サラリーマン希望のお坊ちゃんが現役刑事に喧嘩を売るとはな」
中年の男たちが強張った顔でふるふると首を振っている。
来い、と訴える目に軽く頷いて俺は再び地を蹴った。
「―――お前ら、その辺にしといたら?ギャラリーほぼ戦意喪失してるし」
対峙している俺たちにやたらのんびりと話しかけてきた声に、権堂か、と親父が構えを解いた。
「居たのか」
「居たわ、この体力馬鹿どもが。誰もまともに見てないのにいつまでやり合ってるんだ。一晩中やるつもりか」
呆れた師匠の声に周囲を見渡す。
確かに俺たちが喧嘩始める前は各々楽な姿勢で座っていた男たちが、軒並み壁ぎりぎりまで下がり、腰を抜かしている。
現役警察官を名乗る人間が、一対一の喧嘩を目の前で見たくらいで腰を抜かしてどうするんだ。
「それも無いとは言えんが、詰め込みすぎなんだ。阿呆が」
男たちの情けない姿に日本の治安が心配になる俺を師匠は軽く小突き、親父をも小突く。
「この俺の御墨付きを得ながら、会社勤めしたいなんぞと抜かす軟弱者と笑っていた若造が閻魔と対等にやり合うってだけでも硬直モノなのに、進藤夫人に牧野茜まで持ち出すとは、やり過ぎなんだよ」
どーするんだよ、この惨状。と師匠は周囲を見渡して嘆息した。
「いや、ゴタゴタ煩かったからこの機会に一掃しようと思ってな」
身体を解しながら言う親父に「そーかよ」とぞんざいに言った師匠は、呆れ返った視線を周囲に投げて「それにしてもバカだねー」と嘆息した。
「警察、しかも刑事なんて当然基本的に怖い人種だろ。その中で閻魔とか呼ばれてるヤツが只者なワケないだろうが。そんなの相手に陰口叩こうだの、捜査に利用しようだの、命要らんと言うようなモノだろう」
「全くだね」
師匠に笑い声で答えたのは、事前に挨拶した年輩の男性だった。周りがだらしなく呆けている中、一人今も正座を保っている。
「親子喧嘩等という恥ずかしいものをお目にかけました」
折り目よく謝罪する親父に合わせて頭を下げると、いいから頭を上げろと止められた。
「進藤が言う通り、中々面白いモノを見せてもらった。ありがとう。これは良い酒の肴になりそうだ」
はぁ、と首を傾げるが、男性は穏やかに笑うだけだった。
「さ、そろそろ夜も遅いが、気は済んだか?」
男性の問いかけに親父と顔を見合わせる。
「憂さ晴らしにはなったが、出来ればもう少しやりたい」
「お前はもう少し自重しろよ」
物足りなそうな親父に、師匠は沈痛な面持ちで額を押さえた。
そのやり取りをフッと楽しんでから、男性は俺に目を止めた。
俺は、と言いかけて手の関節が疼くのに気付いた。
「俺は、夜も遅いのでもう帰ろうかと思います。ただ」
関節を鳴らしてから、すみませんと謝ると男性が頷くのでそのまま鳴らしながら続きを言った。
「また結香を利用しようとするなら、またお邪魔するかもしれませんが」
「それは、そんな機会が無いよう努力する、と言うべきなんだろうな。ここの関係者としては」
クククッと男性は笑って周りを楽しそうな目付きで眺めた。
着替えを済ませて暇乞いをした俺の隣を師匠が歩く。
そういえば師匠は何をしていたのか聞くと、なぜか軽く小突かれた。
「たまに指導役として呼ばれるんだよ。今日はお前らのデモンストレーションで終わったがな」
「そうですか。それは申し訳ありません」
いーけどよ。と応える声に張りがないので疲れてるのか聞くと「お蔭様でな」とジト目を向けられた。
「今夜は親父に呼び出されたんですよ」
「だろうな」
一応言い訳のように言うとあっさり頷かれる。
俺たちが組み合っている間に大体の事情を聞いていたらしい。
「命令自体も気に入らなかったんだろうが、お前が単独で暴れるのを防ぎたかったんだろうよ」
親心だ、感謝しろよ。と諭される。
「今時そんな命令をするとは思いませんでした」
素直な感想を言うと、確かになと頷いた。
「進藤も目立つヤツだからなぁ。色んな感情を向けられるんだろうよ。今夜の騒ぎでちったぁ静かになるだろうがな」
親父は淡々と仕事をしているだけだろうが、それでも勝手に妬む人間は居るのだろう。暫くは師匠の言う通り鎮静化するだろうが、妬みが消えるわけでは無い。いずれまた表面化する。
今回のように、身内だからと俺たちを、果ては結香まで巻き込む命令も出る可能性もあり得るのか。
「警察はな、そりゃ綺麗ではないが、腐りきってもないんだよ」
海外移住を本格的に考え始めた脳にやたら穏やかな声が流れてきた。
「進藤を信頼して喰らい付いている若いのだって居るし、上層部もあいつが試験を受けない理由を理解している」
さっき会ったオッサン居ただろう?と師匠はニヤッと笑った。
「あの人な。基本は倉庫の端でぽつねんと茶を啜っているんだが、あれで中々顔が広くてな。あの人が話を通してくれるなら、身内とはいえ素人を利用しようなんて言い出させないだろうよ」
「そうですか。それは有り難いです」
良かったと頷くと、しかしなぁと師匠は眉を寄せた。
「さっき、お嬢さんが牧野茜の妹だと聞こえた気がするんだが。あれ、嘘だよな?」
本当ですよ、と言うと瞠目した師匠は「マジかよ」と呟いた。
「ヤベぇ。俺、イキッてるとか思われてないよな?やばたにえんじゃねぇか?夕弦と進藤でもいっぱいいっぱいだっつーのに、マジやばたん」
「師匠。何を喋っているんですか?」
呟きの中に聞き慣れない単語があったので意味を聞きたかったのだが、師匠は歩きながら呟き続けるだけだった。
「やはり、気になるか?」
すみませんと謝ると「こちらこそ悪いな」となぜか謝られた。
「親父の仕事に付き合わせる形になってしまった」
「だ、大丈夫ですよっ」
憂うつそうな声に慌てて首を振る。
お父さんは仕事の関係で、私たちが海に行く度に寄る食堂に行きたいらしい。
私たちも近くのショッピングモールに行くから途中まで一緒に行こうということになったのだけど、お父さんの仕事に私を付き合わせることを先輩はずっと謝っている。
なので私は大丈夫ですよと首を振る。
「付き合うといっても具体的な内容が解らないから私が役に立つかは解らないですし。それよりお仕事の邪魔になってしまうかもしれないでしょう?」
警察の仕事を邪魔するなんて想像するだけでも身の毛がよだつ事態だけど、そう思っているからこそ逆にやらかしそう。
お父さんの目的を詳しく聞くなんてできないのは解ってるけど、それで結果的に邪魔してたらと思うと自分の鼓動が異常に早く聞こえる。
私の心のうちを察したのか「気にするな」と先輩は労るような声を出した。
「民間人の動き一つで妨げられるような仕事なら、その程度だ。頼まれたのは食堂までの同行だからそれだけをすれば良い。積極的に協力的にしても良いことは無いぞ。警察だから正しいというわけでも無いのだから」
「でも、お父さんですよ?」
控え目に言ってみるけど先輩はまだ不機嫌そうだった。
「そもそもヒトのデートを仕事に利用しようとする発想が気に食わん」
「それはまぁそうだろうな」
突然後ろから聞こえてきた声があまりにもいつも通りの声で、驚きすぎて一瞬身体が固まる。
振り返るとお父さんはそれまで眠っていた様子をぜんぜん感じさせない様子で、悠々と座っていた。
先輩が自分の仕事に否定的なのにものすごく平然としている。
「お、おはようございます。すみません、起こしてしまいましたか?」
煩かったかもと謝る。おはようと返ってきた声が穏やかなので心の中でちょっと安心した。
「話し声で起きた訳では無いから、安心しなさい」
はい、と頷くけど、すぐに首を傾げる。それなら何で起きたんだろう?
私の疑問を他所にお父さんは先輩に呼びかけた。
「お前。明後日辺りの夜、出てこれるか?」
先輩は小首を傾げて少し考えてから「行くのは構わないが、相手は誰だ」と低めの声で聞いた。
お父さんが親指で自分を指し示す。「ほぅ?」と呟いた先輩の横顔はいつもとはぜんぜん雰囲気が違って少し怖い気もしたけど、鋭く光る目と口角がクッと上がった口につい見惚れてしまった。
「その方がお前も気兼ね無くやれるだろう?」
どこか楽しそうに言ったお父さんと少しの間、明後日の夜とかについて短くやり取りしている先輩に見入っていた私は、結局明後日の夜に何があるのかを聞くのをすっかり忘れていたのでした。
いらっしゃいと振り返るなり、おやと女将さんは笑顔で小首を傾げた。
「久しぶりだね。今日はまたエラいハンサムさんをお連れでないかい?」
先輩のお父さんなんですと言うと、へぇぇと女将さんは片方の頬に手を添えて繁々と父子を見比べた。
「へぇ。ハンサムの親はやっぱりハンサムなんだね。ちょっとタイプは違うけど」
感心したように言って「あぁ、でも」と楽しそうに小首を傾げた。
「お兄さんもお父さんくらいの年になったらこういうワイルドなハンサムさんに変わるのかしら。それとも今の面影のままかしら。どっちにしろ、楽しみねぇ?」
「そ、うですね」
同意を求められるように微笑みかけられてへらりと笑い返していると、女将さんのはるか後ろ、厨房の入り口からお爺さんがしかめ面を覗かせた。
「いつまでもくっちゃべってないで案内せんかっ」
怒鳴るなり奥へ引っ込んでしまったお爺さんに向かって「ハイハイ」と女将さんはため息混じりに声をあげてから、「イヤだね、もう」と小さくボヤいた。
「交じれないからって僻んじゃってさ」
困った人だと大きくため息をついてみせてから、奥の四人掛けのテーブルにどうぞと案内する。
先輩に背中を擦られた私は慌てて足を動かした。
先輩もお父さんもたくさん食べる人なので、テーブルの上は料理で埋め尽くされた。わりと大きめのテーブルだから余計に壮観っ、と呆ける間にも追加の料理が来てしまうので、先にお腹いっぱいになってしまった私はせっせと空いた皿と交換することにした。
常連のおじさんたちはいつもお勧めのおかずを先輩に食べさせて楽しんでいるけど、今日はお父さんもいるものだから、なんというか白熱している。
どっちがより多く食べるか掛けようなんて言う人もいたけど、「バカお言いでないよ!」と女将さんが一喝してくれたから助かった。知らないこととはいえ、警察官のお父さんの前で賭けごとってよろしくないよね、たぶん。
お皿の交換をしながら、女将さんはお父さんがここ数日この近所のホテルに滞在することや私たちがこれから近くにできたショッピングモールに行くことを聞き出した。
「あぁ、それなら」と女将さんは一度奥へ引っ込んで、これこれっと一枚の紙を掲げながら戻ってきた。
「これ、持っていかないかい?新聞のチラシに入ってたんだけどね」
そう言って差し出されたのは、いろんなお店のクーポンが載った広告だった。近所の人に宣伝するために入っていたものらしい。
貰っちゃっていいんですかと聞くと、「いーのいーの」と手を振られた。
「紙のクーポンはありがたいんだけど、行く暇なんてないし、そもそもあんな広くてキラキラしたとこ、おばあちゃんが歩けないでしょ」
使う当てがないのだから貰ってほしいと言われるので、お礼を言ってバッグに仕舞う。
おぉぉっと聞こえた歓声に振り向くと、先輩とお父さんが揃ってごちそうさまと手を合わせていた。テーブルいっぱいに並べられていた食器は見事に空になっている。
これは見事、と女将さんは目を丸くした。
「こりゃすごい。ウチは量が多いとこがウリだったんだけど、こうもあっさり完食されるなんて」
一度内容を見直した方がいいかしらんと首を捻る女将さんに、お父さんがお会計を頼んだ。
「結香、待たせて悪かった」
謝る先輩に、女将さんやおじさんたちとお喋りしていたし、女将さんにはクーポンまで貰ってしまったからと話すと頷いた先輩が女将さんにありがとうございますと頭を下げた。
「はいはい、気をつけて楽しんでらっしゃいよぅ」
レジ作業を手際よくしながら女将さんが笑う手前で、お父さんが振り返った。
「じゃ、明後日な」
お父さんには頷いただけで、ごちそうさまでしたと一声かけると先輩は身を翻して出ていってしまう。
「お父さん、ごちそうさまです」
置いていかれないように慌ててお金を払ってくれるお父さんに頭を下げると、穏やかな笑顔でうんと頷いてくれた。
「こちらこそ邪魔して申し訳ない。夕弦が暫く荒れるだろうが、勘弁してやってくれ」
荒れるって何だろうと思ったけど詳しく聞く暇もない。もう一度頭を下げて、女将さんとお爺さんにごちそうさまでしたと挨拶をして小走りで店の外に出た。
「結香、そんなに慌ててどうした」
「はぃっ?」
扉を閉めて、先輩の姿を探してキョロキョロしていると後ろから声がかけられる。
扉のすぐ横の壁に寄りかかっていた先輩が、不思議そうな瞳で私を見ていた。
「先輩。そこにいたんですね。先に行かれたので慌てました」
取り乱した姿をバッチリ見られていた恥ずかしさで苦笑していると、先輩が小首を傾げながら私の頭を優しく撫でた。
「デートなのに結香を置いて行く訳が無いだろう」
「そ、うですよね」
そっと先輩を窺う。いつも通りに見えるんだけど、お父さんだから解るようなレベルのしこりみたいなものが先輩の中にあるのかなぁ?
「結香、どうかしたか」
また首を傾げた先輩に、いえいえっと首を横に振る。
「いえっ。先輩は、その……元気、ですよね?」
うん?と逆サイドに首を傾けた先輩は勿論だと頷いた。
「朝飯を食べたばかりだからな。元気だ」
それがどうかしたか?と聞かれて思いきり首を横に振る。
「よ、良かったですっ。じゃ、行きましょう?」
腕を引くと、不思議そうに首を傾げていた先輩だけど、そうするかと壁から離れてくれた。
新しくできたばかりとあって、朝早い時間帯なのにもう駐車場には車がたくさん停められていた。広い通路にも行き交う人でいっぱいで、のんびり歩くわけにはいかなそうだと小さくため息をついた。
大丈夫かと心配そうに顔を覗きこむ先輩にもちろん大丈夫ですと意気込んでみせると、いつものようにしっかり手を握って人の波にぶつからないように歩き始めた。
インテリアの店は洋服店よりもお客さんは少ないけど、通路が少し狭いからやっぱり少し混んでいるように見える。
それでも通路を歩いているときよりは周りの人が少なくなって、安心してつい息をついた。
今日は自分の好きな家具を探すのが目的。日頃はあまり入らないタイプのお店だから、気を抜くとつい関係ないものまで手に取りそうになる。
「先輩は、何か良いもの見つけましたか?」
可愛いカップを触ってみたい衝動を抑えて聞くと、今のところはと首を横に振られた。色合いや形が可愛いブランドだから、男の人の趣味ではないかもしれない。
俺のことは気にするなと先輩はあっさり言った。
「俺は今使ってる物に近いものを揃えるなり、婆さんが保管している家具から選ぶなり、どうとでもなる」
家の収納次第ではタンスも買わなくて済むから、先輩の部屋用に買うものは本当に少ないらしい。
今日主に選ぶのは、と先輩はあるものに目を止めた。
「ベッドくらいだが。結香が気に入った物は今のところ無さそうだな」
「へ?」
先輩のベッドを私の好みで選ぶの?と首を傾げると、先輩は当然だろうと息をついて頭をポンと撫でた。
「二人で使う物なのだから、結香の好みに合わせるのは当然だろう。俺は二人で眠れればそれでいい」
「いぃぃっ!??」
いきなりの発言に先輩の口を押さえて周りを見渡す。
ベッドは一緒に使うことになっていたことにも驚いたけど、それをこんな公共の場で宣言しなくても良いと思う!
BGMとざわめきのお蔭で先輩の言葉は周りの人に聞こえてなかったみたい。
はーっと安心のため息をついた。
ふっ、二人で眠るとか!なんでそういうセリフをさらっと言っちゃえるのですか、先輩!
「突然どうした」
咎めるような口振りだけど、先輩は口を塞いでる私の手を取るといたずらっ子のように目を細めて指の一本一本に軽く唇を押し当てた。
「~~~~~っっっ!ぉ、みせ、の中、ですからっ。ヒトに聞かれたらどうするんですかっ」
周りの迷惑にならないように声の大きさに気をつけながら抗議するけど、先輩はものすごく動じていなかった。
「ベッドを買おうとする人間が寝ることを考慮するのは当然のことだと思うが」
「~~~~~っっっ!」
言ってることはもっともだと思うんだけど、なんかものすごくやりこめられた気がする。
よく解らない敗北感に心の中で悔しがる私をよそに「次の店を見に行くか」と先輩は淡々と手を引いて歩き出した。
後ろでこっそりむくれていたのがバレていたようで、前を歩く先輩は小さく苦笑して振り返った。
「次の店は、結香の気に入る物があると良いな」
さっきはかなり恥ずかしかったけど、結局先輩は私のことを第一に考えてここまで連れてきてくれた。それに、先輩と一緒に寝るのはまだ恥ずかしいけど嫌なわけではないし。
子どもっぽくむくれるのはいい加減止めよう。
何度か深呼吸して、先輩を見上げる。
私の表情を窺う先輩の目に少し申し訳ないような気持ちと共に、ちょっと可愛いと思ってしまった自分につい苦笑しながら、はいと頷いた。
入り口近くに置いて、じゃなくてぶら下がっていたそれを見つけて、つい「おぉっ?」と女の子らしくない歓声をあげてしまった。
「椅子か。こういう物は初めて見るな」
先輩はそんな私を笑うでもなく、マジマジとその椅子を色んな角度から観察した。
籐でできた大きな卵型の椅子が支柱からぶら下がっている。椅子、というよりドーム型のブランコなのかもしれないけど、やっぱり卵というイメージ。
「外側は思った通り硬いけど、中はどうなんだろ」
「結香、寝てみろ」
座り心地を想像しながら中を覗いていると、試してみるように言われた。
かなり座ってみたくて仕方なかったので、周りに人がいないことをサッと確認して先輩にバッグを預かってもらう。
おずおずとお尻を落としたつもりだけど、椅子は宙ぶらりん状態だからちょっと足がすべって後ろ向きに倒れこんだ。
「ぅひゃぁっ………ふぉぉぉぉぉっ」
どうだ、と聞く先輩に「すごいですよっ」と答える自分の声がものすごくハシャいでいるのがちょっと恥ずかしい。
仰向けのまま深呼吸してから「あのですね」と改めて声を出した。
「クッションがフカフカで寝心地は良いですよ。籐の編み目から光が差して、プラネタリウムみたいなカンジで楽しいです。あ、でも卵型だから包まれてるカンジですごくリラックスできちゃってますよ」
空調も調度良いから目を紡錘ったら眠ってしまいそうな危機感すら感じる。
目を閉じてふにゃぁと寝かけては、いけないいけないと頬を軽く叩く私を見て「なるほど」と先輩は頷いた。
「これは、どうだ?」
そう言って外から椅子を揺らす。
軽くだから中で寝ててもぜんぜん怖くない。というより、よけい眠くなって、すごく気持ち良いんだけど今寝入るわけにはいかない。
「うぅ~~、寝ちゃいそうです。ダメです。マズいです」
起きます、と宣言すると先輩はすぐに揺れを止めてくれた。
揺れないように押さえてくれてるのはありがたかったけど、そもそも起き上がることができなくて、寝転んだまま私は情けない声をあげた。
「先輩、ごめんなさい。助けてください………」
両腕を宙に伸ばした情けない体勢で察してくれたのか、先輩は手を掴むとかけ声もかけずに私を椅子から引っ張り出してくれた。
無事に脱出できて良かった―――あ、自分で中に入ったんだっけ。でもまぁ、外に出れて良かったー。なんて思いながらついつい腰を軽く叩いていると、先輩が大丈夫かと気にかけてくれた。
「大丈夫です。出れないと思ってちょっと焦っちゃったけど……でもすっごく気持ち良かったなぁ……あ、先輩もどうですか?」
寝心地を思い出してうっとりしてから勧めてみると、ふむと頷いた先輩は滑らかな動きで椅子に座る。「なるほど」と座り心地を確認してから、さっきの私と同じように仰向けに寝転んだ。
「なるほど。これは確かに安らぐ」
こんなときも先輩の言葉づかいはきっちりしている。でも、目を閉じている様子はすごくリラックスしているようで、共感してもらえたと嬉しくなった。
「でしょう?揺らしますか?」
頼む、という応えを受けて「いきますよー」と声をかけながら外から椅子を押す。周りの迷惑にならないように、そして中の先輩が不快に思わないくらいソフトに、と心がけて手加減するとぜんぜん揺れなくて、力加減に苦労した。
「ど、どうで、しょぉっ」
一生懸命椅子を揺らしながら具合を窺うと「うん、良いな」と中からリラックスした声が聞こえた。
「これは確かに眠くなる。そろそろ降りるか」
今度は椅子に抱きついて揺れを止める。次第にだけど揺れが無事に止まってホッと息をついた。
そうだ。今度は私が先輩を椅子から出さないと。
慌てて椅子の正面に移動する前に、長い足が伸びて床を確かめる。
「ふっ」とあまり力の込もっていなそうな一息で先輩は自力で椅子から飛び降りた。
「へ」
戸惑いで動けず声も出ない私をよそに、先輩は軽く身体を動かしてストレッチしている。
「うん。こんな椅子には初めて座った。椅子に座るだけなのに、なかなか楽しかったな」
共感してもらえて嬉しいんだけど、どこか納得いかないのは何なんだろう……?
「思ったよりは安いな。買うか?」
「はゎ!??」
値段を見て真剣に考慮している先輩に、急いで待ったをかけた。
「ちょ、待ってくださいっ。先にもっと必要なもの買わないとっ」
先に夢中になった私が言っても説得力はないけど、きっとこの椅子は生活するのに必須なアイテムではないと思う。
それもそうか、と先輩が頷くのを見て、心の中で大きく安堵のため息をついた。
先輩はその場でスマホを少し弄ると、「行くか」と私の手を取った。
自分のせいなんだけど、なんだかものすごく疲れた気がする。
そろそろ休憩するかという先輩の言葉はありがたかったけど、時間はちょうどお昼時。よく行くフードコートには座席待ちの人が何人もいるし、飲食店のフロアも人でひしめき合っている。
「これはかなり待ちそうですねぇ……」
そうだなと頷いた先輩は少しの間小首を傾げてから、どうすると私を見た。
「ここで時間を潰しながら客が捌けるのを待つか、外で店を探すか」
一本ずつ指を立てて案を出した先輩は、どっちにすると私の目の前でVサインを軽く振ってみせた。
「そうですねぇ………ぁ」
どちらにしようかなと考えながらなんとなく周りを見渡し、ある店を見つける。
どうしたと小首を傾げる先輩に「あのお店なんですけど」と遠くに見える店を指差してバッグを漁る。
「女将さんから貰ったクーポンに載ってたんです。ほら、これ!」
ほぅ、と唸りながら差し出された手にクーポンを乗せる。
丹念にクーポンを調べていた先輩は一点を見て「おっ」と目を丸くした。
「俺がよく使う店のクーポンもあるな」
「本当ですか?」
どれ、と覗きこむとこれだと指差して教えてくれる。聞き慣れないブランドだと首を捻っていると、男性ものを主に扱っているブランドだと教えてくれた。
「ここのシャツが着やすいんだ。だが値段が高い」
「じゃあ、行ってみますか?」
頷いて先輩は私の手を握り直した。
「まずは、結香が見つけた化粧品店に行こう」
ご飯を求める人の流れに逆らって歩く。
本来の目的から離れてしまったけど、思い切りショッピングを楽しんだ。
座席待ちの人も少なくなったし、フードコートでも良いかなと思ったけどカフェに入ることになった。ここでもクーポンが使えるという理由もあったけど、先輩には一度カフェや喫茶店といった所で思い切りご飯を食べたいという夢があったらしい。
小さいときからそうしてみたいと思っていたけど、実現しないまま今に至ってしまったと真剣にメニューを見詰めながら先輩は力説した。
「基本的に喫茶店で満足出来るだけ食べようとしたらかなりの金額になるからな。一人でそんな贅沢する気になれん」
私たちが今座っているこのカフェはコスパが良いとテレビでよく特集されるから、先輩も前々から行ってみたいと思っていたそうだけど、生活圏に店舗がなかったので今まで機会がなかったらしい。
目でメニューを追いながら頼む品を選ぶ先輩は本当に楽しそう。
メニュー越しにこっそり笑っていると、つと顔を上げた先輩と目が合った。
「結香、どうした?やはり、オムライス専門店の方が良かったか?」
違いますよ、と首を横に振って店員さんを呼んだ。
念願のカフェご飯とあって、先輩はいつもより楽しそうに味わって食べていた。
はしゃぐとかオーバーなリアクション取るとかはしないけど、モグモグしながら満足そうに目を細める。
年上の男の人に対する感想じゃないと頭では解ってるけど、可愛いなぁとニマニマしながらサンドイッチを食べていると、「それ、旨いか」と小首を傾げられた。
目がどことなくワクワクしているように見える。
「美味しいですよ。どうぞ」
いつもは私が食べる分が少なくなると気にするけど、今日はすぐに手が伸びてきた。
かなり気に入ったみたい。
「新居の近くにも、このカフェあると良いですね」
毎日は無理かもしれないけど、たまに行けるくらいの距離にあると良いな。
私の思いを察したのか、先輩は穏やかな笑顔で微笑んだ。
「うん。こういう所で待ち合わせしてデートに行くのも良いな」
頬が少し熱くなったけど、先輩が心から思ってることが目を見れば伝わってきて、その気持ちが本当に嬉しかったので、小さな声になってしまったけど「ですね」と答えた。
追加で頼んだみそカツサンドがもう少しでなくなる頃「さて」と先輩が口を開いた。
「この後どうする?」
そうですねぇと首を捻る。
インテリアのお店はかなり見たけど、自分がその家具を使うイメージはまったく浮かばなかった。私も今使ってるベッドとかタンスに近いものの方が良いのかな。
そうだ。ベッドといえば。
「先輩。あの………ベッドなんですけど」
「あぁ。そうだったな」
頷いた先輩がスマホを出した。
手早く操作して「これはどうだ」と画面を見せてくれる。
幼いカンジじゃないけどフレームが可愛いベッドだった。写真のベッドカバーが豪華だからバランスが取れているのかも。
「うゎ。可愛い………」
思わず溢れた感想に微笑んだ先輩は一度スマホを下げると「あとはこっちはどうだ」とまた画面を私に向ける。
カントリー調のベッドだった。こちらはさっきのより全体的に甘い。
「これ、大きなサイズあるんですか?」
おそらく大丈夫だろう、と先輩は画面を確認しながら言った。
「この輸入家具はここには店舗が入ってないから移動しないと実物は見られないが、サイズの問題は無い」
それなら、と画面を指差した。
「ベッドは最初の店のが良いと思います」
そうか?と先輩は小首を傾げた。
「結香の好みではこっちだと思うんだが」
確かにカントリー調のベッドに憧れた頃もあったけど、それはシングルサイズだから可愛いのであって、二人用の大きさにしたら違和感が出るような気がする。
そう説明すると、先輩は今度は輸入家具の店に行こうと納得してくれた。
「でも、今日はここの一階を見ても良いですか?食器も見たいし、女将さんに何かお土産買いたいです。いつもサービスしてもらってるし、今日はクーポンまでもらっちゃったし」
勿論だと頷いた先輩は、そろそろ行くかと立ち上がった。
買ったばかりのお土産をじっと見てると、手を引いてくれてる先輩が「どうした」と聞いてきた。
「すごく美味しそうだしなんか高級そうな雰囲気につられて買ってしまったけど、これで良かったんですかね。飲食店の人に食べ物をあげるって、失礼になったりしませんかね?」
本職の人に喧嘩を売るようなマネをしてやしないか不安になってしまう。
大丈夫だろう、と先輩はあっさり言った。
「それを渡して、今日楽しんだことを話せば十分満足してくれる」
だから気に病むなと言われるのに頷いて上げた目線の先に、あるものを見つけて「あ」と声を出してしまった。
何だと聞く前に私の視線を追った先輩は、「あれか」とそれに向かって歩いていく。
「結香。そんなにソファーが好きなのか?」
さっきも椅子に夢中になってたから先輩がこう聞いてくるのも無理ないけど、自分ではそんな自覚ないから、どうでしょう、と苦笑した。
でもこのキューブ型のクッション、お店で見かけるようになってだいぶ経つけど、やっぱり気になるんだよね。
「気になるなら座ってみたらどうだ?」
あっさり言う先輩に「とんでもない!」と思い切り首を横に振った。
「このソファーはマズいんですよ?座ったが最後、一人じゃ絶対に起きれないんですから!」
そうなのか?と首を傾げる先輩は、それでも動く気配がない。
「今なら俺が居るから、座っても大丈夫だろう?」
「い、嫌ですよぅ」
助けてもらえるかもしれないけど、その前に「沈む、埋まる、助けて」とジタバタする姿を見られたくないので必死に辞退する。
私の必死な拒否に何かを察したのか、先輩はいたずらっ子のように笑って「一回座ってみろ」なんて言う。
「いーやーでーすっ。ほらっ。お土産渡しに帰りますよっ」
両手で先輩の腕を引っ張ると、クスクス笑いながらやっと先輩は歩いてくれた。
◆ あくまで親子喧嘩 ◆
来たか、と出迎えた親父はもう身体が温まっているようだ。
親父は俺を見て口角が上がるかどうか程度の笑みを見せた。
「準備は出来ているようだな」
準備運動代わりにここまで走ってきたことに気付いているようだ。
口元の笑みが広がったのが珍しかったのか、ここまで俺を案内してくれた制服の警官が顔をひきつらせて「でわっ」と上擦った声を出した。
「ここ、ここでっ、自分は失礼致しますっ」
俺と親父が各々どうもと頭を下げたり「おぅ」と頷いたりするのをロクに確認しないまま、警官は去ってしまった。案内している時はそれほど急かされた記憶は無いが、夜分とはいえやはり仕事で忙しいのだろう。
親父の案内に従って、とりあえず着替えに行くことにした。
出てきた俺を親父が呼ぶ。
向かい合って話していた年輩の男性に向かって俺を「件の長男です」と紹介した後、俺に向かって口を開いた。
「役職等は省くが、とりあえずこの人が今日この道場の責任者だ。事情を話したら、ここで話し合うことを許してくれた、大変に心の広い方だ」
お世話になりますと頭を下げると、思いの外快活に笑った。
「なに、どっかの頑固者が試験を受けないから俺に御鉢が廻ってきただけの管理職だよ。今夜は面白いものを見せてくれると聞いたから、楽しみにしているよ」
そして殆ど壁際まで下がって休憩していた者たちに向かって、これから俺たちが試合をすると知らせた。尚、これは純粋な親子喧嘩なので手出し無用とも知らせたので、のんびり休憩していたうちの何人かはニヤニヤと笑いながら小声で何かを囁き合っていた。
主に親父の方を見ているので、日頃の親父に対して何か思うところでもあるのだろうが、あぁいうのは好きじゃないと内心で舌打ちしていると「やるか」とのんびり声がかかった。
ルールは、と聞くと「まずは剣道だな」と即答された。
「お互い木刀を持っているのだから、使わねば勿体無いだろう。その後は」
言葉を切ると、親父はニヤリと笑ってみせた。
「種目に関わらない実戦といこう」
解ったと答えて木刀を構える。親父は無造作に木刀を俺に向けて構えた。
流石に解ったのだろう。俺たちの構えを見ただけで、辺りからざわめきが消えた。
どうする、とどこか楽しそうな声で親父が聞いてきた。
「誰かに合図でも頼むか?」
それまでふざけた様子で笑っていた者たちが気不味そうに尻だけで後退る。警察官を名乗ってる人間が、授業中の指名を嫌がる学生と同じ目をするなと毒づきたい気持ちを抑えて、いらないだろう、と答えた。
「これは、親父喧嘩なんだろう?合図で喧嘩を始めるなんて、聞いたことが無い」
ニッと笑った親父が静かに腰を落とした。
「それもそうだ―――なっ」
そのまま一足で俺に向かって翔んできた。
振り下ろされた一撃を受けて、俺の木刀が鈍い衝撃音を放つ。
手への痺れが無いのでそのまま親父の刄を流し反撃を撃つ。
そのまま暫く互いに互いの刄を交わし相手を撃つ音が響き渡った。
日頃から手入れをしている木刀だが激しい撃ち合いを続けていれば、やがて破損する。
打ち合わせをしていた訳では無いが、互いに大きく撃ち合ったその足で俺も親父も距離を取る。
互いに息を整える音の合間に、大きく息継ぎをする音が周囲からも聞こえる。
親父は二本の木刀をチラリと見ると、口角を上げて苦笑した。
「これはもう、使えんな」
お前もだろうと聞かれるのに頷いて、木刀を放る。
親父もあっさり手放すと「さて」と小首を傾げてみせた。
「まだ機嫌は治らんか」
「治る訳が無い。俺たちのデートを親父の仕事に利用されて、この程度で済むと思えるのか?」
周囲で息を飲む音が幾つか聞こえたが、親父はそれに構わず大袈裟に嘆息した。
「デートくらい何だ。俺たちは命懸けの仕事をしている。お前はその給料で育ち生きてきたのだろう?デート一回潰された程度で一々怒るな」
先程挨拶した男性の近くに座っていた中年の男が数人、親父の言葉に比例してニヤリと嗤うのが視界の隅に映った。今の言葉通りの考えの持ち主なのだろう。
いや、階級に託つけて親父に今回のことを打診した本人かもしれない。
「ふざけるな」
視界の端に男たちの笑みを入れていたので、かなり低い声が出た。
親父の宥めるような口調とその内容に「若い者がデート一つくらいでごちゃごちゃと」とでも騒いでいたのが、再び静まり返る。
「子どもの付き合いを堂々と利用しておきながら、それを命懸けの仕事だと?ふざけるな。そんな甘えを平気な面で通せる性根が不祥事を起こすんだ」
不祥事の一言に周囲が殺気立つ。
俺はただ親父の目を見ていた。
ふ、と親父が口の端で笑う。
「とんだこじつけだな。不祥事を起こすのは一部のうつけだ。警察全部を一緒にするな」
へぇ、とわざとらしく唸ってみせた。
「それなら、刑事の息子ならその個人的な付き合いも警察の仕事に役立たせろなんて阿呆な真似をするのも、一部のうつけのみ、と理解しても良いのか。子どもなら親の役に立つべき等という時代錯誤な考え方が警察の基本方針だというなら、日本で暮らすメリットは無い。結香を連れて海外にでも行くさ」
「なっ!」と親父があからさまに動揺してみせる。
「夕弦っ、ちょっと待て―――」
知るか、と言い捨て様に今度は俺が地を蹴る。
飛び込み様に放った拳を親父が受け流し、暫く激しい組み手が続いた。
俺の蹴りを避けた親父が大きく後ろに退いた。
「永住権を取って国外に出れば、流石に日本警察の職務に左右されずに済むだろう。その前に一発殴らせてくれ。それで今回のことは流す」
いや待て、と止める親父の声はかなり逼迫している。親父が役者だということを今更知った。
「結香さんを国外に連れていくというのか?それは困る。進藤夫人―――進藤千鶴子を怒らせる気か?」
親父がわざわざ言い換えたことで、中年の男たちが明らかに動揺した。
安心しろ、と自分でも意外な程自然に笑みが浮かんだ。
「きちんと説明していくさ。日本に居たのではいつ結香が警察に利用されるか解らず安心出来ないから海外で暮らしたい、と。生活出来る当てがまったく無い訳でも無いし、妹の一大事とあっては結香のお姉さんも協力してくれるだろう」
なにっと白々しい筈の応えに妙にリアリティーを感じる。
「結香さんのお姉さん―――あの牧野茜かっ」
周囲が一斉にどよめく。全員が茜さんや婆さんを知ってる訳でも無いのだろう。
ざわめきの中に二人について説明する文言が聞こえてくる。たまに女性を評するにはあまり、いやかなり相応しくない言葉が含まれていたが、目的の為に口元を引き締めた。
「あぁ、そうだ。牧野茜さんだ」
親父に比べたら俺の声はわざとらしく響くのではないかと恐れたが、辺りは変わらず静まり返っていた。
内心安堵しながら「でも」と、さも今思い付いたかのような声を上げた。
「茜さんは妹を可愛がり慈しんでいるからな。今回のことを聞いたら―――暴れるかもしれないな」
「「「「「ヒィィィィィィッッッ!!!」」」」」
先日のパーティーに現れた瞬間の姿を思い出し、あながち嘘でもないだろうと内心思いながら言うと、大多数が悲鳴を上げた。
いい大人が情けない、とは言えない。
茜さん本人を見てもいない内から怯えるにしては多少オーバーにも思えるが、警察に今も伝わっているという茜さんの噂がそうさせると言われれば納得も出来る。
一体高校時代に何をやったのか、一度聞いてみたい気もするが。
等といった諸々の雑念を払って目の前の相手に意識を戻す。とりあえず、と言う声がぞんざいにならなかったことに内心安堵した。
「茜さんへの報告はまた考えることにして、今は俺の憂さ晴らしに付き合ってもらう」
ほぉぅ、と応える親父もどこか楽しそうだ。
「サラリーマン希望のお坊ちゃんが現役刑事に喧嘩を売るとはな」
中年の男たちが強張った顔でふるふると首を振っている。
来い、と訴える目に軽く頷いて俺は再び地を蹴った。
「―――お前ら、その辺にしといたら?ギャラリーほぼ戦意喪失してるし」
対峙している俺たちにやたらのんびりと話しかけてきた声に、権堂か、と親父が構えを解いた。
「居たのか」
「居たわ、この体力馬鹿どもが。誰もまともに見てないのにいつまでやり合ってるんだ。一晩中やるつもりか」
呆れた師匠の声に周囲を見渡す。
確かに俺たちが喧嘩始める前は各々楽な姿勢で座っていた男たちが、軒並み壁ぎりぎりまで下がり、腰を抜かしている。
現役警察官を名乗る人間が、一対一の喧嘩を目の前で見たくらいで腰を抜かしてどうするんだ。
「それも無いとは言えんが、詰め込みすぎなんだ。阿呆が」
男たちの情けない姿に日本の治安が心配になる俺を師匠は軽く小突き、親父をも小突く。
「この俺の御墨付きを得ながら、会社勤めしたいなんぞと抜かす軟弱者と笑っていた若造が閻魔と対等にやり合うってだけでも硬直モノなのに、進藤夫人に牧野茜まで持ち出すとは、やり過ぎなんだよ」
どーするんだよ、この惨状。と師匠は周囲を見渡して嘆息した。
「いや、ゴタゴタ煩かったからこの機会に一掃しようと思ってな」
身体を解しながら言う親父に「そーかよ」とぞんざいに言った師匠は、呆れ返った視線を周囲に投げて「それにしてもバカだねー」と嘆息した。
「警察、しかも刑事なんて当然基本的に怖い人種だろ。その中で閻魔とか呼ばれてるヤツが只者なワケないだろうが。そんなの相手に陰口叩こうだの、捜査に利用しようだの、命要らんと言うようなモノだろう」
「全くだね」
師匠に笑い声で答えたのは、事前に挨拶した年輩の男性だった。周りがだらしなく呆けている中、一人今も正座を保っている。
「親子喧嘩等という恥ずかしいものをお目にかけました」
折り目よく謝罪する親父に合わせて頭を下げると、いいから頭を上げろと止められた。
「進藤が言う通り、中々面白いモノを見せてもらった。ありがとう。これは良い酒の肴になりそうだ」
はぁ、と首を傾げるが、男性は穏やかに笑うだけだった。
「さ、そろそろ夜も遅いが、気は済んだか?」
男性の問いかけに親父と顔を見合わせる。
「憂さ晴らしにはなったが、出来ればもう少しやりたい」
「お前はもう少し自重しろよ」
物足りなそうな親父に、師匠は沈痛な面持ちで額を押さえた。
そのやり取りをフッと楽しんでから、男性は俺に目を止めた。
俺は、と言いかけて手の関節が疼くのに気付いた。
「俺は、夜も遅いのでもう帰ろうかと思います。ただ」
関節を鳴らしてから、すみませんと謝ると男性が頷くのでそのまま鳴らしながら続きを言った。
「また結香を利用しようとするなら、またお邪魔するかもしれませんが」
「それは、そんな機会が無いよう努力する、と言うべきなんだろうな。ここの関係者としては」
クククッと男性は笑って周りを楽しそうな目付きで眺めた。
着替えを済ませて暇乞いをした俺の隣を師匠が歩く。
そういえば師匠は何をしていたのか聞くと、なぜか軽く小突かれた。
「たまに指導役として呼ばれるんだよ。今日はお前らのデモンストレーションで終わったがな」
「そうですか。それは申し訳ありません」
いーけどよ。と応える声に張りがないので疲れてるのか聞くと「お蔭様でな」とジト目を向けられた。
「今夜は親父に呼び出されたんですよ」
「だろうな」
一応言い訳のように言うとあっさり頷かれる。
俺たちが組み合っている間に大体の事情を聞いていたらしい。
「命令自体も気に入らなかったんだろうが、お前が単独で暴れるのを防ぎたかったんだろうよ」
親心だ、感謝しろよ。と諭される。
「今時そんな命令をするとは思いませんでした」
素直な感想を言うと、確かになと頷いた。
「進藤も目立つヤツだからなぁ。色んな感情を向けられるんだろうよ。今夜の騒ぎでちったぁ静かになるだろうがな」
親父は淡々と仕事をしているだけだろうが、それでも勝手に妬む人間は居るのだろう。暫くは師匠の言う通り鎮静化するだろうが、妬みが消えるわけでは無い。いずれまた表面化する。
今回のように、身内だからと俺たちを、果ては結香まで巻き込む命令も出る可能性もあり得るのか。
「警察はな、そりゃ綺麗ではないが、腐りきってもないんだよ」
海外移住を本格的に考え始めた脳にやたら穏やかな声が流れてきた。
「進藤を信頼して喰らい付いている若いのだって居るし、上層部もあいつが試験を受けない理由を理解している」
さっき会ったオッサン居ただろう?と師匠はニヤッと笑った。
「あの人な。基本は倉庫の端でぽつねんと茶を啜っているんだが、あれで中々顔が広くてな。あの人が話を通してくれるなら、身内とはいえ素人を利用しようなんて言い出させないだろうよ」
「そうですか。それは有り難いです」
良かったと頷くと、しかしなぁと師匠は眉を寄せた。
「さっき、お嬢さんが牧野茜の妹だと聞こえた気がするんだが。あれ、嘘だよな?」
本当ですよ、と言うと瞠目した師匠は「マジかよ」と呟いた。
「ヤベぇ。俺、イキッてるとか思われてないよな?やばたにえんじゃねぇか?夕弦と進藤でもいっぱいいっぱいだっつーのに、マジやばたん」
「師匠。何を喋っているんですか?」
呟きの中に聞き慣れない単語があったので意味を聞きたかったのだが、師匠は歩きながら呟き続けるだけだった。
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