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番外編

新年度、本格スタートです

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  本当に良いの?と聞くクラスメイトに、いいよと頷いた。
「でも結香。去年は緑化委員だったでしょ?」
「そんで今年は図書委員。ハード目なのばかりじゃない?」
  ウチのクラスはわりとみんな仲良くて行事にも前向きに取り組む方。
  そんなみんなが名乗りを挙げない委員会の一つが図書委員。初めてやるので知らないけど、意外に仕事や集まりが多いらしい。
「でも私、部活やってないから時間あるし、たぶんなんとかなるよ。どういう仕事するのか、教えてもらっていい?」
  去年図書委員をやっていた子にお願いすると、もちろんと頷いてくれた。
「あ、じゃあ私にも教えてもらえない?私、緑化委員だから」
  良いよと頷いて、去年のことを思い出しながら説明しているとホームルームの時間はあっという間に終わってしまった。


  委員会は一年の前半と後半で別れてる。クラス全員が参加するために、前半で委員会に入った人は後半では一応免除されることになってはいる。
  でも、大切な受験がかかった三年生ではこのルールも完全じゃない。部活では役職がついてもついてなくても後輩の指導をすることになるし、進路によっては春から受験を中心にした生活になる人もいる。
  さらに委員会の仕事や役職を請け負いたくないと考える人がいるのも事実なので、三年の委員会決めは基本難しいものなのです。
「だからなかなか決まらないと践んでたんだけど。ウチのクラスが異常に仲良いのを見誤ってたわ」
  やれやれ、と首を回す知佳ちゃんに「お疲れ」と労いながら宮本くんが湯飲みをほいと手渡した。
  ありがと、と一息に飲み干した知佳ちゃんは、「あら」と意外そうに目を丸くした。
「ほうじ茶じゃない。珍しくちゃんとお弁当に合うお茶を選んだのね」
「牧野がこれが良いって言うからさ。やっぱお客様のご要望にお応えせにゃいかんだろ?」
「そうなの、美味しい」と知佳ちゃんが微笑むと宮本くんもニカッと笑った。上機嫌で湯飲みにお茶を注いでる宮本くんをチラッと見た知佳ちゃんは、くいと私の腕を引いた。
「助かったわ、結香」
  何が?と首を傾げる私に知佳ちゃんは宮本くんの様子を窺ってから囁き声で言った。
「あの人ね。お饅頭を食べようってときに紅茶、ご飯のときにはコーラを飲もうとする人なの」
  食べたい物を食べて飲みたい物を飲む人らしい。知佳ちゃんは食事に合わせて飲み物を用意するタイプ。
  喧嘩にならない?と聞くと「お蔭で毎日喉が痛いわ」と知佳ちゃんはしかめ面を浮かべた。
  マズい。今日も知佳ちゃんがイラッとしてしまった。
「で、でもっ。生徒会室ってお茶たくさん置いてあるんだね。こんなに種類あったら選ぶのに困っちゃうよね」
  種類が豊富だからたまにミスチョイスがあっても仕方ないよね?とフォローしたかったんだけど、知佳ちゃんは冷えた目を向けた。
「そうね。元はお徳用緑茶だけだったんだけど、半年でずいぶん増えちゃったのよね」
  あの人のせいでねっと睨む先では宮本くんがあははーと苦笑しながら向かい合わせに置いた机の上に湯飲みを出していた。
「旨いお茶でもって多忙の知佳を釣ろうとした俺の涙ぐましい努力の痕跡だな。こういうアイテムで棚を飾ってるお蔭で、アットホームな雰囲気が出て皆仕事がしやすくなったと喜んでるじゃないか」
「ぃっっ!!?」
  さらりと言われた言葉に、知佳ちゃんが真っ赤に染まった。
「すごいね、宮本くん。怒ってる知佳ちゃん止めれるなんて」
  やろうと思っても私が成功した試しがないことを、宮本くんはさらりとやってのける。
  単純にすごいと言うと、宮本くんは不敵に笑った。
「そりゃまぁ。彼氏ですから」
  そういえば私の好みも先輩にいつの間にかすっかり把握されてる。同じように宮本くんも知佳ちゃんのことを何気なくよく見てるのかもしれない。
「愛の為せる業だな!」
「時間ないんだからさっさとご飯食べるわよっ」
  ふははっと笑う宮本くんを真っ赤な顔の知佳ちゃんが叱り飛ばした。

  お弁当箱の蓋を開けてすぐ、「「それで?」」と促す二人の目が私の左手に集まった。
  お茶で喉を湿らせてから、あの、と口を開く。
「これ、やっぱり婚約の証だった」
「「いや、それは解ってるけど」」
  二人分のツッコみを受けてから、もう少し詳しくと催促された。
「んじゃあ、顔合わせはして新居の話まで出てんのに結納はしてないのか?」
  宮本くんに指摘されて、そういえばそうかも、と頷く。
「結納ってしないとダメかな?」
  そもそも結納の正式な手順とか全然知らない。
  知佳ちゃんも解らない様子で首を傾げて、答えを求めるように宮本くんを見詰めた。
「や、俺も詳しく知ってるわけじゃないけど」と宮本くんが私たちの視線を受けて気まずそうに瞬きをした。

  家のことでは先輩のお祖父さんや大樹さんにお世話になってるから、ある意味新しい家が先輩の家からの結納の品、だと思う。
  ………ものすごく高額過ぎる。
  ………ウチから結納の品ってしてないよね?というか、ウチから先輩の家に満足してもらえる結納の品って出せるものなの?

「おおお姉ちゃんに確認しなくちゃ!」
「落ち着きなさい、結香。里いも落とすから」
  一度箸を置けと言いながらも、知佳ちゃんは私の手から里いもを挟んだままの箸を抜いてお弁当箱に戻す。
  手慣れてる。
「すごいよ、知佳ちゃん。これも愛の業?」
「アホ言える程度に回復してくれて助かったわ」
  知佳ちゃんが椅子に座り直しながら、はぁ、とため息をついた。

  そういえば、と知佳ちゃんに聞く。
  今私たちがご飯を食べているのは、生徒会室の続きの小部屋。いつもは資料置き場と呼ばれてる場所らしい。
  内緒の話がしたいならと宮本くんに連れてこられたけど、そもそも生徒会でもない私が入ってお弁当まで食べてて良かったのかな。
  聞いてみるけど「手伝いの人が入ることだってあるんだから良いのよ」と知佳ちゃんはふんっと鼻を鳴らした。
「でも、重要な書類見られたり盗まれたりとか、ない?」
  ないわよ、と知佳ちゃんは胸を反らした。
「誰がここの整理してると思ってんの。先代のどっかのアホがやってることより、よっぽど健全で風紀的にも全然セーフのはずだけど?それで文句が出るっていうなら」
  何かものすごく不愉快なことを思い出したみたいで、知佳ちゃんの笑顔がすごく怖い。
「文句言ってきたヤツに生徒会長押しつけて、ソイツがまともに書類一枚捌けなかったら腹抱えて笑ってやる………」
「知佳ちゃんっ。里いもっ、食べるっ?」
  怖さに負けてお弁当箱を差し出すと、「いいの?ありがと」と里いもを口に放りこんだ知佳ちゃんが笑顔に戻った。
「牧野も大概知佳の扱いに慣れてるよな」
  宮本くんがそう言ってくれたけど、なんとなく紛れの行動がたまたま上手くいっただけの気がするので「そうかな」と苦笑いを浮かべた。

  片づけをしていると生徒会室の方のドアがノックされた。
  入ってきた子が一年生のとき同じクラスだったので、お互いに久しぶりと手を振り合う。
  今から撮影?と聞くと、そうなのと返される。
  知佳ちゃんと宮本くんが手早く機材をセットしている。手伝いたいけど、不慣れな私が広くない小部屋でウロウロしてたら邪魔にしかならない。
「知佳ちゃん。私、先に戻るね。お弁当箱、知佳ちゃんのも持って帰っていい?」
  宮本くんのも、と聞くと二人ともありがとうとお弁当箱を預けてくる。
  宮本くんが大きな模造紙をそっと取り出すのを見て、描き直しが必要か聞くと大丈夫と言われた。
「撮るのはもう少しで終わるし、ちょっと破れても配置とかで誤魔化すから大丈夫だよ」
「そう?撮影、手伝えなくてごめんね」
  カメラを覗きながら立ち位置を指示していた知佳ちゃんが気にするなと手を振った。


  放課後。今日は今年度初めての委員会です。
「牧野。右手と右足が同時に出てるぞ」
  一緒に図書委員をやる男の子に指摘されて立ち止まる。こう?と呟きながら手と足を出すと「うん。合ってる」とお墨付きを貰った。
「委員会で緊張するなよ」と言うけど、どんな人がいるか解らないし、初めての委員会はお互いに自己紹介する時間がある。
  どうしても緊張するよ、と言うと「そんなの適当でいいじゃん」と男の子は呆れたように言った。


  すごく緊張した自己紹介。ため息をつきながら椅子に座ると「お疲れ」と横から労われた。
「あ、ありがとう。噛まないで言えたけど、笑う余裕なかったよ」
  あぁ、と私の挨拶を頭の中で思い返した男の子は、「まぁ、いいんじゃね?」とフォローするように言った。
「普通の挨拶だったし」
  それに、と図書室の隅を指差した。
「あぁいう猛者が居るから、多少挨拶トチったくらい、印象負けするんじゃね?」
  猛者、と呼ばれた金色頭の人は思い切り机に突っ伏して眠っていた。
  委員長が呆れたように、起きて挨拶するように呼びかける。
  たぶん同じクラスのペアの子だと思う女の子が、恐る恐る袖を引っ張った。
  ピクリ、と大きな身体が震えて、小さな悲鳴をあげた女の子が手を引っ込める。
  のそり、と起き上がった男の子は二、三度瞬きをした。周囲の視線が自分に集中しているのが解っても、平然としていた。
「起きたか。じゃあ、自己紹介してくれ。学年、クラス、名前」
  呆れたように催促された男の子は、「はぁ」と言って周りを見渡す。
  状況を理解したのか、ぼそりとクラスと名前を言ったみたいだった。ペアの女の子が申し訳なさそうに縮こまったまま、頭を下げた。
  私が聞き取れないうちに短く自己紹介したらしい男の子は「宜しくお願いします」と付け加えた。
「―――じゃ、一応自己紹介も済んだということで。六グループに分かれて作業に入って下さい」
  やれやれ、とため息をつくように委員長が仕切り直した。


  図書委員といったら本の貸し出し、返却、それと借りっ放しの人に返却期限を伝えることと思っていたけど、本の修復も図書委員の仕事らしい。さすがに生徒じゃ直せないほど破損しているものは先生が直したり買い直ししたりするらしい。でもすべての本を先生に頼ったり買うわけにはいかないので、図書委員による修復作業が意外に重要みたい。
  貸し出しとかは初回に先生や経験者にレクチャーしてもらうことにして、残りの時間は練習を兼ねて実際に修復作業をしてみることになった。
  これがまた難しい。
  「くっ!」と力加減に苦労しながらなんとか一冊作業を終えると、「次はこれね~」とサッと新しい本と取り換えられた。
「あぅぅ………っ」
「泣かないでよ、たかだか修復作業で」
  慰める別クラスの女の子の向こうで、「いや、これは泣きたくもなるって」と私のペアの男の子が同調してくれた。
「練習っていうか、これ、モロ本番じゃん!そんでどんだけあるんだよ、破損本!」
  男の子が文句を言いたくなるのも解る。
  修復待ちの本が詰めこまれているらしい段ボールが積まれたカートがさっきから何度も出入りしている。
  図書委員が全員揃ってるとはいえ、ほとんどが修復作業初心者なのにあの段ボールの山は絶対終わらないよ!
「長期休みのあとなんて、こんなものよ。それに、別に今日一日であれ全部直そうってワケじゃないのよ?」
  宥めるように言われた。
  みんなで練習できる今日のうちにできるだけ修復する手順に慣れること、自分の修復レベルを知って、どの本を修復するか見極めができるようになることが目的らしい。
  今日中じゃないと解ってちょっとホッとしたけど、あの本が全て修復される日は来るのかなぁ………
「だから、当番じゃないときも修復作業をしてもらいたいって先生からは言われてるけど、義務じゃないと正直みんなやらないからね」
  確かに当番でもないのに、昼休みと放課後に自主的に修復作業する人はあまりいないかも。
  なるほどと頷いていると斜め前から「終わったんですけど」と本が一冊差し出された。
「これで良いですか?」
  どれどれ?と受け取ってパラパラと点検した女の子は「おぉーっ」と感嘆の声をあげた。
「すごいっ。キミ、早くて上手いね。もしかして、経験者?」
「いや。初めてですけど」と答える男の子に感心しながらも「コツ教えてよ」と女の子が迫っている。
「お前が教わってどうするんだよ」
  呆れながらツッコむ同級生に「いいじゃないの」と女の子は胸を張った。
「上手な人に教わるのは当然でしょ。それが後輩だからってナニ?ちゃんとお願いして教えてもらってんだからいーでしょっ」
「お願い………?」と訝しげに呟いた同級生は金髪の一年生に向き直った。
「お前、大丈夫か?妙な三年に絡まれたカンジになってないか?」
「しっつれーな!」と女の子が憤慨するのと同時に、一年生の男の子が「いや、別に」と小さく頭を振った。
「ほぉら、みなさいっ」
「解った解った。なんでお前がふんぞり返るんだよ」
  フフンと胸を張る女の子に同級生は大きくため息をつく。
  二人の掛け合いが面白くて、ちょっと大変に思えた修復作業の練習も意外に楽しくできた、と思う。


「いやぁ、今日ははかどったねぇ!」
  暗い廊下をスキップで進む女の子の後ろを私と同級生、そして成り行きで修復の指導役になってくれた金髪の一年生はぞろぞろと歩いていた。
「満足そうだなぁ、おい」
  ぐったりとボヤく同級生を「そんなにドンヨリしないの!」と軽くステップしながら振り返った。
  元気だなぁ。
「今日あんなに修復作業進むなんて!今年はツイてるわぁぁ。今年一年よろしくね、金髪くん!」
  あまり疲れた様子もみせずに「はぁ」と相槌を打つ一年生に「よぉしっ」と女の子は上機嫌に跳ねた。
「コツ教えてくれたお礼を兼ねて、一本奢ってあげよう!」
  あそこで!と指差す先には自動販売機が淡い光を出していた。
「あ。十円玉がゼロ枚」
「お前………自分から奢ると言っといて」
  しゃーねぇな。と財布を出した同級生が、あー、と低く唸った。
「俺も三枚しかねぇわ」
「じゃあ残りは私が」
  十円玉を選んで出す手を止めて、同級生は千円札を自動販売機に入れた。
「おぉー、お大尽!」と手を叩く女の子を軽くこづきながら一年生に向かって、「ほら、押せ」と自動販売機を指差す。
「はぁ」と頷いた一年生がボタンを押すと、同級生はそのまま私たち二人の分も払ってくれた。
  ありがとうと受け取ると「いいけど」と言いながら小首を傾げた。
「牧野。今日は進藤先輩に連絡したか?」
「うん。委員会で遅くなるから夕ごはんは家で食べてくださいって言っておいたよ」
  ペットボトルを渡した手をそのまま額に当てて頭を抱えられた。
「途中すっげぇツッコみたいフレーズはあったけど。とりあえず今すぐ電話かけて迎えに来てもらえや」
「え。何で?」
  こんな遅くに迎えに来てもらうのは申し訳ないよ、と言うと「いいからさっさと電話しなさい!」と怒られた。
「俺の心と身の安全の為に!牧野だって後から考えたら、迎えに来てもらった方が絶対色々セーフな筈だから!」
  必死に言われるので、とりあえず隅の方に行って電話する。
  『結香?委員会は終わったか?』
「うぇっ?」
  コール音の前に先輩の声が聞こえて、かなり妙な声を出してしまった。

  先輩、いつもそうだけど、どうやって着信にすぐ気づくんだろう?

  電話する度につい気になってしまう疑問に首を傾げるけど『結香?』と呼ばれて慌てて返事する。
「はははいっ。おわ、りましたっ」
  『お疲れ。今、何処に居る?』
  昇降口近くの自動販売機で、とワタワタと答えると彼処かと解ってくれた。
  『近くまで来ている。着いたら電話するから、そこに居てくれ』
「は、はい」
  返事しながらつい頷くと、すぐに行くからと安心させるように言われて電話が切れる。
  唐突に切れてしまった電話にちょっと寂しさを感じるけど、とりあえず話はできた。
  小走りにみんなのところに戻ると、なんだか騒がしかった。
  なんだか人数が多いなと数えていると、一人がこちらを向いて目付きを険しくした。
  同時に私も「あ」と声をあげて後退る。
「また、あなたなんですか」
「は、はい」
  こんばんはと挨拶した声は聞こえていないほど今日も怒っているようで、ツインテールを大きく揺らしてそっぽを向かれた。
  彼女の姿は図書館では見ていないけど、今まで他の委員会に出てたのかな。
  私がいない間にどんなやり取りがあったのか聞きたいけど、同級生も友だちの女の子もなんだかムスッとしてるし、私とみんなの間にツインテールの子がいて話しかけづらい。
「先輩、これ」
  気まずい空気の中を平然と突っ切ってこちらに数歩近づいた男の子に、買ってもらったままだった飲み物を差し出された。
「あ、ありがと」
「なんでっ!なんでカッちゃんがその人にジュースを買ってあげるのっ?」
  お礼を言って受け取ろうとすると遮るように女の子が大声を出した。
「へ?いや、これは」
  奢ってくれたのは別の人で、と説明しようとしたけど女の子はものすごく怖い顔で私を睨んでいる。
「アスカ、止めろ」
「カッちゃん、なんでそんな人に優しくするのっ」
  金髪の男の子はため息をつきながら騒ぐ女の子を宥めている。
  遠回りにゆっくり移動して、苦い顔で騒ぎを見ている二人に「これ、どういうこと?」と聞いた。
「どういうことも何も」と同級生は大きくため息をついた。
「三人で駄弁って牧野を待ってたら、あのチビがいきなり突撃してきたんだよ」
  突撃?と聞き返すと、そうと頷いた女の子が「それより」と少し大きめに声を出した。
「進藤先輩、何て?」
  こっちに来ていることを伝えると、「じゃあ、昇降口まで移動しようよ」と言った。
「暗いけど、進藤先輩が来るまで私が一緒にいるからさ。昇降口で待とう?ここは、煩くなっちゃったし」
「煩いって」
  ツインテールの子が言い返すのを「おーい、一年くん!」と女の子は無視した。
「私たち、先帰るね。今日は指導ありがとう!」
  ふるふると首を振る男の子に「でね」と笑顔で続けた。
「申し訳ないけど、その子少しここで足止めしてくれない?これ以上その子の自分勝手な主張聞いてたら、怒鳴りたくて仕方なくなっちゃうからさ」
  笑顔とは裏腹にすごく怒ってることを感じて、男の子が「すみません」と頭を下げた。
「いや、キミが謝ることじゃないんだけどね」と女の子は苦笑する。
「あと、余計なお世話かもしれないけど一応教えとくね。さっき聞いてた内容だと今日その女の子、何の用もないのにこの時間まで教室に一人居残りしてたのよね?テスト前でもないのに下校時間過ぎても帰らないことで、学校に迷惑かかるって知ってた?」
「どうしてですか?私、何も悪いことなんてしてないのにっ」
  話しかけたのは男の子にだけど、ツインテールの子の方が怒って髪を揺らした。男の子も知らないみたいで首を横に振る。
「実際に何かやってようがなかろうがどうでもいいの。残ってること自体が問題なの。セキュリティってもんがあるでしょう。今日は先生の方でも会議とかあったみたいだから、部活も委員会もない生徒は早く帰るようにってホームルームで言われてるはずだけど?」
  えっと顔色を変えた女の子を見て、仕方ないなぁというように同級生もため息をついた。
「お前の恋路に興味は無いけどさ。それでクラスメイトに迷惑かけるなよ。幸い、ここにゃ俺たちだけだけど」
「悪いが、もう聞こえてるし見逃しも出来ないわな」
  突然遮られて「うぉわっ!!」と驚かれたけど、宮本くんは構わずため息をつきながらツインテールの子を半眼で見下ろしていた。
「煩いと思ったらまたお前か。いい加減にしろよ」
「……………宮本先輩」
  宮本くんに冷たく見下ろされた女の子は悔しそうに唇を噛みしめた。
「どうしてですか?私は生徒会に入れてもらえないでこんな所で怒られて。またその人はチヤホヤされて。三年生だけの高校ですか、ここは」
「違うっつの」とため息をついた宮本くんは卯論な目を私に向けると「牧野よ」と声をかけてきた。
「早く帰れや。進藤先輩が門の前まで来てるぞ」
  えっと驚くと、電話の応答がないと連絡を受けたと宮本くんが私のスマホを指差す。
  慌てて確かめると、何度か不在着信を受けていた。
「気づかなかった………」
  呆然と呟くと、「ま、しゃーねぇよな」と宮本くんが首をコキコキ鳴らした。
「こんな当り屋に絡まれてんならさ。スマホ鳴っても気付かなかったんだろ。さっさと行って謝れよ」
  残りの二人にも「お前らも帰れ」と言った。
「任せて良いのか?」
  同級生が一年生たちを指差すと頷きながら宮本くんは大きなため息をついた。
「面倒だけど俺も生徒会だからなー。お嬢ちゃんの恋の暴走で今後クラス全体にどういう迷惑がかかることになるか、説明せにゃならん」
「俺もさっさと帰っときゃ良かった」とボヤく宮本くんに三人で後を任せてごめんねと言うと「いーけど」と宮本くんは息をついた。
「明日知佳に、俺がどんだけ真面目に生徒会の一員として活躍したか懇切丁寧に伝えてくれよ」
「そういうのを言わないのが格好良いのに」
  呆れたように言われた宮本くんは「やっぱりそうか?」と苦笑いしながら早く帰れと手を振った。
  宮本くんに手を振って、その向こうに見える一年生の様子を窺う。
  女の子はすごくふてくされた顔で、男の子はこれから上級生に説教されるという嫌な状況なのにシャンと背を伸ばしていた。


  着信に気づかずに待たせてしまったのに先輩は「おかえり、結香」と微笑んでくれた。
  かなり恥ずかしいけど待たせた負い目があるので、広げた腕の中に入ってただいまを言った。
  後ろで成り行きを見ていた二人が「おぉー、あれが噂の進藤先輩か」「アホっ。あれとか言うなっ。お前あの場を見てないからそんな呑気に出来るんだっ」と言い合っている。
  居たたまれないので二人を先輩に紹介すると、なぜか同級生の男の子はすごく慌てた。
「同じクラスか。世話をかけるが宜しく頼む」
  私の腰を掴まえたまま先輩が挨拶すると、「とんでもないっ」と男の子はやたら姿勢良くした。
「牧野さんにはっ。お世話になっております、あっ!ご迷惑にならないよういたしますのでっ」
「何をテンパってるの?」
  隣で首を傾げる女の子を「いーからっ。行くぞっ」と掴むとその背中をぐいぐい押しながら「しっ、失礼致しますーっ」と帰ってしまう。
  無理矢理歩きながら女の子は「じゃ、結香。また明日ー」と手を振る。
「先輩。もしかしてあの子と知り合いでしたか?」
  手を振り返しながら聞くと、先輩はふるふると首を振った。





  ◆ 翌日の昼休み ◆

  机の上に弁当箱を広げようとすると、珍しいなと話し掛けられた。
「今日は水瀬と食わないのか?」
  そういや居ないなと図書委員の男は教室を見渡した。
「別クラスの女子からお誘い受けたんだと。牧野込みで。というか、牧野がターゲットで知佳が着いてった」
  ふぅん、と相槌を打ったそいつは前の席を占領して弁当を広げた。
「んで、昨日の一年どうなった?」
「一応言い聞かせたが」と言いながら、ついため息が出てしまった。
「やっぱ女の子の方はこっちの言葉が脳味噌に届いてないカンジだったな。イベント前になって周りからやいやい言われて気付くかどうかってとこだと思う」
  昨日のような迷惑行為を行う生徒は、生徒会や教師の中でブラックリスト予備軍として認知される。予備軍が居るクラスは日頃から特に注目されるし、イベント前に下校時間後も居残りしたいと申請しても認められないこともある。
「ウチの学校、クラス全体の成績とか態度とかが何気に日頃の先生の態度に出るから、あの子のクラス、結構割りを食うよな」
  そうなるなと頷くと、やれやれと図書委員は嘆息した。
「これで大人しくなってくれりゃいいんだけどなー。てゆーか、ウチのクラスが図書委員してる時は図書室来ないことを願う」
「あの金髪一年とペアにならなければ済むんじゃないか?」
  簡単に対処出来ると践んでいたが、「それがよ」と図書委員は深々と嘆息した。
「あいつ、修復メッチャ巧くてな。委員長が気に入っちゃって、暇な時は図書室来てガンガン作業してくれ!と頼み込んでいたよ………」
  図書委員と同じように、俺も宙を見て嘆息したくなった。

  あの金髪が図書室に居ればツインテールもやって来る。
  ツインテールが牧野に突っ掛かれば怒り狂う人間が三人………いや、もっとヤバいレベルのが居ることが最近身を持って知っちゃったんだよな。俺は。
  ウチの兄貴も十分ラスボスだと思ってたんだけど、それを凌駕する存在が居るとか、知りたくなかったよ。
  そんなの相手に満足してもらえる結納の品なんて、牧野や美紅ちゃん以外に無いって教えてやった方が良かったかな。
  ま、余計なことか。
  ………ってゆーか、結納で牧野を悩ませた困らせたって罪で、俺も報復されないよな?

  ぶるりと身を震わせると「大丈夫か?」と心配される。
「あ、あぁ―――図書室で騒ぐ分には堂々と注意出来るんじゃないか?最終的には、図書室利用を禁止することも出来るだろう?」
  そうだけど、と嘆息しながら図書委員は弁当をつついた。
「牧野になんかあったら俺、進藤先輩に殺られるよ………志望校決まる前に死ぬ」
  確かに無事で済むとも思えないが、殺られるは大袈裟だ。
  そいつは嘆息すると、「俺、見ちゃったんだよ」と言い出した。
「何を」
「あれはまだ中学ン時だったんだけどさ。春の陽気に浮かれて歩いていたら、背のやたらデカイ高校生とすれ違ったんだよ」
  話の流れとしては進藤先輩のことらしい。
  わざわざ確認して遮るのもと思い、そのまま黙っておく。
「高校生ともなると季節とか気候に左右されないで凛々しく歩くもんなんだなぁとか思いながら見送ってたら、今度は柔道着だかなんだかを着たゴツいのが誰かを呼びながら走ってきた」
  ふんふん、それで?と促す俺の声が聞こえているかは謎だったが、話は続いた。
「ゴツいのは親しげに話しかけるんだが、凛凛しいのは見るからに迷惑そうでな。何かを断っているようなんだが、ゴツいのは引かない、諦めない。んで、ゴツいのはからかうように何かを言って―――」
  弁当をすっかり机の上に放って、身振り手振り交えて語る。当時の光景を思い出したのかごくりと生唾を飲み込んだ。
「凛凛しいのがゴツいのに一歩迫って睨み付けた」
「手を出した訳じゃないのか」
  暴力行為は無かったが絶対穏やかとは真逆のやり取りだったんだ!と勢いよく首を振られる。
「そん時の目がもう怖ぇとかそういうレベルじゃねぇんだよ。アニメとかであるだろう、身体は動いてないけど背後に炎が轟々燃えるヤツ。あの時あれを見たと思ったね!」
  大袈裟だと笑えないほど、腕を擦っている。まだ夏服にもなってないし、今日は暑い方なのに。
「牧野の話聞いてると、あの時の顔は珍しい方の顔なんだとは思えるんだけどな。一度あれ見ちゃうとやっぱ怖ぇ。無事に卒業するために牧野には平穏に過ごしてほしいわけだ」
  なるほどなと頷く。
  こいつにとっては進藤先輩がラスボスなんだろう。ラスボスを恐れる気持ちはすげぇ解る。こいつ程日頃の進藤先輩を恐れてる訳ではないけど、敢えて進藤先輩と対立しようなんて勇気は俺にも無いもんな。
「お前も苦労してるんだな」と呟くとギロリと睨まれた。
「そもそも。お前が『眼鏡ってやっぱ真面目そうに見えるじゃん?』とかくだらんノリで俺に図書委員を押し付けるからだろうがっ」
  そういえばそんなことを言った気もする。
  すまんと素直に謝ると、忌々しそうに嘆息しながら弁当箱を持ち直し、俺のを覗き込んだ。
「腹いせにメインディッシュの一つでも掠め盗ってやろうと思ったのに。お前、何だよそのさもしすぎる弁当は」
  変か?と自分の弁当を見下ろす。
「いや、料理は兄貴任せだったからな」
「とはいえ弁当箱の中身が飯とチーズだけって。お前はネズミか」
  料理が全く出来ない訳ではないが、食うのが自分一人だと思うと作る気になれない。
  そう言い訳すると納得はしたようだが、それでも眉をひそめた。
「俺は全く作れんからエラソーなことは言えんが……やっぱ野菜は必要だと思うぞ」
  安心しろとあるものを取り出してみせた。
「ほれ見ろ。ここにちゃんとジャガイモとキャベツが」
「コロッケパンだろうが。どんだけ炭水化物を摂るんだ」
  安心させようと見せたのに、そいつは細かくツッコんできた。
  やっぱり眼鏡は真面目だと思ったが、またごねられても困るのでそいつがチーズの上に乗せたプチトマトをもむもむと咀嚼した。
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