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番外編

はんなり御目文字

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  エントランスからスタスタと歩いてきた知佳ちゃんは、私たちを一瞥するなりため息をついた。
  「知佳ちゃん、おはよう」
  助手席から降りて挨拶すると、何か小さく呟いていた知佳ちゃんは微かに微笑んだ。
  「おはよう―――進藤先輩、私まで迎えに来てもらってすみません」
  トランクに知佳ちゃんのバッグを入れながら先輩は軽く首を横に振った。
  「行き先は一緒だし、結香と一緒に乗って行った方が水瀬も安心だろう?」
  それはそうなんですけどね、と知佳ちゃんはため息をついた。


  あれは一昨日の夜でした。
  荷造りの確認をしていると、先輩が訪ねてきてくれた。
  「悪い。忙しかったか?」
  「いえ、確認してただけだから大丈夫です」
  しばらく前から、夜に訪ねてもらったときには少しだけご飯を用意することにしているので、台所に行こうとすると、手を取られた。
  「もうすぐ修学旅行だろう?今日は話がしたい」
  隣に座るように身ぶりで促されるので、大人しく座る。
  最近、座るときは身体の一部がくっつくほど近く座るようになった。離れて座ろうとすると先輩が膝の上に抱えるから、完全には離れず、しかもくっつきすぎないように座るようにしている。
  距離感が難しくて恥ずかしいけど。
  先輩が見たいというのでしおりを渡すと、先輩は懐かしそうに目元を弛めた。
  「全体的な行程は、俺の時と変わらないな。自由行動は、寺院を廻るのか」
  「はい。先輩はどこに行ったんですか?」
  聞くと、少し眉を寄せてため息をつく。
  「計画では嵐山を廻ることになっていた筈なんだが…光司が飛び出してな。一日中祇園を走り回る破目になった」
  「はい?」
  当日になって突然、舞妓さんに会いたい!と走り出したらしい。
  ホテルに戻る時間ギリギリに帰れたそうだけど見回りの先生にはしっかり見られていたそうで、夕食後に夏目先輩と一緒にこんこんとお説教されたのだとか。
  「それは………大変でしたね………」
  「結香はしないとは思うが………必死に探しても会えないもんだからな。探そうとするなよ」
  先輩が沈痛な面持ちで遠くを見る。
  はい、と頷くと先輩はフッと破顔してしおりに目線を戻した。
  「気をつけて」
  短い一言に、先輩の気持ちを感じて自然に顔が弛む。そのままの顔で頷けば、蕩けそうな微笑みを浮かべて髪を撫でてくれる。
  手の温かさに気持ち良くなって目を瞑ると、髪の間をすいていた手は頬に滑り―――
  「ごめんねー、ただいまぁ」
  「ひにゃぁぁっ」
  お姉ちゃんの単調な声に飛び上がる。
  恐る恐る見上げると、気だるげに首や肩を回しながらお姉ちゃんが私たちを見下ろしていた。
  その顔があまりにも無表情でちょっと声が震えてしまう。
  「お、ねえちゃ」
  「ごめんねぇ、結香。邪魔なんてしたくなかったんだけど、お姉ちゃん、ものすごくお腹空いてくたびれたの。ご飯食べたいの。癒しが欲しいの」
  「う、うん?」
  お姉ちゃんはいつもものすごくしっかりしていて頼りになるけど、たまにものすごく甘えん坊になる。今日がそうみたい。
  とにかくご飯を食べてもらって………癒し?………お風呂の準備かな?
  「とりあえず、ご飯用意するね?」
  立ち上がりながら声をかけると、ありがとーとその場に座りこんで三つ指をつく。
  「夕弦くん、ごめんなさい。お邪魔虫にはなるまいと心から思ってたんです。本当なんです」
  「解りましたから顔上げて下さい。スーツ、皺になりますよ」
  先輩がお姉ちゃんを宥める戸惑ったような声を聞きながら、整えたお膳を急いで持っていく。
  「お姉ちゃん、ご飯できたよ」
  声をかけると、先輩に向かって土下座の体勢を続けていたお姉ちゃんがむくりと起き上がった。
  「ごはん」
  あどけなく言うとにっこーと笑って、サッと立ち上がって脇目も振らずスタスタと席につく。
  「いただきまぁす」
  笑顔のままご飯を食べ始めたお姉ちゃんを、先輩が目を見開いて見守る。
  「お姉ちゃん、ものすごく疲れるとあぁなるんです」
  コソッと教えると、あぁ、と先輩はすぐに納得した。
  「茜さんも大変そうだからな。なら、今日は帰るよ」
  「えっ?」
  もう帰っちゃうの?と戸惑った声をあげると、先輩は表情を和らげて私を見た。
  「結香は茜さんの相手をしないといけないし、今夜は結香の顔を見に来ただけだから。明日は早く寝て、気をつけて行ってこいよ」
  その口ぶりは明日は会えないことを意味していると感じて、私の身体を気づかってくれてると解っていても寂しくなった。
  「結香、明後日は駅に集合なのよね?」
  いきなり聞こえたお姉ちゃんの声は、いつものようにしゃんとしていた。
  つい背を伸ばして、うん、と返事すると、うぅん、と唸る声が聞こえる。
  「夕弦くん、送っていって」
  「お姉ちゃん?」
  いきなりの命令に思わず振り返ると、お姉ちゃんは毅然と先輩を見ていた。
  「駅まで結香を送ってちょうだい。いいわね?」
  「お姉ちゃんっ。朝早いんだから、迷惑だよっ」
  慌ててお姉ちゃんを止めようとすると、先輩は簡単に頷いてしまった。
  「解りました」
  「せんぱいっ?」
  オロオロする私の頭を先輩が落ち着かせるように撫でる。
  「先輩っ、大丈夫ですっ。私、ちゃんと行けますっ」
  「結香、あまり騒ぐと美紅ちゃん起きるぞ」
  先輩が人差し指を口に当てるので、息を呑んで口ごもる。
  そんなに遅い時間でもないけど、美紅ちゃんはもう寝てるんだから気をつけなくちゃ。
  「知佳ちゃんも一緒に送ってくれる?あの子、集合時間より早く行かないといけないんだけど、たぶん、結香が無事に駅まで行けるか気にしてると思うから」
  一緒に行けば安心でしょ?と言うお姉ちゃんに、解りました、と先輩はまたあっさり頷いた。
  こうして私は何も言えないまま、知佳ちゃんと共に駅まで車で送ってもらうことになったのです。


  後部座席に座ってシートベルトを締めながらも、知佳ちゃんはため息をついている。
  「大丈夫、知佳ちゃん?昨日眠れなかった?」
  「そんなベタなことを誰が………あんた、なんでこっちに座ってんの」
  眉を寄せながら言いかけた知佳ちゃんが、ギョッとしたように私を見つめる。
  「嫌だなぁ、さっきから座ってたのに。知佳ちゃん、本当に疲れてるんじゃない?」
  大丈夫?と首を傾げると、キッと知佳ちゃんは細い目で私を見る。
  「あのね、私まで車に乗せてもらってるこの状況自体どーかと思うけどっ。あんた、座るのあっちでしょう、あっち!」
  助手席を指差しながら力いっぱい力説する。
  運転している先輩を気にしてか小さな声だったけど先輩にはしっかり聞こえていたみたいで、ハンドルをきりながら微かに笑った。
  「修学旅行なんだから一緒に座ってる方がいいだろう?気にするな」
  はぁ、と訝しげな息を漏らす知佳ちゃんに、先輩はルームミラー越しに続けて言う。
  「車のことも気にするな。茜さんの指示だから」
  言いきる先輩に知佳ちゃんはそれ以上は言わず、ため息をついて私をチラリと見た。
  「結香、ごめんね。私に合わせて早く家出ることになったんでしょう?」
  平気だよ、と笑って首を横に振る。
  「大丈夫。集合時間まで先輩が車の中で寝ててもいいって言ってくれたし、いざとなったら新幹線で寝るから」
  なにか言いたそうな表情をしていたけど、結局微笑んで知佳ちゃんは言った。
  「寝過ごして集合時間遅れたり新幹線寝過ごしたりしないでよ?」
  「う。が、頑張る」
  つまりながらも頷くと、悪戯めいた顔をした知佳ちゃんが笑うのにつられて私も笑ってしまう。
  二人で他愛ない話をしているうちに車は駅に着いた。
  知佳ちゃんに続いて私も降りて、トランクから荷物を受け取るのを見守る。
  「じゃあね、知佳ちゃん。また後でね」
  「うん―――進藤先輩、ありがとうございました。集合時間まで結香のこと、お願いします」
  頷いた先輩に安堵の微笑みを浮かべた知佳ちゃんは、私に片手を上げて駅の中へ入っていく。
  その背中が完全に見えなくなってから、今度は助手席に座った。
  「後部座席の方がいいんじゃないのか?」
  先輩は気づかって提案してくれるけど、無言で首を横に振る。
  修学旅行に行ってしまったら、しばらく先輩に会えない。修学旅行は楽しみだけど、先輩に会えないのはやっぱり寂しい。朝早くから運転してくれた先輩に煩く話しかけるのは控えるけど、せめてよく顔を見ておきたい。
  恥ずかしくて言葉にはできないけど。
  先輩は静かに笑っただけで、車の中はしんと静まり返る。
  シートを少し倒して、リラックスしながらときどき隣の先輩をチラリと見る。ものすごく贅沢な時間に感じて、静かな空間に自分の鼓動がひどく大きく聞こえる。
  あまりに幸せで、にへぇーっと笑っていると、静かな声で先輩に名前を呼ばれた。
  「はい?」
  顔をあげると、大好きな優しい表情で見つめてくれる。
  「移動中でも、打てるようならメールくれるか?」
  「いいんですか?授業の邪魔になりませんか?」
  大丈夫だ、と先輩は首を横に振った。
  「すぐに返信するのは難しいかもしれないが、メールしてくれると嬉しい」
  その言葉が嬉しくて笑って頷く。先輩の授業の邪魔にならないように、時間とか件数とか考えなくちゃ。
  心の中で決意していると、先輩が片手で私の頭を抱える。
  「出来れば、夜に電話してくれ」
  「で、でんわですか?」
  なんとか聞くと、あぁ、と艶のある声で先輩は頷いた。
  「えと。えっと………い、いえに、家に電話、したあとで、時間ちょっとになっちゃうかもしれないんですけどっ」
  うん、と頭の上で先輩が頷くのと同時に、小さなアラーム音が車内に響く。
  「ふぁわっ?―――ぁ、スマホ、セットしてたんだった………」
  自分でセットしておいてすっかり忘れていたことに気づく。
  慌てて解除していると、先輩が笑いながらトランクを開けて車を降りた。
  私も慌てて降りて先輩に駆け寄ると、荷物を渡してくれる。
  「先輩、ありがとうございます」
  お礼を言うと、優しく微笑んで頭を撫でてくれる。
  「気をつけて、楽しんで来い」
  「はい、行ってきますっ」
  駅に向かう途中でふと振り返ると、先輩は車の側に立ったまま見送ってくれていた。私が振り返ったことに気づいたみたいで、片手を上げる。
  私も、よく見えるように大きく手を振っていると、横から声をかけられた。
  「結香、おはよ」
  一緒の班の子で、笑って挨拶を返す。もう一度先輩に手を振ってから、並んで歩き出した。
  「進藤先輩に送ってもらったの?」
  「うん。知佳ちゃんも一緒にねっ」
  そうなんだ~、と笑ってから、じゃあ、と小首は傾げる。
  「お土産買わないと、ね」
  「あぁっ」
  思わず大きな声を出したので、驚かせてしまった。
  「どっ、どうしたの?」
  「お土産………何が良いですかって聞くの忘れた………」
  お土産のセンスに自信ないし、貰って困るもの買うよりは先に聞いちゃおうと思ったのに。
  すっかり忘れていた自分に肩を落としていると、友だちもなぜか長いため息をついた。
  「なんか………今日も結香は安定の結香らしさで安心するわ」
  「ふぇ?なにそれ?」
  なぜか答えてもらえないまま、集合場所に合流し、新幹線に乗りこんだのでした。


  ホテルの部屋の隅に荷物を置いて、ん~っ、と伸びをする。
  「色々大仏とかお寺とかみんなで見て廻るのは楽しいけど、さすがに疲れたね」
  「そうだね、鎌倉と広島を半日で見て廻って合間に集合写真撮って奈良まで移動だもんね。濃密な半日を過ごした気分」
  「集合写真………あっという間に撮り終わってた………変な顔してないかな………」
  ワイワイお喋りしていると、「見て見てっ」と興奮した声があがった。
  「しかっ。鹿がいるっ」
  ホントぉっ!!?とみんなで窓に駆け寄る。
  「ホントだっ!かわいい~っ」
  「写メっ!写メ撮ろっ」
  「スマホ、どこ~?」
  友だちがスマホを急いで操作している間、じぃぃっと鹿を見つめる。しっかり見てからスケッチブックを取り出して鉛筆を走らせる。
  「何やってるの?」
  遅れて部屋に入ってきた知佳ちゃんが呆れた声を出した。
  鹿がいたんだよ、と興奮しながらスマホを向ける友だちに、知佳ちゃんは小首を傾げた。
  「興奮するのは解るけど、もうすぐ入浴の時間よ。仕度しないと―――結香は修学旅行に来てまで何を描いてるの」
  「さっきの鹿っ」
  忘れないうちにと急いで描いて顔を上げると、人数分のお茶を淹れながら知佳ちゃんがみんなを手招きする。
  「ほら、みんな座って。お茶菓子食べて」
  「え。もうすぐお風呂なんでしょ?後で食べない?」
  「何言ってるのっ」
  知佳ちゃんはキリリっと目をつり上げて拳を握り締める。
  「これから入るのは温泉よっ。団体旅行向けのホテルだから風情は期待できないけどっ、お湯はちゃんと温泉なのっ。温泉は普通のお風呂とは違うのよっ。入浴前にお菓子を頂いて血糖値を上げてから温泉を頂かないといけないのっ」
  知佳ちゃんの力説に友だちはスマホをしまってちゃぶ台の周りに正座する。
  私もスケッチブックをしまって淹れてもらったお茶にふぅ、と息を吹きかけた。
  「知佳ちゃん、ここのお湯って温泉なの?」
  「そうよ。雰囲気はナシだろうけど、お湯は温泉。ネットで調べたから間違いないわ」
  そうなんだ、楽しみだね。とお茶菓子に手を伸ばそうとすると、クイクイっと横からブラウスを引っ張られる。
  「ねぇ、結香?これ、どういうこと?」
  当惑している友だちに、あのね、と口を開く。
  「知佳ちゃん、前から温泉が好きみたいで。マナーの悪い人にはちょっと熱くなっちゃうみたいなの」
  「それは前もって教えてほしかったわ………」
  同室の子たちはため息をつきながらもお茶菓子を食べた。


  『―――これから夕弦くんにも電話かけるんでしょ?あまり長電話して風邪ひかないようにしなさいよ?』
  「解ってるよー。それじゃね」
  電話を切って、今度は先輩の電話番号を表示させる。
  発信ボタンを押してスマホを耳に当てると、すぐに先輩の声が聞こえた。
  『もしもし、結香か?』
  声は穏やかだけど、こんなに早く出てくれるなんて、もしかして電話を待っててくれたのかな?
  挨拶する声に少し嬉しさが滲んでしまった。
  「はい、こんばんは、先輩」
  『ロビーにいるのか?寒くないか?』
  電話の向こうから気づかってくれる声が嬉しくて、ニコニコしてしまう。
  先に電話を終えて部屋に戻る男の子たちが「ヒューヒュー」とからかってくるけど、一緒に戻る男の子や同じく部屋に戻る女の子が「シッ!」とたしなめてこちらに気づかうような代わりに謝るような視線を送る。
  その子たちに大丈夫だよ、と手を振りながら電話を続ける。
  「大丈夫です。知佳ちゃんが上着貸してくれたので」
  かなり早く電話を終えた知佳ちゃんは、「進藤先輩にも電話するんでしょ。着ときなさい」と私に上着を被せてさっさと戻ってしまった。
  そのやりとりを見ていたのか、部屋に戻る子は「まだ温かいからあげるー」と二枚の上着のポケットにホッカイロを入れてくれた。だから、夜のロビーにいるけどあまり寒くない。
  『そうか。水瀬は相変わらず頼りになるな』
  でも明日もあるから、早目に寝ろよと優しい声で先輩が言った。
  『明日は自由行動だろう。気をつけて楽しんで来いよ』
  「ありがとうございます。あ、あの…先輩、お土産、何が良いですか?」
  電話の目的がお土産のことだったので、聞く声がちょっと上ずってしまう。人が少なくて良かった。
  『結香が買ってきてくれるなら何でもいいんだが』
  そうだな、と間を置いてから先輩は言った。
  『俺の時は、八ッ橋と千枚漬をリクエストされたな』
  お母さんは自分で漬物まで漬けてしまうけど、お土産に漬物や乾物を貰うとすごく喜ぶみたい。
  「先輩は?ご家族用とは別に欲しい物ってありませんか?」
  『俺個人で?あー………結香が修学旅行から戻ってきたら、何処かに出掛けたい。二人で』
  聞いたとたんに、ぼふっと自分の顔が沸騰する音が聞こえた。

  嬉しいけどっ。
  今はお土産の話をしてたのにぃぃ………嬉しいけど………
  出かける………デートかな。嬉しい。
  デートはいつも二人で出かけてるのに、なんで二人でのところを強調してるんだろう?

  『悪いな。結香は修学旅行を楽しんでるのに』
  私の沈黙を誤解されたようで先輩が謝るので、必死に首を横に振る。
  「いえっ!わ、私、も、先輩とお出かけ、したいですっ」
  『ありがとう』
  先輩の声が安心したような声に戻っていて、ホゥッと息をついた。
  『土産の話だったな…ふりかけはあるのかな?』
  「ふりかけですか?」
  うん、と電話の向こうで先輩が頷く。
  学食でご飯をお代わりしたときに使いたいみたい。
  ご当地ふりかけの京都版、あるのかな?
  「明日、探してみます」
  『ありがとう。無ければ無理しなくていいからな』
  はい、と頷くけど、できれば見つけたいな。
  そうだ、と先輩が声をあげた。
  『お金に余裕あるなら、八ッ橋もう一箱買ってきてくれないか?』
  いいですよ、と簡単に頷いたけど、続けて告げられた言葉に驚いてしまった。
  『夏に婆さんから、結香と食べなさいとスイカを貰ったからな。結香が買った八ッ橋を持って行けば、喜ぶだろう』
  「す、スイカっ?あのスイカ、お婆ちゃんから頂いた物だったんですかっ?」

  気にしないで食べなさいと言われたから、てっきり陽くんが作った物と思っていっぱい食べちゃったよ!
  先輩………前もって教えてほしかったです………

  「絶対、買って帰ります………大きさとか味とか、どうしましょう?」
  『そこは別に拘らなくていいと思うぞ』
  先輩はあっさり言うけど、そこは大事だと思う。
  家族の人数によって大きさは変わるし、味の好みって重要だよね?
  なんとか説明して先輩に話を聞こうとしたら、後ろからのんびりと声をかけられた。
  「おーい、牧野。そろそろ電話切り上げて部屋戻れ。明日へばってホテルで寝る羽目になるぞ?」
  「はっ、はいっ?もう少しで切りますっ」
  『先生か。寒いしそろそろ切ろう』
  「先輩っ。待って待ってっ」
  先生に頭を下げつつ必死にスマホに向かって話しかけていると、先生がスマホを取ってしまった。
  「あっ!」
  「進藤だろ?ちょっと貸してくれ」
  先生はニーッコリ笑うとスマホを耳に当てる。空いた手で私の背中を軽く押して歩かせた。
  「おぅ、進藤。久しぶりだな………今年は担任じゃないけどな、駆り出されたんだ……お前、俺に悪役になれと言うのか。不幸者め……お前、可愛い彼女ばかりに構ってないで、たまには恩師に会いに来い………妬くなよ、在校時のお前の面白エピソード、牧野にリークしちゃうぞ?………冗談だよ。水瀬もいるし、牧野は大丈夫だから、安心しろ………馬鹿、俺は教師だっつの………はいはい、解りましたよ。じゃな、お休みー」
  先生は楽しそうに先輩と話すと、通話を終了してしまった。
  「あぁぁっ!!?」
  思わず大きな声を出してしまう。
  お婆ちゃんへの八ッ橋のことを相談したかったし、ちゃんとおやすみなさいを言いたかったのに。
  「泣くなよ、進藤に怒られる………」
  眉を下げて苦笑する先生が返してくれたスマホをじっと見つめる。
  真っ黒な画面がすごく切ない。
  「引き裂くような真似はしたくなかったけどな、あのまま話してて風邪引いたら、後悔するのは進藤じゃないか?」
  先生の言うことはもっともだから、無言で頷く。
  ホッと息をついてから、ポンッと先生は軽く私の肩を叩いた。
  「進藤から伝言だけどな。箱の大きさも味も拘りはないから、無理しない程度に買えばいい、だと。じゃな、早く寝ろよ」
  「はい………ありがとうございました」
  しっかり頭を下げると、お休みーと先生は手を振って歩いていく。
  ドアを開けると、寝仕度を済ませて布団の上でお喋りをしていたみんなが意外そうな表情で私を見上げた。
  「あれ?お帰りー、早かったね」
  「うん………先生に、部屋戻りなさいって言われちゃったから」
  のろのろと上着を脱ごうとすると、わざわざ立ち上がって手伝ってくれる。
  「そっか。残念だったね………明日は、部屋で電話したら?」
  「そうだね、私たちはロビーで電話するから、結香はここで電話しちゃいなよ」
  気づかってくれる言葉が嬉しくて、強張ってた顔になんとか笑顔を浮かべてありがとうと言うと、脱ぐのを手伝ってくれてた子が驚きの声をあげる。
  「それにしても、ずいぶん貰ったのねぇ、ホッカイロ」
  「ホントだ―――張るヤツまであるじゃん」
  ポケットがパンパンに膨らむほど詰めこまれたホッカイロを引っ張り出して、知佳ちゃんにお礼を言う。
  「知佳ちゃん、上着、どうもありがとう」
  差し出した上着を受け取りながら、知佳ちゃんは微かに微笑んだ。
  「いいから、お茶飲みなさい」
  「うん、ありがとう」
  みんながお喋りする中で、熱いお茶を少しずつ飲む。
  私が飲み終わると、自然とみんな布団に入って電気を消した。


  二日目も良いお天気。
  昨日案内してくれたバスガイドさんが、「私晴れ女でして、ツアー担当の日は雨知らずなんです。皆さまの修学旅行が終わるまでお天気になるようにお祈りしますね!」と言っていたけど、本当だったのかも。バスガイドさん、ありがとう。
  「結香。お祈りしなくても、進藤先輩はたぶん元気だし、一応同じ国内だから。そろそろ行くわよ」
  「知佳ちゃん………私、別に毎回先輩のことばかり考えてるわけじゃ」
  「ないって言える?」
  言い合っていると、先生が声をかけてきた。
  「ぼちぼち出発しろよー………お、牧野。昨日は悪かったな。ちゃんと眠れたか?」
  はい、と頷こうとしたら、同室の子たちが先生に詰め寄る。
  「先生っ。昨日は時間まだあったのに電話切り上げさせるなんて、酷いんじゃないですかっ」
  「家以外に電話しちゃいけないなんて規則、ないじゃないですかっ」
  「生徒の恋を邪魔していいんですかっ」
  「うわー………ひでぇ、ありえねぇ………」
  女の子たちの剣幕に先生は戦き、騒ぎを聞いた男の子たちも遠巻きに同調している。
  「あんた………ますます罪作りな女よね」
  「ふぇっ!?これ、私のせいなのっ?」
  遠くを見る目で言う知佳ちゃんに驚いていると、パァンっと大きな音が響いた。
  先生が手を鳴らしたみたい。
  「済まなかった!先生、どーぉしても久しぶりに進藤と話したかったんだっ」
  「え。先生、先輩と仲良かったんですか?」
  首を傾げると、「担任だったからね」と隣で知佳ちゃんがため息をつく。
  そっか。担任だったから、先輩のこと気にしてたんだ。
  「じゃあ、先輩にお願いしてみますね。今度、先生のところに遊びに来て下さいって」
  「う、うん………ありがとう………」
  笑顔で言うと、先生はなぜか顔をひきつらせた。
  「はい、あとは進藤先輩に丸投げするってことで。そろそろ出発してくださーい。門限は厳守でお願いしまーすっ」
  知佳ちゃんが手を鳴らしながら促すと、はーい、と返事をしながらみんなぞろぞろと歩き出した。
  一瞬ギョッとした先生が知佳ちゃんに続いて声を張り上げた。
  「緊急事態の時は先生の携帯に連絡しろよ。事前に申請したルート通りに移動しろよ。特にっ!京都だからって舞妓や役者に会えるわけじゃないからなっ。ルート外れるなよっ」
  その声はかなり切羽詰まっていた。
  夏目先輩が飛び出したときに、先生はとても大変な思いしたのかも。
  「修学旅行で舞妓や役者に会いたがる人なんて、いるのかしらね?」
  「あはは………どうなんだろね………」
  首を傾げる知佳ちゃんに答える声が、ちょっと渇いた声になってしまった。


  目の前に広がる日本庭園にみんな言葉もなく見惚れる。
  他の人が来るまでみんな揃って座って思う存分堪能した。慌てて立とうとして、足の痺れで情けなくもなったけど。
  「いやぁ、ありゃ立派だよねぇ。毎年人気なのも解るわ」
  「日本人で良かったーって思うよね。日頃全っ然意識してないけど」
  「解る解る。最近、またどこかの神社の柱に落書きされたってニュースあったじゃん?なんか思い出してムカついちゃったよ」
  「私たちも気をつけないとねぇ………旅行先で地元の人に迷惑をかける大人にはなりたくない」
  「その前に受験あるけどね」
  「言わないでよ、それ」
  お喋りしながらお土産を探す。
  他の店を覗いてみたいとかお会計とかで数人離れることはあったけど、先輩のふりかけを選んでるうちにみんな戻ってきてくれた。
  「結香、選び終わりそう?」
  「そんなに八ッ橋って必要?」
  戻ってきた友だちが私のカゴを覗いて目を丸くする。
  「これはウチのでしょ。こっちは先輩のお家。これとこれはお婆ちゃんに。で、もしかしたらお師匠さんに持って行けるかもしれないから、もう一箱」
  「ちなみに、結香が言ってるお婆ちゃん、は結香のじゃなくて進藤先輩のお祖母さん。お師匠さんていうのは、進藤先輩の剣道の師匠だって」
  横から知佳ちゃんが付け加えるように言うと、みんながなぜか揃ってため息をついた。
  「買ってるお土産のほとんどが進藤先輩関係………」
  「嫁かっ」
  「でもっ、ウチ用にはケーキも買うよ?」
  美紅ちゃんが八ッ橋を気に入らなかった場合も考えてケーキの箱もカゴに入れたんだけど、なぜかみんなにはため息をつきつつ首を振られてしまった。
  お会計して、みんなで一旦店の外に出る。
  「みんなお土産は想定分買えた?」
  ほとんどの子が大丈夫と首を振る中、私と知佳ちゃんが手を上げる。
  「はい、牧野さん」
  「はいっ、お漬け物を買いたいですっ」
  指名を受けて元気良く答える。
  さっきのお店にも漬け物コーナーはあったけど、もう少したくさん種類を見て選びたくなったのです。
  知佳は?と促された知佳ちゃんは小首を傾げて言った。
  「これとは決めてないんだけど、和風の小物を見たいのよ。せっかく京都来たんだし」
  それは良いかも!とみんなが賛成する。
  「じゃ、あっちに雑貨屋あったからそこ行ってから漬け物屋廻ってホテルに帰るってことで良い?」
  そして雑貨屋さん目指して歩き出したのです。


  「もしかして、結香じゃない?」
  知佳ちゃんのお会計を待ちながら、商品を眺めつつ小さな声でお喋りしていると、そんな風に声をかけられた。
  「結香、知り合い?」
  聞かれるけど解らなくて首を傾げる。
  たぶん年上の女の人が穏やかな微笑みを浮かべて私を見ているけど、京都に知り合いはいないんだけど。
  困っていると、お会計を終えた知佳ちゃんが戻ってきた。
  「みんな、どうし―――雅?」
  一瞬戸惑った知佳ちゃんは問うように名前を呼び、雅と呼ばれた女の人は嬉しそうに破顔した。
  「知佳?久しぶりね!」
  小走りに知佳ちゃんに駆け寄ると手を取って嬉しそうに跳ねる。
  知佳ちゃんは苦笑しながらも手を握られたままにしていた。
  そうしてしばらく跳ねていた女の人は私を振り返る。
  「じゃあ、やっぱりこっちは結香なのね?」
  「そうよ。結香、忘れたの?ちょくちょく家に遊びに行ったじゃない。ウォークインクローゼット見せてくださいって」
  「うん?」
  クローゼットの一言に首を傾げて少し考えて。
  「―――雅ちゃん!!?」
  店内にも関わらず大きな声を出してしまった私に知佳ちゃんは「だから雅だって言ったじゃない」とツッコみ、雅ちゃんは綺麗な顔に涙を浮かべて爆笑したのでした。

  「そうなんですかぁ。雅さんのお友だちで、修学旅行でいらしたんですかぁ」
  近所の喫茶店で人気だというかき氷を振る舞ってくれた女将さんにみんなでお礼を言う。
  雅ちゃんは仕事の都合で女将さんに会いにお店に来て、帰りに私を見かけたみたい。店内で騒ぐのは良くないと場所を移動しようとしたら、女将さんが奥を使ってと言ってくれたのだ。
  「突然大勢でお邪魔して申し訳ありません」
  知佳ちゃんが言うのに合わせてみんなで頭を下げると、いいんですよ、と女将さんは微笑んだ。
  「雅さんの大切なお友だちだと以前から聞いてましたからねぇ。その再会に立ち会えるなんて、ラッキーというものですよ」
  「こんな美人なお嬢様とどうやって友だちになったの?」
  見事な丸い形を崩さないように慎重にスプーンを入れる友だちが聞いたのは私にだけど、答えたのは知佳ちゃんだった。
  「小学生のとき、同級生だったのよ」
  「同級生?先輩じゃなくて?」
  「あたし、生まれは外国でね。小学生のときに日本に戻ってきたんだけど、学習内容の関係で結香たちのクラスに転入することになったの」
  雅ちゃんが代わって説明する。
  「一応正真正銘日本人なのに三つ下の学年に転入させられたのは、さすがにキツかったなぁ。男子も女子も苛めてくるしさ。ちょっと登校拒否になりかけたときに話しかけてくれたのが結香だった、てわけ」
  おぉぉっとみんながキラキラした目で私を見るけど、そんな期待されるようなことではないんだよね。
  「当時ハマってた本に影響されて、クローゼットを見たかっただけなんだけどね」
  知佳ちゃんにあっさり暴露されて、うぅぅと唸りながらかき氷を食べる。
  ピスタチオのかき氷なんて、初めて食べた。
  「それでも、あたしは結香に救われたと思ってる。声をかけて遊びに来てくれなかったら、絶対引きこもってたから」
  雅ちゃんが本当に嬉しそうに笑っているので、私も安心して笑った。
  「中学に上がったら、いきなりまた外国へ引っ越したっていうんだもん。ビックリしたよ」
  あのときはお別れも言えなくて驚くと同時に哀しかったのを覚えている。
  ごめんね、というように雅ちゃんは眉を下げた。
  「あたしも結香たちともっと学校通いたかった。突然、引っ越しだと言われて―――あまりに悔しかったから、向こうで何度も飛び級して、仕事を決めて戻ってきたの。散々親の都合で振り回されて、お嬢様よろしく結婚相手まで決められましたなんて、冗談でも御免被りたいから」
  そうなんだ、すごいなぁ………と今までの話を思い返して、はた、と思いつく。
  「雅ちゃんって、先輩より年上だったんだ!??」
  「今さらそこなの?」
  呆れる知佳ちゃんに雅ちゃんは笑い崩れる。
  「結香は最初からあたしが年上だってことあんまり気にしてなかったわね」
  「まさか、今の今まで知らなかった、とか?」
  「しっ、知ってたけどっ」
  かき氷越しに見つめられて、慌てて否定する。
  「同い年の女の子だって私より大きい子ばかりだし、あんまり変わらないかなぁって思ったから!先生だって、年は気にしないで仲良くしてくださいって言ってたしっ」
  なぜかみんな生暖かい目で私を見て、両隣に座ってた子には代わる代わる頭を撫でられた。

  「そういえば、結香が言ってた先輩って誰?」
  うぐっ。
  いきなり雅ちゃんに聞かれて咳きこむ私に代わって友だちが答える。
  「結香の彼氏でーすっ」
  「付き合って早々卒業しちゃったけど、デートしまくってますっ」
  「昨日は駅まで車で送ってくれるくらい大切にされてますっ」
  「ちょっと、みんなっ」
  昨日は知佳ちゃんも一緒だったのに!
  知佳ちゃんを見るけど、楽しそうに笑うばかりで助けてはくれないらしい。
  ひどいよ、知佳ちゃん……………
  雅ちゃんも興味津々といった表情で、写真ないの?と身を乗り出す。
  みんなにも促されて、渋々スマホを見せる。
  「おぉっ、ラブラブ自撮りだ」
  「うぅわ、進藤先輩めっちゃ笑顔だし」
  「写メなのにあっま!」
  一言ずつコメントを添えながら私のスマホが雅ちゃんの手に渡る。
  どれどれ、と画面を見た雅ちゃんが、うん?と小首を傾げた。
  「あれ?この人って………」
  画面を食い入るように見る雅ちゃんを、隣の子が覗きこむ。
  「ダメですよ~、雅さん。イケメンだけど結香一筋なんですから」
  「いやいや、あたしまだ半人前だから。略奪愛してる場合じゃないって」
  ひとしきりみんなで笑い合う。
  話は当然のように私と先輩のことになる。
  恥ずかしくて私は黙りがちだったけど、代わりにみんながどこそこでデートしているところを見かけて………と次々に披露してくれた。
  前に知佳ちゃんから聞いてはいたけど、本当に見られていたのかと思うと今さらながら焦ってしまう。
  「たま~に学校まで迎えに来てるとこを見かけるんですけど、もう目が甘いのなんのって………なんていうか、新妻を迎えに来た旦那、みたいな」
  「さっきお土産買ってたんですけど、結香のお土産、ほとんど進藤先輩宛てなんですよ。もうほとんど嫁なんですよ」
  「あぁっっ!!?」
  突然思い出して大きな声を上げながら立ち上がる。
  みんなが一斉にこちらを見た。
  「お、お漬け物………買うの忘れたっ」
  そうかっとみんなが時間を確認する。
  「どうする?時間、結構ギリだよ?」
  「うぅ………明日買う時間あるかな……?」
  慌ててしおりを確認していると、知佳ちゃんがポン、と私の肩を叩いた。
  「大丈夫」
  「知佳ちゃん?」
  知佳ちゃんが指差す先を見ると、雅ちゃんがスマホで電話していた。
  「―――ええ。二台お願いします」
  よろしくお願いします、と電話を切ると、にっこり笑ってこちらを見る。
  「タクシー呼んだから。あと、漬け物だっけ?良かったら買って結香の家に郵送するわよ」
  「いいのっ!??」
  思わずすがりつく私に雅ちゃんが笑って頷く。
  「冷蔵物だからね、今日のうちに買ったら傷んじゃうかもしれないでしょ?」
  それは気になってたから、本当に助かる!
  「ありがとう、雅ちゃん!」
  思わず両手で手を握って大きく振ってしまったけど、雅ちゃんは優しく微笑んだ。


  雅ちゃんが呼んでくれたタクシーに別れて乗ってホテルまで戻る。
  ホテル前まで着いて代金を払おうとすると、「榊原様から頂戴しております」と言われてしまった。榊原というのは雅ちゃんの名字だ。
  先生に戻りましたと報告してから急いで部屋に戻って、さっき交換したばかりの雅ちゃんの番号に電話をかける。
  『もしもし、結香?時間間に合った?』
  「間に合ったよ。雅ちゃんのお蔭で………じゃなくて!タクシー代、雅ちゃんが払ったって、どういうこと?」
  慌てて聞くと、大したことなさそうに雅ちゃんは言う。
  『あたしが引き留めたんだから、迷惑料とでも思ってくれればいいのよ』
  「迷惑なんてしてないよっ。雅ちゃんにまた会えて嬉しかったんだから!」
  雅ちゃんはクスクス笑う。
  『ありがとう。あたしも嬉しかった。だからここは素直に受け取ってよ』
  「でも、雅ちゃんにはお漬け物だって頼んだのに」
  代金は払ったじゃないの、と雅ちゃんは笑って、それじゃあね、と言い出した。
  『また、友だちになってくれる?』
  「友だち?」
  『そう。たまにメールしたり、電話したり。そういう友だち。なってくれる?』
  首を傾げて、知佳ちゃんを見る。
  「友だちって………雅ちゃんは、友だちだよ?」
  ねぇ?と知佳ちゃんを見ると、話の内容を理解してくれたのか、知佳ちゃんは大きく頷いた。
  「知佳ちゃんも友だちだって」
  なぜか雅ちゃんは声をあげて笑う。
  首を傾げていると、知佳ちゃんが身振りで電話を代わってほしいと知らせてきた。
  「もしもし、知佳だけど―――うん、本当に助かったわ。ありがとうね。みんなもお礼言いたいって」
  知佳ちゃんがスマホを向けるとみんな声を揃えて言った。
  「「「雅さん、ありがとー」」」
  知佳ちゃんは笑みを浮かべてもう一度スマホを耳に当てる。
  「聞こえた?………もちろんよ。じゃあね」
  知佳ちゃんは電話を切ってはい、とスマホを返す。
  「半人前だけど自分は仕事してるんだから気にするな、だって」
  「そ、そっか」
  みんなで荷物を整理すると、ご飯を食べに行ったのです。


  お風呂が終わってただいま私一人、部屋でスマホとにらめっこしています。
  雅ちゃんと小学校卒業以来に再会したという私的事件をぜひ先輩にお知らせしたいのだけど、昨日電話したので今日も電話するのはどうなのかな、と思案中なのです。
  昨日の夜慰めてくれたように、私たちはロビーで電話するからね、とみんな気をつかって部屋を出ていったのだけど。

  ピピピッ!

  「ぴゃあっ」
  突然鳴った着信音に驚いて手が滑ったときに応答ボタンを押してしまったのか、通話状態になってしまった。
  慌ててスマホを耳に当てながら「もしもしっ?」と言う。
  『結香?もしかして、お喋りの途中だったか?』
  「せんぱいっ?」
  自分の声の大きさに驚いて周りを見渡すけど、部屋には今、私一人だった。
  「いえ、あの…二日続けて電話かけてもいいか迷ってたところなんです」
  正直に言うと、結香ならそう考えるんじゃないかと思ったんだ、と先輩が微かに笑った。
  『邪魔してはいけないとは思ったんだが、結香から電話来ないかもしれないと思って俺からかけてみたんだ』
  「そうなんですね、ありがとうございます」
  えへへ、と笑うと、先輩は穏やかな声で今日はどうだった?と聞いてきた。
  日本庭園が綺麗で足が痺れるほど見入ってしまったことを話す。
  「あ、お土産なんですけど。八ッ橋は買えたんですけど、お漬け物はあとで郵送してもらえることになりました」
  ありがとう、と先輩が応える頃、入り口が騒がしくなってみんなが部屋に入ってきた。
  私がまだ話しているのを見て、みんなお互いにシーっと口に指を当てている。
  『そろそろ時間か。明日は気をつけて帰ってこいよ』
  はい、と頷くと先輩はうんと優しい声でおやすみ、と言って電話を切った。
  ほぅ、と息をつきながら消えた画面を眺めていると、それまで息をつめてた友だちがニマニマ笑いながら近づいてくる。
  「お邪魔しちゃった?」
  大丈夫、と首を横に振ると、ロビーで電話したあと売店で買ってきた、とちゃぶ台の上にお菓子を広げる。
  「すごい、アイスまであるの?」
  「あ。それは先生からだよ」
  クーラーボックスを抱えて各部屋を廻ってるところを通りがかったみたい。
  「先生、急用でこれから帰るんだって」
  「もう夜なのに?大変だね」
  「そ。だからこれはその挨拶なんだって」
  溶けちゃう前にみんなでアイスを頂く。
  「先生ね、結香のこと気にしてたよ」
  昨日のことはもう気にしてないんだけど、先生の方は気にしてたみたい。
  私が今日は普通に楽しんでたことを伝えると、すごくホッとしていたらしい。
  「わざわざ夜に移動しなくちゃならない急用って、なんだろね」
  さぁ、とみんなで首を傾げる。
  「学校でなんかあったとか」
  「今年クラス受け持ってないでしょ」
  「家の方で問題発生とか」
  「全然動揺してなかったけど」
  思いついたことを言い出しては誰かが否定する。
  「知佳、先生と話してたじゃん。何か聞いてない?」
  知佳ちゃんは小首を傾げて言った。
  「雌馬を捌きに行くんだって言ってたけど」
  「「「「馬?」」」」
  揃って首を傾げるけど、まるで解らず。
  ここで推測してても結局解らないよね、と放り投げて別の話題に移る。
  「もう明日帰るんだよねぇ」
  一人の子が帰りたくないなぁと嘆くと、隣の子がからかうように脇腹をつっつく。
  「そんなこと言っていいのぉ?ずっと修学旅行してたら、ずっと彼氏と会えないままじゃん」
  彼とは班が違うので、修学旅行中はメールだけのやり取りにしているそうです。
  知らなかったとはいえ、私は堂々と二日連続で先輩と電話しちゃって申し訳ない気持ちになる。
  表情でバレちゃったのか、気にしないで、と逆に慰められてしまった。
  「全く話さないわけじゃないし。団体行動だからお互い気をつけようね、くらいだから」
  そっか、と少しホッとしていると、それに、と苦笑する。
  「あの人、寺とか神社とか興味ないから、一緒に行ったら逆に喧嘩するかも」
  それもそうだね、と笑ってから、結香は、と振り返られる。
  「進藤先輩なら、少し自分の趣味じゃなくても付き合ってくれそうだよね」
  前にかなり少女趣味な展示に誘ってしまったけど、先輩はあっさり頷いてくれた。
  そのときのことを思い出して、頷く頬が熱くなってしまう。
  「大事にされちゃって、このこの~」
  「どこまで進んだんだ?吐け吐け~」
  「ふぇぇぇぇ………っ」
  にじり寄られて困りきっていると。
  「同じ絶叫マシンに四回も続けて乗ってくれるんだもん。そりゃ大事にされてるわよね」
  知佳ちゃんの発言に一瞬戸惑った女の子たちが、どういうこと?と私を見る。
  私が絶叫マシン好きで連続で乗りたいと言ったのを先輩があっさりOKしてくれたことを説明すると、なるほどね、と納得してくれた。
  告白するのは恥ずかしいエピソードを披露しなくて済みました!
  ありがとう、知佳ちゃん!
  「んじゃあ、次はどこまで進んだのかを詳しく」
  再びにじり寄られかかったところで、パンパンっと手が打ち鳴らされる。
  「はいっ。続きはこうご期待!就寝の時間です」
  えぇ~っと渋りながらもみんな片付けをして布団の中に潜り込む。

  修学旅行、終わっちゃうのは寂しいけど、早く先輩にお土産渡したいな。さっきの電話で、今度いつ会えるか確認するの忘れちゃった。
  お土産、気に入ってもらえるかな………

  そんなことを考えていたら、あっという間に眠ってしまった。


  三日目はほとんど帰るだけ。途中売店に寄ることもあったけど、お土産よりは新幹線の中で食べるものを買うので時間が過ぎてしまう。
  お漬け物、雅ちゃんが引き受けてくれて本当に助かった。帰ったらメールしようっと。
  新幹線の中は賑やかだ。他の班が昨日どこに行ったのかとか、お土産に何を買ったのかとか仲良くお喋りしてる。
  当然のように、私のお土産も話題に上がる。
  「それは息抜き旅行に来た嫁の土産だな」
  あっさり言った男の子が、ほいっと知佳ちゃんに小さな包みを投げた。
  「ナニこれ?」
  「温泉の素。やるよ」
  渋面で知佳ちゃんは包みを押し返す。
  「賄賂は受け取らない主義なの」
  「賄賂じゃなくて挨拶の手土産みたいなモンだよ。ほら、引越蕎麦みたいな」
  どういう意味?と首を傾げる知佳ちゃんに、男の子は明るく笑って言った。
  「俺、生徒会入ることになったからさー。ご挨拶に」
  「はっ?あなた、剣道部は?」
  辞めた!と男の子は爽やかに親指を立てる。
  「なんでっ。あなた、期待されてたんじゃないのっ」
  うーん、と唸りながらそれでも男の子は迷いなく言う。
  「剣道は好きだけど俺くらい上手い奴は他にもいるしなぁ………それに、水瀬の手伝いする方が面白そうだし。剣道部辞めて生徒会入りたいですって言ったら通ったし」
  もう決まった話みたいで、知佳ちゃんはあんぐりと口を開けるばかり。
  「えと。知佳ちゃんのこと、お願いします」
  「おぅっ」
  代わりによろしくと頭を下げると、爽やかな笑顔で応えられた。知佳ちゃんはぶつぶつと「なんだってこんなことに」と呟いていた。


  駅に着いたら先生から連絡と注意事項を聞いて、現地解散です。
  私がお願いしたことは関係ないと思うけど、あの男の子は早速知佳ちゃんのお世話をしようと張り切っています。知佳ちゃんの恨みがましい視線が痛いです。
  とりあえず通行の邪魔にならないところで家に電話しようとしていると、ぽふっと後ろから頭の上に温かい重みが乗った。
  「おかえり」
  女の子たちがきゃあっと声をあげ、男の子たちもマジマジとこちらに注目する中振り返ると、やはり先輩が優しい笑顔で私を見ていた。
  女の子たちが声をあげたのは、たぶん先輩がスーツを着ているから。お父さんのスーツも大人っぽかったけど、やっぱり仕立てたスーツは先輩の身体に合ってて数倍格好良い。
  「た、ただいま、です」
  二日ぶりに見る先輩の笑顔に嬉しさとか気恥ずかしさとか込み上げてくるけど、なんとか返事する。
  先輩は、うん、と笑顔で頷くと、お土産の袋毎私の荷物を片手で背負ってもう一方の手で私の手を握る。そして離れたところで渋面を浮かべている知佳ちゃんに目をやった。
  「水瀬は、帰りどうするんだ?」
  察してくれたみたいで、知佳ちゃんがしかめ面のまま近づいてくる。珍しくきゃいきゃい騒ぎながら、それでも言い聞かせることが出来なかったみたいで、その後ろには男の子がしっかり引っ付いていた。
  「私のことはお気になさらず」
  「俺が送って行きますから」
  「二人で大荷物抱えてバスに乗車なんて迷惑になるでしょっ。それに、あなたの家は私とは別方向じゃないのっ」
  目の前で言い合う二人を眺めていた先輩は、三人乗れるから、と結局私を含め三人を家まで送ってくれることになった。

  知佳ちゃんのジト目に促されて私が助手席に座ると、二人で後部座席に乗りこむ。でも知佳ちゃんはまだ不服だったようで、男の子は知佳ちゃんが車を降りるまで一生懸命宥めていた。
  お騒がせしました。お世話になりましたっと丁寧に頭を下げて男の子が家に向かって歩いて行くと、私の家に向かって走り出す。
  「あんなに不機嫌な水瀬に動じないなんて、メンタル強いんだな」
  二人が降りるまでときどきルームミラーを覗きこんでいた先輩が長い息をついた。
  「剣道部を辞めて生徒会に入るそうですよ。知佳ちゃんのことすごくよく見てくれてるから、知佳ちゃんの仕事楽になると良いですよねっ」
  今はまだ警戒心を抱いているけど、拒否はしていないと思う。会長の仕事の負担が少しでも少なくなるといいな。
  先輩も優しく微笑んでから、そういえば、と言った。
  「土産、たくさん頼みすぎたか?婆さんの分も頼むなら、一昨日の朝代金を渡そうと思っていたんだが」
  忘れてた、と謝られて慌てて首を横に振る。
  「だ、大丈夫ですっ。スイカを頂いたお礼なんだから、お金は私が払わないとっ」
  そうか?と小首を傾げる先輩に頷いた勢いで続けて言う。
  「あのっ、お婆ちゃんへのお土産、生八ッ橋にしちゃったんですけど、大丈夫ですか?」
  「大丈夫だ。明日持って行くから」
  今回車を借りたのは、明日使うためでもあるみたい。お婆ちゃんの家は同じ県内だけど、公共機関で行くのは時間がかかるらしい。
  「あの。明日、私も行っちゃダメですか?」
  できるなら自分で八ッ橋を渡してスイカのお礼を言いたいから申し出てみると、一瞬目を見開いてから心配そうな目で覗きこんだ。
  「結香は帰ってきたばかりで疲れてるだろう?明日は家でゆっくりした方がいい」
  「だ、大丈夫ですっ」
  まだお昼になったばかりだし、今夜早目に寝れば大丈夫なはず。
  じっと目を見つめていると、先輩はふ、と息をついてから前に向き直った。
  「明日、迎えに行くけど、無理そうなら八ッ橋だけ預かって行くからな」
  今夜は早く寝ろよ、と言われて大きく頷いた。


  こうしてなんだかんだあった修学旅行はあっという間に終わりました。
  学校で前よりも大胆に先輩とのことを聞かれるようになったり、知佳ちゃんが正式に生徒会長になってあの男の子とよく話すようになるのは、また別のお話です。





  ◆ 二日目の夜 ◆

  「あれ?結香、もう寝たの?」
  お喋りの続きしようと思ったのに、と暗闇の中残念そうな声が響く。
  「結香は昔から寝つき良いからね」
  昔からそうだった。パジャマパーティーをしようと誘ってくるくせに、布団に入って横になるとすぐ眠ってしまう。そして朝になって夜通しお喋りしたかったのに、と心から悔しがるのだ。
  「知佳ぁ?解ってて急かしたのね?」
  恨みがましい声で言われるけど、構わないと目を閉じる。
  「わざわざ胸焼けするような話を自分から聞き出す必要なんてないじゃない。寝ましょ。明日はまた移動なんだから」
  促すが話し足りない女の子たちは引かない。
  「そうはいかないわよ。結香がダメなら、知佳の話を聞かせてもらうんだから」
  「私?生徒会の話なんて出来ないわよ。気軽に話せることないんだから」
  違うわよぅと暗闇の中で不満げに返される。
  「最近、宮本と仲良いじゃん。どうなのよ、実際?」
  春以来、ちょこちょこ言葉を交わす剣道部の顔が脳裏に浮かんで、内心舌打ちをした。

  だから断ったのに。
  文化祭の日に家まで送ってもらうなんて紛らわしいことするから、目をつけられたじゃないか。

  「実際も何も。ただ話してるだけよ」
  「宮本にも聞いてたじゃない。お風呂入る前にお菓子食べたかどうか」
  初日のお風呂上がりに遭遇したときのことだ。
  ふと聞いてみたら「え。アレって売店のお勧めで置いてあるんじゃないの?」というあり得ない発言をされたので、茶菓子の重要性を滔々と説いたのだ。
  大抵は「そこまで拘らなくて良くない?」と呆れられるだけだけど、彼はのほほんと「知らなかったぁ。明日はちゃんと入る前に食う」と頷いた。更には「教えてくれてありがとなー」と手を振ったのだ。
  私としては珍しくも嬉しい反応だけど、私の説教を彼が受け入れただけのことだ。
  仲良しのお喋りなどではない。
  「宮本、愛想はいいけど、自分から女子に話しかけるような軽いヤツではないでしょ。知佳くらいじゃない?話しかけられてるの」
  好きなんじゃない?と聞かれて自分の顔から愛想が抜け落ちていく音すら聞こえる気がする。
  「そんなわけないでしょ」
  えーでもさぁ、と言い募る声を無視して掛け布団を頭から被る。
  ない筈だけど。今度話しかけられたら、周囲が誤解するかもしれないから行動には気をつけな、と忠告しよう。
  目を紡錘ってうんうん頷いているうちに、本当に眠ってしまった。
  これじゃ結香のことを笑えないじゃない。
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