婚約(無理矢理)を解消するために恋を応援するとは言ったけれど、私の兄を好きとは聞いてないが!?

結来月ひろは(ゆくづきひろは)書籍化希望

文字の大きさ
上 下
40 / 57
第五章 重なる想い、重ならない想い

第五章 重なる想い、重ならない想い3

しおりを挟む
 満天の夜空が広がる中、カメリアはひとりで野原の中心に立っていた。
 あたりを見回してみるものの、そこにはカメリアの姿しかない。

(どうしてこんなところにいるんだ?)

 不思議に思うカメリアだったが、少し離れた場所に人影を見付けた。
 何かに魅かれるように、カメリアはその人影へと近付いていく。
 距離が縮まっていくにつれ、影ははっきりとした形に変化していく。

 ――髪に結ばれた青いリボンに、青いドレス。
 それはあの日カメリアが出逢った少女の姿だった。

「待ってくれ!」
 気付けば、少女に向かってカメリアは叫んでいた。
 少女はカメリアの存在に気付くと、その場から駆け出した。

 カメリアは少女を追いかけるが、まったく距離が縮まらない。
 広がる距離にカメリアは必死になって足を動かすが、そこであることに気付いた。
 カメリアが着ている服は、カメリアが普段着ている服ではなくなっていた。

 胸元には大きなリボンが揺れ、裾はレースで彩られている。
 純白のウェディングドレスにカメリアは身を包んでいた。

「何だ、これは……」
 カメリアにとってそれは憧れではなく、むしろ恐怖に近いものだった。

 カメリアは胸元で結ばれたリボンに白い手袋に包まれた手を伸ばすが、どういうわけかどれだけ力を入れてもリボンは解けない。
 白い手袋を脱ごうとしても、脱ぐことはできなかった。

「……どうしてだ!?」
 カメリアはたまらず叫んだ。

「私はこんなもの望んでいない! 今までもこれからも望むつもりもない!」

 ――騎士になる。
 その夢が叶うのであれば、カメリアは何でも捨てる覚悟があった。

 結い上げられる長い髪も、女性が憧れる真っ白なドレスも、夢のためならば、捨てることなど恐くなかった。
 そこに迷いも未練もなかった。
 そうして自分はここまで歩んできたのだ。

「それなのに、どうして……どうして私の望みは叶わない!?」

 こんな姿など望んでいない。
 騎士になるために捨てたものだった。
 それなのに、何故自分はこんな姿でここにいるのか。

「私はこれ以上、一体何を捨てればいい? 何を捨てろと言うんだ!?」

 何を捨てれば夢を捨てずに、騎士のままでいられるのか。
 カメリアにはもうこれ以上、何を捨てればいいのかわからなかった。

(これだけ捨てても、私にはまだ足りないのか……)

 絶望すら覚えるカメリアの目の前には、いつの間にか少女が立っていた。
 その少女は不思議そうな顔でカメリアにたずねた。

「どうして捨ててしまうの?」
「……捨てなければ、叶わないことがあるからだ」

 何かを捨ててでも叶えたいこと、騎士になるという夢。
 それがカメリアにはあった。
 誰かに理解してもらおうとは思わない。
 ただそこまでしても諦めたくないものがカメリアにはあった。

「だから私は捨てたんだ……自分の夢を叶えるために」

 カメリアの言葉を聞いていた少女はゆっくりと口を開いた。

「捨てることなんてできないのに……」
「え?」
「だって、自分は自分だから。どんな格好をしていても、やっぱり自分は自分……」

 少女は自分の着ているドレスをぎゅっと握り締めた。

「だから捨てることは出来ない」
「なら、どうすればいいんだ!?」

 カメリアは思わず叫んだ。

「何も捨てることも出来ない私は、夢を諦めることしかできないのか!?」

 やっと手にした剣を、夢を捨てることなどカメリアにはできるはずがなかった。

「嫌だ……そんなこと、絶対に嫌だ」
「捨てなくてもいいんだよ」
「何も捨てなくていいなんて、そんなことあるはずがない」
「早く気付いて……」
 少女はどこか寂しそうに笑うと、カメリアに背を向けた。

「待て! 気付くって……私は一体、何に気付けばいいんだ!?」

 とっさにカメリアが伸ばした手は少女の手を掴んだ。
 その瞬間、少女がカメリアの方へと振り返る。
 そんな少女の姿と重なったのはカメリアが知る人物だった。

(うそだ、どうしてお前が……)
 
*****

「うなされていたが、大丈夫か?」
「セロイス……」

 見慣れた天井を遮るようにカメリアをのぞき込んでいるのはセロイスだ。
 
(何故、あの少女とセロイスが重なったんだ。まったく似てないのに)
 そんなことを思いながら自分をのぞき込んでいるセロイスを見ていたカメリアだったが、ふとそこであることに気付いた。

(あたたかい?)
 不思議に思って右手を見てみれば、右手はセロイスの手に包まれていた。

「あぁ、すまない」
 カメリアの視線に気が付くとセロイスは手を離した。

「ひどくうなされながら手を伸ばしてきてな。手を離すのを忘れていた」

 そう言って真っ直ぐにカメリアを見るセロイスの瞳はあの日の夜を思い出させる。

(だから、あんな夢を見たのか)
 カメリアはどこか納得しながらも身体を起こした。
 窓へ目をやれば外はもう日が暮れ、夜になろうとしていた。

「私は、そんなに長い時間眠っていたのか?」
「色々張り詰めていたものが切れたんだろう。気にすることはない」

 セロイスはカメリアの頭に手を置くと、くしゃりとカメリアの髪をなでた。
 カメリアの髪がセロイスの指の間を通っていく。
 その感覚は今まで感じたことのないようなものだった。

「……お前の髪は、ルベールと同じ色をしているんだな」
「中身はひどく対照的に育ったがな……」

 幼い頃のルベールとカメリアは、まるで双子のようだった。
 しかし外を駆け回ることが好きなカメリアとは逆に、病弱だったルベールは部屋で本を読むことが好きだった。

 そんなふたりに周囲が「これが逆だったら」とぼやいていたことをカメリアは知っている。
 ルベールの病は完治したものの、ルベールが剣を取ることは叶わなかった。

 そのことを知ったカメリアは髪を切り落とした。
 剣を振るカメリアにとって、長い髪は邪魔なものでしかなかった。
 それでも髪を伸ばしていたのは、ルベールと同じ髪を誇らしく思っていたからだ。

「髪は伸ばさないのか?」
「あぁ……」

 ルベールは髪を伸ばしているが、幼い頃に髪を切って以来、カメリアの髪は短いままだ。
 それはカメリアの心のどこかにルベールへの罪悪感にも似た思いがあるからなのかもしれない。

 カメリアが兄から剣や美しい髪を奪ったのではないか。
 似たような言葉をかけられ、そんなことを考えたことも一度や二度ではない。

 しかしルベールはそんなカメリアを可愛がり、カメリアの夢を応援してくれた。
 だからこそ、カメリアは諦めるわけにはいかないのだ。

「……もったいないな」
カメリアの髪を何気なく一房手に取ると、セロイスはつぶやいた。

「せっかく綺麗な色をしているのに」

 そう言ったセロイスの目はカメリアを映してはいないことをカメリアは気づいていた。
 セロイスのその瞳に映るのは、同じ色の髪をしたルベールの姿だ。

「……出て行ってくれ」
「急にどうしたんだ? 体調が悪いなら薬か何かを」
「いいから出て行ってくれ!」

 カメリアの叫びにセロイスは黙って部屋を後にした。
 扉の閉まる音を聞きながら、カメリアは呆然としていた。

「嘘だ」
 カメリアは胸に抱えている想いに気付いてしまった。

「まさか、私が」
 誰かに恋をするなんて。
 相手はカメリアと同じ騎士で、それに。

(兄上のことが、好きで)

 そう思った途端、カメリアの胸は強く締め付けられる。
 ドロシアが言っていた通りだと思った。
 
 ただひとつだけ違うところは、カメリアの恋はそれが恋だと知った瞬間に終わってしまったところだ。
 カメリアは自分自身に言い聞かせるようにつぶやいた。

「これでいいんだ、私は……」

*****

 そんなつぶやきを、セロイスは扉の向こうで聞いていた。
 セロイスは静かに扉から離れると、ある場所へ向かっていた。

 端から見れば普段と何も変わらないが、廊下を歩くセロイスの足取りはどこか荒いものになっている。

 しかし、そんなことにすら気付かないほどにセロイスは焦っていた。
 セロイスの脳裏をカメリアの悲しげな表情がよぎっていくとともに、セロイスの記憶の中にある一場面を呼び起こす。

「違う、こんなことは……」

 自分の胸のうちに湧き上がってくる想いを、セロイスは否定した。

 ――セロイスが想ってきた相手は、ただひとり。
 たとえ不毛であろうが、叶わないものであろうが。
 ただ、ずっとそのひとりのことを想い続けてきた。

 しかし、今、セロイスの胸を占めるのはその人ではない。
 決して叶うことのない想いに疲れてしまったのだろうか。
 だからこそ、このようなことになっているのか。
 セロイスは困惑していた。

(これでは、まるで……)

 浮んだ考えを否定するように首を横に振ると、セロイスはいつの間にか止まっていた足を進めた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

拝啓、愛しの侯爵様~行き遅れ令嬢ですが、運命の人は案外近くにいたようです~

藤原ライラ
ファンタジー
心を奪われた手紙の先には、運命の人が待っていた――  子爵令嬢のキャロラインは、両親を早くに亡くし、年の離れた弟の面倒を見ているうちにすっかり婚期を逃しつつあった。夜会でも誰からも相手にされない彼女は、新しい出会いを求めて文通を始めることに。届いた美しい字で洗練された内容の手紙に、相手はきっとうんと年上の素敵なおじ様のはずだとキャロラインは予想する。  彼とのやり取りにときめく毎日だがそれに難癖をつける者がいた。幼馴染で侯爵家の嫡男、クリストファーである。 「理想の相手なんかに巡り合えるわけないだろう。現実を見た方がいい」  四つ年下の彼はいつも辛辣で彼女には冷たい。  そんな時キャロラインは、夜会で想像した文通相手とそっくりな人物に出会ってしまう……。  文通相手の正体は一体誰なのか。そしてキャロラインの恋の行方は!? じれじれ両片思いです。 ※他サイトでも掲載しています。 イラスト:ひろ様(https://xfolio.jp/portfolio/hiro_foxtail)

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

Knight―― 純白の堕天使 ――

星蘭
ファンタジー
イリュジア王国を守るディアロ城騎士団に所属する勇ましい騎士、フィア。 容姿端麗、勇猛果敢なディアロ城城勤騎士。 彼にはある、秘密があって……―― そんな彼と仲間の絆の物語。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

僕は君を思うと吐き気がする

月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。

捨てられた王妃は情熱王子に攫われて

きぬがやあきら
恋愛
厳しい外交、敵対勢力の鎮圧――あなたと共に歩む未来の為に手を取り頑張って来て、やっと王位継承をしたと思ったら、祝賀の夜に他の女の元へ通うフィリップを目撃するエミリア。 貴方と共に国の繁栄を願って来たのに。即位が叶ったらポイなのですか?  猛烈な抗議と共に実家へ帰ると啖呵を切った直後、エミリアは隣国ヴァルデリアの王子に攫われてしまう。ヴァルデリア王子の、エドワードは影のある容姿に似合わず、強い情熱を秘めていた。私を愛しているって、本当ですか? でも、もうわたくしは誰の愛も信じたくないのです。  疑心暗鬼のエミリアに、エドワードは誠心誠意向に向き合い、愛を得ようと少しずつ寄り添う。一方でエミリアの失踪により国政が立ち行かなくなるヴォルティア王国。フィリップは自分の功績がエミリアの内助であると思い知り―― ざまあ系の物語です。

【完】瓶底メガネの聖女様

らんか
恋愛
伯爵家の娘なのに、実母亡き後、後妻とその娘がやってきてから虐げられて育ったオリビア。 傷つけられ、生死の淵に立ったその時に、前世の記憶が蘇り、それと同時に魔力が発現した。 実家から事実上追い出された形で、家を出たオリビアは、偶然出会った人達の助けを借りて、今まで奪われ続けた、自分の大切なもの取り戻そうと奮闘する。 そんな自分にいつも寄り添ってくれるのは……。

君は妾の子だから、次男がちょうどいい

月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。

処理中です...