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第四章 咲かない花
第四章 咲かない花6
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「……お言葉ですが、ロベルト様。披露の場は必要ないのでは?」
この場の空気に耐えきれなくなり、カメリアはロベルトに進言した。
「何を言っているんだい、カメリア」
カメリアに即座に異を唱えたのはルベールだった。
「紅蒼の騎士の披露は昔から続く重要な行事の一つでもあるじゃないか」
「それは承知しています。ですが」
「ルベールの言う通りだ。本来ならばもっと早くに行なうべきことが、今まで伸びていただけにすぎない」
紅蒼の騎士の披露は紅蒼の騎士が代わるたびに行なわれてきたが、カメリアとセロイスがそれぞれ紅の騎士を拝命してからは、まだ披露が行なわれていなかったのだ。
「色々あって遅くなってしまったが、紅の騎士の披露を兼ねた舞踏会は五日後に行う」
「五日後……ですか?」
それはカメリアがセロイスと交わした約束が終わる日だった。
まさか婚約者のふりが終わる日に、婚約を発表することになるとは思ってもみなかった。
「しかしロベルト様、それはあまりに急すぎるのではないでしょうか」
「めでたいことが重なったからな。お前達の正式な婚約発表も兼ねられて、ちょうどいいだろう」
そう言って笑うロベルトは、カメリアの困惑を全て見透かしているかのようだっが、カメリアはすぐにそれを否定した。
仮にロベルトがすべてを知っていたならば、わざわざカメリアをセロイスの婚約者に選ぶはずがない。
セロイスの婚約者には、もっとふさわしく似合いの女性がいる。
(見た目も中身も女らしくない、自分とは正反対の、それこそ兄上のような……)
そこでカメリアはふと我に返った。
(何を考えていたんだ、私は。これでは、まるで……)
困惑するカメリアはふいに腕を引かれた。何が起きたのかを把握する間もなく、気付いた時にはロベルトに抱き締められていた。
「ロベルト様!?」
「たまには、俺がお前を守るというのも悪くないものだな」
すぐそばでそんなロベルトのささやきが聞こえてきた。
「一体、何が……」
そんなカメリアの視界に飛び込んで来たのは、カメリアを抱き込んだロベルトをかばうように剣を手にするセロイスの姿だった。
セロイスの鋭い視線の先は先程までカメリアが立っていた場所に向けられており、そこには一本のナイフが突き刺さっていた。
「これは……」
カメリアがナイフのそばへと近付いてみれば、その先には花が刺さっていた。
ナイフに刺さっている花は椿の枝。
赤い花びらが周囲に散る様は、まるで血のようだった。
「なかなか粋なことをしてくれるな」
「何をそのようにのんきを言っておられるのですか、王子!」
感心したようにつぶやくロベルトの元に進み出たのは、騎士の一人であるワルター・リストレイだった。
ワルターは「緑の騎士」を拝命している騎士であり、主に街の警備に当たっている。
そんなワルターはカメリアをにらみつけると、続けてロベルトへと進言した。
「そのような者をそばに置いているせいで、あなたまでも危険な目に遭ったのではないですか? 御前試合に出た者として言わせていただきますが、王子に危険を与える者にその称号にふさわしくないかと」
ワルターの言葉に周囲からは賛同のざわめきが起こるとともに、カメリアへの批判が飛び交ってくる。
「たしかにワルター殿の言うとおりだ」
「それに今のは何だ? 本来守るべき相手に逆に守られるとは」
「あれでは紅の騎士の名が廃るというものだ」
カメリアは何も言えなかった。
今の行動は完全に自分に落ち度があったからだ。
(そのとおりだ……)
守るべき主に守られるなど、騎士として情けない以外の何物でもない。
カメリアは口を閉ざし、自分へと投げつけられる言葉を甘んじて受け止めていた。
しかし今だとばかりに周囲から溢れ出す批判の一つがカメリアの心を深くえぐった。
「女が騎士になれるはずがないのだ」
――女は騎士になれない。
騎士になると夢を語った時。
騎士学校への入学を断られ、兵として城に仕えることも断られた時。
そして紅の騎士を拝命した時。
それはカメリアへ何度も投げかけられてきた言葉だ。
その言葉の理不尽さに、そして自分自身が持って生まれた身体に泣いた。
しかし、それでもカメリアは剣を手離すことはできなかった。
そのかわりにカメリアが手離せるものはすべて捨てきた。
髪を短くし、男物の服を身にまとい、腰に剣を差し、女らしさとは無縁の生活を送ってきた。
――すべては騎士になるという自分の夢を叶えるため。
ただ、それだけだった。
それ以外の何もいらない、それ以外に望むものなど何もない。
(それなのに……)
何故、カメリアの望むものは手に入らないのか。
この場の空気に耐えきれなくなり、カメリアはロベルトに進言した。
「何を言っているんだい、カメリア」
カメリアに即座に異を唱えたのはルベールだった。
「紅蒼の騎士の披露は昔から続く重要な行事の一つでもあるじゃないか」
「それは承知しています。ですが」
「ルベールの言う通りだ。本来ならばもっと早くに行なうべきことが、今まで伸びていただけにすぎない」
紅蒼の騎士の披露は紅蒼の騎士が代わるたびに行なわれてきたが、カメリアとセロイスがそれぞれ紅の騎士を拝命してからは、まだ披露が行なわれていなかったのだ。
「色々あって遅くなってしまったが、紅の騎士の披露を兼ねた舞踏会は五日後に行う」
「五日後……ですか?」
それはカメリアがセロイスと交わした約束が終わる日だった。
まさか婚約者のふりが終わる日に、婚約を発表することになるとは思ってもみなかった。
「しかしロベルト様、それはあまりに急すぎるのではないでしょうか」
「めでたいことが重なったからな。お前達の正式な婚約発表も兼ねられて、ちょうどいいだろう」
そう言って笑うロベルトは、カメリアの困惑を全て見透かしているかのようだっが、カメリアはすぐにそれを否定した。
仮にロベルトがすべてを知っていたならば、わざわざカメリアをセロイスの婚約者に選ぶはずがない。
セロイスの婚約者には、もっとふさわしく似合いの女性がいる。
(見た目も中身も女らしくない、自分とは正反対の、それこそ兄上のような……)
そこでカメリアはふと我に返った。
(何を考えていたんだ、私は。これでは、まるで……)
困惑するカメリアはふいに腕を引かれた。何が起きたのかを把握する間もなく、気付いた時にはロベルトに抱き締められていた。
「ロベルト様!?」
「たまには、俺がお前を守るというのも悪くないものだな」
すぐそばでそんなロベルトのささやきが聞こえてきた。
「一体、何が……」
そんなカメリアの視界に飛び込んで来たのは、カメリアを抱き込んだロベルトをかばうように剣を手にするセロイスの姿だった。
セロイスの鋭い視線の先は先程までカメリアが立っていた場所に向けられており、そこには一本のナイフが突き刺さっていた。
「これは……」
カメリアがナイフのそばへと近付いてみれば、その先には花が刺さっていた。
ナイフに刺さっている花は椿の枝。
赤い花びらが周囲に散る様は、まるで血のようだった。
「なかなか粋なことをしてくれるな」
「何をそのようにのんきを言っておられるのですか、王子!」
感心したようにつぶやくロベルトの元に進み出たのは、騎士の一人であるワルター・リストレイだった。
ワルターは「緑の騎士」を拝命している騎士であり、主に街の警備に当たっている。
そんなワルターはカメリアをにらみつけると、続けてロベルトへと進言した。
「そのような者をそばに置いているせいで、あなたまでも危険な目に遭ったのではないですか? 御前試合に出た者として言わせていただきますが、王子に危険を与える者にその称号にふさわしくないかと」
ワルターの言葉に周囲からは賛同のざわめきが起こるとともに、カメリアへの批判が飛び交ってくる。
「たしかにワルター殿の言うとおりだ」
「それに今のは何だ? 本来守るべき相手に逆に守られるとは」
「あれでは紅の騎士の名が廃るというものだ」
カメリアは何も言えなかった。
今の行動は完全に自分に落ち度があったからだ。
(そのとおりだ……)
守るべき主に守られるなど、騎士として情けない以外の何物でもない。
カメリアは口を閉ざし、自分へと投げつけられる言葉を甘んじて受け止めていた。
しかし今だとばかりに周囲から溢れ出す批判の一つがカメリアの心を深くえぐった。
「女が騎士になれるはずがないのだ」
――女は騎士になれない。
騎士になると夢を語った時。
騎士学校への入学を断られ、兵として城に仕えることも断られた時。
そして紅の騎士を拝命した時。
それはカメリアへ何度も投げかけられてきた言葉だ。
その言葉の理不尽さに、そして自分自身が持って生まれた身体に泣いた。
しかし、それでもカメリアは剣を手離すことはできなかった。
そのかわりにカメリアが手離せるものはすべて捨てきた。
髪を短くし、男物の服を身にまとい、腰に剣を差し、女らしさとは無縁の生活を送ってきた。
――すべては騎士になるという自分の夢を叶えるため。
ただ、それだけだった。
それ以外の何もいらない、それ以外に望むものなど何もない。
(それなのに……)
何故、カメリアの望むものは手に入らないのか。
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