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しおりを挟む掌を上に向けて目を押さえた。情けないように、身体の余韻が呼吸を途切れさせる。
圭介を迎え入れて、頭の中が真っ白に爆ぜた。そうなる事を、奈恵は、奈恵の身体は求めている。
(でも……)
ついさっきまで、圭介は他の女の子とクリスマスのことを電話で話していた。その手で、その口で、奈恵に触れて、その身体で、奈恵を貫き貪った。
それでも、そうだと解っていてさえ、奈恵は圭介に触れられて自分の体から溢れる蜜を感じた。圭介に突き上げられて、血がざわめくのを感じていた。
「もう、嫌なの……」
「え?」
傍らに横臥した圭介を、奈恵は見上げた。
じっと、その目を見上げた。綺麗な切れ長の二重瞼の下のダークブラウンの目を、じっと見つめた。
奈恵に、じっと目を見つめられるのは初めてのように思う。
圭介は前から、奈恵の顔立ちは可愛らしいと思っている。小さな輪郭の中に、アンバランスなほど大きな目があって、鼻筋が通っていて、唇の形も良い。それぞれの位置も良い。
おどおどと、すぐに目を伏せてしまって、俯いて口ごもらせるような話し方をやめれば、男子にももてるようになるだろうと思っていた。
「圭ちゃん、私、嫌なの」
「何言ってんだ」
唇をほころばせて、圭介は奈恵の胸元に手を伸ばした。半ばあらわになったそこに、小さな蕾が覗いている。触れると、幽かな震えとともにその蕾が赤く膨れるのが見えた。
「好きじゃないなら、もう、止めて!」
奈恵の声は、悲鳴に似ていた。胸の蕾をついばもうとした圭介の動作が、止まる。
顔をあげて、改めて奈恵を見た。大きな目に涙を溜めて、少し喘ぎながら、それでも奈恵は圭介から目を背けようとしなかった。
「もう、やなの。……何なの?」
「何、って……」
「何なの? 私、圭ちゃんにとって、何?」
真っ直ぐに圭介の目を見たままで、奈恵は言った。
声がひどく震えていて、言葉を終えてから自分で唇を押えて、困ったような顔になる。
(……言っちゃった……)
そんな後悔に襲われている。
「だって、今日だって、昨日は公園で話そうって、言ってくれて……、すごく嬉しくて、楽しみにしてたのに、なのに、またこんな」
こんな、と奈恵はまたいつものように口ごもった。目を伏せて、語尾を消して、俯く。
「でも、クリスマスはあの人と過ごすんでしょ? ……だったら、私って何? こんなことまでしちゃってて、それなのに、何なの?」
気弱で大人しい奈恵らしからぬ、鋭い拒絶に驚いて、圭介は何も言えなくなっていた。
が、ふと、耳に触れた言葉を思い浮かべて、別の感情で何も言えなくなった。
嬉しくて、楽しみにしてた。
奈恵は、そう言った。
「何なの?」
悲しいような疑問を圭介にぶつける奈恵は、その言葉の中の意味を自覚しているのだろうか。横たわって、眉を寄せて悲しげな顔をした奈恵と向き合いながら、圭介はくすぐったく戸惑うような気持ちの中に居る。
あ、と奈恵が不意に目をそらした。
頭上に手を伸ばして、ベッドのマットとフレームの間に挟まった物を摘まみあげた。
それは、十日ほど前に圭介が奈恵に渡した白いシュシュだった。
「あった……」
手に握り締めて、奈恵が少し笑っている。良かった、と唇の中で小さく呟いている。
「奈恵、奈恵……」
腕を華奢な体に回して、力いっぱい抱きしめた。
「お前、ホント可愛い」
断れないのは奈恵が気弱なせいだし、どうせ身体を合わせてしまえば奈恵は気持ちよさそうに啼くだけで、嫌と言いながら本当は圭介を求めている。
ずっとそう考えて、圭介は奈恵の身体を抱いていた。
ふと、シュシュを奈恵に、と買ってやった時の気持ちを思う。
ひどい関係を強いているのかもしれない。本当は、断れないだけで奈恵には辛い事なのかもしれない。従兄妹だから、断れないと思っているだけかもしれない。少し、かわいそうなのかもしれない。
晴れ時々曇りの空模様のように、圭介の心にも時折きざすそんな思いが、あった。
それでも、(……ごめん)という言葉が、圭介には言えない。
圭介はベッドを下りた。
机から、携帯電話を拾って、また奈恵の傍らに戻る。
「奈恵、これ……」
受信メールの画面を開いて、圭介は奈恵に見せた。
発信人が、上条さおり、になっている。
『壮行会について』
と言うタイトルで、今はJリーグなどで活躍しているOBの選手なども来てくれる企画もある、圭介の所属するサッカー部の全国大会のための壮行会の準備についての連絡だった。
その日程が、十二月二十五日。
「俺、今レギュラーじゃないから、……マネージャーの手伝いみたいなこともしなきゃいけなくて」
奈恵は圭介に見せられている携帯の画面を、食い入るように見つめた。
そこには、事務連絡しか書かれていない。末尾に、なるべく早めに返信を、と書いてあった。受信の日付けは今日で、時間は、奈恵が駅で圭介に迎えられたくらいの頃だろう。
「電話、は……」
「返事が遅いって怒ってた。……気が短いんだ」
奈恵はまだ右手にシュシュを握ったままだ。その手元を眺めながら、圭介は携帯を閉じる。
「それ、大事?」
奈恵が無言で頷く。
「そっか」
その手を、上から圭介が撫でた。
圭介が贈った物を、大事、だと奈恵は頷いた。いつもおどおどしている奈恵だが、その頷き方はきっぱりしていた。
「奈恵、もし変なこと言ったらごめん。さおりは……、部活のマネージャーで、あいつには彼氏が居る。そいつも良い奴で、どっちも俺には大事な友達なんだ」
シュシュを握り締めた奈恵の手を撫でながら、言う。自分のそんな言葉に、ほんの少し、心の痛みを感じた。
(大事な友達……)
強いて、そう思うようにしたいのだと、圭介は自分に言い聞かせる。
「わかった?」
きょとん、としたように大きな目を見開いて、奈恵は圭介を見ている。
「好きなのは、奈恵だよ」
滑らかな口調で、圭介は言った。
(嘘じゃ、無い)
奈恵の潤んだ眼から少し目を伏せて、握りしめられた白いシュシュを見て思った。言った事に、嘘はないつもりでいる。
会話をするには退屈で、おどおどしてすぐ拗ねるような、じれったい奈恵だ。だが身体に手を伸ばす圭介を受け入れて、気持ち良さそう反応する身体は、もちろん可愛いと思っている。
そして、圭介にもらった物を大事だという気持ちも、本当に可愛いと思った。ちくん、と胸が痛むように、可愛いと思った。
奈恵の心の中では、圭介の欲求を断れないだけで、実は辛いと思っているのかもしれないが、それでも奈恵にも圭介を求める欲求もあるのだろうから構わないと、思ってばかりいた。
それでは、もう奈恵は嫌なのだ。やっと、そんなことが圭介に伝わった。
やっぱりそうか、とどこか納得するように、奈恵の小さな悲鳴が、圭介の耳にやっと届いた。
奈恵が、求めている事は、身体の気持ち良さだけではない、それをやっと圭介は認めた。
公園で話しをしようと、昨日の電話で圭介は言った。それが、すごく嬉しくて楽しみだったと奈恵は言った。
「奈恵は、可愛いよ。好きだよ」
「ほんと……?」
「疑うなよ」
軽い声で圭介が笑う。
(つまんない、って、言ってたのに?)
「何回言ったら、信じる?」
真っ赤になった奈恵の頬にキスをした。
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