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しおりを挟む総宰として公平に意見を出させるために孫八郎は黙っているが、心情的には、主戦論を唱える杉山等の肩を持っている。
(そもそも我らが奴らに許しを請うべき罪などない。我らは、賊ではない)
これまでに京都所司代として治安を守り、騒乱に対応してきたことは、全て公儀のため、正義のためだったと孫八郎は信じている。それが不意に、相手が錦の御旗を振りかざして官軍を名乗り、一方的にこちらを賊軍とした。解せない話である。
(敵わぬまでも一矢報いねば治まらぬ。殿を追い、共に戦うべきだ)
孫八郎は思った。それこそが、武士として潔い正しい道かもしれない。
そう思う一方、戦いを避けるほうが現実に即している、とも迷う。桑名に残った藩士は老人と少年ばかり。精兵達は今ごろ大坂からの脱出で四苦八苦している最中のはずだ。
(だが迷っている暇も、無い)
敵はこうしている間にも一歩一歩近づいてきている。脅威は京の方向だけではない。新政府側へ味方した尾張藩が、桑名に対し兵を差し向ける恐れもあった。西も東も、どちらから敵が来てもおかしくない状況なのだ。
藩校立教館の教授方秋山五郎治を呼び、意見を出させた。
「この事態となっては、殿を追って東下もやむを得ぬことではありましょう。しかし、それではこの城を捨てると申すか? それこそ許されまい。そもそも我らの城ではない。上様より委任の城ではないか。それこそ殿や上様の許しもなく捨て去るべきではない」
「されば秋山先生は、恭順こそ是であるというお考えか?」
「そうは申しておらん。城を開けるにも、もぬけの殻にすることはならんという意味である。城の委託の任に背く。出兵の後も、留守を守る者を残すべきであろうということだ」
定敬を追って東へ向かい兵を挙げるにしても、城の留守を守り敵の襲来に対応する者を残せば、徳川への不義理にはならないはずだという。
秋山の言葉に、東下を唱える杉山が頷いた。
「それがしが残りましょう。敵迫れば腹を切って殿と上様に謝することといたします」
彼の言葉に、恭順を唱える小寺や山本が顔を見合わせる。次いで、彼らは上席のほうに視線を流した。
城の最後を守るには、奉行の杉山では身分が足りない。家老つまりは総宰職の誰かが残り、敵に対応する必要がある。彼らの視線に籠められた色合いを、孫八郎は焦げるように感じた。
「そうなればそれがしも、城に残ることにいたす」
「何と、酒井殿」
「何か?」
「酒井殿はそちら側であったのか」
ぼそぼそと言ってから、沢が両袖を抱え込むようにして派手なくしゃみをした。
「しばらく、しばらく。酒井太夫の仰せではあるが、議はまだ東下に定まった訳ではありますまい」
家老のことを太夫とも言う。
「東下とするのならば、どの道を通って殿を追えば良い? 尾張はもはや敵地ゆえ通れぬ。海を渡る船もない」
「紀州へ、とりあえず向かうのだ。大坂から落ちのびた者達とも合流できるだろう」
いや、しばらく、されば、しかし、それゆえ、……。お互いの言葉尻に被せて、同じ論を繰り返す。
「皆、静かに」
大きな声を出したつもりだったが、響かなかった。静粛に、と二度言ったとき、間近に居た者から口を閉ざし始めた。静まりかけた頃、孫八郎はこみ上げた咳に肩を波打たせた。
「もはや敵は眼前に迫っている。小田原評定でこれ以上時を過ごせない」
孫八郎は膝を掴んでぐっと胸を開いた。
「桑名を開けるか、守るか。開とするか守とするか。いずれの道にせよ、選び取るのは一つだ。家中皆、歩を一にしていかねばなるまい。ここは――」
「ここは?」
「祖霊の御前で、神籤を引くことにいたそう」
「神籤、でござるか」
桑名の城内には、藩祖鎮国公即ち松平定綱と中興の祖たる守国公松平定信を祀る神社がある。
「祖霊のお導きで道を定めるのであれば、開あるいは守、どちらの意見を採用するにしても公平であろう」
「神籤は誰が引く?」
「それは」
「酒井殿が引くのが最も良い。皆もそう思うておろうが」
無造作に沢が答えた。反対する言葉は誰からも出ない。
ならばということで一同は城内の神社に移動した。神職の者達が驚いた顔をしたが、事情を話すと頷いて拝殿に皆を導いた。人気のなかったその場所は寒く、幽かに吐く息さえ白くなる。
一同が座した拝殿から、孫八郎は、宮司の案内で脇の控えの間のようなところに通された。
「三方に選ぶべき神籤を置いて、選び取る形でよろしかろう」
「畏まりました。用意を……」
宮司が奉書紙を、禰宜が三方を二つ置いて身支度のためにその場を去った。選択肢は二つだから紙は二枚で良いはずだが、書き損じた時のためなのか五枚ある。
孫八郎は懐の矢立を出して、一枚目の真ん中に「守」と書いた。
一辺が一尺、もう一辺が一尺五寸といった大きさの紙の中で、矢立の筆での文字はいかにも細い。見栄えにこだわっている場合でもないので、書き終えた紙を畳む。紙を縦に巻いて平らに押さえ、天地を二寸ぐらいずつ折った。習い性で、普通に文を出すときと同じような折りたたみかたにした。
とりあえず桑名に残るという選択肢を「守」とした。先ほどの話し合いでもそういう意味で「守」とそれに対する「開」という言葉を使った。開となれば皆で桑名を出て定敬を追う。守となれば桑名に残る。桑名において、城を守って戦うか、城を残すために頭を垂れるか、その議論は神籤の後だ。
守るとは何を守るのだろう。城か、故郷の土地か。
二枚目の紙を手元に置いて目を閉じた。目蓋の中に身重の妻が浮かぶ。
(多実よ……)
孫八郎は右手の指先に左手を添えてしばし温めた。手がかじかんでいる。耳の中に奥歯を噛みしめた音が聞こえる。息を吸う。冷気が胸に満ちる。手を動かさねばと思う。動かしてはならぬとも思う。また筆を執って唇を結んだ。
書いた。そしてすぐその紙を先ほどの物たちと同じ形に折る。腹の底が震えた。風邪も引いていた。戦慄でもある。うつむいて、書き上げた神籤にかからぬよう、細いため息をつく。
(罰が当たるかもしれぬが、それがどうした?)
吐息の裾が笑いに変わった。罰が当たる前に腹を切ることになるかもしれない。
戸が開いた。沢だった。孫八郎は慌てて、掌に収まる大きさにした紙を、三方に放り投げるように置いた。意図したところにきちんと載ったかどうかは、見届けていない。
「酒井殿、まだ支度が終わらぬか」
「間もなく」
「潔斎をなさいませ」
年若い禰宜が孫八郎を呼びに来た。真っ白な晒を携えている。呼ばれたのを幸いに、沢の視線を逃れて孫八郎は部屋を出て行く。風が入って袂を揺らした。
「肌の物だけでも替えましょう」
「そう、いたしましょう」
本来なら、上から下まで清浄な物に着替えるほうが良いのだろうが、急ぎの事態である。略式で済ませることとした。
肩から冷水を浴びて、全身に鳥肌が広がる。正月の風は、春の温もりにまだ遠い。
神籤を引くために孫八郎は身を清めたのである。寒さに全身が縮むようだ。かちかちと歯を鳴らしながら、用意された白い晒で身体を拭った。濡れた下帯を外し、禰宜が持ってきた新しい物を身に着ける。戻ってきた拝殿脇の部屋も、寒い。
宮司と禰宜が三方を捧げ持って出て行く。彼らは先ほどまで羽織袴姿だったが、狩衣を纏い烏帽子を被っていた。
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