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第一章
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靄の掛かった空に月のひかりが朧ににじむ。
袖口の擦れた、粗末に色あせた柿色の綿服を着た、小柄でやせた男が歩いている。
確固たる目的地はある。それでも少し、蹌踉とした足取りだ。
袴を穿き、両刀をたばさんでいる姿は武士であることを示しているが、彼にはそれも重たいものであるだろうか。それほどに、痩せていた。
懐に、百両の金。
目的の金額がいかほどかわからないために、持てる全ての金を持った。
そして一通の書状。
歩きながら涙が滂沱と流れている。
時折それを拳で拭う。
四十代も半ばのはずの、武士である。人気のない暗い夜道だからこそ、彼は泣いている。
路傍に、地蔵が居る。
小さな祠の中、片側のちぎれた赤い前垂れ。朧な月の光に黒い陰影を滲ませて、それでも地蔵は慈愛の笑みを浮かべている。子供を護る、菩薩の笑みである。
地蔵の足元に、彼は膝を落とした。
ついに地面に身体を投げ出して、拳で大地を叩きながら慟哭した。
彼は、畑野辰之助明久と言う。
婚家から、宿場に売り払われた娘を、迎えに行く。
娘の名を月子という。
一番目の娘は一子、二番目に生まれた彼女は、つぎの子ゆえに月子と名づけた。
あの男を、責められるのか。
己のしてきたことを省みれば、それは否であろう。
間違ったことをしてきたつもりはない。信念に基づき、辛苦の中でも正しい事を行うために働き続けてきた。
藩は、二十年前から執政の藤崎鎮目という男の懐にあった。彼がその仕事の内で為してきたことの大半は、いかに自らの懐を養うかと言うことであっただろう。少なくとも畑野はそう思っている。
その思想は決して平等なものではない。ある一面の者は豊かになったものの、それ以外の者は置き捨てられ、飢え続け、苦しみを深めている。その姿は正しいまつりごとを表しているものではない。
正さねばならぬ。その思いが、畑野を衝き動かし続けてきた。
かつて藩の世子の小姓として江戸に在り、様々な学問を修めた。そして若くして登用され、鋭い視線で藩政を見た。その時、彼の目に危険に映ったもの、それは台頭していた藤崎と言う男だった。
当然と言えるかもしれないが、畑野は藤崎と対立した。隠微に藤崎に対抗していた勢力はあったが、恐らく最も表面に立っていたのが少壮の畑野であっただろう。
やがて藤崎が執政になった時、畑野は何と心当たりもない失策の咎で、三百石の禄を、十二俵にまで落とされた。職も、城勤めから、国境に近い辺鄙な代官所にされた。しかも上司は藤崎の縁者であった。
迫害されたと言って良いだろう。
役の事も、禄の事も、畑野本人は剛毅に受け止め得た。
しかし、その辛苦が家族に重くのしかかり、妻の幸枝は六人目の子睦郎を生んだころから少しずつ身体を害した。それでも妻は七人目の子を畑野のために生んだ。
貧しい中で、喜びが一つもなかったわけではない。
子供には恵まれた。彼らはとても良い子に育って行った。
暮らし向きは苦しかったが、無邪気な子供の声に、家の中が少しの間は喜びに染まっていた。
正義が何だ。
地面を噛むようにうずくまって、胸の内に叫びあげる。自分がしてきた事は何だ。
苦しむ人間を減らすために、藩を壟断する自儘な男を追い落とさねばならない。彼は不正を行っている。それを糺さねばならない。
そのための証拠を集め、まとめ、ついに藩主の目に届いた。近日中に、あの藤崎という毒物は排除されるだろう。成果としては見事と言って良い。
だから、何だ。
ほんの数刻前には、その知らせでえもいえぬ誇らしさに胸を熱くしていた。
しかし、そのために身の回りで何が起きていたか。
正義を行う、と崇高な理想を掲げて奔走し、家に在っては黙って記録すべきことを綴り続けた。
収入は少なかった。生活は苦しかった。
武家の人としてあるべき姿、そのたしなみや、誠意と言う心の在り処を、畑野は子供たちに繰り返し説いた。暮らし向きが苦しくとも書物を手放すことはせず、子供たちに学ばせた。
低収入の家ならば内職が当たり前だった。今思えば、そちらにもっと力を注げばよかったのかもしれない。妻や、子らに糸繰りや機織り、そして桑葉の栽培をさせてはいたものの、畑野自身はそちらには熱心ではなかった。何しろやるべきことがあるからだ。
あの身勝手な藤崎を、藩の中枢に置いては成らない。同志たちとそう語らい、そのために畑野は働いている。
ひと月ごとに訪れる鳥越の使いに、調べた事をまとめた物をそれとわからぬように偽装して作って渡していた。その繰り返しである。
鳥越の使いは、源治という貸本屋の男である。貸本屋とは仮の姿で、本名を井川源治と言う。横目という役に付き、鳥越の下で働いている者である。江戸の生まれ育ちである彼は、物腰が軽快で、よく陽に焼けた顔をして、笑った時の白い歯が鮮やかな青年だった。
数年前までは家の中にも招き入れていたが、妻の幸枝の体が弱ってからは彼女に負担をかけまいと、外で会うようになった。
事が成ったとの知らせも、この井川にもたらされた。
「もうこのようなところに居る必要もありません。取り急ぎ、笹生様のお屋敷においで下さい」
そう言って、彼はとりあえず身の回りの始末に、と鳥越から託されたと言う金子を畑野に押し付けるように置いて行った。
今頃、畑野の家ではあのあばら家を引き払う準備をしていることだろう。
講、だと月子は言っていた。
同じ年頃の娘たちや、若い妻たちが集まって何やら話し合いや作業をするのだと言った。時に泊まりがけになる事もあると言っていた。
その講の後に月子がもたらした様々の物は、畑野家の大きな助けになった。
母の滋養にと卵を、妹のためにと古着を。そういうものを持ち寄るのだと言うような事を言っていた。そして作業の代価に多少の手当が出るのだと。
嘘、だと、畑野も妻の幸枝もすぐに気付いた。だが、その嘘を咎める術を持たなかった。
代官が金主になっている借財が、ある。その利息の払いが、少し減った。払いの減った時期と、月子が講に行った時期が重なっている。
この代官所の周辺で、若い女たちが集まる「講」といえば、それは、代官所の手附が彼女たちを連れて城下へ行き、身体を売らせる行動の隠語として扱われていた。
月子は凛とした美貌の娘だ。黒目がちな目の眦が少し上がってその風情が清げで、繊細な輪郭の中にひっそりと収まった目鼻の位置が整っていた。気立ても良く働き者で、近所でも評判の良い娘であった。
長女の一子は早くに亡くなり、月子の弟で畑野家の嫡男の太三郎は一昨年に死んだ。体はそもそも丈夫ではなかった。成長するための滋養が不足でありすぎたのか、あるときから血を吐くようになり、そして風邪をこじらせたとき、同じような症状の末娘の奈那子とともに、あっけなく逝った。その知らせは、畑野は役所の帰りに聞いた。看取ったのは、畑野の妻の幸枝と志郎と睦郎の二人の息子たちだったという。
月子が初めて講に出たのは、太三郎が初めて血を吐いた時期とも重なる。そのとき月子は、たしか十六歳ではなかっただろうか。
そうせよ、と畑野は一度でも命じた事も、頼んだ事もない。
だが、そうせざるを得ないと月子が判断したごとく、畑野家は貧しかった。一度体調を崩して寝込んだ太三郎が二度と起き上がれなくなるほどに、食餌も医薬も、何もかもが不足していた。
そう成ってしまったのは家長である畑野の責任だと言えるだろう。彼がいかに崇高な使命を帯びて働いているか、そんなことは問題ではない。その貧を補うために、月子が講に出ざるを得なくなったという結果が全てだ。
畑野は彼自身の困窮を口に出さなかった。
それは矜持でもあったかもしれない。しかしどこか、彼自身がそういう苦しみに強すぎた。苦しみも悲しみも、飢えも、それはただ一生の一部の出来事に過ぎないことだと、たいしたことではないと、受け流すことが彼には出来た。
ゆえに、同志たちには困窮を告げなかった。援助を乞わなかった。
(苦しんでいるのは己だけではない)その思いがあった。かつて三百石であったときには思いもよらぬ、低い禄の者たちの辛苦を畑野は思い知った。同じくらいの収入の者達がその苦しみの中に居るのに、おのれだけが、旧来の友の縁をたどって援助を求めるなど、畑野には卑怯に思えてならなかった。
同じように、苦しまねばならぬと思った。
彼は、そういう心の置き所を持っている。
うかつに援助を得て、困窮しているはずの畑野が生活の余裕を見せれば、代官らの不審を買うだろう。畑野と彼らのつながりを代官を通じて仇敵藤崎に万一にも悟られてはならないという気遣いも、わずかにはあった。
だが多くは、畑野自身の律儀のためだっただろう。
そのために、家族は犠牲になった。
背負いきれない重荷を、一番年かさの娘の月子に負わせた。
父母を敬愛し、弟妹を慈しみ、彼らを守ることを当然とする精神を持った月子が、畑野が置き捨て目を背けた荷を負った。
その月子に、畑野も妻の幸枝も恐らく、甘えた。
しかし。
おぼろに感じてはいた。だが、それを口に出してしまうことを、畑野は逃げていたのかもしれない。そんなことを今、自らを責める痛烈な後悔と共に思う。
あの男と。と畑野は月子の夫の川中又四郎という青年を思い浮かべる。何が違う。
月子を売り物にしてしまったという結果をもたらしたのは、畑野も月子の夫も、同様ではないか。
月子の身を汚させたと言う意味では、あの男と己は同罪であろう。あの男より長い歳月を月子と暮らしている分、そして父である分、彼より罪は深いかもしれない。
懐の書状に触れる。このような物を取るつもりはなかった。
それは離縁状である。
袖口の擦れた、粗末に色あせた柿色の綿服を着た、小柄でやせた男が歩いている。
確固たる目的地はある。それでも少し、蹌踉とした足取りだ。
袴を穿き、両刀をたばさんでいる姿は武士であることを示しているが、彼にはそれも重たいものであるだろうか。それほどに、痩せていた。
懐に、百両の金。
目的の金額がいかほどかわからないために、持てる全ての金を持った。
そして一通の書状。
歩きながら涙が滂沱と流れている。
時折それを拳で拭う。
四十代も半ばのはずの、武士である。人気のない暗い夜道だからこそ、彼は泣いている。
路傍に、地蔵が居る。
小さな祠の中、片側のちぎれた赤い前垂れ。朧な月の光に黒い陰影を滲ませて、それでも地蔵は慈愛の笑みを浮かべている。子供を護る、菩薩の笑みである。
地蔵の足元に、彼は膝を落とした。
ついに地面に身体を投げ出して、拳で大地を叩きながら慟哭した。
彼は、畑野辰之助明久と言う。
婚家から、宿場に売り払われた娘を、迎えに行く。
娘の名を月子という。
一番目の娘は一子、二番目に生まれた彼女は、つぎの子ゆえに月子と名づけた。
あの男を、責められるのか。
己のしてきたことを省みれば、それは否であろう。
間違ったことをしてきたつもりはない。信念に基づき、辛苦の中でも正しい事を行うために働き続けてきた。
藩は、二十年前から執政の藤崎鎮目という男の懐にあった。彼がその仕事の内で為してきたことの大半は、いかに自らの懐を養うかと言うことであっただろう。少なくとも畑野はそう思っている。
その思想は決して平等なものではない。ある一面の者は豊かになったものの、それ以外の者は置き捨てられ、飢え続け、苦しみを深めている。その姿は正しいまつりごとを表しているものではない。
正さねばならぬ。その思いが、畑野を衝き動かし続けてきた。
かつて藩の世子の小姓として江戸に在り、様々な学問を修めた。そして若くして登用され、鋭い視線で藩政を見た。その時、彼の目に危険に映ったもの、それは台頭していた藤崎と言う男だった。
当然と言えるかもしれないが、畑野は藤崎と対立した。隠微に藤崎に対抗していた勢力はあったが、恐らく最も表面に立っていたのが少壮の畑野であっただろう。
やがて藤崎が執政になった時、畑野は何と心当たりもない失策の咎で、三百石の禄を、十二俵にまで落とされた。職も、城勤めから、国境に近い辺鄙な代官所にされた。しかも上司は藤崎の縁者であった。
迫害されたと言って良いだろう。
役の事も、禄の事も、畑野本人は剛毅に受け止め得た。
しかし、その辛苦が家族に重くのしかかり、妻の幸枝は六人目の子睦郎を生んだころから少しずつ身体を害した。それでも妻は七人目の子を畑野のために生んだ。
貧しい中で、喜びが一つもなかったわけではない。
子供には恵まれた。彼らはとても良い子に育って行った。
暮らし向きは苦しかったが、無邪気な子供の声に、家の中が少しの間は喜びに染まっていた。
正義が何だ。
地面を噛むようにうずくまって、胸の内に叫びあげる。自分がしてきた事は何だ。
苦しむ人間を減らすために、藩を壟断する自儘な男を追い落とさねばならない。彼は不正を行っている。それを糺さねばならない。
そのための証拠を集め、まとめ、ついに藩主の目に届いた。近日中に、あの藤崎という毒物は排除されるだろう。成果としては見事と言って良い。
だから、何だ。
ほんの数刻前には、その知らせでえもいえぬ誇らしさに胸を熱くしていた。
しかし、そのために身の回りで何が起きていたか。
正義を行う、と崇高な理想を掲げて奔走し、家に在っては黙って記録すべきことを綴り続けた。
収入は少なかった。生活は苦しかった。
武家の人としてあるべき姿、そのたしなみや、誠意と言う心の在り処を、畑野は子供たちに繰り返し説いた。暮らし向きが苦しくとも書物を手放すことはせず、子供たちに学ばせた。
低収入の家ならば内職が当たり前だった。今思えば、そちらにもっと力を注げばよかったのかもしれない。妻や、子らに糸繰りや機織り、そして桑葉の栽培をさせてはいたものの、畑野自身はそちらには熱心ではなかった。何しろやるべきことがあるからだ。
あの身勝手な藤崎を、藩の中枢に置いては成らない。同志たちとそう語らい、そのために畑野は働いている。
ひと月ごとに訪れる鳥越の使いに、調べた事をまとめた物をそれとわからぬように偽装して作って渡していた。その繰り返しである。
鳥越の使いは、源治という貸本屋の男である。貸本屋とは仮の姿で、本名を井川源治と言う。横目という役に付き、鳥越の下で働いている者である。江戸の生まれ育ちである彼は、物腰が軽快で、よく陽に焼けた顔をして、笑った時の白い歯が鮮やかな青年だった。
数年前までは家の中にも招き入れていたが、妻の幸枝の体が弱ってからは彼女に負担をかけまいと、外で会うようになった。
事が成ったとの知らせも、この井川にもたらされた。
「もうこのようなところに居る必要もありません。取り急ぎ、笹生様のお屋敷においで下さい」
そう言って、彼はとりあえず身の回りの始末に、と鳥越から託されたと言う金子を畑野に押し付けるように置いて行った。
今頃、畑野の家ではあのあばら家を引き払う準備をしていることだろう。
講、だと月子は言っていた。
同じ年頃の娘たちや、若い妻たちが集まって何やら話し合いや作業をするのだと言った。時に泊まりがけになる事もあると言っていた。
その講の後に月子がもたらした様々の物は、畑野家の大きな助けになった。
母の滋養にと卵を、妹のためにと古着を。そういうものを持ち寄るのだと言うような事を言っていた。そして作業の代価に多少の手当が出るのだと。
嘘、だと、畑野も妻の幸枝もすぐに気付いた。だが、その嘘を咎める術を持たなかった。
代官が金主になっている借財が、ある。その利息の払いが、少し減った。払いの減った時期と、月子が講に行った時期が重なっている。
この代官所の周辺で、若い女たちが集まる「講」といえば、それは、代官所の手附が彼女たちを連れて城下へ行き、身体を売らせる行動の隠語として扱われていた。
月子は凛とした美貌の娘だ。黒目がちな目の眦が少し上がってその風情が清げで、繊細な輪郭の中にひっそりと収まった目鼻の位置が整っていた。気立ても良く働き者で、近所でも評判の良い娘であった。
長女の一子は早くに亡くなり、月子の弟で畑野家の嫡男の太三郎は一昨年に死んだ。体はそもそも丈夫ではなかった。成長するための滋養が不足でありすぎたのか、あるときから血を吐くようになり、そして風邪をこじらせたとき、同じような症状の末娘の奈那子とともに、あっけなく逝った。その知らせは、畑野は役所の帰りに聞いた。看取ったのは、畑野の妻の幸枝と志郎と睦郎の二人の息子たちだったという。
月子が初めて講に出たのは、太三郎が初めて血を吐いた時期とも重なる。そのとき月子は、たしか十六歳ではなかっただろうか。
そうせよ、と畑野は一度でも命じた事も、頼んだ事もない。
だが、そうせざるを得ないと月子が判断したごとく、畑野家は貧しかった。一度体調を崩して寝込んだ太三郎が二度と起き上がれなくなるほどに、食餌も医薬も、何もかもが不足していた。
そう成ってしまったのは家長である畑野の責任だと言えるだろう。彼がいかに崇高な使命を帯びて働いているか、そんなことは問題ではない。その貧を補うために、月子が講に出ざるを得なくなったという結果が全てだ。
畑野は彼自身の困窮を口に出さなかった。
それは矜持でもあったかもしれない。しかしどこか、彼自身がそういう苦しみに強すぎた。苦しみも悲しみも、飢えも、それはただ一生の一部の出来事に過ぎないことだと、たいしたことではないと、受け流すことが彼には出来た。
ゆえに、同志たちには困窮を告げなかった。援助を乞わなかった。
(苦しんでいるのは己だけではない)その思いがあった。かつて三百石であったときには思いもよらぬ、低い禄の者たちの辛苦を畑野は思い知った。同じくらいの収入の者達がその苦しみの中に居るのに、おのれだけが、旧来の友の縁をたどって援助を求めるなど、畑野には卑怯に思えてならなかった。
同じように、苦しまねばならぬと思った。
彼は、そういう心の置き所を持っている。
うかつに援助を得て、困窮しているはずの畑野が生活の余裕を見せれば、代官らの不審を買うだろう。畑野と彼らのつながりを代官を通じて仇敵藤崎に万一にも悟られてはならないという気遣いも、わずかにはあった。
だが多くは、畑野自身の律儀のためだっただろう。
そのために、家族は犠牲になった。
背負いきれない重荷を、一番年かさの娘の月子に負わせた。
父母を敬愛し、弟妹を慈しみ、彼らを守ることを当然とする精神を持った月子が、畑野が置き捨て目を背けた荷を負った。
その月子に、畑野も妻の幸枝も恐らく、甘えた。
しかし。
おぼろに感じてはいた。だが、それを口に出してしまうことを、畑野は逃げていたのかもしれない。そんなことを今、自らを責める痛烈な後悔と共に思う。
あの男と。と畑野は月子の夫の川中又四郎という青年を思い浮かべる。何が違う。
月子を売り物にしてしまったという結果をもたらしたのは、畑野も月子の夫も、同様ではないか。
月子の身を汚させたと言う意味では、あの男と己は同罪であろう。あの男より長い歳月を月子と暮らしている分、そして父である分、彼より罪は深いかもしれない。
懐の書状に触れる。このような物を取るつもりはなかった。
それは離縁状である。
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