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第三章
密 一
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贄の輿を担ぐ者たちは、「御下がり」を期待していた。
八人の、若い男達だ。
妻や許婚の居る者もあるが、それはそれだ、と言って担い手に志願した。
人一人を乗せて輿を担ぎ、山を登る役割だ。今回の贄は小柄なみなほではあったが、地面に贄を落とすようなことがあってはならない。選ばれた、屈強な青年達だった。
卯の年には、次の贄は、村長の娘の、あの上の屋敷の真由であろうかと期待があった。
しかし、その期待は外れ、上の屋敷の裏に住むみなほが贄だと聞いた。
「あの、みなほがな」
ある男は、手に茸を持ったみなほが、蓬髪をゆらゆらとさせながら、村の外れを独りとぼとぼ歩き回る姿を見たことがある。
近寄りはしない。遠くから眺めた。早く去れ、と念じながら舌打ちをした。
幽鬼のような手足をして、かつて黒であったか白であったか、解らぬほど汚いぼろを纏ったみなほを、人として、女としてなど見たことがない。声をかけようとも思わなかった。
村の要らぬ物。そう言われていた。
狂った殺人鬼の血を引く、村長の情けだけで生かされた存在。二代にわたる家族殺しの呪いの遺物。
昨夜、贄として輿に乗ったみなほは、祭礼のために着飾り、化粧を施していた。
存外に、美しいと知った。
御子ヶ池の社に贄を置いて山を下った者たちは、密かに快哉を叫んだ。
「あれならば良い」
「楽しめそうだ」
彼らが知らぬうちに、要らぬ物のみなほが十六歳の娘になったと知った。
頃合いも、良い。
朝に。
贄を迎えに行き、社から引きずり出してそのまま弄ぶつもりだった。
精霊たる龍彦様には畏敬の念がある。麓六ケ村の住人には当然に、御子ヶ池への敬虔が息づいている。社の中をその場には選ばない。
村に戻ってからでは大人達がうるさい。その場で為すのがもっとも良かろう。
「待ち切れんな」
涎でも垂さんばかりの口に卑猥な笑みを浮かべつつ、足早に、空の輿を担いで男達は山を登った。
「どういうことだ?」
「俺が知るか」
「確かに外から鍵は架かっていた」
何故、そこにみなほが居ないのだろう。
戸を開けた形跡はない。かんぬきは外から掛けてある。だが、みなほは居ない。
祭を知らぬ山賊でも迷い込んだか。
「まさか、本当に龍彦様に連れられたか?」
「……誠に居ればな」
鼻の先で冷笑を漏らしている。
幽かな地鳴りが聞こえて、皆が黙る。
「ただの、いつもの地震だろ」
「そうだな」
土地の神には敬虔にしつつも、どこかでその存在に疑いがある。どこにでも居る、普通の青年達である。
「そなたら、何をした?」
村の長老達は、担い手がみなほを死に至らしめたかと疑った。
御下がりと称して、贄を犯しているうちに命を取って捨てたのではあるまいか。
それを知られぬように、居なくなったなどと言うのでは。
「違う。嘘ではない」
「俺たちは何もしていない」
「本当にみなほは居なかったんだ!」
楽しみがあると昂ぶりながら社に行き、拍子抜けの思いをした挙げ句、村の者たちに贄の殺害を疑われた。
担い手の男達は人殺しであろうかと、村のあちこちで陰口をたたかれた。
しばらくの間は、苦々しい顔をし続けた。
しかし、みなほが姿を消したことで、誰がそれを探すだろう。
「消えたのか……」
村長の上岡工兵衛は、不審であるという暗い声をしながら、唇の下に安堵の影を見せている。
「探さねばなるまい。どこぞ、山賊にでも連れ去られたのならば、取り戻さねば」
命じながら工兵衛はあごの先を撫でていた。みなほの行方などより髭の下の吹き出物のほうがよほど気になる。
「みなほ、消えたんだって?」
「……怖いねえ。何が入り込んでたんだろう?」
「山賊なんかが住み着いてるのかな? 怖いねえ。うちの子達にも気を付けるように言わなけりゃ。ね、次の祭りじゃあ、どうなるんだろうね」
噂をしあったのも、ほんの一月か、二月だった。
半年ほど、みなほの身の回りの世話をした松江などは、大きな声じゃいえないけどさ、と前置きをして言った。
「ほっとしたよ」
みなほが帰ってきて、上の屋敷に住むとしてまた世話をしなければいけないのなら、娘がまたいじめられるかもしれない。庇ってくれた真由も、もういないのだ。
呪われたみなほなど、居なくて良いと村人は思っている。親がみなほに近寄ったために、子が辛い思いをするなど、ひどい理不尽だ。松江も、茂代も、何度もぼやいていた。
「そりゃあさ、……ありがとう、なんて言って、可愛いとこもあったけど」
「死んじまってたら、ちょっとばかり、可哀想かもしれないけどさ。ちょっとはね」
まあね、と田津の言葉に他の者たちも小さくうなずく。
それでも、みなほが居ないなら居ない方が良い。それが彼女達の結論だった。
母がみなほに触れる立場であったために、松江の子は近所の子どもにいじめられた。みなほのために子がいじめられるのだとしても、何故そうであるのか。
誰も、疑問を呈さなかった。
みなほは、霧に覆われた御殿の中に、裸体のまま横臥していた。
背に添うように、龍彦が横たわる。みなほと同じに、何も身に纏ってはいない。
「ん……」
うなじに、唇が吸い付いた。みなほのか細い声が湧く。
熱を帯びた掌がみなほの肢体を撫で上げる。汗ばんで湿った肌が、龍彦の掌に快く吸い付いていく。
もう、何夜目だろう。
龍彦の指がみなほの胸に埋まる。わずかな膨らみを歪める。指先で、蕾をやわやわと捩る。
「……ぁ」
みなほの声が、吐息を刻む。
華奢な胴を滑った龍彦の手がみなほの秘所に触れた。背中が弾む。
「快いか?」
「やぁ……」
甘い音色が唇からこぼれた。裂け目をなぞり、内側に分け入る。割り込んだ異物を、みなほの身体が締め付けた。
花弁が朝露を帯びたように、濡れる。
八人の、若い男達だ。
妻や許婚の居る者もあるが、それはそれだ、と言って担い手に志願した。
人一人を乗せて輿を担ぎ、山を登る役割だ。今回の贄は小柄なみなほではあったが、地面に贄を落とすようなことがあってはならない。選ばれた、屈強な青年達だった。
卯の年には、次の贄は、村長の娘の、あの上の屋敷の真由であろうかと期待があった。
しかし、その期待は外れ、上の屋敷の裏に住むみなほが贄だと聞いた。
「あの、みなほがな」
ある男は、手に茸を持ったみなほが、蓬髪をゆらゆらとさせながら、村の外れを独りとぼとぼ歩き回る姿を見たことがある。
近寄りはしない。遠くから眺めた。早く去れ、と念じながら舌打ちをした。
幽鬼のような手足をして、かつて黒であったか白であったか、解らぬほど汚いぼろを纏ったみなほを、人として、女としてなど見たことがない。声をかけようとも思わなかった。
村の要らぬ物。そう言われていた。
狂った殺人鬼の血を引く、村長の情けだけで生かされた存在。二代にわたる家族殺しの呪いの遺物。
昨夜、贄として輿に乗ったみなほは、祭礼のために着飾り、化粧を施していた。
存外に、美しいと知った。
御子ヶ池の社に贄を置いて山を下った者たちは、密かに快哉を叫んだ。
「あれならば良い」
「楽しめそうだ」
彼らが知らぬうちに、要らぬ物のみなほが十六歳の娘になったと知った。
頃合いも、良い。
朝に。
贄を迎えに行き、社から引きずり出してそのまま弄ぶつもりだった。
精霊たる龍彦様には畏敬の念がある。麓六ケ村の住人には当然に、御子ヶ池への敬虔が息づいている。社の中をその場には選ばない。
村に戻ってからでは大人達がうるさい。その場で為すのがもっとも良かろう。
「待ち切れんな」
涎でも垂さんばかりの口に卑猥な笑みを浮かべつつ、足早に、空の輿を担いで男達は山を登った。
「どういうことだ?」
「俺が知るか」
「確かに外から鍵は架かっていた」
何故、そこにみなほが居ないのだろう。
戸を開けた形跡はない。かんぬきは外から掛けてある。だが、みなほは居ない。
祭を知らぬ山賊でも迷い込んだか。
「まさか、本当に龍彦様に連れられたか?」
「……誠に居ればな」
鼻の先で冷笑を漏らしている。
幽かな地鳴りが聞こえて、皆が黙る。
「ただの、いつもの地震だろ」
「そうだな」
土地の神には敬虔にしつつも、どこかでその存在に疑いがある。どこにでも居る、普通の青年達である。
「そなたら、何をした?」
村の長老達は、担い手がみなほを死に至らしめたかと疑った。
御下がりと称して、贄を犯しているうちに命を取って捨てたのではあるまいか。
それを知られぬように、居なくなったなどと言うのでは。
「違う。嘘ではない」
「俺たちは何もしていない」
「本当にみなほは居なかったんだ!」
楽しみがあると昂ぶりながら社に行き、拍子抜けの思いをした挙げ句、村の者たちに贄の殺害を疑われた。
担い手の男達は人殺しであろうかと、村のあちこちで陰口をたたかれた。
しばらくの間は、苦々しい顔をし続けた。
しかし、みなほが姿を消したことで、誰がそれを探すだろう。
「消えたのか……」
村長の上岡工兵衛は、不審であるという暗い声をしながら、唇の下に安堵の影を見せている。
「探さねばなるまい。どこぞ、山賊にでも連れ去られたのならば、取り戻さねば」
命じながら工兵衛はあごの先を撫でていた。みなほの行方などより髭の下の吹き出物のほうがよほど気になる。
「みなほ、消えたんだって?」
「……怖いねえ。何が入り込んでたんだろう?」
「山賊なんかが住み着いてるのかな? 怖いねえ。うちの子達にも気を付けるように言わなけりゃ。ね、次の祭りじゃあ、どうなるんだろうね」
噂をしあったのも、ほんの一月か、二月だった。
半年ほど、みなほの身の回りの世話をした松江などは、大きな声じゃいえないけどさ、と前置きをして言った。
「ほっとしたよ」
みなほが帰ってきて、上の屋敷に住むとしてまた世話をしなければいけないのなら、娘がまたいじめられるかもしれない。庇ってくれた真由も、もういないのだ。
呪われたみなほなど、居なくて良いと村人は思っている。親がみなほに近寄ったために、子が辛い思いをするなど、ひどい理不尽だ。松江も、茂代も、何度もぼやいていた。
「そりゃあさ、……ありがとう、なんて言って、可愛いとこもあったけど」
「死んじまってたら、ちょっとばかり、可哀想かもしれないけどさ。ちょっとはね」
まあね、と田津の言葉に他の者たちも小さくうなずく。
それでも、みなほが居ないなら居ない方が良い。それが彼女達の結論だった。
母がみなほに触れる立場であったために、松江の子は近所の子どもにいじめられた。みなほのために子がいじめられるのだとしても、何故そうであるのか。
誰も、疑問を呈さなかった。
みなほは、霧に覆われた御殿の中に、裸体のまま横臥していた。
背に添うように、龍彦が横たわる。みなほと同じに、何も身に纏ってはいない。
「ん……」
うなじに、唇が吸い付いた。みなほのか細い声が湧く。
熱を帯びた掌がみなほの肢体を撫で上げる。汗ばんで湿った肌が、龍彦の掌に快く吸い付いていく。
もう、何夜目だろう。
龍彦の指がみなほの胸に埋まる。わずかな膨らみを歪める。指先で、蕾をやわやわと捩る。
「……ぁ」
みなほの声が、吐息を刻む。
華奢な胴を滑った龍彦の手がみなほの秘所に触れた。背中が弾む。
「快いか?」
「やぁ……」
甘い音色が唇からこぼれた。裂け目をなぞり、内側に分け入る。割り込んだ異物を、みなほの身体が締め付けた。
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