17 / 32
第三章
密 一
しおりを挟む
贄の輿を担ぐ者たちは、「御下がり」を期待していた。
八人の、若い男達だ。
妻や許婚の居る者もあるが、それはそれだ、と言って担い手に志願した。
人一人を乗せて輿を担ぎ、山を登る役割だ。今回の贄は小柄なみなほではあったが、地面に贄を落とすようなことがあってはならない。選ばれた、屈強な青年達だった。
卯の年には、次の贄は、村長の娘の、あの上の屋敷の真由であろうかと期待があった。
しかし、その期待は外れ、上の屋敷の裏に住むみなほが贄だと聞いた。
「あの、みなほがな」
ある男は、手に茸を持ったみなほが、蓬髪をゆらゆらとさせながら、村の外れを独りとぼとぼ歩き回る姿を見たことがある。
近寄りはしない。遠くから眺めた。早く去れ、と念じながら舌打ちをした。
幽鬼のような手足をして、かつて黒であったか白であったか、解らぬほど汚いぼろを纏ったみなほを、人として、女としてなど見たことがない。声をかけようとも思わなかった。
村の要らぬ物。そう言われていた。
狂った殺人鬼の血を引く、村長の情けだけで生かされた存在。二代にわたる家族殺しの呪いの遺物。
昨夜、贄として輿に乗ったみなほは、祭礼のために着飾り、化粧を施していた。
存外に、美しいと知った。
御子ヶ池の社に贄を置いて山を下った者たちは、密かに快哉を叫んだ。
「あれならば良い」
「楽しめそうだ」
彼らが知らぬうちに、要らぬ物のみなほが十六歳の娘になったと知った。
頃合いも、良い。
朝に。
贄を迎えに行き、社から引きずり出してそのまま弄ぶつもりだった。
精霊たる龍彦様には畏敬の念がある。麓六ケ村の住人には当然に、御子ヶ池への敬虔が息づいている。社の中をその場には選ばない。
村に戻ってからでは大人達がうるさい。その場で為すのがもっとも良かろう。
「待ち切れんな」
涎でも垂さんばかりの口に卑猥な笑みを浮かべつつ、足早に、空の輿を担いで男達は山を登った。
「どういうことだ?」
「俺が知るか」
「確かに外から鍵は架かっていた」
何故、そこにみなほが居ないのだろう。
戸を開けた形跡はない。かんぬきは外から掛けてある。だが、みなほは居ない。
祭を知らぬ山賊でも迷い込んだか。
「まさか、本当に龍彦様に連れられたか?」
「……誠に居ればな」
鼻の先で冷笑を漏らしている。
幽かな地鳴りが聞こえて、皆が黙る。
「ただの、いつもの地震だろ」
「そうだな」
土地の神には敬虔にしつつも、どこかでその存在に疑いがある。どこにでも居る、普通の青年達である。
「そなたら、何をした?」
村の長老達は、担い手がみなほを死に至らしめたかと疑った。
御下がりと称して、贄を犯しているうちに命を取って捨てたのではあるまいか。
それを知られぬように、居なくなったなどと言うのでは。
「違う。嘘ではない」
「俺たちは何もしていない」
「本当にみなほは居なかったんだ!」
楽しみがあると昂ぶりながら社に行き、拍子抜けの思いをした挙げ句、村の者たちに贄の殺害を疑われた。
担い手の男達は人殺しであろうかと、村のあちこちで陰口をたたかれた。
しばらくの間は、苦々しい顔をし続けた。
しかし、みなほが姿を消したことで、誰がそれを探すだろう。
「消えたのか……」
村長の上岡工兵衛は、不審であるという暗い声をしながら、唇の下に安堵の影を見せている。
「探さねばなるまい。どこぞ、山賊にでも連れ去られたのならば、取り戻さねば」
命じながら工兵衛はあごの先を撫でていた。みなほの行方などより髭の下の吹き出物のほうがよほど気になる。
「みなほ、消えたんだって?」
「……怖いねえ。何が入り込んでたんだろう?」
「山賊なんかが住み着いてるのかな? 怖いねえ。うちの子達にも気を付けるように言わなけりゃ。ね、次の祭りじゃあ、どうなるんだろうね」
噂をしあったのも、ほんの一月か、二月だった。
半年ほど、みなほの身の回りの世話をした松江などは、大きな声じゃいえないけどさ、と前置きをして言った。
「ほっとしたよ」
みなほが帰ってきて、上の屋敷に住むとしてまた世話をしなければいけないのなら、娘がまたいじめられるかもしれない。庇ってくれた真由も、もういないのだ。
呪われたみなほなど、居なくて良いと村人は思っている。親がみなほに近寄ったために、子が辛い思いをするなど、ひどい理不尽だ。松江も、茂代も、何度もぼやいていた。
「そりゃあさ、……ありがとう、なんて言って、可愛いとこもあったけど」
「死んじまってたら、ちょっとばかり、可哀想かもしれないけどさ。ちょっとはね」
まあね、と田津の言葉に他の者たちも小さくうなずく。
それでも、みなほが居ないなら居ない方が良い。それが彼女達の結論だった。
母がみなほに触れる立場であったために、松江の子は近所の子どもにいじめられた。みなほのために子がいじめられるのだとしても、何故そうであるのか。
誰も、疑問を呈さなかった。
みなほは、霧に覆われた御殿の中に、裸体のまま横臥していた。
背に添うように、龍彦が横たわる。みなほと同じに、何も身に纏ってはいない。
「ん……」
うなじに、唇が吸い付いた。みなほのか細い声が湧く。
熱を帯びた掌がみなほの肢体を撫で上げる。汗ばんで湿った肌が、龍彦の掌に快く吸い付いていく。
もう、何夜目だろう。
龍彦の指がみなほの胸に埋まる。わずかな膨らみを歪める。指先で、蕾をやわやわと捩る。
「……ぁ」
みなほの声が、吐息を刻む。
華奢な胴を滑った龍彦の手がみなほの秘所に触れた。背中が弾む。
「快いか?」
「やぁ……」
甘い音色が唇からこぼれた。裂け目をなぞり、内側に分け入る。割り込んだ異物を、みなほの身体が締め付けた。
花弁が朝露を帯びたように、濡れる。
八人の、若い男達だ。
妻や許婚の居る者もあるが、それはそれだ、と言って担い手に志願した。
人一人を乗せて輿を担ぎ、山を登る役割だ。今回の贄は小柄なみなほではあったが、地面に贄を落とすようなことがあってはならない。選ばれた、屈強な青年達だった。
卯の年には、次の贄は、村長の娘の、あの上の屋敷の真由であろうかと期待があった。
しかし、その期待は外れ、上の屋敷の裏に住むみなほが贄だと聞いた。
「あの、みなほがな」
ある男は、手に茸を持ったみなほが、蓬髪をゆらゆらとさせながら、村の外れを独りとぼとぼ歩き回る姿を見たことがある。
近寄りはしない。遠くから眺めた。早く去れ、と念じながら舌打ちをした。
幽鬼のような手足をして、かつて黒であったか白であったか、解らぬほど汚いぼろを纏ったみなほを、人として、女としてなど見たことがない。声をかけようとも思わなかった。
村の要らぬ物。そう言われていた。
狂った殺人鬼の血を引く、村長の情けだけで生かされた存在。二代にわたる家族殺しの呪いの遺物。
昨夜、贄として輿に乗ったみなほは、祭礼のために着飾り、化粧を施していた。
存外に、美しいと知った。
御子ヶ池の社に贄を置いて山を下った者たちは、密かに快哉を叫んだ。
「あれならば良い」
「楽しめそうだ」
彼らが知らぬうちに、要らぬ物のみなほが十六歳の娘になったと知った。
頃合いも、良い。
朝に。
贄を迎えに行き、社から引きずり出してそのまま弄ぶつもりだった。
精霊たる龍彦様には畏敬の念がある。麓六ケ村の住人には当然に、御子ヶ池への敬虔が息づいている。社の中をその場には選ばない。
村に戻ってからでは大人達がうるさい。その場で為すのがもっとも良かろう。
「待ち切れんな」
涎でも垂さんばかりの口に卑猥な笑みを浮かべつつ、足早に、空の輿を担いで男達は山を登った。
「どういうことだ?」
「俺が知るか」
「確かに外から鍵は架かっていた」
何故、そこにみなほが居ないのだろう。
戸を開けた形跡はない。かんぬきは外から掛けてある。だが、みなほは居ない。
祭を知らぬ山賊でも迷い込んだか。
「まさか、本当に龍彦様に連れられたか?」
「……誠に居ればな」
鼻の先で冷笑を漏らしている。
幽かな地鳴りが聞こえて、皆が黙る。
「ただの、いつもの地震だろ」
「そうだな」
土地の神には敬虔にしつつも、どこかでその存在に疑いがある。どこにでも居る、普通の青年達である。
「そなたら、何をした?」
村の長老達は、担い手がみなほを死に至らしめたかと疑った。
御下がりと称して、贄を犯しているうちに命を取って捨てたのではあるまいか。
それを知られぬように、居なくなったなどと言うのでは。
「違う。嘘ではない」
「俺たちは何もしていない」
「本当にみなほは居なかったんだ!」
楽しみがあると昂ぶりながら社に行き、拍子抜けの思いをした挙げ句、村の者たちに贄の殺害を疑われた。
担い手の男達は人殺しであろうかと、村のあちこちで陰口をたたかれた。
しばらくの間は、苦々しい顔をし続けた。
しかし、みなほが姿を消したことで、誰がそれを探すだろう。
「消えたのか……」
村長の上岡工兵衛は、不審であるという暗い声をしながら、唇の下に安堵の影を見せている。
「探さねばなるまい。どこぞ、山賊にでも連れ去られたのならば、取り戻さねば」
命じながら工兵衛はあごの先を撫でていた。みなほの行方などより髭の下の吹き出物のほうがよほど気になる。
「みなほ、消えたんだって?」
「……怖いねえ。何が入り込んでたんだろう?」
「山賊なんかが住み着いてるのかな? 怖いねえ。うちの子達にも気を付けるように言わなけりゃ。ね、次の祭りじゃあ、どうなるんだろうね」
噂をしあったのも、ほんの一月か、二月だった。
半年ほど、みなほの身の回りの世話をした松江などは、大きな声じゃいえないけどさ、と前置きをして言った。
「ほっとしたよ」
みなほが帰ってきて、上の屋敷に住むとしてまた世話をしなければいけないのなら、娘がまたいじめられるかもしれない。庇ってくれた真由も、もういないのだ。
呪われたみなほなど、居なくて良いと村人は思っている。親がみなほに近寄ったために、子が辛い思いをするなど、ひどい理不尽だ。松江も、茂代も、何度もぼやいていた。
「そりゃあさ、……ありがとう、なんて言って、可愛いとこもあったけど」
「死んじまってたら、ちょっとばかり、可哀想かもしれないけどさ。ちょっとはね」
まあね、と田津の言葉に他の者たちも小さくうなずく。
それでも、みなほが居ないなら居ない方が良い。それが彼女達の結論だった。
母がみなほに触れる立場であったために、松江の子は近所の子どもにいじめられた。みなほのために子がいじめられるのだとしても、何故そうであるのか。
誰も、疑問を呈さなかった。
みなほは、霧に覆われた御殿の中に、裸体のまま横臥していた。
背に添うように、龍彦が横たわる。みなほと同じに、何も身に纏ってはいない。
「ん……」
うなじに、唇が吸い付いた。みなほのか細い声が湧く。
熱を帯びた掌がみなほの肢体を撫で上げる。汗ばんで湿った肌が、龍彦の掌に快く吸い付いていく。
もう、何夜目だろう。
龍彦の指がみなほの胸に埋まる。わずかな膨らみを歪める。指先で、蕾をやわやわと捩る。
「……ぁ」
みなほの声が、吐息を刻む。
華奢な胴を滑った龍彦の手がみなほの秘所に触れた。背中が弾む。
「快いか?」
「やぁ……」
甘い音色が唇からこぼれた。裂け目をなぞり、内側に分け入る。割り込んだ異物を、みなほの身体が締め付けた。
花弁が朝露を帯びたように、濡れる。
0
お気に入りに追加
17
あなたにおすすめの小説
隠れドS上司をうっかり襲ったら、独占愛で縛られました
加地アヤメ
恋愛
商品企画部で働く三十歳の春陽は、周囲の怒涛の結婚ラッシュに財布と心を痛める日々。結婚相手どころか何年も恋人すらいない自分は、このまま一生独り身かも――と盛大に凹んでいたある日、酔った勢いでクールな上司・千木良を押し倒してしまった!? 幸か不幸か何も覚えていない春陽に、全てなかったことにしてくれた千木良。だけど、不意打ちのように甘やかしてくる彼の思わせぶりな言動に、どうしようもなく心と体が疼いてしまい……。「どうやら私は、かなり独占欲が強い、嫉妬深い男のようだよ」クールな隠れドS上司をうっかりその気にさせてしまったアラサー女子の、甘すぎる受難!
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!



淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる