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第二章
祈 七
しおりを挟む褥を爪先で噛み、身体を浮かせてみなほが大きく震えた。
その衝動に襲われるのは、幾度目だろう。みなほにはもう数えることもできない。
唇からひときわ高い媚声が迸る。花芯に沈められた龍彦の指を、みなほが甘噛みをするように締め付ける。脈動の拍子に合わせて、弛緩し、緊縮した。
龍彦の手がしとどに濡れている。
ふ、と龍彦の唇の端が上がる。茫洋と視線を惑わせて、頬を赤く染めたみなほを見下ろして、彼は微笑んだ。
「贄、祈りは終わりだ……」
「え……あ……?」
「もう堪えられぬ」
掠れたような、声だった。
朦朧とした靄の向こうで、みなほそんな声を遠く聞く。
「ちが……う……の」
龍彦に、本当のことを言ってしまいたくなった。
「私、贄じゃ、ない……」
「みなほ、何を申す?」
卯年の神籤で贄に選ばれたのは、本当はみなほではない。
真由だったはずだ。
人でない精霊ならば、神ならば、それくらいのことを見通す力は無いものなのか。
「私じゃ、なかった……の」
「……後に聞こう」
「あ、……うぁ……?」
弛緩しきったみなほの身体が強張る。
霞んだ視界の中に見た。龍彦があの赤黒く猛った物をみなほの秘所に擬している。それをそこに繋ごうとしている。恐ろしい光景に、溶けたようになった脳裏が凍り付く。全身をもって後ずさろうとした。
かぼそい腿を逃すまいと抱えた龍彦の手を、みなほが掴む。
「や! ……痛い、いた……い!」
「堪えよ」
閉ざそうとした膝で龍彦の腰を挟んだ。
みなほの上に龍彦が被さっている。指先でみなほを押し開きながら、龍彦は彼をみなほの中に導いている。
背を反らして、褥を握りながらみなほが掠れた声を上げた。
龍彦の指先に玩弄されて蜜を溶け出した道だが、未だ彼自身を押し返すように狭く硬い。
逃れようとして捩られた華奢な身体を押さえつけながら、龍彦はなおもみなほを捕えて楔で穿つ。
「いやだっ……!」
食いしばった奥歯の間から、悲鳴に似た音色が洩れた。
眉を寄せて、固く閉じた目蓋の下に涙が湧く。
「これは、快い……」
「あぅ……ぅっ」
身体の中で何かがちぎれたように痛んでいる。その痛みを龍彦が往来した。
「動か、ないで……!」
「酷い事を申すな」
ずっとこらえていたものを、と龍彦は陶然と言う。
(どうして、こんなめに遭うの……?)
苦痛と悲しさで泣く。
酷い事と龍彦は言った。酷いのはどちらだと、疼痛の中でみなほは嘆いた。
「良い、みなほ……」
美しい相貌を紅く染めながら龍彦が言う。
みなほの内に半ば沈めた彼から、彼女の湿った蠢動が伝わる。滑らかなその襞が龍彦にまとわりつき、柔らかく、そしてきつく絡みつく。陶然と快楽に酔った。
狭い坩堝の奥を追い求めたが、みなほの悲痛な声を聞いて思いとどまる。
充分だと感じている。その場に在るだけで、龍彦にみなほは快い。忙しない脈動を、その体内において、心ゆくまで聞く。十分に堪能するまで聞いて、果てた。
一筋の朱を置いた白濁が、みなほの腿を汚した。
みなほの脳裏に、美しい衣を纏って颯爽とした若殿に手を取られていった真由の姿が明滅する。
本当なら。
みなほは、贄ではなかった。神籤が引き当てたのは、真由だった。
卯年の神籤を引いたのは、真由の父だった。みなほの父はとっくに亡くなった後だ。神籤に記された名は工兵衛であり、贄になるのは、本当なら工兵衛の娘だったはずだ。
辰の年になって、急に、工兵衛がみなほを娘と言い始めた。
声もなく喘ぎながら涙を滲ませるみなほの顔に、龍彦は胸を少し疼かせる。小柄で華奢で、額の辺りなどどこかあどけない。
血塗られた己を衣の裾で拭いながら、肌を合わせたばかりのみなほが、痛々しいような、いとおしいような、そんな気分になる。
龍彦の眼下でみなほが緩慢に動いた。胎児のように身体を丸め、拳で顔を覆って嗚咽を漏らしている。
「ちがう、のに……」
泣き濡れて震える肩が、秋の夜気で冷たくなっていく。
社に入るときに纏っていたみなほの白絹の小袖を傍らから拾い、小さな身体を覆う。
龍彦はその広い胸にみなほの背中を納めるように傍らに横たわる。
「……我が、妻だ。みなほ」
これまでに聞いたことのないような濃厚な情が、違うと言い続けるみなほの胸にじわりと染みた。どこか温もりを感じた。
お前なんか。
言いつけでなければ近寄りたくなんかなかったんだ。
投げつけられた冷たい言葉たちを思い出す。
人の親切など、みなほは知らない。
上の屋敷で彼女に食事をくれたり、身を清める手伝いをしてくれていた女達は、情のような物をみなほに見せてはくれなかった。
「お前なんかのために、うちの娘は……」
そう言ったのは松江という女だった。七つになる娘が、他の子らに石を投げつけられたのだと言った。それはみなほのせいだと怒鳴った。
自分のせいだと聞いて、みなほは胸が痛んだ。どうしてやればいいのか、悩んだ。
時折、みなほに話しかけてくれる真由に、そっとそのことを告げた。
「お前は優しいんだね」
綺麗な微笑みで、真由はみなほを褒めた。褒められて、胸が温かくなったのを覚えている。
「解った。私から言ってあげる。松江の娘はそれでもう大丈夫だから心配は要らないわ」
それから三日ほどして、松江がやっと少し穏やかになった。
村の大人のほとんどの者は、忘れていない。みなほの家族にまつわる出来事を。
ただ二人の狂気であったのか。その血筋への、魑魅魍魎の呪いであったのか。
みなほの祖父は、かつて上の屋敷に住む村長だった。ある日、狂乱し妻子と郎党に斬りつけて数人を殺し、自らも死んだ。
そして、みなほの父も、みなほの家族を殺して、死んだ。藪を払う鉈で妻子の首を落とした。
祖父の狂気の血を継いだからだと、村人は畏れた。
あるいはみなほの母か兄が抗ったのか、父は致命傷以外にも傷を負っていた。家の中は血まみれだった。
そのときその場に不在だったみなほだけが、同じ血筋を持った生き残りだ。
それゆえに村の者はみなほを恐れ、厭い、忌み嫌う。
「あんな、おっかねえもんの血筋を生かしておくとは、村長も情け深いことよ」
そう言って、みなほを生かし糧を与える村長を、村人は褒めた。
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