願わくは

春想亭 桜木春緒

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序 雪の朝

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 願わくは 花の下にて……

 西行の、その歌を好きだと言っていた。
 男の琴線に触れる感覚だと思っていたが、少女の頃の彼女は、それ故に胸が痺れるように思うと言った。
 麗らかな春の日に、死を思う。
 生命の輝きに満ちた陽光の下、生命の終わりを見つめるような。
 そんな瞳で。


 築地のレストランの二階。
 窓から下を見下ろした。
「何故……?」
 赤い唇が呟いた。
 下から見上げる、端整な青年の顔。
 淡い、粉砂糖のような雪が、地面を覆っている。
 濃紺の帽子、詰め襟の上着、マントのような二重外套。
 海軍の第一種軍装に身を包んだ背の高い姿。
 何故ここに。
 足だけが、ふらりと赤い絨毯の上を移動した。

 濃い臙脂色のワンピースが、細く絞ったウエストから贅沢な量の布地を足元へ落とす。膝より少し下まで。黒い革の靴はよく磨かれて、薄い雪をぱらりとはじく。
 同じ高さに立ったその人は、少し伏せた眼差しで彼女を見た。
 白い手袋が、臙脂の布地を握る手を、取った。

 朝まで雪が降った、二月の末の、その日。
 外套も置き去りのままに、坂巻真希子《さかまきまきこ》は瀟洒な洋館を後に、その人に手を引かれるまま、走り出した。

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