Strain:Cavity

Ak!La

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Chapter 3 The [C]apable

Act15:生き残る種とは、最も強いものでも知的なものでもなく、変化に最もよく適応したものである

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「…………そう易々と差し出すと思うか」

 唸るように言ったのはオズワルドだった。やめろというルチアーノの視線を、彼は無視する。ずかずかと、ルチアーノたちの横を通り過ぎて前に出る。

「姐さんを連れて行きたいなら、おれを倒してからにしろ!」

「なるほど。あなたは有益な情報をお持ちのようです。ご同行願えますか?」

 レナートは挑発には応じず穏やかに、そう言った。ルチアーノは額を抑える。自ら関わりを開示してどうする。ここは知らぬフリをするのが筋だ。恐らくオズワルドは嘘を吐けない。真正直な男だ。

「……どうすんの」

 リアンがコソッと聞いて来る。ルチアーノはオスカルの方を見たまま後ろ手に指文字を示す。

〈俺とオズワルドでコイツらをここで食い止める。お前は先に脱出してテオドラを保護しろ〉

 えっ、という気配を感じて、ルチアーノは続ける。

〈そういうの得意だろ、お前〉

〈ルッチーはどうするわけ〉

 ルチアーノの手を使って、リアンが言葉を返して来る。

〈俺一人ならどうとでもなる〉

 オズワルド一人を囮には────出来ないだろう。瞬殺されるのが目に見えている。二人とも追われるよりは、どちらかが、いや、ルチアーノが残って保安官を無力化した方がいい。リアンを庇う余裕はない。だから先に逃がす。テオドラも先に手中に収めておくべきだ。

〈隙を見て行け。タイミングは任せる〉

 ルチアーノはリアンから離れ、保安官たちの視線を彼から外させる。

「おや。やる気満々ですね」

「大人しく捕まる訳には行かないモンでな」

 ルチアーノはそう言ってオズワルドの横で構える。それを見たレナートはやれやれと首を振る。

「……いやですね、血の気が多くて。オスカルくん、任せますね」

「あぁ? 全部俺一人にやらせるつもりか」

「あなたの敵じゃないでしょう。それに僕は野蛮なことは嫌いなので」

 オスカルはチッと舌打ちした後、レナートよりも前に出る。銃や何かを取り出す素振りはない。代わりにパキパキと指を鳴らす。

「…………最後の警告だ。痛い目見たくなきゃ投降しろ。大人しく“レディ・ペンドラ”の情報を吐け」

「誰が喋るか!」

「黙ってろお前……」

 ルチアーノの言葉も聞かず、オズワルドが先に飛び出す。オスカルへと殴りかかるがあっという間に攻撃を捌かれて腹に拳を喰らい頸に手刀を受けてばたりと地面に伏した。

「……あのバカ」

 ふと気が付くとリアンがいない。上手く逃げ出したな、と思うと同時にレナートがおや、と辺りを見回す。

「一人逃げられましたよオスカルくん」

「……見てなかったのか」

「ええ。あなたのことが心配で」

「あ?」

 オズワルドは完全に伸びている。実際、戦ってみた感じオズワルドはそう弱いわけでもない。ルチアーノには敵わなかったが、ここのボスなだけはある。……それを、一瞬で畳んだ。この保安官は強い。初めに見た時からそれは感じていたが。

「それで? あなたは逃げなかったんですか?」

「……俺はあいつほど逃げ足が早くないもんで」

「なるほど。自己犠牲という訳ですか」

「…………バカ言うな」

 レナートはニコニコとして見ているだけだ。手を出すつもりは一切無いらしい。……恐らくだが、この優男の方がもっと強い。そしてルチアーノは、彼から嫌なものを感じる。

(……苦手なタイプだ)

 とりあえず一度意識から彼を外す。殺気を放つオスカルの方へ集中する。獰猛な狂犬のような気配を感じる。迂闊に手を出せば喰い千切られる。だからルチアーノは、その足をなかなか踏み出すことが出来なかった。

「……来ないのならこちらから行くぞ」

 オスカルが動いた。一瞬で間合いを詰められる。鋭く顔目掛けて突き出された右拳を避ける。続けて振られた左腕を屈んで避けると下から潜り込んで腹へ拳を叩き込む────寸前で、脚で阻まれる。

「!」

 跳ねるように繰り出された蹴りにルチアーノは吹き飛ばされる。受け身を取って、転がりながら起き上がった。

「…………くそ」

「お前、その身のこなしは素人じゃないな」

「!」

 オスカルの眼光が鋭くなる。ルチアーノは立ち上がりながら笑う。

「……どうだかね。そこで伸びてる奴よりかは出来るつもりだが」

「なるほど。……詳しく話を聞く必要がありそうだ」

 ルチアーノは一つ深呼吸する。……アルヴァーロなら、こんな場面も難なく切り抜けるのだろうとそんな事を思う。躊躇ためらいなく、苦労なくこの二人を殺して見せるだろう。だが、ルチアーノにはそんな力はない。この七年、ルチアーノは随分と強くなったが、それでも己の未熟さを思い知る。まだまだ遠い。────だからこそ、こんな所で終われない。

 構える。そして、再びかかって来たオスカルを、ルチアーノは迎え撃った。

* * *

 見慣れたフェンスの前に立った時、異変に気が付いたテオドラはすぐにフードを深く被り直し、近くの路地へ駆け戻った。

 心臓が跳ねる。血の匂いがした。呻き声も。そこに立ち入るべきでないことは瞬時に分かった。路地の暗がりで、冷たい壁に背中をつけて深呼吸する。

(……何で……まさか私を)

 だとしたら、どうするべきなのかを考える。不安で胸がいっばいになった。ここの事は嫌いではなかった。バカしかいないが「姐さん」と呼び慕ってくる歳下と歳上の入り混じった男たちのことは少しだけ好きだった。

 そんな彼らが傷付いている。自分のせい? そう思った時に足が、溜まり場の方へ向きかける。その時、不意に肩を誰かに掴まれた。

「! きゃあ!」

「わっ、待って、ごめん、俺だ俺」

「…………?!」
 思わず叫んで手を振り払って見た先にいたのは、両手を上げたリアンだった。テオドラは怯えた目をしながら彼に言う。

「……どうして……ここで何を……」

「保安局が君を捕まえに来たんだ。今俺の仲間が引き付けてくれてる。俺と一緒に逃げよう」

「…………! オズ、オズは!?」

「彼も……君を守る為に残ってる。ほら、早く」

 リアンはテオドラの手を取る。だが彼女はその手を振り払った。

「……私のせいで皆んなが……行かなきゃ」

「! それはダメだ!」

「だって!」

 焦燥した様子の彼女を、リアンは両手で宥める。

「見ただろ。皆んな君を守る為に戦った。……かなわなかったけど……。保安局は何だってする。情報を聞き出す為に、君に酷いことをするかも。……俺たちも君を今向こうに取られると困るんだ。大丈夫、俺たちは君の安全は守るよ」

「…………代わりにオズが酷い目に遭うかも」

「! だ、大丈夫だ。ルチアーノが……多分、彼のこともなんとかしてくれる」

 そうは言ってみるが、少し不安だ。ルチアーノは冷徹だ。普通に見捨てて帰って来るかもしれない。
 テオドラは目を細め、リアンの顔を見た。

「……ルチアーノって、眼帯してた方のこと?」

「…………あ! そうか。俺たち名前言ってなかったのか、ごめん。……えーと、もう本名でいいよな。俺はリアン。でそう、あの眼帯してた方がルチアーノ。……詳しい事は安全なところに着いてから……」

「あの人、そんなお人好しに見えなかったけど」

「…………」

 リアンはぐうの音も出ない。実際、ルチアーノがオズワルドを連れて脱出して来る場面が想像出来ない。

「……ともかく、今は君の身の安全が第一だ。彼が捕まったら……どうにかする! とにかくここは一度俺を信じてくれないか」

「…………」

 テオドラは迷っている様だった。リアンに刺さる視線が痛い。リアンもテンパって上手い事が言えなかったな、と思う。そもそもこういう警戒心の強いタイプは苦手だ。

 リアンはうーん、と唸ってから意を決して強引にテオドラの手首を掴んだ。

「! ちょっと!」

「いいから来て! これからのことはこれから考えよう!」

「離して!」

 リアンの握力を、テオドラは振り解けない。リアンは心中ごめん、と言いながらつかつかと歩く。あまり乱暴なことはしたくない。でも、これで彼女に嫌われたとしても、ルチアーノに言われたことを遂行できずに彼女を手放してしまう事の方が嫌だった。

* * *

 テオドラは驚いた。強引に連れて来られたそこにいたのは、図書館で出会ったあの奇妙な男だったからだ。彼は自分の顔を見たあと、その手を引いているリアンの方を見た。

「…………説明して?」


 リアンから話を聞いたアルヴァーロは腕を組んで頷いた。リアンはその様子を伺いながらはらはらとしている。彼の感情はどこか読みづらい。

「状況は分かった……一度整理が必要なこともね」

 そう言って、アルヴァーロはテオドラの方を見て微笑んだ。

「ごめんね。何が何だか分からないでしょ」

「……図書館で会いましたよね」

「うん。さすがに覚えてるか。俺が一度君に接触したから君のことを探させたんだ。だから、君に色々迷惑をかけたのは俺のせい。ごめんね」

「…………別に、遅かれ早かれ保安官は踏み込んで来ただろうし……」

 今、自分が助かっているのはリアンのお陰だ。その犠牲は大きいが。

「何者なの。目的は保安官と一緒?」

「まぁ、似たようなものだよ。君に危害を加えるつもりはないけど。……今のところはね」

 アルヴァーロはそう言って、僅かに目を細める。テオドラは思わずどきりとした。柔和に見えた男の気配が、急に暗さを帯びた。しかしそれも一瞬で、再びアルヴァーロは優しく笑うと続ける。

「俺たちの目的は、“百足の家セントペーヤ・カーサ”の中枢の破壊だ。頭目と幹部全てを始末すること。その為に君の力がいる」

「…………本当に出来るんですか」

「出来るよ。俺たちならね」

 言い切った。テオドラはその言葉に感じる謎の説得力に息を呑む。アルヴァーロは一呼吸置くと、続ける。

「端的に言おう。俺たちは殺し屋だ。とある組織に依頼されて、“百足の家セントペーヤ・カーサ”の掃討を目的としている」

「!」

 身構えたテオドラを、アルヴァーロは手で落ち着かせる。

「下っ端については俺たちのターゲットじゃない。そこらへんは依頼者的には俺たちにお任せらしいけど……俺は正直気乗りしない」

「…………溜まり場の奴らは見逃すってこと?」

「うん、そう。殺す必要もないしね。リアンたちを近付けたのは、中枢の情報が欲しかったからだ。……元々は君に接触するためだったけどね」

 結果的に君が情報を持ってたってわけ、と肩を竦めるアルヴァーロに、テオドラは目を細める。

「……本当に、私をあの組織から解放してくれますか」

「するよ。君がそれを望むのならね」

 迷いのない返答。それが無責任な虚勢だとはテオドラは微塵も感じなかった。確固たる自信。人を殺しそうには見えないこの人が、本当に……。
 テオドラは膝の上で手を握り締める。その様子を認めたアルヴァーロは穏やかな目をして彼女に問う。

「…………まずは、君が組織に協力することになった経緯を聞いても?」

「私は……」

 嫌な記憶を掘り起こす。いくらか逡巡してから口を開いた。

「私ハッカーなの。趣味で……」

 髪の先を指でいじりながらテオドラはそう告白する。ちらりとアルヴァーロの方を見ると、彼はただ変わらぬ表情で自分の方を見ていた。思えば目の前にいるのも犯罪者だ。自らの違法行為をとがめる筋はない。

「…………それで、ある時奴らのデータベースに侵入してしまって」

 テオドラは眉をひそめ、当時のことを思い出す。

「すぐにヤバい奴らだって分かった。ログも消去したはずだったけど……ある日、通学途中で複数の男たちに連れ去られて」

 思わず自らの左腕をぎゅ、と掴む。

「眠らされて、気が付いたら狭い倉庫かどこかで縛られてて。男たちに囲まれて…………条件を出されたんです。協力するか、死ぬかの二つに一つだって。死にたくなんかなかった。だから、私は自分の能力を売り込んで……」

「……ハッキングの腕だけじゃなく、記憶力のことも?」

「そう。…………私の能力は、組織の下っ端の管理やネット上や書面残すわけにはいかない機密事項の保管に使われてます」

「じゃあつまり君は……」

 リアンが思わずテオドラを指差しながら言う。その仕草にムッとしながらもテオドラは続ける。

「保安局も躍起になって探すわけよ。私が多くのことを握ってるんだから」

「……ルチアーノの判断は正しかったわけだね。君を取られると先を越される。そして、その場合は君もただじゃ済まない」

「痛いことされる前にそんなもの吐くわよ。……まぁ、しばらく出て来られないのはそうでしょうけどね」

 ため息を吐いたテオドラは、そしてアルヴァーロの顔を見る。

「…………あなたは私をどうするの」

「そうだな、うん。君の身柄を貰い受けるよ」

「え」

 それに驚いたのはリアンだった。そんな彼をよそにアルヴァーロは続ける。

「つまり俺の助手になって欲しいってわけ。ルチアーノとリアンだけじゃ限界があるからね。その能力はとても欲しい」

「……ま、待って! 犯罪組織に嫌々従ってるコが殺し屋の手伝いしたいわけ……」

 わたわたと手を振るリアンをアルヴァーロの紫の目がチラリと見、にやりと笑う。あ、とリアンは思う。今、自分はとんでもないことをしたと気が付く。口を結んでテオドラの方を見る。

「…………アルヴァーロさん、ね」

「そうだ。俺の名前はアルヴァーロ・ビアンキ。裏社会じゃ“白の冥王”の名で通ってる」

 あちゃ、とリアンは額を抑えた。テオドラは目を細めて応える。

「……知ってます、その通り名。正体の知れない最強の殺し屋……“百足の家”の頭目も、その名を警戒してました」

「そっか」

「だから隠れてる。得体の知れない冥王を近付けないように、信頼出来る者たち以外を近付けないようにして……」

「でも俺たちは尻尾を掴んだ。……いや、触角とかかな?」

 冗談めかして笑う彼に、テオドラは眉をひそめ真剣な顔で続ける。

「…………正体を誰も知らないと言うことは、接触者を全員消しているってこと。……つまり、私が正体を知った今、残された道は…………」

 目を伏せるテオドラ。アルヴァーロはそれを慈愛に満ちたような目で見る。だがそれは同時に、遍く命を握る冥王の眼差しでもあった。

「……分かりました。協力します。私が知ってることは全部話すわ」

「そう。助かるよ」

 にっこり笑うアルヴァーロ、しかしリアンは慌てる。

「い、いいの? 俺たちについて来るってことは、もう学校にも戻れないってことで……」

「そんなの、構わないわ。あんなのいつ辞めたって構わない」

「えぇ……」

 そういや溜まり場にいたのはそんな連中ばかりだったとリアンは思い出した。

「……それで……」

「あぁ、話はルチアーノが戻ってからにしよう」

 テオドラが切り出そうとしたところで、アルヴァーロがそう言う。テオドラは不安そうな顔をする。

「けど彼、保安官とやり合ってるんでしょ」

「心配いらない、ルチアーノは俺が育てた。そう簡単に捕まりやしないよ」

 アルヴァーロの目は心底そう信じているというものだった。テオドラは信じられない、という顔をする。

「彼はちゃんと戻って来るよ」

 ね、とアルヴァーロはリアンに笑いかける。正直リアンも不安でしか無かったが──────アルヴァーロの言うことが外れたことはない。それは彼の慧眼を以て導き出された結論だ。

 アルヴァーロに同意の意を返し、リアンはただ相棒の帰りを祈ることしか出来なかった。

#15 END
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