Strain:Cavity

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Chapter 3 The [C]apable

Act14:良い評判を得る方法は、自分自身が望む姿になるよう努力することだ

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「そう。分かった」

 ルチアーノたちから報告を聞いたアルヴァーロの返答は、とてもあっさりしていた。もしかしたら怒られるかもしれないと思っていたリアンは拍子抜けする。

「……それだけ?」

「うん。………あ、そうか。よくやった、二人とも」

 そう言って笑うアルヴァーロに、リアンはルチアーノの方を見る。ルチアーノは首を縮めながら言う。

「……すみません」

「え、何で謝るの? 俺今褒めたよね?」

「潜入はするなと言われたのに……」

「あぁそのこと! そんなの全然潜入に入らないよ。俺が言ってたのは、もっと組織の深部に入り込むってことで……」

 だから怒らないよ、とアルヴァーロは言う。

「ただ……彼らの周りをうろつく時は気を付けて。保安局も同じルートを辿ってくるかもしれない」

「はい」

 彼の言う通りだ。しばらく出入りするつもりだが、接触のリスクは高くなるだろう。

「それで……その、テオドラって子。本当に協力してくれそう?」

「今のところは……何とも。でも、可能性は高いと思ってます」

「ふーん。リアンもそう思う?」

 アルヴァーロに振られて、リアンはうーんと考える。

「俺から見た印象ですけど。彼女は多分……何か事情があって組織に与してる。それも、仕方なく……。だから、俺たちが確実に“百足の家”を崩せると示せれば、きっと」

「ふむ。なるほどね。……事情か。彼女は組織に何か弱みを握られてるってところかな」

 アルヴァーロは腕組みして斜め上を見た。どうするか思案しているようだった。そこへリアンは付け足す。

「それから彼女、すごい記憶力の持ち主で……俺なんかよりずっと。俺たちの顔見ただけでメンバーじゃないってすぐバレました」

「へえ。ふーん、じゃあ、能力を買われているのか……」

「バレた上で、上には報告しないとは、言ってたんですけど」

 そう言ってからリアンは、しまったと思ってアルヴァーロの顔を伺う。しかし、彼はさして怒る様子もなく眉を上げた。

「彼女が喋ったら大変だね。動きづらくなる。まぁその辺は大丈夫だって思ったんでしょ? 二人は。俺はその判断を信じるよ」

 それは結果論だ。リアンは改めて自分たちが危ない橋を渡って来たことを感じる。……まぁ、もし彼女があの時点で組織への報告を宣言していたら、横にいたルチアーノが黙ってはいなかっただろうが。

「ともかく、このまま彼女への接触を続けてくれ」

「分かりました」

 彼は元々二人に対して激甘だが、ここまで肯定的でいてくれるとも思っていなかった。だから、むしろルチアーノは不安だった。彼からの信頼が重い。こういう自分たちでの調査は初めてだ。何をどうするのかが正解なのかは分からない。手探り故の不安。何かをしくじったら、アルヴァーロにまで迷惑をかける。

 隣のリアンを見る。情報収集は本来彼の専門だ。だが、容易に他者との関係を築く彼のやり方には多少不安がある。リスクが高すぎる。今回の場合は特にだ。どこに敵が潜んでいるか分からない。不用意な他者との接触は避けたい。

「今日はもう休みな。また明日も溜まり場に行くんだろ」

「はい」

 答えて、また物憂げに俯いたルチアーノの頭をアルヴァーロはポンポンと撫でる。

「不安?」

「………正直なところ」

「大丈夫だって。お前たちが自信を持ってないと、テオドラも俺たちを頼れないだろ? だから自信を持ちな。失敗のことは考えなくていい」

 そして、アルヴァーロはリアンの方を見る。

「お前も不安なことはあるかもしれないけど。基本的には堂々とやってくれ。本当に困ったら俺に相談すればいい。表立っては動けないけど、それくらいなら出来るからね」

「……っすね。そうします」

 そして二人の肩に手を置くと、にこりと笑った。

「さて。なんか美味いものでも作ろうか」

* * *

 男は上裸のままカーテンを開けると、朝日の眩しさに目を細めた。長めの銀髪に朝日を反射させながら、彼は暗い室内へと振り返ってベッドのふちに戻った。

 ゆさ、というその振動に、もう一人の寝ていた人物が身じろぎする。布団を引っ張って向こうを向いたその人物に、男は声をかける。

「あ、起こしましたか、すみません」

「…………」

 返答がないことにくすりと笑いながら、男はサイドテーブルに置いてあるタバコの箱に手を伸ばした。一本取り出して咥え、スーツのズボンのポケットからライターを見つけると、それで火をつけた。


 学園都市グノーシアに建つ高級マンションの上階の一室。窓からは山に囲われたこの街の様子がよく見える。大きくよく目立つのは大図書館と小中高大一貫校であるグノーシア学園の建物だった。街の中央には時計塔が聳え立つ。男は目が悪く、その文字盤を読み取ることはできなかった。代わりに部屋の時計を見て────目を細めて、今の時間を確認する。朝八時。学生たちは家を出て学校へ向かう時間だが、自分たちにはその制約はなかった。

 だが、一人で起きているのはつまらない。

「……目が覚めたなら起きてくれませんか?」

「…………いやだ、眠い」

 ぼやけた声が返って来る。布団の隙間から覗いている金髪を見て、男は体を伸ばすと手でわしゃわしゃとする。

「早く起きないとイタズラしますよ」

「やめろ」

 ばし、と手で払い除けられる。それに負けじともう一度手を伸ばした時、がしりと手首を掴まれた。そのまま手をシーツに押し付けられ、バランスを崩した男はタバコを落としそうになって左手で抑えた。

「おおっと」

「レナート! やめろって言ってんのが分かんねぇのか!」

 がばっと体を起こしたのは短い金髪の男だった。怒った髭面に銀髪の男、レナートはにへらと笑う。

「怒らないでくださいよオスカル」

「大体……誰のせいで寝不足だと思ってんだよこの変態」

「ええ~僕だけのせいですか。あなただって昨晩はめいっぱい善がってたじゃないですかぁ」

「…………うるさい! ……はぁ、ったく、お陰で目が覚めた」

 オスカルと呼ばれた男は頭を抑えた。レナートはもう一本タバコを取り出して彼に渡した。それを無言で受け取ると、オスカルは相方の顔を横目で見た。

「……毎晩お前と寝てたら体が保たん」

「寂しいこと言いますね。じゃあ今日はナシですか?」

「今日はうちに帰る。……仕事が終わったら、絶対に」

「一人じゃ仕事の疲れも癒せないですよ。それにあなた生活力ないじゃないですか。ここにいれば僕がぜーんぶしてあげるのに」

「…………今日は! 帰る」

 と、オスカルは手探りで布団の下を探す。はたと自分の上着が床に落ちているのを見つけ、拾おうとした背中をちょんちょんと指がつつく。振り向くとレナートがライターを持ってそれを指差していた。ため息交じりに受け取ろうとすると、レナートはひょいとライターを退ける。

「……何のつもりだ」

「先ほど情報屋から連絡が来てました。“梟の騎士団オウル・ナイツ”に動きがあったと」

「何?」

 唐突に、レナートの口から真面目な言葉が出てオスカルは眉をひそめた。

「近頃彼らも“百足の家セントペーヤ・カーサ”に手を焼いていましたからね。ついに殺し屋を雇ったそうです」

「殺し屋? 何者だ」

「分かりません。彼らのやりとりは複雑に暗号化されていますから……一部でも解読出来た情報屋に感謝しましょう。……恐らく目的は“百足の家セントペーヤ・カーサ”の中枢の破壊でしょう」

 レナートの笑みが深くなる。オスカルの眉間のしわも深くなった。

「……先を越されると困る」

「ええ、ええ。そうでしょう。そうなったら、我々保安局の面目が丸潰れです」


 レナート・アルモンテとオスカル・ミラネス。彼らはバディを組む保安官である。この学園都市グノーシアの平和を守るために奔走してきた。まだ若手であるが、その実力は折り紙つきだ。今の任務は“百足の家”の解体。頭目と幹部の逮捕。地下深くに潜っている奴らを引きずり出すため、二人は街を駆け巡っている。


「分からないとは言いましたが、“梟の騎士団オウル・ナイツ”も半端な相手は雇わないでしょう。いつもしたたかで、狡猾な彼らが雇う殺し屋といえば限られてくる」

 レナートはライターを手の中で転がす。オスカルは体ごとレナートの方に向き直ってあぐらをかいた。

「────例えば?」

「そうですね。色々考えられますが──── 一番最悪の可能性としては、“白の冥王”とか」

 その名前に、オスカルは血の気が引くのを感じた。

「…………冗談じゃない。伝説の殺し屋だろう。そんなのが出て来たら……」

「ええ。我々もタダでは済まないでしょう。鉢合わせたらね。何せ目撃者は存在しませんから。顔を見たら最後、我々が彼を捕えるか、殺されるかのどちらかです」

 レナートは相変わらず穏やかに笑っている。どこか楽しそうですらある相方に、オスカルはイラつく。

「お前はもっと……緊張感を持て」

「おやオスカルくん、僕の心配ですか? 大丈夫ですよ、今までだってそうだったでしょう?」

「そういう……」

「うるさいお口は塞ぎますよ。気を張ってばかりいても良いことないでしょう、何事も楽しく行かなければ」

「レナート……」

「心配性なあなたも好きですけどね」

 レナートは笑ってクイクイと指でオスカルを呼ぶ。オスカルは一つため息を吐くと、手に持っていたタバコを咥え、顔を近づけた。

 ジジ、と火が移る。離れたオスカルは、煙と共にため息を吐き出した。

「……早く例の少女を見つけないと」

「そうですね。あの鍵を奪われるわけにはいきません」

 そう言ったレナートは、ベッドの上に散らかっていたシャツを手にした。それに袖を通しながら続ける。

「多少手荒になるかもしれませんが、踏み込みますか」

「……どこへ?」

「決まってるじゃないですか」

 レナートはシャツのボタンを止めながら、三日月のような笑みを浮かべた。

「“百足の溜まり場”です」

* * *

 朝からルチアーノとリアンは例の溜まり場へと足を運んだ。学校のある日のはずだがそこそこの人数がいる。多くは大学生だが、中高生らしき少年たちも見て取れた。

「不登校不良少年て感じなんだ、ほんとに」

「偉そうなこと言えねェだろ俺たちも」

「俺たちは元から行ってないじゃん」

 手と目を広げて見せるリアンに、ルチアーノはため息を吐きながら入り口を潜った。

 門番の彼は同じ人だった。印を見せるまでもなく、手で通される。顔をしっかり覚えられている。ルチアーノの眼帯を見れば、忘れろと言う方が難しいだろうが。

 談笑している学生たちの間を抜けて、昨日のように奥の柱の方までやって来た。昨日と同じようにオズワルドが反胡座で座り、脚に肘をついてそこでうつらうつらしているのを見てルチアーノは声を掛ける。

「いつもこんな感じなのか」

「……ん? お、あぁ、お前らか」

 目を覚ましたオズワルドは、二人の姿を認めるとそう言った。

「見ての通りだよ。学校行きたくねェ奴らが集まってる。ここで待ってりゃ上から仕事が来たりするし。……聞きたくもねェ授業聞くよりその時間で金稼ぐ方が有意義だろ」

「…………来るか分からないものを待つより、確実な授業受けた方がいいと思うけどね俺は」

 リアンがそう言うと、オズワルドは肩を竦める。

「学校が好きならこんなところにいねーよ。……お前らもそうだろ?」

 そうではないが適当にルチアーノとリアンは相槌を打っておく。

「ま、中にはちゃんと学校行ってから夕方ここに来る奴もいるけど。大学生なら全休の奴もいるし……まぁまちまちってところだ。スクールライフの方は」

 はーあ、とため息を吐いて彼は後ろに手をついて姿勢を倒した。

「やめやめ。つまらない話はするな。ここには自由がある。つまらない校則とはおさらばだ! 法もおれたちを縛らない」

「普通に捕まるよ、見つかったらね」

「捕まらないために群れてる。そりゃ何人かは捕まるだろうけどな」

 リアンの言葉にオズワルドは眉を上げてそう答えた。そして眉をひそめる。

「……そういやお前ら、昨日姐さんと何話してたんだ」

「つまらない話だよ。俺たち楽しい話って苦手だからさ」

 リアンはそう言っておどけて見せる。横でルチアーノは上へぐるりと視線を巡らせながらため息を吐いた。

「“百足の家この組織”についてだ。……どんな仕事が来るのかとか……」

「そんなのおれでも答えられる。なんだ、やっぱり姐さんに近付きたかっただけか」

「…………そうとも言う。じゃあお前からも聞きたい。ここにいる人間には何の仕事が来る。それで誰が伝えに来るんだ」

 勿論テオドラからは聞いていない。オズワルドは体を起こすと膝に肘をついて答える。

「どこどこからアレを盗んで来いだの、どこどこに人が金を持ってくるからこれを持って受け取って来いだとかだよ。そんなに派手なことはやらない。来るのはいつも同じおっさんが二、三人………ここまで入って来て適当にやりたい奴を募る。仕事は早いもん勝ち。割りのいい仕事はすーぐ取り合いになる。……だから喧嘩が強いと良い仕事が取れる」

 むき、と右腕を曲げると叩いて見せるオズワルド。ルチアーノは冷ややかな目を向ける。

「……知的な都市とは思えないな」

「真面目に学校に行くならこんな所にはいない」

「金に困ってる学生が多いと聞いたが」

「あぁ。お前らもだろ?」

「いや。悪行に興味があって」

 リアンがニコニコとして答える。オズワルドは面食らったような顔をする。

「……そうか。身なりはそこそこ良いもんな。まぁ、中にはそういう奴もいる。……大抵はそう、生活費に困った学生だ。下宿を追い出されて帰る場所がない奴もいる。………おれとか」

 と、オズワルドは自らを指差した。なるほど、と二人は思う。彼がここのボスになった経緯もなんとなく想像がつく。

「次の仕事はいつ頃来る?」

「さぁ。いつ来るか分からねェんだ。だからここで皆張ってる。分かってりゃその時来ればいいだろ」

 確かにそれはそうだ、と思ったその時。何やら入り口の方が騒がしくなった。

「ほら。噂をすればだ」

 オズワルドの言葉に二人は振り向く。声が聞こえる。何やら怒号のようなものに思えるが。

「……嫌な予感がする」

 リアンはルチアーノの手を取った。彼もオズワルドも、向こうで起きている異変に気が付いたらしい。オズワルドが立ち上がる。リアンは彼の方を振り向いて、言った。

「…………逃げよう─────」

「おっと。どこへ行こうと言うんです?」

「!」

 ボロ切れで覆われたフェンスの陰から、長身の銀髪の男が姿を現した。白いスーツのその陰からさらに、彼より少し背の低い金髪の男が現れた。その手が赤く傷付いているのを見、その鋭い眼光とばちりと目が会った瞬間、無意識にルチアーノはリアンを背後に下げた。

「……一応聞くが、アレは“いつもの男”か?」

「どう見ても違うだろ!」

 オズワルドが指をさして叫ぶ。それはそうだ。見たことがなくても分かる。

 白スーツの男はジャケットの内ポケットから身分証を取り出す。

「保安局のレナート・アルモンテと申します。こちらは同じくオスカル・ミラネス。無駄に事を荒立てるつもりはありません。表の方々は少々……気が立っておられたので。正当防衛としてお許し下さい」

 マズイ、とルチアーノはリアンと目配せする。昨日は当たりくじを引いたかと思えば今日はこれだ。運が悪いにもほどがある。アルヴァーロには気を付けろと言われたばかりなのに────……。

「……保安局がここに何の用だ!」

 オズワルドが言うと、レナートは顔に張り付いたような笑みを崩さないまま答えた。

「決まっているでしょう。とある人物を捕らえに。その方が出て来て下さればあなた方に用向きはないのですが。……いないのならば代わりにあなたを連れて行きます」

 と、オズワルドの方を指差してから、それをルチアーノたちに向ける。

「……あなた方も。ご協力いただけるのなら嬉しいのですが」

 どうやら“百足の溜まり場”の一員として捉えられている。それはそうだ。元よりそう振る舞うしかない。

「……誰を捕らえに来たって?」

「“レディ・ペンドラ”です。心当たりがあるでしょう?」

「!」

 それはきっとコードネームだろう。初めて聞いたが誰のことだかは察しがついた。そして、彼女がまだその正体を掴まれていないことも彼らは察した。

「……あるという顔ですね。ご存知ならばその居場所など、教えていただけるとありがたいのですが」

 言い逃れは不可能だ。対峙する他ない。ならば、ここで取れる最善手は。

 ルチアーノはリアンの顔を見ないまま、後ろ手でちょいちょいと突いた。リアンもルチアーノの方を見ないまま小声で答える。

「……なに」

「……今から言うことをよく聞け」

 ルチアーノは腹を括った。ここで荒事を起こすこと、そして、この頼りなさげな男に一度全てを託すことを。

#14 END
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