Strain:Cavity

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Chapter 3 The [C]apable

Act13:本当の世界は想像よりも小さい

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 アルヴァーロが図書館で見た少女、テオドラを探すこと三日。図書館や彼女の通っているはずの中学を手分けして張ってみたが、見つけることは出来なかった。

「唯一の手掛かりなのに……」

「どこにいんだろね。こうも会えないとお手上げってカンジ……」

 ルチアーノとリアンはため息を吐く。街のはずれ。二人は水路の淵に腰掛けていた。穏やかに流れる水路に映る自分を見ながら、リアンはぼそりと呟く。

「……なぁルッチー」

「その呼び方やめろ」

「その子は見つけらんなかったけどさ、中学の方で百足の溜まり場の話は聞いたんだよね……」

「あ?」

 ルチアーノが振り向く。リアンと視線がぶつかると同時に、ガッと胸ぐらを掴む。

「うぉあっ?!」

「早く言えそれを!」

「だっ……だってさあ」

 襟元を直しながら、リアンは息を吐く。

「アルヴァーロさんは穏便にって言ったじゃん。そんな不良の溜まり場みたいなトコ行ったら、絡まれるに決まってるでしょ?」

「だが手掛かりだ。殺し屋として接触しなきゃいいんだろ。……仲間のフリして近付くか」

「あぁ。ルッチーは行けそうだ。でも俺ちゃん、不良にしては可愛いからな」

「どういう意味だてめぇ」

「そういうとこ……」

 隻眼に睨まれ、リアンは縮こまる。

「なんか…………仲間の印があるらしい。百足のマークを体のどこかに入れるとか……身につけるとか……それで仲間だって識別してるんだって」

「カラーギャング的なことか。ふーん。それなら簡単そうだな」

「学生たちはほとんど身につけてるってよ。学校では外せるから」

 なるほど、とルチアーノは考える。

「……アルヴァーロさんは潜入は避けて欲しいって言ってたが」

「虎穴に入らずんば虎子を得ず、だ。チンピラ共に関わりに行くくらいなら問題ないだろ」

「そうだな。行こう」

「あぁ」

 すっくと立ち上がったルチアーノに続いて、リアンも立ち上がる。二人同時に歩き出し、その場を後にした。

 * * *

 街の外へ続く道路の高架下。蔦の絡まったフェンスに穴が開き、その奥で見るからに不良の少年たちが屯している。中高生が多い印象だが少し歳上の─────リアンやルチアーノくらいの者も見受けられた。

「……ちょっと怖いね」

「何言ってんだ。ガキのチンピラを恐れる必要ねェだろ」

「…………それもそうか」

 言われてみればそうだ。普段相手にしている連中を思えば可愛いものかもしれない。だが、やはり怖いものは怖い。

 そんなリアンをよそに、ルチアーノは堂々と入り口に近付いていく。入ろうとしたところで、そのすぐ横に立っていた青年に止められる。

「おいおいちょっと待て。仲間の印を見せな」

 黙ってルチアーノは左手の甲を見せた。リアンも後ろで右手の甲を見せる。ペイントされた百足のマークを見て、青年は頷いた。

「よし。いいぞ。……見ない顔だな、新入りか」

「あぁ。最近入ったんだが、ここの噂を聞いてな」

「そうか。じゃあボスに挨拶してけよ」

「ボス?」

 まさかここで本命に? とルチアーノはピリリとしたが、次の言葉でその緊張を緩めた。

「俺たちのまとめ役さ。この縄張りのボスだ」

「……なるほど」

 つまり不良少年たちのボスだ。組織的には下っ端に変わりない。だが情報は何か得られるかもしれない。穏便に事を進めるためにも、挨拶は必要だろう。

「分かった」

「ボスは奥の柱の間にいるぜ。……お前ら大学生か? ボスはここで一番の歳上だから、失礼のないようにな」

 そう言う彼も大学生に見えた。この辺りの年齢は見た目では判別しづらいが、物言いからして彼もこの中では歳上の方なのだろう。

「ありがとう。……おい行くぞ」

「あ、うん」

 リアンはルチアーノについて行く。門番の青年に軽く会釈をして、小走りでルチアーノに追いつくと耳打ちする。

「………演技上手いじゃん」

「堂々としてろ。コソコソしてると怪しまれる」

 少年少女たちの間を抜けて行く。二人にチラチラ視線が集まるのを感じる。小さなコミュニティでは、新顔は目立つのだろう。特にルチアーノの眼帯が注目を集めているように思えた。

 やがて柱の間にタイヤが積んであるのが見えた。その上に男が一人、片膝を立てて座っている。やたら派手な上着を羽織った彼は、無精髭を生やした明らかに30代近い男だった。タイヤの上でうつらうつらしている。あまり威厳は感じられない。

「…………あんたがボスか」

 ルチアーノが声を掛けると、男はぱちりと目を覚ました。顔を上げ、じとりとした目が二人を捉えるしばらくして、その口が開いた。

「あ~……新入りか。ようこそ」

「ルキウスだ。こっちはライアン」

 あらかじめ用意していた偽名で自己紹介する。ライアンことリアンは後ろで小さく頭を下げる。

「おれはここを取り仕切るオズワルドってもんだ。……まーここはゴミ溜めみたいなモンだからよ、気楽にしてけ」

 オズワルドは眠そうにしながらそう言った。そして二人を指差す。

「……お前らいくつだ」

「……25と22だ」

「そう。まーそうだろうと思ったが歳下だな。敬語使えよ歳下」

「あのう、一つ聞いても良いっすか?」

 こそ、とリアンが手を挙げる。ん、とオズワルドは片目で返事する。

「テオドラって子はここに?」

 その名を聞いた途端、オズワルドの眠そうな目がカッと開いた。タイヤに乗せていた片足を下ろして、両膝に手をつき前のめりになる。

「……姐さんに何の用だ」

「姐さん?」

「新入りが、姐さんの名を軽々しく呼ぶんじゃねェよ」

 あれ、と不穏な空気にリアンはルチアーノを見る。気付くと囲まれている。その辺で屯していた少年たちが自分たちを取り囲んでいる。

「……下がってろ」

「言っても下がる場所ないよ」

 ルチアーノの言葉にリアンはそう言って縮こまる。ルチアーノは一つため息を吐くと、オズワルドに向かって言う。

「彼女はここに来るのか?」

「教える筋合いはねェ。どうしても聞きたいって言うのなら……このおれを倒してからにしな!」

 バサ、とオズワルドは上着を脱ぎ捨てて立ち上がる。なるほど、それなら分かりやすい。

「俺が勝てば教えてくれるんだな」

「おいおい……穏便にって言ったじゃんか……」

「こんなのガキの喧嘩だろ。大したことない。これは取引だ。むしろ穏便ってもんだ」

「ええ……」

 いつの間にか周りにギャラリーが出来上がっている。周りの少年たちには手を出す気はないようだった。リアンはそう思って少し下がる。

 オズワルドはバキバキと指を鳴らしながら言う。

「敬語使えって言ってんだろがガキ」

「あんたがいくつか知らないが、そう変わらないだろ」

「おれは27だ!」

「……そう変わんねーじゃねェか」

「学生生活じゃ、歳の差一つはでけえんだよ!」

 そんなことは知らない。なぜならルチアーノもリアンも学校には行っていないからだ。

 (つか学生かよ、27で)

 浪人か留年か。というか25のルチアーノ自身も、傍目から見ればそうである。

「おら、構えろ。喧嘩の仕方は知ってるか」

「あんたよりは知ってるよ」

「新入りが生意気な! 目にもの見せてやる!」

 小物らしいセリフを吐くなとルチアーノは冷静に思う。拳を握りしめて走って来たオズワルドを、ルチアーノは呆れ顔で迎え撃った。

 * * *

「ぐぞ……」

「まだやるか? それじゃ戦えねェだろ」

 鼻血を抑えて地面に這いつくばっているオズワルドに、ルチアーノはハァ、とため息を吐いた。

「口ほどにもねェな」

「あの新入り何だ、強ェ」

「ボスが手も足も出ねェなんて……」

 ギャラリーが騒ついているのを見て、リアンは顔を抑えた。手加減はしていたが容赦がない。完全に鼻を折る気で(二重の意味で)いた。

「それじゃ、テオドラについて教えてもらおうか」

 ルチアーノは屈んでオズワルドの顔を覗き込む。その様子はどう見てもカタギの人間ではない。リアンはもうどうにでもなれと思う。


「テオドラ姐さんは……滅多にここには来ません」

 正座したオズワルドが、タイヤの上に腕組みして座ったルチアーノにそう話し始める。リアンはルチアーノの横で見事に逆転したこの状況を見て、小さくなっているオズワルドに同情する。

「……あいつ15かそこらだろ。何で姐さんだなんて呼んでる」

「姐さんに年齢なんて関係ないスよ! だって姐さんは……学生ながらボス……あぁおれじゃなくて、組織の上に関わってるすげー人なんスから!」

「!」

 驚いた二人の顔を見て、オズワルドは首を傾げる。

「……知ってて会いに来たんじゃ?」

「…………あんたがそんな熱狂的なことに驚いただけだ」

 当たりくじだ。アルヴァーロの豪運に感謝する。あとは彼女に会えれば駒は進められる。

「姐さんは素敵な人なんだ……優しくて……賢くて……美しくて……いい匂いで」

「ここ女いないもんな」

「そうなんだよ! 泥臭いこの沼地に咲いた可憐な花さ!」

 唾が飛ぶ勢いで捲し立てるオズワルド。ルチアーノは上半身を引く。

「そんな我らが花にいきなり会いたいだなんて……新入りのくせに……」

「あ?」

「何でもないです……」

 一つ咳払いをし、オズワルドは続ける。

「姐さんは……ほとんどは図書館にいる。おれたちは迷惑かけたくねェから寄り付かねえけど、大体そこに行けば会えると思うスけどね」

「それなら行ってみたが、会えなかったぞ」

「行ったのか……熱心だな……」

 ふむ、とルチアーノは首を傾げる。

「ここにも来てないんだな?」

「しばらくは。……多分スけど、上に呼ばれてんじゃないスかね……」

 アルヴァーロが図書館を訪れた時にはそこにいた。そしてここ三日リアンとルチアーノが張っていたが会えなかった。つまりあの日を境に姿を消していることになる。

「姐さんは上に呼ばれるとしばらく動けないんで……まぁその内ひょっこり顔出すっスよ」

「……そうか」

 それにしても随分と慕われているようだった。一方的に持ち上げられているのなら、わざわざここに顔を出す必要もない。だが、彼女がここに顔を出したのが先だろう。写真で見た印象では、群れるタイプじゃないと感じた。それなのに、彼女がここに顔を出す理由は何なのか。

 と、その時足音が近付いてきたのにルチアーノは気がついた。顔を上げるより先にリアンが肩をとんとんと叩いてくる。

「……引きがいいね随分と」

「!」

 そこには黒いパーカーを着たテオドラがいた。フードを被り、肩には大きめの鞄がかかっている。彼女はイヤホンを外しながら、目を細める。

「オズあんた……何してんの」

「! あ! あぁ姐さん!」

 慌てた様子でオズワルドは立ち上がる。テオドラは首を傾げながら、そして彼が普段座っている場所にいる見慣れぬ顔へ視線を向けた。

「…………誰」

「ね、姐さんに用があるとかで……新入りなんスけど」
 それを訊いたテオドラは怪訝な顔をし─────そしてフードを取るとルチアーノに言った。

「……いいわ。場所を変えましょ」

 * * *

「……あなたたち、メンバーじゃないわね」

「!」

 高架下を出て少しした路地。唐突に彼女がそう言った。

「……何でそう思う」

 ルチアーノは冷静にそう訊き返した。テオドラは腕を組み、二人を睨みつける。

。追加のリストにもね」

「……まさか全員覚えてるの?」

「当然でしょ」

 はぁ、とリアンは感心する。自分も記憶力は良い方だが、あれだけの量の情報を、見ただけでは覚えられない。

「………まさかのお前の上位互換か」

「うるさいな」

 自分で思うのは良いが、人に言われると腹が立つ。

「コツがあるのよ、覚えるのには……。それで。なりすましてまで私に会いに来るなんて、何の用」

「嬢ちゃん度胸あんね。用向きの分からない謎の男二人と、たった一人で路地で対面しようだなんてさ」

「私を始末するなら、ここに来るまでにいつだって出来たでしょう。オズにだってあなた達は勝てる。あそこにいる全員を始末することだってできる。でも、そうしなかった。あなたたちは私のことをほとんど知らないし、私のことを知りたかっただけ。違う?」

「ご推察の通りですが……」

 それにしたって肝が座っている。自分なら真っ先に逃げ出すなとリアンはそう思いながら苦笑していると、テオドラは僅かに俯く。

「……そ。少しは期待したのにね」

「え?」

「それで何。私忙しいの。用は手短に頼むわ」

「…………幹部と繋がりがあると聞いたが」

 ぼそりと呟いた彼女の言葉の真意は気になるが、ルチアーノはそう端的に切り出した。

「オズから聞いたの? ええそうよ。…取り継いで欲しいっていうのなら、聞けないけど」

「というか、君は幹部じゃないの?」

 リアンが言うと、テオドラはフンと鼻で笑う。

「私が? 冗談じゃない。こき使われてるだけよ。能力を買われてね。私には何の権限もない。上からの指示を、あのバカたちに伝えるだけ」

「……能力。能力ねぇ」

 ふーん、とリアンは腕を組む。

「あまり強そうには見えないけど」

「…………力ばかりのバカな男らしい発想ね」

「辛辣……」

「頭の方だろ。……お前と同じで」

 ルチアーノが横目でリアンを見てそう言う。そう言えば自分もそっちかとリアンは納得する。そう言えばオズワルドがテオドラのことを「賢い人だ」と褒めていた。

「記憶力……だけじゃなさそうだな」

「そこまで話す義理はないでしょ。……あんたたち、一体何が知りたいの」

 そう訊かれると困る。どこまで明かすものか、とルチアーノとリアンは顔を見合わせる。

「………その、組織のこと、好き、ですか?」

「はあ?」

「あぁいや……変な質問だな。なんか、あんまり組織への協力に積極的じゃなさそうだなと思って……」

 リアンは頬を掻きながらちらりとルチアーノの方を見る。呆れられるかと思っていたが、存外ルチアーノは気付きを得たような顔で続けた。

「大概の学生は、金に困窮して“百足の家”に雇われてると聞いたが……お前もそうなのか?」

「……別に。まぁ確かに払いはいいけどね」

 テオドラはそう言いながら目を逸らす。何か別の事情があるらしいことは分かった。そして、テオドラはピクリと眉を動かすとハッとしたようにルチアーノの方を見た。

「…………あんたたちまさか……保安局じゃ」

「違う。俺たちもどちらかと言えば保安局に出会うとマズい方だ」

「じゃあ、何」

「“百足の家セントペーヤ・カーサ”の、上の連中に興味がある。それだけだ。知ってることがあったら教えて欲しい」

「ちょ……それはどストレート過ぎるでしょ……」

 ルチアーノの堂々とした物言いに、リアンはどきりとする。そんなことを言っては警戒されるに決まっている。オロオロするリアンをよそに、テオドラはフンと笑う。

「……そんなこと、知ってどうするの。どうにも出来やしないわ。……あなたたちのこと、黙っててあげるから手を引きなさい。いいこと」

「どうにかして欲しいのか」

「え?」

「俺にはそう聞こえる」

 ルチアーノは腕を組み、そして隻眼を細めた。

「俺たちは“百足の家”をどうにかしたいし、そしてそれが出来る。……テオドラ、お前の協力があればな」
「……何言ってるの」

「もし、その気があって……お前が組織を裏切る度胸があるのなら、お前が知ってること全てを話せ。お前の身の安全と、組織の解体を約束する」

「…………」

 テオドラは迷っているようだった。目の前の男たちの真意を探っている。少なくとも直ちに跳ね除ける気配はなかった。

「…………少し、時間をちょうだい」

 それは十分な答えだった。ルチアーノは頷く。

「いいだろう。……今日から数日溜まり場へ顔を出す。どうするか決めたら、声をかけろ」

 行くぞ、とルチアーノはリアンに言うと踵を返す。リアンはテオドラに視線を残しながら、その後を追う。

「……あの子が俺らのこと上に喋ったらどうする?」

「そうはならない。きっとな」

「何でそう思うわけ?」

 リアンの問いに、ルチアーノは彼の方を見ないまま答えた。

「黙っててやると言った。……そんで、彼女は組織からの解放を望んでる」

「あぁ、それは……そうかも。俺もそう思う。目の前に藁が流れて来て、掴もうか悩んでる感じ……」

「その藁が、藁じゃなくて丸太だってことを示してやらなきゃならない」

「…………丸太じゃなくてイカダぐらいじゃないとダメかもね」

「同じことだ。それに、アルヴァーロさんなら大船だろ。……ともかく、あいつの信頼をまずは勝ち取る。いいな」

「うん、そうだね。……アルヴァーロさんを引っ張り出してくるわけ?」

「場合によってはな。とりあえず報告に戻るぞ」

「だねー……まぁ、今日は十分な収穫だったんじゃない」

 リアンはついて回って立って喋っただけだがなんだかどっと疲れた気がする。

 路地が茜色に染まる中、二人はそして帰路につくのだった。

 #13 END
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