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Chapter 3 The [C]apable
Act12:魂の探求のない生活は、人間にとって生きがいのないものである
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静かな空間に、キーボードを叩く音が響く。隣で携帯を弄っている今日名を知ったばかりの同級生を横目に、彼女はその名前を画面の中に見つけ、横に書かれたFの字をCに書き換える。
「……出来たわよ」
「まじ? ありがとー! これで落第しなくて済むよ~」
「こんなこと頼むくらいなら勉強しなさい。簡単でしょ」
「出来たら苦労しないよ。ありがとねー、テオちゃん。じゃあこれ」
彼女が手渡して来るのは金だ。子供の小遣い程度の少額。テオドラはそれを黙って受け取り、制服のポケットに突っ込んだ。
「毎度。……先生に言わないでよ」
「言うわけないじゃん! 学生の間じゃ有名だけどね。それじゃ」
上品なポニーテールを揺らしながら立ち去る同級生を見送りながら、テオドラは大きなため息を吐いてノートパソコンを閉じた。
「…………くだんな」
学園都市グノーシア。首都ウィスタリアから電車で一時間ほど、切り拓かれた盆地に造られたこの街には多くの学術機関が揃う。このグノーシア大図書館もその一つだ。四方を山に囲まれたこの地は、さながら知恵の要塞のようだった。
テオドラ・パレンシアは、この街の外から来た。幼い頃から“天才”と呼ばれた彼女は、あれよあれよという間に親の意向で中学からこの街の学校に入れられた。グノーシア学園、その中等部。
この国でも特に優秀な学校。上がりたての頃は、少しは期待した。これで、下らない低レベルな同級生から免れられる。……と思ったのも束の間。一年の一学期。体育以外最高評価が並んだ自身の成績表を見て、大はしゃぎする同級生に辟易とした。
勉強は苦でもないが好きでもない。他人が見つけた知識をただ教えられても感動を覚えない。へぇ、とそれだけ。だからほとんど授業も出ない。自分で教科書をペラペラと読んで終わり。それで事足りた。
それよりも、テオドラは自分で考えて作る機械いじりが好きだった。
でも、それすらも今はそんなに好きではなかった。
PCについての知識を自身で蓄えて行くうちに、テオドラはやがてハッキングを覚えた。強固なセキュリティで護られたものを自力で突破するのは、なかなかに面白かった。……あの事件が起こるまでは。
マナーモードにしていた携帯が鳴る。チラリと画面を見て、着信の相手に眉根を寄せる。図書館では電話に出られない。仕方ない、一度出るかと席を立った。
その瞬間、後ろにいた誰かとぶつかった。
「⁈」
「おわ、あぁ、ごめんね。怪我はない?」
壁にぶつかったのかと思った。それから全く気配を感じていなかったのでテオドラは訳が分からないまま、机に手をついたまま声のした方を見上げた。
短い白い髪の壮年の男だった。紫の瞳が心配そうにこちらを見ている。
「……大丈夫?」
「…………すみません」
テオドラは軽く頭を下げた。彼は安心したように笑うと、言った。
「こちらこそ、俺の不注意だったよ。怪我がなくて良かった」
「お客様」
向こうから司書らしき女性が男を呼ぶ。男は振り向くと応えた。
「あぁ、今行くよ」
行かなきゃ、と微笑んで男は立ち去って行く。その姿の違和感にテオドラは気付く。……足音がしない。歴史ある図書館だ。床板は歩けば軋むはずなのに、その音すらしない。
不思議だな、と思いながら彼女は電話のことを思い出して、ノートパソコンを抱えると足早に出口を目指した。
* * *
「お待ちしておりました、“白の冥王”様」
エレベーターの扉が開くなり、目の前で恭しく頭を下げる眼鏡の男に、アルヴァーロは片眉を上げた。
「まさか本当に図書館の地下に、こんな所があるなんてね……」
本棚に隠されていたエレベーターを降りると、そこは黒い壁に黄色い照明で照らされた地下空間だった。
「ええ。初代団長がこのグノーシア大図書館の初代館長と繋がりがあったようでして、このような場所に。さ、ここでは何です、奥へ参りましょう」
そしてエレベーターに残っている司書に男は優しげな顔で言う。
「案内ご苦労、後は私が引き継ぎます。通常の職務に戻りなさい」
司書はぺこりと頭を下げ、エレベーターの扉が閉まる。それを確認した男はアルヴァーロを見上げながら廊下の奥へと手で促した。歩きながら、アルヴァーロは彼に問う。
「……他にも図書館の職員に団員が?」
「ええ、全てがそうという訳ではありませんが。我々“梟の騎士団”の団員は、至るところに潜んでおります。拠点であるこの図書館が一番多いですがね」
やがて一つの扉に辿り着き、それを開くと応接間らしい空間が広がっていた。男は先に黒い革のソファの前に行くと、対面にアルヴァーロを促した。
「…………では、改めまして。ご足労頂きまして感謝いたします、“白の冥王”様。私はこの“梟の騎士団”の副団長、フリオと申します」
「……団長ではないんですね」
「ええ。それはご容赦下さい。我らは秘密結社ですので、如何なるお客人であろうと団長はその姿を現せないのです」
恐らくフリオという名も本名ではないのだろう、とアルヴァーロは思った。コードネームか何かなのだろう。若き秘密結社の副団長は、そうして頭を下げた後に座った。アルヴァーロも着席する。アルヴァーロは部屋を見渡しながら、口を開く。
「一つだけ質問をしても?」
「ええ、どうぞ」
フリオは頷いた。アルヴァーロは手を組んで、問う。
「“梟の騎士団”は……どういった組織なんです?」
そうですね、とフリオは笑みを浮かべながら思い返すように斜め上へ視線を向ける。
「我々の歴史は古く、数百年に及びます。名の通り、昔は本当に騎士団だったと聞きます。今のこの姿は、騎士が歴史から消えたその頃、その当時の有志たちが集まり、自警団として設立されたものが引き継がれた形にございます。我々の役割は、この学園都市グノーシアの秩序を護ること。その為には後ろ暗いこともいたします。貴方をお呼びしたように」
フリオは手でアルヴァーロを指す。にこやかな笑み。言葉とは裏腹に、フリオの笑顔には暗さが一切なかった。
「それでは本題に入りましょう。今回貴方に掃討して頂きたいのはこちらの組織です」
フリオは小さなカードを取り出して、机の上に置いた。白い紙にムカデのマークが描かれている。
「“百足の家”、と呼ばれている組織です。こちらはそのシンボル。詐欺に殺しに、薬物売買、そして強奪。何でもやる犯罪組織です」
「それはまた」
「半グレのような表立った構成員もいますが、そんなものは下っ端です。貴方に頼みたいのはその頭を潰すこと、中枢たる者たちの掃討でございます」
ふむ、とアルヴァーロは組織のマークを手に取った。ムカデは“C”を描いているようだった。
「人数は?」
「分かりません」
「分からない?」
「はい。何せその正体も何も、我々には掴めていないのです」
アルヴァーロはマークを投げ捨てそうになる。おい、という顔でフリオを見る。
「ですが、貴方にはそう難しいことではないはずだ」
「…………」
アルヴァーロは目を細める。カードを指に挟み、上げる。
「……これ、貰っても?」
「ええ。どうぞ」
言われて、アルヴァーロはムカデのマークをポケットにしまった。
「“百足の家”は、その名の様に切っても切っても滅びません。表に出ているのはいずれも末端の者たちですので。末端の者たちを捕らえても、頭がどんな顔をしているのか知らないと言います」
「…………」
「なので……中枢のことは掴めませんが、末端の者たちの情報ならばいくらかお渡し出来ます」
ソファの下の収納から、紙の束が出て来る。ずらりとそこに顔写真が並んでいた。その写真群を見て、アルヴァーロは眉をひそめる。
「……学生証」
「ええ。その写真です。学校に潜伏している団員たちから集めたものです。“百足の家”の末端の者たちの多くは、このグノーシアの学校に通う学生たちです。一人暮らしで困窮している学生も少なくありません。奴らはそこにつけ込んで、末端の者として取り入れているのです」
「…………学校側は何してる」
「数が多過ぎて処理し切れないようです。ほとんどの者は、その事を上手く隠していますし……」
資料の束をス、とアルヴァーロの方へ差し出してフリオは仄かな笑みを湛えたまま続ける。
「この学生たちをどうするかは、お任せいたします。“白の冥王”」
「…………」
未来あるこの大勢の学生たちを生かすも殺すも好きにしろと、フリオはそう言っている。アルヴァーロは目を伏せる。
「……分かりました。依頼は受けます」
「本当ですか、良かったです」
「ただ、時間を下さい。すぐには出来ません」
「ええ、ええ。掃討して頂けるならばいくらでもお待ちします。協力出来ることはいたしますし……いつでもご連絡ください」
と、そう言って渡されたのは細くて小さい金属の笛だった。
「……これは……?」
「それを吹くと我々の梟が参ります。言伝を足の管に入れて、送って下さい。返信は一日以内に差し上げます」
「…………変わった連絡方法だな……」
「秘密結社ですので」
本当にそれで上手く行くのか。最初の連絡はメールだったというのに。……恐らく飛ばし携帯だろうが。
「あぁ、あとそれから……一つ忠告を」
「……なんです」
思わずアルヴァーロが声を潜めると、フリオも顔を寄せ、片手を口の横に当てて声を潜めた。
「この案件、保安局が出張ってくる可能性があります。お気をつけて」
「─────……」
アルヴァーロは心の中で大きなため息を吐き、額を抑えた。
* * *
「─────という訳で、今回はかなり大掛かりな仕事になる」
グノーシアの街の一角、今回の滞在に借りた一軒家。アルヴァーロはリビングにルチアーノとリアンを集めていた。
「……調査必須かあ」
リアンはソファにもたれかかる。後ろの窓枠に頭をぶつけてイテ、と漏らす。
「問題はどこから攻めるかだ。お前たち、学生として潜り込めないか」
「……無理でしょーさすがに」
「いくつだと思ってんですか俺たち」
リアンが加入してから四年。ルチアーノは25歳、リアンは22歳になった。アルヴァーロはもう45だ。だがまだまだ衰えはしない。
「大学生ならいけない?」
「俺はまぁいいけどさ。そんなことしなくたって普通に聞き込みすればいいじゃんすか。ね? ルッチー」
「誰がルッチーだ。情報収集はお前の役目だろ。しかし参りましたね。リストは貰ったとは言え……」
「これすごいね。俺には集められないや、こんなの」
ルチアーノが学生のリストをめくるのを、隣でリアンが見ている。完全に仲良くなったわけではないが、だいぶ距離は縮んだなとアルヴァーロは思う。
「お前、これ全部覚えられるか」
「えー、関わりもせずに覚えるのはな……誰か目星つけて行った方がいいよ」
「こいつらはどうするんです?」
ルチアーノが聞いてくるので、アルヴァーロはうーんと考える。
「殺さないよ。末端をいくら殺しても仕方ないからね。どちらかと言うと被害者だろうし……。だから……殺し屋として接触はしないで。出来れば穏便にね」
「……やっぱり潜入が手っ取り早いすかね?」
リアンが言う。アルヴァーロはさらにうーんと唸る。
「それも避けたいな……組織自体にはあまり深入りしない方がいい」
「何でです」
「…………保安局が“百足の家”の捜査をしているらしい」
「!」
ルチアーノとリアンはハッとする。……ハッとしたあと、リアンの眉は段々落ちてくる。
「……そうだとやばいんですか?」
「俺はマークされてるからね。顔は割れてないけど……。出来るだけ接触は避けたいところだ」
「じゃあ……」
「うん。俺は調査には関われない」
頷くアルヴァーロに、リアンはさらに眉を下げる。
「それっていつもっすよね」
「うん、まぁそれはそうだ。で、お前たちも保安局との接触は避けて欲しい」
「避けろって言ったって、会いたくて会うもんでもないでしょ?」
「変に逃げても怪しまれるしな……」
唸るルチアーノに、アルヴァーロは表情を緩める。
「まぁ、気を付けてくれればいいよ。どうしようもない時はどうしようもないからね」
「んな適当な」
「とりあえず、今ある手札はこれだけだ。なんとか尻尾を……ん?」
「どうしたんです?」
リストを巡る途中で、アルヴァーロは手を止めた。一枚の写真に見覚えがあった。
「……この子……どこかで」
「知ってる顔が?」
「いや……うーん……あ! そうか」
黒髪の少女。対照的な黄色い瞳が印象的だった。
「今日図書館でぶつかった子だ」
「え? アルヴァーロさんが?」
「ものが落ちるより先に支えるアルヴァーロさんが?」
「…………俺を何だと思ってるわけ……」
ため息を吐いてから、それもそうだと思う。……気を抜いていたのか。自分らしくないと思う。
「……よし、じゃあ二人とも、この子の顔覚えて」
写真を指差しながら、二人に見せる。ルチアーノは写真を凝視し、リアンはにやりとした。
「へー、かわいーじゃん」
「……ったくお前は……真面目にやれ」
二人の視線を確認し、アルヴァーロは笑った。
「よし。じゃあまずはこの子からだ。いいね」
#12 END
「……出来たわよ」
「まじ? ありがとー! これで落第しなくて済むよ~」
「こんなこと頼むくらいなら勉強しなさい。簡単でしょ」
「出来たら苦労しないよ。ありがとねー、テオちゃん。じゃあこれ」
彼女が手渡して来るのは金だ。子供の小遣い程度の少額。テオドラはそれを黙って受け取り、制服のポケットに突っ込んだ。
「毎度。……先生に言わないでよ」
「言うわけないじゃん! 学生の間じゃ有名だけどね。それじゃ」
上品なポニーテールを揺らしながら立ち去る同級生を見送りながら、テオドラは大きなため息を吐いてノートパソコンを閉じた。
「…………くだんな」
学園都市グノーシア。首都ウィスタリアから電車で一時間ほど、切り拓かれた盆地に造られたこの街には多くの学術機関が揃う。このグノーシア大図書館もその一つだ。四方を山に囲まれたこの地は、さながら知恵の要塞のようだった。
テオドラ・パレンシアは、この街の外から来た。幼い頃から“天才”と呼ばれた彼女は、あれよあれよという間に親の意向で中学からこの街の学校に入れられた。グノーシア学園、その中等部。
この国でも特に優秀な学校。上がりたての頃は、少しは期待した。これで、下らない低レベルな同級生から免れられる。……と思ったのも束の間。一年の一学期。体育以外最高評価が並んだ自身の成績表を見て、大はしゃぎする同級生に辟易とした。
勉強は苦でもないが好きでもない。他人が見つけた知識をただ教えられても感動を覚えない。へぇ、とそれだけ。だからほとんど授業も出ない。自分で教科書をペラペラと読んで終わり。それで事足りた。
それよりも、テオドラは自分で考えて作る機械いじりが好きだった。
でも、それすらも今はそんなに好きではなかった。
PCについての知識を自身で蓄えて行くうちに、テオドラはやがてハッキングを覚えた。強固なセキュリティで護られたものを自力で突破するのは、なかなかに面白かった。……あの事件が起こるまでは。
マナーモードにしていた携帯が鳴る。チラリと画面を見て、着信の相手に眉根を寄せる。図書館では電話に出られない。仕方ない、一度出るかと席を立った。
その瞬間、後ろにいた誰かとぶつかった。
「⁈」
「おわ、あぁ、ごめんね。怪我はない?」
壁にぶつかったのかと思った。それから全く気配を感じていなかったのでテオドラは訳が分からないまま、机に手をついたまま声のした方を見上げた。
短い白い髪の壮年の男だった。紫の瞳が心配そうにこちらを見ている。
「……大丈夫?」
「…………すみません」
テオドラは軽く頭を下げた。彼は安心したように笑うと、言った。
「こちらこそ、俺の不注意だったよ。怪我がなくて良かった」
「お客様」
向こうから司書らしき女性が男を呼ぶ。男は振り向くと応えた。
「あぁ、今行くよ」
行かなきゃ、と微笑んで男は立ち去って行く。その姿の違和感にテオドラは気付く。……足音がしない。歴史ある図書館だ。床板は歩けば軋むはずなのに、その音すらしない。
不思議だな、と思いながら彼女は電話のことを思い出して、ノートパソコンを抱えると足早に出口を目指した。
* * *
「お待ちしておりました、“白の冥王”様」
エレベーターの扉が開くなり、目の前で恭しく頭を下げる眼鏡の男に、アルヴァーロは片眉を上げた。
「まさか本当に図書館の地下に、こんな所があるなんてね……」
本棚に隠されていたエレベーターを降りると、そこは黒い壁に黄色い照明で照らされた地下空間だった。
「ええ。初代団長がこのグノーシア大図書館の初代館長と繋がりがあったようでして、このような場所に。さ、ここでは何です、奥へ参りましょう」
そしてエレベーターに残っている司書に男は優しげな顔で言う。
「案内ご苦労、後は私が引き継ぎます。通常の職務に戻りなさい」
司書はぺこりと頭を下げ、エレベーターの扉が閉まる。それを確認した男はアルヴァーロを見上げながら廊下の奥へと手で促した。歩きながら、アルヴァーロは彼に問う。
「……他にも図書館の職員に団員が?」
「ええ、全てがそうという訳ではありませんが。我々“梟の騎士団”の団員は、至るところに潜んでおります。拠点であるこの図書館が一番多いですがね」
やがて一つの扉に辿り着き、それを開くと応接間らしい空間が広がっていた。男は先に黒い革のソファの前に行くと、対面にアルヴァーロを促した。
「…………では、改めまして。ご足労頂きまして感謝いたします、“白の冥王”様。私はこの“梟の騎士団”の副団長、フリオと申します」
「……団長ではないんですね」
「ええ。それはご容赦下さい。我らは秘密結社ですので、如何なるお客人であろうと団長はその姿を現せないのです」
恐らくフリオという名も本名ではないのだろう、とアルヴァーロは思った。コードネームか何かなのだろう。若き秘密結社の副団長は、そうして頭を下げた後に座った。アルヴァーロも着席する。アルヴァーロは部屋を見渡しながら、口を開く。
「一つだけ質問をしても?」
「ええ、どうぞ」
フリオは頷いた。アルヴァーロは手を組んで、問う。
「“梟の騎士団”は……どういった組織なんです?」
そうですね、とフリオは笑みを浮かべながら思い返すように斜め上へ視線を向ける。
「我々の歴史は古く、数百年に及びます。名の通り、昔は本当に騎士団だったと聞きます。今のこの姿は、騎士が歴史から消えたその頃、その当時の有志たちが集まり、自警団として設立されたものが引き継がれた形にございます。我々の役割は、この学園都市グノーシアの秩序を護ること。その為には後ろ暗いこともいたします。貴方をお呼びしたように」
フリオは手でアルヴァーロを指す。にこやかな笑み。言葉とは裏腹に、フリオの笑顔には暗さが一切なかった。
「それでは本題に入りましょう。今回貴方に掃討して頂きたいのはこちらの組織です」
フリオは小さなカードを取り出して、机の上に置いた。白い紙にムカデのマークが描かれている。
「“百足の家”、と呼ばれている組織です。こちらはそのシンボル。詐欺に殺しに、薬物売買、そして強奪。何でもやる犯罪組織です」
「それはまた」
「半グレのような表立った構成員もいますが、そんなものは下っ端です。貴方に頼みたいのはその頭を潰すこと、中枢たる者たちの掃討でございます」
ふむ、とアルヴァーロは組織のマークを手に取った。ムカデは“C”を描いているようだった。
「人数は?」
「分かりません」
「分からない?」
「はい。何せその正体も何も、我々には掴めていないのです」
アルヴァーロはマークを投げ捨てそうになる。おい、という顔でフリオを見る。
「ですが、貴方にはそう難しいことではないはずだ」
「…………」
アルヴァーロは目を細める。カードを指に挟み、上げる。
「……これ、貰っても?」
「ええ。どうぞ」
言われて、アルヴァーロはムカデのマークをポケットにしまった。
「“百足の家”は、その名の様に切っても切っても滅びません。表に出ているのはいずれも末端の者たちですので。末端の者たちを捕らえても、頭がどんな顔をしているのか知らないと言います」
「…………」
「なので……中枢のことは掴めませんが、末端の者たちの情報ならばいくらかお渡し出来ます」
ソファの下の収納から、紙の束が出て来る。ずらりとそこに顔写真が並んでいた。その写真群を見て、アルヴァーロは眉をひそめる。
「……学生証」
「ええ。その写真です。学校に潜伏している団員たちから集めたものです。“百足の家”の末端の者たちの多くは、このグノーシアの学校に通う学生たちです。一人暮らしで困窮している学生も少なくありません。奴らはそこにつけ込んで、末端の者として取り入れているのです」
「…………学校側は何してる」
「数が多過ぎて処理し切れないようです。ほとんどの者は、その事を上手く隠していますし……」
資料の束をス、とアルヴァーロの方へ差し出してフリオは仄かな笑みを湛えたまま続ける。
「この学生たちをどうするかは、お任せいたします。“白の冥王”」
「…………」
未来あるこの大勢の学生たちを生かすも殺すも好きにしろと、フリオはそう言っている。アルヴァーロは目を伏せる。
「……分かりました。依頼は受けます」
「本当ですか、良かったです」
「ただ、時間を下さい。すぐには出来ません」
「ええ、ええ。掃討して頂けるならばいくらでもお待ちします。協力出来ることはいたしますし……いつでもご連絡ください」
と、そう言って渡されたのは細くて小さい金属の笛だった。
「……これは……?」
「それを吹くと我々の梟が参ります。言伝を足の管に入れて、送って下さい。返信は一日以内に差し上げます」
「…………変わった連絡方法だな……」
「秘密結社ですので」
本当にそれで上手く行くのか。最初の連絡はメールだったというのに。……恐らく飛ばし携帯だろうが。
「あぁ、あとそれから……一つ忠告を」
「……なんです」
思わずアルヴァーロが声を潜めると、フリオも顔を寄せ、片手を口の横に当てて声を潜めた。
「この案件、保安局が出張ってくる可能性があります。お気をつけて」
「─────……」
アルヴァーロは心の中で大きなため息を吐き、額を抑えた。
* * *
「─────という訳で、今回はかなり大掛かりな仕事になる」
グノーシアの街の一角、今回の滞在に借りた一軒家。アルヴァーロはリビングにルチアーノとリアンを集めていた。
「……調査必須かあ」
リアンはソファにもたれかかる。後ろの窓枠に頭をぶつけてイテ、と漏らす。
「問題はどこから攻めるかだ。お前たち、学生として潜り込めないか」
「……無理でしょーさすがに」
「いくつだと思ってんですか俺たち」
リアンが加入してから四年。ルチアーノは25歳、リアンは22歳になった。アルヴァーロはもう45だ。だがまだまだ衰えはしない。
「大学生ならいけない?」
「俺はまぁいいけどさ。そんなことしなくたって普通に聞き込みすればいいじゃんすか。ね? ルッチー」
「誰がルッチーだ。情報収集はお前の役目だろ。しかし参りましたね。リストは貰ったとは言え……」
「これすごいね。俺には集められないや、こんなの」
ルチアーノが学生のリストをめくるのを、隣でリアンが見ている。完全に仲良くなったわけではないが、だいぶ距離は縮んだなとアルヴァーロは思う。
「お前、これ全部覚えられるか」
「えー、関わりもせずに覚えるのはな……誰か目星つけて行った方がいいよ」
「こいつらはどうするんです?」
ルチアーノが聞いてくるので、アルヴァーロはうーんと考える。
「殺さないよ。末端をいくら殺しても仕方ないからね。どちらかと言うと被害者だろうし……。だから……殺し屋として接触はしないで。出来れば穏便にね」
「……やっぱり潜入が手っ取り早いすかね?」
リアンが言う。アルヴァーロはさらにうーんと唸る。
「それも避けたいな……組織自体にはあまり深入りしない方がいい」
「何でです」
「…………保安局が“百足の家”の捜査をしているらしい」
「!」
ルチアーノとリアンはハッとする。……ハッとしたあと、リアンの眉は段々落ちてくる。
「……そうだとやばいんですか?」
「俺はマークされてるからね。顔は割れてないけど……。出来るだけ接触は避けたいところだ」
「じゃあ……」
「うん。俺は調査には関われない」
頷くアルヴァーロに、リアンはさらに眉を下げる。
「それっていつもっすよね」
「うん、まぁそれはそうだ。で、お前たちも保安局との接触は避けて欲しい」
「避けろって言ったって、会いたくて会うもんでもないでしょ?」
「変に逃げても怪しまれるしな……」
唸るルチアーノに、アルヴァーロは表情を緩める。
「まぁ、気を付けてくれればいいよ。どうしようもない時はどうしようもないからね」
「んな適当な」
「とりあえず、今ある手札はこれだけだ。なんとか尻尾を……ん?」
「どうしたんです?」
リストを巡る途中で、アルヴァーロは手を止めた。一枚の写真に見覚えがあった。
「……この子……どこかで」
「知ってる顔が?」
「いや……うーん……あ! そうか」
黒髪の少女。対照的な黄色い瞳が印象的だった。
「今日図書館でぶつかった子だ」
「え? アルヴァーロさんが?」
「ものが落ちるより先に支えるアルヴァーロさんが?」
「…………俺を何だと思ってるわけ……」
ため息を吐いてから、それもそうだと思う。……気を抜いていたのか。自分らしくないと思う。
「……よし、じゃあ二人とも、この子の顔覚えて」
写真を指差しながら、二人に見せる。ルチアーノは写真を凝視し、リアンはにやりとした。
「へー、かわいーじゃん」
「……ったくお前は……真面目にやれ」
二人の視線を確認し、アルヴァーロは笑った。
「よし。じゃあまずはこの子からだ。いいね」
#12 END
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ヒップホップと決別してしまったその男がディスをこよなく愛するJKラッパー天鬼ざくろと出会った時、止まっていたビートが彼の人生に再び鳴り響き始めた──。
※カクヨムの方に新キャラと設定を追加して微調整した加筆修正版を掲載しています。
もし宜しければそちらも是非。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
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