Strain:Cavity

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Chapter 2 The [C]apricious

Act9:性に合わない人たちとつきあってこそ、心は発展し完成する

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 首都ウィスタリア。この国で一番大きい街だ。勿論、リアンは初めて来る。静かな町で育ったリアンには、その町の喧騒は大きな刺激だった。

 この街に来てからは仕事もなく────リアンは探索をしたりして、数日を過ごした。都会の女性たちはまた違う雰囲気で、リアンは思わず、立ち寄った店なんかで声を掛けたりして────フラれたりナンパに成功しながら新しく関係を作っていた。故郷の女たちより少々手強さを感じるが、リアンの顔と会話スキルに掛かればそれなりにすぐ落ちる。もう衣食住には困ってない訳だが、リアンがこうしているのはひとえに情報収集のため……というのは建前で、シンプルにリアンは女好きだった。それでも、世の中を知るには十分役に立つ。お陰でアルヴァーロたちの元に帰らない日も多々あったが、彼は怒らなかった。たまに小言は言われるが。

 ルチアーノとの距離は依然として縮まらない。女遊びに出掛けるリアンに、彼は辟易としているようだった。リアンのそういう面をルチアーノは嫌いだと面と向かって言って来た訳だし、それは仕方ないと思う。だが、仲間である以上はそれはそれ、これはこれじゃないかと、リアンは思っている。



 そんなある日のこと。

「えっ、帰るんすか」

「うん、ごめん。そろそろ帰らないといけない時期で」

 アルヴァーロが家に帰ると言い出した。リアンはびっくりしたが、ルチアーノは平然としていた。

「……ていうか、家あったんですか」

「うん。妻も子供もいるよ」

「えっ」

 意外過ぎた。こんなアウトローな人間が、普通に家庭を持っているだなんて思ってもいなかったのだ。

「…………俺たちは?」

「ここで待っててもらう事になる。家族に会わせるわけにはいかないからね。……家族には秘密なんだ、俺の仕事」

 よくある事なの? とリアンはルチアーノを見る。彼は肩を竦めた。

「何日で帰って来ます。その間俺たちでこなせる事はしときますよ」

「一週間くらいかな。いつもはルチアーノ一人だけど、今はリアンもいるし、寂しくないよね」

「別に寂しくなんかないですよ……」

 嘘ばっかり、とリアンは思う。ルチアーノはアルヴァーロがいないといつも少し寂しそうにしている。だからと言って、リアンがいて嬉しいかというとそうではないだろう。

 アルヴァーロは青年二人の顔を交互に見ると、眉をハの字にした。

「……喧嘩しないで仲良くね?」

「…………」

「…………」

「ね?」

 そう首を傾げられるが、約束は出来ないなと思った。リアンは喧嘩したくないが、ルチアーノを怒らせない保証がない。

「あんまり危ないことはしないで。急ぎの仕事はないから、ゆっくりしててよ。……リアンはあまり女遊びしすぎないように」

「────ハイ」

「都会は危険なことが多いから……変な人について行ったらダメだよ?」

「分かってますよ!」

 急に過保護な感じになる。時々感じていた父親感の合点が行く。

「それじゃあ……もう行かないと。電車が」

「……普段の移動は徒歩なのに?」

「家まで徒歩で半日以上かけて帰る人がいる?」

 それは分からないが。そもそも彼の家がどこにあるのかも知らない。

「いい? 戸締りはしっかりね」

「はいはい、早く行ってください」

 ルチアーノがうんざりした様子で言う。しゅん、とした顔をしてアルヴァーロはマンションの部屋を出て行った。本当に寂しがっているのは彼の方なんじゃないか。

 広いリビングに、二人残される。二人きりになると、いつも空気が悪い。リアンは空気を変えようと、気になったことを訊く。

「ねえ、アルヴァーロさんってどこに住んでるの?」

「知らない。教えてくれないんだあの人」

「へぇ、何でだろ。勝手に押しかけたりしないか心配なのかな?」

「万が一俺たちが捕まって、拷問されても答えられないようにじゃないか」

「え」

 ドキリとする。リアンの顔が凍ったのを見て、ルチアーノは笑う。

「明るく見えるけど、そういう人だよ。裏の世界じゃとても恐れられる人なんだ。向かう所敵なしの、最強────。俺たちは、その弱点になり得る。だから必要以上に自分の情報を、俺たちにも渡さない」

「…………」

「弱点になるのに連れてくれてるのは……優しさだよ。ほんと」

 その隻眼は、リアンには向けられない感情を宿していた。リアンはふーん、と応えて、言う。

「お前、アルヴァーロさんのこと大好きだよな……」

「そりゃあ。恩人だし、師匠だし……」

 誤魔化すかと思ったら、しなかった。リアンも慕っていない訳ではない。でも、まだルチアーノよりは距離がある……と言うか、遠慮している。

「お前はすぐ捕まりそうだ。……んで何だかんだ上手く逃げ出してくる」

「えぇ……逃げ出せるかな」

「口八丁手八丁だろ。お前はそうやって他人に上手く取り入って、簡単に死にやしない。そんな気がする」

「……口が軽いって暗に言ってない?」

「そうだな。拷問でもされたらすぐ喋りそうだなお前は」

 多くの情報を有する情報屋としてはダメだなと我ながら思う。

「……その……拷問に耐える訓練とかするの?」

「するもんか。あの人だぞ。でもまぁ、訓練がなかなか厳しかったからな……そう簡単にゃ音は上げねェよ」

「そうなの?」

「アルヴァーロさんは、普通の人間の身体能力ってのが分かってないんだ」

 ルチアーノはそう言って首振りながらため息を吐く。リアンはアルヴァーロが戦っているところを見てはいないが、組織を一人で潰して涼しい顔で帰って来たのを見ると、ルチアーノの言っていることが分かるような気がした。

「最強、ねぇ……」

「どれだけ強くなっても、あの人には勝てる気がしないよ。ヒトの次元を超えてるんだあの人は」

「いつも足音しないのとか?」

「……やっぱり気になるよな」

 ルチアーノが目を細める。リアンはうん、と頷いた。

「実はちょっと浮いてたりする?」

「そんな訳あるか。さすがにアルヴァーロさんでも浮けない」

 そりゃそうだ。でも、ますます不思議だなあと思う。リアンはブーツでフローリングを叩く。そっと下ろしても微かに音がする。

「……分からん」

「俺も試してみたけど無理だった」

 見た目では普通に歩いている。だから神様が効果音をつけ忘れたかの様な違和感がある。

「アルヴァーロさんって、ほんとすごいんだな……」

「すごいよ」

 しーんとする。会話が切れた。ルチアーノはぼうっと天井を見ている。

「……なぁ、出掛けない?」

「はぁ? 何でお前と。一人で行けよ」

「えー、誰かと一緒の方が楽しいじゃん」

「なら女と行けば。いっぱいいるんだろ、もう」

「……そういうんじゃないっていうか……」

 まごまごする。ルチアーノは目を瞑っている。

「どうせする事ないんだろ! 行こうぜ」

「引っ張るな! あぁもう分かった行けばいいんだろ!」

 腕を振り解き、ルチアーノはソファから立ち上がる。大きなため息と共に────世話のかかる弟を見るような目をして、ルチアーノは言った。

「で。どこ行くんだ」

「適当にブラッと」

「………ハァ」







 ここ数日でリアンは随分街を歩いた。だが、その度に新しい発見があったり、出会いがあったりして飽きない。軽い足取りでどこへともなく表通りを歩くリアンの後を、少し間を開けてルチアーノが気怠そうについて来る。

 さすが大きな街なだけあって、人通りが多い。はぐれないかチラチラとルチアーノの方を振り向き……一度、道の脇で立ち止まった。

「……なぁ。隣歩いたら?」

「何で。見失ったりなんかしねェよ」

「つけられてるみたいで嫌だよ」

「文句言うな。渋々ついて来てやってんのに。これ以上要求するなら俺は帰る」

「ルチアーノはさ、行きたいとこないの?」

「ない。必要なものはアルヴァーロさんが買ってくれるし」

「買い物だけじゃなくてさ。色々あるだろ?」

「お前と二人でいるのが嫌だって、言わなきゃ分かんねェのか」

 面と向かってそう言われてしまう。それは分かってはいるが、はっきり言われるとやはり傷付く。リアンは眉をハの字にする。

「……俺はさ、お前と友達になりたいんだよ」

「いらない。友達関係なんて、余計なものだ。いざという時に判断が鈍る」

 彼がそう言うのを聞いて、リアンは彼自身がさっき言っていたことを思い出す。

「…………お前は優しくないわけ?」

「……そうだよ。優しくなれる程俺は…………」

 途中でルチアーノは言葉を切った。唇を噛む彼に、リアンは何となく彼の言いたいことが分かった。

「分かったよ。俺は別に、お前が俺を見捨てたって文句は言わない」

「…………」

 ルチアーノは応えなかった。リアンは再び歩き出そうとして────その時何か、不穏な声を聞いたような気がした。

「!」

「? どうした……あっ、おい!」

 リアンは走り出した。すぐそこの路地で立ち止まる。ルチアーノは怪訝に思ってその奥を見た。二人の男が、女に迫っているようだった。

「なぁ、ちょっと付き合ってくれって言ってるだけだろ? 頼むよ」

「嫌ですってば……ほんと、あの、やめて下さい、困るので」

 見るからにナンパだ。放っておけとルチアーノはリアンの襟を掴もうとした。だが、その手は虚しく空を切る。

 ずかずかと男たちに寄って行くリアンに、ルチアーノは額を抑えた。

「ゴメン待った? 待ち合わせの場所悪かったね」

「あ? 何だお前」

 突然現れたリアンに、男達は怪訝な目を向ける。女は一瞬戸惑いを見せた後、リアンの目配せに気付いてハッとして声を上げる。

「ううん! 大丈夫だよ。行こ」

「何だ、男連れかよ……」

 リアンの後ろに隠れた女を見て、男達は萎えた顔をして去って行った。リアンがニコニコしてそれを見送っていると、後ろからルチアーノがやって来て、ため息混じりに言う。

「ベタだな」

「あぁいう男追っ払うには手っ取り早いのよ。ね。大丈夫だった?」

 リアンは女に笑いかける。小柄な彼女はリアンを見上げると、頷いた。

「あ、ありがとうございます」

 彼女は自分とそう歳は変わらなさそうだった。いかにも大人しそうな見た目の女の子だ。正直言って可愛い、とリアンは思う。

 どうしようかな、などとリアンが考えていると、ルチアーノが袖を引っ張る。

「もう良いだろ。行くぞ」

「あぁ待ってよ。別に目的もないんだしさ……。ねぇ、何で一人でいたの? 買い物?」

「えぇと……」

 彼女は戸惑っているようだった。ナンパから助けられたと思ったらまたナンパされているのだから仕方ない。困らせるなよ、とルチアーノは申し訳なく思った。早くこの色男を引っ張って行かなければ。

「邪魔したな。ほら行くぞ」

「まっ、待って!」

「?」

 声を上げたのは女の方だった。リアンとルチアーノは振り返る。

 彼女はもじもじと指を合わせると、まごついた様子で言った。

「お、お礼くらい……させて欲しいのと……ひとつ、お願いがあって」

「何?」

「おい、相手にするな」

 ルチアーノが言うのも構わず、リアンは彼女の言葉を聞く。

「……お礼をしながら、お話しします」







 少しおしゃれなカフェに入った。故郷にもカフェはあったが、都会の店はまた趣きが違うなとリアンは思った。ルチアーノはブラックコーヒーを、リアンはレモネードを頼む。代金は彼女が持ってくれるというので、リアンは遠慮しなかった。奢られ慣れている様子に、ルチアーノは呆れる。

「それで、お願いって?」

 運ばれて来たレモネードを一口飲んで、リアンは訊ねる。ルチアーノはやめとけという顔をする。

「はい。あの……実は、家出してるんです」

「家出?」

「父と喧嘩しまして。それで、出て来たんですけど……行くあてがなくて」

「友達とかは?」

「いません。それで……ちょっと数日、家に置いて欲しいんです」

「なぁんだ、そんなこと。いいよ」

「おい! 待て!」

 リアンの肩をルチアーノは掴む。リアンは片眉を上げ、笑う。

「女の子が困ってるんだ。放っておけないよ」

「だが……!」

「あ、でもいいの? 俺たち男二人だけど」

「はい。構いません。助けてくれましたし」

 変な話だ、とルチアーノは思う。初対面なのにそこまで信頼していいものか。だが、リアンはお構いなしのようだった。

「そうだ、名前は?」

「ダリアと言います」

「ダリアちゃんね。俺はリアン。こっちは……」

だ」

 え、とリアンはルチアーノの顔を見た。ルチアーノはただ頷くように目を伏せる。

「しょうもない喧嘩ならすぐに帰れ。女が一人でほっつき歩いてたら、さっきみたいに色々絡まれるだろ」

「……冷たいんですね。そんなんじゃモテませんよ」

「結構だ。……俺は先に帰る」

 ルチアーノは立ち上がる。その後をリアンは追う。手を掴まれて、ルチアーノは振り払う。

「……先に帰って片付けて来る。見られたらマズイものがないか確認しておく。適当に時間潰してから来い」

「…………なぁ、彼女のこと警戒してんの? 名前も嘘つくしさ」

 ルチアーノは目を細め、席に座っているダリアの様子を見てから小声で言う。

「得体の知れない相手に、名前を教えるな」

「フツーの女の子だよ。心配し過ぎだ」

「……お前はまだ、良いけど。俺やアルヴァーロさんのことを話すなよ。アイツが何者でもだ」

「分かった。分かったよ……」

「それでいい」

 顎を上げリアンを指差し、そのまま後ろに二、三歩歩いてからルチアーノは身を翻して去って行った。リアンは一つため息を吐いて、ダリアの元へ戻った。

「……ゴメン。あぁいう奴でさ」

「私のこと、嫌いなんですかね」

「いいや、俺がモテるから嫉妬してるだけさ」

 リアンはそう茶化してウィンクして見せる。ダリアはくすりと笑う。

「面白いんですね、リアンさん」

「リアンでいいよ。敬語もいらない」

「分かったわ。……それで、この後どうするの?」

 机に頬杖をついて、ぱっちりとした赤紫の瞳でダリアはリアンを見つめる。何かを期待したような目。リアンはそうだな、と笑う。

「少し俺とデートしよう。いいでしょ?」

「素敵。どこに連れて行ってくれるの?」

「うーん。俺、まだこの街に来て日が浅いんだよね。だから、君が好きなところに案内してくれない?」

 そう言うと、ダリアは笑って腕を伸ばした。

「いいわよ」

「やった。楽しみだね」

 リアンはダリアに手を差し伸べた。彼女はその手を取って、立ち上がる。ダリアは「行きましょ」と言って、先に歩き出した。



#9 END
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