SHADOW

Ak!La

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第四章 秩序のカタストロフィ

#57 瞞着

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────19時18分 セシリア軍基地4階 広間────
「君と真面目に戦うのは初めてだっけ」
「当たり前だろ!!」
 エルザの剣が銃弾を弾く。既に何発か掠っている。だがいずれも大した傷ではない。当たってはまずいものは全て弾くか避けている。
「じゃあ僕の実力も知らないね!」
「そうだな!」
 エルランの手が閃く。直後、エルザの右耳を焼けつくような痛みが襲う。右耳に触れるとぬるりとした感触があった。指先が血に濡れていた。
「ッ!」
「さっきから弾いてばかりでちっとも仕掛けて来ないじゃないか。殺す気で来ないと僕はとれないよ」
「てめ……」
 エルランは素早く銃弾を再装填する。
「まぁ君は愚直で馬鹿だから、殺さないと言えばそれを曲げることはないんだろうけど」
「曲げねェ! お前は連れて帰る!」
「君が厳しいのは口だけかよ。本当は甘ちゃんだったんだな、知らなかったよ」
「………!」
 ぶちりと何かが切れる音がした。強く踏み込む。刀が炎を纏う。エルランに向かってブンブンと振る。しかし彼はバックステップを繰り返して避け、反撃に何度か撃って来る。避けながら、そして炎で斬り裂きながらエルザは前進する。腕の一本や二本くらいは斬り飛ばす勢いだ。
「……いいじゃん、その感じだよ」
 エルランが笑みを浮かべながら言う。エルザのこめかみに青筋が浮かぶ。
「────何で!」
 紅蓮の炎が孤を描く。ついにエルランは壁に背をつく。ギィィンと大きな音を立てて、刀が壁に突き刺さる。エルランの左耳を少し掠った。
「……何でお前はそんなヘラヘラしてんだよ!」
「…………」
「俺はこんなに必死なのに! お前を連れ戻したいから戦いたくもねェのに戦ってる! それなのにお前は……」
「……何で泣くんだ」
「!」
 冷たく刺さるような声で言われて、エルザは自らの頬を伝うものに気がつく。だが、そんなことに構ってはいられない。
「裏切りなんてよくあることさ。僕はそうした元仲間を幾度となく殺して来た。君みたいなのは戦場ですぐに死ぬよ」
「構うか。俺の居場所はそこじゃない。お前の居場所もだ」
 エルザがそう言うと、エルランはぎゅっと眉根を寄せる。
「僕の居場所はここだ! ずっと昔からそうだ! 君と出会う前からずっと! この世界で僕は生まれ育った。逃げられやしないんだよ、救いようのない殺人者なんだよ僕は!」
「なら……!」
 刀がさらに深く突き刺さる。彼が目を逸らせないように、ぐっと顔を近付ける。
「俺が! 救ってやるよ!」
「……!」
 エルランは一瞬目を見開き、そして口を真一文字に引き結んだ。
「……何も………知らないクセに……僕の何も知らないクセに!! 勝手なこと言うなよ!」
「知ってる。知ってるよお前のことは」
「うるさい!」
 エルランはエルザの額に銃口を突きつける。今までの冷静さが失われている。
「ムカつくんだよ君のそういうところが! 僕の痛みの何を知ってる! 過去は僕を逃してくれなかった! だから僕はここにいる……!」
 きら、とエルランの目元が光るのを、エルザは見た。それを隠すようにエルランは腕で顔を拭う。
「……消えてくれよ僕の前から、頼むから消えてくれ」
「じゃあ撃てばいいだろ」
「!」
 エルザはそこから動かない。まっすぐにエルランの目を見続けた。瞳が揺れる。エルザは続ける。
「本当にそう思うなら、今、撃てばいい。簡単なことだろ」
「…………っ」
 エルザはエルランの右手首を掴んだ。手が震えている。
「……馬鹿じゃないのか」
 手から拳銃が落ちる。エルザの手から離れたエルランの手が顔を覆う。
「…………僕にこれ以上殺らせるなよ、友達を……」
「エルラン」
 エルザは刀を放してエルランの両手を取る。ぽろぽろと涙を零しながらエルランは口を開く。
「やめてくれよ、折角抑えてたのに……自分に言い聞かせてたのに。僕だっていたいよ、探偵に。でも…………あの日銃を久しぶりに持たされた時に思い知ったんだよ。僕は、逃げられないって」
 エルザは思い出す。あの日のエルランは浮かない顔だった。ちっとも誇りには思っていない顔だった。彼がどうありたいのかを、エルザは過去を知らずとも分かっていた。
「……逃げられるよ。お前が戻りたくないのならさ。今からだって間に合う。やり直せるよ」
「────ずるい。ずるいよ、そうやって僕に希望を見せるなんてさ」
 エルランは右手で目元を拭うと微笑んだ。
「……でも、君がいたから僕は、過去から逃れられるかもって、逃げてもいいのかもって、そう思ったんだ」
「────帰ろうエルラン。一緒に」
「帰っても、いいのかな」
「いいんだよ。な」
 エルザもそう言って笑いかけた。エルランは少し悩んだあと頷いた。
「うん。……ありがとうエルザ。迎えに来てくれて」
「勿論だ。皆んなもお前のことを待ってるよ」
 と、そう言ってエルザは閉じられたシャッターの方を見る。
「……あれ、どうやって開けるんだ? 閉めたのはお前?」
「管制室に連絡したのは僕だけど。………いや。カメラで裏切りはバレてるか。連絡しても開けてくれないだろうね」
 と、そう言ってエルランは天井を見上げる。エルザも目線を追って見ると、そこではカメラが赤く点灯している。
「……じゃああのエレベーターは?」
「あれは上へしか通じてないんだ。上の階へ行けば階段はあるけどね。…………ラローグたちも来ていたね。僕たちだけ脱出するのは得策じゃないだろう。ここまで来てくれた仲間たちを見捨てて行くわけにはいかないし」
「そうだな。……そういや黒影の協力者が管制室に行くって言ってた。待ってたらここも開けてくれるかも……」
「そうか、じゃあそうしよう。お互い疲れてることだしね」
 エルランはそう言って肩を竦める。エルザはため息を吐く。
「お前、体力ないな」
「慣れない近接戦をしたもので。やれやれ、肝が冷えたよ君の剣捌きにはね」
「嘘こけ余裕そうだったろ!」
「まさか。内心ヒヤヒヤだよ。戦いの時はいつだってそうだ」
 二人は顔を見合わせる。そして同時にプッと吹き出して、笑い合うのだった。

* * *

────19時23分 セシリア軍基地9階 訓練室B────
「────おい。おい。生きているか」
「う……」
 誰かにつつかれているのを感じて、ロレンは目を覚ました。目を開けると、見知らぬ赤い癖毛の眼鏡の男が眼前で屈んでこちらを覗いていた。
「うわっ?!」
「おうおう、驚くな。失礼な奴め」
「……クリカラ。無理もないだろ……」
 後ろでエランがやれやれと頭を抱えている。ロレンは座り込んだまま辺りを見渡す。向こうでレフカが倒れているのが見えた。あの業火を受けた割には、それほど重症には見えない。
「……僕はどれくらい……」
「ほんの一瞬だよ。悪いな、クリカラの炎がお前に効くの忘れてた。心の守護者のあいつはあの通りだが……」
 エランはそう言ってバツが悪そうにする。謝られるのが少し意外に感じつつ、ロレンはクリカラらしき男の方を見る。ばちりと目が合う。不思議な光を宿した黄色い瞳だ。縦の瞳孔の竜の目。装いは東洋風の黒い着物だ。全体に金の竜の鱗の刺繍が入っている。
「闇の子。おまえ、善くないものを飼っているな」
「!」
 どきりとする。内でライナーが息を呑む気配がした。
「……クリカラさん────」
 竜の瞳孔が細くなる。瞬間的な殺気。立ち上がって逃げる暇もない。─────と、その時胸元から光が飛び出て人型になったかと思うと、クリカラに飛び掛かった。黒竜は押し倒されるより早く身を引き、エランのすぐ前まで下がって立ち上がった。
「────闇竜の皇」
「待て待て殺す気か! これはあんたの宿主の仲間だろ!」
「おや邪竜。世界を恨むおまえが人の子を護ろうとは。まぁ、おまえが好みそうな人の子よな」
「そんなんじゃない! あんたこそこんな所で何してる! 人間の器に収まるようなタマじゃないだろう」
「天を漂い続けるのにも飽いた。それだけのことだ。我が身に制約を掛け暴虐をたのしむのもたまには良かろうて。それにこの炎の子は良い。大変良いぞ。儂の無聊ぶりょうを慰めてくれる。まぁ、儂が出ては何もかもすぐに終わってしまうが」
 やれやれとクリカラは首を振り、そしてぽんと手を叩いた。
「違う。儂の話はどうでも良い。誤解だ邪竜よ。儂は其奴そやつの魂を少し覗き見たかっただけだ。焼き払おうとは思うていない」
「そう言ってプチッとうっかり潰すのがあんただ! 自覚がない分、僕より邪悪だ聖竜め」
 ライナーはそう言いながらクリカラを指差し、そしてロレンを手で隠す。

「……これの何が気になるんだ。僕の力すらまともに扱いきれないただのガキだよ」
「おまえがいようがいまいが関係ない。興味があるのはその闇の子の魂の有り様だ」
「?」
 ライナーは眉根を寄せる。と、ふとハッとして心当たりがあるような顔をしてロレンを見る。ロレンはその目を見返し、そしてクリカラの方を見た。彼は腕を組み首を傾げそして口を開いた。
「おまえ、純粋な人の子ではないな」
「!」
「それと。炎の子の中から見ていた時にも気になったが……」
 クリカラは目を細める。邪悪なものでも見るようなそんな目に、ロレンは身が竦む。
「────おまえ、なぜ?」

* * *

────19時02分 セシリア軍基地10階 指令室────
「…………っ」
「……俺を盾に防ぐつもりだったか。残念ながら俺の雷は俺自身には効かない。俺を通ってお前を焼くだけだ」
 体が痺れる。床に手をついているフォレンをイーサイルは見下ろす。フォレンは体の痛みもよく分からないまま、顔を上げる。
「まだ意識があるとはしぶとい奴だ」
 イーサイルはそう言うとフォレンの胸ぐらをぐんと掴み上げ、頭から床へ叩きつける。
「がっ!」
 体が跳ねてうつ伏せに倒れる。額から血が出ている。ぐらぐらと揺れる視界。それでもフォレンは立ち上がった。その様子を見たイーサイルは目を細める。
「まだ立つか」
「……あんたに負けてるようじゃ……俺はいつまでもあいつには勝てない」
「……誰を目指しているのかは知らんが、そいつは俺より強いのか?」
「さあな。でもあんたを越えたらその時は、俺はあいつより強いのかも」
 闇を纏い、イーサイルへ突っ込む。渾身の蹴りを放つが避けられる。
「威勢は良いが、まだまだ遅いな」
「!」
 フォレンの視界の隅で光が炸裂した。気がつくと頭に衝撃を受けて吹き飛んでいた。壁にぶつかる。全身が軋む。光の速さで蹴られたのだと、理解したのは床に膝をついてからだった。
「…………ッ…」
『おいしっかりしろ!』
 飛びかけた意識をクザファンの声が引き戻す。フラリと立ち上がる。
「……そろそろくたばらねェか」
 イーサイルが突き出した剣を、フラつくままに右に避けた。そして体重を左に移動させ、右足で上段蹴りを放つ。が、左腕でガードされる。僅かにミシッと音がして、イーサイルの顔がヒクつく。フォレンは片頬で笑った。
 反動を使い右足を軸に左の回し蹴りを繰り出す。イーサイルは今度は後ろに跳んで躱す。
「だいぶ動きがにぶって来たな」
「……まだまだ……!」
 叫ぶが、限界が近いのは確かだった。ふらつく身体をなんとか支える。と、その時フォレンは迫る鋒に反応出来なかった。
「…………!!」
 右側の視界が突如として消える。そして激しい痛みが襲って来る。
「……ぐ、ああああぁあぁぁ!!」
 剣が抜かれると同時に、フォレンは右目を抑えて膝をついた。血がだくだくと流れる。あっという間に手のひらが赤く染まった。左目でぼんやりそれを眺めていると、頭のどこかがチクリと痛んだ。そして、何かの場面がフラッシュバックする。
「…………?!」
 何だ、何の記憶だ。そう考えると頭痛が酷くなる。目の痛みと混じって訳が分からない。さっき、力を使おうとした時の痛みと同じだ。頭が激しく痛む。目の奥がチカチカする。
『フォレン、フォレン』
(……何だ…………)
 思わずそんな悪態が漏れる。妙な馴染みを感じて、フォレンは湧き出るままに疑問を彼に向ける。
(……クザ、もしかして俺たち、ずっと前から…………)
『フォレン。いいか、よく聞け。お前の心理の窟に、隠されたスペースを見つけた』
(…………え?)
 そんな事言ってる場合か。イーサイルが迫っている。と、フォレンの意識は急に闇に引き摺り込まれる。気が付けば心理の窟だ。目の前に現れたクザファンに、フォレンは思わず叫ぶ。
「………何やってる!」
「時間がない。二人ともここにいれば少し時間の流れに猶予が出来る。いいか、見ろ、あれだ」
 と、クザファンは岩壁を指差す。よく見ると向こう側に空間があるようだった。
「……何だあれは」
「あの向こうから強い力を感じる。……お前、記憶がないんだろ。あれはその封じられた記憶だ」
 言われて、フォレンはハッとする。孤児院に辿り着く以前の、失われた記憶。……しかし、待て。
「お前、何で俺の記憶のこと知ってる」
「それは……あれを解放したら分かることだ。良いか、お前は昔の記憶と一緒に本来あるべき力もあそこに封じてる。俺の力が使えないのも、お前が今の限界を越えられないのも、あれが原因だ」
 こいつは何を言っているのだろう。何故そんな事が分かるのか。フォレンはクザファンに対して疑念を抱く。そもそも彼がいつから自分の中にいたのかも。分からないことだらけだ。現に、フォレンは今、自分の力に違和感を覚えている。そして、もし、彼の言う事が本当ならば。
「……あの壁を壊せば、俺は今より強くなれるわけだな」
「あぁ。だが強固な精神的な封印だ。砕けばかなりの苦痛がお前を襲うが…………それでもやるか?」
「────やってくれ。俺には今、力が必要だ」
 記憶のことも気になる。何故覚えていないのか。幼い頃に何があったのか。
 強い決意の宿った目に、クザファンは頷く。
「じゃあ行くぞ。覚悟はいいな」
 クザファンの手に、黒い刀が現れる。逆手に持ったそれに闇の力を纏わせ、彼は大きく振りかぶる。
「そら! 目醒めの時だ!」
 刀がぶん投げられる。それは岩壁を直撃し、砕いた。直後、フォレンは酷い頭痛に襲われる。
「…………アァァ……があぁぁぁッ!!」
 一気に色んな記憶が流れ込んで来る。酷く鮮明に、まるで今そこにいるかのような感覚に陥る。
 ────白く何もない部屋。白衣を着た女が微笑む。そして傍らにいるのは、自分と同じ顔をした少年。その顔を見た瞬間────フォレンの中に湧き上がったのは、酷くどす黒い感情だった。


#57 END


To be continued…
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