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第四章 秩序のカタストロフィ
#53 出撃
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国立探偵アナレ支部。焼けた建物の周りに二十一のプレハブが立ち並んでいる。そのうちの「3」の看板が掛けられた小屋の中にエルザたちはいた。
「本当にやるのかよ、エルザ」
そう言うのは顎髭を生やした男、ラローグだ。エルザと同期で付き合いはエルランよりも長い。
「やるに決まってるだろ。……エルランのことは俺に任せろ。お前には俺と別れたあとのことを任せる」
「って言われてもな……俺なんかが副隊長でいいのか、本当に。こう言うのはクラリスの方が……」
と、ラローグは隣のパイプ椅子に座る同い年の女の方を見る。しっかりとした顔立ちの彼女はその表情を曇らせる。
「それは押し付けでしょ。まぁ序列的にはあたしかアンタだけどさ。長官直々の指名なんだから文句言わない。エル君だって急に隊長になって大変なんだからさ」
「それはそうか……でも荷が重いぜ、正直」
ラローグは残る二人の隊員に目を向ける。長机を挟んで向かいの二人は苦笑を浮かべる。
「僕たち戦闘は不慣れですからね。多少の心得はありますけど……」
「相手は戦闘のプロたちですよ。正直……上手く戦えるかどうか」
ナキラとラバルナ。隊では若い二十代の二人だ。不安そうな彼らに、エルザは言う。
「お前たちは俺がエルランのところに行くまでをサポートしてくれ。そのあとはラローグの指示に従ってすぐに脱出、本作戦の方に加わること」
「エルザさんは、隊長と……エルランさんと本当に戦うつもりなんですか」
ナキラの言葉に、エルザは口をぐっと引き結んで頷く。
「エルランは俺たちのリーダーだ。必ず連れ戻す。そのために戦わなきゃならないなら、戦う。引きずってでも連れ帰る」
「隊長がそれを望んでると思うんですか?」
「ナキ……」
ラバルナが止めようとするのを、ナキラは手で制する。
「彼は自ら軍へ向かったんでしょう? なら敵と見做すべきです」
毅然とした態度で言うナキラ。エルザは一つ息を吐くと、答えた。
「……たとえあいつがそれを望んでなかったとしても、俺はまたエルランと仕事がしたい。だから、これは俺のワガママだ」
口に出すと、考えがまとまって行く。現状を頭が受け入れて行く。
「でも、もしあいつが望んでいたとしたら、連れ戻しに行かなかったことを俺は後悔する。だから、出来ることはやるんだ。何も言わずにハイサヨナラなんて、納得できるか」
エルザは言いながら、拳を握りしめる。
「その為なら、俺は死んでも構わない。あいつに殺されるなら本望だ」
「エルザさん!」
それはいけない、というように今度はラバルナが叫ぶ。エルザは首を横に振る。
「──────決行は今夜だ。長官の指示でアナレ支部全部隊は軍本部へ突入。俺たちは別動隊として別の場所から潜入する。出来るだけ戦闘は避ける。……皆作戦開始に備えること。いいな。指示があるまで解散」
エルザはそう机を指差すと、小屋を出て行く。残された隊員たちは皆ため息を吐き、部屋に静寂が訪れた。
* * *
セシリア軍本部、指令室。そこは召集を受けた上級兵士たちで埋め尽くされていた。奥の巨大モニターの上には二つの影が立つ。フォレンたちは最前列からその姿を見ていた。やがて静寂に包まれた空間に、一つの声が響く。
「集まったな。ではこれより臨時集会を始める」
口を開いたのはモニター前に立つ一人、橙色の髪をした眼帯の男────セシリア軍元帥アルガ・G・レイネルだ。
「先日のことは諸君も既知のことだろう。我々は国立探偵を攻撃した」
その言葉にピク、とフォレンは眉を動かした。壇上の隻眼は実に冷静だった。錯乱したような様子はない。いつも通りだ。
「何故、とそう疑問を抱く者も少なくはないだろう。宣戦布告した今、全兵士に本作戦を通達する。我々はこれより国立探偵を解体する」
場が騒つく。静かに、とアルガの声が響き場を収める。
「この国に二つも治安組織は必要ない。探偵の存在は税金の無駄だ。我々だけでこの国の安全は十分に保てる」
ざわざわ。再び空間が騒ついた時、フォレンは手をあげる。
「何かな、レミエル中将」
「……武力行使をする必要が?」
「に、兄さん」
隣にいるロレンが慌てて袖を引っ張るが、フォレンは無視する。
「評議会に申し入れれば良いだけのことのはずです。わざわざ攻撃する理由が思い当たらない」
「……私も同意見です、元帥」
ロレンと反対側の隣に立っていたレイミアが発言する。反応した隻眼が細められる。と、そこで口を開いたのはアルガの右手でずっと黙っていたイーサイルだった。
「黙れ。軍に刃向かうつもりか」
「副元帥。そもそもあなたには探偵を批判する権利があるのですか。犯罪者の実子を長年放置していたあなたが」
「……街の犯罪は探偵の管轄としていた。奴らがちゃんと仕事をするのなら、コソ泥如きに俺たちがわざわざ出向く必要もない……。だが、それももう終わりだ。……連れて来い」
イーサイルは部屋の端に向かって顎で促した。すると、二人の兵士が錠で繋がれた誰かを連れて来る。その姿を認めたフォレンたちは目を見張る。
「アーガイル君……!!」
項垂れたアーガイル。僅かに上げられた目はやつれた様子だった。
「顔見知りか。まぁ良い。見ろ。この程度の小物も奴らは長年捕らえられず取り逃していた。天下無敵の大泥棒だなんだと世間が持ち上げていたものも、俺一人の手でこのザマだ。“黒影”も消え……張りぼての伝説は終わる。これが探偵が無能であることの証明だ。不服か?」
「……!」
エレンは無事なのかと、そんな考えが三人の中を過ぎる。……こっ酷くやられている可能性はあるが彼は不死だ。きっとここにやって来るだろうと……そう思った彼らの中の意志は固まった。
目配せして来たロレンにフォレンは頷くと息を大きく吸う。
「お言葉ですが副元帥。そして元帥殿。お話を聞いても我々は賛同しかねます。国のためにと入隊したのに────こんな国家を乱すような組織では、従属する意味もありません」
「レミエル中将。それは離反の意ととらえても?」
アルガはやはり冷静な様子で言う。一兵卒の離反など些細なことだと言うように。フォレンはその意を捉えて笑う。
「勿論。こんな馬鹿馬鹿しいこと、俺たちが止めてやる」
フォレンは闇を纏う。そしてアルガへと襲い掛かった。が、その間にイーサイルが割って入る。
「!!」
「俺が相手だ青二才が」
抜かれた細剣。フォレンの左腕がぶつかって火花を散らす。
「総員! 反逆者を捕えろ!」
アルガが叫ぶ。と、最前列で大きく闇が渦巻いた。それは膨らんで辺りの雑兵を吹き飛ばすと、中から黒鉄竜が現れた。
「!」
「思い切り暴れろロレン! いやライナーか?! どっちでもいいが……やれ!」
フォレンが叫ぶと竜は咆哮を上げる。開かれた目には理性が宿っている。その体躯に迸る闇の力は、以前のそれより強い。
「くっ……」
震える空気にアルガもイーサイルも顔をしかめる。と、その時指令室の通信がついた。
『伝達! 伝達! 正門にて攻撃あり! 国立探偵が攻めて来ました!』
「……奴ら仕掛けて来たか」
イーサイルとフォレンが戦っている隅でアルガはそう呟く。
「イーサイル。この場は任せる」
「うるせェハナからそのつもりだ! ゴミを片付けたら俺も行く」
『……搬入口から侵入者を確認! 五人です!』
「…………別働隊か? 随分と少数だが……」
「僕が行きます」
そう影から名乗り出て来たのはエルランだった。彼は脇の小モニターに映し出された侵入者たちの姿を見て目を細める。
「僕の顔見知りなので」
* * *
───同時刻・軍本部裏門───
「……始まったな」
ユーヤがそう呟く。裏門近くの茂みに隠れていた二人は軍基地で起こった騒ぎに気を巡らせていた。
「……知ってたのか、今日探偵が攻め入ること」
「探偵の通信を傍受したんだ」
「ええ……」
探偵や軍の通信にはセキュリティがしっかり掛かっているはずだが、ユーヤには造作もないことか。なんならアーガイルにだって可能なことだ。
「丁度いいだろ。騒ぎに乗じて潜入出来る」
「俺はコソコソ静かな時に入る方が好きだけどな」
「どの道戦うんだ。探偵どもが引きつけてくれてた方が軍も戦力を分散する」
ユーヤは言いながら拳銃の弾を確認する。エレンはため息を吐いた。
「……で、さ。俺の新しい装備だけど……」
「あぁ。良いだろ。腕の調整も完璧だ。義手の機能に合わせて作ったんだぞ」
エレンが纏っているのはかつての泥棒時代の衣装だ。だが同じなのは見た目だけ。
「まずそのゴーグル。暗視性能を上げたし望遠機能もついてる。おまけに材質は防弾ガラスだ。頭や目を銃弾から守れる。まぁ……お前が不死身なら必要なかったか」
「いやいる……」
「なら良かった。あとそのコートは防刃だ。ガラスを遠慮なくぶち破れるし、斬られてもそう簡単には通らない。親父殿レベルになると防げないかもしれないが……まぁ威力は軽減出来る。柔軟性を維持するのが大変だったんだ。お前の動きは阻害しないはずだ」
「おう……」
コートの袖を引っ張る。防刃繊維にしては随分と柔らかい。質感的には以前のものと相違ない。少しだけ不安だが、ユーヤの開発したものに嘘があったことはない。
「それからお前の武器だが……」
「……その話、なんで渡したときにしなかったんだ」
「時間がなかったんだ! ……あぁいや今もないな。じゃあ手短に言うけど、それには紫水晶を組み込んである」
「紫水晶?」
「あぁ。鉱石には属性を吸収しやすいものがあることが分かったんだ。紫水晶は影のエレメントを吸収しやすくて……」
「あぁ、属性石のことか」
「え? 何で知ってるんだ。まぁ知ってるなら話は早いな。で、お前はよく棒に影を纏わせるだろ。前のものよりより一層纏わせやすくなってるってわけ」
「ふうん」
と、エレンは畳まれた棒を取り出し眺める。
『私の杖みたいなものですね。属性石は核を持たないものでも力を使えるようにするものですけど、武器として扱う場合は補助的な意味合いが強いんですよ』
リリスが内からそう言う。なるほど、便利な代物だ。
「よし。説明は終わりだ。行くぞ」
「ってかユーヤ兄はそんな装備で大丈夫なのかよ」
彼はいつものヨレたシャツに白衣だ。エレンのものと比べると実に頼りない。立ち上がったユーヤは肩を竦めると答える。
「俺のことは気にするな。さ。早く」
ユーヤに促され、エレンは無人の裏門を飛び越えた。
* * *
黒鉄竜の尾が次々と兵士を薙ぎ倒す。兵士たちの刃や銃弾は鱗を通らない。立派に暴れる弟兼邪竜の姿を横目に、フォレンはイーサイルと対峙する。流石に強い。厄介なのはあの剣だった。
「……雷の力なんてずるいものを」
「俺の力だ、文句あるか」
金色の刀身を持つ細剣。その腹にはなにやら魔術的な文字が刻まれている。一般に“魔剣”と呼ばれるものだ。材質に属性石が含まれており、普通の武器より力を扱いやすくなる。イーサイルの持つ剣は雷属性に特化したもの。完全に精霊の力を我が物としている。本来持たない属性を扱いやすくするためのものだろう。そして────金属製の腕を持つフォレンには、雷属性は相性が悪い。
「くっ……!」
雷を纏った剣が左腕に当たる。電流が金属を伝う。出来るだけ受けないようにしてはいるがそうも言ってられない。
『フォレン』
(何だよ!)
話しかけて来たクザファンに、イラつきながら心の中で答える。
『あいつ、常に精霊の能力を使ってる」
(見りゃ分かるし知ってる!)
『いや。お前も俺の力を使った方がいい。雷の精霊より俺の方が強い』
(……いや。おいそれと使う訳にはいかないだろ。お前の力は必要ない)
『そうか? 随分苦戦してるようだけどな』
(うるさい!)
横に振られた剣を下に避け、反動で右脚を蹴り上げる。バチッ、と音を立てて稲妻と化したイーサイルが消える。背後に気配を感じたフォレンはその身を闇の霧に変える。
『フォレン!』
「くそ! 分かったよ!」
空中で実体化し、思わず声に出して叫ぶ。そしてクザファンとの一体化をイメージする……が。
「……?!」
『おいどうした』
(……上手くいかねェ!)
半顕現で翼を借りようと思ったが何も起こらない。着地したフォレンは怪訝に右手を見る。
(何でだ?! イメージが違うのか……?)
『いや。力を使おうとする感じはあった。……だが何かロックが掛かってる感じだ』(はぁ?! 何だよそれ!)
「何をボケッとしている」
「!」
イーサイルが踏み込もうとしたその瞬間、フォレンの後方から炎が飛んで来た。イーサイルが剣で火炎を斬り払う。フォレンは驚いて振り向いた。いつのまにか壇上に立っていたのはエランだった。
「何だフォレン。やっぱり鈍ったんじゃないか」
「エラン……」
片手を上げているエランの目に敵意はない。イーサイルが目を眇めその姿を見る。
「……アルウェーナ。お前もか?」
「えぇ。だって納得出来ないし。俺はフォレンの意見の方に賛成だ」
フォレンの隣まで歩いて来ながら、エランはそう言う。
「それにアンタのこと、一度ぶっ飛ばしてみたかったんだ。フォレンに協力する方が面白そうだ」
「面白いか否かで物事を決めるのかお前は」
フォレンはため息を吐きながらそう言う。「そうだが?」と悪びれない様子のエラン。だがここは正直心強いところではある。
……と。
突然暴れていた黒鉄竜の姿が消える。フォレンとエランが振り向くと、元に戻って膝をついているロレンの前に女が二人立っている。
「やったよレフカ! ドラゴンを倒した~!」
「落ち着いてリッカ。あれうちの兵士だから」
はしゃぐピンク髪の女と落ち着いた様子の黄緑の髪の女。少将のトルリッカ・リースとレフカ・タロットルだ。
「ロレン!」
「ごめん兄さん……」
「はいはいじゃあ一旦そこまでッス!」
「!」
また新たな声がする。部屋の中心に短いオレンジ髪の男が立っていた。彼は背負っていた長剣を引き抜くと、高く振り上げた。
「ドロウス」
イーサイルがハッとしたように彼の名を呟く。────フォレンは彼のことを知らない。この不在の半年の間にその地位に就いたものだろうか。
「何をする気!」
側にいたレイミアが叫ぶと剣が振られ、たちまちどこからか現れた水がレイミアを包み込み、そして弾けるように消えた。
「レイミア!」
思わず蒼白になるフォレンに、見知らぬ男はにやりと笑う。
「安心するッス。別の場所に移動しただけッスから。ここで皆んないっぺんに戦うのもアレでしょ?」
と、また剣を一振りすると、今度はトルリッカとレフカ、ロレン、そしてすぐ隣にいたエランの姿が消えた。
「お前っ!」
「じゃあ、あとはごゆっくりどうぞ副元帥」
そして男の姿もまた水に包まれて消えた。後に残るのは、フォレンとイーサイルだけだった。他の兵士は皆吹き飛ばされて壁際で倒れているか、攻めて来た探偵の対処へ向かったようだ。
フォレンはイーサイルの方へ向き直るとその目を再び見据える。
「……ようやく静かになったな。これで周りを気にせず戦える……」
バチッ、とイーサイルから電気が漏れ、一瞬背後のモニターの表示が揺らぐ。
「────設備は壊れそうだけど」
「構うか。お前を殺したあとでいくらでも直せる」
フォレンは後ろへ跳んで部屋の中心へと距離を取る。電撃を放ちながら、イーサイルが段をゆっくり降りて来る。
「舐めた口利いたこと、地獄の果てまで後悔して死ね、クソガキ」
「…………正義の人とは思えないね」
────18時40分、それぞれの戦場へ。
#53 END
To be continued…
「本当にやるのかよ、エルザ」
そう言うのは顎髭を生やした男、ラローグだ。エルザと同期で付き合いはエルランよりも長い。
「やるに決まってるだろ。……エルランのことは俺に任せろ。お前には俺と別れたあとのことを任せる」
「って言われてもな……俺なんかが副隊長でいいのか、本当に。こう言うのはクラリスの方が……」
と、ラローグは隣のパイプ椅子に座る同い年の女の方を見る。しっかりとした顔立ちの彼女はその表情を曇らせる。
「それは押し付けでしょ。まぁ序列的にはあたしかアンタだけどさ。長官直々の指名なんだから文句言わない。エル君だって急に隊長になって大変なんだからさ」
「それはそうか……でも荷が重いぜ、正直」
ラローグは残る二人の隊員に目を向ける。長机を挟んで向かいの二人は苦笑を浮かべる。
「僕たち戦闘は不慣れですからね。多少の心得はありますけど……」
「相手は戦闘のプロたちですよ。正直……上手く戦えるかどうか」
ナキラとラバルナ。隊では若い二十代の二人だ。不安そうな彼らに、エルザは言う。
「お前たちは俺がエルランのところに行くまでをサポートしてくれ。そのあとはラローグの指示に従ってすぐに脱出、本作戦の方に加わること」
「エルザさんは、隊長と……エルランさんと本当に戦うつもりなんですか」
ナキラの言葉に、エルザは口をぐっと引き結んで頷く。
「エルランは俺たちのリーダーだ。必ず連れ戻す。そのために戦わなきゃならないなら、戦う。引きずってでも連れ帰る」
「隊長がそれを望んでると思うんですか?」
「ナキ……」
ラバルナが止めようとするのを、ナキラは手で制する。
「彼は自ら軍へ向かったんでしょう? なら敵と見做すべきです」
毅然とした態度で言うナキラ。エルザは一つ息を吐くと、答えた。
「……たとえあいつがそれを望んでなかったとしても、俺はまたエルランと仕事がしたい。だから、これは俺のワガママだ」
口に出すと、考えがまとまって行く。現状を頭が受け入れて行く。
「でも、もしあいつが望んでいたとしたら、連れ戻しに行かなかったことを俺は後悔する。だから、出来ることはやるんだ。何も言わずにハイサヨナラなんて、納得できるか」
エルザは言いながら、拳を握りしめる。
「その為なら、俺は死んでも構わない。あいつに殺されるなら本望だ」
「エルザさん!」
それはいけない、というように今度はラバルナが叫ぶ。エルザは首を横に振る。
「──────決行は今夜だ。長官の指示でアナレ支部全部隊は軍本部へ突入。俺たちは別動隊として別の場所から潜入する。出来るだけ戦闘は避ける。……皆作戦開始に備えること。いいな。指示があるまで解散」
エルザはそう机を指差すと、小屋を出て行く。残された隊員たちは皆ため息を吐き、部屋に静寂が訪れた。
* * *
セシリア軍本部、指令室。そこは召集を受けた上級兵士たちで埋め尽くされていた。奥の巨大モニターの上には二つの影が立つ。フォレンたちは最前列からその姿を見ていた。やがて静寂に包まれた空間に、一つの声が響く。
「集まったな。ではこれより臨時集会を始める」
口を開いたのはモニター前に立つ一人、橙色の髪をした眼帯の男────セシリア軍元帥アルガ・G・レイネルだ。
「先日のことは諸君も既知のことだろう。我々は国立探偵を攻撃した」
その言葉にピク、とフォレンは眉を動かした。壇上の隻眼は実に冷静だった。錯乱したような様子はない。いつも通りだ。
「何故、とそう疑問を抱く者も少なくはないだろう。宣戦布告した今、全兵士に本作戦を通達する。我々はこれより国立探偵を解体する」
場が騒つく。静かに、とアルガの声が響き場を収める。
「この国に二つも治安組織は必要ない。探偵の存在は税金の無駄だ。我々だけでこの国の安全は十分に保てる」
ざわざわ。再び空間が騒ついた時、フォレンは手をあげる。
「何かな、レミエル中将」
「……武力行使をする必要が?」
「に、兄さん」
隣にいるロレンが慌てて袖を引っ張るが、フォレンは無視する。
「評議会に申し入れれば良いだけのことのはずです。わざわざ攻撃する理由が思い当たらない」
「……私も同意見です、元帥」
ロレンと反対側の隣に立っていたレイミアが発言する。反応した隻眼が細められる。と、そこで口を開いたのはアルガの右手でずっと黙っていたイーサイルだった。
「黙れ。軍に刃向かうつもりか」
「副元帥。そもそもあなたには探偵を批判する権利があるのですか。犯罪者の実子を長年放置していたあなたが」
「……街の犯罪は探偵の管轄としていた。奴らがちゃんと仕事をするのなら、コソ泥如きに俺たちがわざわざ出向く必要もない……。だが、それももう終わりだ。……連れて来い」
イーサイルは部屋の端に向かって顎で促した。すると、二人の兵士が錠で繋がれた誰かを連れて来る。その姿を認めたフォレンたちは目を見張る。
「アーガイル君……!!」
項垂れたアーガイル。僅かに上げられた目はやつれた様子だった。
「顔見知りか。まぁ良い。見ろ。この程度の小物も奴らは長年捕らえられず取り逃していた。天下無敵の大泥棒だなんだと世間が持ち上げていたものも、俺一人の手でこのザマだ。“黒影”も消え……張りぼての伝説は終わる。これが探偵が無能であることの証明だ。不服か?」
「……!」
エレンは無事なのかと、そんな考えが三人の中を過ぎる。……こっ酷くやられている可能性はあるが彼は不死だ。きっとここにやって来るだろうと……そう思った彼らの中の意志は固まった。
目配せして来たロレンにフォレンは頷くと息を大きく吸う。
「お言葉ですが副元帥。そして元帥殿。お話を聞いても我々は賛同しかねます。国のためにと入隊したのに────こんな国家を乱すような組織では、従属する意味もありません」
「レミエル中将。それは離反の意ととらえても?」
アルガはやはり冷静な様子で言う。一兵卒の離反など些細なことだと言うように。フォレンはその意を捉えて笑う。
「勿論。こんな馬鹿馬鹿しいこと、俺たちが止めてやる」
フォレンは闇を纏う。そしてアルガへと襲い掛かった。が、その間にイーサイルが割って入る。
「!!」
「俺が相手だ青二才が」
抜かれた細剣。フォレンの左腕がぶつかって火花を散らす。
「総員! 反逆者を捕えろ!」
アルガが叫ぶ。と、最前列で大きく闇が渦巻いた。それは膨らんで辺りの雑兵を吹き飛ばすと、中から黒鉄竜が現れた。
「!」
「思い切り暴れろロレン! いやライナーか?! どっちでもいいが……やれ!」
フォレンが叫ぶと竜は咆哮を上げる。開かれた目には理性が宿っている。その体躯に迸る闇の力は、以前のそれより強い。
「くっ……」
震える空気にアルガもイーサイルも顔をしかめる。と、その時指令室の通信がついた。
『伝達! 伝達! 正門にて攻撃あり! 国立探偵が攻めて来ました!』
「……奴ら仕掛けて来たか」
イーサイルとフォレンが戦っている隅でアルガはそう呟く。
「イーサイル。この場は任せる」
「うるせェハナからそのつもりだ! ゴミを片付けたら俺も行く」
『……搬入口から侵入者を確認! 五人です!』
「…………別働隊か? 随分と少数だが……」
「僕が行きます」
そう影から名乗り出て来たのはエルランだった。彼は脇の小モニターに映し出された侵入者たちの姿を見て目を細める。
「僕の顔見知りなので」
* * *
───同時刻・軍本部裏門───
「……始まったな」
ユーヤがそう呟く。裏門近くの茂みに隠れていた二人は軍基地で起こった騒ぎに気を巡らせていた。
「……知ってたのか、今日探偵が攻め入ること」
「探偵の通信を傍受したんだ」
「ええ……」
探偵や軍の通信にはセキュリティがしっかり掛かっているはずだが、ユーヤには造作もないことか。なんならアーガイルにだって可能なことだ。
「丁度いいだろ。騒ぎに乗じて潜入出来る」
「俺はコソコソ静かな時に入る方が好きだけどな」
「どの道戦うんだ。探偵どもが引きつけてくれてた方が軍も戦力を分散する」
ユーヤは言いながら拳銃の弾を確認する。エレンはため息を吐いた。
「……で、さ。俺の新しい装備だけど……」
「あぁ。良いだろ。腕の調整も完璧だ。義手の機能に合わせて作ったんだぞ」
エレンが纏っているのはかつての泥棒時代の衣装だ。だが同じなのは見た目だけ。
「まずそのゴーグル。暗視性能を上げたし望遠機能もついてる。おまけに材質は防弾ガラスだ。頭や目を銃弾から守れる。まぁ……お前が不死身なら必要なかったか」
「いやいる……」
「なら良かった。あとそのコートは防刃だ。ガラスを遠慮なくぶち破れるし、斬られてもそう簡単には通らない。親父殿レベルになると防げないかもしれないが……まぁ威力は軽減出来る。柔軟性を維持するのが大変だったんだ。お前の動きは阻害しないはずだ」
「おう……」
コートの袖を引っ張る。防刃繊維にしては随分と柔らかい。質感的には以前のものと相違ない。少しだけ不安だが、ユーヤの開発したものに嘘があったことはない。
「それからお前の武器だが……」
「……その話、なんで渡したときにしなかったんだ」
「時間がなかったんだ! ……あぁいや今もないな。じゃあ手短に言うけど、それには紫水晶を組み込んである」
「紫水晶?」
「あぁ。鉱石には属性を吸収しやすいものがあることが分かったんだ。紫水晶は影のエレメントを吸収しやすくて……」
「あぁ、属性石のことか」
「え? 何で知ってるんだ。まぁ知ってるなら話は早いな。で、お前はよく棒に影を纏わせるだろ。前のものよりより一層纏わせやすくなってるってわけ」
「ふうん」
と、エレンは畳まれた棒を取り出し眺める。
『私の杖みたいなものですね。属性石は核を持たないものでも力を使えるようにするものですけど、武器として扱う場合は補助的な意味合いが強いんですよ』
リリスが内からそう言う。なるほど、便利な代物だ。
「よし。説明は終わりだ。行くぞ」
「ってかユーヤ兄はそんな装備で大丈夫なのかよ」
彼はいつものヨレたシャツに白衣だ。エレンのものと比べると実に頼りない。立ち上がったユーヤは肩を竦めると答える。
「俺のことは気にするな。さ。早く」
ユーヤに促され、エレンは無人の裏門を飛び越えた。
* * *
黒鉄竜の尾が次々と兵士を薙ぎ倒す。兵士たちの刃や銃弾は鱗を通らない。立派に暴れる弟兼邪竜の姿を横目に、フォレンはイーサイルと対峙する。流石に強い。厄介なのはあの剣だった。
「……雷の力なんてずるいものを」
「俺の力だ、文句あるか」
金色の刀身を持つ細剣。その腹にはなにやら魔術的な文字が刻まれている。一般に“魔剣”と呼ばれるものだ。材質に属性石が含まれており、普通の武器より力を扱いやすくなる。イーサイルの持つ剣は雷属性に特化したもの。完全に精霊の力を我が物としている。本来持たない属性を扱いやすくするためのものだろう。そして────金属製の腕を持つフォレンには、雷属性は相性が悪い。
「くっ……!」
雷を纏った剣が左腕に当たる。電流が金属を伝う。出来るだけ受けないようにしてはいるがそうも言ってられない。
『フォレン』
(何だよ!)
話しかけて来たクザファンに、イラつきながら心の中で答える。
『あいつ、常に精霊の能力を使ってる」
(見りゃ分かるし知ってる!)
『いや。お前も俺の力を使った方がいい。雷の精霊より俺の方が強い』
(……いや。おいそれと使う訳にはいかないだろ。お前の力は必要ない)
『そうか? 随分苦戦してるようだけどな』
(うるさい!)
横に振られた剣を下に避け、反動で右脚を蹴り上げる。バチッ、と音を立てて稲妻と化したイーサイルが消える。背後に気配を感じたフォレンはその身を闇の霧に変える。
『フォレン!』
「くそ! 分かったよ!」
空中で実体化し、思わず声に出して叫ぶ。そしてクザファンとの一体化をイメージする……が。
「……?!」
『おいどうした』
(……上手くいかねェ!)
半顕現で翼を借りようと思ったが何も起こらない。着地したフォレンは怪訝に右手を見る。
(何でだ?! イメージが違うのか……?)
『いや。力を使おうとする感じはあった。……だが何かロックが掛かってる感じだ』(はぁ?! 何だよそれ!)
「何をボケッとしている」
「!」
イーサイルが踏み込もうとしたその瞬間、フォレンの後方から炎が飛んで来た。イーサイルが剣で火炎を斬り払う。フォレンは驚いて振り向いた。いつのまにか壇上に立っていたのはエランだった。
「何だフォレン。やっぱり鈍ったんじゃないか」
「エラン……」
片手を上げているエランの目に敵意はない。イーサイルが目を眇めその姿を見る。
「……アルウェーナ。お前もか?」
「えぇ。だって納得出来ないし。俺はフォレンの意見の方に賛成だ」
フォレンの隣まで歩いて来ながら、エランはそう言う。
「それにアンタのこと、一度ぶっ飛ばしてみたかったんだ。フォレンに協力する方が面白そうだ」
「面白いか否かで物事を決めるのかお前は」
フォレンはため息を吐きながらそう言う。「そうだが?」と悪びれない様子のエラン。だがここは正直心強いところではある。
……と。
突然暴れていた黒鉄竜の姿が消える。フォレンとエランが振り向くと、元に戻って膝をついているロレンの前に女が二人立っている。
「やったよレフカ! ドラゴンを倒した~!」
「落ち着いてリッカ。あれうちの兵士だから」
はしゃぐピンク髪の女と落ち着いた様子の黄緑の髪の女。少将のトルリッカ・リースとレフカ・タロットルだ。
「ロレン!」
「ごめん兄さん……」
「はいはいじゃあ一旦そこまでッス!」
「!」
また新たな声がする。部屋の中心に短いオレンジ髪の男が立っていた。彼は背負っていた長剣を引き抜くと、高く振り上げた。
「ドロウス」
イーサイルがハッとしたように彼の名を呟く。────フォレンは彼のことを知らない。この不在の半年の間にその地位に就いたものだろうか。
「何をする気!」
側にいたレイミアが叫ぶと剣が振られ、たちまちどこからか現れた水がレイミアを包み込み、そして弾けるように消えた。
「レイミア!」
思わず蒼白になるフォレンに、見知らぬ男はにやりと笑う。
「安心するッス。別の場所に移動しただけッスから。ここで皆んないっぺんに戦うのもアレでしょ?」
と、また剣を一振りすると、今度はトルリッカとレフカ、ロレン、そしてすぐ隣にいたエランの姿が消えた。
「お前っ!」
「じゃあ、あとはごゆっくりどうぞ副元帥」
そして男の姿もまた水に包まれて消えた。後に残るのは、フォレンとイーサイルだけだった。他の兵士は皆吹き飛ばされて壁際で倒れているか、攻めて来た探偵の対処へ向かったようだ。
フォレンはイーサイルの方へ向き直るとその目を再び見据える。
「……ようやく静かになったな。これで周りを気にせず戦える……」
バチッ、とイーサイルから電気が漏れ、一瞬背後のモニターの表示が揺らぐ。
「────設備は壊れそうだけど」
「構うか。お前を殺したあとでいくらでも直せる」
フォレンは後ろへ跳んで部屋の中心へと距離を取る。電撃を放ちながら、イーサイルが段をゆっくり降りて来る。
「舐めた口利いたこと、地獄の果てまで後悔して死ね、クソガキ」
「…………正義の人とは思えないね」
────18時40分、それぞれの戦場へ。
#53 END
To be continued…
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